【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「この部屋ならいいだろう」
込み入った話をする前にちょっと場所を変えよう、ということでウルスナはアイリーンとアミィを連れて屋敷の奥まった部屋に移動した。
雄士とドラコは居間に残って、デアボリカの足止めをしている。ウルスナの秘策に金の匂いを嗅ぎつけたらしく、呼んでもいないのにさあ話せ!とデカい顔をしていたので、雄士が【インフルエンサー】で無力化したうえでドラコと一緒に見張ることにしたのだ。
あいつなら金目当てでアンゼリカに密告するくらいはやる。絶対にやる。
「私の屋敷だぞ、この中で交わされる会話のすべては私にも聞く権利がある!」とか3人の背中に向かって無茶苦茶なことを最後まで喚いていたので、まるで油断ならなかった。
「では、話してくれウルスナ。秘策とはいったい?」
「ああ、それなんだが……」
アミィに促されたウルスナは、ぱちくりとした表情でこちらを見ているアイリーンを眺め、表情を曇らせた。
「……正直、今になって躊躇してる。内容は以前言った、ユージーンと結婚するための奥の手そのままだ。これはアイリーンにしか取れない手段で、俺とアミィの協力が絶対必要になる。アンゼリカは絶対に初夜権は行使できなくなる、必勝の策だ。だが、その代わりアイリーンはすごく窮屈な思いをすることになる。それも一生だ。それで本当に正しいのかどうか……ユージーンの前では秘策があるって言ったけど、少し頭が冷えた今はわからなくなってる」
苦渋に満ちた表情にウルスナに、アミィとアイリーンは顔を見合わせた。
ウルスナがそこまで言うとなると相当な策のようだが、内容がまるで想像できない。
アミィは口をつぐみ、ウルスナが話し出すのをじっと待った。
しばし苦悩するウルスナに、口を開いたのはアイリーンだった。
「あたしはいいよ、ウルスナ。どんな苦しい目に遭うとしても、耐えてみせる。あのね、実を言うと、あたし正直2人に引け目を感じてたんだ。だってウルスナもアミィさんも、すっごく頭がよくて強くって、ユージィに相応しい立派な人たちだもの。あたしなんかとは全然違う」
「アイリーン……」
アイリーンは半ば自嘲するように笑う。だが、その表情はどこか明るいものだった。
「あたしは孤児出身だし、学もなければ身分も最底辺。貴族出身のウルスナやアミィさんとは全然違う。ユージィの隣にいられるのは、運がいいだけだって思ってた。ユージィは聖者様だもの。いつか運が尽きて、ユージィの隣を追われるんじゃないか。ずっとそう思ってた」
違う。そんなことはない。
ウルスナは反射的にそう言い返しそうになったが、アイリーンがまだ言葉を続けようとしているのを察しして我慢した。
実際には、アイリーンはこの家に必要な人間だとウルスナは思っている。
アイリーンの持つ屈託のない明るさ、人当たりの良さは唯一無二のものだ。もし雄士の嫁がウルスナとアミィだけなら、2人の関係はもっとギスギスしたものになっていただろう。
アイリーンが末の妹の役をやってくれていたから、ウルスナもアミィも優しくいられたのだ。
それに、アイリーンには天賦の戦闘センスがある。シャルスメルの若手騎士として将来を嘱望されていたウルスナと互角の格闘戦ができる人材なのだ。あと十年も修行を積めば、一角の冒険者として名を馳せるだろう。
アイリーンを対等の相手として見て以来、ウルスナはアイリーンを妹分扱いこそすれ、軽んじたことは一度もない。
それはアミィも同じことだっただろう。
そんな姉貴分2人の視線を受けながら、アイリーンは凛とした瞳で口にした。
「そんなあたしがみんなの役に立てるっていうのなら、どんな苦労も嫌じゃないよ。それに、その秘策ってのが成功すれば、あたしはユージィのそばにずっといられるんでしょ? じゃあ望むところだよ。何でも言って、ウルスナ」
「……わかった。お前がそこまで言うのなら、俺も出し惜しみはしない」
アイリーンの言葉に頷くと、ウルスナはとっておきの秘策を口にした。
「アイリーンには貴族になってもらう。お前はこれから伯爵令嬢になるんだ」
「……はあ!?」
アイリーンとアミィの素っ頓狂な悲鳴が、部屋にこだました。
======
====
==
さて、お嫁さんズの話し合いがあってから翌日。
ウルスナはアイリーンを連れてどこかにでかけてしまった。これから当分忙しくなるらしくて、しばらくは離れて過ごすことになるそうだ。
秘策について、僕は何も聞かされていない。
ボディガードとして僕のそばにいるアミィさんも、知らぬ顔を決め込んでいる。
ウルスナが言うには、僕は秘密を守れないタイプの人間だから、あえて何も聞かせないんだって。それで正しいと思うよ、僕は自分をまったく信用してないからね。
それにデアボリカは僕が何か知ってるはずだと踏んでるのか、昨日からあの手この手で誘導尋問を仕掛けてきてるんだよ。デアボリカの囮としては、僕はこれ以上ない人材だ。
そんなわけで当面の間はドラコの教育係もアミィさんだけになる。
おかげでドラコがアミィさんにしごかれる時間も3倍になるわけで、まあちょっと可哀想だなと思うけど我慢してほしい。
「し……死ぬ……! 殺される……!!」
「大げさだなあ。ドラゴンは人間よりも優れた種族なんじゃなかったの?」
修行後に床に倒れて動かなくなったドラコに声を掛けると、くわっと目を見開いた。
「ああ、僕が悪かったよ! この女、僕が人間よりも丈夫だと思って手加減抜きでしごいてくるんだぞ! ドライグでも死ぬわ!」
そんな悲鳴を聞いたアミィさんは、心外といった感じで首を傾げた。
「いや、ちゃんと手加減しているが? 最近はどこまで追い込んだらドラゴンが辛いと感じるか、わかってきたからな。潰れる寸前で止めてやるから、安心してしごかれるといい」
「…………」
ドラコはぎぎっとアミィさんから視線を離すと、僕に囁いてきた。
「お前……本当にこいつが奥さんでいいの? 鬼教官にもほどがあるぞ」
「いいよ? だってアミィさんは僕には優しいもん」
「じゃあ僕にも優しくしろよ!? なんで僕にはしごいてくるんだよ! 僕は王子だぞ!?」
「だってドラパパが厳しく育ててくれって言ってたし……。それにドラゴンは強者至上主義なんでしょ? じゃあ誰よりも強くないとダメじゃん」
僕がそう言うと、ドラコは苦虫を噛み潰したような表情でぐぎぎと鳴いた。
まあ、女性の方が強いとどうなるかは散々その身で味わったからね。メスドラゴンに好き放題させないためには、強いオスになるしかない。ドラゴンはそういう種族だからね。
「ウルスナ、アイリーン、早く帰って来て……! ウルスナの詩作の授業が恋しいよう……! アイリーンに甘やかされたいよう……!」
ドラコは遠い目をして呟いた。
これまで詩作なんてめんどくさいって散々ボヤいてたのになあ。
まあ、2人に会いたいのは僕も同じだ。仲間だね。
「その……ユウジ、私と2人っきりだとつまらないか……?」
アミィさんは上目遣いになって、もじもじと爪先で地面に円を描いている。
「私はウルスナみたいに面白い話もできないし、アイリーンみたいな愛嬌もないし……。同僚と話していても、話題が武術しかなくてつまらないとよく言われるから……。私だけ残って申し訳ないなとは思っているのだ……」
「え? いや、そんなことはないよ!」
誰だよアミィさんがつまらない女とか言った奴。僕がぶっとばしてやんよ。
まあ冗談はさておき、アミィさんは頭が良いし、優しいし、才能を鼻にかけないし、とんでもない良物件だと思うんだけどなあ。僕はアミィさんと話していて退屈だと思ったことはない。
この前の初夜で寝物語に僕が異世界出身だとか、ウルスナが元貴族だとか教えたけど、さもありなんって顔で頷いてたよ。これまでの言動から、僕たちの正体にもうすうす気づいてたんだって。
こんな頭のいい人が、つまらない? 同性から見たらそう見えるのかなあ。
「僕はアミィさんの話、大好きだけどな」
「そ、そうか。それならよかった……」
アミィさんは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声でごにょごにょと囁いた。
あー、かわええー。恥じ入る仕草もめちゃめちゃかわいいよこの人。
普段王子様みたいにキリッとした顔立ちだから、なおさらギャップがクる。
「その、私だと不足かもしれないが……アイリーンとウルスナの分まで、お嫁さんとして頑張るから……よろしく頼む」
「うん、こちらこそ! よろしくね、アミィさん!」
「ああ」
僕が満面の笑みで言うと、アミィさんも濡れた花が綻ぶような笑顔を返してくれた。
「それで、早速だがユウジ、今の文具で足りているか? 設計図をたくさん書いているようだが、不便はないだろうか。よかったら私が買ってこようと思うのだが」
「え?」
アミィさんが突然そんなことを言い出して、僕は首を傾げた。
いや、藪から棒にどうした。
「いや、大丈夫だよ」
「そうか? 円とか書くの大変じゃないか? 色ももうちょっとあった方がいいのでは?」
「まあそれはあるけど……円とかフリーハンドでいいよ。色鉛筆も高いしね」
この世界にも鉛筆はあるけど、焼いた黒鉛を木板で挟んだ原始的なものだ。そのくせ、結構お高い。染料を混ぜて色鉛筆を作るとなればなおさらだ。
するとアミィさんは自分の胸を叩いて、えっへんと笑った。
「値段のことなら心配しないでくれ! 衛兵隊の給料が、かなりの額手つかずで残っているんだ。何せ無趣味なものでな。なんとなれば結婚資金にしようかと思っていたが、ユウジの役に立てられるのならいくらでも出すぞ!」
「…………」
「あ、文具がいらないなら、服とかどうだ? その服、まだ平民用で、ちょっとみすぼらしいだろ? 私もオシャレとかよくわからないが、デアボリカがよく使っている仕立て屋がいるんだ。どんな服でも言い値を払ってやるとも!」
そう言って、なんだかアミィさんは舞い上がったようにまくしたてる。
ええと……これは……。
「ねえ、先生。もしかしてアミィ先生って……」
恐る恐ると言った顔で呼びかけて来るドラコに、僕は頷いた。
アミィさん、もしかして貢ぎ体質なのでは……。
≪説明しよう!
アイリーンとウルスナが留守にしていることで雄士と1対1になったアミィは、完全に舞い上がっている!
なおかつアイリーンが覚悟を見せたり、ウルスナが秘策を披露したりしたので、何か自分にだけできることはないかと思い悩んだ結果、財力に訴えたのであった!
我々の世界で言えば、美人の彼女の歓心を買おうとバッグとか買い与える男性である!≫
アミィさんの良さは財力とかじゃなくて、気立ての良さや賢さなんだけどなあ。
自分ではわからないものなのだろうか。
それはそれとして、これ僕と付き合わなければ、いずれ結婚詐欺とかに遭ってたんじゃない? いや、ジェントリの次女に詐欺を仕掛ける奴がいるとすればだが。
ともあれ、これまで完全無欠の女性だと思ってたアミィさんの意外な欠点を見て、僕はちょっと親近感を覚えていた。僕がこの金銭感覚のおかしい女性を
思わずくすっと笑みがこぼれたのを見て、アミィさんは眉をひそめる。
「む……? 何故笑うユウジ? 私は何かおかしいことを言ったか?」
「いや。大丈夫だよ、アミィさん。僕は文具もオシャレもいらない。そのお金は今後の結婚生活のために貯めておいてよ」
「そうか? 必要になったら、いつでも遠慮なく言うんだぞ?」
どこか残念そうなアミィさんがおかしくて、僕はふふっと笑った。
さて。
「じゃあ、そろそろ時間だし行きますか」
「え? どこへ?」
きょとんとするドラコに、僕は告げた。
「アンゼリカさんの旦那さんのところ。嫁さんが僕に初夜権使おうとしてますけど、いいんですかって訊きに行くんだよ」