【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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書籍化作業中で余裕がないので、今回と次回は本編とあまり関わりのないお気楽な幕間をやらせてください。


第119話「幕間:その後のスノーゴブリンちゃん(前)」

 城塞都市サウザンドリーブズは、戦争の真っただ中にあった。

 だが、街に暮らす人々のほとんどはこの危機に気付いていない。

 

 戦争の相手はフォレストゴブリン……古くからこの都市の近くの森に住まう部族だ。

 彼女たちの歴史は古い。

 数百年前にこの地の開拓を主導した人間の長がホットテイスト家を名乗る以前から……この地がいまだ森に閉ざされていた古き時代から、彼女たちは闇深き森で暮らしていた。

 

 フォレストゴブリンにとって、サウザンドリーブズに住まう人間たちは後から彼女たちの縄張りにやって来て、我が物顔で樹を切り倒し、獲物を横取りし、森を切り拓いてゴブリンや動物たちが住めない環境にしておいて、恥ずかしげもなくここは自分たちの領地だと主張する悪党なのだ。

 

 もっとも、ゴブリンたちもサウザンドリーブズの周囲の村を襲い、食物や男性を略奪しているから、誰が悪者とも言い難いのだが。

 ゴブリンたちは本来自分たちの縄張りだった土地でできた食物は自分たちのものだと思っている。もちろん実際植物を育てたり、動物を狩ったりした手間の分、人間も食べてもいいが、自分たちの取り分は当然もらえるべきだと考えていた。人間にとってはたまったものではないが。

 

 ホットテイスト家は時折衛兵隊を派遣してフォレストゴブリンの討伐を命じ、ゴブリンは人間の兵士たちを迎え撃ち、一進一退の攻防は数百年にわたって続いた。

 

 その状況が変わったのは、1年ほど前のことだ。

 冒険者ギルドを組織したホットテイスト家の三女、デアボリカは他の街のギルドから冒険者を集い、大規模な討伐隊を組織した。

 閉所での戦闘に慣れた腕利きの冒険者たちによる討伐隊の戦いぶりは、街の警備が本職である衛兵隊のそれとはものが違った。彼女たちはみるみるうちにフォレストゴブリンを巣穴である洞窟まで追い込み、最終局面ではデアボリカと実姉であるアミーティアを含めた最大戦力パーティが見事女王を討ち果たしたのだ。

 

 こうしてフォレストゴブリンたちは核を失い、サウザンドリーブズは長きにわたる蛮族との戦いに終止符を打った……かに思えた。

 しかし、女王を討ったとて、それでフォレストゴブリン全員が死滅するわけではない。フォレストゴブリンは決戦前に、年若い個体を巣の外に逃がしていたからだ。

 

 モンスターとしてのゴブリンの恐ろしさは、卓越した精霊魔法の使い手であることではない。真の恐ろしさはその繁殖力と、少しでも取り逃せばその残党たちは憎悪を胸に力をつけ、いつか必ず人間に復讐しに現れるという執念深さにある。

 それはまさしく、人間がそうであるように。

 

 愛する家族を殺されたフォレストゴブリンの残党は、決して人間が立ち入れない未開の森の深部に潜み、サウザンドリーブズへの報復を目論んでいた。

 本来であれば数十年をかけて数を増やし、それから報復に出るところだが、今回は違う。冒険者という極めて高い戦力を持つ人間たちがいる以上、悠長に構えていればゴブリン側が狩り尽くされるのみ。

 残党の力を結集し、一息に都市を強襲する。幸い冬には人間たちは家に引きこもって活動しなくなるので、そこを狙って火を放てば一気に壊滅に追い込めるはず……。

 フォレストゴブリンはそんな作戦を立てていたのだった。

 

 このままいけば、あと一月ほどでサウザンドリーブズは未曽有(みぞう)の大火災に襲われ、多くの命が失われていただろう。

 だが……。

 

 

「たのもーう! お話しに来たよー! えらいひと呼んでー!」

 

「なになに?」

 

「だれー?」

 

 フォレストゴブリンたちは、ある日突然やって来た見覚えのないゴブリンの顔を見て首を傾げた。

 碧色の髪に白い肌、顔にはフェイスペイントを施し、革製の防具で武装したフォレストゴブリンとは違い、そのゴブリンは蒼色の髪に日焼けした肌、モンスターの毛皮を被った見たことのないいでたちをしていた。明らかに他部族の者だが、しかしこの近郊にこんな格好をしている部族がいるなどとは聞いたこともない。

 

「あたしはスノーゴブリン族の“ししゃ”だよー。うちの女王に頼まれてお話ししに来たの! 一番えらいひとはどこー?」

 

「スノーゴブリンだって」

 

「今いちばんえらいの誰だっけ?」

 

「街を襲う作戦を立ててるたいちょーが一番えらいんじゃない?」

 

 ややあって。

 

「待たせたな。私が総隊長だ。あと一月もしたら新しい女王ということになる……まあ、それまで生きていればの話だが」

 

 他のゴブリンより明らかにワンランク賢そうな少女が、森の奥から姿を現した。

 ゴブリンは大体の者が幼児並みの知性しか持たないが、たまに人間並みかそれ以上に賢い個体が産み落とされる。そうした者は長じて女王やシャーマンとなるのだ。生まれながらにして一族の頭脳となることを決定付けられた特殊な個体と言える。

 おそらく全員がアホだとすぐ滅びると種族の意思が判断したのであろう。

 

「さて……スノーゴブリンだったな。聞いたことがない部族だが……我々に何用だ?」

 

「えっとねー、仲間を集めにきたの。あたしたちのところにおいでよ! すごくいいところなんだよ」

 

「いいところと言われても……具体的には?」

 

「毎日歌ったり、踊ったり、お絵かきしてるだけでご飯がもらえるよ。やりたければ狩りもできるし、氷の精霊石も使い放題だよ。お山に来ませんか。火器もありますよ」

 

「それ絶対騙されてるぞ!?」

 

 総隊長の叫びに、スノーゴブリンは小首を傾げた。

 

「えー? 騙されてないよ、ほんとだよ」

 

「毎日遊んでるだけで食い物が出てくるようなうまい話が、この世にあってたまるか!」

 

「でもほんとだもん。あたしたちが歌やお絵かきをすると、ドラゴンや人間がすごく喜んでくれて、ご飯食べさせてくれるんだよ」

 

 その言葉に、すうっと総隊長の眼が細まる。

 

「人間だと……? まさか貴様、人間に懐柔されて同胞を裏切ったのか! 大方あの人間の街に住む性悪な眼鏡の女に抱き込まれて、我らを罠にはめようとしているのだろう!」

 

「眼鏡……? そんな人は知らないよー。この近くの街に大切な人間が住んでるのは確かだけど。あのね、ここの子たちは街を襲おうとしてるでしょ? でも街に住んでるその人は、あたしたちが歌やお絵かきするならご飯をくれるって約束したの。だからみんなに街を襲われると困っちゃうんだ。それで、みんなを山に迎えに来たんだよ」

 

「に……人間がゴブリンに食物を分けるだと……!? そんな馬鹿な……!」

 

「ほんとだよ。どちゃくそいい人なの。だからもう人間の街を襲ったり、奪ったりしなくていいんだよ。毎日すっごく楽しいよ、みんなもおいでよー」

 

 総隊長の背後で聞き耳を立てていたフォレストゴブリンたちが、異部族の使者の言葉にざわざわとどよめいた。

 ある者はそんな楽園みたいな場所があるならぜひ行ってみたいと瞳をキラキラさせ、またある者はそんなうまい話があるわけがない、ついていけば絶対に人間に殺されると止める。

 これが流言飛語(りゅうげんひご)でゴブリンたちの結束を乱す陰険クソ眼鏡女(デアボリカ)の策なら、まんまとその目的は達せられたと言えるだろう。

 総隊長は一瞬仲間たちに視線を送ると、砕けるくらいに奥歯を噛みしめ、殺意に満ちた目つきでスノーゴブリンを睨み付けた。

 

「我々があの街の人間にどんな目に遭わされたか……! 人間への恨みを忘れろというのか! 女王を、姉を、夫を殺され、巣穴を追われ! その屈辱を、怒りを、憎悪が貴様にわかるか! 部外者に過ぎない貴様に!」

 

「わかるよ」

 

「……なッ!?」

 

「だってあたしもゴブリンだもの。これまでずっと世界中から憎まれ、迫害されてきたよ」

 

 そしてスノーゴブリンの使者は、おもむろに背中に手をやった。

 反射的に総隊長は攻撃魔術を発動して対抗しようとする……が、スノーゴブリンが取り出したのは弓でも精霊石の触媒でもなく、ただの楽器だった。

 彼女はギターの弦をかき鳴らし、フォレストゴブリンたちがこれまで聞いたこともない不思議な旋律を奏でながら朗々と歌う。

 虐げられる者、迫害される者、疎まれる者。世界から疎外された者たちへの共感と励ましのロックソングを。

 最初は呆気に取られていたフォレストゴブリンたちは、ただ黙ってその歌声に耳を傾けていた。

 

 やがて歌い終わったスノーゴブリンは、森の同胞たちににこりと笑みを向ける。

 

「こういう歌を人間の街で披露するの。そうしたら、貧しい人たちが大喜びしてくれるんだ。衛兵に追われることもあるけどね。楽しいよ、みんなもやらない?」

 

「…………」

 

 総隊長は何も言わない。否定もしない。ただ無言で、静かに考え込んでいた。

 そんな総隊長に、スノーゴブリンは手の甲で口元を隠しながら囁くように口を開く。

 

「実はここだけの話……音楽(バンド)やってると男にモテまっせ」

 

「えっ!? それ真実(マジ)!?」

 

 思わず身を乗り出す総隊長に、スノーゴブリンはニヤリと笑みを返す。

 

「マジマジ。若い男の子からめっちゃモテる。ライブ終わった後で、うちの山に来たら音楽聞き放題だよ、カッコいいバンドガールいっぱいいるよって言ったらついてきちゃうの。かくいうあたしもこれで3人食った」

 

「ふおおおおおおおおお!!」

 

 総隊長はむふーっと鼻息を荒げる。深い森に潜んでいる彼女たちは、当然のように男日照りなのだ。大きく数を減らした今の彼女たちは村を襲って男性をさらうことができず、街道を通りがかる運の悪い旅人を襲うくらいしか異性の供給手段がない。その旅人も冬の寒さによってまるで見かけなくなっていた。

 

 成り行きを見守っていたフォレストゴブリンたちもこれには大興奮。

 

「え、すごーい!」

 

「あの歌なら人間が惚れ込むのもわかるなー」

 

「楽しく歌ってご飯もらって彼氏もゲットなんて、こんなうまい話があっていいの!?」

 

「草なんか食ってる場合じゃねえ! ゴブリンに生まれたからにはチンポ食わねえと!」

 

「あたしもバンドやって男にモテたーい! こんな暗くて気が滅入る森で一生暮らすのやだし!」

 

 先祖代々暮らしてきた森を捨てるつもりの者までいた。

 エルフと違って別に森が好きで住んでいるわけではなく、人間との生存競争に敗れて暮らしにくい森の奥まで追い込まれただけなので当然である。

 

「あっ、でもうちに来るからにはもうフォレストゴブリンの部族のことは忘れてもらうよー。男との関わり方もうちのルールがあるからね、守れない子は出て行ってもらうから」

 

 スノーゴブリンの言葉に、フォレストゴブリンたちは我先にコクコク頷く。

 オトコを餌にしただけでこの喰いつきよう。本能に忠実すぎる種族であった。

 そんな同胞たちをちらりと見やり、総隊長は大声を上げる。

 

「……そちらの言い分はわかった! だが、まだそれが真実であると決まったわけではない! ここは私自らが出向き、この目で真偽を確かめよう!」

 

「えー、抜け駆けだー」

 

「総隊長だからって一足先にオトコ食べようとしてるー」

 

「お前らの身を心配して言ってんだろ!?」

 

 フォレストゴブリンたちのブーイングに、総隊長は思わず目を剥いてツッコんだ。

 そしてゴホンと咳払いすると、落ち着いて口調で姉妹たちに告げる。

 

「みんな、私は必ず戻ってくる。万が一私が戻らなければ、そのときは私が死んだと思い、街を襲撃しろ。だがもしもスノーゴブリンの言うことが真実ならば……半月後、私はお前たちを迎えに来る」

 

「わかったー」

 

「気を付けてね、たいちょー」

 

「がんばってー!」

 

 そんな声援を背に受けながら、総隊長は鋭い視線をスノーゴブリンに向ける。

 

「さあ、どこへなりと連れて行くがいい。だが、心せよ。もしも私を(たばか)ろうというのなら、この身にかけて貴様の首を落とし、裏で糸を引く人間たちも血祭りに挙げてくれよう」

 

「そんなに疑わなくたっていいのになあ。じゃあ、迎えを呼ぶよー。おーい、インディゴちゃーん」

 

 そう言ってスノーゴブリンは懐からハンドベルを取り出し、空に向かって鳴らした。

 そのハンドベルからは音がしなかった……いや、ゴブリンの可聴域の音が出なかった。

 だが彼女の同行者には、確かに聞こえる音であったのだ。

 

 まもなくあまりにも巨大な影が森の上に飛来し、ただでさえ光差さぬ森をその巨体の影で一層暗く染め上げた。総隊長はたまげた。

 森の上をホバリングするその影の主は、深く鮮やかな藍色の体色を持つ巨大なドラゴンであったのだから。

 何故かボートを手にしたドラゴンは、地の底より響くような息を吐く。

 

『くそっ……この私がよりにもよってゴブリンの送迎など……どうしてこんなことに』

 

『処刑されるところを、初代に助けてもらったからでしょー?』

 

『言われなくてもわかっている、アネモネ! くう~、こいつらもどんどんドライグ語話せる奴が増えて、やりにくいったらないぞ……!』

 

 まるで未知の言語でドラゴンと会話する同族の姿を、総隊長はぽかんと見つめることしかできなかった。

 スノーゴブリンの使者はそんな彼女に振り返り、にこやかな笑顔を浮かべながら手を差し伸べる。

 

「さあ、行こう! あたしたちの新天地へ!」

 

 

 サウザンドリーブズの周辺からフォレストゴブリンが姿を消したのは、それから半月後のことだった。

 

 冒険者ギルドでは忽然と消えた仇敵の行方に疑問の声が上がったが、その足跡を追うこともできず、やがてかつてフォレストゴブリンがこの一帯に暮らしていたという事実は記憶の彼方に消えていった。

 こうしてフォレストゴブリンによるサウザンドリーブズ襲撃計画は、人間に一切知られることなく終わったのだ。




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