【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「おい、2人の世界に入って抱き合ってるところ悪いんだが」
なんだよ、僕は今ウルスナがどれだけ想ってくれてるか聞いて感動してるんだぞ。
夫婦の絆に割って入ってくるんじゃないよデボ子がよ。
「いや……お前ら周囲見ろよ。よくこんなところで感動的な空気出せるな……」
デアボリカに言われて周囲に視線を向けると、ゴブリンたちが恨めし気な目でこちらを見ながら股間をくちゅくちゅぴゅっぴゅいわせてるところだった。
「いやああ! 脳が破壊されるぅ!」
「あたしたちのロックスターに熱愛疑惑!?」
「でもすごくクチュれるよ! 新感覚! これが寝取られる側の気持ち……!?」
何を言ってるんだこの子たちは。
「ええい、このアホ聖者め! ゴブリンどもと馴れ合ってるんじゃないよ! ドラゴンが陽動して時間を稼いでるうちに、とっとと逃げるぞ! あ、もちろんこいつら全員皆殺しにしてからな! おいチビ、そこの色白のが女王個体だ! 動けないうちにとっとと殺るんだ!」
デアボリカが指示するが早いか、アイリーンがポピーちゃんに飛びかかって馬乗りになった。そのまま手にした槍の穂先をポピーちゃんの喉笛に突き立てようと……。
「って、何やってんの!? 殺しちゃダメだよアイリーン、ステイ! ステイだ!」
「ええっ……!? な、何で止めるのユージィ!?」
僕の制止が届き、間一髪でアイリーンの槍が喉元で寸止めされる。
その鋭い刃はポピーちゃんの首の皮を薄く切り裂き、じんわりと血がにじみ出ていた。
やっべえ、首の皮一枚って表現を文字通り見ることがあるとは思わなかったよ。
そんな場違いなことを考えている僕に、アイリーンは牙を剥き出した獣のように吠える。
「こいつらはユージィを穢そうとしたんだよ! 生かしちゃおけないでしょ!」
「アイリーンの言う通りだ、ユージーン。ゴブリンは邪悪なモンスターなんだよ! こんな奴らに情けをかける必要なんてねえ! 当たり前のように恩を仇で返す、根っからの悪党なんだぞ!」
ウルスナまでそんなことを言うのか。
なんかみんないつもとは人が変わったみたいに好戦的だな。まあ、人間とゴブリンの間にはそれだけ根深い確執があるんだろうけど……。
僕はもうゴブリンたちのことを知りすぎてしまった。
人間から忌み嫌われるゴブリンにだって、楽しいものに喜び、虐げられることに怒り、仲間の死に哀しむ心がある。
無邪気にコロコロと笑い、ロックやお絵かきを楽しむこの子たちを手にかけることは、僕にはできない。
「私たちここで死んじゃうのー?」
「身動き取れないまま死ぬなんてやだー」
「どうせなら戦いの中で勇ましく死にたかったよぉ~」
……うん、まあ根っからのバーバリアンではあるんだけど。
「ちょっと待ってくれ。ゴブリンが助けてくれなかったら、僕はあのまま凍死してたよ。この子たちは僕にとっては命の恩人なんだ。それにゴブリンが他の種族から略奪する文化があるってことは知ってるけど、それは他に生きる道がないって理由もあるじゃないか。こんな雪山に追いやられちゃ農業だってできないよ。何か工夫すれば、これまでの生き方を変えられるかもしれないでしょ?」
「生き方を変える……?」
僕の言葉を、ポピーちゃんは不思議なものでも見るかのような目つきで、オウム返しに口にした。うん、全然ピンときてないね……。
一応できる限りの可能性の提示はしてみたつもりなんだけど、ウルスナは頑として譲らず、ポピーちゃんに指を突き付けてくる。
「そんな簡単にいくかよ! ユージーン、お前はこいつらが恩人だって言うがな、そもそもこいつらは最初からお前目当てで襲ってきたんだぞ! お前がゴンドラから身を乗り出したから、ゴブリンは男欲しさにドラゴンを撃ち落とそうとしたんだ! そうだろうが、違うならどういうつもりだったか言ってみろ!」
「むぐぐ……」
ウルスナに指さされたポピーちゃんは、口ごもったまま視線を逸らす。
そうかぁ、そもそも僕が精霊石を間近で見たいなんて言い出したせいでゴブリンの欲望に火を点けてしまっていたのか……。つまりそもそもの原因は僕の軽はずみな行動だったわけだね。
「……また迷惑をかけちゃってたか。本当にごめん」
「ユージーンが謝ることじゃねえよ。そもそも襲ってきたこいつらが悪いんだ。ゴブリンに情けなんてかけるこたぁねえ、こいつらは生まれついての汚らわしい盗賊どもなんだ! ここで根絶やしにして禍根を断つべきなんだよ!」
ウルスナは憎悪に満ちた目でそう吐き捨てる。
ううむ……大好きな女の子が口汚く誰かを罵るところはあまり見たくないかな。その対象が僕にとって心を許している子たちであればなおのことだ。どうにかあたりを柔らかくできないものか……。
「生まれついてってのはさすがにひどくない?」
「お前はわかってないんだ! こいつらが可愛いガキのナリをしてるのは、他の種族を油断させるためなんだよ! 精霊魔法に特化した戦闘スタイルなのも、魔法主体ならガキの姿で敵を殺せるから! そういう進化を選んだ邪悪な種族なんだよ! 人間とは絶対にわかりあえない、不倶戴天の敵なんだ!」
「でも……絶対にわかりあえないって言ってたドラゴンとは仲直りできたじゃない?」
「いや、そいつは……お前がいたから成立しただけの極めて特殊なケースであって……」
僕の指摘にみるみる語気が弱まるウルスナ。根はお人好しなところ、僕は好きだよ。
「は……? 人間とドラゴンが融和じゃと……?」
何やら呆然と呟いているポピーちゃんの方に近づき、僕は馬乗りの姿勢のまま槍を振り上げているアイリーンの手をやんわりと握った。
「アイリーン、その子を放してあげてくれないか。僕は君の隣に戻って来た。もうこの子の命まで奪う必要はないだろ?」
「でも……こいつはユージィを奪おうとした敵で……」
「お願い、この通りだ」
渋るアイリーンに頭を下げて頼み込んでいると、後ろから罵声が飛んできた。
「甘いことぬかすなーー! 殺せ! 殺せーーーーーーっ!!」
「うるせえ気ぶりボリカ!」
「気ぶりボリカ!? いや、気がふれてるのはお前だぞ! 聖者なんて風評広めてやったらいい気になりやがって! 聖者気取りで綺麗ごとぬかすな!」
≪説明しよう!
一般的なダークファンタジーでゴブリンの巣に囚われていた聖女が「この人たちを殺さないで!」と庇い始めたらどう思うだろうか? 間違いなく犯されすぎて発狂したか、洗脳でもされたのかと疑う! この件に関してはデアボリカの主張がこの世界の普通である!≫
「四の五の言わずとっとと殺せばいいんだよ、それで全部解決だろうが! 狂人が聖者気取りでうだうだとのたまってるんじゃない!」
まあそれはそうかもしれない。デアボリカの主張はこの世界の常識なんだろう。
僕以外の人間全員がそれが正しいというのなら、狂っているのは僕の方だ。だけど。
「何とでも言え。僕はこの世の全員に後ろ指をさされても、鋼メンタルで自分が正しいって言い張ってやる」
そう啖呵を切った途端、どこからか吹き出すような笑い声が聞こえてきた。
アミィさんだ。
彼女は堪えられないほどおかしいものを見たような笑みを漏らしながら、目尻をそっと拭う。僕やポピーちゃんに向けられたその視線は、とても穏やかだった。
「あははは、これは傑作だ……。熟練の冒険者も恐れるゴブリンクィーンを無傷で捕らえておきながら、彼女のために命乞いをするのか。本当に興味深いよ、私の夫は。この世界のどこを探しても、君ほど優しい人はいないだろう。いや、君が世界を優しい方向へと塗り替えているのかもしれないな」
うーん? アミィさんは感心したようにそんなことを言うけど、僕はそんな大した人間じゃないよ。ただの平和な世界の癖が抜けきらない日本人です。
何と返したものかと頭を掻いていると、アミィさんはパチリとウインクを返してきた。
「ふふ。自覚がないのもとぼけていて愛らしいな。そんな君だから、私は好きになったんだぞ」
さて、と呟きながらアミィさんはウルスナとアイリーンに視線を向ける。
「ゴブリンの首脳陣を無力化したのはユウジだ。ならば生殺与奪の権利は彼が握っており、後からのこのこやってきた私たちが口を出すのはお門違いだ。そう思わないか、ウルスナ?」
「いや……いやいやいや! だけど……」
「頼む、同意してくれ。私は、ここからユウジがどうするのかとても興味がある。もしかしたらこの世の誰も見たことがないものが見られるかもしれない予感があるんだ。だからどうか、ここはゴブリンたちを見逃してやってくれないか。もしその結果何かあった場合、私が責任を取る」
「……ちっ」
ウルスナはそっぽを向くと、不貞腐れたように舌打ちした。
「わかったよ。そこまで言われてまだ噛みつくほど、俺だって度量が狭い女じゃねえ」
「ありがとう」
「フン……」
柔らかな微笑みを浮かべたアミィさんに頭を下げられ、ウルスナは鼻を鳴らした。
これ、結構レアなシーンかも。
いつも俺様が正しいで我を通してるウルスナが拗ねる表情ってそうそう見られるもんじゃないよ。拗ねた顔を見せるのは、その人に甘えてもいいと思ってるってことだからね。
僕のお嫁さんは仲良くしてるところも可愛いなあ。いいもの見られたわ。
まあ、問題はアミィさんが僕を買い被りすぎてることだけど。
僕がここからどうするか? 完全にノープランだぞ。僕はただ、ゴブリンたちを殺さないでほしかっただけだもの。
そもそもこの子たちが倒れたのだってただの自爆で、僕は何もしてないからね。
「アミィ姉様まで何を言い出してるんだ!? ゴブリンが情けをかけられて恩に着るような連中だと思うのか!? 殺せ! 殺すんだーーーーーッ!!」
ああ、デボ子は本当にいつも通りだなあ……。なんかこいつ見てると癒しすら感じるわ。言ってることは非常に剣呑なのに、どうなってるんだろうこの三下クソデビル。
なお、きゃんきゃんと吠えるデアボリカの遠吠えは、当然のようにその場の全員に無視された。そうなると、じゃあ自分が殺るとか言って独断専行に走らないあたりがデボ子クオリティだ。ある意味では誰よりも空気が読める奴なのかもしれない。
単にアミィさんが怖くて顔色伺ってるだけなんだろうけど。あるいはクィーンの反撃を怖がってるのかな。
「くそっ……どいつもこいつも狂人に毒されやがって。もういい、わかった! ならせめて、そこの女王だけでも人質に連れて行けよな!」
「え、なんで?」
「横に転がってる口ひげ幼女はシャーマンだ! お前はなんかの毒でも飲ませてこいつらを無力化したんだろうが、薬師のそばに置いといたらすぐ治療されるぞ! クィーンに背後から攻撃されたらシャレにならん、せめて出口まで同行させて治療を引き延ばすんだよ!」
「なるほど」
それはごもっともだ。こいつ、戦術に関しては役に立つんだな……。
単純に現場指揮だけさせて組織の意思決定に関わらせないならいい人材なのに。どうして余計な野心を持つんだろうか。
いや、指揮官にしてても、どうせそのうち増長してあれこれ口出ししたがるようになるか。
「わかった、じゃあこの子は僕が担いで……」
「ダメ! ユージィには持たせないから! ユージィはその子と離れて歩いて!」
「あぁん?」
アイリーンのダメ出しに、ポピーちゃんが不服そうに眉を跳ねさせた。
僕にだっこされるのを両腕広げて待ち受けていたポピーちゃんが、ウルスナに首根っこを掴まれて引き剥がされていく。
「あー、オサがだいしゅきホールド失敗してるー」
「うるさい! 人がどんな体勢で運ばれようと勝手じゃろうが!」
「あれ絶対抱き着きからの腰こすりつけでイこうとしてたよね」
「あまつさえどさくさで挿入して頭をフットーさせようと企んでた顔だよあれ」
「黙れと言っとろうがー!」
「さすがウチらの女王、卑しか女
倒れているゴブリンにからかわれ、ポピーちゃんが顔を真っ赤にして言い返している。
というかやっぱこの子が女王なんじゃん……。
「ごめんね、出口についたら解放するからいい子にしててね」
そう言いながらポピーちゃんの頭を優しく撫でると、むう……とひとつ唸って何も言わなくなった。こちらの掌に頭を押し付けてくる。同意してくれたってことでいいのかな。
そのときずしん、と大きく洞窟が揺れた。
ドラゴンの攻撃がだいぶ激しくなっている……。崩れやしないかとちょっとヒヤヒヤしてきたな。
「よし! じゃあとっととずらかるぞ!」
こうしてウルスナの号令に従い、冒険者パーティは離脱を開始したのだった。
あれ、もしかしてこれって僕にとっては初めてのダンジョン探検?
またひとつ冒険者になったらやりたい夢を達成できたな!
「キモッ。何笑ってんだお前」
横を走っていたデアボリカの額にチョップだけ入れておく。
「痛い!? くそっ、どんどん私の扱いがぞんざいになってる! 私は本来お前ごときが触れていいような存在ではないんだぞ! おい! 聞いてんのかお前!」
こいつの罵声が癒しに感じてきた僕って、疲れてんのかな……。
よかったらXのフォローお願いします。ここだけの裏話や設定もあるかも!
・私の個人アカウント
https://x.com/kazami_hinata
・書籍版公式アカウント
https://x.com/Diabolica_nake
1巻のカバーイラストも公開中!
【挿絵表示】