入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~   作:true177

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File42:決戦(中)

 時の流れは凍りつき、先端が鋭利になった刃物が場を支配している。人数の物量作戦は、凶器を前にして成立しない。

 

「……美紀、後ろに隠れてろよな……」

 

 薄汚い演説に瞳孔を開ききっていた少女を、背中に隠した。角の整頓されたキャンバスに血を流されてはたまらない。世界には、記憶に焼きつけてはいけないものがある。

 

 足元がすぐひっくり返る女子たちと龍太郎の利害は、完全には一致していない。自らの地位、果ては三軍女子そのものを保全したい彼女らと、美紀の安全を確保したい龍太郎。方向性は同じでも、対象は外れている。

 

(……俺は、美紀を守るためにここにいるんだ……)

 

 マシンガンで無作為に撃たれるならば、美紀のもとへ行く。一人しか通れない脱出口が開いたなら、美紀を滑りこませる。龍太郎単体なら、逃げおおせるかもしれない。

 

「あーれぇ、どうしたのかなぁー? 抵抗するおカオは逃げちゃった?」

 

 粘っこい爆弾が、重力が九十度回転したカーストの上位層を襲っている。

 

 折り畳みナイフの威力は絶大だった。一軍女子の批判が、一挙にやんだ。理不尽を前にして、ペンは剣に真っ二つにされた。暴力の絶対性を知っているがゆえに、素手では立ち向かえないのだ。

 

 最大火力の成瀬や武闘派軍団は外に押し出され、残った女子も無力化された。阻むものはなにもない。

 

「邪魔者もいなくなったことやし……。手はじめに、こっちに渡してもらおうか、前橋美紀を! もとはと言えば、おまえが成瀬をたぶらかしたのが……!」

 

 機関銃の照準が、ついに美紀へと向けられた。弾込めも終わり、引き金を引けば龍太郎の目標は打ち砕かれる。

 

「……他のやつら、こっちに手出しするな。そのクソガキさえ出してくれたら、それでええんやから」

 

 権力者お得意の、被害を受けるのは他人戦法だ。闇金が債務者から永遠と金をふんだくるシステムと似通ったものである。

 

 参加表明はしてくれたが、そこは立場弱き者たち。頼みの綱ははるか彼方、暴力の風になびかれ、罪のない少女にたかることが予想される。

 

 胸のあたりを一通り確かめ、中腰に構えた。龍太郎を突破しなければ、美紀にたどりつけない。相手があきらめるまで、ファインティングポーズを貫く。

 

 守備範囲から美紀を出さない決意をした、その直後。

 

「……いやだ。……成瀬ちゃんは私のことも、他の子のことも……中身まで、考えてくれる。パシリも……、おごる口実だったし……」

 

 勇敢な少女が、龍太郎から半身を飛び出させた。

 

「……でも、……今のは……、何も考えて……くれてない。自分たちが好き勝手に……してる……だけ。だから……いやだ……!」

 

 教室の四隅まで届く、芯の入った声だった。ところどころ詰まっても、背後で龍太郎とつなぐ手が震えていても、美紀の最大限の抵抗だった。

 悠然と弧を描く黒髪も、今日ばかりはくすんだ色。心が満ちるとストッパーの外れるくちびるも、しなしなに枯れている。

 彼女も、何かを賭けていた。

 

(……美紀……、怖くて怖くてたまらないだろうに……)

 

 金欠が解除されるまで、実の親にはいっさい反抗できなかった。ぼったくり購買部で腕をつかまれ、蒼白して立ち尽くしていた。彼女の精神は、亜希や成瀬のように鋼製ではないのだ。

 

 狂気である刃に対して、狙われた少女による力いっぱいの抵抗。彼女に、もう無理はさせられない。

 

 お化け屋敷のように見えづらかった二軍女子の面々が、はっきりと見えるようになった。狂人のオーラでぼやけていた視界が復活した。

 

(……美紀に任せちゃだめだろ! 俺も、尽くせ!)

 

 過去の失敗を振りかえっても、美紀がターゲットから逃れることはない。龍太郎がすべきことは、目標達成に尽力すること。

 

「……前橋さんは、渡さない……。ここで助けなくて、いつ助ける?」

 

 改革運動への賛成を取りまとめてくれていたメガネっ子が先陣につづいた。隣の女子と肩を組み、波が広がるよう手で合図していた。

 

 たちまち、これまでしいたげられてきた女子たちのスクラムが完成した。第一波はナイフをちらつかせられる目前で、恐怖とも戦っている。

 

 龍太郎も、黙って見てはいられない。

 

「……美紀、お願いしてもいいかな? 本当に汚いものは、いっさい見させないようにしてくれると助かる」

「……わかりましたわ。ほら、美紀さん、わたくしにすべて任せてくれましても?」

 

 美紀を屈指のお嬢様に託して、自らはスクラムを補強しにかかった。

 

 最前列までやってきた龍太郎。女子たちはナイフを腹に構えているものの、わしづかみで基礎がなっていない。あくまで、武力の逆転を狙ったオモチャのようだ。

 

 いまにも崩れそうな防波堤を担っている女子たちの耳元にささやいていく。

 

「……ありがとう、戦ってくれて。命の危険を感じたら、降伏してもいい。早矢さんからの命令だと思って聞いてほしい」

 

 教室を占拠する彼女らに、血を流す決意は感じられない。ほえる犬は怖がりなのだ。

 

(……だから、刺激してほしくない……)

 

 ただ、きっかけを与えてしまえば別。無意識に差し出したナイフが、中身をえぐり取る。一線を超えてしまったら最後、成瀬でも止められなくなるかもしれない。

 龍太郎たちの目的は、成瀬の登場まで粘ること。助っ人を信じて、負傷者を最小限に抑えるのだ。

 

 教室に掲げられた時計の針は、蚊が休憩できる速さだ。授業開始はまだ先、教師たちは異変に気付かない。気づいたとしても、生徒同士のケンカには介入してこない。

 

 後方に目をやると、お嬢に身体を寄せながらも中央の指導者から目を離していなかった。反感をぶつける、燃え盛る目をしていた。

 

 二軍女子の一人が先頭の壁に近づき次第、龍太郎がその場所へ急行する。大柄でなくとも、『男』だけで攻撃を躊躇(ちゅうちょ)させられるのだ。

 

「無駄に抗ったヤツ、全員地獄に落としてやるからな……! 龍太郎、お前も……」

 

 成瀬が矢面に立つ間、コソコソと裏工作に勤しんでいたことに勘付かれていたようだ。名前まで認知されているとなると、敗北は許されない。

 

 人海戦術のバリケードがうねっている。戦線はじりじり後退しているが、三重の膜は維持したまま。喉の筋肉を硬直させてまで、権利を死守しようとしている。

 

 突破口を作られまいと、右往左往して眼光を飛ばす。ハリボテがバレる前に、おとなしく投降してくれればいいのだが、ヤケで切っ先を八の字に振る女子たちにそのつもりはないらしい。

 

(……このまま、このまま……)

 

 煮詰められた鍋の水は、小さな泡を立てている。巨大な悪意と直接触れていない第二波、第三波の女子たちが、空中に大きな渦を作っているのだ。

 一軍の面々が個々をなだめているが、全員に行きわたるには時間が不足している。

 

 静かにスクラムが後ずさりすることを、龍太郎は願っていた。

 

「……あなたたちは、ひきょうだ。そんな物騒なモノを使わないと、従わせることができない弱虫なんだ!」

 

 最後尾のスクラムから、そう立ち上がる絶叫が飛びだした。

 

 あてのない勇気が、隣から隣へと伝播する。赤信号も、みんなで渡れば怖くない。

 

「……そうだよ! 私たちを一人も攻撃できてない! ほとんど、後ろに引っこんでるだけじゃん!」

 

 相手の(げき)だけが降る膠着状態の戦場に、油が投下されてしまった。沸点の不確かな敵に、安全圏と勘違いしてガソリンを振りかけているのだ。

 

 大声で指示を出すのは難しい。反論を無理やりやめさせようものなら、敵意が龍太郎に向きかねない。集団心理は味方にも牙を立てる。

 

 どことなく義務的にナイフを振りまわしていた女子たちが、手をとめた。冷えた目線が、最前列の女子たちに突き刺さる。

 後ろに控えていた保留野郎たちが、角を生やして一直線に突撃してきた。光沢のある台形の金属は、もちろん本物だ。

 鉄砲玉が、一突き。つながれていたスクラムが、左右に二分された。戦力が、この数秒で半減してしまったのだ。

 

(……火気厳禁の場所で、ライターをつけたから……)

 

 自信のなさを、侮辱された怒りがうわまわってしまう。あおり文句が通用するのは、もともと暴走機関車が走ってくる場合に限られる。経験値不足が出た格好だ。

 

「……さっきまでの覚悟は、どこに行ったのかな?」

 

 中央から流される大本営放送が、心の鎮静を阻害してくる。頭に血が上ったら負けだ。

 

 この突撃で、奴らには重大なヒントを与えてしまった。

 ナイフを実際に使えば、たやすく防御は瓦解する、と。

 

 龍太郎は前線から身を引き、一軍に属する女子生徒たちに囲まれた美紀へと舞い戻った。

 

「……もう前に出なくてもいいのですか?」

「ダメだ。……さっきの突進で、破れるって思われてる」

 

 疑問をぶつけられても、前に出る選択肢は危険すぎた。龍太郎がいようといまいと、ナイフを目に入れられるともう陣形を保てない。

 

 味を占めた中間層のクソッタレ組は、執拗にヒットアンドアウェイ戦法を繰り返す。守る対象を失った左翼はすでに壊滅、右翼も降伏する者が連続的に出始めている。

 

 だが、これでいい。龍太郎が組み込んだ言葉によって、最悪は免れている。

 

 机もすべて引き剥がされた。美紀の周辺にいるのは、龍太郎をはじめ数人。数的有利も失った。

 

「……さあ、前橋美紀を明け渡せ。おい一軍、これでも曲げないなら三軍に落としてやるからな」

 

 虎の威を借りた狐は、向かうところ敵なしだった。権力に溺れた人間は、この世のものとは思えない顔つきで笑っていた。

 

 最終通告を投げわたされた一軍たちは、己の立ち位置を退こうとしない。反感の情熱を燃やす者も、ハイライトを消灯したお嬢様も、失っていい誇りは持っていないのだ。

 

 前傾姿勢になった龍太郎の両肩に、重しがかかった。数本の爪で、がっちり固められていた。

 振りむく余裕はない。集団と呼べるか怪しい今の守備陣で、背中を見せるのは自殺行為である。

 

(美紀だ……。……美紀の分も引き受けてるのか……)

 

 のしかかる体温は、床に敷かれてきた少女の願い。となりで臨戦態勢になっている一軍女子の背中ではなく、龍太郎の背中についていた。

 

 赤みを帯びた教室が、さらに血なまぐさくなる。カーテンに遮られた日光は、温かさを運んでこない。

 

「……いい加減にっ! ……しろっ!」

 

 無知な突撃で、防衛隊がまた二分された。龍太郎の左隣が、悪意との境界線に変わってしまった。

 

 冷たいコンクリートの床に、逆らった末路の身体が横たわっている。外傷は見当たらないので、精神攻撃で血液を抑えられたのだろう。

 

 手段を選ばない野蛮な輩どもに、反撃のお灸を据えたい。武器を持ち、立ち上がることができたなら。

 

(……俺は、成瀬じゃない……)

 

 彼女らを鎮めるカリスマも、ひざまずかせる武力も、龍太郎の範囲外。真似することは不可能に近い。

 

 しつこい一振りで、側部に付いてくれていたお嬢様系の女子も引き剥がされてしまった。

 

 美紀を隅に押し込んで、龍太郎は最後の防御線を張る。『降伏』の二文字は、最初から削除されている。仮に白旗をあげても、彼女らは奴隷を丁重にはもてなさない。

 足の指先が、石のように重い。両壁に取りつけた手は、ダイヤモンドでも削れない緊張に達している。

 

(俺は、龍太郎だ……)

 

 耐える、ただそれだけ。美紀へ伸びる悪魔の手を、噛みついてでも切り落とす。

 

 ナイフを真向に構えた女子たち五人が、袋のネズミになった二人を見下ろしていた。天界から眺めているような、絶対権力者の視点だ。

 

「……おい、龍太郎。道を空けたら、前橋美紀と一緒にいさせてやらないことも……」

「……指一本でも触れさせてたまるか……」

 

 言葉で排除しようとするほど、龍太郎が厄介者なのだ。ナイフを持つ意味など、何もわかってやいない。

 

 彼女らの後ろから、箒の柄が放りこまれた。力を受け続けて、一直線に龍太郎の『向こう』を目指していた。

 両手でプラスチックの棒をつかんだ矢先、追撃の柄が二本降りかかってくる。千手観音でないと防げない。

 

 左右のこめかみから、危険信号が中枢神経へと伝達された。情け容赦なく、殴打の雨が降り注いでいた。

 

「女子に負けるなんて、男として恥ずかしくないの?」

 

 牙のない相手に多勢で勝ち誇る日和見バカこそ、心が痛まないのだろうか。

 

(……好き勝手、いいやがって……)

 

 手あたりしだいに胸倉をつかもうとする腕を、美紀への強い接着剤が押しとどめる。龍太郎が無実の少女を離れて、誰が代わりに守れるのか。頼もしかったカースト上位の女子たちも、刃物に囲まれて動けない。

 

 異常に浸った者は、感覚が麻痺する。

 

 二人がかりで机が持ち上がった。ぶ厚い木板を天井にして、龍太郎の目前まで担ぎ上げられる。

 

 木目が不規則に集まっては離れているのを、初めて知覚した。

 

(……個人的な妬みを、すべて一人に押し付けて……)

 

 恣意的にストーリーを作り、悪者に祀り上げ、地の果てまで追いかける。仲間と戯れるだけの、信念の無いゴミの塊である。

 

 大きすぎるハンマーが、頭上にバツ印を構える龍太郎に振り下ろされた。

 鈍い打撲音が、骨を伝ってくる。折れるまではいかなくとも、保健室で絶対安静だ。

 

 プラスチック棒による金的も緩まない。人間の所業とは思えない。

 

「……! ……っ……、……!」

 

 後ろに控える美紀が何かを訴えているが、龍太郎は致命傷を避けるのにいっぱいいっぱいだった。危急の願いも、日本語で耳に入ってこない。

 

「……この、クソッタレどもが……」

 

 刃に貫かれて立ち尽くした弁慶になることを覚悟した。追っ手は無限、龍太郎の体力は瀕死。レバーのないトロッコ問題である。

 

 取り囲む群衆のすきまから、涼風が流れ込んできた。季節に似合わない、つかの間の癒しを与えにきたのだろうか。

 

 あと一発でも鈍器を受ければ、筋力がもたない。時間稼ぎもここまでである。

 

(……ごめん、美紀……。……しくじった……)

 

 湧き上がりかけた自責の念は、赤い鳥の一鳴きに消えた。

 裏庭に面する窓側のカーテンが膨張し、破裂した。布の幕は重力に引かれてひらいていく。

 

「……成瀬のこと、知ってる?」

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