【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第127話「鋼メンタルで毎朝集会を開き抜く」

 領主の召喚に呼び出されたアンドレイは、ゆっくりとドアを開いた。

 サウザンドリーブズの領主であるギガンティアは、2メートル近くもある巨躯についている頭を億劫そうにしかめている。

 

「召喚に応じました。ご用件は……」

 

 一応そう聞いてはみるが、理由はもうわかりきっている。

 

「お前を呼ぶ理由など、ひとつしかあるまい。早朝から屋敷の前で卑猥な恰好をして踊っている集団についてだ」

 

「ああ……」

 

 やっぱりその件か。アンドレイは内心で溜息を吐いた。

 

 最近、早朝に領主の館の前で露出狂みたいな格好で歌い踊っている集団がいるのだ。

 言うまでもなく、雄士とゆかいな仲間たちのことである。

 

 最初の日は雄士とその従者の少年の2人きりだった。

 次の日にはスラムの娼夫とウェズが加わった。

 さらにその次の日には一般市民が加わり、一週間が経った今では参加人数が30人を超える集会になりつつある。

 

 最初こそ狂人が何かやっていると屋敷の住人はみんな無視を決め込んでいたのだが、さすがにこの規模になると無視してはいられない。スラムの娼夫が音楽隊を連れて来たらしく、楽器を派手に鳴らしてくるので騒音も無視できなくなりつつあった。

 

 そして何のつもりか、最初と最後にはアンドレイにも集会に加わるように呼び掛けてくるのだ。最初は「アンドレイくん、あっそびまっしょーー!」で始まり、最後は「明日もこの時間に来るからね、アンドレイくーん!」でシメってなもんである。

 それを雄士ばかりか、他の参加者総出で唱和するのだ。新人に至っては言葉の意味も分からず、先輩にならって呼びかけて来るありさまである。

 

 正直アンドレイにはまったく意図がわからない。雄士に好かれるようなことを言ったつもりはないし、何故このような粘着行為をされるのか意味不明だ。

 といってこんなことをしてくるキチガイと話す勇気もなく、アンドレイは毎朝体操が終わるまで布団を頭から被ってぶるぶる震えていた。

 

 こんなキチガイじみた行為は長くは続くまい、きっとそのうち飽きるか、衛兵隊が追い払ってくれる。そう信じてはや一週間。

 ついに領主がアンドレイを呼び出すに至ったというわけである。

 

 ギガンティアは皺の寄った眉間をコツコツと叩いた。

 

「連中は毎回お前の名を呼んでいるようだが、何か心当たりはあるか?」

 

「いえ、まったく! あのような狂人に懐かれる覚えがありません! 一週間前に会ったことはありますが、そのときはまったくの初対面でしたし、すげなく追い返したつもりです!」

 

 アンドレイは必死で無実を訴えた。

 まあさもありなん。アンドレイと雄士は年齢も倍以上離れているし、タイプもまるで違う。

 そもそもアンドレイは「ごく一般的な中年男性像」そのものだ。つまりつまらない奴ということ。人の興味を引くような存在ではない。妻のアンゼリカが際立って存在感があるのに比べ、誰が見てもぱっとしない。

 近郊のジェントリから政略結婚で嫁ぎ、これといった趣味も持たず、ただ自分の仕事……つまり子作りだけを義務として行う。そしてそれすらも望まれた結果を出せていない。

 そんな男性だった。

 

 ギガンティアは溜息を吐く。

 

「だろうな。アンゼリカに事情を聞いてみたが、あの聖者殿に初夜権を行使しようとしているそうだな。そのような愚行をするから、反発して嫌がらせに出ているのだと叱ったが……へそを曲げられてしまった。聖者殿の行為も見て見ぬ振りだ。あの子がそこまでワガママを言うなど、初めてのことでな。私もどうしたものかと手をこまねいている」

 

「なっ……」

 

 アンドレイは絶句した。いつかは領主親子のどちらかが何とかしてくれるだろうと思っていたのだ。果断実行を形にしたようなこの親子のこと、内心では畏れながら、しかし心強くも感じていた。この2人なら解決できない問題はないだろうと。

 それがどうにも打つ手がないという。

 

「え……衛兵隊は!? あのような不逞な集団、追い散らしてしまえばいいのです!」

 

「無理だ。聖者殿のボディガードをしているのは、私の娘のアミーティアだ。既に衛兵隊を向かわせたが、自分の命に代えてもこの集団を守ると言い張ってな。こともあろうに、アミーティアに同調して反旗を翻した衛兵まで現れた。今ではアミーティアを中心とする一派と衛兵隊が毎朝睨み合っている始末だ。下手すれば内戦になる」

 

「そこまで!?」

 

 義妹のアミィはとっても優秀で、衛兵隊の中でも次期衛兵隊長は間違いないってくらい人望があるんですよーと、いつだったかアンゼリカは言っていたが。まさかそれがここに来て裏目に出ようとは思わなかった。

 

「しかも、あの集団には甥のウェンズディが加わっている。くだらないことはやめろと叱ったのだが、『私が誰と付き合おうと勝手でしょう』と反発されてしまった。今ではあの集団のブレインをしているそうだ。分家が加わっている以上、万が一にも怪我をさせるわけにはいかん。物理的に手を出しようがないのだ」

 

「あの集団に!? なんで……!?」

 

 ウェズ君ことウェンズディは、アンドレイの義理の従弟にあたる。男性だてらに家に引きこもっていることを拒絶し、必要もないのに外に働きに出ている変わり者だ。

 何にも興味を抱いていないような醒めた目をした冷血漢で、無駄なことに心血を注いだりするような男に見えなかった。それがあんな痴男集団に混ざって体を動かしている……?

 

 アンドレイはもうわからないことばかりだった。たかが一介の中年男性に過ぎないアンドレイには理解が及ばない規模で話が進んでいる気がする。

 そしてその中心人物である雄士が、アンドレイに仲間に加わるよう呼び掛けてくるのだ。

 わけがわからなかった。

 

 ともあれアミィとウェズという人質を得たムキムキマッチョメンは、もはや無敵だった。あるいはウェズならすべて理解したうえで、人間の盾となるために自分の身を投げ出したのかもしれない。

 公権力が歯噛みして見守る中、ついでにギャラリーが眼福に涎を垂らして熱い視線を送る中、彼らは毎朝公道で筋肉を誇示している。

 唯一それを止められる者がいるとすれば……。

 

「アンドレイ、なんとかしろ」

 

「私が!? いや、無理無理無理!!」

 

 ギガンティアの声に、アンドレイは悲鳴を上げた。一介の主夫(家事はしてないが)にすぎないアンドレイには手に負えそうにない。そもそもこれまでの人生でアンドレイがスポットライトを浴びたことなど一度もない。

 

「聖者殿は毎朝お前に呼びかけてきているだろう。説得の余地はあるはずだ」

 

「し、しかし……」

 

「もうお前に直接交渉してもらうしかないのだ。アンゼリカは知らぬ存ぜぬを決め込んでいるし、衛兵隊も手が出せん。アミーティアもウェンズディも召喚に応じん。こうなったらお前が話をするしかないだろう」

 

 ギガンティアに丸投げされ、アンドレイは顔を歪めた。キリキリと胃が軋む音もする。この家に嫁いで以来、こんなトラブルに巻き込まれたことはない。

 

 だが、実際もうギガンティアにできることはないのだ。頼りになってやる気もある長女にすべてを任せ、後は孫の出産を待つばかりの楽隠居のつもりでいた。ギガンティアにしても、突然長女が乱心したのも狂人聖者が毎朝家の前で騒音を流すのも、まるで予想外である。

 ちなみに三女のデアボリカは、この機会に金儲けの匂いを嗅ぎつけたらしく、トレーニングウェアを増産しようとほうぼうの仕立て屋に声を掛けている。あいつはもう知らん。

 

 目の前の巨人が匙を投げたことを知り、アンドレイは苦渋に歪んだ顔のまま頷くしかなかった。

 

「承知仕りました……」

 

 

 

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「なんかすっごい規模になってきちゃったなあ」

 

 早朝、領主の屋敷の前に集まって来た人たちを見て、僕は呑気な声を上げた。

 

 参加者歓迎とは言ったけど、正直そこまで期待はしてなかったんだよ。

 2日目に娼夫の人たちとウェズ君が友達のよしみで来てくれたけど、そこからは数が増えないだろうなーって予想してた。

 

 ところが蓋を開けてみたら、自分も参加したいって男性が毎日のようにやってきた。

 

 

「なんか友達から聖者様が体にいい運動を広めてるって聞いてぇ」

 

「俺もイケメンマッチョマンになって金持ちのお嬢さんを捕まえたいんです!」

 

「ギルマスが参加してるっていうので、僕も……へへ、コネのためにね」

 

「毎朝音を鳴らしてて楽しそうだったから、何やってんのかなって気になって」

 

「ここが男性解放運動の拠点ですよね! 俺も参加させてください!」

 

 

 まあ不純な動機の人が多かったけど……僕もそもそも体を鍛え始めたのは、名前負けのコンプレックスからだからね。いいんだよ、きっかけなんて俗でも。

 あと最後の男性解放って何? ウェズ君に宣伝任せてるけど、何かやってるのかな。まあいいか。

 

「えー、トレーニングウェアはいかが? ユウジとお揃い、動きやすいトレーニングウェアだ! お安くしとくよ、今なら金貨3枚!」

 

 デボ子はちゃっかりトレーニングウェアの行商なんかやっている。

 アンゼリカさんとアミィさんが僕を巡って争ってるっていうのに、自分はそれに商機を見出して、ほうぼうの仕立て屋に勝手に型紙配ってレプリカを作らせたらしい。

 僕も見せてもらったが、一週間で作っただけあって粗製乱造もいいところだった。伸縮性も吸水性もなく、似ているのは外見だけだ。こんなのに金貨3枚? ぼったくりやろ。

 

 が、そんな出来でもなんだか飛ぶように売れている。

 この世界の人たちにはどうやら痴男が着るような服に見えてるらしいんだけどなあ。

 ウェズ君に聞いたら「みんなユウジ君と同じ格好がしたいんですよ」だって。よくわかんないけど、まあ動きやすいのは確かだしなあ。

 

「ゲーハッハッハッハ! ぼろ儲けぼろ儲け! 笑いが止まりませんなあ~!!」

 

 デボ子は金を数えてゲスな笑いを上げている。ひっぱたきたいなあこいつ。実の姉が男を取り合ってるのをネタに食う飯はうまいか?

 まあ、あの粗製のトレーニングウェアはすぐ破れるだろうし、もうじき消費者たちの怒りの声が殺到して両さんばりのしっぺ返しが待ってるだろうけど。

 

 そんな僕とお揃いのトレーニングウェアに身を包んで談笑する男性たちを見て、ウェズ君はギラリと眼鏡を光らせている。

 

「ふうむ。人集めに男性解放を謳ってみましたが、いい手応えですね……。これは本当に男性解放運動にできるのでは? その暁には、ユウジ君提唱のトレーニングウェアを男性解放の象徴にするのもありか。いっそトレーニングウェアにユウジ君の名前を付けるのは……」

 

 やっぱり君の策か……。

 ウェズ君のすることだから何でもいいけど、トレーニングウェアに僕の名前を付けるのは勘弁してほしいかな。僕はそんな大した人間じゃないよ。

 

 まあなんだかんだ、集まってる男性たちも50人を越えようとしている。

 噂が噂を呼んでというか、人は賑わうところに集まる性質があるというか。

 思惑はそれぞれみたいだけど、そもそも家に引きこもってばかりの男性たちが集合しているのは珍しい光景なんじゃないかな。しかもスラムの娼夫から、富裕層の奥様まで、いろんな身分の男性が一堂に会している。ちょっとした奇跡にすら感じるよ。

 

 

「そろそろ始まるわね!」

 

「すごい……。町中の男性が集まって来てるみたい……!」

 

「博覧会に来たみたいだわ、テンション上がるなあ~!」

 

「こんなにいっぱいの男見たの初めて……! えへへ、ナンパしちゃおっかなあ」

 

「やめときなよ。警備の衛兵隊がすごい目で睨んでるし」

 

「でもその衛兵隊も体操が始まったらニヤケ面してるじゃん……」

 

「キャー! アレス様、こっち向いてー!!」

 

 

 まあ……僕たちの体操を見守る観客(女性率99%)の方が多いんだけどね。特定の個人のファンまでできてるし。

 これを商機と見たのか、朝食の屋台まで出てきている。まるでちょっとした朝市だ。

 

 さて、今日もそろそろ始めようかな。

 

「それじゃみんな行くぞ! まずはストレッチから! 今日も張り切っていこう!! その前に、いつもの呼びかけだ! 『アンドレイ君、あっそびまっしょーー』」

 

「もう勘弁してくれぇえ!!」

 

 絹を裂くような悲鳴が響き、僕の号令が中断される。

 どこの誰だ、邪魔をするのは――そんな剣呑な視線が一か所に集中した。

 

 その視線を浴びながら、アンドレイ氏が朝日に照らし出されていた。

 

「もういい! もうたくさんだ! 話し合いを……させてくれぇぇぇぇ!!」

 

 アンドレイ君、やっと出てきてくれたね! 僕、嬉しい!!




割烹に書けばいいのですが、あまり読まれてないのでこちらで。
作者が7月30日にまた脳梗塞を発症してしまい、入院することになってしまいました。
8月11日投稿までは3日おきに仕込んでるので、そこまでは楽しんでいただければなと思います。
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