皆さんは五億年ボタンを押しますか?
私は絶対に押しません。

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五億年ボタン

 私は何も空間に立っていた。

 匂いもしなければ、風もなく、気温も暑いだの寒いだの、何も感じることはない。空を見上げれば真っ暗であるが、目は鮮明に見えており、足元に目をやれば真っ白な床の上に立っていることがわかる。辺りを見渡しても建造物などは何もなく、ただ地平線が続くだけ。

 

 何故こんな空間にいるのかと言えば、それは五億年ボタンを押したからに他ならないだろう。

 金欠であった私は【押せば100万円が手に入るがその代わり何もない空間で五億年過ごさなくてはいけない】という怪しいボタンを押してしまった。

 私より先に友達もそのボタンを押しており、その瞬間目の前から100万円が出てくるのを目撃してしまい、私は欲に駆られ、そのボタンを押した。

 友達の反応からすると、五億年という長い年月の記憶は無くなっているようで、見ている分には一瞬で100万円を手に入れているように見えたのだ。押してしまうのも仕方がない事と言える。

 

 

「今更後悔しても遅い…か」

 

 

 誰もいない空間で私は呟き、自分に言い聞かせる。

 押してしまった以上、本当に五億年過ごさなくてはいけないのだろう。しかし一応は出口がないのかを探してみることにして、歩いたり走ったりしながらこの空間を探索する。

 

 そして3日が経過した。

 ここで出た結論としては、出口があるかどうかはまだわからないが、疲れるということや、睡眠を取らないといけない、食事を取らないといけない、ということが無いということだ。

 三大欲求のうち、2つだけ無くなり性欲だけは残っていそうな気もするが、この空間では無意味なものである為、無いと言い切ってしまっても良いかもしれない。

 それよりもこれから時間をどう過ごすか、だ。

 正直な話──もう辞めたい。

 たかが3日で私は後悔をし始める。

 五億年に比べればたかが3日など誤差の範囲でしか無いくらい短い期間だ。

 とりあえず私は眠ろうと努力して、時間を過ごそうとする。

 

 1週間が経過した。

 そしてここでも新たな発見として、眠ろうと思えば3時間くらいは寝ることができた。しかしそれができたのも2回だけで、そのあとは家族のことや友達のことを思い出しては、不安になり、とてもじゃないが眠れる精神状態じゃ無くなって来ていた。

 

 3ヶ月が経過した。

 不安な気持ちは増すばかりで、今はボタンを押した自分を恨むばかり。自ら命を絶とうと色々してみたが、道具がないとかなりキツイようで、テレビで見たことのある、舌を噛みちぎるということをやろうとしたのだが、どんなに力を入れても舌をちぎることはできず、ただただ痛いだけだった。

 この世界では死ぬことも叶わないらしい。

 

 半年が経過した。

 私は道具を使わない趣味は何かないかと考えた時、読書があると気が付き、舌を噛みちぎろうとした時に欠けた歯を使って、床に本を書いている。

 ジャンルは小説であったり、私の知識を書いたり、私の画集など様々なもので、思い付いては書いてを繰り返して何とか不安と戦えているように思う。

 これが中々良い暇つぶしで、眠ることのない体ではひたすら書くことができ、更には自分の好きなものを書き続けられるので、それなりに楽しく過ごせていると言える。

 

 40年が経過した。

 本を書くのも飽きてしまい、動くのも嫌になってしまった。

 それでもたまには本を書き、新たに考え付いたことや、覚えておきたいことを床に書いている。

 覚えておきたい事というのは、家族の名前や友達の名前、私の通ってた学校など、現実世界の私の日常だ。

 日に日に私は現実世界を忘れ始め、今では床のそれを読んでも、それが正確なのかどうかの判別が付かず、書いた記憶すら無くなっている。

 それが私にとってとても恐怖であり、私は本当にそこにいたのだろうか、たまにする睡眠中の時に見た夢ではないのか、そんな事を考えしまう。

 

 

 時間は飛び、1万強年後。

 私は何もしなくなっていた。ただ横になり、たまに声が出るかを確認するために

 

 

「あーーーーー」

 

 

 と叫んでは、また空を見上げる。

 あとどのくらいの時間が経過すれば良いのだろう。ん?良い?

 良いって何だろう。私は今が悪いと思っているという事?何で今が悪いのだろう。

 私は自問自答をしながら1秒経つのをひたすら待つ。

 

 

 500万と少し年後。

 私は再び本を書き始めていた。

 自分が昔書いた本を読んでは、自分を確かめ、どうやら私は五億年ボタン?というのを押してここにいるらしい。

 それが終われば現実世界というところに帰らなくてはいけないとも書いてあり、私はその『現実世界』というものについて考えては、本を書く。

 『現実世界』というところへ行ってしまえば、私は消えてしまうらしいからだ。

 

 

 167,045,394年が経過した。

 ようやく今が何年経過したのか、私は計算で出す事ができた。

 そして私は『現実世界』というものは何なのか、この世界は何なのか、その一端を理解することに成功しては、ひたすら床に書き連ねている。

 

 

 そして381,640,537年が経過した。

 私はそれらを全てを理解し、この世界も現実世界も、この世界にあるありとあらゆる物を理解した。

 しかしまだ理解できていないことがある。

 

 それは──私が消えない方法。

 

 私は残りの時間でこれを見つけ出さなくてはいけない。

 現実世界の私は私のことを知らず、現実世界に帰れば、今の私は消えてしまう。

 それは嫌だ。

 私は長い間この空間で生きてきて、消えてしまうことに未練はないとは言えるが、しかし私が考えたこと、理解したこと、これだけはどうしても残したい。結局のところあとたった1億年と少しで私は消えてしまう。

 私がいたという証、私の5億年のその一部だけで良いから、現実世界の私に残したい。

 

 

 そして5億年後。

 私は世界に還る。

 

 

「はい。100万円出て来ますよ」

 

 

「ほらね!簡単に100万円手に入ったでしょ?」

 

 

 …誰?何を喋っているの?それよりここはどこ?ここが現実世界?

 じゃあ現実世界に元いた私は…?

 

 

 私は私自身を残すことには成功した。しかし現実世界の私は、私によって──殺された。

 そして今度はこの『現実世界』という、私の残り60年だか70年だかの一瞬で過ぎ去る時間によって、私自身も殺されてしまう。

 

 そして私は再び五億年ボタンを押すことにした。


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