【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第104話「鋼メンタルでゴブリンの暮らしを観察し抜く」

 Q.好戦的な蛮族が受け入れられて、技術力が必要なく、戦争に役立ち、ドラゴンの不利にはなりすぎない技術ってなーんだ?

 

 A.あってたまるかそんなもん。

 

 こんにちわ、ゴブリンの捕虜ユージィです。

 ドラゴンから落っこちて蘇生したてほやほやのところをゴブリンに介抱されて現在絶賛虜囚の身にある僕だけども、とりあえず役立つ知識を教える約束をして貞操を守っています。

 

 僕に心当たりがある? 明日の夜までに用意をしておく?

 嘘に決まってるだろそんなもん。とりあえず口からでまかせ言っただけだよ。

 だから嘘を吐くの嫌なんだよ、ひとつの嘘をごまかすために別の嘘を用意しないといけないもの。そうして手に負えなくなっていく感覚が、僕にとっては過大なストレスだ。それならずっと正直者でいた方がいい。

 

 とはいえ貞操を守るためには受け入れるしかないが。

 しかし困ったな、あてはないけど何か知識を用意しておかないと問答無用でレイプされてしまうぞ。

 

 そんなわけで僕はスノーゴブリンの巣穴を視察してリサーチすることにした。

 とりあえず顧客が何を求めているのかを知らないことには提案しようがないからね。ゴブリンクィーンはかなりの無理難題を突き付けてきたけど、顧客が本当に求めていたものはごくシンプルなもので済むかもしれないし。

 

 ということで、案内役のゴブリンを紹介してもらい、彼女について回って巣穴の中を見せてもらっている。

 

 ちなみに案内役はポピーちゃんという名前だ。

 クィーンと同じくやや緑がかった青白い肌をしていて、(みどり)色の髪をぴょこんとツインテールにしているのがなかなかにあざとくも可愛い。年齢は不詳だが結構若そう。

 狼の毛皮をポンチョのように着こなしているセンスもなかなかオシャレだ。こんな僻地に服屋があるのかと思っていたら、自分で加工したらしい。なんでも自給自足しなきゃいけないんだなあ。

 

「わからないことがあれば何でも質問してくださいね。私は族長から貴方の疑問にはすべて答えるようにというお下知を承っています!」

 

 そう言ってふんすっと鼻息を荒げる彼女は、「とても理性的な」ゴブリンだ。

 なんと僕に抱き着いて夢中で腰をヘコつかせることがない。

 受け答えは理路整然としていて、僕が疑問に思ったことにはすぐ答えてくれる。

 かなりの知性派だと見受けられる。

 

 まあ、時折僕の体を見て、じゅるりと涎を垂らしているのはご愛敬だが。

 しゃがみこんでものを調べてるときとか、めっちゃ尻とか脇とか腹筋とかジロジロ視線を注いでくる。

 これバレてないと思ってるんだろうね……。冒険者の酒場でウェイターしてたときも思ったけど、この世界の女性ってスケベな視線に遠慮がなさすぎる。異性の視線とかわかっちゃうんだからね。

 

 とはいえ、他のゴブリンのように僕を見るなり押し倒したり抱き着いて腰ヘコしないだけ、ずっとマシだよ。

 ポピーちゃんは部族の中でもかなり立場が上なのか、彼女がそばにいるとゴブリンたちも僕を押し倒そうとはしない。僕にとっての最強のお守りだよ。そりゃエロい視線を送ってくるくらい我慢するって。

 

 で、僕は巣穴のあちこちを見せてもらった。

 たとえば奪った物資の集積所とか、武器庫とか、モンスターから剥いだ毛皮の加工所とか。そこで得た結論としては、ゴブリンというのは……。

 

「ば、蛮族……!」

 

 そうとしか言いようがないライフスタイルだった。

 

 まずゴブリンの基本文化って「略奪」と「窃盗」なんだよ。

 農耕とか採集とかは一切しない。自分でわざわざ育てるよりも、他の種族が育てた動物や植物をもらってきた方が楽じゃんという価値観が根底にある。もちろん略奪だけじゃ暮らしていけないので山の動物の狩猟もするのだが、基本的に何かを育てようという意識がない。

 

 なので森深くにあるエルフの部族を襲って農作物を奪ったり、ドラゴンの牧場から家畜を盗んだりして生計を立てているようだ。エルフはともかくドラゴンから盗むとはクソ度胸だね。

 

 そして彼女たちは女系だ。ゴブリンには女性しかいない。

 別にアマゾネスよろしく男は捨てるか奴隷に、というわけではなく、完全に女性しか生まれてこない種族らしい。

 男性を自給自足できないので、他の種族から奪ってくるしかない。他の種族の集落を襲ったり、街道を行く行商人に盗賊行為をしたりして、男性をさらってくるのだ。男性は奴隷として飼われ、死ぬまでゴブリンに子種を搾り尽くされる。まあ今は僕以外いないらしいが、それって酷使しすぎてすぐ死んじゃうってことだよね。

 

 当然他の種族からはめちゃめちゃ嫌われている。

 そりゃそうだよ、だってナチュラルボーン山賊だもん。

 ゴブリンを見たら悪即断って感じで襲い掛かってくる。もちろんゴブリンだって他の種族が一人でいるのを見たら襲い掛かるからお互い様だね。

 

 冒険者ギルドや衛兵隊が度々討伐隊を組織してるのも当然だ。要するに盗賊団が近くをうろついているってことなんだから、そりゃ討伐するでしょ。

 

「とはいえ、私たちは街には住めない種族。私たちが街に近づいただけで、人間たちは襲い掛かってきます。我々は嫌悪される星の元に生まれついたのです。祖先は草原や森で暮らしていたというのに、今ではこんな雪深い山の中に追いやられる始末……」

 

 ポピーちゃんは愁いに満ちた表情でさめざめと嘆くが。

 

「いや、それは他から盗むからでしょ。自分で作物や家畜育てればいいじゃん」

 

「こんな雪山の中で何を育てろっていうんですか? ロクな作物は育たないし、家畜を飼うだけの広い場所もなければ牧草も生えない。私たちには奪うしかないんですよ」

 

 まあポピーちゃんの言うことももっともなんだけど。

 要するにそれは先祖代々積み重ねてきた悪行の報いを受けているだけなんだよなあ。

 

 なんか見た目がもふもふの毛皮を着た可愛いロリっ子だからなんとかしてあげたいって気にもなるけど、普通に凶悪極まりない山賊団だよこの子たち。

 

「ひとつ聞くけど、もし可能なら他の種族と調和して生きるつもりってないの? もうちょっと暖かくて暮らしやすい、農業ができる土地に移住出来たら山賊はやめてもいいとか」

 

「……できもしないことを軽々しく口にしないでくれませんか?」

 

 ポピーちゃんは可愛らしい顔立ちに憤怒の相を浮かべてこちらを睨みつけてくるが、

 

「僕の質問には何でも答えるように言われてるんでしょ?」

 

 僕がけろりとした顔で言うと、ふうっと深いため息を吐いた。

 

「私たちに農業や酪農に関してのノウハウがありません。そんな移住先が土地が見つかっても、誰が生きる技術を教えてくれるというのですか? そこまでしてくれるようなお人よしの異種族なんているわけがない」

 

 ふーむ。ドラパパなら農業ができる外国の空き地とか知ってるんじゃないかと思ったんだけど、そうそううまくはいかないのかな。僕が口利きしてもよかったんだけど。

 

「それに、今更私たちを散々迫害してきた異種族の手など取れるものですか。私たちは戦と略奪で生き延びてきたという自負もあります。私たちの気性は元来荒っぽく、戦を前にすると無性に滾ってしまうのですから……。人間のように街で暮らしたり、エルフのようにひっそりと森の奥に籠っていることなどできようはずもない! 私たちの瞳はいつも異種族への憎悪で燃え滾っているのです!」

 

 そう言うポピーちゃんのおとなしそうな垂れ目には、ギラギラと好戦的な炎が灯っている。それは戦士としての自分に強い自信を持っていることが見て取れた。

 

 うーむ。どうしたもんかなあ。

 この部族、どう考えても未来がない。詰んでいる。

 

 多分この世界、中世の終わり頃だと思うんだよね。

 ここから近世に向かうにつれて国内の統制がされていくはずだ。

 絶対王政するためには国内の山賊とか異教徒なんかは狩り尽くさないといけないからね。国内から異分子を排除して、すべての権力を王様の手に集める。

 特に世界征服を目論んでいる大ブリシャブ帝国にとって、足元固めは必要不可欠だ。

 

 ドラパパにはじきにドラゴンが淘汰されるであろう未来が見えていたから、生存に向けて舵を切ることができたけど……。

 ゴブリンにはどうも無理そうだな。その日ぐらしの山賊生活をよしとしてしまっている。

 

 本来はゴブリンに奴隷にされてる僕が彼女たちの先行きなんて考えてやる必要はないんだろうけども、彼女たちが僕の命の恩人であることも確かなんだよ。

 

 転落した後で精霊石の破片の生き埋めになった僕は、彼女たちに掘り出されて介抱されたらしい。

 彼女たちにとっては万が一僕を確保できたら儲けものって意識だったんだろうけど、果たして瓦礫をどけた下には気絶した僕がいたというわけだ。

 彼女たちが僕を掘り出してくれなかったら精霊石が放つ冷気で凍死していたことは明らかだし、その分の恩は返したい。

 

 ただ、貞操は守らないといけないけどね。

 【インフルエンサー】で彼女たちを無力化するのは論外だ。昨日の集会場に集まったゴブリンは200人以上はいたはずだし、この巣穴はアリの巣のように無数の通路が掘られている。視界外から闇討ちされたら僕なんてひとたまりもない。

 視界に捕捉した相手しか無力化できない【インフルエンサー】は、決して万能の能力ではないのだ。

 

 それにしても……。

 

「異種族への憎悪とはいうけど、本当にドラゴンと渡り合えるつもり?」

 

 確かに精霊石掘り中のドラゴンに襲いかかってはきたけど、あれはあくまでも奇襲あってのこと。正面からドラゴンと戦って勝てるとは到底思えないんだけどなあ。

 僕の疑問に、ポピーちゃんはふんすっと鼻を鳴らした。

 

「もちろん。私たちには地の利があります。この山中に張り巡らせた私たちの巣穴はダンジョンそのもの。ドラゴンの図体では決して入ってこれませんし、奴らのブレスも横穴には届かない。私たちを葬るには人型になって巣穴に入るしかありませんが、人型になった奴らならばゴブリンでも倒せます。私たちは奴らが痺れを切らすまで守りを固めていればいい」

 

「なるほど……」

 

 ゲリラ戦術か。

 確か太平洋戦争中、硫黄島の戦いでは日本軍は島の地下に陣地を作り、上陸してきた米軍を散々に翻弄したという。いや、僕もそういう戦争映画を見ただけなんだけどね。

 地下に潜んだ相手には砲火も通じないし、トンネルを掘って突然背後に現れたりする相手から受けるストレスも計り知れない。

 

 なるほど、これはドラゴンもゴブリンを倒しきれないわけだ。巨体とブレスというドラゴンの利点がすべて殺されてしまっている。

 

「それに、私たちにはコレがあります!」

 

 そう言ってポピーちゃんが掲げたのは、武器庫に置かれている三叉の槍だ。

 軸は木の棒を削りだしただけの粗末極まりないものだが、その先端には青白く鋭利な刃物がギラリと凶悪な輝きを放っている。見ているだけで冷気が背筋を伝わってくるような悪寒。

 そう、これは氷の精霊石を加工したものなのだ。

 

「この槍で穿たれれば、即座に凍傷による壊死が始まります。たとえドラゴンであろうとも、心臓に直撃を受ければ致命傷になりえるでしょう。精霊石こそは私たちに与えられた、巨獣に抗うための爪牙なのです。私たちにはこの石を自在に加工する技術がある」

 

 彼女の言葉に間違いはない。

 何しろ彼女が精霊石を刃物に変える瞬間を、さっき間近で見せてもらった。

 切り出した精霊石の塊に手を当てて何やら詠唱するだけで、みるみるうちに鋭いナイフへと姿を変えたのだ。

 

 精霊魔法に長けるゴブリンは精霊石を思い通りの造形へと変化させる魔術を知っている。

 先のドラゴンの四肢や翼を射抜いた銛も、精霊石を加工して作りだしたものらしい。

 鋼鉄などなら軽々と弾き返してしまうドラゴンの鱗にも、氷の精霊石で作りだした魔術の銛ならば貫通しうるということだ。

 

 なお、武器だけでなくゴブリンは精霊石を様々な用途に用いている。

 たとえば食器とか、保存容器とか、皮なめし用のナイフとか。

 精霊石はゴブリンにとってどんな形にでも加工できる万能資源なのだ。精霊石と毛皮で彼女たちは生活物資のすべてを賄っている。

 

「だからこそ、ドラゴンは許せない。この山は私たちの縄張りなのに、奴らは我が物顔で当然のように精霊石を柱ごと奪っていく! 何の見返りもなく、ただ一方的に我々は搾取されている! あの傲慢なトカゲには天誅が降って然るべきなのです! いずれ、奴らも自然の一部なのだと、身の程を思い知らせねばならない!」

 

 悔しそうな顔でぐぐっと小さな拳を握り、ポピーちゃんはドラゴンへの積年の憎悪を口にする。

 なるほど、確かに。ここまで生活物資を精霊石に依存している種族からごっそりと資源を奪っていくのは確かにひどいが。

 

「でも、ゴブリンもドラゴンの牧場から羊を盗んでるんだよね? それはお互い様なんじゃ……」

 

「奴らが払っていない代価を取り立てているだけです! それでもまるで釣り合っていない!」

 

 僕の言葉に、ポピーちゃんが大声で被せてくる。

 

 うーん、お互い様どころか既にドラゴンの方が損をさせられてる気もするが。だってドラゴンは赤ん坊の頃から家畜を育ててるけど、ゴブリンは縄張りに精霊石が生えてきたのを自分のもの認定してるだけでしょ? 労力が段違いなんだよな……。

 まあ大声で否定してくるってことは、ゴブリン側も自分たちの方が悪いとは思っているんだろうな。

 

「ご覧なさい! 精霊石の武器を手にした私たちの強さを!」

 

 おもむろにポピーちゃんが吠えるので、何かと思って振り向くと。

 そこには巨大なイノシシを10人がかりで担いだゴブリンたちが、はいほーはいほーと号令を掛けながら巣穴に持ちこむところだった。

 

 いや、マジで巨大だ。巣穴を通るギリギリのサイズだよ。

 体長は牙を含めて10メートルはある。間違いなくモンスター化した魔猪(まちょ)だね。真っ黒な毛皮には複雑な赤い紋様が浮かび上がり、巨大な槍のように鋭い二対の牙が生えている。

 このブリシャブ島の山々にはこうしたモンスター化した猪が潜んでおり、古来から数多の英雄豪傑の命を奪ってきたのだそうだ。

 

 そんな魔猪を、10名ほどのゴブリンたちは傷一つなく屠っていた。猪の毛皮にはところどころ凍傷を伴う穴が開けられており、おそらくゴブリンたちの氷の槍で滅多刺しにされたと思われる。

 

 ……強い。

 ゴブリンが雑魚モンスターなどとはとんでもない過小評価だ。このサイズの魔猪を狩るのは名うての冒険者でも相当苦戦するはず。それをこともなげに……。

 サウザンドリーブズでもゴブリン討伐は度々組まれていたが、それが曲がりなりにも成功していたのは、あそこのゴブリンには精霊石の供給源がなかったからなのかもしれない。精霊魔法を駆使するとは確かに聞いていたけど、まさかこれほどとは。

 

 そんな獲物をハイホーハイホー♪と唄いながら運んでいたゴブリンたちは、僕たちを見てぱあっと顔を輝かせた。

 

「あっ、ク……ポピーちゃん見て! こんなにでっかいマッチョが狩れたよ!」

 

「すごいですね、大したものです。今晩はごちそうですね。捕虜にも食べさせて精をつけさせましょう」

 

「うん! ……へへ、どう? ウチに抱かれたいでしょ?」

 

 そう言いながら、先頭に立つ狩人ゴブリンはふんすっと小さな胸を反らせて僕にドヤ顔を送って来た。

 いや、すごいとは思うしびっくりもしたけど、なんでそこで抱かれたいってことになるんだよ。

 

 

≪説明しよう!

 これは求愛行動である! 狩猟と戦争しかロクな文化をもたないゴブリンにとって、自分の価値を証明するものはいかに狩りが上手なメスなのかということしか基準がないのだ!

 異性に獲物を見せつけて狩猟上手をアピールするというやりかたは、大変にアニマルであった! ゴブリンは未だ動物と人類の境界線上にある種族なのである!≫

 

 

 動物の毛皮を被ってちまちまと動き回る姿は、小動物みたいで可愛いんだけどなあ。

 そう思いながらすごいすごいと先頭の子の頭を撫でてやると、えへ-と蕩けるような顔で目を細めている。

 

「あ、アイリスだけずるい! ウチも狩った!」

 

「あたしも狩ったもん! アイリスだけの手柄じゃないもん! あたしも撫でれ!」

 

「撫でれー!」

 

「はいはい」

 

 口々に不満を垂れるゴブリンたちの頭を撫でて回ると、満足したのかみんなでへーと笑顔を浮かべた。なんてちょろい……。【ナデポ】とか習得してない僕ですらこのイージーさだ。

 

「……」

 

 ふと強烈な視線を感じて振り向けば、ポピーちゃんがこっちをジト目で見ていた。

 ちょっぴり頬を膨らませている。

 

「え、何?」

 

「……私も貴方のために時間を割いて案内をしてあげていますが?」

 

「あ、うん。ありがとう。とても助かるよ」

 

 僕はそう礼を述べて、ポピーちゃんの頭を撫でくり回した。

 

「えへへ……」

 

 ポピーちゃんはうっとりした笑顔で、ほわほわと幸せそうに笑う。

 

 いや、ちょろい種族だな……。こんなに無防備だと心配になるぞ。

 凶悪な山賊であることを除けば、本当に可愛くてちょろいイージー種族なんだけどなあ。

 

 

≪説明しよう!

 我々の価値観で言えば、むくつけき蛮族たちに美女が「こんなに狩りがお上手なんてすごいです!」と抱き着いて豊満な胸を押し付けてきたようなものである!

 狩りの成果を見せつけるだけでこんなに無防備に好意を寄せて来るなんて、なんてちょろくてイージーな人間なんだとゴブリンたちは思った!≫

 

 

「……どうです、私たちの力は。決してドラゴンにひけはとらないと思い知ったでしょう?」

 

 撫でられた嬉しさから立ち直ったのか、ポピーちゃんはにわかにきゅっと表情を引き締める。

 

「うん、確かに。大したものだよ」

 

 これはゴブリンたちをおだてる意図ではなく、本心だ。

 あのサイズの魔猪を狩ってくるなど、熟練の冒険者でも難しい。何しろ古来からブリシャブ島の英雄の死因ランキング上位に君臨するモンスターらしいからね、魔猪……。

 

 ドラゴンであってもあれを狩るのはかなり苦戦するはずだ。

 ゴブリンは数と地形という自分たちの優位を完全に知り尽くしている。加えてドラゴンの鱗を貫通する武器まで持っているとなれば、ドラゴンも後れをとろうというもの。ドラゴンが大群で攻めて来ても、ゲリラ戦術で粘れば勝ちの目は十分にあるだろう。

 まあ、目下ドラゴンがゴブリンを攻める理由も特になさそうだが。

 

「……であれば結構。私たちの力を理解したなら、決してこの山から逃げようなどとは思わないことです。おとなしくしていれば、相応の待遇は約束しましょう」

 

 ポピーちゃんはそう言って、幼さの残る可愛いらしい顔にそぐわない陰惨な笑みを浮かべた。

 

 とりあえず頭を撫でておいた。

 

「やぁん……えへへー」

 

「ところで、なんでゴブリンってみんな褐色肌なのにクィーンや君は色白なの?」

 

「ああ、あれは雪焼けです。私たちの部族は本来色白で生まれてきますから」

 

「雪焼け……」

 

 ああ、確か雪の反射光って結構強くて、雪国の人たちって結構日焼けしてるんだっけ。

 

「色白なのは外で働かなくてもいい階級の証……ってことかな?」

 

「そうです。えらいんですよっ」

 

 そう言ってポピーちゃんはふんすっと鼻を鳴らす。

 なるほど、地球でも貴族は肉体労働しなくてもいいから青い血管が浮き出るほど肌が白くて、それが転じて高貴な血統のことを「青い血」なんて呼んだりしたらしいからね。

 

 ということはポピーちゃんは貴族階級に当たるってことか?

 族長のクィーン以外にもそんな個体がいるんだなあ。クィーンの妹とかなのかもしれない。

 

「そうかあ、えらいえらい」

 

「わぁい」

 

 さて、どうしたもんかな……。

 僕はポピーちゃんを愛でながら、今後のことを考える。

 

 とりあえず今日の夜にはこの山賊たちに戦闘の役に立つ技術を教えないといけないけど、あんなくそでか猪を無傷で狩るような連中に何を教えればいいんだよ。

 今更僕が口を出せるようなことがあるとは思えないし、あまり高度な技術を教えても再現性がないし。いくら精霊石をどんな形にでも加工できるといっても、それで銃の部品とか作るのは無理でしょ?

 

 ……いや、待てよ。

 僕の脳裏に、先ほどハイホー♪と唄いながら猪を運んでいたゴブリンの子たちの姿がよぎった。

 

「……君たちの種族って、歌は好きか?」

 

「歌? いえ、全然。たまにああやって力仕事をするときに節をつけて歌ったりはしますが。たまに旅人狩りで男の詩人を捕まえることもありますが、それで身を守れますか? 音楽などバカバカしい、惰弱の極みです」

 

 ごろごろと喉を鳴らしていたポピーちゃんが、途端に凶悪な笑みを浮かべる。なんで顔立ちは可愛いのに、口を開くと物騒なんだろうなこの子たち……。

 まあいい。それなら好都合。

 

「じゃあ君たちにとっておきの音楽を教えようじゃないか。ハカって知ってる?」

 

「は、破瓜!? いきなりエッチなこと言うなんて誘ってるんですかっ」

 

 ムフーと鼻息を荒げるポピーちゃん。聞くこと全部エロに変換される種族か?

 

「いや、そのハカではなく。まあ知らないなら好都合だ」

 

 ハカというのはニュージーランドのマオリ族に伝わる踊りだ。

 舞踏と勇壮な歌声で味方の士気を高め、敵を威嚇する効果があるらしい。

 今もサッカーの国際戦で試合前に踊られたりしているね。

 

 あれならこの荒々しいラブリー蛮族の気質に合うだろうし、身一つで再現できるし、何よりメンタルが強化されるくらいで収まる。

 我ながら名案じゃないか?

 

「よし、じゃあ仕込みをするから早速みんなを集めてくれ。今晩の集会場を楽しみにしてるといいよ!」

 

「はあ……まあいいです。ただ、何を企んでいるのか知りませんけど、そうそうクィーンを納得させられるとは思わないことです」

 

 

 

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 集会場に雄士を残して一人になったポピーの元に、物陰からすっと人影が滑り出てくる。

 

「あの捕虜はいかがでしたか?」

 

「うむ……特に間諜ということもないようだ。我々の巣穴の内偵をさせようと、わざとドラゴンが置いていった魔術師かと思ったのだがな」

 

 ポピーはツインテールを解くと、革紐を人影の手に渡す。

 そこに立っていたのは、可愛らしい案内役のポピーではなく、この部族の頂点に立つゴブリンクィーンその人だった。

 仮装を解いたクィーンは、細い顎に指を添えて見解をのたまう。

 

「あの間の抜けよう、ただの民間人で間違いない。あれが演技なら大したものぞ」

 

「では本当にドラゴンに捕まっていただけ、ということで?」

 

「であろうな。ここまで手がかりを示唆したのに、わらわを本気でただの案内人だと信じておった。200人規模の部族に色白のまま労働を免除されている者など、クィーン以外におるものかよ」

 

 ククッと嘲笑を浮かべるクィーンに、侍女は深く頷いた。

 

「なるほど……では、あの男になでなでを強要して嬉しそうにされていたのも演技なのですね」

 

「む、無論だっ。わらわがそんな、凡百のゴブリンのように男になでなでされただけで喜ぶようなチョロいメスのわけがないじゃろがっ」

 

「さすがですクィーン、感服いたしました。私ならとても耐えられません」

 

「うむ」

 

 ほっとしたようにささやかな胸を撫で下ろすクィーン。

 そんな部族の女王に、侍女は問うた。

 

「して……いかがなされます? あの男、何やら部族の者を集めておりますが。何やら足を踏み鳴らしてお遊戯しているように見えます。何かの儀式でしょうか?」

 

「好きにさせておけ。何をしようが結果は覆らぬ。奴を待ち受けるのは種付け奴隷としての運命だけよ」

 

「あれが本当に役に立つ技術を教示したとしても?」

 

「フ……。そもそもなぜ捕虜との口約束など守らねばならぬ? 技術はいただく、子種ももらう……。すべてを奪ってこそ、我々ゴブリンらしい在り方であろうが」

 

「得心いたしました」

 

 酷薄な笑みを浮かべるゴブリンクィーンと、追従する侍女。

 光の届かぬ岩窟でのやりとりを知る者など、太陽ですら知る由もない。

 

 やがてひっそりと、夜が忍び寄ってきていた……。

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