『終わりのための物語』は第零夜で主人公が過去を回想していく、という仕様の作品なので、話数が減るごとに、第零夜の時間軸に近づいていくことになります。
ただし話数=日数ではないので、一話毎に時間が一気に飛ぶことがあります。
親友と共にクーデター阻止を決めた時、あの人を巻き込まないこともまた、同時に決めた。
あの人は、オレ達の意志を打ち明けたら、協力してくれたかもしれない。
あの人が、クーデターなど望んでいないことは少し考えれば分かることだった。
それでも、オレもシスイも、あの人には何も話さなかった。
父とは実のきょうだい同然の仲で、母とは幼馴染だったという。
オレ達兄弟のことも、生まれた時から見守っていた人だった。
あの優しい人を巻き込むことは、どうしても出来なかった。
第二十二夜
その知らせは、俺にとってまさに青天の霹靂と言えた。
それは、一族にとっては何よりの慶事だったのだろうが、俺にとっては奈落の底に突き落とされたのと同義だ。
「兄貴と、ミコトが…?」
恐らく、この時の俺は、相当間抜けな顔をしていただろう。
しかし、せんべい屋のおばさん―――うちはウルチは大きくうなずいた。
「そうだよお。スオウが丁度任務に出かけた後ぐらいにね、決まったのさ」
めでたいことだ、としゃべり続けているおばさんには悪いが、後の言葉は耳を素通りしていく。
「……ごめん、おばさん。俺、家に戻らないと…」
「え?―――ああっそうだねえ。ごめんよ」
「…それじゃ」
自然に落ちていた視線を無理やりあげ、何とか口もとに笑みを浮かべる。
上手く笑えているだろうか。
くるりと身を翻し、歩き出す。
意識せずとも、足は早まり、せんべい屋が見えなくなる頃には駈け出していた。
自宅へ戻る途中、すれ違う一族の人々に、次々に声をかけられる。
「おうスオウ!おかえり」
「おかえりなさい!」
「怪我しなかったかい、スオウ?」
「スオウ、元気だったか?」
皆、物心ついた時から見知っている人達だ。
数か月ぶりに見る、親しみのこもった沢山の笑顔だった。
それでも今は足を止める余裕はとても無くて、軽く手をあげ、ただいま!とだけ返すだけに留めた。
息を切らして、自宅に辿り着く。
震える指で数度失敗しながらも鍵を開けようとしたが、結局出来なかった。
湿った指先がそこに触れたままなのに、ずるずると身体が崩れ落ちそうになる。
なんとか萎えかかった足で踏みとどまる。
―――胸のうちに、黒々としたいやなものが溜まっていくのを、感じた。
―――なぜ?
胸に、ぽつりと浮かんだ言葉に、苦みのはらんだ笑みが口の端に浮かんだ。
決まっている。
二人の婚約を聞かされ、…あのうつくしいひとが、誰かのものになるのだと思い当たった瞬間、心が制御出来なくなった。
任務に出かける前、あのひとと甘味処に行く約束を、していた。
やっと里の門をくぐり、仲間と共に三代目に任務終了の旨を伝えた後、昼飯を食おうという誘いを蹴ったのは、真っ先にあのひとに会いたかったからだ。
両親を戦争で亡くした俺にとって、一番に会いたい人はそのひと以外に居なかった。
あのひとと交わした約束に浮かれながら、うちは一族の大多数が住まう里の中心部に入ったのだ。
―――そして、ウルチに声をかけられ、頭がまっしろになった。
「…スオウ?」
背後から、大好きな、だが今は最も聞きたくなかった澄んだ声が聞こえた。
情けない顔になっていたのは分かっていたから、一度目を閉じ、…ひらいて、気持ちを切り替える。
立ち上がり、振り返ると、予想通りそのひとが立っていた。
目が合うと、そのひとはぱっと明るい表情になって、近づいてきた。
「おかえりなさい!今、帰ったの?」
「…ああ。ついさっき、ね。ただいま、ミコト」
ミコトは、にっこり笑うともう一度、おかえりなさいと優しく言った。
「あの、ミコト…」
「なあに?」
いつも通りの、俺の大好きな笑顔を向けてくれていた。
「その、さっき、ウルチおばさんから聞いたんだけど、」
喉の奥が乾き、一度唾を飲み込む。
「…兄貴との婚約が決まったって…」
すると、俺の言葉にミコトの頬が赤く染まった。
「ええそうよ」
彼女は目を伏せ、そっと告げた。
そのミコトの表情は、今までに何度か目にしたことがあるものと同じだった。
俺にはけして向けられることがない、それ。
俺が尊敬してやまない、彼女にとってはただ一人の男を見つめる時と同じ
決定的だった。
頬が引きつっていくのを感じた。
幸い、と言っていいのか、ミコトは惨めさが露わになった瞬間の俺を見ていなかった。
「………おめでとう」
ぐちゃぐちゃになった心中とは真逆の言葉が口から出る。
「よかったな。兄貴なら、きっとミコトを」
やめろ。
言うな。
頭の中で囁かれる言葉を無視して、俺は全神経を注いでくしゃっと笑った。
「…ミコトをきっと幸せにしてくれるよ」
「スオウ…」
ミコトは、ふわっと淡い笑みを浮かべた。
「ありがとう、スオウ。アナタにそう言ってもらえて、とてもうれしい」
心底そう思っているのだろう。
それは同時に全く俺の心情に気が付いていないことを示していて、胸の底がつきりと痛んだ。
「あ…兄貴はいないのかな?任務?」
「ええ。フガクさんは、そうね…明後日には戻る予定だと言っていたかしら」
「そっか。じゃあ、兄貴にも、帰ってきたらおめでとう、って言わないとな。…でもきっと、すっごいしかめっ面で、『ああ』とかしか言わないだろうなあ…」
俺の軽口に、ミコトは黒々とした目を丸くした後、ぷっと吹き出した。
「スオウったら…。想像しちゃったじゃない」
ミコトは、ひとしきり笑うと、
「そうそう…。スオウ、今日は一緒にうちで夕飯を食べましょう?父さんも母さんも、スオウに会いたがっているの」
「あ…」
一人暮らしの俺が、ミコトの家で夕食を共にするのは珍しくなかった。
正直に言えば、今の、心がどんどんすり減っている状態の俺にとっては遠慮したい誘いだった。
だが、こちらを一心に見つめるミコトに断りを入れるのは…俺には、無理だった。
夕飯時になったらミコトの家に行くことを約束し―――と言っても隣りの家なのだが―――、俺は、ミコトと別れた。
家に入り、ほぼ無意識のまま、汗を流して自室のベッドに倒れこんだ。
ぼおっと天井を何となしに眺めると、先程から燻るいやな黒いものが、ふつふつと甦ってくる。
「…分かってた、ことじゃないか…」
ぽつりと吐き出された呟きに、俺は耐え切れなくなって、目を閉じる。
そう、俺は、分かっていた筈だった。
―――あのひとが、もうずっと兄貴に恋してたことぐらい。
―――そして、年のころも丁度良い二人が婚約することなど、少し考えれば想像出来た筈だ。
分かっていた。
でも、俺は都合の悪いことから目を逸らしたくて、ただ分かったふりをしていただけだったのかもしれない。
(……ちくしょう)
唇をいつの間にか、噛み締めていたらしい。
口内に、いやな血の味がひろがる。
(ちくしょう…!)
おかしな衝動とともに、目の奥がかっと熱くなっていく。
―――『今日は一緒にうちで夕飯を食べましょう?父さんも母さんも、スオウに会いたがっているの』
ふっとミコトの言葉が甦った。
俺はこわばっていた肩から力を抜いて、溜まっていた息を吐く。
黒い燻りを遠くへ追いやってしまおうと、勢いよく身体を横向きにして、握りこんでいた拳を意識してほどいた。
掛け布を引き上げ、子どものように丸くなる。
次に目が覚めた時には、彼女のよく知るうちはスオウに戻っていたかった。
そう思わなければ、これから先、自分を保つ自信がなかった。
今はただ、眠ろう。
次に目を覚ました時は、いつもの俺だ。
過去編の始まりでした。
主人公が十六歳の頃の話なので、当然オビトも健在、ナルト達も誕生していない頃の話です。
オビトはもう少し話数が進んだら絡む予定です。
次話は、主人公スオウと兄貴ことフガクさんの話になります。