【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「ゲーヘッヘッヘ! アンゼ姉様が認めなければユウジの結婚は成立しない! 認めてほしくば大人しくユウジをアンゼ姉様に一晩抱かせるんだな! ですよね、アンゼ姉様!!」
僕たちの結婚式の最中に乱入したデアボリカは、いかにも悪役面でそんなことを吠えたてた。
吠えるのはいいのだが、逐一セリフのあとに手揉みしてアンゼリカさんの顔色を窺っているのでみっともないったらなかった。お前本当に権力に弱いんだな……。
一方、アンゼリカさんは一言も発さずにただ無表情で棒立ちしている。こちらはこちらで何を考えているのかわからないな、何を思ってここにいるんだ……。
「本当にそれでいいのだな、アンゼリカ? ここまでされては儂も黙って引き下がれぬぞ」
メンツを潰されたゴールドン氏は青筋を立てて、低い声で恫喝を送る。
なんかちょっと怖い印象だなあ。僕に対するときの好々爺然とした穏やかな印象とは全然違う。まあ、人にはいろんな顔があるからね。
≪説明しよう!
なんかちょっと怖いどころか、傍にいるドラコがガタガタ震えておしっこ漏らしそうになるくらいにはマフィアの親玉全開の威圧感である!
ゴールドンの言う『黙って引き下がれない』とは街を二分する全面戦争であり、今まさに雄士を巡って内戦が起ころうとしている直前なのだが、当の雄士はまるで理解していなかった!≫
あれ、ウルスナやアミィさんが緊迫した顔で身構えてる。
なんかそんなに悪い状況なの? まあ結婚式の最中に権力者が乱入して花嫁を差し出せって言ってきたと思えば、そりゃ悪いだろうとは思うけど。
「お、お、脅したって無駄だぞ犯罪者め! こっちには領主代行のアンゼ姉様がついてるんだ! そもそも前から私の街にマフィアが住み着いてるなんて気に入らなかったんだよ、この機会に叩き出してやる! 言っておくが、アンゼ姉様の魔力は侯爵にも匹敵するのだ! いくら貴様が元侯爵とはいえ、アンゼ姉様に勝てると思うなよ! ですよね、アンゼ姉様!! やっちゃってくださいよ!!」
デアボリカはそうやってアンゼリカさんをけしかけているが、当のアンゼリカさんはただ黙って虚空を……いや、違うな。ただ黙って僕に視線を向けるばかりだ。
この街を愛してやまないアンゼリカさんなら「あらあら~。ケンカはダメよ~」とか言いながら当事者全員ブチのめしそうな場面だが、何を考えているのか僕を黙って見つめている。
「前から街にマフィアが住み着いてるのが嫌だったって……そもそもユージーンをロングフィールド家に紹介したのは、ゴールドン様のツテだったのでは? 都合のいい時だけ利用して、後で手のひらを返すのでは道理に合わないと思いますが」
ウルスナがそう言って透き通った声で反論する。バンダナがないせいなのか、本来のお嬢様らしい言葉遣いになっている。あのバンダナ、性格反転のスイッチか何かなのか?
「ぐっ……!? し、知らんな! そいつらは勝手に街に住み着いた犯罪者だ! 政府が犯罪者とつながりがあるわけがないだろう! いらない言いがかりはよしてもらおう!」
「いや、それはおかしい。スラムの人間は市民登録こそしていないが、ゴールドン氏はスラムの人間を代表して全員分の税を納めているぞ。だから勝手に住み着いているわけではないし、スラムには手出し無用との領主からのお達しが出ている。衛兵隊の私が証言しよう」
「ううっ……!?」
アミィさんが冷静に指摘すると、デアボリカはたじたじと後ずさった。
へえー。ゴールドンのお爺ちゃんってスラムの顔役って話だったけど、そんなことしてたんだ。そりゃスラムの人たちから王様みたいに慕われているわけだよね。
「う、裏切り者! アミィ姉様は衛兵隊の人間でしょう!? じゃあ街の味方のはずだ! 領主代行であるわた……いや、アンゼ姉様の味方をすべきでしょ!?」
「お前は何を言っているんだ? 私は確かに衛兵だが、それ以前にユウジの妻だ。今日この日をもってな。妻が夫を守るのは当然のことだろう。お前が理不尽をもってユウジの身を脅かすというのなら、私は全力をもって抵抗するさ。衛兵など辞めたって構わない」
そう言って僕を庇うように前に進み出るアミィさんは、心底頼もしかった。
参列者の中にいるアミィさんの同僚たちも、一歩進み出てデアボリカに相対する。
「ひっ……!!」
それに気圧されたのか、デアボリカが露骨に顔色を悪くして怯えた表情になった。
デボ子……お前本当に暴力にも権力にも弱いな……。そもそもこの場に立っているのもアンゼリカさんの権力だよりというのが、いかにもな虎の威を借る狐なのだが。
「く、来るな! 逆族め、私に指一本でも触れてみろ! アンゼ姉様が黙っていないぞ! そ、そもそも! そう、そいつだ! そこのちっこいの!!」
「へ、あたし?」
アイリーンが自分を指すと、デアボリカは我が意を得たりとばかりに居丈高に言い放った。
「そう、お前だアイリーン! 貴様、言うに事欠いて自分を貴族だと名乗っているようだな! それもアンゼ姉様よりも高位の貴族だから、夫であるユウジは初夜権の対象外だとのたまっているようだが……! 残念だったな、私がアンゼ姉様の側につくとは思っていなかったか? 元ギルドマスターである私は貴様の素性をよく知っている! 貴様が貴族どころかスラム育ちの汚らしい小娘だということをな!!」
言っているうちに調子づいてきたのか、デアボリカはぐんぐんテンションが上がっていく。
「この大ブリシャブ帝国では貴族を騙るのは重罪! 一族郎党もれなく死罪に相当する!! 無論、貴様だけではなくユウジも、ウルスナも、アミィ姉様もな!! が、私も鬼ではない……今日夫婦になったばかりだしな。この場の冗談として見逃してやってもいいぞ? ユウジを差し出すのならばな!! ああ、ついでにユウジの所有権も私に返してもらうし、ユウジに貴族を診療させたときの診療代も賠償金として私がいただこうか。ククク……ハーッハッハッハッハ!!!!」
舌なめずりしながら悪党そのものの高笑いを上げるデアボリカ。いや、ただの悪党だわこいつ。仮にも一緒に冒険した仲間によくこんな口きけるな。
「えーっと……」
一方、言われた側のアイリーンはぽりぽりと頬を掻き、何と言ったものか言葉を探しているようだった。
その横ではウルスナが憐れむような視線と共に、ゆっくりと首を横に振っている。
えっと……なんだこの状況?
確かにデボ子の言う通りこっちの詰みに見えるんだけど……。
「うちの姉に何か文句がおありですか?」
その言葉と共に参列者から進み出たのは、意外な人物だった。
ロングフィールド伯爵家のジャニス。今やロングフィールド家の次期当主であり、僕を兄貴と慕うソウルメイトでもある少年だった。
「へ……姉……?」
ぱちくりと目を瞬かせるデボ子に、ジャニスはギロリと鋭い視線を向ける。
「ええ、姉です。そこにいらっしゃるアイリーンは、我がロングフィールド伯爵家当主の養子であり、僕の義理の姉でもある。ロングフィールド伯爵家の次期当主である僕が保証しましょう」
……ああ!
アイリーンが身に着けている高価そうなアクセサリー、どこから出て来たのかと思ったらロングフィールド家だったのか! そりゃ見覚えがあるわけだよ、伯爵様に押し倒されたときに彼女が身に着けていたアクセサリーじゃないか。借りたのかな?
それにしてもアイリーンの箔付けのために、ジャニスとまで口裏を合わせておくなんて。ウルスナの入れ知恵かな、大したもんだよ。
「う、う、嘘だ! そんなわけがない! 伯爵家がスラム育ちの平民など養子にとるものか! 何段飛ばしだと思っている、身分を弁えろ! そんなバレバレの嘘で私を騙せると思うなよ!!」
デアボリカはそう虚勢を張るが、
「ああ、そういうだろうと思ってな。ちゃんと段階を踏んでおいた。お前は貴族であることを誇りにしているくせに、自分の家族構成すら覚えていないようだな」
「は?」
ぽかんとするデアボリカに、アミィさんはニヤリと笑ってみせる。
「忘れたのか? アイリーンは私たちホットテイスト家の末の妹じゃないか。愛する姉妹の顔も忘れるとは、次女として私は悲しいよ。アイリーンはジェントリといえど貴族の末席だ。平民が伯爵家の養子になれば意義を挟む者もいようが、アイリーンは仮にも貴族出身なのだから、伯爵家の養子となっても誰も文句をつけようがないよな?」
「ば、ば、ば、馬鹿な!! この娘はスラム出身の平民だ、私の妹のわけがない!! 言うに事欠いてとんでもない嘘を吐くな!! 私の記憶に賭けて、こいつはスラム出身だと……」
そう吠える妹に、アミィさんはウェディングドレスの胸元から一枚の巻物を取り出した。蜜蝋によって封がされた羊皮紙だ。
「ここに母上の書状がある。ホットテイスト家当主である母の名に賭けて、アイリーンが自分の腹を痛めて産んだ娘であるという証明書だ。さて、お前の記憶と母上の名。どちらが重いかな?」
「そ、そんな馬鹿な……! いつの間にそんなものを……!?」
ひったくるようにアミィさんの手から羊皮紙を奪ったデアボリカは、へなへなと力尽きるように腕を下した。
「ほ……本当に母上の筆跡……!! そうか……!! 最近領館に日参していると思ったら、狙いはアンゼ姉様を説得することじゃない! 本命は母上との密会か! 母上と通じて、こんな企みを……!」
「我が家からロングフィールド家に養子を出せるとなれば、両家は強力な縁戚関係で結ばれることになる。病床の貴方がたった一筆書くだけで、最小限のコストで昨日と変わらない明日が保証されます。そう説得したら、母上は喜んでこの書状を書いてくれたよ」
アミィさんは何でもないことのようにケロリと言った。
そうか……。アミィさんも無駄に空振りを繰り返していたわけじゃない。デアボリカの目を欺いて裏をかくことくらいは容易にやってみせる。
僕に黙って陰謀劇をやってのけたわけだ、僕のお嫁さんたちは。
あれ……? ということは、アイリーンがロングフィールド家の養子になったというのはカタリじゃなくて。まさか本当に……?
それを裏付けるように、ジャニスは声を張り上げる。
「アイリーン
「へ? 詫びるって……」
「当然、我がロングフィールド伯爵家の長女をスラム出身の孤児呼ばわりしたことをだ! それともロングフィールド家と戦争をやりたいか? ここで頭を下げるか、戦火の中で首を落とされるか! どちらかを選ぶがいい!!」
「……ひ、ひいいいいいいい~~~っ!!!」
悲鳴を上げるが早いか、デアボリカはコメツキバッタのようにその場に土下座した。
は、早い……! いつ膝を折ったのか、全然見えなかった……!
「い、い、い、命ばかりはお助けを~~~!! この通りでございます! 我が愛する妹の顔を見忘れるなんて、私がどうかしておりましたああ!! いやあこれは私の最愛の妹アイリーン……いやさ、伯爵令嬢アイリーン様、本日はお日柄も良く! 実の姉妹の縁に免じて、今後ともぜひぜひ
「こ、この人って……」
アイリーンはさっきまで自分をスラム育ちの孤児と見下しておきながら、一瞬で手のひらを返して土下座で媚びへつらうデボ子を気味悪そうに眺めた。
そりゃそうだよな……。
しかしスラムの孤児からジェントリの末娘ときて、今や伯爵令嬢か。まるで出世魚みたいな経歴ロンダリングだ。
まあ日本の戦国でも養子交換は積極的に行われていたっていうし、中にはどこの馬の骨ともしれない子を養子に迎えて、さらにほかの家の養子に出すってこともあったのかもしれないね。馬の骨どころか、実は王族の落胤なんだけど。
「アイリーン、よく見ておけよ。お前もこれからは伯爵令嬢なんだからな。こいつが絶対に信用してはならない類の人間の見本だ」
「他にいるの、こんな人……?」
「こいつくらい分かりやすくなくても、ざらにいるぞ」
信じられないといった顔のアイリーンに、ウルスナはげんなりした顔で答えた。
貴族社会おそろしいな。そりゃこんな人間を見てたら、ウルスナも貴族の生活に嫌気が差すのも道理か。アミィさんやアイリーンと仲がいいのも納得だね、ウルスナはまっすぐな人が好きなんだな。
さて、デアボリカは戦意を喪失したようだが……こいつは元々どうだっていい。
本来最も恐るべき人物、アンゼリカさんは……?
僕が様子を窺うと、アンゼリカさんはふうっと長い長い溜息を吐いた。
そしておもむろに顔を上げ、僕を見つめ、口を開く。
「……ユウジくん。それほどまでに私がお嫌いですか」
「えっと……?」
言葉に詰まる僕に、アンゼリカさんはぐるりと教会に詰めた参列者たちを見渡す。
その口調は、普段のおっとりした話し方とはまるでかけ離れていた。
「よくぞここまで場を整えたものです。ゴールドン翁を抱き込み、ロングフィールド伯爵家も巻き込み、我が母までも味方に引き込んだ。なるほど、ここまですればさしもの当主代行の私といえど、貴方に初夜権を行使するのは諦めざるをえないでしょう。その上で訊くのです。ここまでするほど、貴方は私がお嫌いなのですか?」
場の注目は、僕に集まっていた。
アイリーンが、ウルスナが、アミィさんが、参列者の全員が僕に視線を向けて、僕の返答を待っている。
最後の最後は、僕がアンゼリカさんにトドメを刺さなければならないようだった。
「僕は……」