【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
ブリシャブの冬は長く暗い。
祭りなんかも開催しないそうで、ずっと家の中に閉じこもりっきりだ。
そして僕の堪忍袋は限界を迎えつつあった。
「うあああああああ! 暇だあああああ!!!」
「ユ、ユージィ落ち着いて!」
壁にガンガンと頭をぶつけて狂乱する僕を、アイリーンが必死に宥めて来る。
くそっ、暇すぎる! 退屈で頭がおかしくなりそうだ!
もうおかしいって? それはそうだが。
夏から秋にかけて濃密なイベントを過ごしてきたので、冬になると途端に暇になってしまったギャップも大きい。
僕は【精神耐性】があるから外からの刺激には強いんだけど、内側からの衝動には弱いんだよね。
具体的に言うと他人から威圧されるとか、めちゃめちゃ高いところで足が竦むとか、そういうことは一切ない。【精神耐性】は外からの刺激を遮断する能力だからだ。
その代わり、自分の内面から感じるストレスには耐えられない。だからあまりに代わり映えしない日々に心が壊れそうになるのは止められないのだった。
「ユウジは何を狂乱しているんだ? 冬にイベントがないのなんて当たり前じゃないか」
「そうだよ。そのために薪をたくさん割ったりストーブを作ったりして、冬に耐える準備をしたんじゃねえか?」
アミィさんとウルスナが、不思議そうに顔を見合わせている。
くそっ、現地人にはこの気持ちが理解してもらえない! 生まれた時から冬には何もないのが当たり前だから、特に違和感を感じないんだ!
現代日本から異世界に転移した人って、よくこの環境に耐えられるな!?
テレビもねえ! ラジオもねえ! インターネットはナニモンだ!?
こんな退屈極まりない環境で半年過ごすなんて、現代人にはストレスマッハだよ!
そりゃテーブルゲームも作ったし、お嫁さんと毎日イチャイチャしてはいるけど、それだけで退屈をしのぐには現代人は刺激に慣れすぎている。
せめて音楽とか読書とかインターネットとかがあればいいのに、そういう類のものは一切ない。本ってクッソ高いんだよ、活版印刷は既にあるけど聖典の普及に専ら使われていて、娯楽本とかに回す余裕がないからね。
「せ、先生ほら! 先生が作ってくれたそり、すごく楽しいよ! よかったら僕が一緒に滑ってやってもいいぞ」
そう言ってドラコが木のそりを両手で大事そうに抱えながら、えへへとはにかむような笑顔でこちらを見上げて来る。
そりか……。
「そんな低次元のおもちゃでこの退屈が埋められるか!」
「先生が作っておいて!?」
ドラコがショックを受けたように叫ぶが、そりゃそうだろ。
いくらそりやスキーが楽しいからって、北国の人間が四六時中滑ってられるか?
インターネットを知った現代では、北国の人間だって動画見たりXやったりしとるわ!
ドラコみたいに毎日毎日飽きずにそりで滑ってヒャッホー!とか言ってられないんだよ現代人は!
くそっ、インターネットを知らなければ「いいね! 一日中滑り倒そうぜ!」ってアホみたいに滑っていられるのに! インターネットは電子ドラッグやでえ……。
「先生が作ってくれたのに……」
「ドラコ、ユージィはちょっと虫の居所が悪いんだよ。誰にだってそんな日はあるよ。明日になったらまた頼んでみよう、ね?」
部屋の隅で背中を煤けさせながら落ち込むドラコを、アイリーンが励ましている。
いや、悪いが明日以降もずっと機嫌は悪いぞ。まあ少しくらいなら一緒に滑ってやらなくもないけど。
「じゃなくて、イベントは! 何かイベントはないの!? 冬の年中行事ってなにかあるでしょ!」
「イベント……なあ。まあ一応祭りは12月から月一で3回あるけど」
「なんだ、お祭りあるんじゃない! 何!? どんなことするの!? 盆踊り!? 御神輿!? 屋台!? 金魚釣り!? ヨーヨー掬い!? 型抜き!? 雪像づくりとか!? どれでもいいよ、僕は全部経験者だから!」
僕はぱあっと顔を輝かせながら、アミィさんに飛び付いた。
高校時代あまりにもモテなさすぎて、とにかく祭りの浮かれた気分に乗って彼女ゲットしようとお祭りの練習したからね!
どれもプロには及ばなくとも、女の子にすごーい!と言われるだけの腕前はあるよ!
彼女はできたかって? 何の成果も得られませんでした! 祭りに来るような女の子は大体とっくにくっついてて彼氏とデートに来てるんだわ!
「ぼんおど……? いや、それはわからんが。まず12月には聖人の生誕祭がある」
「生誕祭……つまりクリスマスだね! いいじゃない、イルミネーションの輝く街角で彼女とデート! いや、この時代はイルミネーションはないか。蝋燭で輝く街の中を歩くのかな?」
いいねロマンチック!
へへへ! クリぼっちを極めてて。モテない仲間の男子とクリスマス会してた日本にいた頃の僕よ、見てるか!
僕は彼女というか、美人のお嫁さんが3人もいるんだぞ!
これでクリスマスに勝ち組を名乗れるぜ、ひゃっほう!
「いや、そんなもったいないことはしないぞ。教会に集まって、みんなで聖人に祈りを捧げる厳粛なミサが開かれるんだ」
「え……あ、ガチなやつ?」
だめだ、これ真面目な宗教イベントだ。全然浮かれた気分にならない。
そもそもクリスマスでヒャッハーって浮かれるのって日本人だけなのかもしれないな。
「どうだ、私たちも行かないか? たまには神に祈るのもいいものだぞ」
「いや……そういうのはパスで」
僕、神様とか信じてないんで。
というかこの世界の神様って、今いるの? この世界に僕を呼んだのが神様の仕業だとすれば、今不在にしてて自動販売機にチート売らせてんだけど。
まあ僕を呼んだのが神だろうが悪魔だろうが、現代日本人の僕にはそもそも信仰心ってものがないからね。そりゃ神社に行けば手は合わせるけど、別に神様を信じてるわけじゃないよ。
多分この世界のクリスマスは、僕は楽しめそうにない。
僕はそういうガチの宗教の祭りを求めてるんじゃないんだよ、祭りだ祭りだ今日は無礼講で騒ぎまくるぜ!ってのを求めてるんだ。
「そうか? いい機会なのだが……」
「1月は! 1月はどんなイベントなの!?」
「1月は公現祭だな」
「こうげん……何?」
耳慣れない単語に、僕は眉をしかめた。この世界特有のイベントか何か?
「公現祭というのは……まあ仕事始めの日で、大きな見本市が立つんだ。後は教会に集まって、1年無事に仕事ができるように祈ったりもするぞ」
「見本市ってなんだっけ? なんか出店とか並んだりする?」
僕の言葉に、アミィさんは苦笑を浮かべた。
「見本市というのは、今年はこんな商品を売りますよというデモンストレーションのことさ。商売人が他の商売人に向けてプレゼンする場だな。出店は……まあ食べ物も売るが」
ああ、また真面目なイベントだ……。
あれでしょ、オタクに馴染み深いイベントで言えば東京ゲー○ショウでしょ。ゲームメーカーがこんなゲーム作りますから仕入れてくださいって卸業者にアピールするやつ。
僕の楽しみ方が悪いのか何なのか、あの手のイベントを楽しいって思えたことないんだよね。
せいぜいエッチな恰好したコスプレイヤーのおねーちゃんをジロジロ眺めてるくらいだよ。同行者には「お前ガン見しすぎだろ」って笑われたけど、あの人たちは見られるためにエロいカッコしとるんやろがい! 見て何が悪いんじゃい!!
まあ今は僕がエロい目つきでジロジロ見られてる側なんですけどね。
「じゃなくて! 2月! 2月こそ楽しいイベントがあるんだよね!?」
「2月は謝肉祭だ。別名はカーニバルともいう」
「キター!!!」
カーニバル! お祭りといえばこれだよ!!
エロい格好したねーちゃんがお立ち台の上でサンバを踊り狂うんだろ!?
これだよ! 日本人が想像する祭りと言えばこれ!
「飲めや歌えの乱痴気騒ぎをするんだよね!?」
「ああ、するぞ。その日は肉料理の屋台もたくさん出店される。そこでみんなたらふく肉を食べるんだ。まあ大角ウサギの肉なので、普段の食生活と変わらんといえば変わらんが」
「いや、いいよ。全然いい! そういう楽しい祭りを求めてたんだ! こりゃ待ち遠しいな!」
僕がそう言うと、アミィさんはにっこりとほほ笑み返してくれた。
「ユウジも楽しみか。この日を待ち遠しいと思ってる者も多いからな。ただ、気を付けるんだぞ。何せ謝肉祭の日は大規模な男性市も立つからな」
あ? なんか今、不穏な単語聞こえませんでしたか。
「男性市……というのは?」
恐る恐る僕が訊くと、アミィさんは何でもないことのように答えた。
「ああ、家庭で育てた男性を競りに出すんだよ。まあ婚活市場というわけだな。毎年この日になると、肉をかっくらって精力を蓄えた街中の女性が、飢えた野獣のような目で市場をうろつくんだ。お前も人さらいに連れてかれないように、注意するんだぞ」
「何その倫理観ゼロのイベント!?」
謝肉祭って性的な意味でかよ! 肉の祭りじゃなくて肉欲の祭りじゃねえか!
僕は楽しいお祭りをやりたいだけなんだ、今はエロいのは求めてないよ!?
僕の言葉に、アミィさんは不思議そうな顔をする。
「倫理観ゼロといっても……。だってこの世界だと、男性はいつも家の中に押し込まれているから、出会いがないんだ。だから婚活市場に出して若いうちに結婚を斡旋する。男性は婿入り先が早くに決まり、女性は夫が迎えられ、男性を育てた家族は結納金をもらえる。誰も損はしない、合理的なイベントだろう?」
いや、男性の人権は!? これ人身売買でしょ!?
……と思ったけど、これ僕が現代日本の倫理観を引きずってるからおかしく思えるだけなんだろうな……。
そもそもこの世界にはまだ人権という言葉がないんだ。男性は悪い言い方をすれば家畜と変わらない存在なんだな。
ウェズ君はそんな男性の扱いが嫌で嫌でしょうがなくて、男性解放運動をしてるってこの前教えてくれたけど……。まだその運動はシンパを集め始めたところらしい。
男性に人権が認められるのはまだまだ先のことになるんだろうね。
とはいえ、実質的には人身売買だけども、一応は結婚になるわけだし。
男性の人権も、ある程度は認められてることになるのかな。
「ユージーン、これでもマシになった方だぜ? 昔はこれ、奴隷市って名前で男性奴隷をやりとりしてたんだ。ブリシャブが奴隷制を禁止したから、婚活市場って名前になって、一応は男性の意思で家庭に入りますって体裁になったんだよ」
「やっぱりロクでもなかった!」
名前が変わっただけじゃねえか!
この世界、マジで男性にとっては地獄だな……。
「ふっ、金を積めば男性を買い取れるなんて、人間のダメなところが出てるな。言っちゃ悪いけど、こればかりはドライグの方が優れてると思うよ」
ドラコはやれやれ、と言わんばかりに首を振ってせせら笑った。
久々にドライグ特有の高慢さを出してきたドラコに、ウルスナはムッとした表情になる。
「なんだ、じゃあドラゴン様の里じゃどうやって結婚を斡旋してんだ?」
「金さえ持ってれば弱者でも結婚できるなんて、淘汰の法則に反してるだろ。その点ドライグは違うよ。何せ強いメスから順にオスを指名して結婚できるんだ。だから強い者が残り、弱い者は子さえ産めずに絶える。これがドライグの弱肉強食を支える掟なんだ」
「ふむ……。なるほど、里全体を強くする方法だな。合理的だ」
おお……。もう……。
だから男性に人権がないでしょその掟は!!
大体ドラコはその弱肉強食の掟とやらを悪用されて、大臣に無理やり犯されそうになったからここに匿われているはずなんだけど。
なんか安全な環境でぬくぬくと育てられてるうちに、ここに来た経緯を忘れてしまったのか? それとも最近女装して女の子に囲まれて暮らしてるうちに、思考がメスになってしまったのか?
ドラコしっかりしろ、お前はオスなんだぞ!
好きな男性ができたわけじゃあるまいし、メス堕ちしてる場合じゃないだろ!
一度しっかりと自分の立場を認識させないとだめかなあ。
今度2人で一緒に温泉に入って、自分が男だってことをしっかりと教え込まないと。
汗で湯気が立つくらい筋肉を鍛えたあとに入る温泉は気持ちいいぞお。
「じゃなくて! マトモな祭りはないの!? ただ楽しく楽しめるだけの祭りは!?」
「謝肉祭は楽しいぞ? 飲んで食ってヤリまくれるし。日常の憂さを晴らすには最適だ」
「男性が楽しくないでしょ!? 僕は男女問わず楽しめる、何なら子供もにっこりできるようなお祭りで楽しく騒ぎたいの!」
僕の言葉に、お嫁さんズは互いに顔を見合わせて困った表情を浮かべる。
そして、代表するかのようにアミィさんが口を開いた。
「残念だが……ない」
「ない!? 本当に!? 一切ないの!?」
ウルスナは言いにくそうな顔で、アミィさんを補足する。
「あのな、ユージーンのいた世界って多分相当豊かだったんだろ? ここはそうじゃないんだ、生きていくのもやっとなんだよ。だから参加費無料で誰でも楽しめるような、そんな祭りを開催する余裕がないんだ」
「そう……か」
ウルスナの言葉に、僕はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
そうだ、なまじ僕が裕福な暮らしを送れるようになったから忘れていた。
ここは貧しい中世で、毎日を生きるのがやっとの者もそこらじゅうにいる。
市井の人々が無料で食べて遊んではしゃげるような、そんな都合のいいイベントなんて、この街の財布をひっくり返したって開く余裕はない。
「……じゃあ僕が開かないとな!」
「は?」
きょとんとするウルスナに、僕はきらりと歯を光らせた。
「任せてくれ、お祭りマスターと呼ばれた僕が誰もがタダで楽しめる祭りを開いてやる! この世界に祭りを教えられるのは、現代日本人である僕だけだ!」
「いや、あの……え?」
「お祭り好きの血が滾ってきたぜ! よーし、早速ゴブリンとドラゴンに協力を頼まないと! 任せてくれ、僕がこの街の人々を完全無料で楽しませてやるからな!!」
「ちょっと、ユージーン? 何をする気ですの!?」
「諦めろ、ウルスナ。こうなったユウジはもう止められん……」
僕は間違っていた!
お祭りを楽しみたいと思うなら、今あるお祭りに参加するんじゃだめだ。
僕自身がお祭りを開けばいいんだ!
お祭りを誰よりも愛するこの僕が!
この世界に冬ならではのイベントを教えてやるからなあ~!
======
====
==
12月某日。
サウザンドリーブズの街に、「クリスマスコンサート近日開催! 可愛いゴブリンたちが皆様にお歌を披露します。なんと完全無料、街の皆さんは強制参加! 皆様お誘い合わせの上、頭上をご覧ください」というビラが大量にバラ撒かれた。
これはどういうことかとビラを撒いた犯人が捜索されたが、一向に犯人が見つかることはなかった。
領主代行のアンゼリカだけは犯人が誰かわかっているようだったが、その犯人が誰なのかは誰にも言うことはなかった。
「無料で市民を楽しませてくれるんですって~。じゃあ私から言うことは何もないわね~」
悟ったような、諦めたような目が印象的だったという。
そしてエックスデー。
その日、サウザンドリーブズを無数のドラゴンたちが包囲した。
空を覆い尽くすほどのドラゴンの群れの襲来に、街は軽くパニックに陥った。
ただの一匹だけでも街を焼け野原に変えられる怪物が、無数に押し寄せている。これが世界の終末かと、人々は恐怖し、涙ながらに神の名を呼び、すがった。もはや軍隊を持ってしても到底抗えるものではないのは明らかで、人々にできることは神に祈ることだけであった。
絶望。怨嗟。悲嘆。悔恨。
数々の想いが交錯するなか、場違いに明るい青年の声が響き渡る。
「皆様、大変お待たせいたしました! それではこれよりコンサートを開始させていただきます!」
「……は?」
人々が呆然とする中、ドラゴンの中でも一際鮮やかな赤色の竜……ドラコに跨った雄士は楽しそうに空から司会を続ける。
「勝つのは雄々しく力強さ溢れるメスドラゴンたちをステージとする赤組か!? はたまた愛嬌に満ちたキュートなオスドラゴンたちをステージとする白組か!? 皆様お好きなチームを応援してください!!
なお、今大会はチャリティコンサートです! 寄付金は全額恵まれない子供たち……もとい、恵まれないゴブリンとこの街の貧民のための食料の購入に使用されます! じゃんじゃん受け付けておりますので、我こそはと思う篤志家の方はこぞってご参加ください! それではクリスマスコンサート……いや、歳末紅白歌合戦ここに開幕です!!」
「は!?」
「それでは行ってみましょう! 開幕バッターは赤組からでーす!」
人々が絶句する中、ドラゴンの集団からより高く飛び上がった一頭が、幾筋もの光線によってライトアップされながら、全身からイントロを奏でる。
続いてドラゴンたちから真っ白な霧が噴出され、それを急ごしらえのスクリーンに変えて、煌びやかなステージ衣装に身を包んだゴブリンたちが映し出された。
先頭に立ったゴブリンは客席……つまりサウザンドリーブズの全人口に向けてウインクを送ると、口を開く。
『よっしゃあ、先攻もーらい! お前ら、あたしたちの歌を聴けーーーーッ!!!』