【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「そこまでして拒否するほど、ユウジ君は私のことがお嫌いですか?」
参列者が詰めかける結婚式まっただなかの教会で、アンゼリカさんはじっと僕を見つめながら問うてきた。
花嫁さんたちの視線を窺えば、3人とも黙って僕に回答を委ねてくれているようだ。
では、僕も正直に腹を割って話そう。
「僕は……アンゼリカさんのことを嫌いじゃない」
僕の言葉に、参列者たちがどよどよとざわめくのがわかる。
ここまで来ておいて何を玉虫色の答え口走ってんだ、という気はする。実際ここで僕に求められているのは、断固とした拒絶だったのだろう。花嫁との永遠の愛を誓う式の最中に、他の女にも気のある返事をするなんて言語道断だろう。
知ったことか。
僕は鋼メンタルで僕の素直な気持ちを口にする。それが僕に最後の決着を委ねてくれた花嫁たちにとっても、正直に向き合うことになると信じて。
「アンゼリカさんは美人だし、おっぱい大きいし、あらあら系お姉さんで好きだよ。冷酷な判断もできるけど、それを表に出さずに人当たりの良い笑顔や口調で隠すこともできる。人によってはそれが人間ぶった擬態だと言うかもしれないけど、僕はそれをアンゼリカさんの優しさだと思う。だってこの街でアンゼリカさんがどんな風に振る舞っても、糾弾されることはない。それでも柔らかく人に接するなら、それは他人を傷つけたくないという優しさなんだと思う。
あと、石鹸のいい匂いするし、髪の毛ツヤツヤだし。綺麗好きで、毎日温泉入ってるんでしょ? アミィさんは病的な潔癖症だっていうけど、正直僕も毎日お風呂入らないと気分が悪いし、そこもすごく好感持てるよ」
そうだ。僕はアンゼリカさんのことを決して嫌いじゃない。はっきり言ってしまえば、女性としてすごく好感を抱いている。僕が独身だったなら、うっひょうこんないい女を抱けるのかって一も二もなく飛び付いたことが容易に想像できるよ。
でもね。
「だけどアンゼリカさんを抱くわけにはいかない。僕にはもう奥さんがいる。アイリーンも、ウルスナも、アミィさんも、僕にはもったいないくらいデキたお嫁さんだ。そんな彼女たちが僕にアンゼリカさんを拒むことを信じてくれているから、僕はその信頼に応えたい。だからどんな手を尽くしてでも、アンゼリカさんを拒むよ。女性に恥をかかせて本当に申し訳ないけど……ごめんなさい」
そう言って、僕は深々と頭を下げた。
1秒……5秒……10秒……。
誰もが息を呑んで見守る中、僕は頭を下げ続ける。そうして僕なりの誠意を示すしか、僕にできることはなかった。
アンゼリカさんがどんな顔をしているのか、頭を下げている僕にはわからない。ただ、アンゼリカさんが何か反応をしてくれるまで、僕は頭を上げるつもりはなかった。
「……わかったわ~。もういいわよ、頭を上げても」
やがて根負けしたようなアンゼリカさんの言葉に、僕は顔を上げる。
アンゼリカさんは穏やかに微笑みながら、溜息をついて肩を竦めていた。
「もういい、ユウジ君の気持ちは伝わったわ~。そこまで言われてなお抱くのを諦めきれない、なんていうほど私はトチ狂っていないつもりよ~」
「アンゼリカさん……!」
「わかりました、そこまで誠意をもって断られた以上、女らしくきっぱり諦めましょう。こちらこそごめんね、大事な結婚式にお邪魔しちゃって」
伝わった。
アンゼリカさんは何かが吹っ切れたように笑い、花嫁たちに笑顔を向ける。
「姉上……」
「その真っ白なウェディングドレス、素敵ね~。飾り気がないシンプルさが、アミィちゃんの性格によく似合ってる。よかったね、誠実なお婿さんをもらえて。大事にしなさいよ~」
「はい」
アミィさんは噛みしめるように頷きを返した。
デボ子は「え!? え!? 諦めちゃうんですか!? ユウジを手土産に権力中枢で成り上がる私の夢は!? アンゼ姉様!?」とあわあわしている。お前そんなこと考えとったんかい。永遠に梯子を外されていろ。
そんなデボ子を無視して、アンゼリカさんは小さく呟いた。
「……最後に一つお願いがあるのだけど。貴方たちをハグしてもいいかしら~?」
「え? ええと」
「だってこんなに可愛いウェディングドレス着てるんだもの~。こんな服着てる妹たちを抱っこできるの、一生に一度よ~?」
コロコロと笑うアンゼリカさんに、アミィさんは「……はい」と頷く。
可愛いものにはすぐ抱き着く癖があるアンゼリカさんだけど、これはいつもとは違う。
つまりアンゼリカさんなりに祝福したい、そう言うことだった。
まず抱きしめられたのはアミィさんだ。
「ふふふ、アミィちゃんもそんなドレス着てると女の子みたいね~」
「姉上、私は元から女性です!」
「わかってるわよ~。いつもが女を捨てすぎだって言ってるの。結婚したんだから、旦那さんに見捨てられないようにオシャレしてね~」
「……はい」
姉の忠告に、アミィさんが素直に頷く。
続いてアンゼリカさんが向いたのはアイリーンの方向だ。
「わあ~可愛いわね~。うふふ、こんな愛くるしい妹ができるなんてびっくりだわ~」
「え、ええと……その。ごめんなさい?」
「バカね~、なんで謝るの~? おっと、伯爵令嬢にバカなんて言っちゃ失礼か。実の姉妹の縁に免じて許してね~?」
「ひゃ、ひゃい」
「困ったことがあったら何でも言いなさい。私はお姉ちゃんだからね~」
あわあわするアイリーンを、ぎゅぎゅっと抱きしめてアンゼリカさんは笑う。
続いて向き直ったのはウルスナの方向だ。
「え、わたくしも?」
「そうよ~。だってアミィちゃんやアイリーンちゃんと同じお婿さんをもらうんだもの。貴方だって私の妹ってことになるわよね~」
「あ、はい……じゃあちょっとだけ」
ニコニコと笑うアンゼリカさんに、ウルスナは照れ臭そうに腕を開いた。
そんなウルスナをすっぽりと包み込むように、アンゼリカさんはよしよしと彼女を抱きしめながら頭を撫でた。
ウルスナも結構なモデル体型の長身なんだけど、そんな彼女をよしよししてまるで違和感を感じさせないあたり、アンゼリカさんは生粋のお姉ちゃんだね……。
「じゃ、最後はユウジ君ね~」
「あ、僕も?」
「だって義弟になるわけだし~。じゃあ姉弟でハグしてもおかしくないわよね~」
アンゼリカさんはニコニコと笑いながらそんなことを言う。
既に自分たちも抱きしめられた後なので、お嫁さんたちは何も言えないみたいだ。
狙ってこの状況を作り出したの? やっぱアンゼリカさんは策士だね。
黙ってアンゼリカさんに身を委ねると、アンゼリカさんは僕を抱きしめながら首筋にそっと鼻を近づけ、胸いっぱいに匂いを嗅ぎながら僕の頭を撫でた。
うおっ、アンゼリカさんの胸でっか! やわらかっ!!
その巨乳に顔いっぱいに埋もれさせるくらいに強く抱きしめられ、僕は言葉を失う。
「…………」
アンゼリカさんは何も言わず、僕を抱きしめ続ける。
……ふと、首筋に熱い液体が触れたような気がした。
これは……涙……?
だけど身を離したアンゼリカさんは穏やかに微笑むばかりで、涙を零したような形跡はまるで見て取れない。
さっきのはただの錯覚だったのかな、とそう思った。
「じゃ、お邪魔虫はこれで帰るわね~。じゃあ4人とも、お幸せに~」
アンゼリカさんはそう言って、さっと背を向ける。
「あ、姉上! 式に最後まで参列を……」
「嫌よ~、招待状ももらっていないもの~。それに式を無茶苦茶にしようとした人がいるのも気まずいでしょ~? また今度ね~」
そう言い捨てて、アンゼリカさんはひらひらと手を振り、振り返ることもなく去っていく。
「あ、アンゼ姉様! え、本当に諦めるの!? ね、姉様~! おいてかないで~!!」
その背中を追って、デボ子がカサカサと四つん這いになってついていく。さっきジャニスに脅されたときに腰が抜けたのか、ゴキブリみたいな動きだった。あいつ本当にエロいビジュアルで生まれて来たことを神様に謝れ。
まあ……なんにせよ、これで一件落着かな。
思いのほかかなりあっさりした幕引きで済んでよかった。アンゼリカさんが伯爵級の魔力を秘めてるっていうデアボリカの言葉が脅しでなければ、アンゼリカさんが暴れたらそれこそ式を開けないほど滅茶苦茶になったかもしれない。
そしてそうならなかったということは、やはりアンゼリカさんが妹たちの結婚式を台無しにすることを望まない優しい人だった……そういうことなのだろう。
……ちょっともったいなかったかな。僕は心の内でそう呟いた。
参列者たちもほっと息をついて、嵐が過ぎ去ったことを喜んでいるようだ。
おや、あそこにいるのはジャニスとウェズ君だね。そばにはドラコもいる。なんだか談笑しながら、無事に済んだことを祝っているみたい。
「やれやれ……一時はどうなることかと。アンゼリカが暴れたら、ここにいる全員で止めねばとヒヤヒヤしましたよ。ええと、貴方はアイリーン嬢の御身内ですね」
「ええ。義弟になります、ジャニスと申します」
「これは、次期伯爵閣下……。このような鄙びた場所にわざわざおいでくださるとは」
跪いて礼をしようとしたウェズ君を、ジャニスが慌てて止める。
「やめてください! 僕はまだ修行中の身。ただ伯爵の息子というだけで、僕自身の力で何かを為したわけではない。未だ何者でもないのですから」
「なるほど……失礼しました。私はウェンズディと申します。お若いのに立派な方だ、伯爵様も貴方のような方が後継者で、さぞ安心したでしょう」
ウェズ君とジャニスの話は盛り上がっているようだ。
うんうん、僕の友達同士が仲良くしてると気分がいいね。ウェズ君も社会に出て活躍する同性を求めてるみたいだし、これを機に友達の輪が広がるといいな。
「ええ、何しろ兄貴がいいので! 兄貴は立派な方なんですよ、すごい聖者なのに腰が低くてとても謙虚で、僕も見習わなきゃっていつも思ってるんです! 実は兄貴はアイリーン姉様と結婚しまして、名実ともに僕の兄貴になるんです! 何を隠そう、今日の花婿なんですよ!!」
「……ふーん。あ、失礼、さっきの自己紹介は訂正します。僕はユウジ君の
「……へぇ。あ、僕はユウジ兄貴の
あれえ? なんかさっきまでの和やかな空気はどこへやら、途端に険悪な雰囲気でバチバチと火花を飛ばし合ってる……? どうしたんだ、仲良くなりそうな感じだったじゃないか。
もっと寄り添って! ラブアンドピース!!
と、静かに睨み合う2人のところにドラコが割って入った。
おお、いいぞドラコ! うまく仲裁するんだ!
「は? 僕は先生の愛弟子で、一つ屋根の下で同居してるんだけど? 冒険から帰ってきて冒険譚を聞かせてもらう? 義弟? 僕なんか一緒に冒険にも行ってるし、もう弟同然に毎日可愛がってもらってるんで。先生との絆は僕が一番深いと言えるでしょ」
「……この女装トカゲ。ちょっと黙ってくれないか」
「ふ、ふ、ふーん……。でも所詮は他人だよね? 僕は家族なんで」
おかしい……。仲裁どころか余計に激しく3人で火花を散らしている……。
と、睨み合っていた3人は、ほぼ同時にこっちを振り向いた。
『どっち!?』
「何が!?」
どっちも何もないだろ、男性同士で。みんな大事な僕の親友や教え子だよ。
と、3人の元に溜息を吐きながらウルスナが向かっていく。
やっぱりウルスナは最高に頼りになるね。いいぞウルスナ、びしっと言ってやってくれ。
「はいはい、参列者の皆様はちょっと静かにしてくださいね。所詮男性は友人止まりなんですから。わたくしもユージーンとは悪友のように付き合ってきましたが、夫婦という一心同体の関係になれるのは女の子だけの特権なんです、ごめんなさいね? 男性のみなさんはせめて参列者席から私たちの幸せを祝福しててくださいね♪」
「ああ゛!?」
「んだゴルァ!!」
「すっぞダラァ!!」
得意そうに胸を反らすウルスナに、男性陣ががるるとキャラを崩して吠え掛かった。
なんでそこで挑発するの……!?
そしてそんなウルスナを窘めるかと思いきや、アイリーンはあははと頬を掻き、アミィさんは腕組みしながらうんうんと頷いてるし。
しばらくウルスナの方を向いて唸っていた男性陣は、突然僕に顔を向ける。
『どっち!?』
「だから何が!?」
あーもう、無茶苦茶だよ……。
こんなに新婦と友人代表の仲が険悪な結婚式って他にある?
一体なんでこんなことになってしまったんだ……!!
まあ、でもこんくらい滅茶苦茶で賑やかな方が、僕の結婚式にはふさわしいのかもな。
「はいはい、じゃあ結婚式の続きするよー」
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背後の教会からは賑やかな喧騒が聞こえて来る。
ユウジはいつもそうだ。周囲を巻き込んで、無茶苦茶に場を引っ掻き回して、騒々しくせずにはいられない。
その秩序とはまったく真逆の破天荒さは秩序を旨とするアンゼリカにはないもので、だからこそ惹かれたのかもしれなかった。
つかつかと振り返らず颯爽と歩くアンゼリカの前に、ひとりの男性が立った。
アンドレイだ。
妻が結婚式に乗り込んだと聞いた彼は、こうして結婚式場から離れた場所で妻を待っていた。たとえばこのように、こっぴどく振られてしまった妻に慰めの言葉をかけるのが、夫の役目だと思ったために。
しかしアンゼリカの顔にはまるで悲しみの欠片も見えず、涙した様子もない。
だろうな。アンドレイは思った。
自分の妻は鉄の女だった。薄皮一枚の下は鋼鉄でできており、人並みに悲しみを覚えることなどない。情を母親の胎内に置き去ったとしか思えない女だった。
だからアンドレイは何も言わず、離れたところでアンゼリカとその不出来な妹を眺めた。
「アンゼ姉様、本当によろしいのですか!? これが最後のチャンスかもしれませんよ! 今ならまだ! 今ならまだユウジをものにできるかも!」
「…………」
デアボリカはぶんぶんと小うるさいハエのように付きまとっているが、アンゼリカは一向に歩みを止めることはない。
向かうのは自宅、彼女の仕事場でもある領館だ。
今日決裁しなくてはならない事項がまだ館にある。時間を使ってしまった、一刻も早く仕事に戻らなくては。世のため、アンゼリカを必要とする市民のために。
「アンゼ姉様、お聞きを! 私、このデアボリカにお任せください! 私に任せてくだされば、必ずやユウジの股をお姉様に開かせてみせます!!」
「っ……余計なことをするな! これ以上私を惨めにさせる気か!!」
アンゼリカは立ち止まり、声を震わせながら叫んだ。
その反応に、デアボリカは息を呑んで立ちすくむ。感情を露わにするアンゼリカに、さしものデアボリカも言葉を失うしかなかった。
ぽたり。ぽたりと。
「姉様……泣いておられるのですか」
信じられないものを見るように、デアボリカは呟いた。
アンゼリカの頬に、雫が滴っていた。
それを拭うでもなく、アンゼリカは深く深く息を吐き、語る。
そのトーンにデアボリカは聞き覚えがあった。遠い過去、泣き喚く自分をあやしてくれたときの口調だった。
「……私は恋を知り、同時に失恋を知った。それでいいのよ~。人生に一度も恋を知らぬ女は、最も惨めだから。そうではなくなった私は、最も惨めから一歩遠のいたということなの~。叶わぬ恋であっても、その恋が思い出の中で美しくあってくれるなら、恋する
「姉様……」
それ以上デアボリカは何も言えなかった。
それでいいのか、とは問えない。他ならぬアンゼリカがそれでいいと言っているのだ。
人の耳に悪事を囁くことが何より得意なデアボリカをもってしても、もうアンゼリカを翻意させることはできそうもなかった。
「だけどね、そのまま潔く身を引くのは癪でしょう? だからちょっとだけ、ほんのちょっとだけ意地悪しちゃった」
「意地悪……とは?」
おうむ返しに問うデアボリカに、アンゼリカは頬を濡らしたまま少しだけ悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「いい女であること。潔く花嫁と花婿を祝福して、颯爽と去っていくお姉ちゃんを貫いたこと。いつの日かユウジ君が私を思い出して、ああいい女だったな、あの女に抱かれなくてもったいないことをしたな……そう思ってくれる日が来てくれるのなら。それが私を惚れさせたことへの仕返しなのよ~」
「は……」
デアボリカは何とも言い難い声を漏らしたが、アンゼリカにはどうでもよかった。自分に言い聞かせるために言葉にしたに過ぎなかったから。
「さ、行きましょう。休憩は終わりよ、仕事が山ほど待っているわ~。デアボリカちゃんも手伝ってくれたらお駄賃あげるから、頑張ってね~」
「あ、ちょ……待ってください、アンゼ姉様!!」
木陰から呆然と見守るアンドレイをよそに、姉妹は連れ立って歩いてゆく。
アンゼリカは何も見ないように颯爽と歩いていた先ほどと異なり、深まりつつある秋の空を見上げながら歩いていた。もう涙が零れないように。
……ああは言ったけど、ユウジ君が私と一夜を共にしなかったことをもったいないと悔やむ日なんて来ないかもしれないわね。
だってあんなに素敵なお嫁さんが3人もいるのだもの。悔やむ暇などないのかもしれない。
だけど、それならそれでいい。
だってアミィも、アイリーンも、ウルスナも、みな自分の可愛い妹たちで。
ユウジもまた、可愛い義弟なのだから。
家族の幸せを祈りながら、アンゼリカは冬が迫る街をゆっくりと歩いて行った。