【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第108話「アイリーンがわんこ仙人の託宣をドラゴンに伝え抜く」

「ユウジが生きてた! 今すぐ助けに行かなきゃ!」

 

 飛び起きた後の第一声でそんなことを言い出したアイリーンに、ウルスナは憐憫を抱かずにはいられなかった。

 妹分の細い両肩を抱き、ウルスナは真剣な眼差しでその瞳を覗き込む。

 

「アイリーン、落ち着くんだ。それは夢だよ。お前も見ただろ、ユージーンはもう……」

 

「違うよ! ユージィはゴブリンに掘り出されて、今はゴブリンたちの巣に捕まってるの! 帰れなくて困ってるからあたしたちが迎えに行かなきゃ!」

 

 アイリーンは悲しみのあまり、狂気の世界に逃げ込んでしまった……!

 ゆさゆさと小さな肩を揺さぶり、ウルスナは切羽詰まった声を上げる。

 

「しっかりしろアイリーン! 正気に戻れ! 悲しみに呑まれるんじゃない!」

 

「あたしは正気だよ!」

 

「おかしくなった奴に限って自分は正常だって言うんだ!」

 

「じゃあ本当に正気の人は自分のことどう言うの!?」

 

 理路整然とツッコミを入れてくるアイリーンに、あれこいつやっぱり正気?とウルスナは小首を傾げる。

 そんなやりとりを見ていたアミィは、横から口を挟んだ。

 

「アイリーン、そこまで断言するからには何か根拠があるのか?」

 

「うん! 夢にわんこ仙人が出て来て、ユージィがゴブリンたちに囲まれてアイドル活動してるって教えてくれたの!」

 

 あ、やっぱ狂ってるわこの子。

 アミィがそう判断したのも無理からぬことだろう。

 

「アイドルって何かわからないけど、ユージィが変な歌を歌ってるのをゴブリンたちがキラキラ光る水晶を振り回して応援してて、大人気だったよ!」

 

「そうか……。夢の中でユウジは元気そうだったか」

 

 アミィはひどく優しい表情をして、アイリーンをそっと抱きしめた。

 

「それはよかった……。くっ……ううっ……」

 

「え、なんで泣くのアミィさん!? ユージィは元気なんだよ!?」

 

「ああ……そうだな……。本当に、よかった……」

 

 沁み出るように涙を零すアミィと、そんな彼女に困惑するアイリーンを見ながら、ウルスナは顎にたおやかな指を置く。

 

「わんこ仙人……それって光っててでかい例の獣のことか?」

 

「うん、そうだよ! 巫女にだけ話しかけることが許されるんだって!」

 

「ウルスナ、お前まで何を言い出すんだ……!?」

 

 アイリーンの狂気が感染したのかと、アミィが露骨に引いた顔をする。

 しかしウルスナは、アミィの予想に反して落ち着いた眼差しを返した。

 

「いや……心当たりがあってな。ユージーンを守護している神獣だ、俺も以前見たことがある。あまりに現実離れしてて、夢を見たのかと思ってたが……」

 

「し、神獣だと……? ユウジが聖者と呼ばれているのはデアボリカが言い出した方便ではなく、まさか本当に神の使いだとでも言うのか……!?」

 

「だよねっ! やっぱりわんこ仙人は実在するんだよ!」

 

 アイリーンはむふーっと鼻息を荒げると、客室のドアに向かって突撃した。

 

「こうしちゃいられない! このままだとユージィがドラゴンの攻撃に巻き込まれちゃう! 早速ドラコに教えて止めないと!」

 

「ちょ、ちょっと待て! それをそのままドラゴンに話して信じてもらえると思うのか!? 待ってってば! くそっ、こいつ力強え!?」

 

 無理矢理羽交い絞めしようとしたウルスナをずるずると引きずり、アイリーンは会議室へと突進していく。妊娠したことによってフィジカルが強化されているのか、騎士教育を受けたウルスナをも凌駕するパワフルさを発揮しつつあった。

 

「アミィ! 見てないでお前も止めてくれアミィ!」

 

「……まあ、好きなようにさせようじゃないか」

 

 暴走機関車のごとき勢いで廊下を突き進むアイリーンの後ろを、アミィはついていく。

 妹がしようとすることを、アミィが止めることはない。見守り、ときにフォローするのが姉の役目だと思っているからだ。

 それに、たとえ夢でも希望がないよりはずっといいじゃないか。ヒトは希望がなければ明日へ進むことができない生き物なのだから。たとえその希望が裏切られたとしても、新しい希望を探せばいいだけのことだ。

 

 

 はたして、黒王やドラコも到底信じられないという顔をした。

 当たり前である。むしろ政治家がそんなもんを信じるようだとヤバい。

 いくらファンタジー世界といえど、文明も大概進歩したこの時代では既に夢のお告げなるものがあてにならないことは経験則として周知されている。

 

 当然アイリーンも追い出されるところだったが、「まあこの子が言うことをじっくり聞いてから判断してくれ」とアミィが冷静な顔で言うので、大臣を殴り倒したほどの剛の者がそこまで言うのなら……と深く話を聞いてもらえることになった。

 

 こいつ、すげえな。ウルスナは心の中で舌を巻いた。

 腕っぷしでドラゴンに認められているだけではない。いつも泰然とした態度を崩さないアミィには、この人の話には耳を傾ける価値があると思わせる雰囲気がある。

 もちろんウルスナだってアミィに実力で負けるつもりはないと自負しているが、それでもウルスナが同じことを言ってもドラゴンたちは聞く耳を持たなかっただろう。

 

 今だってアミィ自身もアイリーンの発言を妄想かと疑っているはずなのに、傍目からは揺るぎない自信に満ち溢れているように見える。なんてクソ度胸だ。

 

 なんでこんな奴が田舎の一衛兵なんかやってんだ。人生で成したいことがないとか言ってたが、もしやる気があるならどれだけのことができたか。

 アミィを知れば知るほど、ウルスナの心にメラメラと対抗心が燃えたぎる。

 ウルスナは常にライバルが必要なタイプの人間なのだ。ライバルがいない環境だとどうなるかは、チンピラ冒険者生活に堕落しきったつい先日までの姿が示す通りである。

 

「さ、アイリーン。みんなに説明してやってくれ」

 

「うん! じゃあ……誰か粘土を持ってきてください!」

 

 机の上に粘土をひっくり返したアイリーンは、呆気にとられるドラゴンたちの前で大きな山を作った。

 適当に粘土を盛ったという意味ではない。机の上に捏ねられたのは、スノーゴブリンたちが住まう雪山の形だった。

 

「これがゴブリンたちの住んでる山です! この天井の穴が氷の結晶石が生えてくる洞窟に続いてる穴。今回の事件のきっかけになった場所ですが、今は崩落で塞がってます」

 

 アイリーンは言葉を紡ぎながら、ぽつぽつと粘土に指で穴空けていく。

 

「それで、このへんにゴブリンたちが狩りの獲物を持ち込む搬入口があります。巣穴の中に通じてますが、警戒拠点を兼ねているのでここからの侵入は不可能です。気を付けないといけないのは、ここにある対空砲座。ここからホブゴブリンが人力で精霊石の槍を投げて来ますから、この正面に近づいちゃダメです」

 

 ちびっこい人間が何かおかしなことを始めた……そう考えて薄ら笑いを浮かべていたドラゴンたちの表情から、徐々に笑みが抜け落ちていく。

 アイリーンが何かを説明するたびに、誰かが唸り声を上げた。

 

 アイリーンはわんこ仙人から見せてもらった映像を平面の地図で説明することが困難だと考え、粘土を使った3Dモデルで立体的に再現することにしたのだ。

 それは先日のサッカーボール型のバリア魔術を作り出したことで、自分の空間把握能力の高さに気付いたゆえの発想だった。もちろん本人にそこまでの自覚はない。こうしたら説明しやすいな~くらいにしか考えていない。

 ただ、その発想の根本が雄士が持ち込んだ現代知識からもたらされたことは言うまでもない。

 

 ドラゴンたちもウルスナもアミィも、皆一様に真剣な表情でアイリーンの説明に聞き入る。

 最初は狂人が言い張るただの妄想だと思っていたはずが、あまりにもアイリーンの説明が詳しすぎる。まるで本当にその目で見てきたように語ってのけるのだ。

 しかもドラゴンたちが過去の経験で知っていた警戒網や対空砲座の位置まで触れている。これをアイリーンが知っているはずがないのだ。

 これが妄想であれば逆に驚く、それくらい精緻な説明がなされていた。

 ドラゴンたちが時折挟む質問にも、彼女が答えられる範囲でしっかりと応答している。

 

「……というわけで、ここの崖下にある裂け目はゴブリンたちも存在を忘れているっぽいので、ここから侵入するのはどうかなーとあたしは思ってます」

 

「ふむ……しかしその裂け目、ドライグが入るにはあまりにも狭すぎるな」

 

 黒王の言葉に、アイリーンは頷く。

 

「その通りです、ドラゴンさんはここからは入れません。なので、あたしがここから潜入してユージィを助け出します!」

 

「君が?」

 

「はい! あたし、冒険者ですから! ダンジョンに入ってお宝を取ってくるのは本職です! その間にドラゴンさんたちは空を飛んで、ゴブリンたちの目を引きつけておいてください!」

 

「ふうむ……」

 

 アイリーンの提示した救出作戦とは言葉にすればシンプルなものだった。

 ドラゴンの大群が陽動としてゴブリンと戦闘を行い、巣穴の警備が手薄になった隙をついて冒険者が侵入して、雄士を助け出す。ただそれだけのこと。

 

 未知のダンジョンに足を踏み入れて中枢まで行くとなれば到底作戦とも呼べないような危険極まりないものだが、しかしアイリーンはこの裂け目から続く中枢へのルートを知っていると主張している。

 彼女の言葉が本当であれば、むしろこれこそが雄士を救う最もスマートな方法だろう。

 

 しばし熟考した末に、黒王は口を開いた。

 

「……わかった。そこまで言うのならば、君を信じよう。我々ドライグが陽動を引き受けようではないか」

 

 黒王の言葉に、メスドラゴンたちは一斉に目を見開く。

 正気か。口に出すわけではないが、全員がそう思っている。

 確かに詳細すぎるし自分たちしか知らない情報も入り混じる説明だったが、あくまでその情報源は人間の夢のお告げなどという信憑性皆無の代物なのだ。

 ゴブリンなどに我々ドライグは二度と遅れはとらないと信じているが、それでも戦闘となれば命がかかっている。

 

「その代わり! もしもその裂け目とやらがなければ、即座に戻ってくるのだ。決して深入りなどするな。そして、君が朝日が昇るまでに戻ってこない場合、我々はそのままブレスの一斉放射で山ごとゴブリンを殲滅する」

 

「わかりました」

 

 黒王の言葉を受け、アイリーンがしっかりと頷く。

 その瞳にはまるで狂気の色はなく、心からの決意が満ちていた。

 

 そんなアイリーンの肩に、義姉たちがそれぞれ手を置く。

 

「一人で行く気かよ? 水臭い奴だな。ダンジョンなんてパーティで行くもんだろ?」

 

「私は冒険者ではないが、ダンジョンに潜むモンスターを討伐したことはある。足手まといにはならない、私にも同道させてくれ」

 

「ウルスナ、アミィさん……もちろんだよ! 頼もしいな!」

 

 そして、夫救出に燃える3人の前にドラコが歩み出る。

 

「みんなを崖下まで運ぶのはボクが引き受けるよ」

 

「息子よ……」

 

 陽動部隊に参加しなくていいのか。

 そう問いかける黒王に、ドラコはきっぱりと自分の意思を告げる。

 

「先生が生きているなら、ボクが助ける! もう二度と誰かの手に先生やお姉ちゃんたちの安全を委ねたりするもんか。大事な人たちは、ボク自身の手で連れ帰るんだ!」

 

「おお、なんと……」

 

 雄士に我が子を預けて本当に良かった、黒王は改めてそう思った。

 その雄士本人は死んでいるかゴブリンに捕まっているかという状況なのは置いておいて。

 

「ドラコ、信じてくれてありがとう!」

 

「いい啖呵を切るじゃねえか、正直見直したぜ」

 

 ぐりぐりと頭を撫でるアイリーンとウルスナの手つきを、ドラコはむず痒そうな顔で受け止めた。

 

「ただし、ついてくるのは崖下までだぞ。絶対に巣穴の中までは入るな、近くの森に隠れているんだ。ヤバいと思ったらすぐに飛んで逃げろ」

 

「フン! ボクがゴブリンなんかに後れを取るわけないだろ! ……ちゃんと隠れておくから、とっとと先生を見つけて来いよな」

 

 ウルスナに減らず口を返すドラコに目を細めながら、アミィは黒王に向けて宣言した。

 

「お任せください、黒王閣下。私たちが……そう、ユウジの妻である私とアイリーン、ウルスナ……そして私の妹のデアボリカが、必ずやユウジを救出してご覧に入れます!」

 

『私も行くのーーーーーッ!?』

 

 隣の部屋から魔術で盗み聞きしていたデアボリカの生殺与奪の権は、姉に握られていた!

 

 

 

 

「嫌だーーーーーッ! 夢の中で犬に教えてもらったとかいう妄想丸出しの頭おかしい作戦に命を賭けたくないーーーーーッ!! おろしてーーーーっ!!」

 

 アミィに首根っこ掴まれてゴンドラに乗せられたデアボリカは、空の上でうだうだと暴れる。

 風防を突き破って入り込んでくる冷たい夜風にバンダナをなびかせながら、ウルスナはこいつ今すぐ突き落としてやろうかと思いながら白い眼を送った。

 

「なあ、本当にこいつ連れてかないとダメか? 正直いらないんだが」

 

「まあこんなんでも冒険者としては腕が立つんだ。自分が生き残るためなら真面目に働くだろう」

 

 アミィは苦笑を浮かべながら、それにと続ける。

 

「あのまま里に置いておいたら『義兄の縁故を使って商品のセールスにきたくせに、義兄を助けにもいかない恩知らずのクズ商人』になってしまう。それはさすがに肩身が狭いだろう」

 

「んぐっ」

 

 姉の言葉にデアボリカは変な声を出す。

 さすがにドラゴンからの評価がどん底になるのはまずいと気付いたらしい。

 

「……ちくしょーーーー!! ウサギの毛皮もワインもまるで買いもしないくせに態度だけでかいケチんぼ種族め! クレーマー絶対許せねえええ!」

 

「ドラコが思いっきり聞いてるんだけど、それ言っていいの?」

 

「あ!? どうせ金にならないなら同じだろうが! もうドラゴン相手の商売なんて金輪際お断りだ、体裁など知ったことか!」

 

 ゴンドラの中から聞こえてくる罵声に、ドラコはふぅんと鼻を鳴らした。

 

「ところでパパから先生への教育費まだ未払いなんだけど、あれってお前も一部受け取るって話になってたんじゃないの?」

 

「ぼっちゃまのおっしゃる通りでございます~!! さすがはぼっちゃま、その御歳にして聡明でいらっしゃる! ドライグの未来は明るうございますなぁ~!!」

 

 シュゴゴゴゴゴと煙が出そうな勢いで手もみしながらゴンドラの中に這いつくばるデアボリカの姿に、うわぁ……と実姉を含めた全員が見下げ切った眼を向けた。

 

「……もし先生の身に何かあったらパパに全額支払わないように言っとくから、そのつもりで全力を尽くせよ」

 

「もちろんでございます! ユウジは私にとっても大事なビジネスパートナー! 彼を救出するべく全身全霊を尽くさせていただきます~!!」

 

 決して義兄と呼ばないあたり、ユージーンをどう思ってるのか透けて見えるなとウルスナは思った。

 雄士もデアボリカを義妹と呼ぶのを拒絶するので、お互い様なのだが。

 

「つーかお前、ユージーンは生きてると思ってるのか?」

 

 ウルスナの言葉に、デアボリカはハッと鼻を鳴らした。

 

「あいつが死ぬわけないだろうが。お前らはあいつが死ぬのを見たとか言って落ち込んでたが、絶対に何かのペテンだぞ。あいつはいつもズルして他人を煙に巻く奴なんだよ。まったく私を働かせるなんて迷惑な奴だ、連れ帰ったらこの恩で一儲けさせてもらうからなグフフ」

 

「心底しょうもねえ奴だな、お前は」

 

 ウルスナは呆れ返った視線を送りながら、こいつはもしかすると世界一ユージーンの生存を疑っていなかった奴なのかもしれないと思った。もちろんマイナスの意味でだが。

 まあ、今だけはそれがありがたい。断固として雄士の生存を信じている者がそばにいれば、それだけ自分たちも勇気が湧いてくるというものだ。

 

「あ! 崖の裂け目ってあれじゃない!?」

 

 ドラコの声に、ウルスナはゴンドラから身を乗り出す。

 

「……本当にあった」

 

 ということは、本当に。

 本当に自分の夫は生きているということ。

 

 不意に心の奥底から湧き上がってくる喜びが、熾り火のようにウルスナの胸に灯りを点す。

 

「今お傍に参りますわ、貴方」

 

 バンダナを締め直して気合を入れるウルスナの言葉を何を今更と背中で受け止めながら、アイリーンはダンジョンの入り口を見やった。

 

「ユージィのそばにいていい女は、あたしたちだけなんだから……!」

 

 その瞳に浮かぶ決意は愛情でドロリとしていた。




今回で108話ですって。
煩悩に満ちたこの作品にふさわしい大晦日だな!
それでは皆様よいお年を。来年もよろしくお願いします!

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