Last Rey -Ancient Fate-   作:蒼山とうま

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再開の集結

 徐々に廃墟と化してくる若浦市。一人の契約者と一人の守霊は複数の赤いドラゴンに追いかけ回されていた。

「義輝!魔詛はどんだけ残ってる!?」

「まだ戦闘なれば十分に残っておる」

 背後では鼓膜を破らんばかりに咆哮するドラゴン。その羽ばたいている音は悪夢そのものだ。

「あの飛んでるのどうやって落とすんだよ!?」

「我に聞くな、幾ら我とて空中にある敵は落とせぬ」

「どうすんだよーッ!?」

 火を吐いて焼き殺そうとするドラゴンの攻撃を必死に走って避ける二人。

「うおぁーッ!?」

 火炎放射機から吹き出されたみたいな勢いで迫る炎は、明らかに殺意の塊である。街路樹を焼き付くし車の表面のコーティングをも溶かすほどの熱量。火を吹きつけられると同時に什造は慌てて身を翻す。まるで猛火に触れる寸前のような感覚が体を走る。火炎が足元を焼く音が響き、アスファルトが溶ける。間一髪で二人はその熱から逃れるが、背後からは焼け焦げたニオイが立ち込める。

「什造、アレだ。魔詛の弾玉(はずみだま)を飛ばして落とすのだ」

「でもアレ威力低いじゃんか!」

 義輝が言っている魔詛の弾頭を飛ばすアレというのは、魔詛弾(カーズ・バレット)と呼ばれる契約者が使える護身魔術に近い技である。この技は通常、消費する魔詛の量が少なく、その分威力も控えめだがその特性を活かして任意に魔詛の量を調整し、威力を自由に変更できるという優れた柔軟性を持っていた。威力を増やせば、当然その分の魔詛の消費も増えるが逆に威力を抑えれば、ほんの僅かな魔詛で弾を発射できる。しかしその威力の増減はただの「調整」ではなく、微妙なバランスを要求する。 魔詛弾(カーズ・バレット)は、カスタマイズ性が高いものの、その設定ミスが命取りにもなり得るために使い慣れた者でなければ扱いが難しい。

 それを知っていれば什造は躊躇わなかったのだが──什造はそれを知らずにいた。もっとも、彼が魔詛弾を使用する機会が全くなかったせいでもあるのだが。

 ともあれ、追跡する竜を振り切るためには一か八かにかけるしかない。

「迷っている暇はないのだ、什造!安心せよ、貴殿なれば教え無くとも可能ぞ!」

「あぁー!もうこうなったら殺し倒してやるぁ!」

 義輝の言葉に背中を押され什造は一度深く息を吸い込むと、心臓が早鐘のように鳴る。無意識のうちに魔詛を集めると、右手の手のひらに色の濃い黒い光が凝縮されていく。 魔詛弾(カーズ・バレット) ──その使い方を完全に理解していなくとも、今はそれしか頼れる手段がない。彼は右手に魔詛を凝縮させ、思い切って力を込める。しかし威力をどこまで増加させるべきか、今の彼には全く見当もつかない。感覚に身を任せるしかないのだ。

「あぁもうどうにでもなれぇ!魔詛弾(カーズ・バレット)!」

 手のひらに溜められた黒く染まった魔詛が、弾丸というよりも レーザービームのように迸る。放たれた瞬間、周囲の空気が震え、地面が軋む。什造の全身に重圧がのしかかる。まるで上から押しつぶされるかのような圧倒的な魔詛の奔流──。魔詛弾(カーズ・バレット)が放たれると、空気が震え、周囲の風景が一瞬で歪んだ。瓦礫を吹き飛ばし、何もかもがその魔詛の奔流によって重く、そして圧倒的な力を感じる。手のひらから放たれた黒い光はまるで破壊の衝撃波のように前方へと飛び、地面を揺るがし、空気を切り裂く。響く音が耳を劈き、まるで世界そのものがその瞬間に反応しているかのようだった。

 並々ならぬ衝撃波で飛ばされそうになるのを必死に堪え、掃射を続ける。

 しかし、威力をどう設定するかもわからぬまま放ったその魔詛弾(カーズ・バレット)は、予想以上の反動を生んだ。右腕は目に見えて震え、手のひらがひどく痛む。完全に支えきれない感覚が、肩から腕、肘にまで伝わってきた。どこかで、内側から裂ける音がしたような気がした。その様子はさながらレーザーカッターであり、魔詛弾(カーズ・バレット)が通ったコンクリートの車道に亀裂が入っている。

「ぐぅ…ッ!」

 什造は片膝をつき、両手を地面に置いて反動を耐えようとする。しかしその瞬間、左手で右腕を支えなければならないことに気づく。左手を右腕の上に押し当てることでわずかに力が分散し、反動を和らげる。だがそれでも腕の震えは止まらない。筋肉が疲労し、骨が悲鳴を上げているように感じる。

「な、なんだこれ…!」

 震える手を見つめながら、什造は思わずつぶやいた。肩から首にかけて冷や汗が流れ、視界が一瞬ぼやける。魔詛を一気に発射するという選択は、予想以上に自分の身体に負荷をかけたようだ。だが、次に目の前のドラゴンを見た時、躊躇している暇はないことを痛感する。

 すでにドラゴンはその衝撃に反応し、翅を羽ばたかせながら反撃の構えを見せている。火を吹く準備が整ったのか、その口の中から炎が燻り始めていた。

「くそっ、再装填が間に合わない!」

 今すぐにでも立ち上がり、次の一撃を放たなければならない。右手の痛みを感じつつ、什造は何とか立ち上がり、左手で右腕を支えながら再度魔詛を集める。今度は自分の体力と相談しながら、少しでも反動を抑えるために魔詛を適切に調整しようと試みる。───が、敵の方が1枚上手だった。ドラゴンはゆっくりと口を開け、今にでも什造を喰らおうとしている。義輝は周辺から湧き水の如く湧き上がる骸兵の掃討でとてもこちらの援護に回れる状態では無い。間に合うかどうかすら、怪しかった。

「響子…レイ…。すまない、俺はここまでみたいだ…」

 絶望の縁から叩き落とされるような絶望で呆然とし、巨大や暗闇が自信を覆いかける。その鋭い牙が、喉奥すら見えない暗闇が、什造へと伸びている。

「什造!何をしておられる、回避ぞ回避!」

 骸骨兵(スケルトン)と剣で小競り合いをしている義輝が顔を什造の方に向けて叫ぶ。しかし、身を投げられ放心状態同然の彼の心は将軍の言葉ですら聞こえない程に恐怖と絶望が支配していた。

 あと少しで食われる、そう思った時だった。ドスッという鈍い音がしてドラゴンは重低音の悲鳴を上げ倒れる。脳天に攻撃を食らったらしく、その攻撃は紅色の巨竜を一撃で仕留めた。

「まったく、まさか二度も同じ人の命を救うことになるなんて…」

 明らかに女性の声だ。什造は口元から離れてゆっくりと声のする竜の頭の方へと視線を向ける。そこにはオフィス前で助けてくれた甲冑の姿がある。黒塗りの甲冑に長い髪。整った顔立ちの落ち着いた女武者。

「貴方は?」

 什造は反射的に名前を聞くと、甲冑姿のその人は「先に聞いた方が名乗るのが礼儀じゃないのかー?」と逆に質問で返された。

「久保江什造、契約者(コヴェナント)だ!」

 竜の巨大な頭の上にいても聞こえるような声で名乗った什造を見ると、その人は笑みを浮かべて飛び降りる。そして什造の隣に降り立ってから言った。

葛城政綱(かつらぎまさつな)、政綱と呼んでくれて構わない」

 明らかに男の名前で什造は混乱した。顔も相まって見た目は本当に女性っぽいのに名前は男?理解が追いつかない。

「政綱…?」

 什造は一瞬顔をしかめ、もう一度その名前を口にした。彼の目の前に立っているのは、確かに女性のような雰囲気を持つ人物だが、どうしても名前が男のものだという事実が頭から離れない。

 政綱は肩をすくめ、少し無理に笑いながら言った。「ややこしいこと言ってすまん。ただ、見た目と名前は別物。俺の姿と名はあまり気にしないでくれないだろうか?」

「それにしても…」

 什造は右腕の痛みに耐えながら、政綱を見上げた。

「助けてくれてありがとう。でも、どうして…君はこんなところに?」

 政綱は何も言わず、ただ彼を見ながら静かに答える。しばらくの間、周囲の音がすべて遠くに聞こえるような気がしていた。彼女、または彼──政綱の存在がまるで空気そのもののように自然であり、ただその姿がしっくり来るような感覚に包まれていた。

「俺も同じだ。貴殿のような契約者がどうしてこんなところにいるのかは知らないが、どうも縁があるらしい。オフィスで五十体を切った剣士と言えば良いか?」

「あ、あーッ!さっきのミステリアス剣士!」

 政綱はようやく気づいたかというようなにやけ顔でこちらを見て、すぐさまなにかに気づいたように遠くを見ているようだった。

「まあ、何はともあれ、今はこの場を何とかしないといけないだろうな。」

 政綱は改めて周囲を見回し、その視線が敵の赤や緑、青色のドラゴンたちに向けられる。

「まだやれるかい?」

 と政綱が問う。それに対して「い…いや、右腕が痛すぎて…」什造は言葉を詰まらせる。痛みが強く、今すぐにでも倒れそうなほどだったが、政綱の冷徹な視線がそれを押さえつけてくる。

「こんな状況で痛みを気にしている場合じゃないだろう…。どれ程呑気な契約者なんだ…」

「すまぬ。我の契約者はこのような性格故、許してくれぬか?」

 義輝が割って入ると政綱はぎょっとした目で彼を見つめた。かの剣豪将軍・足利義輝が目の前に、しかもこんな頼り甲斐の無さそうな男の守霊として契約を結んでいるという事実に驚きを隠せなかった。

「仕方ない…。義輝様の契約者となれば許す他ありますまい…」

 政綱は右手に持っていた打刀を一度軽く振り無言で斬り掛かる準備を整え、義輝は左手で鞘の先を持ち、右手に持った刀の刃を斬りやすい位置に持ってきて脇構えで構える。

 什造は深く息を吐き、再び魔詛を集め始める。右腕が震え、痛みに耐えながらも、彼は無意識に左手を右腕に置き、支えるようにして動かす。腕の重さが痛みと共に骨に伝わる感覚に顔をしかめながら、それでも彼はやるべきことを果たさねばならないという覚悟を決める。

「いざ!」

 政綱の声が響き、何かしらの指示を出すように叫ぶ。その瞬間、ドラゴンたちが再度反応を始める。火を吹きつけ、牙を剥き出して迫ってくる。

「なんだ、あの数は…」

 政綱は竜の群れに向かって刀刃を構える。什造は無言で頷き、左手で支えながら魔詛を再び放つ。

魔詛弾(カーズ・バレット)!」

 その黒い光が空気を引き裂き、今度はより強い威力を持って飛び出した。しかし、反動が依然として強烈で、右腕の激痛が全身を駆け抜ける。何度も力を込めて発射するが、彼の体はその度に限界を迎えていた。

「く…!」

 だが、政綱の助けがあればこそ、何とか立ち向かうことができるだろう。仲間がいる、そして目の前の敵を倒さねばならない──その思いだけで、彼は耐え続けた。

 そして、再び、政綱の剣が空気を切り裂き、次々とドラゴンを撃破していく。

「大丈夫か?」

 政綱がふと何気なく尋ねる。口調は冷徹だが、その眼差しには何かしらの意志が見て取れた。

 什造は痛みに顔をゆがめながらも、必死に答える。

「まだだ…!まだやれる!」

 政綱は什造のその声に驚き義輝の方をじっと見つめた。義輝はすでに戦場での疲労を感じさせない、あの威厳のある姿勢を保っていたがその目は政綱を見つめながらも、その後ろで戦う者たちへの気配りを忘れない。

「…また、貴方か」

 政綱は冷静に言った。

「契約者の相手もしているのか」

「当然よ、守霊は契約者という存在が必要不可欠なのは貴殿も承知であろう?」

 義輝は軽く頷いた。

「無駄に命を捨てさせないためにも、我が者の守り手として戦い続ける。」

 政綱はそれに対して無言で一度、深く息を吐いた。どうやら彼は義輝のことをよく知っているようだ。その口調からは、何か長い付き合いがあることが伺える。しかし政綱自身も彼に対する感情を表に出さない。おそらく、戦闘の最中では余計な言葉は交わせないという決まりでもあるのだろう。

「それよりも、今は状況を何とかするのが先決。この場を切り抜けなければ三人仲良く竜の胃袋行きになる」

 政綱が再び前方のドラゴンたちを見据えた。するとドラゴンたちは激しい咆哮を上げながら再び攻撃の準備を始めた。その中でもひときわ目を引いた巨体を持つ赤いドラゴンが、猛然と火を吹き始めた。周囲の温度が急激に上がり、空気が熱風で震えた。

「くそっ、また来るのか!」

 什造は叫びながら痛む右腕を気にしつつも構える。

 政綱は瞬時に動き、手にした剣を地面に打ちつけるようにして立ち上がった。

「あのドラゴン、今のうちに倒す!お前の右腕が動けるうちに…!」

「え、でも!」

 什造は驚いた表情を浮かべながら続ける。

「俺の右腕、あまり動かせない!政綱、本当にできるのか?」

 政綱は何も答えず、そのまま飛び跳ねてドラゴンに向かって走り出した。鋭い動きで、彼の足音が舗装された道路を蹴る音が響く。義輝もまた、周囲の骸兵を一掃しながらその後を追う。

「追い詰めるぞ、政綱」

 義輝が叫ぶ。

「言われずとも承知しておりまする!」

 政綱はドラゴンの周囲に素早く回り込むとその鋭い視線でドラゴンの動きを読み取り、瞬時に相手の隙間を突いた。剣を引き抜き、一閃。彼の剣がドラゴンの鱗を削るように深く切り込んだ。

「うおっ、ありゃ凄ぇの見ちまった!」

 什造は目を見開きながらその戦いを見守っていた。政綱の速さと正確さに思わず感心してしまう。だがその時ドラゴンは怒涛のように尾を振り政綱を振り払おうとした。その一撃が間一髪で政綱を捉えそうになるが、義輝がその攻撃を迎え撃ちドラゴンの尾を素早く切り裂いた。

「お前の相手は我ぞ!」

 義輝が叫ぶと、ドラゴンは一瞬怯んだ。その隙を見逃さず政綱は再び動き出した。

「そこぉっ!」

 政綱が声を上げると、なんとかドラゴンの首元に致命的な一撃を与えることができた。

 赤いドラゴンが最後の咆哮を上げながらその場に崩れ落ちる。重く空気を震わせる音と共にその巨体が地面に倒れ込んだ。

「やったな、政綱!」

 什造は大きな声で言った。右腕の痛みを忘れて思わず叫ぶ。

 政綱は一度何も言わずに静かに剣を収めた。そして、その場に倒れたドラゴンを見つめながら短く呟いた。

「さて、次はと」

 その言葉を聞いた什造はこれまでの戦いを思い返し、ようやく冷静になっていく自分を感じた。

 そうだ、まだ終わりではない。だが今はこの戦いを続けるしかない──。

 

   * * *

 

 正午より始まった死界の侵攻は、時間を重ねるごとに混沌を極めていき、夜には若浦の中心街では死界の将である死霊たちが什造を除いた契約者40名前後、彼らの守霊と激しい戦闘を繰り広げ、時折響く爆音がこちらにも届いている。

 什造と義輝、政綱は骸兵たちやドラゴンを相手にしながら西進。住宅市街地は東半分は廃墟になりかけていたが、自宅付近の地域は比較的まだ被害を受けていなかった。

 少し古るっぽいセダン車が止まっている駐車場がある黒い屋根と白い壁の一軒家。修造は急いで鍵を開けて家のドアを開ける。

「響子!レイ!」

 しかし、家の中から物音はしない。人の気配もせず、リビングにあるテレビ台の下にあるはずの非常用持ち出し袋は影も形もない。それは、家族が既に“逃げた”証であり、どこかに無事にたどり着いているかもしれないという希望でもあった

「什造。我が思うに宅に妻子は存在せぬ」

「俺も同じ事を思ってた…」

「人一人どころか猫の子一匹もいない。どこ行っちゃったんだろ?」

 刀を抜いたまま、まるで切り込んできたかのように部屋を一つ一つ確かめる政綱は一階を一通り探したが、什造の妻子と思しき人は見なかった。

「葦高さんのところか」

 小さく漏れたその言葉に、政綱が首を傾げる。

「葦高?」

 什造は政綱に葦高という苗字の家について簡単に説明した。

「つまりその葦高という姓を持つ家は什造の信頼している家であり、その家に大事があれば身を寄せるように言いつけていたのか」

 政綱の言い方は少し語弊があるがだいたいそんな感じである。什造は車の鍵を持ち出すと義輝と政綱を後部座席に押し込んで、自身は運転席へ乗ってエンジンを回す。

 体の芯を小刻みに揺らす駆動音。その重低音は明らかにスポーツカー用のエンジンだ。

 什造がアクセルを踏むとその車体は前へと移動し始める。

「急に車なんか走らせてどうしたと言うんだ什造?」

「響子たちを乗せてそのまま市外に避難する」

「兵糧は?行くあてはあるのか?」

「なかったらこんな事はしない!」

 セダンのサスペンションに揺れる3人。什造は、自宅を出てすぐの葦高と表札に書かれた立派な門がある洋館の前で車を停めた。外から見る限りは家の周りには異常が見当たらない。什造は車のエンジンを切ると、すぐにドアを開けて外に出た。

「何もないといいが…」

 そう呟きながら、什造は慎重に家の中へ足を踏み入れた。義輝と政綱もそれに続く。家の中は静まり返っていて電気も付いておらず、人の気配はしない。門の装飾鉄門を開けて玄関扉の前に立つ3人。

桐望(きりうら)!俺だ!什造だ!居るなら開けてくれ!」

 拳で戸を叩く什造はこの家の主と思われる人物の名を叫んだ。しかし、家の中から声はしない。什造は何か嫌な予感がした。直後、什造は扉に手をかけて引いてみる。鍵は開いていた。

(桐望にしては不用心だな…?)

 そう思いながらも洋館の中に入る。什造は再び「桐望、居るか?」と声を出すが、自分の壁にぶつかって山彦のように帰ってくる以外に声はしなかった。

 什造は足を踏み入れたその瞬間、家の中に漂う異様な静けさに不安を感じた。何もかもが不自然に感じられる。普段なら家の中で何か音がするはずだがそれがない。やけに静かで、空気さえ重く感じる。思わず息を呑んだ。

「おかしい…」

 什造が低い声で呟く。義輝も眉をひそめて何も言わず、家の中を見回した。その目には警戒の色が浮かんでいる。政綱は腰の打刀に手を添えながら辺りを見渡している。まるで遠くでも見るかのように。

「桐望、どこだ?」

 什造はもう一度呼びかけるが返事はない。家のどこからも音がしない。

「不気味にを感じるのは俺だけであろうか?」

 政綱が不安げに辺りを見渡し、手にした刀を握り締めた。

「ここ、どうも空気が重いな…」

「大丈夫だろう、桐望なら…」

 什造は力なく言ったが、その言葉には自信が欠けている。彼は普段から慎重で、どんな危険にも備えた男だが、今はその直感が警告を鳴らしていた。

「何かおかしいな」

 義輝がその場で立ち止まり、床に落ちていた一枚の写真に目を留めた。手に取ると、それは桐望家族の写真だったが、どこか顔が消されたように見え、強く引き裂かれた痕が残っていた。

「これは…」

 義輝が写真を見つめる。

「何かがおかしい。大事あれば響子殿とレイ殿は彼に匿われると言うことは二人に伝えていたのだろう?」

「あぁ、勿論だ…」

 誰も居ない、その事実を受け入れられない什造の頭に最愛の妻と娘の死と言う最悪のシナリオが過ぎる。

「桐望に何かあったのか…?」

 什造はその場に立ち尽くし、頭の中で無数の可能性を巡らせていた。だがどれも結局、二人の死という避けられない結末に行き着くばかりで暗闇の中で不安だけが膨らみ、彼の心を締め付けていった。

 政綱が先に進み部屋の隅々を調べ始める。什造と義輝もそれに続いた。すると什造の目がふと止まった。壁に掛けられた大きな鏡。什造は鏡の前に立ち尽くして以前、桐望に言われた言葉を思い出した。

「万が一、響子やレイが危険に晒されたときは我が家で匿う。しかし、それだけでは万全とは言えないのが正直なところだ。もしもこの家に誰もいなかった場合、第二の避難場所がある。牧野から西に行った郊外に屋敷が一件あるのは知っているだろう?日本式の屋敷だ、そこに我々はいる。もっとも、そうなることはそうそう無いがな」

 桐望の言葉を鮮明に思い出した什造は「郊外の屋敷だ!」と何か閃いたかのように声を上げ、次の瞬間には彼は何も言わずに車に向かって来た道を走って戻り始める。

「お、おい什造!待たぬか!」

 義輝が制止しようと叫ぶが、什造は振り向きもせずに部屋を飛び出していった。驚きと戸惑いを浮かべる政綱と目を合わせた義輝は、言葉を交わすことなく軽く頷いて二人で什造の後を追いかける。

「什造、一体どうしたと言うのだ?」

 什造の脳裏には、レイと響子の姿が浮かんでいた。あの子たちは無事なのか。何かに巻き込まれていやしないか。焦燥と不安が混ざり合い足が自然と加速する。

 屋敷を飛び出して外へ出ると、冷たい風が頬を打つ。空は既に暗黒になり、鈍色に曇っており、どこか不吉な気配すら漂っていた。

「レイ…。無事でいてくれ…!」

 什造は心の中で呟きながら車のドアを開けてエンジンをかけた。そのすぐ後に、義輝と政綱が追いつく。

「…乗せていけ。場所は分かっているな?」

 義輝が助手席に滑り込むと、政綱も無言で後部座席に乗り込んだ。

「牧野の西、例の日本屋敷だ」

 什造が短く答え、車は砂利を巻き上げながら走り出す。

 道中、車内に重苦しい沈黙が流れる。その静けさを破ったのは政綱だった。

「什造殿。屋敷に向かう理由、聞いてもよいか?」

「…響子とレイ、それと桐望がそこに避難している可能性がある。もしそうなら今すぐにでも向かわないと間に合わないかもしれない。だが…。それだけじゃない気がするんだ」

「第六感か?」

 義輝が微かに笑う。

「いや。もっと嫌な予感だ。──あそこに()()が向かっている気がしてならない」

 “奴ら”。死界の死霊か、それともそれを導く何者かか。

 アクセルを踏めるだけ踏みこんで郊外へと向かう。道中、後方からは爆発音が響いている。

 爆音に反応して政綱が振り返るが、什造はサイドミラーからその光景を見ていた。ミラーに映る黒煙が徐々に空を覆い始めている。

「死霊の群れか…」

 政綱が低く呟いた。

「もう始まってる。死界の侵攻が」

 義輝の声に、冗談めいた軽さはもうなかった。

 車が峠道を抜け、視界が一気に開ける。すると遥か先、森の中にひっそりと佇む屋敷が木々の隙間から見えてくる。

「見えた、あの屋敷だ!」

 道なりにそって右に左にハンドルを切る。その乱暴な運転に後部座席の政綱は右へ左へとピンボールのように弾き飛ばされる。

「もう少し安全な運転はできないのか!?」

「ならしっかりシートベルト締めておいてくれ!今はそれどころじゃないんだよ!」

 歯を食いしばりながらハンドルを切る什造の手は汗で滲んで、今にもハンドルから手を離してしまいそうだ。

 暗黒の雲に包まれた空の下に、一つの明かりが見える。

 什造は「見えた!門だ!」と叫んでさらにアクセルを踏み込んだ。車は悲鳴を上げるようにタイヤを鳴らしながら、木々の間を抜けて屋敷の前に滑り込むようにして停車した。

 古びた木造の門は、まるで彼らの到着を待っていたかのように静かに佇んでいる。その奥に広がる庭の空気は重く、まるで時が止まったような静けさだった。

「…開いてるな」

 義輝が鋭い目で門を見つめながら呟く。門はわずかに開いていた。何者かがすでに中に入っているのか、それとも───。

「俺が先に行く」

 什造はそう言って、車から飛び出す。義輝と政綱もそれに続き、三人は門をくぐって屋敷の敷地へと足を踏み入れた。

「桐望、居るのか?」

 最初の数秒は沈黙が部屋を包んでいたが、次の瞬間に「その声、什造か?」と聞き慣れた声がする。

「この声、何処よりする?」

「右からでも左からでもない。上か?」

「ここは平屋ぞ、二階は無い」

 義輝と政綱がキョロキョロと目を、首を動かし辺りを見渡すが人の姿は無い。2人は顔を見合せ、政綱は少し肩を竦めた。

「ここだよ、ここ」

 ガタッと足元の木の板が動いて、その下から灰銀色の長めの髪を結んだ紫色の目の男だ。

「什造。下に来い、響子さんとレイちゃんはその下だ。生きているぞ」

 桐望の言葉を聞いた什造は一気に表情が明るくなり急いで床下にある地下へ繋がる階段を降りてゆく。義輝と政綱もそれに続き、死霊や骸兵が侵入していないかどうかを確認した上で自身も床を元の位置に戻して地下へと降りていった。

 

「響子!レイ!」

「パパー!」

 小さなワンピース姿の少女が父の元へと駆け寄って抱きついた。相当寂しくて泣いていたのだろう、鼻先や目下が真っ赤になっている。 什造は娘をしっかりと抱きしめるとその小さな体が震えていることに気づいて、そっと背中を撫でた。

「よく頑張ったな、レイ。もう大丈夫だ」

 その言葉にレイはさらにぎゅっと什造の胸に顔を埋める。響子もまた、涙を滲ませながら近づいてきた。

「あなた…。無事で本当によかった…」

 什造は腕を伸ばして響子の手を握る。互いの体温を確かめ合うようにしばし言葉を失っていた。

 一方、政綱と義輝は近くで地下の構造をざっと確認しながら桐望の方を振り返る。

「随分と用意のいい隠れ家であられる。空気の流れもあり、外からの気配も遮断されている。君の仕業か?」

「まぁね。最悪の事態を考えて、俺なりに打てる手は打っておいた、例えばそうだな…。術で骸兵や死霊が近づけないように気配を消したりとかな」

「貴様、何故に死霊と骸兵のことを知っておられるか。死界の間者か?」

「なぁに、そんな大層な役じゃないさ。これを見たらいいかい?足利義輝将軍」

 桐望はそう言うと服の襟を引っ張りその下に隠れていたモノを見せる。そこにあったのは契約者の証である切り傷のような青い印。什造は右腕に伸びているが、桐望は左首元に伸びていた。

「成程。貴殿もか」

「あぁ、そうさ。什造んとこの奥さんと娘さんには黙ってた訳だがな。まぁ、あんたらが来てくれて助かったよ。少しでも遅けりゃもう地下に隠れる時間もなかった」

 桐望は髪を軽く揺らしながら言って手に持った短剣のような護身具を腰に収めた。

「この屋敷、既に安全とは言えぬ。何者かがこちらの動きを察知して、嗅ぎつけてくる事は容易に考えられるであろう。早急にことを起こさねば、我らは此処で土を枕に討死ぞ」

 義輝が言うと、桐望は無言で頷いた。

「什造のところに行ってこの後どうするか聞く、異存はないか?」

「我はない」

「右に同じく」

 桐望は義輝と政綱を連れて久保江一家のいる部屋に入った。

「…それで?この先はどう動くつもりだ、什造?」

 義輝の再会の喜びに浸っていた什造が顔を上げ、眼差しを鋭くする。

「あなた?桐望さんの後ろにいる男の人と、あと…女の人…?は誰…?」

「私と一緒にここを守っていた。什造の知り合いでついさっきまでここら辺を見張って戻ってきたところさ。防弾チョッキがないんで、家にある具足で代用しているらしい」

 響子は首を傾げ、それに対して桐望が答える。そしてクスッと笑いながら「それと、政綱は女じゃなくて男だぞ」と続けた。

「あら、そうだったの!?すみません、顔で性別が判断できなかったもので…」

「いえいえ。私自身よく間違われるものですので。お気になさらず」

 政綱の什造と出会ったばかりの時とは声が違う。完全に女性としての声だ。義輝はその声を聞きながらフッと笑った。まるでふたつの人格が同じ体の中に収まっているのでは無いのかと疑うほどにトーンも口調も違う。

「何やら賑やかになってるじゃないか。えぇ?」

 暗くてよく見えないが、斜めに軍帽を被った男が姿を現した。長身で、鋭い眼光。骨格と佇まいからして日本人ではないとすぐに分かる。

「ロンメル。来たか、ヤケに遅かったじゃないか」

「思った以上に敵が多かったもんで、少し多く蹴散らしてきた」

 エルヴィン・ロンメル。第二次世界大戦中、ドイツ軍の将軍として北アフリカ戦線で数々の戦功を挙げ、連合軍から“砂漠の狐”と恐れられた戦術の鬼才。その名に恥じぬ冷徹さと観察眼を持つ、守霊の一人である。

「それでも、敵の動きはまだ序の口だ。陽動か、あるいはこちらの動きに勘付いたか…。いずれにせよ、本腰はこれからだろう」

 彼は短く周囲を見渡しながら呟いた。

「死霊と骸兵の動きが一部まとまっていた。統率者が近くにいる可能性があるな」

 ロンメルは重低音の声で唸るように続け、現状を明白とする。その場にいる全員には、重い空気が伸し掛るかのような不安が渦巻くようになった。ここから無事に脱出できるのか、幼いレイを抱いた響子はそれだけが気がかりだった。

「つまり、この隠れ家も長くはもたぬということか」

「その通りだ、義輝さん。こちらが先手を打つべきだろう。追いつめられる前に狩る」

 静かに、しかしはっきりと告げるロンメルの声には、戦場で幾万もの命を動かしてきた者の重みがあった。

「急げ、この家を出るぞ。響子さんとレイちゃんを安全な場所に移す」

 桐望は急かすように口を回し、今にも出ていきそうな勢いである。それを什造が「落ち着けよ」と静止する。

 什造からすれば、桐望は大学時代のひとつ上──つまりは先輩に位置するのだが、大学時代からの仲で敬語は一切使わないフランクな関係を築いている。什造は、その友情がどこまで続くのか試されている気にもなった。

「その間に俺らは───反撃に出る。そういう事だろ桐望?」

「よく分かっているようで助かるよ」

「反撃か。いい響きだ。久しぶりに戦車に乗って戦争(クリーク)を指揮してみたかったところだ、ちょうどいい」

 ロンメルは斜めになっていた軍帽を被り直しながら言った。

 義輝は眉を動かさない代わりに口角を少し上げ、政綱も「当然」頷いた。

「問題は什造が家族と共に逃げるのか、それとも──」

「義輝、俺はお前と一緒にここで戦う」

「あなた…っ!?」

 響子が一歩前に出て言う。

 妻として死地に赴こうとする夫を必死になって止めようとするのは当然であろう。だが彼の意思は固く、響子がいくら言っても聞かない。

「響子、もし俺が死んだって聞いたなら実家に戻って浅霧として暮らしてくれ。お義父さんなら響子もレイも守ってくれる」

「でも、それであなたが死んだら…!」

「死んでも必ず帰ってくる。約束だ」

「什造…。お前──」

 桐望が何かを言いかけるがその言葉を遮るように、什造はきっぱりと言った。

「響子とレイは、郊外に避難してるお義父さんのところまで連れて行かせる。桐望、これはお前に任せたい。その間に、俺と義輝、政綱の三人で死霊ども(テロリスト)に狙われている人間の救出に向かう。──必要なら、敵は殺しても構わない」

 そして目を逸らすことなく、桐望の目を真っ直ぐに見据える。

「頼めるか?」

 その言葉に、桐望は一瞬息を飲んだ。

「…分かった」

 短くしかし確かに頷く。表情は渋くどこか釈然としない様子だが、それでも拒まなかった。

 什造は一度決めたら何があっても譲らない。悪く言えば頑固者、だがそれが彼の信念でもある。桐望は、それをよく知っていた。だからこそ、説得は無意味だと判断したのだ。

 そして、静かに決意の空気がその場に満ちていく。

 ロンメルが部屋の中央にあるテーブルに地図を広げた。

「相手の最大の武器はその量だ。数を頼りに殴ってくる戦術は損害こそ大きいものの、厄介な戦術だ。正直、反撃に出ると言ってもチャンスは一度きり。ここにいる大半が死ぬ可能性も捨てきれない」

 港あたりを赤い丸で、中央街を青い丸囲んだ。その上にそれぞれ“12,000”と“24,500”の数字を書出した。政綱が「これは?」と聞くとロンメルは言った。

「魔詛で偵察部隊を編成、死界の総兵力を確認してきた。この地図に記した数字は先程報告にあった陸空の部隊の総数だ」

 彼の言葉が部屋に深い静寂をもたらし、全員がその意味を噛みしめる。数の多さ、そしてその背後に潜む恐ろしい力が、皆の心に確かな重圧を与えていた。確認できるだけでも数は3万6000と少し。ただしこれは骸兵だけの数字で、ここに加えて指揮官である死霊もいるだろう。それをたった40人の契約者と何人いるか分からない守霊で戦うのは部が悪いのは明らかである。

 ゆらりゆらりとロウソクの影が揺れて、橙色に彼らの閉じこもる埃っぽい地下室を温かく照らす。さながら、今にも消えそうな命のようであった。

 彼は指で地図をなぞり、沈黙を破るように言葉を続ける。

「そして、我々の戦力はたった40人の契約者と、数えきれない──いや、数える必要のない程度の守霊だけだ。この状況で戦おうなど、愚の骨頂に等しいのだ」

 その言葉に部屋の空気はさらに重く、冷徹な現実が一層際立っていた。

「ロンメルさんよ。戦闘前に味方の士気を落としてどうすんだ?」

「事実を述べただけだ、襲津彦。そこからどうするかが大切だろう?」

 ロンメルは眉一つ動かさずに返す。目線も動かさず、地図をジッと睨みつけるロンメルを脇に、ケラケラ笑う男が地下室の隅から確かに響いていた。

 声の主は、山積みにされた木箱の上に座る男。部屋の薄明かりの中、弓を肩にもたれかけ、腰には直剣を差している。口元には笑みを浮かべながらも、目はどこか鋭い。

 彼が軽やかに箱の山から飛び降りると、左の額から頬にかけて彫られたタトゥーと、白のツーブロックの髪型が明らかになる。首には翠緑の勾玉が付いた首飾りを下げていた。───古事記や日本書紀に現れる古代日本における弓取り、葛城襲津彦である。

 自分の守霊ではない。恐らくは桐望の守霊であろう。

 契約者と守霊の契約数に上限は無いが、その数に応じて契約者自身への負担も大きくなる。魔詛を過剰に消費すると契約者は痙攣や最悪の場合、死の危険性もある。桐望は相当な魔詛を使えるらしい。什造はそう確信した。

「いつから居た襲津彦?」

「んな事、今はどうだっていいだろ狐」

 襲津彦はどこから取ってきたか分からない囲碁の石を持ってきて、丸の中に黒の石を無数に、そして自分たちがいる館に8つの白い石を置いた。

「今の戦力差を簡単に表すならこうだ。白の石は今ここにいる俺たち、港、中央街に置いた黒は敵だ。大体40弱の契約者と40以上の守霊がケダモノ供と戦争してるが正直勝算がねぇ」

「襲津彦。それはまたなぜだ?」

「よく考えてみろ桐望。契約者の連中、今まで死霊相手に戦闘したとこを見たことあっか?アイツらは雑魚狩りしかしてねぇ。指揮官首狙わねぇ戦争なんざ負けだ」

 襲津彦は左頬をボリボリと人差し指でかきながら素っ気なく言う。たしかに、敵の大将首を狙わなければこの戦いに終わりは見えない。古の戦争では、先に敵の総大将の首を取った方が勝ちだ。あるいは、先に敵の戦意を()いで敗走させる。選択はふたつにひとつ。両者を取るなど、そのような余裕はない。

 保険はかけるに越したことはないが、彼らの場合はその保険をかける()()()すらないのが現状。崖っぷちに立たされて、今にも崖下に身を投げようとしている状況であった。

「相手は横に阿呆律儀に並んで整列するわ隊列組んで前進するだろ?戦列かっつーのマジでよ。だったらこっちはこっちで狩場を選ぶまでだ。獲物の首、一番高ぇヤツをな」

 襲津彦は矢筒に矢を詰め、弓を投げ上げてそれをキャッチする。

「襲津彦さん、ならどうするって言うんだい?」

 肩を竦めながら什造が襲津彦に聞いた。襲津彦はその什造の顔を見て高笑いして答える。

「どうするって、ここにいるその女と子どもを逃がした上で奴と戦いそれを殺す。民に血を流させんのは武人として許さねぇ。だが兵士であるならば話は別だ。粉々に切り刻もうが全身を矢でハリネズミにしようが止める」

 什造はその気迫に飲まれ、一歩下がって頷いた。

「什造。やるなれば、二手に別れ妻子を逃がす者と戦をする者に別れるのが先決であろうぞ」

 義輝か什造の肩に手を添えて彼を励まそうと声をかけた。

「お。おっさん中々いい戦術眼してるじゃねぇか」

「襲津彦殿。我は足利義輝と申す、以降義輝とお呼びくだされ」

「こんな時に自己紹介かよ義輝!?」

 後ろで桐望と政綱、ロンメルが襲津彦の置いた囲碁の石を動かし作戦会議を行っている。響子とレイはこの殺伐とし重々しい空気の中、部屋の隅で互いに冷たい空気の中で互いの体を温めあった。

 レイは立派なもので、5歳なのにも関わらず一滴の涙も流さなかった。けれどその小さな手は、母の袖を決して離さない。指の力に、言葉にできぬ不安と、それでも決して折れぬ心が滲んでいた。

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