【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「きゃあああ! クイーーーン!!!」
「最高にカッコイイぞ! さすが私たちのオサだ!!」
「これがクイーンの実力……! あれに比べりゃあたしたちのはお遊戯だ……! 畜生、いつか追い越してやる……!!」
「オサーーーーッ! こっち向いてなのだーーー!!」
ゴブリンクイーンが披露した熱唱は、まさに本物のエルヴィスに迫ろうかという気迫に満ち満ちていた。
もっとも、それはゴブリンが物まねが得意だからというだけで得られたものではない。
雄士が脳内に送り込んだ昔のライブ映像、それに近付き、追い越そうと研究に研究を続けたクイーンの知られざる努力の成果であった。
さらに迫力では男性ボーカルに及ばないという女性ボーカルの弱点を、歌声に魔力を込めて深みを出すという技術も駆使している。
それは現状、この世界で唯一となる歌魔法という技術の発明であったが、これをクイーンは周囲に秘密にしている。
いつか誰かによってこの技術が解き明かされ、歌手なら当たり前に習得しているありふれた技術になる日が来るだろう。
だが、その日まではこの技術は彼女だけが知る、唯一無二の特別なテクニックであり続けるのだ。ゴブリンの女王であり続けるために。
雄士から継承した、ロックスターという肩書を守り続けるために。
ロックにまるで理解が及ばない聴衆たちも、ゴブリンクイーンの歌声が特別なものであることは理解できた。
曲はまるで理解できなかったが、その歌詞に込められた反骨の意思と、魂を揺るがすような深みのある声は、貧しい暮らしをしている平民たちの心を鷲掴みにしていた。
「よかったわよゴブリンさん! いい歌だった!!」
「グッときたあ……! 貧乏だからって、心まで貧しくなっちゃ駄目だわ……!」
「すっごくカッコよかった! ゴブリン舐めてたわ! 最高だった!」
「オサ! オサ! オサ!!! 人間たちが褒めてるよ!!」
眼下に見下ろす街から遠く雷鳴のように聞こえる、大きな拍手。
自分の汗でびっしょりと濡れながら、ゴブリンクイーンは疲労困憊した……そして満足げな笑みを浮かべた。
「見てる? ロックスター。貴方からもらった名前にふさわしくなれたかな」
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「困るなあ。街の市民たちにあまり自由や反骨なんて思想を植え付けてほしくないんだけど」
ゴブリンクイーンの熱唱に沸く街の住民を領館から見下ろしながら、アンゼリカは困ったように苦笑を浮かべた。
アンゼリカが求めるのは、街の人々の従順な献身だ。
大衆は無知で無学な羊だとアンゼリカは思っている。ほっといたら崖に向かって歩いていくし、自分の行為の責任だって取れやしない。
だから知恵があり、責任を負う覚悟もある為政者が、彼女らを導いてやらねばならない。
自由とは、自分のしたことに責任を持つという意味なのだ。
雪山で分岐路に出くわし、片方の道は安全に人里に帰れるが、もう片方の道を選ぶと遭難して死ぬ。
そういった状況で、助かろうと死のうと自分の選択の結果を受け入れることが自由だ。決していいことばかりではない。
だが、それを受け入れられる者は決して多くはないだろう。
だから不必要な選択肢を民衆に与えるべきではない。
「しかし、意志なき者は現状を変える力も生み出さない。だからこれはある程度は許容すべきことだ。よりよい明日のために。……そう思わないかね?」
不意に背後から聞こえて来た渋みのある声に、アンゼリカは苦笑と共に振り返った。
「……呼んだ覚えはありませんよ~、おじいちゃん」
「失礼。亡き親友のよしみで、勝手に上がらせてもらったよ」
シルクハットに燕尾服という紳士の出で立ちで、ゴールドンはふっと笑う。
老境にあって元侯爵ならではの凄みを感じさせ、その表情は生気に満ち満ちている。
彼がかつては体を止み、スラムの片隅で朽ち果てようとしていた老人であったとは、とても信じられないだろう。
「闇ギルドのボスが領主の館に足を踏み入れているなんて、みんなに知られたら体裁が悪いったらありませんね~」
「なに、この大騒ぎの最中だ。みんな頭上を見上げるのに忙しくて、こんな老いぼれのことなんか誰も気付きゃしないさ」
ゴールドンがシルクハットをわずかに持ち上げて視線を頭上に向けると、アンゼリカは口元に手をあててコロコロと笑い返した。
「それは確かにそうでしょうね~」
「で? 領主権限で今からこのコンサートを中止するかね? 自由を求める意志も反骨精神も、支配される者が持ってない方が統治者は楽だ。お前さんの母君なら、なんとしても中止させようとするだろうが」
「……いえ~」
ゴールドンの問いに、アンゼリカはゆっくりと首を横に振った。
「おじいちゃんの仰る通りです。意志なきところに力もありません。今日からよりよい明日に進むには、一歩を踏み出そうという意思が必要です。だから私は静観しますよ、その責任は取るつもりです」
そして、破顔一笑してニッコリと窓を見上げた。
「それに好きな人がしたことですから~。彼が市民を楽しませようとこんなイベントを開いてくれたのに、やっぱりやめてと言うほど野暮じゃないですよ~」
「そうか。良かったよ」
アンゼリカの回答に、ゴールドンはふうっと安堵したように溜息を吐いた。
好々爺然としたたたずまいの中に、どこか緊張を纏わせていた老人は、ゆっくりと肩から力を抜く。そんなゴールドンに、アンゼリカはおかしそうに笑った。
「おじいちゃんったら、わざわざ釘を刺しにこんなところまで来たんですか~? 闇ギルドのボスにしては、心配性なんですね~」
「緊張もするとも。お前さんと一戦交えねばならんかと思っておった」
「あらあら~。元侯爵様にジェントリ風情が敵うわけないじゃないですか~」
「よく言う。儂も親友の忘れ形見と戦うなんざまっぴらじゃわい」
肩を竦めるゴールドンに、アンゼリカはふふっとおかしそうに微笑む。
「おじいちゃんとこうして冗談を言えるとは思いませんでした~。子供の頃は無邪気にお父様のお友達に甘えられたけど、今は立場も違いますしね~」
「これも御使い様のおかげよな。あの御方は、まさに天使かもしれぬ。このコンサートも、自分が得をしようという考えは一切ない。収益はゴブリンの飯代と、冬も越せぬ貧民たちの食料に全額寄越すと仰った。およそこの人界の者の考えとは思えぬ」
胸の前に手をあて、老人は瞳を閉じた。
「儂もスラムの者を家族と思い、よくしてきたつもりだ。だが、どうしても救いきれぬ者は出る。それを仕方ないと諦めていた儂を、御使い様は救うと仰る。儂はハンマーで頭を殴られた気分だったよ」
「……そうですね~。私もできるだけ富を公平に分配しているつもりですけど。それでも救えない人は出る。ユウジ君の申し出はとてもありがたいことです~」
「じゃからな。儂もこのコンサートには出資させてもらったよ」
ゴールドンの呟きに、アンゼリカは眉をひそめる。
「……ちなみにおいくらです~?」
「全資産の1/3」
その発言に、さすがのアンゼリカも目を見開いた。
「なっ……。それ、やっていけるんです~!?」
「いいんじゃよ。どうせ汚い仕事で稼いだカネじゃ。御使い様のお役に立てるなら、ちっとも惜しくはない」
それにのう、とゴールドンは続ける。
「儂には、これはチャンスだと思えるんじゃ。このコンサートには、新しい時代の風を感じる。新しい歌、新しい楽器、新しいコンサート、新しい司会。まるで手つかずの宝石の原石が、目の前にある。そんな気がするんじゃよ。……だというのに、肝心の担い手のゴブリンは、まるで無計画。冬場に群れを急速に拡大しすぎて、食糧難に陥っている始末じゃ。こんなことで飢え死されたんじゃ、折角の原石が磨かれぬままになるじゃろうが」
ゴールドンは腹立たしそうに、コンコンとステッキで床を叩く。
「だから、まずゴブリンを食わせねばならん。そのために自腹を切る。そしてあいつらの生活を立て直し、楽器会社として起業させる。儂が銀行家として指導して、市場参入させてやるわい。ドラゴンも貿易商ではあるが、会社の仕組みにはまるで疎いようじゃからな。これは未来への投資なんじゃ」
そこまで言ってから、ゴールドンは不意に視線を床に落とした。
「……儂とて、人生の最後まで裏街道を歩きたくない。子や孫はずっと陽の差さぬ道でもいいと言ってくれたが……あの子たちに、陽の下を歩ける人生を遺してやりたい。そのために、儂はゴブリンと共生する道を選ぼうと思うのじゃ」
「おじいちゃん……」
アンゼリカはゴールドンの言を聞き、しばし黙考に耽る。
窓の外からは能天気な歌声が響いてくる。自分たちが世界を変える、そんな秘められた可能性をまったく考えもせず、ただ毎日楽しければそれでよいというゴブリンの歌。
軽薄で、享楽的で、人生を賭けるにはあまりにも心もとない。
……きっとこのままでは、彼女らの歌は時代の泡沫に消えていくのだろう。
「……そうね。じゃあ私も、一口乗らせてもらおうかしら~」
「というと……」
「サウザンドリーブズの予算の一部を、私の一存で特別予算としてこのコンサートに出資します~。その結果、ゴブリンや貧民のお腹が満ちるかもしれまんが、それは私の知ったことではありませんね~。私は市民を楽しませようと思っただけですから~」
アンゼリカのすっとぼけた言葉に、ゴールドンは苦笑いを浮かべる。
「くくっ。回りくどいやり口じゃのう。なんでも自分勝手に決めた、あの放蕩息子の娘とは思えんぞ」
「そういう性分なので~。でもおじいちゃん、一つだけ言わせてもらうなら……ユウジ君はそんな難しいこと一切考えてないですよ~? あの子はお祭り騒ぎが好きなだけです~。聖人なんかじゃないですし、自分の行動の結果に責任なんて一切とるつもりはないですよ~?」
その言葉に、ゴールドンは目をぱちくりとさせ……やがて皮肉気に笑った。
「そうじゃな。だからいいんじゃよ。善を為そうと思わず善を為す。自然体の行動で周囲を幸せにする、だからこそ御使い様なんじゃろうが?」
「……ふふっ。私も、そこが好きなのよ~」
表と裏、2つの世界の支配者は、顔を見合わせて笑い合った。
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「はい、押さないで押さないで! みんなの分はちゃんと用意してあるからね! ちゃんとお行儀よく並んでくださ~い」
大きな鍋をぐるこーんぐるこーんと掻き回しつつ、アイリーンが目の前の行列に向かって声を掛ける。
鍋の中身はクリームシチュー。野菜と大角ウサギの肉に小麦粉とヤギのミルクを加え、じっくりコトコトと煮込んだ、雄士監修の鍋料理だ。
ブリシャブ人には馴染みのない料理だが、美食の国である現代日本の技術を惜しみなく突っ込まれ、湯気と共にいかにも食欲をそそる匂いを振りまいていた。
「ほ、本当に!? 本当に無料で食べていいの!? お金取らないの!?」
「取らないよ~! 今日のコンサートはチャリティーコンサートだからね! 事前にある奇特なおじいちゃんがお金出してくれたし、みんな遠慮せず食べていいんだよ! あ、でもできればお金持ってる人は、貧乏な人に順番を譲ってあげてね!」
「お、おおおお……!!!!」
「ありがたや……ありがたや……! この寒い中何も食べられず、死ぬかと……!」
「あ、貴方みたいな人にはお土産があるの。これ、乾パンと食料配給券ね。今回のコンサートの収益で後日食料を配布するから、それまで乾パン食べてしのいでね」
「ありがとうございます……。これで命を繋げられます……」
ガリガリに痩せこけた貧民は、涙を零しながら頭を下げた。
また別の市民には、
「すごく良い匂い……! お嬢ちゃん、あたしも!? あたしも懐に余裕あるけど、食べていいの!?」
「いいよ~! でも、余裕があるなら、ご飯代としてそこの箱に寄付金を入れてくれると嬉しいなって!」
箱を指さすアイリーンの言葉に、裕福な市民は苦笑を浮かべる。
「ちゃっかりしてるなあ……。でも寄付するよ、こんな温かそうで良い匂いがするスープを食べないなんて、一生の損だからね!」
「毎度あり~! はい、並んで並んで! 順番だよ~!!」
「おい、そこ! 横入りしようとするんじゃない! この行列は衛兵隊が監視しているからな!」
アミィの鋭い叱責に、不届き者が雷に打たれたように飛び上がった。
衛兵隊の全面協力によって、炊き出しの秩序は無事守られている。
なお、こうした炊き出しスポットはここだけでなく、街の中の様々な場所に出現している。
そのどこでも、こうして寄付金を募りながらクリームシチューを配給しているのだ。
身重の女の子にボランティア活動させることに雄士は最後まで反対していたのだが、当の本人が「あたしも何かユージィのためにしてあげたいの!」と言い張ったため、体に不調が出たら大事を取るという前提でしぶしぶ許可を出した。
この世界の女性は妊娠したくらいで弱るような存在ではないのだが、地球育ちの雄士はまだそれを理解しきれていない節がある。貞操逆転世界では、妊娠していちいち弱ってたら世界が回らないのだ。
「はい、熱いぞ! 腹減ってるからって一気にかきこむなよ! ふーふーして食えよ!」
アイリーンの隣の列では、ウルスナが次から次にシチューをよそって手渡している。
手際はアイリーンに比べて抜群によく、行列に並ぶ市民をあっという間に捌いていくが、行列の長さはアイリーンの方が断然長い。
それは特別アイリーンの手際が悪いからというわけではなく、そもそもアイリーンの愛想がとても良いから、みんなアイリーンの前の列に並びたがるのだ。
敵わねえなあ、と苦笑を浮かべながら、ウルスナは頭上を見上げた。
紅組と白組の歌合戦はまさに佳境を迎えており、熾烈な攻防が繰り広げられている。それをさらに煽って盛り上げているのが、彼女の夫である雄士だ。
「あいつ、すげえなあ……」
思わず言葉が口を衝いて出る。
雄士は別に僕が歌うわけじゃないし、ペラ回してるだけなんだから大したことしてないよ、なんて言うだろうが。
なんだかんだ司会をできていることではなく、イベンターとしてすごいのだ。
一声かけるだけでゴブリンとドラゴンを動員し、大挙して人間の街を脅かし、街を襲う代わりに歌合戦で人々を楽しませ、巨額の富を稼いで行き詰ったゴブリンや貧民を救済する。
それだけのことが一体誰にできようか。
本人に何の自覚もないだろうが、その影響力はもはや上級貴族でも及ばない。
戦力換算すれば、国王かそれに類する者くらいの戦力を動かしている。
あるいはおとぎ話に出て来る魔王なる者がいるとすれば、彼のことを指すのかもしれない。ゴブリンやドラゴンを顎で使っているのだ。魔物の王ではあるだろう。
もっとも、本人はそれで世界を支配しようなどとは一切考えてない。
自分が楽しむことと奥さんを愛でること以外、何も考えていやしないのだ。
そしてそんな男に毎晩愛されているのが、自分たちなのである。
「そうだよ、ユージィはすごいんだよ!」
ウルスナの独り言を聞きつけたアイリーンが、嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべる。
アイリーンもまた、雄士の手によって大きく人生を捻じ曲げられた一人だ。
彼と出会わなければ、一介の冒険者のまま……いや、冒険者にすらならず、スラムの貧民として別の仕事に就いていたのかもしれない。
彼によって多くの者が人生を大きく変更され、そして幸せになっている。
雄士の持つもっとも大きな力は、病を癒すことでも、他人の脳内にイメージを伝えることでもない。他人の人生に影響を与えることこそ、彼の持つ真価なのだろう。
「ああ、そうだな」
「わぷっ」
不意にウルスナに頭をかいぐりかいぐりされ、アイリーンが変な声を上げる。
まったく、本当にあの方はすごい。
そしてそんな方の赤ちゃんが、今わたくしのお腹に宿っている。
この子が生まれてきたら、家の中はもっともっと賑やかになるでしょう。
ええ、本当に――。
「この先が楽しみだな、アイリーン」
「うん!」
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「ちくしょおおおおお! 私も稼ぎたいいいいい!!!」
「おい、そこ! 黙って裏方に集中しろ!! 歌手のみなさんの歌声を地上に届けるのがあたいたちの仕事だぞ!!」
デアボリカの泣き言に、都会の都市で雇われてきた音魔術師の叱責が響く。
ステージとなる巨大ドラゴンの背後では、比較的小ぶりなドラゴンに乗ったデアボリカたち裏方スタッフが、人間アンプとして作業をしていた。
「私が商売できていれば、こんなチンケな仕事より儲かるんだよ!!」
「チンケだぁ!? 仕事に責任を持ちやがれ! 金もらって仕事してるんだ、それ相応の仕事をするのがプロってもんだろうが!」
「うるせえ! こんな地味な作業なんかやりたくてやってんじゃないわ! 本当ならここらでいっちょ噛みしたかったのに、姉様が『音魔術師が足りないそうなの~。借金返してあげるから、裏方仕事してね~』って言うから、仕方なくやってんだよ!」
チャリティコンサートに乗じてまたぞろあくどい商売を企むデアボリカを封じる、アンゼリカ渾身の一手であった。
デアボリカが雄士主催のブートキャンプで負った借金は未だアンゼリカの抵当にされており、こうしていいように使われているのである。
雇われ魔術師は、うんざりしたようにデアボリカを見やった。
「こいつ……。あたいだってなあ、手が足りてるならお前なんか使いたくねえわ。ったく、やる気はないくせに腕だけはいいのが余計に腹が立つ。あのなあ、こっちは炎だの光だの、ド派手な魔術を使える奴らに、音属性の魔術師だからって冷や飯食わされてんの。
それがあたいの力が必要だって言われて、見たこともない大金積まれたんだよ。あたいが初めて役に立つシノギなんだ、絶対に成功させたい。だからやる気出せよ、あたいの足引っ張るんじゃねえ!」
悲痛な叫びを上げる雇われ魔術師。
だが、デアボリカは馬鹿にしたようにフフンと鼻を鳴らした。
「おやおや、それはお可哀想に。でも炎も光も使えないのは貴女の責任ですよねぇ? そこへ行くと私は音属性の魔術師でも、ギルドマスターを務めて自分の屋敷まで建てるくらい稼いでましたから。まあココが違うんですよ、ココがね!」
そう言ってコツコツとおでこを叩き、デアボリカは得意そうな笑みを浮かべる。
「ま、それも私の家柄あってこそですが! 貴女、この仕事が終わった後はどうなさるので? 何か別の仕事のアテはおありですか?」
「……そりゃ……まあ、次の仕事は決まってないけどよ」
雇われ魔術師は歯切れが悪そうに口にする。
それを聞き、デアボリカはプークスクスと噴き出さんばかりの笑みを浮かべた。
「おやおやおや! 何なら私がお茶くみとして雇ってあげましょうか? まあ口の利き方には気を付けることですね! なんと言っても、私はこの街の領主の娘なのですから!」
「あたいは子爵だけど」
「えっ」
ぴしっと石化するように固まったデアボリカに、雇われ魔術師は続ける。
「法衣貴族だから領地とかないし、貧乏だけど一応子爵家の当主だぞ。まあ王都では使い道のない出来損ないの音属性魔術師ってバカにされてるけどさ」
「…………」
しばしの沈黙の後、デアボリカはコメツキバッタのように土下座をキメた。
「申し訳ございませええええええん! 爵位持ちの貴族様だとは夢にも思わず! ジェントリの三女ごときが舐めた口利いて本当に申し訳ございませんでした! あ、靴とかお舐めしましょうか!? ぺろぺろぺろぺろぺろ!!」
「なんだこいつ……」
雇われ魔術師は気味悪そうに、土下座するデアボリカの後頭部を見つめた。
逆転とかざまぁとか一切頭に浮かばず、ただドン引きする。
それが理解を越えた手のひら返しをキメた相手に対する、常人の発想であった。
「いや……土下座とかいいからさ。とにかく働いてくれる……?」
「もちろんでございます子爵様! このデアボリカ、子爵様のために粉骨砕身の覚悟で働かせていただきます! ぜひぜひ何なりとお申し付けを! その代わり、何か儲け話の口があったらぜひ私めも一枚噛ませていただければ!」
煙が出そうな勢いでスリスリとごまをするデアボリカに、雇われ魔術師は心底気味悪そうな表情を浮かべる。
「ないよ、儲け話なんて……。そんなのあったらあたいが噛みたいくらいだ」
「チッ、貧乏貴族が。ごま摺って損したわ」
「なんなんだよお前はぁ!?」
なお、この雇われ魔術師は、この後ゴブリンライブの人間アンプとして、破格の待遇で楽器メーカーに雇われることになる。
数々のライブに裏方として参加した彼女は、やがて史上初の音響監督として後世に名を遺すことになるのだった。
デボ子? 雇われ魔術師に悪態ついてたせいで、助手に誘ってもらえなかったよ。
真面目に働いてたら大金稼げたのにね、残念!