【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
例によってクソ長いので休憩入れながら読んでね。
「どっちが勝つんだ、この勝負……!」
上空で繰り広げられている歌合戦を、ウェズは手に汗握ってハラハラと見つめた。
紅組と白組はいまだ一歩も譲らぬ攻防を見せつけている。
ゴブリンクイーンという鬼札の投入によって場内の空気は熱狂に包まれ、もはや趨勢は決したかのように見えた。
だが、白組はここからまさかの男性アイドル投入ラッシュを繰り出したのだ。
本来は白組で出場する予定だったゴブリンから枠を買い取ったオスドラゴンたちが、立て続けに出場したのだ。
その手段もおいしいお肉を買ってあげるという買収や、ドライグとゴブリンのハーフに興味ない?という色仕掛けまで何でもありだ。己の本能に忠実なゴブリンたちは、食欲と色欲に屈して呆気なく出番を手放したのである。
中にはドラゴンではなく、ゴブリンの人間牧場で飼われている男性たちも一グループ参加していた。愛しのゴブリンちゃんたちに俺たちの歌で日頃の感謝を伝えよう!という動機からである。
これによって白組は大いに勢いづいた。
次から次に繰り出される男性アイドルグループのデビューライブ。女性陣がこれに食いつかないわけがなかった。
メスドラゴンはもちろん、ゴブリンも、サウザンドリーブズの住民たちもメロメロである。なんせこの世界の80%は女性なのだから、イケメングループの人気が出ないわけがないのだ。
男性アイドルがウインクするだけで、「今私の方を見た!」「ふざけんなあたしだ!」「えーい黙れ人間ども、誇り高いドライグが人間など相手にするわけがあるか! 私に決まっている!」と大騒ぎ。中には人間形態になって乱入するメスドラゴンまでいる始末だ。
そもそもスクリーン越しなんだから、眼下の客席の方など見れるわけねえだろという当然のツッコミは、性欲に頭がゆだったメス猿に届くわけもない。
対する紅組はクイーンで盛り上げて一気に勝ちムードを作ろう!という算段だったため、白組の巻き返しに対する精彩を欠いた。
正統派ゴブリンアイドルグループやゴブリン演歌歌手などを投入してはいるが、日頃のライブで目が肥えたゴブリンやドラゴンには受けがイマイチだったのである。
クイーンを投入するのがもっと後であればゴブリンからの人気で押し切れただろうが、残念ながら当初のインパクトこそ絶大だったものの、相次ぐ白組男性アイドルラッシュの前にその衝撃も薄れてしまっている。
紅組の致命的な戦略ミスであった。
もっとも、
「ゴブリンちゃんかわえええええええええ!!」
「希望を抱きました。ゴブリンちゃんのファンになります」
「わあ、子供たちがゴブリンの真似して踊ってるわ!」
サウザンドリーブズ住民にとってはゴブリンのライブは初めて体験するものであり、その衝撃に紅組も白組も差はない。
男性陣や子供には紅組の方が受けが良かった。その数は決して多くはなかったが、根強い人気を得ることには成功している。
そんなわけで、今や紅白歌合戦はメスゴブリンVSオスドラゴンという異色の種族対決に発展している。
紅組のゴブリンはライブ文化は自分たちが初代ロックスターから受け継いで発展させてきたという自負があり、白組のドラゴンにはこのライブを機に音楽シーンで一旗揚げ、男性が虐げられる文化に一石を投じるという目的がある。
互いに一歩も譲れない争いが巻き起こっていた。
観客の人間たちも当初は世界の終わりかと戦々恐々としていたが、今や両種族の音楽対決に見入っている。どうやら身の危険はないようだし、それなら素直に歌合戦を楽しめる。
紅組と白組、どちらが勝つかの
「まあ、どっちが勝ったとしても何も変わりませんけどね」
ウェズにもわかっている。
この歌合戦は所詮雄士が開いたお遊びでしかない。
おそらく性別対決や種族対決に発展することは雄士の想定外だろうが、そもそもこのイベント自体が歌でサウザンドリーブズ住民を楽しませるというショウでしかないのだ。
しかし、感情的に言えば……白組に勝ってほしい。
もちろんオスドラゴンたちが男性であることを売りにして紅組に対抗しているのは承知しているが、それでも男性だって歌でなら女性に勝てるんだという事実を知らしめてほしい。
「頑張れ……! 頑張れ白組……!」
「ほう、君は白組を応援しているのかね」
渋みのある声に弾かれるように振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。
夜だというのに黒水晶から削りだしたサングラスをかけ、上着を腰に巻いた、壮年の男性が腕組みをしてこちらを見ている。胸元まで長く伸びた美しい黒髭が印象的だ。
「貴方は……!?」
「なに、名乗るほどのものではないよ。そうだな……ドラパパPとでも言っておこうか」
「ドラパパP!?」
「今回のイベントで白組のプロデュースをした者だ」
そう言ってドラパパPはサングラスの下でギラリと瞳を輝かせる。
「大物じゃないか! ……いや待って、貴方の髭見覚えがあるんですけど。貴方この前この街に襲来した黒竜じゃ……。ユウジくんがドラゴンの王様だって言ってましたけど」
「げふんげふん! わ、吾輩はドラパパPだよ!? そんな黒王だかクロウだかって名前の渋いイケメンドラゴンは知らないよ! 失敬だな、極めて失敬だな君は!」
盛大に咳き込みながら見苦しい誤魔化し方をするドラパパPを呆れたように見ながら、ウェズは確かに王様がこんなお茶目なおじさんだとバレたら権威台無しだな……と思った。
「まあいいんですが……。ドラパパP、貴方がプロデュースしたというのは?」
「そのままの意味さ。このイベントを乗っ取るようにオスドラゴンたちに指示を出したのは吾輩なのだよ。このイベントが男性復権の狼煙となる、と言ってね」
なるほど。
確かにオスドラゴンたちの動きは組織立っている。
ただ一グループが出番を譲り受けたならまだしも、白組自体をオスドラゴンが乗っ取るとなれば、誰か首謀者がいるはずだ。その人物こそドラパパP。
プライドの高いオスドラゴンもゴブリンに体を許してでも枕営業するはずだ。権威主義のドラゴン社会で、一番偉い者にやれと言われては断れない。
まあそのドラゴンはロリコンだったので、内心ノリノリでゴブリンに抱かれたのだが。そういった個人の性癖まで見越して人材を割り振っている。
「遥かな昔……まだ人間もドラゴンもゴブリンも分けられておらず、世界がただひとつの帝国であった時代。男性と女性はほぼ同数だったという。その頃の女性は男性より圧倒的に強いということもなく、男女ともに平和に暮らしていた」
「それは……」
ウェズは目を丸くして、次いできょろきょろと周囲に人目がないか探った。
それは種族間の大協約に抵触する内容だったからだ。
まだ幼かった日、ウェズは侯爵であった父の膝の上で、その内容を密かに知らされている。
その内容は決して軽々しく口にしてはならない。特に平民には万が一にでも聞かれることがないように、と固く戒められている。
焦るウェズを見ながら、ドラパパPはクックッと喉の奥で笑った。
「大丈夫だ、心配しなくても人払いの結界は展開してある」
「それなら……。しかし僕に一体何の用なのです」
「何、せんせ……いや、さる信頼できる筋から、君のことを聞いてね。人間にも男性の権威を取り戻そうとしている者がいるという。それならば仲間になれないかと思い、挨拶に来たのだよ」
僕の親友のことを言っているのでしたら、ある意味この世で最も信頼できない人間なのですけどね……。
雄士の顔を思い浮かべながら、ウェズは心の中で呟いた。
義姉であるアミィを任せてもいいくらい善性を評価しているが、面白半分で何かとんでもないことをやらかすというマイナス方向の信頼もある。人間性が両極端すぎる。
「僕に……。しかし僕には何の力もありませんよ。そもそもこの街を出ることもできない。貴方のご期待には添えないと思います」
「何、そんな大層なことは期待してないさ。ただ、人間の中にも吾輩と同じことを考えている者がいる。それならば、顔を繋いでおいて損はないかと思ったのさ。まあ一言で言うなら……友達作りというわけだよ、おじさんのね」
ハハッと気さくにおどけるドラパパPに、ウェズは本当にこれが数か月前に威厳たっぷりの厳めしい顔で領館を占拠した人物かと驚いた。
雄士から意外と面白いおじさんだった!と聞いてはいたが、実物を目の前にするとすさまじいインパクトだ。
しかしそのひょうきんさに油断はできない。
先ほどこの人物は大協約について口にした。つまりウェズが侯爵家の血を引いており、父親からそれを聞かされていると確信している。
アミィからは雄士にウェズの出生を勝手に話してしまったと詫びられたが、それは関係ないだろう。雄士は他人の素性を口外するような人間ではない。ドラパパPはそれ以外の手段で自分の素性に辿り着き、自分に接触してきたのだ。
人間社会には不慣れなはずのドラゴンが、それをやってのけている。その事実が、ドラパパPが人間社会に独自のコネクションを持っていることをうかがわせた。
少なくとも目の前のドラゴンは、ただ力に任せて暴君として振る舞う存在ではない。
ドラゴンと人間社会のバランスを取りながら、したたかに生き延びる道を模索する指導者だ。それはただ暴威を振るうだけのモンスターより、はるかに恐るべき存在だった。
警戒を崩さないウェズに、ドラパパPはふうんと顎をさする。
「そう簡単には気を許さないか。結構結構。その方が信頼できる」
ドラパパPはどかっと床に腰を下ろすと、上空で繰り広げられている歌合戦をゆったりと見上げた。そして手にしていたトランクから、おもむろに酒瓶を取り出す。
「ま、今日のところは顔見せだけさ。飲まないか? 竜の銘酒、ドラゴンころしだ」
物騒な名前がつけられた酒を勧められたウェズは、おずおずとそれをグラスで受け取る。
恐る恐る匂いを嗅いでみると、ツンと強い酒精に思わずむせそうになった。
なお、この酒は地域によってはウオッカと呼ばれている。
「これ、めちゃめちゃ強くないですか!?」
「え、そう? 先生は平気な顔で飲み干して、おかわりまで所望してたが」
「ユウジ君を人間の基準にしないでください! 彼は人類の外れ値もいいところですから!」
そりゃこんだけ強ければドラゴンも酔い潰れるわ。
ドラパパPはそうかぁと言いながら、手酌でドラゴンころしを口にして、ぷはぁとたまらないように息を吐いた。
「あーこれこれ。酒はこうでないと! 吾輩も人間の行商で暮らしてた頃は人並みにビールやワインも嗜んだが、やっぱこれくらい強くないと物足りなくてなあ」
「ほぼアルコールそのものじゃないですか……」
そう言いながら、ウェズはドラパパPの隣に腰を下ろすと、お義理でも勧められた酒を口に運ぶ。そしてゴホゴホと盛大に咳き込んだ。
涙目になるウェズをちらりと横目で見て、ドラパパPは満足げに微笑むと夜空を見上げる。
「うんうん、白組は善戦しているな。これで勝ったからといって何が変わるわけでもない。男性が突然女性と対等な存在に復権したりはしない。あくまでお遊びだ。だが、男性でも場を選べば女性と対等に戦える、その事実を示す最初の一歩にはなる」
ドラパパPの呟きに、ウェズはつられるように上空を見上げる。
白熱の接戦は未だ続いており、白組は予想外の粘りを見せている。その粘っているという事実そのものが、既に男性と女性が対等という証明なのかもしれなかった。
「まあ、頑張ってくれないと困るけどね。吾輩、このイベントのために結構張りこんだからな。それでこそ金を使った甲斐もあるというもんだ」
「へえ。ちなみにおいくらほど?」
「新大陸から唐辛子を木箱いっぱいに詰め込んで運んだ分の儲けが吹っ飛んだ」
ごほっごほっとウェズが咳き込む。今度はアルコールが強すぎるからではなかった。
「巨万の富じゃないですか!?」
「だって仕方ないじゃん。ゴブリンは考えなしに集まってくるしさ。案の定それで飢えてて、見ててハラハラしたわ。誰かが金を注ぎ込んでやらなきゃ自滅しちゃうぜ」
ドラゴンころしをぐいっと呷り、ドラパパPはげふりと酒臭い息を吐く。
「といって、ドラゴンからゴブリンに直接金銭で支援すると変な感じになるしさ。そもそもドラゴンもそうだが、あいつら人間社会に疎くて、買い物のやり方よくわかってないんだよ。だから先生の今回の申し出は渡りに船だった。
これでドラゴンがゴブリンの出番を買い取るという体で、ゴブリンたちに食料支援ができる。一人じゃ到底処理できない食料を渡したからな、食べきれない分はお友達に配りなさいっつって。ゴブリンは同族意識が強いから、腹を空かせた同胞を見捨てておけない。これでゴブリン全体に食料が行きわたるはずだ。
まあ人間の商人からは大分足元を見られたが。冬場に突然食料を売ってくれってかけあったんだ、売ってくれただけ御の字だろう。素直に木箱いっぱいの唐辛子と交換してくれたよ。まあ、黒竜の姿で言ったから、ビビって食料を差し出したのかもしれんがな」
ガハハハと豪快に笑うドラパパPに、ウェズは奇妙な親近感を抱いていた。
好感を抱かせるように話しているという面もあろうが、それでも彼への警戒は幾分和らいでいる。顔見知りくらいにはなってもいいのではないか。そう思えた。
頭が良すぎる相手を、出会って間もない時間で信用できると考えるのは危険だ。
そのあたりは雄士と真逆だ。彼は真性のアホというか、難しいことをまるで考えていないので、決して人を謀ることはないと断言できる。
だが、少なくともドラパパPの企みは、今のところ同胞を生き永らえさせ、ゴブリンを救うために使われている。
決して手放しで信用することはできないが、雄士の話からして決して悪い人物ではないように思えた。
「わかりました、ドラパパP。とりあえず今日のところは顔見知りまで、ということで……」
「いかん! そういえば今どこまで行った!? 今誰の番だ!?」
ウェズがそう言いかけた矢先、ドラパパPはくわっと目を剥いて叫ぶ。
面食らいながらも、ウェズは頭の中でセットリストを開いた。
もはやオスドラゴンが好き勝手買収しているせいで意味をなさなくなりつつあるが、都市政府あてに事前にセットリストは雄士から提出されている。ウェズも一通り目を通して、中身を暗記しておいた。
「ええと……ああ。ちょうどラストですよ。今の白組が終わったら、次が紅組と白組の最後の登壇者になります」
「いかんっ!!」
ドラパパPはそう叫ぶなり、腰に巻いた上着を脱ぎ捨てて、黒く雄々しい翼を広げて夜空へと舞い上がる。
「ちょ、ちょっと! いきなりなんなんです、どこへ行かれるんですか!?」
「応援だ! 紅組最後のステージを最前列で応援しなくては!」
説明する時間も惜しいとばかりに言い捨てるドラパパPに、ウェズは眉をひそめる。
「ええ……? 白組を勝たせるために出資したんじゃ……?」
「バカ野郎! 最愛の人を応援するより大事なことがオスにあるか!! うおおおおおお!! 今行くぞおおおおおお!!」
そう言って猛スピードで舞い上がっていくドラパパPを、ウェズは言葉もなく見送った。
しばしの静寂の後、誰もいない中でウェズは独り言ちる。
「友達になるの、ちょっと考え直そうかな……」
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「さあ、いよいよトリだ! 紅組白組ともに、これが最後の出場者になります! 泣いても笑ってもこれがラスト! いったい勝利の栄冠を手にするのはどちらのチームなのか!? 勝利はサウザンドリーブズ住民の投票によって行われます! 勝敗の明暗を分けるのは、貴方の一票かもしれません! 最後までステージから目を離さないで!」
僕がぺらぺら口を回す足元では、ドラコが不思議そうに小首を傾げる。
「そういや最後の歌手って誰なんだ? クイーンはもう中盤に出てきちゃったし。ラストを飾るにふさわしい女性歌手? そんなのいたっけな」
「さあ、それでは皆さん、刮目してご覧ください! イベントのトリを飾るのはこの方、万雷の拍手でお迎えください!!」
僕がそう言った瞬間、空の彼方から真っ白な流星が飛来した。
いや、違う。猛スピードで飛来してはいるが、それは流星などではない。
あたかも空を引き裂くように現れたそれは、これまで出て来たどのドラゴンよりも巨大で、凛々しく、神聖さと暴威を同時に感じさせ、そして何より膨大な魔力を宿している。
目にする者を畏れさせずにはいられないその威容、古代であればそれを神の使い……いや、竜神として崇拝の対象となっただろう。
そんな白き竜神は、大きく口を開けると咆哮を上げた。
「おっまたー♪ ラストを飾るのはこの私、ドライグ族長の私が歌いまーす!! 応援しててね、キャハッ☆」
『ズコーーーーーーーーッ!!』
その威容から発せられるあまりにもキャピキャピした可愛らしい声のギャップに、サウザンドリーブズの全住民がずっこける音が聞こえた気がした。
「ママァ!? 何してるの!?」
ドラコが驚愕と共に叫び声をあげる。そういやドラコにはセットリスト見せてなかったな。
ドラママはそんな息子に目をやると、ブンブン!と手を振るように羽ばたいて見せた。
「あっ、私の可愛いベビーちゃん。最前線で応援してくれるの? ママこの日のためにいっぱい練習してきたから、聞いて行ってね!」
「えっいや違うよ、ここに居合わせたのは偶然で……っていうかママが歌うの!? 年甲斐もなく!? やめてよ、ママはドライグの族長なんだよ!? ドライグの誇りは!?」
「あらぁ、ベビーちゃんったら面白いこと言うのね」
ドラママはコロコロと笑うと、目を細めた。
「誇り高きドライグは他人の指図など受けない。私が何をするか、決めるのは私だ。私の座を継ごうと志すのであれば、貴様も覚えておけ」
「は、はひ……」
「さあ、それじゃママ歌っちゃいまーす♪ ふんっ!」
そう言ってドラママは大きく翼を広げる。
そこに散りばめられているのは、無数の光の精霊石!
間近で見れば失明するほどの煌めきが、夜を引き裂いて光の化身のようにドラママを照らし出した!
幸子、異世界に立つ!!!!
そうだよ、紅白歌合戦の紅組のトリは幸子でなくっちゃ!!
ド派手な電飾ドレスの代わりに無数の光の精霊石を纏い、神聖竜が巨大な光そのものとなってサウザンドリーブズ全住民の度肝を抜いた!!
常人であれば確実に魔力を吸われ尽くすであろう量だが、ドラママの膨大な魔力はそれを維持することを可能としている。
これができるのは全人類でおそらくドラママだけだ。
だからこそ紅組のトリを彼女に引き受けてもらえないかと、無理を承知で直談判に行ったのだ。
まあ二つ返事で引き受けてもらえたんだけどね。
クイーンも信頼するドラゴンの族長にならトリを譲ると、自ら中盤のにぎやかしに回ってくれた。
「うおおおおおおお! 間に合ったああああ! マイハニー、応援に来たよおお!」
「あら、ダーリン」
サウザンドリーブズから猛スピードで駆けつけて来たのは、ドラパパだ。
真っ黒な威容は闇に溶け込み、夜そのもののようにすら思える。
人によっては彼を魔王竜と表現するのかもしれない。
もっとも、彼の本質は気さくで面白いオッサンなんだけど。
「今から歌うから、あなたもそこで応援しててね!」
「もちろんだよマイハニー! L! O! V! E! ラブリーラブラブマイハニー!!」
両手に巨大な白いサイリウム……ではなく、光の精霊石の原石柱を握り、オタ芸を披露するドルオタのようにドラパパが熱狂する!
「パパまでやめてよおおおおお!!」
両親の醜態を見て、ドラコは頭を抱えて悶え苦しんだ。
ああ……。今のドラコの苦しみっぷりを一言で表現するとしたら、声優やってる母親がキャピキャピの美少女キャラを演じているのを目の当たりにした年頃の息子かな。
しかも父親が嫁の熱烈なファン。地獄みてーな家庭だな。
「さあ、張り切っていってみましょう! 紅組最後のナンバーだ! 曲は『ドラゴニック美少女アイドル伝説!~ママになってもダーリンと恋したい~』です!」
「あああああああああああああああ!!! トシ考えてよもおおおおおおおおお!!!」
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それは決して上手な歌ではなかった。
練習期間は一か月しかなく、ボイストレーニングの基礎すら学んでいないドラママにとって、どこまで行ってもそれは素人の歌でしかない。
種族的に真似るセンスに秀でたゴブリンとはけた違いに技術は拙く、本来トリを飾る予定であったゴブリンクイーンとは比べるのもおこがましいほどだ。
だが、
「よかった! めちゃめちゃ良かったよハニー!! すべての参加者の中でハニーがダントツ一番だ! 天使の美声だよ! この歌を最前列で聞けるなんて、吾輩は三国一の幸せ者だ!」
最前列でかぶりつくように見ていた黒王にベッタベタに褒めちぎられ、ドラママはまんざらでもないように尻尾でハートマークを作った。
「そう? よかった! 練習した甲斐があったわ~」
「最高! 神龍! 光の化身! ママは吾輩にとって世界一のヒロインだよ!!」
ドラママと黒王はそのままぐるぐると螺旋を描くように、空中で踊り舞う。
人間たちには知る由もないが、それはドラゴンの求愛のダンスだった。結婚適齢期のメスがオスの前でダンスを踊り、カップルが成立するとオスがメスの対になるかのようにダンスに加わる。
それがまるでワルツを踊っているように見えるので、ドラゴニックワルツという俗称で呼ばれていた。
「もうやめておおおおお!! 人前でイチャつかないでよおおお!!!」
ドラコが頭を抱えて悶え苦しみながら悲鳴を上げる。
往年のチャー○ーグリーンのCMで手をつなぎながらスキップする老夫婦に思春期の孫がいたら、同じような苦しみ方をするであろう。
「あらあら。ベビーちゃんも思春期なのね。ちょっと前まではママとパパが仲良しで嬉しいなってニコニコしてくれたのに」
「我が息子よ、息子と言えど吾輩に嫉妬するのは見苦しいぞ。ママは吾輩だけのものだ、お前はつがいとなる他のメスを見つけて来るのだぞ」
「ああああああ!! もおおおおおおお!!!! どっか行ってよバカ夫婦!!」
「はいはい、じゃあママはパパと一緒に夜空のデートを楽しんでから帰るわね」
「追ってくるんじゃないぞ。今のママがいくら光竜と呼んでもいいくらい目立っていても、ママはパパだけのハニーなんだ」
「絶対追わねえよ! もうどこへでも行ってよ!!!」
そんな黒王に、ドラママはぽっと頬を赤らめる。
「やだもうダーリンったら、独占欲剥き出しなんだから。ママ嬉しい♥」
「当然じゃないか。今の君は世界で一番魅力的だよ」
「じゃあいつもの私は?」
「いつもの君だって世界一魅力的さ」
「早くどこへでも行けや!!!」
息子に追い立てられるように会場を後にした2人は、少し離れたところまで飛んでいくと振り返った。
会場では相変わらず雄士がペラを回しており、ドラコは喜んでその足になっているようだ。
「……これで貴方の狙い通り?」
「ああ」
ドラママの言葉に、黒王は頷いた。
「ドラゴンとゴブリンがいくらライブをしても、それはあくまで両種族の内のことでしかない。これからの時代、ドラゴンもゴブリンも、もっと人間社会に溶け込んで行かなくては生き残れない。今回のイベントで、ゴブリンは決して敵対的な山賊ではなく文化的な一面も示せた。ドラゴンも時にはステージ、時には男性アイドルグループをやるし、おちゃらけたトークだってできる親しみやすい存在だと印象付けられた」
そう語りながら、黒王は腕組みをして会場を見つめる。
「ドラゴンが威圧的な暴君である時代は終わりにしなくてはならない。大砲、軍艦、規律ある軍隊。人間はますます力を付けてきている。今のままでは、ドラゴンは滅ぼすべき脅威として人間の軍隊によって族滅されるだろう。ドラゴンはうまく付き合えば人間にとって益がある隣人であり、同時に決して怒らせてはならない存在である……そのポジションに落ち着くのがベストだ」
「そのための第一歩がこのコンサートだった、と」
「ああ。どこにでもある片田舎の街だ。ここでの成功が何か成果を結ぶことはあるまい。だが人間社会に我々を良き隣人として売り込むには、ちょうどいい練習台だ。ゆくゆくは王都でコンサートを開きたいが、何事も練習なくしていきなり成果だけを望んではならん」
そう言って、黒王はふうっと溜息を吐いた。
「ゴブリンは音楽の力で。ドラゴンは貿易の力で。それぞれ協力しながら、必要不可欠な存在として人間社会に深く根を張っていかなくてはならん。10年、20年、100年先まで我々が生き延びるためには、そうあるべきなのだ。これまでのドラゴンの在り方からは随分変わってしまうが……」
「いいのよ。あなたの好きなようにやって。私はドライグの族長として、あなたのやりたいことを全力で支える。誰にも異論は挟ませないわ」
「……君は恐ろしいな。そして魅力的だ」
逆らう者は誰であろうが殺す。
言外にそう語るドラゴン最強の存在に、黒王は苦笑いを浮かべた。
「だが、必要な改革だ。そして、願わくばあの子に未来を遺したい。ドラゴンが生き延び続けられる世界に、あの子が生きていて欲しいんだ」
「きっと伝わるわ。今は幼くても、私たちのベビーちゃんなんだもの」
そう言って、2人は会場を遠くに見やる。
『さあ、いよいよ紅白歌合戦もラストとなりました! 大トリとなる白組最後の登壇者は……この僕! 不肖わたくしめが、初代ロックスターとしてラストを飾らせていただきます!! いやー、本当はそんなつもりなかったんだけど、ゴブリンからの圧倒的支持の結果だからね。やるからには本気でいかせてもらうよ!!』
『先生!? 聞いてないんだけど!? え、なんで脱ぐの!? 今真冬だよ、死んじゃうよ!?』
『大丈夫だよ、お前は寒さをはじくバリアを張れるだろ? というか、ラストはお前も歌うから、そこんとこヨロシク!』
『ほんっとうに聞いてないよ!? え、マジで!? 僕も歌うの!? いや待って本当に待って!!』
『大丈夫大丈夫、僕が今から歌と振付けを直接脳内に送るから。いやー、この能力本当に便利だよなー』
『あああああああ! 僕の脳にくだらない情報を送り付けてくるんじゃあない!!!!』
黒王とドラママは顔を見合わせると、ふふっと笑い合った。
息子が変にプライドをこじらせて成長してしまったのが気がかりだったが、この分だととりあえず子の代は人間とうまく付き合っていけそうだ。
本当に、あの奇人に我が子を預けられて良かった。
この先も息子を頼みますよ、先生。
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「さあ、久しぶりのステージだ! 大トリを自分でやれるなんて、お祭り男冥利に尽きるね!」
僕は威勢よく声を張り上げ、ステージに上がる。
いや、内心はちょっと恥ずかしいんだよ? これじゃまるで自分が大トリになって目立ちたいから、歌合戦イベントを開いたみたいじゃない?
だけどゴブリンたちに是非にと乞われちゃしょうがないよね。
いやあ、人気者は辛いなあ。
「そんなわけで3か月ぶりの師弟ステージだよ! 楽しもうな、ドラコ!」
「うるさいっ! なんなんだよこの衣装は!?」
「何って……バニースーツだけど?」
僕は不思議そうに小首を傾げた。
「バニ……何? なんだか知らないけど、こんなピチピチテカテカで露出度高い衣装なんて見たことないよ! 何この服!?」
「そりゃそうだろう、僕が考案したんだから」
正確には僕が蜜月楼での経験をもとに原案を投げたら、仕立て屋がハッスルして形にしてくれたのだ。
ドラコにこれを着せるつもりだって言ったら、めちゃめちゃ興奮して数日徹夜でのめり込んでくれた。
流石に見かねてちょっと休んだらと言ったけど、「美少年がこれを着てくれるんですよね!? これを着た美少年をこの目で見れるんですよね!? おちおち寝てなどいられるわけないじゃないですか!」と血走った眼で反論されたので、好きなようにさせた。
まあ僕も着るんだけどね。
大の男が着るのはさすがに見苦しいのでは?という気もしたけど、まあお祭りのネタ枠として楽しんでくれたら嬉しい。
それにどうやらこの世界にはバニースーツがまだ存在していないようだ。だからバニースーツは女の子が着るもの、という先入観もないから、これを見苦しいと思う人はいない。
これを機会にバニースーツが男女問わず流行ってくれれば、今後バニースーツのお姉ちゃんを見られるかもしれない……! それが僕の秘めたる狙いなのだ。
「こいつ、絶対頭おかしいよ……! 僕、弟子入りする先を間違えた! やっぱり今すぐ破門してよ!」
「そう言いながら、しっかりバニースーツ着てくれてるじゃん」
僕の目前にいるドラコは、僕より大分サイズの小さいぴっちりスーツに身を包み、網タイツもしっかり履いて、うさ耳まで付ける完全装備状態だ。
普段女装してるせいか、こうして見ると10歳の女の子にバニースーツを着せてるようなエロさすら感じるな。
……おっといかん、ドラコは男の子だぞ。僕にショタ趣味はないのだ。
僕がそんなことを考えているとは知らず、ドラコは顔を真っ赤にして喚く。
「こ、これは一応着てやったの! 先生だけに恥ずかしい思いさせるわけにはいかないだろ!」
「? なんで僕だけに恥ずかしい思いをさせるわけにいかないんだ?」
「……うるさいなあ! くそっ、ワンステージこの格好で歌えばいいんだろ歌えば!」
そう言ってドラコはそっぽを向いてしまう。
??? まあよくわからないけど、やる気になってくれたようで何よりだ。
「ようし、やるか!」
そう言ってステージに立とうとした、そのとき……!
「ちょっと待った! こんな面白いこと、2人だけでやろうなんてズルくなぁい?」
「貴方は……!!」
背後からの声に振り向けば、そこにはバニースーツを着こなした筋肉ムキムキの兄貴……。腕組みをしたアレスさんと、娼夫一同が不敵な笑みを浮かべてドラゴンの背に乗っていた。
彼らの足場になっているのは青い体色のオスドラゴン……ブルーさんだ。
えっ、すごいね!? 言葉が通じないはずなのに、よく乗せてくれって交渉できたな!?
お祭りムードは言語を超越するのだろうか……!?
ぽかんとする僕に、アレスさんはニヤリと笑う。
「聖者様ったら顔が広いのねえ。お貴族様どころか、ドラゴンやゴブリンにまで友達がいるなんてびっくり。しまいにはこんなイベントまで開いちゃうんだもの。でも、最後まで人間は観客のままなんて、それじゃあつまらないじゃない? ……そろそろ混ぜろや」
「……そのバニースーツ、どうしたの?」
「貴方のご贔屓の仕立て屋ちゃんに作ってもらったわぁ。バックダンサーをやりたいって言ったら、人数分用意してくれたわよ。この服いいわね、今度のショウで使っちゃおうかしら」
そう言ってアレスさんはバニースーツの下でピクピクと胸筋を震わせた。
正直地球の知識がある僕には凄まじいネタにしか見えないのだが……。
だが、お祭りの締めにはこういうネタ枠もよかろう!
「いいだろう……。住民たちに筋肉バニースーツ軍団のダンスを披露してやろうぜ!」
「よっしゃあ、野郎ども! ショウビジネスの本職魂を魅せる時だ!!」
『おおーーーーーーーーーーーーーっ!!』
「あわわわ……なんかとんでもないことになってない……!?」
そしてサウザンドリーブズの住民たちは見た。
スクリーンに浮かび上がる、弾むような筋肉をぴっちり黒スーツで飾り立てた、マッチョウサギたちの集団を。
雄士はこれを見苦しいとか、お笑いネタ枠とか思っていたが、住民たちはそうは思わなかった。
エッッッッッッロ!!!!!
住民たちの8割は女性であり、彼女たちの全員がバニースーツに先入観を持たない。
そうなると彼女たちはバニースーツは男性の扇情的な筋肉を飾り立てるのに最適な、男性用のダンス用エロ衣装だと解釈するのが当然。
一言で言えば、サンバカーニバルの女性ダンサーのようなインパクトで受け止められていた。
「エ、エロすぎる! なにあの衣装!?」
「ご存じないのですか? あれは聖者様です。毎朝エロい格好で男性たちを集めてダンスしています、間違いないです」
「あんな破廉恥な聖者がいてたまるか!!」
「いるんだからしょうがねえだろうがよぉ!!」
「ぐ、ぐびり……!!! これタダで見れて本当にいいの!?」
「はち切れそうな筋肉美……! 美の化身みたいなマッチョがスクリーンいっぱいに……!! すごい、どこを見ても筋肉! 筋肉! 筋肉!!」
「筋肉集団の中に一人だけ混ざってる男の子かわいいー!! 恥ずかしそうにちょこちょこ聖者様の真似してて、めちゃめちゃ愛らしい~!」
「おっ、お姉さんいけるクチだね。あたしと酒飲みながら語り明かそうよ」
「ロックスターえろーい!! やっぱり抱かせてーーーー!!!」
「これが人間の底力なのか……! なるほど、確かに黒王様の言う通りだ。ドライグとて凌駕しかねないこの勢い、人間おそるべし……!」
人間も、ゴブリンも、ドラゴンも、女性たちは涎を垂らしながらスクリーンを凝視していた。
つまりこの世界の女性は全員ドスケベということである……!!!
こうして紅白歌合戦はノリノリで肉体を披露する細マッチョと、恥ずかしそうに踊る美少年のコンビ、そして美しすぎる筋肉を魅せた筋肉バニーの集団によって、多くの女性の性癖を歪ませながら幕引きとなった。
ちなみに白組が優勝した。この世界は女性が多数派なので仕方ないね。
「勝ったのは白組でした! だけど紅組も良く頑張った! 感動した! あとで僕のところに来れば、いっぱいよしよししてあげるからね! というわけで、歳末紅白歌合戦はこれにて幕引きとなります! また来年お会いしましょう、よいお年を!!」
『また来年もするのかよ!?』
サウザンドリーブズ全住民が心をひとつにした叫びであった。