【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第129話「目先の借金に追われて貿易権を売り渡したアホがいるんだって!」

「いやあ~本当に九死に一生でしたよ~! 持つべきものは家族、血のつながりって本当にあったかいもんですねえ~!」

 

 デアボリカは全力で手をすり合わせ、眉を垂れ下げながら目の前のアンゼリカに媚びへつらった。

 

 雄士の体操に便乗して、卑猥な(現地人主観)トレーニングウェアを大量に売り捌いたところ、激しい運動に耐え切れずに1週間ちょいで破けてしまったのである。

 元々このビッグウェーブに乗り遅れるな!とばかりに質は二の次三の次、とにかく見た目さえあってれば何でもいいとばかりに仕立て屋たちを急がせた結果、運動に耐え切れない商品ばかりができてしまったのだ。

 これに怒り狂ったのは購入者たちだ。陣頭に立って誰よりも活発に動いている雄士の服は何ともないのに、自分たちの服は立て続けに破れてしまった。高い金取っておいて粗悪品を押し付けるとは! 金返せ!ってなもんである。完全に雄士の想像した通りであった。

 

 返金しようにも、徹夜で鞭打って作業させた仕立て屋たちに特急料金を支払い済みである。デアボリカのこの街での知名度が災いして、知らぬ存ぜぬで雲隠れすることもできなかった。屋敷の位置も知られてしまっている。

 購入者たちは雄士のフォロワーであったので、彼には迷惑をかけまいと屋敷に押しかけてくることはなかったが、デアボリカは家にも帰れず街中を逃げ回るしかなかった。

 

 しかし、デアボリカの悪運はまだ尽きていなかった。

 デアボリカにはとびっきりのコネが残されていたのである。

 

「なにせ私はドラゴンとゴブリンの間を取り持って、貿易協定を結んできた立役者ですからね! 私がこの街にこれからもたらす利益といったら、想像もつかないほどですよ~!」

 

 そう言ってデアボリカは扇子を取り出すと、ゲヘゲヘと下品な笑みを浮かべた。

 

 そう、デアボリカの秘策とは、ドラゴンとゴブリンの間の三角貿易を自分の手柄と主張することだった。雄士やウルスナが聞いたらお前一緒についてきただけだろ!とツッコむこと請け合いだが、ここに雄士のファミリーはいない。

 実際ドラゴンの里から帰って来て早々、「サウザンドリーブズからの出品は自分が管理する! どうせお前にはそんなツテないだろうからな!」と言い出し、雄士もこいつそのうち絶対横領するだろうなと確信しながら、立ち上げはデアボリカに任せることに同意した。だからちゃんと雄士の承認を受けていることは間違いない。

 

 デアボリカはウキウキしながら貿易品を彼女主導の下で出品できるように段取りをつけていたのだが、その操業資金の足しにしようとトレーニングウェア制作にまで手を出したのが運の尽き。大やけどして追われる身である。

 サウザンドリーブズ政府にも一枚噛ませてあげるから、私の代わりにトレーニングウェアの返金対応して! これから私がこの街にもたらす利益を考えれば、そのくらいハナクソみたいなもんでしょ? ……という感じでアンゼリカに泣きついたのだ。

 

 アンゼリカはデアボリカの目論見通り「あらあら~。仕方ないわね~」と困ったような笑顔で、金貨数百枚を支払ってくれたのだが……。

 デアボリカを領館に招き入れた後は、ぼんやりと窓の外を眺めている。先ほどからデアボリカはアンゼリカの背中に向かって媚びを売りまくっているのだが、本人は聞いているんだかいないんだかわからない。いつもはきはきと機知に満ちているアンゼリカにしては珍しいことだった。

 

「まあこの後のことも大船に乗ったつもりで私に任せておいてくださいよ! ウサギ肉もワインもがっぽがっぽと売りまくって、ドラゴンやゴブリンどもから金を搾り取ってこの街に注いでやりますから! わっはっはっは!」

 

 デアボリカがそんな下品な世辞を口にしたところで、アンゼリカはふとデアボリカの方を振り返った。一瞬あら、いたの?みたいな顔をしたが、すぐにいつも微笑みを浮かべる。

 

「ああ、儲け話を持ってきてくれた件ね。本当にありがとうね~。デアボリカちゃんとユウジ君のおかげで、街が潤うわ~」

 

「でげしょう! ゲヘヘ、今後とも私に任せといてください!」

 

 ようやく存在に気付いてもらえたデアボリカは、幾分ほっとした表情で追従する。

 そんなデアボリカに、アンゼリカは告げた。

 

「じゃあ後のことは私に任せておいてね~。ちゃんとサウザンドリーブズ政府の名前で信頼できる商人さんから品物を用意させるし、銅貨1枚逃さず公正に勘定してくれる人たちを用意して、ドラゴンさんやゴブリンさんと協力して貿易を進めていくから~。本当にありがとう、これまでお疲れ様~」

 

「へっ?」

 

 デアボリカはしばしアンゼリカの言葉の意味を呆然と聞いていたが、その意味を理解するなりバタバタと両腕を振り回した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください姉様! その言い分だと、私が噛む要素が何もないように聞こえるんですが!?」

 

「ええそうよ~。取引させる商品はちゃんと信頼できる商人さんから買うし、勘定も信頼できる人をこちらで見繕うから~。デアボリカちゃんは何もしなくていいのよ~」

 

「わ、私この話持ってきた! 私えらい! 私儲ける! 当然の権利!!」

 

 必死になるあまり片言で主張するデアボリカだが、アンゼリカは困ったように眉根を寄せた。

 

「だってデアボリカちゃんを噛ませたら、絶対に不正するじゃない~? ドラゴンさんやゴブリンさんを騙して利益を貪ろうなんて企んでたでしょ~」

 

「ギクリ!」

 

 図星であった。

 デアボリカが選出していた人間側のスタッフは全員デアボリカの息がかかっており、用意する品物の質も基準値以下なら、金勘定も誤魔化して利益を多く出すように命じていた。

 

「だからだめよ~。街の中なら利益をちょろまかしてこのお屋敷より立派な家を建てても見逃してあげるけど。ドラゴンさんやゴブリンさんが関わってるなら、不正をしたら人間種族の名折れでしょ~? 人間代表として、銅貨1枚のズレも見逃すわけにはいかないわ~」

 

「ギクリギクリ!」

 

 汚職をした利益で立派な屋敷を建てたこともバレていた。

 アンゼリカはそんな妹に、出来の悪い生徒を見るような困った微笑みを向ける。

 

「そもそもこの話、デアボリカちゃんは何もしてないでしょ? 貴方にドラゴンさんやゴブリンさんと交渉できる材料があるわけないもの。話を取り付けたのはユウジ君でしょ~? 貴方はそれにタダ乗りしただけ。違うかしら~?」

 

「ギクリギクリギクリ!」

 

 デアボリカの悪事は全部まるっとお見通しだった。

 色ボケしているとはいえ、アンゼリカの瞳は相変わらず曇ってはいない。

 アンゼリカは飲んでいた紅茶のスプーンをひらひらと弄ぶ。

 

「それでもこんな大きな商売があることを教えてくれたのは感謝してるのよ。だから貴方が助けてほしいってお願いに応えて、金貨も払ってあげたでしょう? 決して安くはない買い物だったけど、金貨数百枚で貿易の利権が手に入ったと考えれば悪くはないわよね」

 

「は、破談! こんな話は破談です! いくらアンゼ姉様といえど、こんなの不公平極まる! これからの利益を考えたら、金貨数百枚ごときでは到底納得できない!」

 

「今、私が不公平だって言った? 私が公正じゃないって言ったの?」

 

 突然瞳を見開き、アンゼリカは真顔で妹の顔を見つめた。

 その眼光の鋭さに、デアボリカはひっと息を呑む。おしっこ漏らさなかったのは奇跡だ。ひどい奇跡だな。

 

「あ、いえその……」

 

 アンゼリカはそのまま無言でデアボリカを凝視していたが、数秒してから苦笑した。

 

「……そうね。今の私は公正とは言わないわよね」

 

 そうして瞳を閉じ、幾分ぬるくなった紅茶をすする。

 どういうわけかはわからないが、ともかく助かった。

 デアボリカはほっと息を吐くと、姉を翻意させるために頭の中で算盤を弾き始めた。

 とにもかくにも、この儲け話から弾き出されるわけにはいかない。そうして彼女が紡ぎ出した言葉とは……。

 

「そ、そうだ! アンゼ姉様はユウジにご執心ですよね! 私にはあのキチガイのどこがいいのかわかりませんけど、アンゼ姉様のご慧眼ならあいつの隠れた美点を見抜いていらっしゃるんでしょう! ここはひとつ、私めがユウジを説き伏せてアンゼ姉様に体を開くよう言って聞かせますよ! なーに減るもんじゃなし、アンゼ姉様みたいなお美しい方に抱かれるなんて名誉なことじゃありませんか! ねえ」

 

「黙れ」

 

 アンゼリカのぴしゃりとした一言に、デアボリカは途中まで出かかった言葉を飲み込んだ。アンゼリカがこんな冷たい口調で何かを言うのは、初めてのことだった。本音をストレートに言葉にするのも。

 

 アンゼリカは一瞬前とは打って変わって優しそうな笑顔を浮かべると、取り繕うように言った。

 

「デアボリカちゃんは何もしなくていいのよ~。大人しくしててね~」

 

「いや、でも……私なら同居人ですし、奴は私の元部下なので」

 

 デアボリカはまだ食い下がろうとするが、アンゼリカは重ねて言った。

 

「聞こえなかったかなぁ? 貴方はこの件に手出しするなと言ってるの」

 

 その言葉の底に静かな怒りを感じ、デアボリカはさすがに口をつぐむ。

 アンゼリカはそんな妹を困ったように見つめた。

 

「代わりに金貨を払ってあげたのに、まだ足りないのかな? それなら貿易に参加させてあげる代わりに、トレーニングウェアの賠償金を自分で払ってもらってもいいけど~」

 

「えっ、それは……」

 

「安心してね、みんなへの支払いは私が建て替えておくから。デアボリカちゃんは私から借金して、賠償金の分のお金を私に返してもらうの。それまで財産は差し押さえるし屋敷も出て行ってもらうけど、完済するまで最低限の衣食住は用意してあげる。悪くないお話でしょ~?」

 

 アンゼリカはニコニコ笑いながらそう言った。

 本気だ。微かに開いた目の色から、デアボリカはその言葉の本気具合を感じ取った。

 家族に甘いアンゼリカになら必死に媚びを売ればどうにかなるかとも思ったが、借金させてあげるという時点で既に家族への温情を果たしたと考えている。そして公正を旨とするアンゼリカは、銅貨1枚の数え間違いも許さない。

 

 アンゼリカは確かに困ってる家族を見捨てられないほど甘い女性なのだが、それは無利子で借金させて助けてあげるという意味であり、貸した金はビタ一文まからず取り立てるつもりだ。だって財源は領民のために使うべき公金から出ているのだから。

 貿易の一切を都市政府に任せてくれるのなら対価として金を払ってもいいが、そうでないなら借金扱いにしてきっちり回収する。それでこそ公正というものだ。

 彼女の瞳に浮かんでいたのは、そんな明確な意思だった。

 

「……け、結構です……。賠償金を代わりに支払ってくださってありがとうございます……」

 

 無い袖は振れない。

 すべてを手放して借金生活を送りながら貿易できるほど、デアボリカは根性が座っていない。ギリギリと歯噛みしながら、莫大な権益を諦めるしかなかった。

 おかげでドラゴンやゴブリンとはこのうえなく誠実な取引がなされるだろう。人間はきっちり約束を守る種族なんだと思ってもらえるに違いない、人間の面目躍如である。やったね、デアボリカが諦めたおかげだよ!

 

「そう。最初からそう言えばいいのに~。無駄なことに時間を取らせないでね~」

 

 アンゼリカはにっこりと微笑むと、デアボリカから視線を外した。

 そのまま窓の外を眺めている。

 

 用が済んだらとっとと出ていけ。

 その背中に無言のメッセージを感じたデアボリカは、金貨数百枚で莫大な利権を手放した悔しさを胸にしまってそそくさと逃げて行った。

 

 妹が立ち去ってから、アンゼリカはほうっと溜息を吐く。

 

「これ以上私を惨めな女にしないでほしいわね」

 

 そしてポケットから大切に畳んだハンカチを取り出すと、鼻にあててスゥーハーと深呼吸した。

 その布が雄士の半ズボンの成れの果てだと、知っている者はアンゼリカしかいない。

 

 アンゼリカは理知に富み、公正を旨とし、公益のために最大の努力ができる女性である。

 しかし今の彼女は、やっぱり脳がやられていた。




今日はカクヨムで投稿日間違えた埋め合わせて、ハーメルンでは2話投稿になります。
こっちは後半部分になるので、もう1話の方もよろしくね。
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