【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第13話「鋼メンタルで薄利多売を貫く」

「ママ、すごいよ! 息をしてもぜんぜんくるしくないの! ほら、はねても走ってもだいじょうぶだよ!」

 

「ああ、小さい頃から苦しそうに咳をしていた私の息子が走って……! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

「なーに、気にしなさんな。そんじゃ治療費よろしく、銀貨5枚ね」

 

 ちゃりんちゃりん。

 うい、毎度あり。

 

「ありがとー、せいじゃのお兄ちゃん! ばいばーい!」

 

 ペコペコと何度も何度も頭を下げる母親と、ぶんぶんと勢いよく手を振る子供に軽く手を振り返して、彼女らを見送った。お大事に~。

 僕は銀貨をもういくつめかにもなる皮袋に放り込み、腰に括りつける。

 しかしせいじゃってなんじゃ? まあいいか。

 

 行列もようやくさばけたか。この周辺はさっきの親子で最後のようだ。

 また新しいカモを探して別の区画に行きますかのう、グヘヘ。

 どうも治してあげた人から噂が噂を呼んで、病気に苦しんでいる知人を連れてくるというケースが増えているようだ。まったく嬉しい悲鳴だと言えよう。まあ別にこっちは手をかざしてチート発動してるだけなんで、特に悲鳴ってこともないのだが。チート発動に魔力とかのリソース持ってかれるわけでもないし、定額フリープランでかけ放題である。

 

「そんじゃ行くべ。病に毒~。病に毒~。何でも治すよ~」

 

『病に毒~。病に毒~。何でも治すよ~』

 

 ぞろぞろ。

 

「病に毒~。病に毒~。病毒退散、何でもあっという間に治るよ~」

 

『病に毒~。病に毒~。病毒退散、何でもあっという間に治るよ~』

 

 ぞろぞろ。

 

 

 …………。

 さっきからずっと気にはなっているのだが。

 

「あの、みなさんどこまでついてくるんですか……?」

 

 治してあげた人たちの一部が、どういうわけか帰らずに僕の後ろをついてくるのだ。僕の売り文句をそっくり真似て、あまつさえその辺の端材で僕のと同じ旗印を作る始末。行動の意味が不明すぎる。

 どうして僕の後ろをついてくるのかと尋ねても「なんとなく」「お手伝いがしたい」「貴方についていきたい」「守護らねば」「好き♥」と要領が得ない。さては僕が稼いだお金が目当てなのかと思って「ついてきても分け前なんか出ないよ」と釘を刺しても、「滅相もありません、ついて歩かせていただくだけで光栄です」なんて言うのだ。

 まあそのうち飽きるだろうし、一人で歩くよりも目印になってわかりやすかろうということで好きにさせている。僕なんて世界最底辺のクソ雑魚戦闘力だし、力づくで追い払うなんてこともできないからね。多分そのへんの子供にも負ける。

 

 おっと、この先はスラム地区か。

 お金持ってる人は少なさそうだけど、銀貨5枚って相当な安さだし貧乏人でもそれくらいなら出せるよね? 人口密度が高いのもいい。薄利多売で行くつもりだし、むしろビジネスチャンスかもしれん。

 

「……先生、まさかスラムに足を踏み入れるおつもりですか? この先は本当に治安が悪いですよ。スラムの住民には犯罪に手を染めている者も大勢います。貴方のような紳士が関わるような身分のものではございません」

 

 ついてきた街の人の中でも比較的身なりのいい女性が、心配そうな顔で尋ねてきた。

 先生じゃないが。治された側から見たら医者にでも見えるのか?

 まあ名前も教えてないから、呼びかけようもないのかもしれないな。恩人におい! とか呼びかけるわけにもいかんし。

 というか僕が紳士ったってなあ。

 僕はなんだかおかしくなって、半笑いで自分の着ている擦り切れた服を指差した。

 

「僕が上流階級にでも見えるかい? この人たちと同じ貧乏人だよ」

 

 なんせ昨日まで流民だったくらいだからなぁ。

 

「それに、彼女らだって病気を治してほしいはずだよ。貧乏人でも金持ちでも、病に苦しんでいるのは同じでしょ。僕たちはみんな同じ人間、何も違いはないじゃないか」

 

「……ははっ! 私が間違っておりました!」

 

 彼女はその場に跪き、深く頭を垂れた。何やら目尻には涙すら浮かんでいるように見える。……オーバーだなあ。当たり前のこと言ってるだけなんだけど。

 金さえ払ってくれればみんなお客様ですからなあ、ゲヒヒヒ。

 

「さ、立って立って。そんなところにしゃがんでちゃ仕事の邪魔だよ」

 

 立たせようと手を差し出すと、彼女は僕の手を強靭な握力でがしっと握り返しながらトロンとした視線を向けてきた。

 

「もうこれから一生、聖別をいただいた手を洗いません……♥」

 

「やっぱり放してくれる?」

 

 他の女の人たちが無言のままギンギンの目で見てくるのも怖いし。なんなの。

 

 まあいい、そんじゃ商売を始めようか……。

 そう思って声を張り上げようとしたところで、ついてきた人たちがバタバタと忙しく走り回り始めた。

 

「よし、手分けしてスラム中に呼びかけるわよ!」

 

「病人を探せ! 自分で歩けない人は肩を貸して連れていくぞ!」

 

「天使様ご降臨! 天使様ご降臨! 病に苦しむ貧しき者たちよ、救いの日は来たれり!」

 

「天使様? 聖者様じゃなかったっけ?」

 

「バカね、どっちでも同じでしょ。救ってくださるんだから」

 

「それもそうか! えー、天使様ご来臨! 聖者様ご来臨! 病気をなんだって治してくださるわ! 苦しんでる人は、この旗印に集いなさい! たったの銀貨5枚で、死神の手から救済される!」

 

「はよこい! めちゃシコボディの聖者様に奇跡を与えてもらえるチャンスなんてお前らもう一生巡って来ないからな! マジ天使! 一目見るだけでいいから集まれ!」

 

 え、何? 僕、何も言ってないのに勝手に人を呼び込み始めたんだけど。

 しかも天使って誰のことだよ。

 僕が呆気に取られていると、先ほどの女性がニコニコと笑顔を向けてきた。

 

「みんな先生のお力になりたいのです。どうか彼女らの献身を受け取ってください」

 

「……僕、大したことしてないのに献身って言われても」

 

 いや、そこでそんな心底不思議なものを見る目をしないで。そして勝手になんか納得した風に笑顔を浮かべないで。

 

「なるほど、御使い様には造作もないことなのかもしれませんね。しかし皆、満足な治療も受けられないまま、明日は生きられないかもしれない、明日でなければ明後日死ぬのかもしれないと、病に苛まれる日々を過ごしてきたのです。それを銀貨5枚などと、医者の相場からすればタダ同然の金額で……それも相手の立場に応じて扱いを変えることなく接される先生は、彼女らにとって救い主のように思えているのです。もちろんこの私にとっても」

 

 あっ、やっぱ銀貨5枚って破格の安価なんだな? なんか安すぎると思ったんだ、最初からボラれてたわ僕。とはいえ、ここまで5枚で治してきちゃったしなあ。今更価格改定するのも不公平か。そもそもこれから商売する相手はスラムの貧乏人だし。

 まあしょうがない、今日のところは出血大サービスだ。銀貨5枚で全員治してやらあ。スラムの患者は安くて嬉しい、僕もみんなが喜んでくれて嬉しい。みんな幸せならそれでいいじゃないか。どうせ医者が見放した人たちなんだ、僕が治してあげても横から文句を言われる筋合いはない。

 ……正直言うと、この街の医者にはちょっと怒ってるよ。命に値段を付けて患者を見捨てちゃダメでしょ。もちろん向こうにも薬が貴重とかいろんな言い分はあるんだろうけど、こっちだって言い分があるのは同じだ。だから僕は僕の理屈で治させてもらおう。

 

「ところで、そのミツカイとか天使とか、さっきからみんな何言って……?」

 

「あ、先生! 患者の第一陣が到着したようです! はいはい、ちゃんと列を作って! 御使い様は貧乏人も金持ちも区別されません! 早く到着した順に、おとなしく一列に並ぶのです!」

 

 詳しく聞こうとしたところで、彼女はぞろぞろとやってきたスラムの病人たちの交通整理を始めてしまった。これ知ってる、ソシャゲRPGの会話の途中で突然敵が襲ってきて話はモンスター倒した後だぜぇって奴だ。まあいっか、後で聞くべ。

 病人たちも苦しんでるしな、とっとと楽にしてやりましょう。

 今の僕はスーパードクターだぜ。……いや、まっとうに努力されてるK先生に失礼だな。偉大なる医療の先人方、どうか僕がチートで患者を救うことをお許しくださいませ。

 

 

 

 治療を開始してから1時間ほどが経った。

 スラムだろうがどこだろうが、やることは手をかざしてチート一発だ。やろうと思えば行列を一瞥して端から端まであいつら全員、って具合に指定して一発治療もできるんだろうけど。さすがに患者の側にも治された感がないだろうし、金を払わずに逃げる不届き者がいるかもしれないのでやらない。医療って結構権威が必要なんすね。

 

 まあそれにしても患者の数が多いこと。居住区や商業区よりも遥かに大勢の患者が訪れるってのはどういうこと? スラムはドブさらいしに来たことしかないけど、よほど衛生状態が悪いのか。

 そういえばなんかやたらにゴホゴホ咳込んでる患者が多いんだよね。もしかして結核とかインフルエンザが流行ってるの? スラムって狭いところに大勢が詰め込まれて暮らしてるみたいだし、感染性の病気にとっては絶好の温床だよね。パンデミック寸前だったんじゃないのかなあ。あと、性病の患者も多いね。梅毒だけでなく、毛ジラミやらクラミジアやらっぽい患者がかなりいるよ。

 

 それに増して困惑するのは、治った後の患者の反応だ。スラムの住民は犯罪者ばかりだみたいなことを言われたので、治療を受けたら即座に金を払わずに逃げるんじゃないかなとか思ってたけど、そんな人はただの1人もいなかった。

 みんなお金をもらおうと突き出した僕の手を強く強く握りしめて、ぼろぼろと泣くんだよね。「ありがとうございます」とか「貴方は救い主です」とか。こっちはチートで手軽に治してるんだから、そんなめちゃめちゃ感謝されても逆に罪悪感がわくよ。でも、水仕事や肉体労働でボロボロになった手を振り払うわけにもいかないしね。仕方なくうんうんと頷き返していたから、次の患者を診るまでに時間がかかったりした。救い主とかじゃないんだけどなー。パッパと次の患者を診させてほしい、後がつっかえてるんだよ。

 

「はい、次の人ー」

 

 何度も何度もお辞儀をする老婆を片手で制して、僕は次の患者を呼んだ。

 列の先頭に並んでいたのは、目が腫れ上がった紫色の瘤で覆われ、目尻から黄色い膿が出ている少女だ。よく見ると耳も爛れており、そこからウジが湧いてしまっている。こりゃ痛そうだ、かわいそうに。

 

「御使い様、私の病気は治りますか……?」

 

「怪我と虫歯以外なら何だって治せるよ。じゃ、目を閉じてそこに立ってね」

 

 これ病気だけかなあ。生活環境の毒素で爛れてる可能性もあるし。せっかくだから毒抜きもやってあげるか。

 そんなことを考えていた矢先……。

 

「どけどけ! 道を譲れ!」

 

 どやどやと列の最後尾のあたりから女性の声がした。

 なんだなんだとつま先立ちしてみれば、4人の背の高い女性が担いだ輿(こし)があった。輿ってのは人間が担ぐ昔の乗り物のことで、神輿の原型だ。中世の日本でも公家とか大名とかは自分で歩かず、人に担がれて移動したらしいよ。

 ただ輿というには、かなり粗末だ。担ぐための棒は何の塗装もされてないし、座る部分もぼろ布。担いでいる人たちもスラムの人らしくぼろきれをまとっている。輿に乗っているのは、やはり汚れた無地の服を着たよぼよぼのおじいちゃんだ。

 これ、貴人とかじゃなくて歩けないおじいちゃんを運んできた担架じゃないかな?

 

「親父様の苦しみを一刻も早く取り除いて差し上げるのだ! スラムの人間なら順番を譲れ! 日頃親父様にどれだけの御恩をいただいているか忘れたか!」

 

「そうだそうだ! 領主に見捨てられたあたしたちが、飯を食えてるのは誰のおかげだ!」

 

 輿を担いだ女性たちが声を張り上げると、行列に並んだ人々は無言で左右に動いて輿が通れる道を作ろうとする。

 列の先頭に立っていた少女も慌てて僕の前を去ろうとするので、僕はその腕をつかんで引き留めた。

 

「え、でも……」

 

「いいから。君が先頭だ、次は君を治す」

 

 困惑する少女の頭を軽く撫でてから、僕は腰に手を置いた。

 

「ちょっと、困るな順番破ってもらっちゃ! 誰だろうが治してほしけりゃ列に並んでくれないか!」

 

 僕が声を張り上げると、輿を担いだ女性は怯んだような表情を浮かべながらも言い返してくる。

 

「なんだと? この方を誰だと……」

 

「誰だろうが関係ないね。いいからとっとと最後尾に並べ! おじいちゃんが歩けないなら輿に乗ったままでいいからさ!」

 

「スラムにはスラムの秩序がある! 我々の縄張りで商売をするのなら、それに従ってもらう!」

 

「僕には僕のルールがある! あんたらがスラムでどれだけ偉かろうが関係ないね! お貴族様でも物乞いでも、僕は差別も区別もしない! 治してほしけりゃ良い子にしてろ! 黙ってそこに並べ!」

 

 流されるままに生きてる僕だけど、一度決めたマイルールにいちゃもんつけられるのは心底嫌いなんだよね。【精神耐性】がどうとかじゃなくて、日本にいたときからそうだった。どうしていつも適当にヘラヘラ生きてるのに、変なところで頑固なの? って家族をたびたび困らせてきた。ごめんね、変なところで頑固で。育てにくい子だったよね。

 でもそれが僕だから、死んでも転生してもそれは貫くよ。ガルル。

 

 僕と輿を担いだ女性が睨み合っていると、輿の上のおじいちゃんがか細い声で何かを言ったようだ。

 

「……わかりました、親父がそうおっしゃるなら」

 

 背の高い女性はこちらに小さく頭を下げると、最後尾へと回った。やれやれ。

 しかしスラムにも偉さってあるんだね。みんな一律で貧乏なのかと思ってたよ。

 

 

 

 

 さて、それから数十人を診察して、おじいちゃんの番がやってきた。みんな診察を受けたらすぐにその場を離れてくれたから、あまり待たせずにすんだよ。おじいちゃんに気を遣ったのかな。

 輿が地面に下ろされ、僕の前に座ったおじいちゃんは、まず深々と頭を下げた。

 

「若い者たちが失礼を働き、まこと申し訳ない。儂の身を案じるが故の暴走だったのです。すべての責は儂にあり申す。また、こんな身なりでお目通りさせていただいた不躾、どうかお許しくだされ。貴方のことを聞くなり、若い者たちは儂を着の身着のままで輿に載せてしもうて……」

 

 そう語るおじいちゃんの服は、かなり擦り切れた部屋着だ。ところどころにはスープをこぼしたと思しきシミがついている。

 

「いいよいいよ、大人しく並んでくれたんなら患者さんだ」

 

「寛大な御心に感謝し申す。……数年前から脚が悪くなってしもうて、立てないのです。自分の足で歩けなくなると、心まで弱くなってしもうて……。若い者たちに説教のひとつをする気力もなく、情けないことです……」

 

 か細い声で語るおじいちゃんは、今にも枯れ落ちる寸前の朽ち木のようだった。

 あー、ちょっと目の奥が刺激される……。

 僕、男性のご老人に弱いんだよ。おじいちゃんっ子だったから、弱ってるおじいちゃんの身の上話とか聞くと思わず同情しちゃうんだよね。

 しかし脚か……。これは治るのかな? 見た感じ老衰みたいだけど、それは命が自然に枯れていくわけだから対象外という気もする。でも数年前から足が萎えても未だに生きてるってことは、病気の可能性もあるな。臓器の一部が損傷を負ってるせいとかなら、それは怪我であって疾病とは言えないのか? 虫歯も治らなかったしな。

 ……いや、弱気になるな。チートを信じろ。より正確に言えば、チートのガバガバさを信じろ。拡大解釈で無理やり解決するのがチートバトルの醍醐味ってもんだ。このおじいちゃんは治る、このおじいちゃんは治る……いくぞっ!

 

 【インフルエンサー】-【疾病耐性】!

 

「お? おおお……!?」

 

 おじいちゃんは目を見開くと、自分の全身をギョロギョロと動く目で眺める。そしておもむろにすっくと立ちあがり、ぶるぶると体を打ち震えさせた。よっしゃ成功!

 

「た、立てる! 立てるぞ! なんということだ……!」

 

「親父! まさか本当に治るなんて……!」

 

「オジジが立った! オジジが立った!」

 

 おじいちゃんと輿を担いでいた女性たちが喜びに沸くのを、僕はうんうんと頷いた。いやー治ってよかった。これ治らなかったらどうなってたんだろうな。なんかすっごい嫌な予感がして仕方ないので、あんまり考えたくないんだけど。

 さて、じゃあ銀貨もらって次の人を……と思っていると。

 おじいちゃんは何やら僕の前に跪き、ぽたぽたと大粒の涙を流していた。あまつさえ僕の靴に口づけている。え、何? おじいちゃんにキスされても嬉しくないよ、しかも足に。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます……。貴方はまさしく御使い様でありましょう。このお礼をなんとすればいいものか……!」

 

「いや、ミツカイとかじゃないし、御代は銀貨5枚でいいよ?」

 

「その富貴を問わぬ御心こそが御使いの何よりの証でございましょう。死神は病によって王族も乞食も別なく神の御許に送ります。ならば病よりお救いくださる御使いもまた、人を身分によって区別せぬはず。ゆえに貴方様こそが御使いなのでございます」

 

「……え? 待って待って。御使いってもしかして神様の使いってこと? いや、違うよ。僕はそんな大層なものじゃないから。ただの人間だよ」

 

「しかし今、病を治してくださった力はこの世のものではありますまい。儂は貴方が人を治すところをつぶさに見ておりましたが、魔法でもなければマジックアイテムでもなかった。そもそも治癒魔法で病を治すことはできませんし、マジックアイテムが発動する気配もない。この世の理を越えた力ではございませんか。……どうかお教えくださいませ。それは神の御業ではございませんか?」

 

 そう言って、おじいちゃんは僕を見上げる。その眼光は先ほどのよぼよぼの老人と同一人物とは思えないほど、鋭く研ぎ澄まされたものだった。

 いやぁ、神の御業って言われても。

 ……待てよ? 僕を転生させたのは神様で、チートコインをもらって自動販売機でチートを買って、それでこの人たちを治したわけで。よくよく考えたら、チートって神様からもらった力だよね。

 そう考えたら確かに神の御業だわ。間違ってないわ。

 でもなー。この場で認めるとなんかロクなことにならない予感がするんだよね。

 僕はかがみこんでおじいちゃんの耳に顔を近づけると、彼にだけ聞こえるように小声で囁いた。

 

「そうだよ。これは神様にもらった力だよ」

 

「! やはり……!」

 

「シッ」

 

 僕は口元に人差し指を立て、おじいちゃんを制した。

 

「これは誰にも言わないでね」

 

「おお……! 御使い様、儂は残り短い余生を、貴方様への信仰に捧げまする。儂の娘や孫の命も、一族全て貴方のために捧げさせましょうぞ」

 

「え? いやいや、いらないいらない! そういうのいらないよ!」

 

 僕は慌てて手を振った。銀貨5枚が欲しいだけなのに、どうしてそんな話になるんだ。

 おじいちゃんは平伏したまま、滔々と語り続ける。

 

「この街の医者はスラムの住民を見下し、人間扱いをしてくれなかった。儂の孫娘の一人が熱病にかかったときも、豚小屋にわざわざ診察に行けるかとのたもうたのです。どれだけ金を積むと懇願しても、そのような穢れた金などいらぬと……! おかげで可愛がっていた孫娘は命を落としました。儂はどれだけ悔しかったことか……! 彼奴はもういなくなりましたが、領主が後釜に呼んだ医者も同じでした。貴方だけです。貴方様だけが、我らを人間として扱ってくださった。ならば貴方を崇拝することにいかほどの迷いなどございましょう。貴方様こそ我らの救世主でございます。貴方様のためなら我々の命を捧げましょうぞ。どうか我々をお導きください」

 

 まずい。頭の中で警鐘が鳴り続けている。

 頭が悪い僕でもわかる。これを受け入れるのは絶対によくない気がする。

 僕は【精神耐性】をフル回転させ、動揺をまったく悟らせないよう落ち着いた口調で話しかける。

 

「僕は力を授かっただけのただの人間です。貴方たちとまったく同じですよ。人間が人間を崇めてはいけません。その信仰は本来あるべきところに捧げてくださいね」

 

 するとおじいちゃんは目を見開き、わなわなと肩を震わせた。

 

「主を信じよと……。主は我ら賤民を見捨ててはいないと、そう仰るのですか」

 

 ニッコリ。

 僕はよくわからなかったので、とりあえず満面の笑顔を浮かべておいた。話がよくわからないときはこうするに限る。

 

「わかりました。貴方のお言葉通り、主に祈りを捧げましょう。神の御心のままに」

 

『神の御心のままに』

 

 おじいちゃんとの会話を聞いていた周囲の人々は、一斉に唱和したのだった。

 いや、なにこれ?

 

 

 

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【数百年後、地方新聞のコラム欄より】

 

 

 ブリシャブ島南部のこの街には、天使にまつわる伝説が遺されている。

 

 時は今から数百年前、産業革命が産声を上げる直前の中世末期。天使を名乗る男性が現れて人々の病気を治して回った。天使は治療費をわずか銀貨5枚しか取らず、自ら街を歩き回って富める者も貧しき者も区別せずに癒した。伝説に曰く、天使が手をかざすだけでどんな業病であってもたちどころに治り、その後数年にわたってまったく病気をしない体になったという。

 人々は天使が悪しき心を持つ人に襲われぬようにとその後ろをついて歩いた。天使はとても欲情をそそる容姿をしており、多額の現金を不用心に持ち歩いていたため、義心ある者は放っておけなかったのだ。美しく聖なる男性に付き従いたいという下心もあったのかもしれない。

 

 やがて天使はスラムにも足を踏み入れ、脚が萎えて立てなくなった老人を治療した。老人は犯罪によって財を成した悪人であったが、天使は彼を癒した。

 老人が「貴方は神の御使いではありませんか」と尋ねると、天使は肯定した。神の奇跡に触れた老人はそれまでの人生を悔いて「私の命を捧げます。娘や孫の命も捧げます。貴方のために祈らせてください」と涙ながらに訴えたが、天使はそれをよしとしなかった。

「私たちは神のもとに生まれた兄弟姉妹である。私に祈ってはならない。天におわす主に信仰を捧げなさい」と天使は告げた。

 こうしてスラムの人々は改心し、毎日神に祈りを捧げるようになった。

 

 天使について歩く人々はさらに増え、その行進は街を覆い尽くさんばかりになった。街を支配する領主はこれに危機感を抱き、衛兵を派遣して行進を追い散らし、天使を捕らえた。

 天使を慕う人々は怒り狂い、暴徒となって衛兵たちに襲い掛かろうとしたが、それを止めたのは天使であった。

「私たちは地上にあっては人の法に従わねばならない。私を慕うのならば領主に恭順せよ」との言葉に触れた人々は、怒りを収めて天使を官憲に引き渡したという。

 

 

 この伝説は後に国聖会・教皇庁のいずれからも創作であると断定されている。

 当時は旧教と新教の対立が激しい時期であり、この話は「人の信仰のよりどころは教会にはなく、人の心自体にある」という新教の主張を広めるために作られたプロパガンダだというのだ。確かに病気を一瞬で治すなどという芸当は当時の治癒魔法のみならず、科学が進んだ現代でも不可能である。その主張も無理からぬところだろう。

 

 現代では天使の降臨した地方都市もただの田舎街となっており、伝説を示すものも天使の像ひとつしかない。しかしかつてスラムだった地区にたたずむ天使の像は、数百年を経た今も変わらず人々の営みを見守り続けている。

 また、この地区に住まう人々には、困ったことがあると親切料として銀貨5枚を取ってお互いに助け合うという風習が残る。たとえ形あるものとして残らずとも、天使の気高い精神は人々の心の中に今も受け継がれているのだ。

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