【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第11話「鋼メンタルで飲み比べに勝ち抜く」

 宿屋の部屋に戻って来た僕は、ふうーっと溜息を吐いてベッドに倒れ込んだ。

 仰向けになって天井を見上げれば、低く薄汚い天井が広がっている。この天井も随分見慣れたものだ。

 

「引っ越しかあ……」

 

 狭っ苦しい仮住まいだが、半年間お世話になった部屋だし名残惜しさがないわけではない。

 

「…………」

 

 いや、嘘だわ。夜な夜な両隣からの視線と喘ぎ声を感じる覗き部屋だったわここ。とっとと出ていきたいわ。

 さすがにアパルトメントなら隣の部屋から覗かれるということはないだろう。覗かれてたら大家に通報すればいいだけだし。これでやっと人並みの生活を送れるようになる。なんともめでたいことだ。

 そう考えると、やはりあのよくわからないスキルセットにコインを払ったのは間違いではなかった。人権がコイン1枚で買えるなら、十二分に元が取れる買い物だ。

 ただ、引っ越すためには何か商売始めないといけないんだよね。

 

「商売ねえ……?」

 

 僕は実家暮らしの大学生だったし、バイトの経験もないからどんな商売をすればいいのかまるでピンとこない。

 ウェズ君はギルドと付き合いのある錬金術師の工房からポーションを仕入れて露店販売すればいい、とか言っていたけど、それで採算が取れるほど単純な話だとは思えないんだよね。

 そもそもポーションを買ってくれる層は冒険者と衛兵くらいだろう。しかし彼女らはきっと街の道具店で購入するはずで、わざわざ露店で買ってくれるとは思えない。だってちゃんとした道具店の方が品揃えがいいんだから。それでも露店で買いたいという状況があるとすれば、それはポーションが緊急で必要な状況だ。

 すなわち僕が狩場まで出かけていき、怪我人の出たパーティにポーションを売り歩く。露店ではなく行商をするのが僕にアドバンテージがある売り方ではないかと思う。

 ただ、この商売には大きな問題がある。狩場まで一人で出かけていくとなれば、かなりの危険が伴うということだ。

 

「いやぁ、やりたくねえなあ~」

 

 危険な目に遭うのが嫌だからモンスター駆除業者を引退するのに、どうしてわざわざ危険な狩場まで出かけなきゃならんのだ。たまたまゴブリンメイジにでも出くわしたり、流れ弾でファイアーボールが飛んで来たりしたら一撃でお陀仏やんけ。

 そんな危険を冒してポーションを売ったところで、2倍3倍もの高値が付くとも思えないしね。商売としてはあまりにもハイリスクローリターンすぎる。

 それにポーションって結構お高いし、商売を始めるにあたっての最初の仕入れにかかる費用をどうするかという問題もある。ギルドから借金するという手もあるけど、あまり甘えても後々によくない影響を及ぼしそうな気がする。

 ウェズ君は有能な冒険者ギルド職員ではあるけど、商売については素人だ。彼の提案をそのまま鵜呑みにするのはよろしくないだろう。

 もっと元手がかからず、安全に儲けられる商売を考える必要があるな……。

 

 ぐう~。

 腹の音にそろそろ何か胃に入れてほしいぜと訴えかけられ、僕は身を起こした。

 今日は朝にパンをかじったっきり、何も食べてないんだよね。

 しかし懐はとても寂しい。今日はいつもと違って獲物を狩ってないから、収入がないんだよね。

 電撃で感電死した大角ウサギは、そのまま放置して帰還している。魔力1しかない僕がどうやって黒焦げにしたのかと尋ねられても、うまい説明ができないからだ。そもそもあんな焦げ焦げの状態では、毛皮にも肉にも価値がなくなってしまうし。放置したウサギの死体については、通りすがりの魔術師が適当に焼いたとでも思ってもらえるだろう。

 さて、お金がないけどご飯を食べたいときにはどうすればいいのか。

 

「……久しぶりにあの手を使うか」

 

 僕はぶらりと部屋を出ると、階段を下りて1階の酒場に向かった。

 

 

 

 

「あっ」

 

 階段から降りたところで、酒場に入って来ようとしたアイリーンと目が合った。

 アイリーンは僕の顔を見るなりぼんっと爆発するように顔を赤くして、指をもじもじと絡め合わせている。なんなんだ。

 また嫌味を言われたらうざったいので無視して通り過ぎようとすると、つかつかと足音を響かせて向こうからやって来た。

 

「ユ、ユージィ! 冒険者引退するって本当なのか!?」

 

 アイリーンが口を開いた途端、それまで騒々しかった酒場の喧騒がぴたっと止む。何やら客の冒険者たちが耳をピクピクと震わせ、聞き耳を立てているような気がした。錯覚だろうけど。

 

「なんだ、どこから聞いたの?」

 

「今日、受付でそんな話をしてたって噂になってる!」

 

 あ、なるほどね。そういえばウェズ君と話をしてたのは受付のカウンターだもんね。人払いもしてないし、そりゃ聞かれるか。うーん、僕にだけ危険なモンスター駆除を免除して商売する特権が与えられたわけだし、噂になってもおかしくはないよね……。

 

「なんでだよ! どうして辞めるんだ!?」

 

「なんでって、冒険者としての実力に限界を感じたからだけど」

 

「だけど、お前はこれまでずっと頑張って来たじゃないかよ! そんなに簡単に諦めんなよ……! 諦めが悪いのがお前の取り柄だっただろっ……!」

 

 いや、これまでずっと早く辞めて家庭に入れとか自分のメイドになれとか言ってたやんけ。辞めてほしいのか辞めてほしくないのかどっちなんだよ。

 

「勝手に辞めるなよ、もっと足掻けよ! あたしを置いていくなよっ、そんなの無責任じゃないか……!」

 

「なんか知らんが落ち着けよ。言ってることめちゃめちゃだぞお前」

 

「うるさいっ! 背中追いかけさせて、勝手にいなくなるなっ!」

 

 ……えー、なんかこの子泣いてるんですけど。

 目尻からほろほろと涙を零しながら、アイリーンは僕に睨み付けるような視線を送っていた。

 参ったなあ。この世界は女尊男卑主義上等だとは知ってはいるんだけど、現代日本出身の僕は女の子の涙には弱いんだよね。【精神耐性】があっても、やっぱりなんか僕が悪いことしたみたいな気になってしまう。まったく身に覚えがないんだけど。僕何かした?

 

「あーはいはいはい。すまないね、ウチの子が噛みついちゃって」

 

 僕が面食らっていると、アイリーンのパーティリーダーの魔術師がやって来てアイリーンの首根っこを掴んだ。

 

「はなせっ! あたしはまだ言い足りないんだっ!」

 

「やれやれ、本当に子供だね君は。男の尻を追いかけてきたのは君だろうに。勝手なのはどちらだというんだか。そう安い涙を流すもんじゃないよ、女だろ」

 

「うう~っ!」

 

「ユージ君、この子はこっちで説教しておくから気にしないでおくれ」

 

 うーん、なんだろうね。異世界の思春期の女の子ってのはよくわからないな。

 とりあえずひとつ誤解は解いておこう。

 

「なんか誤解してるみたいだけど、冒険者ギルドは辞めないよ?」

 

「えっ」

 

「これからはモンスター駆除はしなくなるけど、ギルドには引き続き在籍して仕事するつもりだから。まあ何か仕事で絡むことがあったらよろしく」

 

「ああ……なんだ」

 

 アイリーンはほっと息を吐いた。なんか酒場のあちこちから同じような溜息が聞こえてきたような気がする。気のせいかな。

 大人しくなったのもつかの間、アイリーンはふんっと胸を反らして顔を背けた。

 

「それならそうと早く言えよな! 男のくせに言葉が足りねえんだよお前!」

 

「こらっ」

 

「ぎゃん!」

 

 リーダーさんにぽかりと頭を叩かれて、アイリーンは涙目になる。

 彼女はそのまま親猫に首根っこを噛まれた子猫のように大人しく酒場の外へ連行されていった。

 なんだったんだ……。

 

 アイリーン一行がいなくなると、酒場はすっかり元の喧騒を取り戻していた。

 

「マジかよ、ついにタイムリミットか」

 

「いよいよ年貢の納め時だな。あのエロい体を好きにできる女がうらやましいぜ」

 

「どこのパーティの男になるんだろうな。パーティの共有財産にするってんなら、いっそあいつを共有の夫にして新しい家とか開くんじゃねえの?」

 

「へへへ、竿が乾く暇もねえってか? エロいねえ~」

 

「あっという間に全員ボテ腹になって産休取ったりしてな! ギャハハ!」

 

 いや、なんか元よりもさらにやかましくなってる気もするんだけど。

 テーブルごとに何やら夢中で話し込んでいるようだが、何の話をしているのかは僕にはわからない。

 

 ま、いいや。そんなことよりカモはいないかな。

 おっ、あそこにいるのは……。

 

「やあ、ウルスナ。相席してもいいかい?」

 

「ユージーンか……」

 

 いつもはハイテンションで下品なことばかりほざいているチンピラのウルスナだが、何やら今日は元気がないようだ。

 

「その……本気なのか、冒険者引退するって」

 

「いや、だから冒険者は辞めないって。モンスター駆除をしなくなるだけだよ。何でどいつもこいつも、僕の去就に興味津々なんだ?」

 

「そりゃお前……いや、いいや。10位にしかなれなかった負け犬の俺には関係ねえことだ。さすがに俺にはお声が掛からないだろうしな……」

 

 そう言って、ウルスナはヤケ酒でもするようにジョッキをぐいっと傾けた。

 なーんか今日のこいつは湿気てるなあ。お前はグデグデに酔っぱらって男にオッパイ見せつけるような女だろ。もっとハジけててくれないとたかりづらくて困るんだよ。

 

「よくわかんないけど元気出せよ、もっと飲め飲め!」

 

 僕はウルスナの背中をバンバンと叩いて喝を入れた。

 

「あ、そうだ! 飲み比べしようよ飲み比べ! 負けた方のオゴリな!」

 

「飲み比べ……いいけどユージーン、金持ってんのかよ」

 

「持ってないよ」

 

「ダメじゃねーか」

 

「じゃあ僕が負けたら体で払うってことでどう?」

 

 僕がそう言うと、ウルスナは目を丸くした。

 

「体で、だと……?」

 

「ウルスナがしてほしいこと何でも命令していいよ。僕にできることなら、何でもやってあげるから」

 

 肩揉みとか全身マッサージとかかばん持ちとか、何でもやってあげよう。

 僕のマッサージは効くぜ、子供の頃からおじいちゃんを揉みほぐしてあげたお墨付きの腕前だからね。雄坊のマッサージは極楽にいる気分だって褒められてきたんだ。

 僕はくいくいと指先を動かしながら、ニヒルに微笑んでみせた。

 

「天国にイカせてやるぜ」

 

 ご、ごくり……。

 ウルスナの喉が鳴るのが見えた気がした。

 

「そこまで言われちゃ引き下がれねえな。へへっ、お前から言い出したんだからギルマスもいちゃもんつけようがねえだろ。先輩どもにゃ悪いが筆おろしは俺がもらったぜ! おい女将、この店で一番強い酒持って来い!」

 

「あ、おつまみもよろしく。串焼きとか持ってきてよ」

 

「あいよ! とりあえず火酒(ウイスキー)だよ!」

 

 僕とウルスナはドギツい酒がストレートで並々と注がれたジョッキを手に取ると、景気よく打ち鳴らした。

 

『カンパーイ!!』

 

 

 

 

 

 1時間後。

 

 ウルスナはテーブルに片肘を突き、真っ赤に染まった顔で息を荒らげていた。

 対する僕の方はウサギの串焼きにがぶりと噛みつき、強い酒を口の中にかぱかぱと流し込む。口の中に広がった脂が強いアルコールで一気に洗い流されていく感覚がたまらん。ウイスキーのつまみはチーズ、レーズン、チョコといろいろあるけど、僕は断然肉だね。肉の脂と強いアルコールのセットは最高だと思うんだ。

 僕は空になったジョッキをかこーんと机に叩き付けると、女将に向かって手を挙げた。

 

「おかわり!」

 

「……マ……ジか……よ」

 

 こっちは全然平気だけど、ウルスナはそろそろキツそうだ。

 僕は肩を竦めると、にっこりと微笑んでみせた。

 

「遠慮せずに水を飲んでいいんだよ? なんならトイレで吐いてきてもノーカンにしてあげる」

 

「な……舐めんな……! 男にバカにされちゃ女がすたるんだよ……!」

 

 そう言いながらウルスナは目をつぶってジョッキを持ち上げ、喉へと流し込む。

 

「こっちもおかわりだ!」

 

 おお、ナイスガッツ。

 でもそろそろ限界だろうなあ。

 

「あ、次はお互いチェイサーにしよっか。そろそろこっちも同じ味ばっかで飽きてきたし。おーい女将さん! 次はビールにしてね、黒いやつで!」

 

 どよどよと観客が声を上げるのがわかる。

 

「あいつ火酒のチェイサーにビール頼むのかよ……」

 

「ウルスナも無謀だよな。あのうわばみユージィに挑むなんて……」

 

「きっと知らなかったんだろ。ここに来たばかりの頃、セクハラ仕掛けたギルド上位陣に飲み比べを仕掛けて全員潰しちまったんだよあいつ……。最近は誰も挑まなくなってたからなあ」

 

 金がないときは先輩にタカれってのは、大学時代よく言われてたからね。

 ここでも遠慮なく飲み比べを持ち掛けてタダ飯を食わせてもらいました。

 しまいには僕と視線を合わせなくなったり、僕の顔を見ただけで酒場から逃げていくようになったから、さすがにギルドでの立場が悪くなるかなと遠慮してたんだけど。

 まあ今は本当にお金がないし、ウルスナには勘弁してもらおう。

 あー、でもさすがにタダ飯食われただけだとウルスナも可哀想かな。飯の代金に、ちょっとサービスしてやるか。

 

「あー、僕もちょっと酒が回って来たかな。少し暑くなってきちゃった」

 

 僕は上着を脱いでランニングシャツ1枚になると、パタパタとシャツの前を拡げて胸元に風を吹き込んだ。ちょっと寒いけど我慢我慢。

 チラリと見え隠れする胸筋に、ウルスナが目を皿のようにしながら身を乗り出してくる。うーんよく効くなあ……男の胸なんて見て何が楽しいのかわからんけど。

 僕も日本にいるときは細マッチョだったから、上半身には少々自信があるんだ。本当はもっとパンパンにパンプされた筋肉の方がカッコいいと思うけど、残念ながら人間には持って生まれた体型ってのがあるからね。これで勘弁してよ。そう思いながら、僕はチラリとウルスナに視線を送った。

 

 

≪説明しよう!

 これはサシで飲んでる女の子が「ちょっと暑くなってきちゃった」と上着を脱ぎ、流し目を送りながら胸チラしてきた状況にあたる! 最早持ち帰ってくれと言っているようなものである!

 ちなみにこの世界ではムキムキのマッチョマンの需要はあまりない! 肉体労働をしないので細い男が多く、贅肉のない細マッチョが最も欲情をそそる裸体という美意識が多数派である!≫

 

 

 ウルスナはムフームフーと鼻息を荒らげ、周囲のギャラリーに目を向けると「おい! お前ら何見てんだ、ぶっ殺すぞ! 散れ散れ!」と威嚇を始めた。

 まあ正直ありがたい。観客の中には僕の隣に近づいて胸を覗き込もうとしてる(ヤツ)もいたからね。わざわざここで覗かなくても、これまでさんざんドブさらいで上半身裸になってたりしたんだから、そっちで見ればよかったのにね。

 

 

≪説明しよう!

 全開で裸見せつけられるよりも、チラリズムの方が欲情をそそるものなのである!

 それはそれとしてこいつらはドブさらいも見てたし、1万回シコった!≫

 

 

「ふあ……」

 

 僕は小さな欠伸を漏らした。

 そろそろ腹も膨れてきたし、久々の火酒も堪能したから部屋に戻って寝たいんだけどな。ウルスナもそろそろ潰れてくれないだろうか。

 

「どうした、ユージーン。お前もそろそろ限界か?」

 

 不敵な笑顔を作りながら、ウルスナは僕を挑発してくる。

 

「まあね。いい加減退屈で欠伸が出てきちゃったよ」

 

「……ッ!!」

 

 軽く挑発し返すと、ウルスナはギリッと奥歯を噛みしめた。

 あー怖い怖い。

 それにしてもウルスナって、顔がいいよなあ。なんといっても顔立ちに気品があるんだよね。まつげも長いし、目も細いし、黙っていると愁いを帯びた眼差しに見える。身なりを整えたら、白馬の王子様って感じにも見えるんじゃないかな。それを帳消しにするくらい言動が下品なんだけど。どこの世界にオッパイ見せつけて挑発してくる白馬の王子様がいるんだよ。

 

「なんだよ、ジロジロ人の顔を見やがって……!」

 

「いや、ウルスナって本当に顔がいいなと思って」

 

「……ッ、馬鹿野郎! なんなんだいきなりオメーは! 口説いてるつもりか!?」

 

 おっと、思ったことをつい口にしてしまった。どうも異世界に来てから独り言多くなっちゃったな。一人で過ごしてると寂しくてつい呟いちゃうから困る。

 それにしても、満腹で眠くなってきた。見た感じウルスナも次の一杯で潰れてくれそうに見えるんだけど、それでお開きにしてくれないかな。

 おっと、なんか大きい欠伸が出そうだぞ。

 

「ふあ~~~……」

 

 僕は運ばれてきたジョッキを前に、口に手を当てて大欠伸をした。うむ、我ながらでっかい欠伸だった。天井見上げるくらいのが出たぞ。

 

 サラッ……。

 ん? なんか砂がこすれるような音がしたような。

 

「…………」

 

「どうかしたか?」

 

 顔色が赤いを通り越して青くなってきたウルスナが、僕の顔を見て小首を傾げた。

 ジョッキには黒いビールがなみなみと注がれている。

 ふーむ。なんかしたな、こいつ。

 

 ま、いっか。

 

 僕はジョッキを手に取ると、ぐびぐびとビールを喉に流し込んだ。

 ぷはーっ!

 

「うまいっ!」

 

 やっぱ黒ビールっていいよね。ラガーもいいけど、苦みを楽しむなら断然黒だよ。子供の頃から苦いのは全然苦手じゃないんだよね。むしろ好きだよ、ピーマンとか喜んで食べてたし。

 ゆっくり楽しもうと半分ほど残してジョッキをテーブルに戻すと、ウルスナが細い目をまん丸くして、信じがたいものでも見るかのように僕の顔に視線を注いでいた。

 

「……何?」

 

「あ、いや……いい飲みっぷりだな」

 

「そりゃどうも。そっちも飲みなよ」

 

「……その、なんともないのか?」

 

「別になんとも。おいしいよ? 黒エールは冷やさなくてもイケるからいいよね」

 

「……バッタもんを掴まされたのか……?」

 

 ウルスナは何やらぼそっと呟くと、おもむろに立ち上がって僕のジョッキをひったくった。そして止める暇もあればこそ、ごくごくと喉を鳴らしてジョッキを飲み干してしまう。

 おいおい、間接キスしたいのか? そう思いながら呆気に取られて見ていると、ウルスナは手の甲で口元を拭った。

 

「……ちっくしょう……。やっぱ、効くんじゃねえか、この薬……」

 

 ばたーん!

 ウルスナはそのまま床に倒れ込み、ピクリとも動かなくなる。

 まずいな、急性アル中か?

 僕は慌ててウルスナに駆け寄って顔を近づけてみる。口元からはツンとするアルコール臭を漂わせていたが、規則正しい寝息を立てていたのでホッとした。

 なんだ、ただ飲み潰れただけか……。驚かせやがって。

 

 

≪説明しよう!

 飲み会で全然潰れそうにない女の子をなんとかお持ち帰りするための最終手段、スーパーでフリーな睡眠薬である! 犯罪なので絶対にリアルでやってはいけないぞ!≫

 

 

 僕は酒場の支払いをウルスナのツケにしてもらい、観客に混じっていた彼女の仲間に手伝ってもらって僕の隣の部屋に運び込んだ。

 ちゃんと横向きに寝かせて、寝ゲロで窒息しないように気を配っておかないとね。

 

 いや、それにしても今日は食った食った。お酒もたらふく飲めたし、余は満足じゃ。

 ちなみに僕が酔い潰れることは絶対にない。

 僕が取得している【薬毒耐性】はアルコールを毒物と判定して無効化するからだ。正確にはアルコールに加えて、それを肝臓で分解すると発生する毒物のアセトアルデヒドを無効化してるのかな? 酒の味はわかるけど、酒の摂取によって酩酊状態になることはない。お酒の味は好きだけど思考が鈍るのが嫌いな僕にはすごくありがたい。

 いやズルじゃんという話だが、元々チート(ずるっこ)ってそういうもんだしね。

 

 ただ【薬毒耐性】もメリットだけがあるわけじゃなくて、薬が効かなくなるというデメリットもある。風邪薬とか胃腸薬は使えないだろう。試してないけど睡眠薬も効かないだろうから、睡眠不足になっても無理やり寝付く手段がない。まあ【疾病耐性】のおかげでそもそも風邪を引かないので、そこはナイスコンボだ。

 ちなみにポーションは効く。正確には経口摂取は無効になるけど、直接傷口にぶちこむと効果が出る。ポーションは治癒魔法が込められた魔法薬なので、治癒魔法を直接傷口にかけたものとして判定されているようだ。異世界ならではの便利さだよね。この点に関しては現代日本よりも優れてるよ。

 もっとも、治癒魔法で治せるのは怪我だけだ。病気や毒は治せないらしい。おかげで黒死病やインフルエンザが流行ったときはナーロッパ全域で大量の死者が出たと、ウェズ君が教えてくれた。……そこらへんは僕たちの世界の歴史と同じだね。僕たちの世界の医者も、治療法を見つけられなかったからあんなに疫病が流行したんだっけ? 大学入試で日本史を選択したもんで、世界史はあまり詳しくないんだよね。世界史を選択してれば、異世界転移も少しは楽になったのかな。

 

「う……うう……」

 

 ウルスナの苦しそうなうめき声で、僕は思考の海から引き戻された。

 いや、本当にすごくうなされてるな……。

 さすがにこのままにするのも忍びないか、ご飯奢ってくれたし。僕は一宿一飯の恩義は忘れない男だよ。たとえ彼女が最後の一杯に何かを混ぜていたとしてもね。

 

「【インフルエンサー】-【薬毒耐性】」

 

 スキルを発動させると、途端に彼女の寝息が落ち着いたものに変わる。

 血色も随分良くなったようだ。

 アルコールと謎の薬の影響は抜けたっぽいね。

 まあ軽いお裾分けってことで。

 

 ……よく考えたら、女の子ひとりだけの部屋に男がいるのってあんまよくないね。

 とっととおいとましよう。

 今日はこっちの部屋からの覗きがないだけ、よく眠れそうだ。

 

 そう考えながら僕は踵を返して……。

 突然降って来た天啓ともいえるアイデアに、思わず指を鳴らした。

 

「そうだ、これでいこう!」

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