【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
アンドレイ氏は僕をきつい目つきで睨み付けながら、肩で荒い息をしている。
そんなに興奮して出て来るなんて……実は相当参加したくて仕方がなかったんだね。
大丈夫だよ、これはアンドレイ氏のためにやっていることだからね。ちょっとぐらい開始時間を延ばすくらいなんともないさ。
「ま……毎朝毎朝、やかましい音楽を鳴らして卑猥な踊りを踊りやがって……! いい加減にしてくれ!!」
僕たちを見渡したアンドレイ氏は、開口一番にそんなことを言う。
確かに朝っぱらから音楽隊に演奏してもらうのはやりすぎだったかな。ラジオ体操なんて結構な大音量を鳴らしてるけど、それが気になるって人もいるかもだしね。それは気が回らなかったなあ、反省反省。
そんな反省をしている僕をよそに、アンドレイ氏は言葉を続ける。
「どうすればいい!? 金か!? 金が目当てなのか!? 私に用意できる金品などたかがしれているが、出来うる限りの額は出す」
「えっ!!」
デアボリカが空気を読まずにしゃしゃり出ようとしたので、足を思いっきり踏みつけたら奇声を上げてぴょんぴょん跳ねている。
お前、義理の兄から金を巻き上げようとしたのか……? 人としてどうなの……?
それはそれとして、アンドレイ氏は何か勘違いをしているようだ。
「僕はお金なんていらないよ。そんなことより、アンドレイさんに体操をしてもらいたいだけなんだ。この体操でムキムキのマッチョになって、心も体もマッシブな漢になろうよ!」
そう言って僕が上腕を回して力こぶを作ると、周囲の男性陣も同じようにマッスルポーズをキメた。うんうん、ニカッと笑顔が眩しいね。アンドレイ氏にもこうなってもらいたい。
アンドレイ氏はそんな僕たちを見て顔を歪めた。
「私を鍛えたい……ただそんなことのためにこんな大騒ぎをしたのか……?」
「いや、別に大騒ぎにしたかったわけじゃないよ。僕はアンドレイさんに筋トレの楽しさを伝えるために、毎朝体操してただけだよ。そしたら人が集まってきちゃって、こんな規模になっちゃったけど」
僕がそう言うと、アンドレイ氏は信じがたいものを見る目で集まった一同を見回した。
「こんなバカ騒ぎに自分から加わりたい奴がいるのか……? くっ、ウェズ! これはどういうつもりだ!? 汚らわしいスラムの売春夫などがいる集団に自分から顔を突っ込んだというのか!?」
突然のヘイトスピーチに、ああん?とアレスさんたちの眉が吊り上がる。
が、彼らが何かを言う前に、ウェズ君は涼やかな……というか冷たさすら感じる視線をアンドレイ氏に向けた。
「僕は親友の力になりたかったまでですよ。それに娼夫もれっきとした職業です。彼らはきっちりと働いて金銭を得ている。気のいい連中でもある。少なくともこの数日彼らと過ごしてみて、僕は好感を抱きましたよ。妻に養ってもらうだけで自分で何も生まない男性より、人間として、格段に上だと思いますね」
「……それは私のことを言っているのか?」
「一般論ですよ。私は男性はもっと社会に出ていくべきだと考えています。そうなれば、男性に生まれただけで自由を認められない窮屈な世界も、少しは変わると思いますしね」
「くだらん……。何が窮屈な世界だ。私たちが額に汗して働かなくても生きていけるのは、女性のおかげだろう。もっと女性に敬意を払ったらどうなんだ」
「それが窮屈だって言うんです。私に考えを押し付けないでいただきたい」
アンドレイさんへの当てこすりじゃないと言いつつ、ウェズ君はバチバチとアンドレイさんと火花を戦わせている。
なんか、この二人仲悪いのかな。難しい話をしてるようだけど。
「そんなことを話しに来たの?」
僕が小首を傾げて問いかけると、アンドレイ氏ははっと我に返ったようだ。
「わかった、とにかく私に参加してほしいだけだというんだな! ああわかった、言う通りにしてやる! 今日は私も体操する! それでこの集会は今日限りでお開きだ、いいな!?」
語気も荒く言い放つアンドレイ氏。
僕ははてな?と首を傾げた。
「え? なんで? たった1日で成果なんて出ないでしょ。アンドレイさんも加わったから、明日からますます張り切って体操頑張るけど?」
「じゃあ私が参加する前と、何も変わらねえじゃねえか!?」
「そうだけど?」
「そうだけどじゃねえよ! 私はこの集会を止めろって言ってるんだ!」
「うーん、じゃあこうしよう。これまではアンドレイさんを誘うための体操だったから、それはやめるよ。明日からはアンドレイさんを鍛えるための体操が新しく始まる。それならいいでしょ?」
幼児アニメがタイトルだけ変更して続編が始まる的なノリだね。
そんな僕のとんちに、アンドレイさんはぎいいいいいいと奇声を上げる。
「ああもう、この狂人言葉が通じねええええええ!!」
頭を掻きむしり、アンドレイ氏は絶叫する。
何をそんなに興奮しているんだろう。アンゼリカさんはこの人を夫に迎えるくらい気に入ってるのか、蓼食う虫も好き好きだなあ。
僕がそんな感想を抱いていると、ウェズ君がくいくいと僕の袖を引っ張って来た。
「ユウジくんユウジくん。アンドレイさんは朝から家の前で集会をされるとうるさいと言っているんですよ。ここは場所を移してあげてはどうでしょう」
「あ、なるほど。そういうことか。やだなあ、そういうことなら早く言ってよ。僕だって特にうるさくしたかったわけじゃないんだ」
「あああああああ!! くそっ、もうそういうことでいいよ! とにかくこの屋敷の前でやらないでくれるならなんでもいい!!」
ウェズ君の注釈に僕が大きく頷くと、ようやく我が意が通じたとばかりにアンドレイさんが大きなため息を吐いた。
この屋敷、集まりやすくて目印によさそうだったんだけどな。
なんせこんなでかい屋敷はこの街では数少ないからね。
ちょっと残念だけど、うるさくて迷惑だというなら場所を変えるよ。
「じゃあ明日からは、僕の家の近くのでっかい空き地でやるよ。それでいいかな?」
ドラコがいつも友達とサッカーしているスペースだね。公園なんて気の利いた場所はこの時代にはないから、空き地を有効活用しよう。
『うーーーっす!』
「…………」
集まったみんなが大声で賛意を示す一方で、アンドレイ氏は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。
自分の主張が通ったんだから、もっと嬉しそうな顔すればいいのにね。
ウェズ君なんかすごく嬉しそうな笑顔を見せているよ。
「ふふっ……アンドレイさんもユウジくんとのうまい付き合いができないようで。やはり男性でユウジくんと親友付き合いができるのは私だけ、ということですね」
「あぁん? 僕は先生の生徒なんだけど? 一緒に住んでるんだけど? 着替えも何度も見てるんだけど?」
「ほう……」
なにかカチンときたらしいドラコがそんなことを言うと、ウェズ君とドラコはバチバチと視線で火花を散らした。
何を争っているんだろう。共感性が失われているせいか、どうも薄皮1枚を挟んでるみたいに他人の考えが読めないんだよな。
どちらも僕の大切な人なんだから、仲良くしてほしいものだ。
「ま、ともかく今日からアンドレイさんが仲間入りだ! これで問題解決、元気出して溌剌と運動しようじゃないか! それワンツースリーフォー!」
僕のそんな元気のいい掛け声が、秋の青空に吸い込まれていった。
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そして問題は解決……しなかった。
あれから2週間ほど経過しようとしているが、アンゼリカさんは僕への初夜権を行使することを取り下げていない。
2週間も経てばアンドレイ氏以下、参加者はみんな明らかに逞しくなったというのに。
いや、本当を言えばそれはおかしいんだけどね。
この世界の人間って本当にどうなってるの? なんか滅茶苦茶短い期間でマッシブなボディを手に入れてるんだけど。ブルワーカーのCM漫画かよ。
地球だと筋トレなんて年単位で取り組まないと効果は出ない。僕だってこの筋肉を手に入れるために、2年かけて筋トレも食事もめちゃめちゃ気を配って、それでようやくだよ。
なのにこの世界の人たちはめちゃめちゃ簡単に鍛えられて、魔力ってずるい!って思う。
まあアレス氏とかが見るからにボディビルダーみたいなごっつい筋肉を手に入れてるのに対して、アンドレイ氏はそれほどパンプアップしてないが。個人差があるのかしら。
とはいえ雄としての魅力は前に比べて段違いになったはず。
これならアンゼリカさんも夫に惚れ直し、僕への初夜権なんてどうでもよくなるはずだ。
なのにそうはなってない。一体どうして……?
「あのな、ユウジ。前から言いたかったんだが、そろそろいいか?」
「アミィさん?」
アミィさんとドラコは肘を突き合わせて何やらどっちが言うか決めてたようだが、結局アミィさんが口を開いた。
なになに、アミィさんはこの事態に何か心当たりがあるの?
「アンドレイさんがマッチョになったからって、お前への執着が目減りするわけじゃないんだぞ……?」
「えっ」
「夫に惚れ直すのと、お前とセックスしたいのは、まったく別の話だろう」
思ってもみなかった指摘に、僕は目を白黒させた。
「え、でも……夫がマッチョになったら嬉しいでしょ? 夫への愛情が募れば、僕なんてどうでもよくなるんじゃ」
「人間の愛情は総量が決まってるわけじゃないだろ。じゃあお前は私が妻になって、アイリーンとウルスナへの愛情が薄くなったのか?」
「はっ……!!」
アミィさんの言葉に、僕は愕然として膝を折った。
確かに……。アミィさんが加わっても、あの2人への愛がなくなったわけじゃない。むしろ3人とも好きでたまらないし、3人が仲良くしてるのを見ると心がぽかぽかと温かくなる。
これまでハーレム系異世界小説を腐るほど読んできて、ハーレム要員が増えるほど個々のヒロインの描写が薄くなってたから勘違いしていた。
実際のハーレムは、ほどよい人数で個々人が仲良くしてると、キャラが薄くなるどころか幸せ感が強まる……!
「僕は……僕はなんて勘違いをしていたんだ……!! ハーレム系の異世界小説でヒロインのキャラが薄くなるのはただの分量の都合と作者の力量不足だったというのに! それもわからずに、僕ってやつは……!! 情けない!!」
「こいつ、絶対変な理解の仕方をしてるな……」
「まあ、ユウジは人の心がわからなくなってるからな……。創作物に判断の基準を置くのは仕方ないことなのかもしれん」
ドラコとアミィさんがショックに打ちひしがれる僕の上で何やら会話しているが、今の僕はその内容を聞くどころではない。
ちなみにデアボリカはこの場にいない。案の定粗製のトレーニングウェアはすぐ使い物にならなくなり、返金対応を迫る消費者たちから悲鳴を上げて逃げ惑っている。どうしてあいつはあんなに後先考えないんだ。いや、デボ子のことなんてそれこそどうでもいいや。
「アミィさん! 僕は一体どうすれば!? どうしたらアンゼリカさんが僕を嫌ってくれるんだ!?」
「……どうにもならないんじゃないか?」
アミィさんは言いにくそうに口を開いた。
アンゼリカさんに初夜権を撤回するよう直訴することも考えたのだが、いくら面会希望を出してもすべて拒絶されている。アミィさんもあの日以来まったく会えていないらしい。
さすがだ……。
わざとだらしない身だしなみをして幻滅されようと考えていたのだが、その考えを読まれているように感じる。実際の僕を見ないなら、記憶の中で美化された僕しか目に入らないからな。
一体どうやって僕への想いを劣化させずに保存しているのかさっぱりわからないが。
この時代に写真とか動画があるわけじゃないのに、不思議だ……。
(A.雄士の体臭がついた短パンを
「手詰まり……か……」
僕は打ちひしがれながら呟いた。
僕は失敗した。
元より僕にできることなど何一つなかった。アンゼリカさんの完全勝利だ。
人の心がわからない僕に、恋心を操ろうなど無謀な試みだったのか……。いや、人が人の心をどうにかしようとするのがどだい間違っていたのかもしれない。
「僕の……負けだ……」
そのとき、居間の扉が大きな音を立てて開いた。
そこにいたのは、僕が会いたくて仕方がなかった人影が……!
「待たせたな、ユージーン! 用意が整ったぞ!」
「ユージィ、ただいま……!」
「ウルスナ! アイリーン!」
離れていたのはほんの3週間ほどなのに、随分と会っていなかった気がする。
そしてこの2人を思わない日など、ただの1日としてなかった。
大きく腕を拡げ、近づいてきた2人を抱きとめる。
2人ははにかんだように笑いながら、その身を僕に預けて来た。
柔らかくていい匂いがする……。
あれ? なんかアイリーンいつもと匂いが違わない?
いつもの落ち着く体臭がするのはもちろんなんだけど、なんか花の匂いがするような……。香水?
「ユージィ、くすぐったいよ」
くんくんと鼻を拡げる僕に、アイリーンは照れ笑いを浮かべている。
あ、ごめんね。さすがに無神経だったかな。
そんな僕を見て呆れたように笑いながら、ウルスナはウインクを送った。
「さあ、準備を始めるぞ!」
「準備? 準備って何の……」
きょとんとする僕に、ウルスナは楽しそうに笑う。
「もちろん結婚式のだ! 心配すんな、ゴールドンさんと連絡をとって、手配は進めておいた! あとは式を挙げるだけだ。ユージーンは渡さねえ。俺たちの勝ちだぜ、アンゼリカ!」
カクヨムでは間違ってこの話もう投稿しちゃってるので、その埋め合わせに今日は2話投稿します。
引き続きお楽しみください。