入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~   作:true177

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Chapter5 start


Chapter5 『』の捜索
File45:嵐の後の騒がしさ


 乱世の嵐は、一夜にして更けていた。にらみ合いで切り裂かれそうだった教室は、あくびがかいま見える空間へと戻っている。

 もちろん、美紀の座席にガビョウが敷かれていることもない。敗戦兵たちはギロチンを落としたそうであるが、大義名分を得られなくては動けない。

 

「あ、龍太郎クンだ。美紀なら、まだ来てないよ。ラブラブするんだったら、見えないところで適当にやってくれれば……」

「言い方が悪いな……。美紀といたいから、朝からここにいるんだよ」

「それを、世間では『カップル』って名づけるんじゃ?」

 

 底抜けた陽気っぷりは、天井を突き破っていた。昨日まで締められていた脇も、ツッコミに合わせて開いている。

 

 龍太郎が待つのは、何も知らされていなかった美紀。ツメが甘かったばかりに、戦乱へと巻き込んでしまった。彼女はありがとうを言いたいらしいが、龍太郎からすれば、海にわざと落としてから救出する気分である。

 

(……あまり、考えないでおこうか……)

 

 過去を振り返っても、もらえるのは後悔や自責の念だけ。

 

『美紀といい関係でありたい』

 

 そう決断したのなら、未来が光をもって迎えてくれる道のりを整える。洞窟があれば抜け道を掘り、落とし穴にはフタをすればよい。

 

 成瀬の顔には切り傷のひとつもなく、血管の赤さが際立っている。修羅場をくぐってきた回数の貫禄を見せつけられていた。

 

「龍太郎クンはさ、亜希と家が近い……んだっけ? 戦勝報告、きちんとしてくれた?」

「まだ電話だけ。こんなアザだらけで家まで行ったら、警察呼ばれそうだし」

 

 一報入れたとは言えど、あくまで美紀に危害が及ばなかったことだけ。亜希が息を何度か被せていたことに、落ち着けなかった彼女があった。

 

 ガラスごと外された通路の窓からは、ボール弾む校庭がある。通学カバンを肩にかけて脚をシャカシャカさせる女の子はいない。

 

「……ところで、あの政策、これからうまく行く……か心配で」

「心配性すぎない? どうしても説明しろって言うなら、後で気のすむまで説明してあげるから……」

 

 教科書を机から引っぱり出す女王様に、手の甲で払われた。関心ここにあらず、である。

 

 一軍女子のひとりが、何やら下っ端に言いつけている。学期はじめから変わらない、ピラミッドの権力分布がそこにはあった。

 

(よく見たら、そんなに嫌そうな顔はしてない……な)

 

 横目で流していたときは、ピストンに押されて走り出しているようにしか思えなかった。まぶたが高く保つのは、いやいや従っている生徒にできる表情ではない。

 

 いかなる場合でも、横一線に全員が並ぶもの。世界の理想とされるものであり、平和をかじっていた龍太郎も信者に含まれていた。

 権力をむさぼり食う意地汚さがはびこっている場では、きれいごとが通用しない。みかけだけの『民主主義』が行われ、()()()に選ばれた組織がすべてを支配する。

 

(……正しいわけじゃない、けど……)

 

 成瀬がトップに居座る権力構造は、独裁のステレオタイプ。排除すべきものと定めるのは正論だ。作戦会議で指揮をとってくれた亜希も、諸手をあげてはくれなかった。

 

「なーに、その難しそうな顔? 勉強したいなら、戻った、戻った」

「……成瀬に、一個聞きたいことがあって。……今の状態、正しいと思う?」

 

 汚れていない答えは求めていない。切れ味鋭い彼女の目をくぎ付けにして放さない。

 龍太郎に潜む黒いホコリが、肺にたまる。治療薬がほしい、と返答を期待した。

 

 成瀬は首を一回転させ、肩をまわした。

 

「なに、否定してほしい? 『トップを張るのはいけないことだと思ってる』、なんて言わないよ? 成瀬は正しくて、正しいのは成瀬だから」

 

 美紀が平穏に過ごす、その一点では成瀬に軍配があがる。平等の裏の世界で、美紀が浮かんでくることはないのだ。

 学年を仕切る女王様は、秩序そのもの。法が効きにくいこの高校での、新しい法律である。

 

 口が、ひとりでにほほえんだ。

 

「……調子狂うなぁ……。龍太郎クンのことだから、頭かかえて倒れちゃうかと予想してたのに……」

「口を曲げて言うんじゃあない。成瀬が成瀬で良かった、って」

「ほめ……言葉じゃなかったらぶっ飛ばす」

 

 成瀬の目線が逃げだした。揺れる手で教科書を開き、音読しはじめてしまった。龍太郎、大金星である。

 

 龍太郎は、成瀬の人物像にほとんど被らない。誰にでも声をかけられる明るさも、人を惹きつけるリーダーシップも、真似してできるものではない。

 成瀬には、その道が正規ルートであると断言してほしかった。

 

 切れかかった蛍光灯に気を取られながら、詰まった空気を吐き出す。昨日の腐った空間は、外気にきれいさっぱり入れ替わっている。

 目をつぶって、また光を取り入れた。くっきりとした境界線が、出来のよくない教卓を切り取っていた。

 

 誰も気にとめない半開きの扉が、律儀にスライドされた。

 

「おまたせ、成瀬ちゃん……龍太郎くん! 手紙、読んでくれたかな……」

 

 今日も今日とてサイズ違いの制服を身につけている美紀は、ほんのりピンクの化粧が顔を覆っていた。これ以上暑くなれば、焼きモチができてしまいそうだ。

 目ヤニの付いていないまつ毛に、世界中の水を受け入れられそうな瞳。通りがかりの人が、何人苦しんできたことだろう。

 

 龍太郎はうなずくだけに止めておいた。内容を掘りかえさなくとも、彼女には伝わっている。

 

「龍太郎くん、ありがとう」

 

 素直な少女の目は、光に埋もれていた。黒目のブレない、しっかりとした視線である。

 

 龍太郎の心に、美紀の丸っこい感謝のことばが響いた。口から飲む薬よりも、身体めがけて飛ばされた善がよく効くのだ。

 浮ついた気持ちが心地よくなくても、もう逃げない。視線を外さないことが、彼女への最大のお返しになる。

 開けられた窓からくぐり抜けるそよ風が、思考の回路を洗練していく。あら熱だけがとりはらわれ、美紀がより鮮やかに映るようになった。

 

 昇華した制服っ子が、やたらめったら視点を滑らせている。

 

「まだ痛んでない? だいじょうぶ?」

「きちんと手当てしてもらったから、もうなんともない」

 

 アザを指で押されて、真顔のままでいられる自信はない。

 

「美紀、きのうの……」

「だいじょうぶじゃないことくらい、私にだってわかるよ……。今日はおとなしく、だね」

 

 少女がかけた魔法にかかってしまった。てのひらで止められて、言いつけを破れる男子は名乗り出てほしい。

 

 怠惰でゆるかった空間は、北風吹きこむ冬へと移ろいが生じていた。たんこぶの二軍女子のみならず、知らぬ存ぜぬをつき通した男子たちの手も止まっている。

 

 頭の回転が乱れはじめた龍太郎に、憩いの手が伸びた。

 

「……龍太郎くんが心配してることは、安心して?」

 

 ゆとりのある美紀の手が、心臓をつつんでいた。

 少女が送り出す暖流と龍太郎を循環する寒流がぶつかり、潮目ができた。凍えることに慣れた体に、思わぬ春一番が吹き抜ける。

 

 彼女の見つめる先は、たしかに龍太郎をさし示していた。

 

(……美紀、それは……)

 

 受けいれたい気持ちを振り払って美紀の手をにぎった。が、どうすればいいのかはプログラムされていなかった。

 彼女なりの、安心させたいがための表現。振りほどく力が使えない。

 

「……美紀、まわりをよーく見てみて?」

 

 神聖な領域に、ハンターの茶々がはいった。並みのタブーなど、成瀬には関係なかったらしい。

 クラスを取りまとめる責任者は、腕を腰に当てていた。

 

「何をすればいいか、わかる? ……こういうの、ドラマか何かで見たことあるよね」

 

 しっかりもののお姉ちゃんが、個性的な妹を導いている。氷の矢に見舞われている龍太郎への助け舟でもある。

 

 小さくうなずいた美紀。女子が公然と男子の胸に手をあてる異常さに気付いたか。

 

 次のコマには、手をつないだバカップルもどきの姿があった。

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