入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~   作:true177

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File57:カップル(後)

 敵を打ち倒した美紀が、両手をあげて駆け寄ってきた。注意をする気にはなれなかった。

 

 両方の廊下を確認しても、人影は見当たらない。ペアとはぐれて死地へと迷い込んできた、単身のプレイヤーだったのだろうか。

 

 彼女を障害物の裏へと呼びこんだ。立っている以上危険なことに変わりないが、出入口にいるよりはマシである。

 

「私、撃てた……! 考えてたのとはちょっと違ったけど、できた……」

 

 眉の下がった目でそうはしゃがれると、サバイバルゲームの最中なのを忘れてしまう。

 

(……美紀といられて、本当によかった……)

 

 どんな環境でもたちまち明るくしてしまう、彼女の魅力のひとつである。

 

「俺が長距離のを選んじゃったばっかりに……、ごめん……」

「そんなこと、……ない。龍太郎くんが援護してくれたから、相手の人がこうやって……!?」

 

 美紀がジャンプし、様子を再現しようとしてくれた。

 

 着地した足が滑り、カクカクとした身体がよろけた。右手にはハンドガン、左手にはBB弾の入った容器で、手段を塞がれている。

 

 迷っている時間は与えられなかった。

 

 鈍い衝撃が体に走り、少女の傾きが止まった。受け止められた胴体は、胸板あたりまで隙間なく詰められている。

 

 暗がりで、男女が密に接触していた。

 

 ゴーグル越しに、固定された美紀の彩られた瞳があった。投げ出された後ろ髪は、龍太郎の肩をさすっていた。

 

 彼女の腕が背中にまわってきた。締め付けられ、取れなくなる。

 

 美紀の身体が、直接うずまってくる。女子の肉体は、やはり肉がついてやわらかい。食生活が並みの水準まで戻ったことも示している。

 

 あたりの気温が、まばたきをする内に下がった。湯気を立ててしぼんでしまいそうだ。

 

 抱きしめたまま、彼女は粘りのある柔らかい声を発した。

 

「龍太郎くん……、いいよ……?」

 

 主語をつけてほしかった。はずみでレッドラインを踏み越える野蛮者であったなら、美紀はどうするつもりだったのだろう。

 

(……手を使っておきあがればいい……、手を使って……?)

 

 美紀の両手は、貸出のもので埋まっている。龍太郎が体を差し出したのもそのためだ。

 

「……ゆっくり起こすから、美紀はそのまま、そのまま……」

 

 混ざってしまった血液を、ふたつの入れ物にもどしていく。気泡が入らないよう、少女を支えて。

 

 作られた『ツメ』が背中に引っかかり、彼女が転倒することを防いでいた。

 

 迷彩服をはさんでも、鼻に抜ける美紀の甘さが伝わってきた。服どうしがこすれあって、彼女に抱きつかれているのだと意識させられる。

 

 ふたつの心臓は繋がっていた。お互いが血流を送りあって、栄養を共有していた。

 

「……龍太郎く……」

 

 どろどろに溶けた声が、鼓膜に染みようとしていた。

 

 ばん。ばん。

 

 龍太郎たちは、二発の銃弾で仕留められていた。

 

 

 

----------

 

 

 

 差しこんでくる光に、視界が潰された。暗所に慣れきってしまった目が嫌がっている。

 

 龍太郎ペアはすぐに退場してしまったが、サバイバルゲームは白熱していた。建物内にしかけられている暗視カメラから、参加者がどうなっているかを映してくれていたのだ。

 龍太郎たちがまとめて撃たれたシーンも、別途で保存してあった。言葉をかわそうとしている自分に、『周りを見ろ』とアドバイスがしたい。

 

(……あのシーンが、このカメラに……)

 

 大広間にも、カメラが一台ある。暗闇にまぎれた抱え込みも、ばっちり撮られていた

ということだ。狙撃されたシーンは二度流されないのがまだ救いである。美紀に伝えるのはやめておいた。

 

「せっかく、頂上決戦だと思ったのになぁ……。龍太郎を探そうとしたら、『勝者が決まりました。ゲーム終了です』なんて……」

 

 モニターには、端に小さくペアの順位が表示されていた。龍太郎ペアこと『RM』は、底に溜まっていた。

 

「俺がやったから……。ライフルの使い方も知らずに選んだから……」

「……でも、そのおかげでひとり倒せたんだよ? ……私は、良かったと思うけどなぁ……」

 

 後ろから、美紀に腕を載せられた。おんぶしてあげられるほど体幹は強くない。

 

 加勢にもなっていなかった。近距離戦闘にしかつかえないライフル持ちは、メリットをすべて投げ出している。

 

 リベンジ、とは簡単に言えない。別料金のものをおかわりしようと誘うのは気が引け、そもそも三人一組で遊べないアトラクションをもう一度選ぶセンスは良くない。

 

 気が抜けないのか、亜希はまだ腰を低くして人影に隠れている。龍太郎から飛び出して、標的を一撃で仕留めそうなハンターになりきっていた。

 

 そもそも、なぜ亜希が当然かのように生き残っているのか。エアガンを触ったことがないと明言していた彼女だ、ペアになった男が上手かった、そう考えるしかない

 

「亜希、自分でどれくらい倒したんだ?」

「ねえ亜希、ペアの男の人、強かった?」

 

 質問がかぶって、目を見合わせた。いつものたわわな目が、ビックリマークに変わったのはすぐだった。

 

 美紀は、亜希教に染まっていないようだ。彼女に毒されれば最後、日本政府を成り立たせているのも亜希だと思うようになってしまう。まだ仕組みを知らなかったころの龍太郎がそうだった。

 

 ぶつけられた幼馴染は、拳銃を指で一回転させる仕草をとった。

 

「……龍太郎も、美紀も、私をだれだか分かってないみたいだね? もちろん強くていろいろ教えてくれたよ、ペアの人。ペアの人が引きつけて、後ろにまわった私がとどめを刺す……ってわけ」

 

 一人で役割をすべて担ったわけではなさそうで、一安心だ。おとり役がいれば、亜希は敵の背後に回るだけ……。

 

(そんな簡単なわけあるかーい!)

 

 平地につまづきそうになった。裏どりが誰でもできるなら、龍太郎と美紀は脱落していなかった。物音を立てずに近づくだけでも、普通にはできない。

 

 真横から、痛くもかゆくもない視線を感じた。点線の矢印で、肌に当たると曲がってしまうほどの柔軟性である。

 

 てっぺんからつまさきまで、見物されていた。

 

「……BB弾でも付いてたか……? 服は一式返したから、そんなことはないと思うけど……」

「いや……、……龍太郎くんって、身長高いんだなぁ……って……」

 

 背の順では集団に埋もれる高さだ。今更すぎることである。

 

 亜希が上の空になっていた。美紀が話しかけても、仏像と同じになっている。滅多にお目にかかれない。

 

 少女が不安げになる直前、彼女は手をたたいた。

 

「……突然だけど、相性チェック、してみない? 龍太郎と美紀、初心者どうしでもひとりは倒せたんでしょ? 相棒度、バッチリなんじゃないかと思って」

 

 そういうものなのか。コンビネーションという意味では、たしかにうまくいったと捉えられるが。

 

 質疑応答の時間は取ってくれなかった。

 

「最後の数字が近いほど、相性はいいんだよ? ……まず、自分のフルネームをローマ字にして、その文字数を数えます。龍太郎だったら、19文字になるね。美紀は、12文字」

 

 この手のチェックは、最初の数字をどこかで引き、質問者が出させたい数字に誘導することがしばしばある。が、ここは亜希に任せることにする。

 

 美紀の目が一点に集まったのを見て、説明が続く。

 

「次だね。『ふたりでお泊りにいく』として、いっしょに行きたい人のフルネームをかけて、名前で割ります。もちろん、ローマ字だよ?」

 

 龍太郎はこの回答が一意に定まる。数字を覚えておくのだけが大変だ。

 

「最後に、3を掛けて、自分の名前で割って、12を引く。はい、できあがり」

 

 最後の引き算はいらなさそうだが、指摘するのも水差しか。

 

 空中に途中式を残している美紀も、なんとか追いついた。まだ半信半疑のようで、言い出しっぺの亜希をじっと捕まえている。

 

 せーの、で龍太郎たちは数字を口に出した。

 

「「なな!」」

 

 龍太郎と美紀は、完全に一致した。デコボコのあるパズルが空きなく入り、音を伝える空気をシャットアウトしてしまった。

 

 元気よく突っ込んだ少女は、ゆるやかに顔をあげた。一番星を浮かべて、『7』『7』と復唱している。日光の照り返しと合わせて、蒸発してしまいそうだ。

 

「……いっしょだね。相性、ばつぐんみたいだよ?」

 

 首を傾けてそうはにかみ笑いをした美紀には、赤みが乗っていた。強いられて座席でぼんやりしている少女からかけ離れた、彼女の底なしを見られた気がした。

 

 腕を重力に従えさせば、もう彼女に触れる。脇をしめ、なんとか当たらないようと止めている。

 

 手をつなぎたくなる衝動を地面に沈めて、しかし美紀から目をはなさない。甘さの抜けない声でささやかれてしまっては、平静を装えやしない。

 

 写真を撮ってくれないかと亜希に頼もうとした。

 

「……あれ、龍太郎くん……?」

 

 BB弾にぶちのめされた傷でもついていたか。愛すべき女の子の御前で、あるまじき失態である。

 

 手で頬をなぞってみたが、へこみらしき箇所はない。入学したときよりはほぐれた筋肉があるだけだ。

 

 美紀の瞳が、白目をはみだしかけていた。

 

「龍太郎くん、笑ってる! 冗談以外で、はじめて見たかも……」

 

 口元に指をもっていくと、たしかに緩くカーブしていた。脳から命令を出したおぼえはないのに、龍太郎はほほえんでいた。

 

 今までも、美紀に心が爆発しそうになったことはあった。どうして、今なのだろうか。

 

 謎を解き明かそうとするバカ正直な疑問は、彼女の笑顔に溶けていった。

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