入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~   作:true177

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File54:昔と今と美紀と

 テーマパークを出た龍太郎たちは、その足でホテルへと向かった。チケットに指定されているため、種も仕掛けもない。

 都会の舗装道は、熱の宝庫だ。うちわを扇いでも、手持ちファンを回しても熱風しかやってこない。緑を植える発想は、娯楽のあふれる街に存在しなかった。

 

 グレーの綿を着た中年の男が、謝りの一言もいれずに車道よりを通過していった。呼び鈴の使い方も知らないようだ。

 

 駅へと向かう流れから外れると、日常が染みつく雑居ビル群が立ち並ぶ通りに出た。早退のサラリーマンが、逆流して帰途についている。彼ら彼女らには、夏休みを感じられない。

 

「……あしたは、あのおっきなエリア、行こうね。亜希が選んでくれたんだから……」

「私を信頼しきってるね……。美紀、詐欺には気を付けなよ」

 

 美紀も、龍太郎と同じく心のセキュリティがガバガバになっている。怪盗亜希は、何人もの心のカギを奪っていった。

 

 ジェットコースターを降りて、気分が高まっていたのが美紀。彼女にうつつを抜かしていたのが龍太郎で、荒い息をして座り込んでしまったのが亜希だった。

 

『……あれ、龍太郎は……? あれだけ、『乗りたくない』って主張してたのは……』

 

 同士だと思っていた男に裏切られて、報復の刀を抜いていた。喉元を掻っさばかれそうな恨み節だった。

 

 龍太郎が亜希とふたりで乗っていたら、台本通りに嫌悪感を積み増していた。解放されるやいなや『もういやだ』と慰めあって、足取りを重くしていただろう。

 

 『スピードは、楽しい』。そう刷りこんでくれる親友がいた。彼女を目にいれて下ったレールは、刺激を与えてくれる機械になっていた。

 

『美紀がいてくれたから。美紀と()()()()だったから』

 

 しばし、亜希からクエスチョンマークが消えなかったのは記憶に新しい。

 

 美紀が未開封のペットボトルを取り出し、フタを回した。帽子の下は、汗に濡れて輝いている。遊び毛がくっついて、また違う彼女の姿があった。

 

(……汗だくの美紀、テニスのとき以来だなぁ……)

 

 クラスが離れていて、彼女の運動シーンを高校で目撃したことがない。スポーツドリンクを手にする女の子に、心臓が喉までせり上がった。

 

『……そこまで言ってくれるんだったら、練習しちゃおうかな……』

 

 やる気になっていた少女と、姿を重ねていた。

 

「……龍太郎、なーにしてるの? そっか、美紀が心配でたまらないのか、なるほど……」

「それは……そうだよ。暑いのが苦手なの、知ってるし……」

 

 自身の世界を作ってしまう龍太郎には、引き上げ役がいる。小石を投げて、夢から覚めさせる役割だ。今回も、キリのいいところで亜希が引き上げてくれた。

 

 龍太郎たちが泊まる予定なのは、旅館ではなくホテル。『三名様』のチケットに、不安がよぎった。

 

「……亜希が獲ったチケット、三人分だったよな……?」

「龍太郎が野宿したい、って懇願するなら、私は従うよ?」

 

 ホテルの中庭でテントを張れるものなら張ってみたい。

 

 龍太郎に疑問として残っているのは、部屋割りについて、だ。

 

 ホテルはシングルと二人部屋が多数を占めており、含まれないのは高級な部屋。懸賞ごときにVIPルームは期待できず、自動的に割り切れない部屋が与えられることになる。

 

「……そうじゃなくって、部屋割り、どうする? 二対一なら、俺が一人部屋になるのが自然……」

「トリプル。私も、美紀も、龍太郎も、同じ部屋。考えてなかったんだろうね、異性が泊まるなんて」

 

 斜め上の回答が降ってきた。

 

 ベッドはまだいい。一人用に龍太郎を割り当てれば。

 

 トイレと風呂も共有である。それも、ふたつが合体したものだ。トイレや銭湯で男子と女子が区別されている理由を考えてみてほしい。

 

 亜希に連れまわされた中学生のときも、共同の部屋には難儀したものだ。異性が使った後を意識しないでいられる人間に、この苦しみは分からない。

 

 ましてや、美紀がいる。ハプニングが何も起こらないほうがレアである。

 

「……それって……、お泊りのときと同じ感じになる……?」

「そういうこと。狭いぶん、動きづらいとは思うけどね」

 

 話がすんなりと受け入れられた。高校生の男女が一部屋に閉じ込められる意味をまだ知らないのだ。

 

(これって、チャンス……なのか……?)

 

 距離感が物理的に近くなるということは、美紀とも目が合いやすい。探りを入れて、彼女の認識を阻害する不届きものを引っこ抜く機会でもある。

 

 オフィス街を抜けると、つき当たりに窓をそなえた円形の建物がそびえていた。照明はまばらで、上層はまだ無人のようだ。

 

 明朝体の看板を目にして、龍太郎は心をなで下ろした。『ホテル』と言い張る、畳が敷かれた部屋はでてこなさそうだ。

 

「……亜希、あれ? おっきいね……。探検しきれなさそう……」

 

 少女は、高い建物に息をのんでいる。彼女が過去に入ったことがない大きさであれば当然か。足音で騒音を出さないようにだけ注意しなければならない。

 

 外枠を囲う美紀の腕を、幼馴染は右へ持っていった。

 

「泊まるのは、こっち。あっちでもいいけど……、見えない? あの値段表示。畳で雑魚寝することになりそう……」

 

『平日宿泊 二千円~』

 

 テーマパーク近くの好立地で、たしかに個室を提供してはくれなさそうだ。

 

 半分にちょん切られた長方形のものが、指定されたホテルらしい。なるほど、タクシーの乗り入れ場所はそちらにしかない。

 

 エントランスの照明に映される、二手に分かれた噴水。水路がめぐらされ、足の疲労しきった旅行客を魅了している。ガラス張りの外からも、源流をたどろうとする子どもが見えた。

 

 背丈を整えられた芝生に、木材でつくられた井桁は残念ながら置かれていなかった。

 

 沈みゆく太陽にせかされて、龍太郎たちは足を速める。

 

「……待って。靴ひも、結び直すから……」

 

 最後尾にいた美紀がしゃがみこんだ。人と同じ目線に立った西日がまぶしい。

 

(……昔と今が、溶けあってるみたいな……)

 

 だいだいの日光をはね返して、ビルたちも空に染まっていた。シルエットになった少女のふれる髪の毛は、影でもひときわ目立っていた。

 

 公園の帰り道、幼き日の亜希はいつも日向に帰っていった。足を回転させ、そこまで伸びていない黒髪が小刻みに浮き上がっていた。

 

「……龍太郎くん、どうしたの? 亜希、行っちゃったよ?」

「……なんでもない。考えごと、してた」

 

 期待を膨らませつづける少女は、その亜希よりも大きく、なめらかで。

 

 龍太郎の視界は、またピンクに着色されてしまっていた。

 

 

 

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「……たべた、たべたー……。あした、何にも入らないかも……」

「だから、あれだけ『食べすぎたら楽しめなくなるよ』ってクギ刺しておいたのに……」

 

 ホテルの部屋へと戻ってきた龍太郎一行。おなかをさすってよだれが垂れそうな美紀と、そのふくらみ具合を観察する保護者の姿があった。

 ドアのカギは二重ロック。ドアチェーンも付けて、プライバシーを保護する。

 

 甘いものに目がない美紀は、開幕から主食をそっちのけにしていた。パフェ、ソフトクリーム、チョコレート、プリン……。亜希から配られた野菜以外は、糖分ばかり摂取していたのではないだろうか。

 

(……それだけ食べたら、太りそうなものだけど……)

 

 栄養不足に見舞われた人は、同じカロリーでも脂肪がつきやすくなる。この理論だと、彼女はあっというまにおデブルートだ。

 

 そうでなくとも、美紀はくいしんぼう。高校では三段弁当を持ち込み、成瀬の領域を侵食していることもしばしば。おつかいした物の一部がキックバックされる仕組みのおかげで、日頃から彼女は満腹中枢を満足させている。

 

「美紀ってさ……、あんまり運動してないんだよな……?」

「……そうだけど……? 龍太郎くんたちが誘ってくれたテニスくらい、かな」

 

 エネルギーを消費させる努力も、彼女はしていない。細身の体型がなぜ維持できるのか、病院に行って診てもらってほしい。

 

(……美紀のからだ、いっつも熱いんだよな……)

 

 テニスで日陰に連れこんだときに、熱中症と勘違いしてしまったほどだ。病気にかかったことがない、と美紀は豪語しているが、つねに熱中症と変わらない温度の身体に侵入するヒマは、細菌やウイルスにないのかもしれない。

 

「さて……、この図体だけ大きいコイツを、どうするかだけど……」

 

 胃袋を持ち上げて、龍太郎はベッドに腰を下ろした。

 龍太郎の背後に控える大荷物。ビックリたまてばこの代物である。

 

 

 

 

 

 

 

 チェックインの後、部屋に訪れた龍太郎たち。

 

『……三人部屋、なんだよな……? それにしては、手抜きすぎる……』

『ありゃりゃりゃ……。困ったねぇ、龍太郎』

 

 ベッドのど真ん中に突っ伏しそうになった。中央に決まるのを避けて、椅子に座りこんだ。

 

 用意されていたベッドは、たった一つ。ダブルベッドに、枕がみっつ詰めこまれている。低予算のなれの果てだった。いつもなら起こる、照明スイッチの取り合いも生まれない。

 

『……こんなに大きなベッド、見たことない……。家に会ったら、もう亜希を床に寝かせなくてすむ……!』

 

 水準の低い少女だけが、謎の力で身を躍らせていた。彼女はいつもマイペースでよろしい。今も、館内図に指を引っぱっている。

 

 龍太郎、美紀、亜希。最適な構図を決める、論理パズルが始まっている。

 

「やっぱり、私が真ん中に行く? 龍太郎も、それがいいんじゃないかな」

 

 言うが早いか靴を脱ぎ、あぐらをかいて中央に陣取った。足取りの軽い将軍様だ。

 

 無難な選択は、亜希が提示してくれた通り。壁をつくって、一切のハプニングを許容しない方法だ。関係悪化のリスクを除きたいのなら、黙っていればいい。

 

 龍太郎は、美紀に対して何か働きかけたいのか、そうでないのか。

 

 背もたれが硬めの椅子に座り、スライムと化した美紀。口がふやけて、レンジでチンされていた。ベッドの場所論争に参加してこず、亜希に委ねているようだ。

 

(……美紀といっしょにいたい。美紀となら、なんでもできる……はず)

 

 苦手は、独りで抱え込むから苦手になる。引き上げてくれる友がいれば、力を合わせて乗り越えられる。

 

 美紀に心を奪われてから、尽くすことばかり考えてきた。方向を変えて、共に高め合っていくのだ。真っ黒の未来も、薄曇りに変えられる。

 

 ベッドの位置ごときで、と後ろ指をさす人はいる。恋人でない好きな人と夜を共にする経験は、もう訪れないかもしれない。

 

 ベッドに上がり、口を丸くした幼馴染に耳打ちした。

 

「……亜希には、端っこに行ってほしい……。……美紀と隣り合わせになりたいから……」

 

 亜希の顔には、あらかじめ用意しておいた映像が流れていた。

 

「そうなるか……。……ヘマしないこと、願ってるよ」

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