【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
長い冬が続いている。
前にも言ったけど、ブリシャブ島の冬ってマジで過酷なんだよ。
一日中天気はどんよりしてるわ、道路が凍って街の外に行けなくなるわ、いいところがまるでない。
ドラコは僕の作ってやったそりに乗って友達と滑りまくったり、雪合戦をしたり、雪だるまを作ったりと毎日楽しそうだけど。
そういう遊びはもう卒業してしまった大人は、毎日本当に退屈極まりない。
まあ暇に飽かせて僕が作ったテーブルゲームが山ほどあるし、お嫁さんたちと毎日くっついてイチャイチャしているから、まったくすることがないわけじゃないんだけどね。
ただここに特筆するような出来事はまるで起きてないなあ。
そもそもこう寒いと、みんな家の中に閉じこもってるから、人の行き来がないんだよね。
毎朝のブートキャンプは続いてるし、アンゼリカさんやゴールドンのおじいちゃんから依頼された病人の治療はしてはいるんだけど、寒いからすぐに家に帰っちゃうし。
なんせ家には可愛い可愛い僕のお嫁さんが待ってるんだもの、家路に向かう足も軽くなるってもんだよ。
まあ新婚家庭にとっては、夫婦で思う存分イチャイチャしまくれる蜜月がずっと続くわけで、そう考えるとこの冬もそう悪いもんじゃないかもな。
このまま春までの5か月間、何の事件も……起きませんでした!!ですっ飛ばすか。
そう思っていた矢先、アミィさんがひとつの便りを届けに来た。
「姉様が、先日の結婚式に乱入した非礼のお詫びに、私たちを温泉に招待したいと手紙をくれたんだが……どうする?」
「え、アンゼリカさんが? 行く行く!!」
僕は一も二もなく飛び付いた。
よかった、先日の結婚式以来気まずくなってたけど、これは仲直りしたいって申し出と受け取っていいんだよね? 関係を修復するきっかけを探してたけど、向こうから言い出してくれるなんてまたとない機会だよ。
それに温泉だよ、温泉!
日本人のメンタルには特効だよね。やっぱり冬は温泉だよ!
この屋敷にも一応お風呂はあるんだけど、一人用のバスタブにお湯を張って、一人が上がるたびに湯を捨てるという西洋方式のお風呂なんだよね。
どう考えても非経済的だし、お嫁さんたちとの嬉し恥ずかしの混浴もできない。だからみんなで入れるでっかい湯船が欲しいと思っていたんだけど……。
お嫁さんたちにはまるで理解してもらえなかった。毎回お湯を換えないと不衛生だって言われるんだ。これは文化の違いなんだろうね。
だからこの異世界ではもうみんなでお風呂は楽しめないと思っていたんだけど……。
温泉ならそんな縛りはないからね! 楽しむぞう!!
「お、おう……。言っておくが、お前が期待しているようなものとは違うかもしれんぞ? 私も姉様に誘われたことがあるが、辺鄙な山の中だし、吹きざらしだし……今の季節、かなり寒いぞ?」
それってがら空きの露天風呂ってこと? いいね、最高じゃん!
「寒くても全然いいよ、足伸ばしてお風呂に入れるってだけで日本人は大喜びだから!」
「そうか? お前がそう言うのなら、姉様にはみんなで行くと伝えておこう」
ふふ……露天風呂、露天風呂!
楽しみだなあ~!!
======
====
==
「あ、あそこじゃない!? 微かに明かりが見える気がする……」
ゴンドラを抱えたドラコの言葉に、アンゼリカさんはんーと目を凝らす。
「うん、あの山よ~。あそこに着陸してくれる~?」
「ラジャー!」
アンゼリカさんが誘ってくれた温泉地への道は、苦難を極めた。
まず道路が凍っているから馬車で行くことができない。
そこで例によってドラコにゴンドラを抱えてもらい、空から行くことになった。デアボリカには寒いからヤダって断ってたけど、別に空を飛べないわけじゃないんだよ。
デアボリカはそれを知ってごねてたけど。
「なんだ飛べるんじゃないか!? じゃあ他の街に治療に行けるだろ! 金稼ごう! カネ!」
「金儲けにドラコを利用するなんて許すわけないだろ。温泉ならいいけどさ。……お前も来るか? アンゼリカさんの温泉」
「い、行くわけないだろあんなところ! バーカバーカ! サルと一緒に温泉にでも浸かってろ、金儲けの案なら他にもいっぱいあるんだからな!」
こうしてデアボリカは折角の読者サービスする機会を逃しました。あいつもう美少女キャラ返上しろ、無駄なオッパイしやがって。
まあ、あのうるさい奴がいないから気楽だけどね。
ただ空路を取るにしてもまた問題があって。
街の外は一面の銀世界になってて、それはそれで絶景ではあるんだけど、今度は地形が雪に隠れて見えなくなってたんだよね。
しかも普段は陸路を通ってるから、空路だと勝手も違う。何度か迷いそうになりながらも、アンゼリカさんのガイドでなんとか目的地に到着した。
「ここが温泉……?」
そして目的の温泉地は、マジで山の中にあった。
目印になる看板とか一切ない。一応獣道があったり、樹の幹にリボンが結び付けてあったりするんだけど、山の中を歩いてるとこの道で本当に合ってるの?と不安に駆られそうになる。
もっとも、先頭を歩くアンゼリカさんは、まるで自分の庭を歩くかのように迷いない足取りで、ひょいひょいと山道を歩いていくんだけど。
「こっちよ~。みんな、はぐれずについてきてね。遭難したら命の保証はできないわよ~」
「…………」
僕たちは無言で顔を見合わせると、全力でアンゼリカさんにくっついて歩いた。
「あらあら~。みんなやる気たっぷりね、お姉さん嬉しい~♪」
「あ、アンゼリカさん……。よく迷わずに歩けますね!?」
アイリーンが思わず突っ込むけど、僕も同意見だ。
アンゼリカさんに抱いていたイメージは「ゆるふわ系お姉さん」「内面マシーン」といったもので、断じてゆるふわ系山ガールではないし、ましてや屈強なワンダーフォーゲル部員ではない。
柔らかそうな爆乳してんなあ、童貞を殺す縦セーターとか似合いそう……。という感想は抱いても、その縦セーターで冬の山をのしのし歩くなんて予想もしないだろ。
「そりゃそうよ~。私毎日この温泉に入りに来てるんだから、自宅の庭みたいなものよ~」
「ま、毎日……この山道を……!?」
「そうよ~。うふふ、いつもは徒歩なんだけど、今日はドラコちゃんがいたから楽出来ちゃった~。ドラコちゃん、ありがとうね~」
「い……いえ……」
言葉に畏怖を滲ませながら、ドラコはドラゴンに睨まれたか弱い人間のように視線を逸らした。
うん、確かにアンゼリカさんは出会ったときに言ってた。
綺麗好きで、毎日街の外にある温泉に入りに行ってるって。
だけどこんな過酷な道のりを通ってるって思わないじゃない? どうなってんだよ、この人の足は! そして童貞を殺すセーターとロングスカートで平然と冬の山を歩くな!
「ついたわ~。ここよ~」
アンゼリカさんはくるりと振り返ると、僕たちに向けてにっこりと微笑んだ。
「おいでませ、アンゼリカ温泉へ~♪」
彼女が指し示したのは、ぐるりと円形に囲まれた岩場になみなみと湛えられた、湯気の沸きたつ温泉だった。
おお。これはなかなか……。
確かに屋根とかがない完全な露天だし、山の中だから頭上は木々で覆われているし、湯には落ち葉が浮いてはいる、粗末なお風呂で。
脱衣所なども設けられておらず、完全な天然温泉って感じではあるんだけど。
それでも野趣があってかなりいい感じなんじゃないの!?
特に管理人さんが常駐してるって感じはなさそうで、落ち葉を掬い取って掃除する手間は必要そうだけど、それでも十分素敵な温泉だよ。僕は充分気に入った。
「いいね! ここまで来た甲斐があった!」
「わあ~。お褒めいただいて嬉しいわ~」
僕の賛辞に、アンゼリカさんは両手をちょこんと合わせてニコニコと微笑む。
「よし、じゃあ早速湯に浮いた落ち葉を掃除して……」
「あ、落ち葉が浮いてるわね~。汚いわ。それにこの寒さでお湯の温度も下がってるみたい。ちょっと下がっててね~」
「えっ」
言うが早いがアンゼリカさんはすっと手のひらを突き出し、おもむろに熱線を放射して温泉を薙ぎ払った。
いやもう極太ビームとしか呼ぶしかない有様で、それが水面を撫でるだけで落ち葉が一瞬でジュッと音を立てて灰に変わる。
もう僕もアイリーンもウルスナも呆然と見守ることしかできなかった。以前ウルスナの魔術を見せてもらったことがあるけど、あのときと同等の熱量は軽く出ている気がする。
そしてウルスナはあの後かなり疲労していたはずだけど、アンゼリカさんはまるで平気そうに、ケロリとした顔でこちらを振り向く。
「はい、消毒完了~。これで落ち葉も綺麗になったし、お湯も温かくなったわ~。ゆっくりと温泉を楽しんでね~」
温かくなったというか、お湯がボコボコと泡立ってますけど。
少し冷まさないと入れないんじゃないかな……。
「姉上の魔力はその……父譲りなんだ。この温泉、あの熱線で姉上が掘ったんだよ。風呂に入りたいからって手当たり次第に山に熱線を打ち込んで、温泉が湧いたのがここだったんだ」
アミィさんがぼそりと呟いたのを聞きつけ、アンゼリカさんは照れ笑いを浮かべながら、人差し指でアミィさんのおでこをこつんとつつく
「やだ~、人の秘密を勝手に話しちゃったの? もう、アミィちゃんったらダ・メ・だ・ぞ☆」
「ひっ!? ……あ、いや、すまない。姉上の魔術を久々に目の当たりにしたからつい……」
何の弁解にもなってないんだけど、気持ちはわかる。
そりゃあんな熱線を手のひらから出せる人間に、人差し指でおでここつんとかされたら怖いわ。ちょっと気まぐれ起こしただけで人を殺せるもん。
まあ、僕なんて魔術に当たったら一撃で死ぬクソ雑魚だし、この世界の人間誰でも僕をオーバーキルできるんだから今更だけどね。
アミィさんの弁解にアンゼリカさんは一瞬寂しそうなしたが、すぐににこやかに微笑んでぽむっと両手を叩いた。
「じゃあ、家族水入らずで温泉を楽しんできてね~。私はここで待ってるから~」
後編は温泉サービス回です、引き続きお楽しみください。