入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~   作:true177

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File58:たどり着いた今日(完)

 日も暮れて、気温も下がっている。広げた両腕にぶつかる風が、涼しさを感じさせている。

 

 ホテルでのやることが一息ついたタイミングで、龍太郎は美紀たちを誘った。テーマパークの中ばかりでなく、周辺にも足を運ぼう、と。

 

 風のなすがままに訪れる波しぶきが、砂を茶色へと染めている。砕かれた波は砂浜にもぐり、また母国へと帰っていく。

 

 気がつけば、残されたのも一日足らず。明日の今頃には、新幹線に揺られて思い出を流していることだろう。三人座席の真ん中で美紀が目を閉じ、亜希がほほえましく見守っている様子が手に取るように思い浮かぶ。

 

 たべかけの月は、薄雲に陣取られて地面を照らしてくれない。龍太郎のポケットには懐中電灯が装備されている。

 

「……龍太郎も、ロマンチックなところ見つけられるんだ。てっきり、チェーン店にでも連れていかれるのかと思ってた」

「旅行に味気ないものを誰が入れるんだよ」

 

 亜希の軽口にパスを返せるのも、目新しい。美紀との行動で自身を見いだせていなければ、ひとり断って飯をかきこんでいただろう。

 

 この海岸は、テーマパークのちょうど裏側にある。閉園してからは交通手段がなく、街灯すら設置されていないため、物好き以外は立ち寄らないのだとか。

 

「……泳ぐの?」

「まさか。夜の海って、サメが出やすいんだって」

「浮き輪を龍太郎と釣り竿にくくりつけて、海にでも漂流させたら食いつくかな?」

「亜希も巻き添えにするぞ?」

 

 角ばっていた空気が、読んでくれない幼馴染に叩き潰された。

 

 美紀がくすくす笑っている。物腰が柔らかく、そのまま砂浜に沈んでしまうのではないかと思われた。

 

 寝付かない夏の熱気も、人の見えない真っ暗闇では姿を消している。陸から吹きつける風が、かろうじてコンクリートの香りを運んでくる。

 

 白地の綿を着た美紀は、空に散乱する星たちを浮かべていた。

 

「あれ、何座なんだろう……。『じゅうじ座』って聞いたことあるけど、十字なんていっぱい作れちゃうよ……?」

 

 四つの星を見つければ、大半は十字が作れてしまう。昔の人間は、何を根拠に星座なるものを名づけていったのか。

 

 バッテンを描きつづける少女を見かねて、左手を取った。

 

「龍太郎くん……?」

「ストップ、ストーップ! 星座なんて、昔の人がつくったもの。美紀から見える空に、新しいのを置いちゃっていい」

 

 星座早見で図形を追っていくのはひとつの楽しみかた。図鑑で星空を探し、当てはめていく。

 

 美紀の目の前に輝いているものは、彼女にしか感じられない空。気持ちのままに星を描くことができる。平等に開かれた、自由なキャンバスである。

 

 理解した顔になった彼女は、彼女の世界へと戻っていった。髪の毛の影とおでこが絡みあって、独特なスポットライトを浴びていた。

 

「これをこうして、あれをああして……。ハート形も、作れちゃうんじゃないかな……」

 

 不純物の取り除かれたせせらぎの声が、気分をはねさせるメロディーを奏でる。とりつかれた人は、無駄がふり払われて美しくなるのだ。

 

 きめの粗い砂は、足踏みのたびにぎこちない音を立てる。白っぽく手触りのいい沖縄を見習ってほしいものである。

 都会の興奮も、この砂浜までは伝わってこない。門の閉まったテーマパークも、深い眠りについている。

 

(美紀はもう、守られるだけじゃないんだ)

 

 金欠そのものを感知できず、貧乏生活を強いられていた彼女。配信に浸かっても、成瀬が味方についても、彼女の力はアリ以下だった。他人を立ち上がらせることすら困難だった。

 

 足場を踏み固め、二本の足で降り立った。襲撃を逃れてから、少女の筋肉は留まることを知らなくなった。腕を前後に振り、脚を回し、自由自在に校庭を駆けまわっていた。

 

 『私なんかで』、『亜希の方が』、『まだ時間余ってるよ』。美紀を遊びに誘って、これらの言葉群は引っこむようになった。龍太郎を『龍太郎』と認識してくれるようになったのだ。

 

(俺だって、美紀に負けてなんかいられない)

 

 浅い穴の前で立ち止まる時間は、いかにもったいない時間だったか。一つを丁寧にしあげることよりも、当たって砕けた方が経験値を稼げると気づいた。

 

『できないことはできない。できることはできる』

 

 サボっていた勉強に取り組み、亜希のアドバイスを理解できる段階まで伸ばした。ランニングの成果で、成瀬のムチャぶりに付き合っても居眠りしないようになった。

 

 人は、変われる。昨日の自分より、できることを増やしていくのだ。亜希になる必要はない。

 

「……亜希、ちょっと下がっててくれないか……? 美紀とふたりの時間が……ほしい」

 

 腕を広げて涼しさを受けていた彼女の関節が固まった。出来の悪い機械人形である。

 

 金縛りが解け、目じりが下がっていく。

 

「……そっか……。……わかった。砂遊びしてくる」

 

 まぶたを下ろし、頭を沈みこませた。亜希のまなざしは、温かかった。

 

 月のくすぶる舞台上には、龍太郎と美紀のふたりっきり。足の指が、なけなしの砂をつかむ。

 

 海へと吹き出す風に、露出した肌が擦られる。半袖で出てきたのが裏目に出て、鳥肌が立ってしまっている。

 

(……タイミングは、変調かもしれないけど……)

 

 美紀に『好き』を投げかけてみても、現実的でない答えが返ってくる。景色が明るくなっているのは感じるが、まだ形が不安定だ。

 

 『恋愛』が何かなど、龍太郎にも示せない。顔を隠した写真に魅かれるのは、恋であるのか。恋は汚れていては成り立たないのか。専門家にでも投げわたしたい。

 

 それでも、自分なりに定義していく。他人の定規で測られるのでなく、自身のものさしで物を作るのだ。

 

 入学初日、沼地に頭から飛び込んだ龍太郎を引っぱり上げてくれたのは、くしくも告白詐欺を仕掛けた美少女だった。

 

 龍太郎は、酸いも甘いも経験した彼女の肩に手をのせた。

 

 ぶるん。縮こまって、かけがえのない親友が跳ねあがった。

 

「……龍太郎、くん? ……熱でも、出ちゃった……?」

 

 顔に出るとは、龍太郎を指すのだ。雰囲気づくりの不得手なソムリエである。

 

 魂が月に抜かれそうだ。視界がふくらんではしぼむを繰り返し、照準が合ってくれない。口をほどよくあけた少女は、ぼやけてぐらついている。

 

 血を吐いて死んでしまってもいい。空っぽになった肺が、なおも気体を送り込もうとする。

 

『なに、恋愛の『れ』も知らない子に緊張してるんだよ。予行演習くらいに思っておけばいいんだよ』

 

 片隅に封じ込めた悪魔が、クモの糸を垂らしてきた。登っていけば切れてしまう、希望のない道である。

 

 犍陀多(かんだた)と違うのは、血の池ではないこと。覚悟のある者が進めば、行き止まりは訪れない。

 

(……そんな思いで、俺は変わったと言えるか?)

 

 面倒くさいことを後回しにして難を逃れる。ツケを考えない、従来の龍太郎だ。

 

 傍観者になりたくない。その思いで、急坂を駆けあがってきた。滑り台を下った先は、元のスタート地点である。

 

「……美紀のことが大好きなんだ。俺の『彼女』になってください」

 

 もう片方の手も、肩に押しつけた。動力を加えた歯車は、物理に沿って動くだけだ。

 

 正真正銘の『彼女』。薄っぺらい押し売りの『カノジョ』ではない。龍太郎が本心で求める、心を共有したい存在である。

 

 すべてを蓄える美紀の瞳は、龍太郎の目と通じ合っていた。熱線で脳が溶けてしまいそうだ。

 

 内からの鼓動は皮膚にまで届いた。血流が送られてくるたび、目が飛び出そうになる。役目を果たした肺がけいれんして、空気が取り込めない。

 

 少女を色だたせる照明が、いちだんと強くなった。雲は風に流され、力を取りもどした三日月が彼女のアクセサリになっていた。

 

(……美紀がいたから、俺も変われたんだ……)

 

 怠惰で生活できる環境は、恵まれたもの。機会を探そうともせず、投げ出してばかりの自分に気付いた。無彩色の教室に、彩りを添えてくれたのは彼女だった。

 

『龍太郎くん、おはよう!』

 

 小走りでやってきて、挨拶をしてくれる。彼女を何度目に入れ、ヤケドしそうになったか。束からはぐれた遊び毛が、どこか抜けていた。

 

 龍太郎の生活は、いつしか美紀であふれかえっていた。欠落と戦いながら感情を爆発させる彼女は、いつだって活力を与えてくれた。

 

(……だから、美紀と……)

 

 一緒にいたい。龍太郎が尽くすのでも、美紀が重荷を背負うのでもない。隠れて見えない未来を、力を合わせて切り拓きたくなった。

 

 白に身を包んだ最愛の少女は、口を動かさない。腕を振りほどく仕草もみせない。

 

「……美紀、わからなかったら、『わからない』って……言っても、いいんだぞ……」

 

 強がりにはなれなかった。告白で声に力を載せられる人間でありたかった。

 

 やはりサイズの大きい少女の紺のズボンが、陸風になびかれる。飛んで行ってしまわないか不安になった。

 

(……わけ、わからないよな……。でも、できるだけ早く伝えたかったんだ……)

 

 『恋愛』の抜けている美紀に、想いをぶつける。何をやっているのか、一目では意図がつかめない。

 

 彼女が『好き』を獲得するきっかけはまだわからないが、その『いつか』を速める。『好き』が何かをつかみ取る材料になってくれれば、それでいい。たとえ、龍太郎を受け取ってはくれなくても。

 

 触れる手に、ぬくもりがやってきた。龍太郎の目を射止めたまま、彼女のてのひらが覆いかぶさっていた。

 

「……ちょっと、まっ……」

 

 拍動を止まらなくさせる少女の肉体は、砂浜に降っていった。

 

 

 

----------

 

 

 

 龍太郎たちは、仮の住まいまで戻ってきた。

 

 意識の宿っていない女の子を一人で運ぶには、配慮が足りない。亜希とふたりがかりで肩をせおって夜道を歩いてきたのだ。

 

『……想いを伝えるくらいなんだから、自分で背負おう、って思わなかったの?』

 

 懐中電灯の示すアスファルトが唯一の道しるべの中で、何でも知っている幼馴染からの質問だった。

 

 全身が真っ赤になっている美紀は、体調不良なのか別の要因なのか。独力で介抱し、株を上げる選択肢もあっただろう。

 

(……美紀に拒否権がないところで、ズルはしたくない……)

 

 手伝ってくれる親友がいて、サポートさせない択は取りたくなかった。龍太郎ひとりならともかくとして、なすがままの少女に自らを押しつけるのを良しと思わなかった。

 

 『恋愛』が欠けていると判明している彼女に告白することは、本質的に共有されているのかもしれない。それでも、意識下かそうでないかの間に、大きな溝が横たわっている気がした。

 

 自立機能を失った美紀は、ベッドに寝かされている。見える限りの砂は払ったが、無地の服の繊維はちょっぴり茶色がかっている。

 

 枕元を照らすベッドライトはおやすみモード。顔を紅葉させた愛する人は、口をとがらせて休んでいた。部屋はシーツの擦れる音がするばかりで、うわごとは聞こえてこない。

 

 龍太郎は、少女の横でなりゆきを見守っている。彼女が回復するまで、明日を投げうってでもこの部屋に居座る決意だ。

 

「……冷やすもの、買ってきた方がよさそうかな……?」

「そうだね……。ちょっと、出てこようかな」

 

 テーマパーク周辺には、睡眠を知らない建物が並んでいる。物資の心配はしなくてよい。

 

「美紀、よろしくね。龍太郎のことだから、心配してないけど」

 

 肩掛けカバンを持って、亜希がドアの向こうに消えた。思い立ったらすぐ行動できる、関門のないタイプだ。手をふるヒマもなかった。

 

 龍太郎には、彼女の添えた言葉が慣れなかった。当たり前に思える一句が、非日常に思えた。

 

(……『心配してないけど』……?)

 

 ことが起こるたび、亜希はきまってカウンター可能な一言を置いていった。いつも、龍太郎が感知していない落とし穴を気づかせてくれていた。

 

 オブラートに包みつつ、問題点をうやむやにしない。深くまで切りこんでくれる彼女の刀に、今まで助けられてきた。配信の前も、全面戦争も、アドバイスを託されてきた。

 

 初めて、決断を任されたのだ。龍太郎は、責任という大荷物を担っている。

 

(美紀が、もし暴れだしたら……)

 

 フロントにつないで、救急車を呼ぶ。むりに感情で対処しようとしてはいけない。

 

 デジタル数字は、四ケタを示している。想いにふけっているだけで、カレンダーがめくられそうだ。

 

 体を休めたくなったが、まさか美紀に添うわけにはいかない。気持ちを露わにすることは、境界線が緩くなることを意味しない。

 

 ベージュの壁紙に、もやがかかってきた。デコボコとした模様がくっついて、のっぺらぼうに変身していた。

 

 『休め』の信号が、ひっきりなしに送られてくる。口が開くのを抑えられない。酸素不足を解消しようと、肺がめいっぱい空気を取りこむ。

 

 ベッドに垂らしていた右手に、温かみのあるグローブが乗っかった。面積は小さく、手の甲に寒暖の谷が生まれる。

 

(……シーツでもかぶったかな……)

 

 涙をぬぐって、少女に目をやった。

 

 美紀の瞳は、ぱっちり開いていた。まつ毛をこえて、水滴が頬へと流れていた。

 

「……龍太郎くん。私、『好き』が何かわかったみたい……」

 

 龍太郎の手には、彼女の手が添えられていた。トラックに括りつけても、抜けることはないだろう。

 

 起き上がった美紀の上半身が、心をおおった。柔らかな体が骨にぶつかり、隙間という隙間を埋め尽くした。

 ふくらんだ楕円の山も、胸板にはさまれた。しとやかな黒髪の穂先が、首元をくすぐった。

 

 密着する少女からの、甘ったるいにおい。砂糖のザラザラさではなく、チリを落とすような、緩慢な撫でる甘さである。

 

 美紀のうわまつ毛は、整頓されて一列に並んでいた。まばたきで降りては、また飾りにもどる。

 

 龍太郎の腕は、彼女の背中にまわりこんでいた。

 

「……龍太郎くん、好き……」

 

 口をつくるくちびるの動きが、龍太郎への愛を伝えていた。

 

 天に飛びたってしまいそうになった。天使の輪っかが、頭上に現れたように見えた。

 

 美紀に抱きしめられ、抱きしめていた。とろけかけている彼女のまん丸な目に、龍太郎も吸いこまれていく。

 

 

 

 

 

 

 彼女に身をうずめて、時がいくつ経っただろうか。美紀の目は静かに閉じられていた。腕のロックも解け、龍太郎の腕に身を委ねていた。

 

 余韻に浸りたい気を押し殺して、少女をゆさぶってみる。

 

「……み……き……? ……みき……?」

 

 頭を打たないよう、順に美紀を着地させる。髪をまっすぐ整えて、めくれ上がった掛けシーツをかぶせた。

 

(……今の……、夢じゃない……よな?)

 

 龍太郎は、たしかに感じた。小刻みに伝わる心臓の鼓動、あふれだす彼女の風、鼓膜に残るお返しのことば……。嘘じゃない、と言い張っている。

 

 幻のように見えた少女は、枕を下にして現実世界からログアウトしていた。先ほどまでのぎこちない笑顔はなく、うっすらほほえんでいた。寝息が聞こえてきそうである。

 

(……朝になったら、改めて聞いてみようかな……。野暮かもしれないけど……)

 

 美紀と付き合いはじめた感触は、まだ湧いてこない。にぎられた手だけが、その一歩を示していた。

 

 カギが回り、熱さましの箱を持った幼馴染が帰ってきた。ずいぶん早いお帰りだ。

 

「……走ってきた? やけに早い……」

「フロントで買ってきたから。……それより、その手は……? ……美紀、起きた?」

 

 生ぬるい風呂に浸かる時間も与えてくれない。察しのいい亜希は嫌いだ。

 

(……思ってたのと、何か違うなぁ……)

 

 中学生のころ、恋愛小説を読み漁っていたことがある。展開はレールが敷かれていて、男が女にアタックし、その場で幸せをつかみとる、といったものだ。

 

 龍太郎と美紀。生い立ちも、進んできた道も異なる、似た者同士のふたり。力を合わせれば、なんだってできる。

 

(ひとりじゃ、生きていけないから)

 

 孤独で生活する人間はいない。そう見えても、誰かが陰から支えてくれている。

 自分の人生を輝かせるのも、腐らせるのも、自分自身なのだ。もう、自身を傷つけるのはやめる。

 

 『好き』を得た少女の手は、脈打ってあたたかい。

 

 

 

 ベッドで夢にダイブしている美紀は、『カノジョ』ではなく『彼女』だった。




Chapter5 end End Of File...

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龍太郎の成長、美紀の復活、それぞれ楽しんでいただけたでしょうか?
最後までご愛読いただき、誠にありがとうございました!
2025/12/8 true177

ずばり、この物語は……

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