【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
午後になって冒険者ギルドを訪れた僕は、ウェズ君のところに行って重大な決意を打ち明けることにした。
「ウェズ君、驚かずに聞いてほしい。実は僕……冒険者を引退しようかと思うんだ」
「あ、やっとですか?」
重い覚悟を込めて口にした決意を、ウェズ君は何故か平然と受け止めた。
のみならず、何だか肩の荷が下りたような安堵した表情さえ浮かべている。
「いや、本当によく半年間も頑張りましたね。正直もっと早く辞めたがると思っていたんですが……」
なるほど、そういうことか。
半年前の時点で僕の冒険者適性のなさを見抜いていた彼にとって、僕の引退は時間の問題だったということだね。
「さすがは僕の親友だ、ウェズ君。僕のことならなんでもお見通しというわけか」
「え? いや、正直貴方のことはわからないことだらけなんですけど……」
「またまた、照れちゃって」
僕は彼のジョークに笑顔で返す。こういうとき、お互いの魂を結ぶ強い絆を感じるよね。
しかし心に一抹の隙間風を覚えるのも事実。
「こうして受付のカウンターで話すのも今日で最後かと思うと、少し寂しいものがあるけど……。僕が冒険者を辞めても、時々でいいから遊んでくれよな。じゃ、これで……」
「ちょちょちょ! おもむろにどこ行くつもりなんです」
「え? これで冒険者辞めたから、次の仕事探しに行こうかなって」
「いや、辞めるの一言でいなくなっちゃ駄目ですよ……。というか、次の仕事のアテとかあるんですか? 今後泊まる宿は? 言っておきますけど、ギルドが斡旋してる宿屋はもう使えなくなりますからね。無宿人になるつもりですか?」
「え、何それ困る」
どうしよっかな。そろそろ秋が近づいて寒くなって来たし、どっかの軒下で一夜を過ごしても大丈夫だろうか。【疾病耐性】があるから風邪ひくことはないはずだが。
僕がそんなことを考えていると、ウェズ君ははぁと溜息を吐いた。
「何も考えてないんだろうなとは思いましたが……。まあそれより聞いてください、ちょっとしたプレゼントを用意しました」
そう言ってウェズ君がカウンターの下から取り出したのは、一枚のカードだった。
手のひらサイズのカードで、やたら精巧な僕の肖像画が貼りつけられている。この世界にまだカメラは発明されていないはずだが、まるで写真のようだった。その横にはいろいろと文字が書かれているのだが、この世界の文字は僕には読めない。
「これは?」
「仮の市民登録証です。朝にユウジさんが顔を見せたときに、魔力が1になっていたでしょう? ですので朝から役場に行って急いで作らせました」
「えーと、つまり?」
「ユウジさんの市民権を仮登録してきたということですよ。ユウジさんはこの街の市民になったということです」
そう言われてもいまいちピンとこない。
「すまん、市民になるとどうなるんだ?」
ウェズ君は一瞬困ったような表情をしてから、僕の耳元に顔を近づけ、小声で囁いた。
「言葉を選ばず言うと、この都市の政府から“人間”として認められたということですよ。ユウジさんはこれまでいわゆる
マジかよ。要するに僕って人権なかったのか。
なるほどなあ、そうなるとギルドには足を向けて寝られないなあ。覗き部屋に寝泊まりさせられたことも許してもいいかなって気になってくる。
ウェズ君は僕の耳元から顔を離すと、こほんと咳払いして話を続けた。
「しかしこれからは貴方は市民として扱われますから、裁判に訴える権利が認められます。貴方に危害を加える者には刑法が適用され、貴方の身柄も財産も保障されます。その代わり、今後は人頭税を払う必要が生じますけどね」
「えっ、税金払わないといけないの……?」
「そりゃそうですよ。まあ今のユウジさんには厳しいでしょうから、これについてはギルドの方で融通します」
「いいのか? でも、僕はもう冒険者引退するけど……」
「そこです」
ウェズ君はぴっと3本の指を立てると、眼鏡をキラリと光らせた。
「この都市で市民として認められるためには、3つの要件が必要です。まず第一に、定まった住所に住んでいること。第二に、定職に就いているか就業の意思があること。第三に、魔力を持つ人間であること」
ウェズ君はひとつずつ指を折って、何やら小難しいことを口にする。
「ユウジさんはこれまで無魔力者と思われていたので、どうあがいても市民登録はできませんでした。しかし今日魔力を持っていることが証明されたので、晴れて市民になる道が開けたわけですね」
「へえー……。魔力を持ってない人間って、他にもいるの?」
「いませんよ」
ウェズ君は小さく苦笑して、首を小さく横に振った。
「大昔にはいたという話ですが、もうナーロッパ地域には魔力を持たない人間なんて一人もいなくなりました。今朝、魔力は血によって遺伝すると言いましたよね? 誰もが便利な力を欲しがって子孫に血を取り入れたので、無魔力者はいなくなったんですよ。だから正直ユウジさんが現れたとき、びっくりしました。新大陸や東洋にはまだ無魔力者がいると聞いていますので、東洋から来たのだとばかり思っていましたよ」
「なるほどなあ」
そりゃ子孫が魔法が使えるようになるなら、誰だって血を取り入れたがるわな。
僕だって魔法使えるなら使いたいもんよ。
「まあ、この規定が定められたのもかなり古い時代のことですからね。実際には効力のない死文となっていたわけですが、それが今になってユウジさんに引っ掛かってしまっていたわけです。しかしそれも今日になって覆されたので、ユウジさんは晴れて市民になる条件をクリアしたわけですね」
そうか、朝にウェズ君が魔力0と1では大違いって言ってたのはそういう意味だったんだね。
「でも、僕は宿屋暮らしだし、それって定住してるって言えるの? それに冒険者も辞めちゃうから、無職だよ?」
「ええ、ですから引っ越しましょう。私の知人が経営するアパルトメントがありますから、そこに移り住んでください。それから冒険者ギルドは脱退せず、このまま所属を続けましょう。モンスター退治をしなくても、冒険者は名乗っていいですよ」
「え、それってドブさらいや猫探しだけしてろってこと? さすがにそれはなあ……」
アパルトメントを紹介してくれるのは確かにありがたい。
毎晩毎晩、隣からオナ猿に視姦される日々はやはり辛いものがある。別に私生活を覗き見されても【精神耐性】のおかげでストレスを感じることもなく朝までぐっすり熟睡できるんだけど、薄い壁ごしにアンアン喘ぎ声聞かされるとこっちもムラムラするんだよね。いい加減こっちも隣に気を遣わずにシコってスッキリしたい。オナニーする時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメだと思うんだ。
でもなあ、ギルドが紹介してくれる最底辺の仕事って本当にギャラが安いんだよ。ウサギ狩りの片手間の腰掛け仕事ならともかく、それをメインにしたら干からびちゃう。
そんな僕の表情を見て、ウェズ君は苦笑を浮かべる。
「いやいや、もうドブさらいだとか猫探しだとか、そんな仕事しなくていいですよ」
「じゃあギルドの受付とか? 文字読めないけど大丈夫?」
「さすがにそれは文字を読めない方は無理ですね……。そうではなくて、これからユウジさんがする商売をうちのギルドの看板でやってはどうかということです」
「商売……?」
僕は首を傾げた。僕、商売するの?
コンビニのバイトもやったことないんだけど。
そんな僕の顔を見ながら、ウェズ君は続ける。
「なんでもいいですよ。錬金術師の工房からポーションを仕入れて露店で売るとか、うちのギルドで買い取った狩りの成果物の荷運びとか。ユウジさんは暗算が得意なようなので、差額で儲ける商売が向いていそうですが。ユウジさんがこれからする商売ならなんでも、うちのギルドの看板を使うことを許可します。その代わり、上納金として売り上げの2割を納めてください。……そういう契約を結びませんか、という提案です」
上納金2割か。
これはどうなんだろう? ギルドはまったく何もしてくれてないのに2割も持ってかれると考えたら、結構損をしてる気もするんだけど。
判断ができずに首を傾げる僕に、ウェズ君は小さく苦笑を浮かべる。
「正直お得な設定だと思いますよ。通常の露天商の場合は商業ギルドに加入する必要がありますが、あそこの上納金は二割五分ですから。それにうちのギルドマスターは領主様の三女です。安定感が違いますよ、都市政府の首長のお身内なんですから。どんな商売をするにせよ、絶対に効いてきます。役所に納める人頭税も、ギルドへの上納金から払っておきますよ」
なるほど、現代日本で言うと親方日の丸の直接の傘下ってわけか。
冒険者ギルドはモンスター駆除業者であると同時に治安維持組織でもある。正直こいつらの方が取り締まるべき荒くれ者だろって感はあるが、中世なら揉め事は暴力で仲裁した方がいろいろとスムーズなのだ。そしてその暴力の後ろ盾が、この都市を治めている
これは確かにオイシイ話ではなかろうか。
警察官立ち寄り店なんてレベルじゃないぞ、いわば警察庁直轄店だもんな。絶対に信頼できる商売をしてる店って印象を与えられそうだ。
「いいの? なんかすごい特権もらってる気がするけど。これって冒険者みんなに許可してるの?」
「まさか」
ウェズ君は人差し指を口元に立て、ウインクしてみせた。
「貴方だけですよ。あんまり吹聴しないでください」
「……なんで僕なんかにそんな厚遇を?」
僕なんて異世界から来ただけの、ポンコツ最底辺冒険者なのに。
どう考えても、こんな特別待遇をしてもらえるいわれはないように思える。
するとウェズ君はふっと小さく微笑み、頬を掻いた。
「困ってる親友を見捨てるのは後味が悪いでしょう?」
「ウェズ君……!」
僕はじーんと胸に込み上げてくる感情を噛みしめた。
仕事を休んで市民権を登録してくれたうえに、こんな特権まで用意してくれるなんて……。本当に持つべきものは友達だ。
「ありがとう……! ありがとう……!」
僕はウェズ君の手を握りしめ、ブンブンと上下に振りまくって感謝の意を示した。
くっ、【精神耐性】で共感性が失われてるのが本当に残念だ。
こんなに友達想いのウェズ君の顔が、なんだか困っているように見えてしまう。いずれなんとかしてこのデメリットをなくして、ウェズの感情を正しく認識できるようにならなきゃ。
ウェズ君はこほんと小さく咳払いすると、どこか言い訳するかのように付け加える。
「まあ、さすがにあんまり阿漕な商売をするようなら介入させてもらいますけどね。くれぐれもギルドの看板に泥を塗るような真似だけはしないでくださいよ」
「もちろん! ギルドと君の信頼には必ず応えてみせるからな! 男と男の約束だ!!」
そう口にした僕に、ウェズ君はぷっと噴き出す。
「……な、なんですかその言葉? 男と男のって……そんな変な言い回し、初めて聞きましたよ」
「男の友情を感じるいい文句だろ? 僕の故国の言葉なんだ」
「ふふっ……ええ、そうですね。いい言葉だと思います」
そう言って、今度こそウェズ君は屈託のない笑顔を見せてくれたのだった。
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「そうか! ついに彼は冒険者を辞めてくれる気になったのか!」
冒険者ギルドの最奥、ギルドマスターの執務室で報告を聞かされたデアボリカは、この数年見たこともないほどの舞い上がりっぷりを見せていた。
ギルドのメンバーからは密かに鉄面皮やら冷血女やら言われているポーカーフェイスを崩し、大喜びで両手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねている。
この場には他に従兄しかいないという油断もあるのだろうが。
報告を行った彼女の従兄、ウェズは眼鏡を軽くクロスで拭って言葉を続ける。
「はい。自分の限界を感じたとのことで、もうモンスターの駆除を行うつもりはなくなったそうです。ただ、このままでは生活に困ってしまいますし、よそのギルドに移られると我々の管理下を離れてしまいますので、私の裁量で彼にはギルドの名前を貸して商売をする特権を与えておきました。問題ありませんか?」
「ああ、確かにそうだな。何も問題ない、よくやってくれた」
デアボリカはニコニコ笑顔でウェズの事後報告に頷く。
もうギルドメンバーたちの暴発を抑えるのも限界に近かったのだ。早く婿を寄越せ、いつまで待たせる気だ、一発でいいから味見させろと毎日のように詰めかけてくるドスケベ喪女どもを宥めすかす日々に、心削られる思いだった。そんなにムラムラするなら娼館に行って発散すればよかろうとデアボリカは思うのだが、商売男と遊ぶのと家に可愛いお婿さんがいる生活は別腹なのだと喪女どもは言うのだ。まったく非効率的で理解しがたい。
そんなわけで性欲バカ女どもを宥めすかす不毛な毎日に心を削られていたデアボリカには、雄士が冒険者を引退した後の処理など考える余裕はなく、そのあたりを処理してくれたウェズの計らいはとてもありがたく感じられた。
3歳上のこの従兄は、いつもこうしてデアボリカの謀略の穴を埋めてくれる。秘書として非常に頼れる才覚の持ち主であり、それを考えれば時々皮肉を口にする程度の欠点は十分目をつぶれるものだった。
「現在の成績1位はモイラとアステールのコンビだったな。順当にあそこのパーティの共有の夫として与えてやるか。せっかくだし盛大に結婚式を開いて恩を売ってやるのも悪くないな。ユウジ君を軸にして新しい家を興してやれば、パーティ内で揉めたとしても解散できにくくなっていろいろと捗るだろう。我が家の譜代の家臣として取り立てる道もある」
「2位以下のパーティはどうするんです? 力及ばず残念でしたね、で納得するでしょうか?」
ウェズの指摘はもっともなものだった。
半年間デアボリカに踊らされるままにずっと熾烈な争奪戦を繰り広げてきて、負けたから賞品はなしですと言われては、萎えて他の都市のギルドに移ってしまうかもしれない。負けたから仕方ないとは言われても、それで納得できるほど人間は単純なものでもない。
デアボリカは細い顎に手を置き、ふむと宙空に視線を送った。
「まあ確かにそれはある。1位から5位までのパーティリーダーの共有の夫にする線も考えたが、それはそれでリーダー以外のメンバーが不平を抱くだろうしな。ああ、そうだ。2位から5位までのパーティには一夜夫のレンタル券を配布するという手もあるか。これなら敗者たちにも不満はあるまい。うんうん、我ながらいいアイデアだ」
そんな皮算用を繰り広げながら、デアボリカは悦に入った笑みを浮かべている。
いい気なもんである。
そもそも雄士は冒険者を引退することを決めたが、デアボリカの言いなりに婿入りすることに合意したわけではない。なんとか婿入りを承諾するように雄士を説得しないといけないのだが。
「ウェズ君が特権を与えてくれたおかげで、その見返りとして婿入りを飲ませる手ができたしね。君も本当にうまくやってくれたよ、ウフフ」
「はあ」
ウェズは顔を伏せながら心底嫌そうな表情を浮かべたが、一瞬の後に無表情で頷いた。
この女の悪知恵と口の上手さには特筆すべきものがある。
「ああ、それと今日改めて検査したところ、ユウジさんには微量な魔力が認められたので市民権を仮登録しておきました」
ウェズがしれっと口にした内容を聞きとがめ、デアボリカは眉根を寄せて彼の顔を見つめた。
「……無魔力者ではなかったのかね? 半年前の検査では魔力ゼロだったはずだが。私も実際に検査機を見て確認している」
「誤認識だったのでは? 今朝の検査では間違いなく魔力を宿していました。過去と現在で検査結果が食い違うのであれば、新しい方が正しいかと」
「…………」
デアボリカは表情が読めない顔でじっとウェズの顔を凝視している。
やがて、しばらくの沈黙の後に彼女は小さく頭を振った。
「まあ、そういうこともあるか。無魔力者よりも微量なりとも魔力があった方がいいに決まっているし、商品価値が上がったのだからグッドニュースと言える。市民権はない方が身柄を好きにできてありがたかったが……。まあどうせこの都市にいる限りは、彼は我々の家の財産だ。大した問題でもない。ああ、検査機は念のために修理に出しておいてくれ」
「承知しました」
ウェズは恭しく頷いた。
そんな彼に背を向けて、デアボリカは楽しそうに皮算用の続きを始める。
さて、か細いながらもチャンスは与えた。
ユウジはうまく抜け道を見出すことができるだろうか。チャンスを用意したウェズですら未だ見当もつかない、自由へつながる道のりを。
異邦人の友人と悪辣な従妹の秘書という立場の板挟みになりながら、ウェズは友の成功を静かに祈った。
無爵の地方貴族の分家とはいえ、貴族の男子に生まれてしまったからには、いくら望もうと城壁の外の世界を眺めることなどできはしない。
そんなウェズにとって、異世界から来たと名乗る奇妙な友人が外から戻るたびに報告してくれる土産話は、数少ない楽しみだった。大角ウサギごときに苦戦したり、ブリシャブ人なら誰もが当然と思っている泥炭でろ過された茶色い水が流れる川に驚いたり。そんなささやかな冒険譚を語る彼はとても楽しそうで、話を聞くウェズも雄士の目を通して一緒に外の世界を冒険しているような気分になれたのだった。
自分のことは仕方がない。貴族の男子に生まれた以上、その背には最初から外にはばたく翼など持ち合わせていなかったと諦めがつく。
でもどうか、あの珍妙でつかみどころのないお人好しで……私を親友と呼んでくれた彼の翼だけは、誰にも奪われることがありませんように。
危うくタイトル詐欺になるところだぜ。