【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
新しい1年が幕を開けた。
歳末に歌合戦を開催した僕だけど、それからは特にこれと言って特筆するようなこともなく、毎日を大人しく過ごしている。
あれでキチゲ発散したからね、大分すっきりしたよ。
さすがの僕もそう毎度毎度おかしなことばかりしないよ。
というかなんだよ、異世界で紅白歌合戦開催してゴブリンとドラゴンに歌わせるって。
頭おかしいんじゃないの?
僕以外が提案したらこいつ正気かって疑うところだよ。
というかあのときの僕、頭大丈夫か?
いつもは自他と共に認めるほど人畜無害を地で行く僕も、鬱憤が溜まるとあんな異常な行動を取るんだね。気を付けないと。
そうして平穏な日常に戻ってきた僕なんだけど、どういうわけか周囲がちょっとおかしいような気がする。
なんか街行く人が、僕に声を掛けて来るんだよね。
「あっ、歌合戦の最後にバニーボーイになった人……! あ、握手してください!」
「あのステージ最高でした! アレス様とは仲いいんですか!? 紹介してくれませんか!?」
「ドラゴンのイケメングループの歌声、また聞きたいんです! 次はいつ歌合戦開催してくれるんですか!?」
「ゴブリンちゃんにまた会いたいんです! 口利きしてください!」
そんな感じでわらわらと人が集まってくるので、ボディガードのアミィさんはその度にシッシッと人を遠ざけなくちゃいけない始末だ。
ふうむ、ゴブリンとドラゴンのライブが次いつやるかか。
いや、知らねーよ。僕はあいつらのマネージャーじゃないんだが。
「また来年!」と締めたら「またやるの!?」って町ぐるみで総ツッコミ入れて来たくせに、あれから一か月もしてないのに次のライブはいつですかって、なんじゃそりゃ。
ドラゴンは知らないけど、ゴブリンに会いたけりゃお山に連れてってもらえばいいんじゃないかな。ロリビッチ軍団が喜んでもてなしてくれるよ。帰れるか知らんが。
しかしまあ、これまでゴブリンやドラゴンは恐ろしい敵対者だったわけで、それにまた会いたいってくらい親近感を抱かれたのはいいことなんじゃないかなあ。
ドラパパは人間と仲良くして攻められないようにしたいって言ってたし、ゴブリンもこれからはいろんな街でライブ開きたいそうだし。向こうから婿が来てくれるんだから、そりゃ大歓迎だろうね。
とはいえ、僕はキチゲを解放し終えた後だし、あんな馬鹿なイベントはそうそうしないよ。
いわゆる、「おれは しょうきに もどった!」ってやつだね。
こうして人畜無害な一般人に戻った僕なんだけど、どういうわけかよく声を掛けられるようになった以外にも環境の変化がある。
これまではアミィさんが四六時中同行してるだけだったんだけど、なんか黒い服を着たお姉さんたちが物陰から僕をじろじろ見てるんだよね。
あれはいったいなんなんだろ?
不思議に思ってアミィさんに訊いてみたら、彼女は何か口ごもるようにしてから言いにくそうに口を開いた。
「大体が都市政府の人間だよ……。お前がまた変なことをしでかさないか、監視しているんだ」
アミィさんの思ってもない言葉に、僕は思わず目を丸くした。
「え? でも僕、無害な一般人だよ?」
「うん、それはお前が言ってるだけだな。一般人は癒しの力とか持ってたりしないし」
「それに僕は魔力1のクソ雑魚だし、子供のイタズラで攻撃魔法使われでもしたら即死するよ? これ以上無害な存在、他にいる?」
「お前自身はそうでも、一声かければゴブリンやドラゴンが大挙して押し寄せて来る時点で、これ以上ない危険人物だぞ」
「でも僕は人間に迷惑をかけるつもりなんてこれっぽっちもないよ? 現にドラゴンもゴブリンも、街の住民には髪の毛一筋の怪我もさせなかったでしょ? よーく言い含めておいたんだから」
「うん、それはそうなんだが……ほら、可能性がね……」
えっ……!? それは心外だよ……!
僕は声を張り上げ、アミィさんをきっと睨んだ。
「そんな! 僕はドラゴンやゴブリンをけしかけて街を襲うような人間だと思われているのか!? 僕がそんなことしないはずだって、アミィさんはわかっていてくれてると思ったのに!」
「いや、私はわかっている。わかっているよ。十分わかっている。ただ、それができるということが問題なのであって……。というか、もう既にドラゴンやゴブリンで街を包囲したんだぞお前は」
「それが何か? 実害なかったよね?」
「……。実害が出なかったから脅迫してもいいということにはならないんだぞ……」
???
僕とアミィさんがなんとも要領が得ない会話をしていると、横で見ていたウルスナが割って入って来た。
「わかった、たとえ話をしよう。お前が街を歩いていたら、目の前からコート1枚羽織っただけの痴女が突進してきて、お前をレイプしようと押し倒したとしよう。だがすんでのところでアミィがそいつを取り押さえ、お前はレイプされずに済んだ。その後、この女はレイプするつもりはなかった。ただちょっとオナニーを馬乗りになった状態で間近で見てほしかっただけだと訴えた。では、この女に暴行罪が適応されるかどうか?」
「えっ」
それは……ちょっと詳しく話を聞かないとどうとも判断ができないな。
「その女性はどんな容姿なの? 歳は? 性病は持ってない?」
「えっ……? その情報関係ある……?」
「すごくあるでしょ!」
僕が言うと、ウルスナはうにゃうにゃと口を結んでから、言葉を返した。
「じゃあ俺でいいよ。コート羽織った俺がお前を押し倒したってことで。どうだ?」
「ウルスナが……!」
コート1枚羽織っただけの痴女ルックで、僕をレイプまたはオナニーを間近で見せつけようと押し倒してきた、か……!
どうしよう、それは嬉しいぞ……! 繰り返すけどウルスナってモデル体型の金髪美女だからね。こんな美人が僕のお嫁さんだなんて、未だに信じられないほどの幸運だ。
僕は死ぬほど100万年無罪! なんなら今からでも押し倒していいよ!!
……と言いたかったが、さすがにウルスナが何を言いたいのかわからないわけではなかったので、文脈を読んだ。
「わかった。ドラゴンやゴブリンで街を包囲したこと自体が問題だった、そういうことだね?」
「わかってくれたか……!」
アミィさんは心底安堵したというように、ほっと胸を撫で下ろした。
うんうん。お嫁さんにはストレスない新婚生活を送ってもらわなくちゃね。
「じゃ、もうあの人たちには撤収してもらっていいよ」
「いや、しないが? お前をずっと見張るが?」
「え。なんで?」
「お前がドラゴンやゴブリンで街を包囲した危険人物だからだ。またそんなことをしないように見張っておかないといけないだろ?」
「話が堂々巡りだな。じゃあもうしないって言えば監視を解いてくれるの?」
「するわけがないだろう」
「じゃあどうやったら監視を解いてくれるの?」
「一生このままだぞ」
「困ったなあ」
……というように、お嫁さんと言葉遊びをして、移動中の暇を潰した。
いや、さすがに僕だって大分まずいことしたなってわかってるよ?
そりゃ1匹で街を滅ぼせるドラゴンが大挙して街を包囲したんだもの、そんなことを企んだ奴は間違いなく危険人物だし、監視対象になることは免れない。
それくらい僕にだってわかる。
だからこそ、それをやっちゃうキチゲモードやばいねって。
だってストレスがたまってたんだ。現代日本人に何のイベントも用意せず、ただ毎日を暮らせというのは退屈極まりない話なんだ。だからこれは仕方ないことなんだよ。
とはいえ、監視されても別に明確に困るわけじゃないしな。
むしろ監視してるのがサングラスをかけた黒服の女の子たちなので、ちょっと嬉しかったりする。
まあ多分アミィさん自身がその監視グループの幹部か、なんならトップなんだろうけど。
あれだけの大騒ぎをしたツケが黒服の女の子たちに監視されるだけで済んだんだから、まあ安くついた方なのかな。
「ところでなんか黒服じゃない人もこっち見てるけど、あれもアミィさんのお友達?」
なんか私服の一般人っぽい服装をしてるけど、明らかにこっち見てるんだよね。といって、僕に声を掛けてくるわけじゃないし。ただじーっと見られてる感じ。
すると、アミィさんは殊更に声を潜め、そっと耳打ちを送ってくる。
「指をさすな。……あれは私の知らない顔だ。都市政府の人間じゃない。多分、あの大騒ぎを企んだのがお前だと外部に漏れた。王都か、他領か……お前が本当にドラゴンやゴブリンを動員できるか確かめている」
「ふうん。別に僕は魔物使いでもなんでもないのにね」
もしも僕にドラゴンやゴブリンを使役する能力があると思ってて、僕からそれを取り上げて軍事利用しよう……なんて企んでるとしたら、とんだお門違いだ。
単に友達なだけなんだよね。
「まあ、あいつらにはそんなことはわからんからな……。とにかく、あいつらに隙を見せるんじゃないぞ。いつも私の近くにいるんだ。私ならお前を守ってやれる」
そう言って微笑むアミィさんの横顔が頼もしい。
思わずくらっときちゃう、男前な笑顔だ。逞しい女の子に惚れるこの世界の男子の気持ちがちょっと理解できたよ。
「うん、わかった」
「良い子だ」
僕が頷くと、アミィさんはにこやかな笑顔で僕の頭を撫でてくれた。
が、すぐに自分が何をしてるのか気付いたようで、アミィさんは電撃に打たれたように手を引っ込める。
そしておどおどと僕の顔色を伺いながら、小さな声で詫びた。
「あ、すまない。つい反射的に……。ユウジは男の子扱いされるのが……いや、この世界の男らしく扱われるのが嫌いだよな」
≪説明しよう!
この世界では、女性がカワイイと思った男性の頭を撫でる!
そうされた男性は、自分を守ってくれる逞しい女性に好意を抱くのだ!
いわゆるナデポである!
男性に人権がなく、女性の所有物となっている世界ではあるが、だからこそ他の乱暴な女性から庇護してくれる女性は男性から重宝される存在なのだ!
※ただしイケメン女子に限る!≫
「いや、いいよ? ちょっと嬉しかったし」
「そ、そうか……? ならいいのだが」
僕の言葉に、アミィさんは幾分ほっとしたように胸を撫で下ろす。
アミィさんって顔立ち整ってるし、紳士的だし、清潔感あるし、イケメン女子だもんなあ。僕だってちょっとくらっとくるよ。
よくこんな人がいき遅れてたよね。これが男女比1:4の貞操逆転世界じゃなかったら引く手あまたでしょこんなの。僕は本当にラッキーだよ。
そうやってラブコメ空間を展開していちゃつく僕をよそに、ウルスナは監視者に目をやると、フンと鼻を鳴らした。
「こそこそ見やがって、どうも嫌な感じだ。……厄介なことにならなきゃいいけどな」
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……という嫌な予感に反して、何事も起きないまま数か月が経過して……。
時は3月。いよいよ長かった冬が明けるときがやってきた。
冬の間ずっと頭上に立ち込めていた暗雲もきれいさっぱり晴れ、麗らかな春の日差しが凍てついた冬の大地を溶かしていく。
野の動物たちも顔を出し……といっても、大半が大角ウサギなのだが。それを狩るために冒険者たちもフィールドに繰り出し、討伐稼業に精を出す。
僕もこの数か月大人しくしてたからね。何も大きな騒ぎはしてないよ。
キチゲはそこそこ溜まったけど、紅白歌合戦でかなりやらかしたからね。
しかし僕は何もしてないのだが、僕の発明品は別だ。
それが我が家の経営に大きな変化をもたらそうとしていた。
「それではレモンビバレッジの取締役社長に就任しました、ウルスナ女史に一言挨拶して貰いましょう!」
キンキンに冷えたレモネードが注がれたグラスを手にした僕の司会口上に、パーティドレスに身を包んだウルスナが上ずった声で声を張り上げる。
「あ、あー……なんつーか、その……。ちゃ、ちゃんとお前らの食い扶持の面倒はみるから! 安心して俺についてきやが……いえ、着いてきてください……」
ウルスナって案外あがり症なんだね……。意外な一面かも。
ガチガチに緊張する創業社長に、スポンサーがやれやれと首を振る。
「しっかりしてくださいよ、社長。まったく当家にスポンサーになってくれと交渉してきたときは、なんて肝の据わった人だと思ったのに」
「う、うるさいなっ! ロングフィールド家には感謝してるよ」
「ええ、お願いしますよ。アイリーン姉様の義姉である貴方の頼みだから、伯爵家は多額の援助を引き受けたんです」
そう言うとジャニスはグラスを口に運び、中身をそっと傾ける。
「……まあ、うちが手を挙げなくても、引く手あまただったかもしれませんけどね」
さっき冷蔵庫から出されたばかりの、シュワシュワと泡立つ冷えたレモネードを口にしたジャニスは、そう小さく呟いた。
「まったくだ。ロングフィールド家が資金提供しないなら、儂がしようかと思っておった。こりゃ儲け損ねたな」
ジャニスの横に立ったゴールドンのおじいちゃんは、耳ざとくジャニスの言葉を聞きつけるとニヤリと笑う。
勘弁してくださいよ、とばかりにジャニスは小さく肩を竦めた。
そう。
僕の発明した冷蔵箱に目を付けたウルスナは、レモネードを冷やして売ることを思い付いた。
まあ正確には僕は技術を紹介しただけなんだけどね。
大ブリシャブ帝国では近年レモネードが大ヒット商品になっている。
船乗りの間で壊血病に効果があるということが知れ渡り、壊血病に効くんならさぞ栄養満点なんだろうってことで、大衆に広まったのだ。どこの街でもレモネード専門の屋台が出るくらい、今ではどこでも見る人気商品になっている。
だが、まだ冷蔵技術が広まっておらず、レモネードは専ら常温で飲むか、客が魔法で冷やすかしかなかった。
一応氷属性の魔法使いが屋台の売り子をしていて、冷やしたレモネードを提供することを売りにしている店もあるようなのだが……。そんなことができるなら屋台の売り子なんかより冒険者でもした方が稼げるため、数は多くないようだ。
ついでに言えば、この世界のレモネードって炭酸水を使ってない。ただのレモン水を砂糖水で割っただけのシンプルな飲み物だ。
そこに現れたのが、冷蔵箱を使っていつでもキンキンに冷やしたレモネードを提供する屋台である。
冒険者を引退したウルスナは、冬の間アイリーンに貴族教育を仕込む傍らで、自分の会社を立ち上げるべくずっと活動していたのだ。
資金はアイリーンのツテでロングフィールド家からの出資で調達したらしい。プレゼンを受けたジャニスは、兄貴のお役に立てるなら!と二つ返事で了承したということだが……。
ジャニス、本当にいいの?
ウルスナはそのお金で、怪我して冒険者ギルドを引退した冒険者や、スラムの貧民を集めて、売り子やレモネード工場で働く工員に仕立て上げたらしい。
スラムの住民たちに働き口を用意してくださるとは、さすが御使い様ですとゴールドンのおじいちゃんに感謝されたけど、僕は今回何もしてないよ。
僕がしたのは冷蔵箱の紹介だけで、後は全部ウルスナがやりました。
ウルスナって多芸だと思ってたけど、すっごい商才あったんだね……。
明治時代に元士族が商売やろうとして大失敗、みたいな話はいくらでもあるけど、元貴族のウルスナはとんでもなく商売上手だ。貴族の仕事は商売にも通じるところがあるからかなあ。
といっても当のウルスナは「ユージーンが冷蔵箱を作らなかったら、俺はこんな商売を考え付かなかった。これはユージーンの手柄だよ」なんて笑ってたけど。
僕の可愛い奥さんは夫を立てることを忘れない。
嬉しかったので、ついでに炭酸を作る方法も教えておいた。
といっても大した方法じゃないよ。
ビールを醸造するとき、その上に水の入ったボウルをぶら下げておくと、二酸化炭素の作用でボウルの中身が炭酸水に変わるんだ。
クエン酸と重曹を使ってもできるけど、こっちの方がお手軽でしょ。原始的だし。
アルシェさんの前で説明したら大興奮してたけど、そんな言うほどか?
まあともかく、こうしてウルスナはキンキンに冷えた炭酸入りレモネードを売る、史上初のビジネスチャンスを手にしたというわけだ。
そして今は決起集会……というか、創業記念パーティの真っ最中。
スポンサーのジャニスや、人員を紹介してくれたゴールドンのおじいちゃん。それに売り子や製造工場の工員として働いてくれる、元冒険者やスラムの貧民たち。
彼女たち全員を集めて、屋敷の庭でレモネードで乾杯している。
「カンパーイ!!」
天高くレモネードの入ったグラスを掲げ、その中身を飲みほしたみんなは、お行儀悪く大きなゲップをしながら歓声を上げた。
「レモンビバレッジに栄光あれ! ウルスナ社長、万歳!!」
「おいしーい! 冷えたレモネードって格別だね! これがいつでも飲めるのか」
「このシュワシュワ感! これ絶対評判になるよ!」
「他の商品にも応用が効きそうだな……とはいえ、まずはレモネード売らなきゃね!」
「あたしらスラムの人間でもこんなおいしい職場にありつけるなんて……! トントン拍子に上がっていく未来しか見えないよ! 社長、一生ついていきます!」
うんうん。
みんな喜んでるみたいで何よりだ。
それではここで、一連の儲け話からハブられて、ある日突然自分の屋敷の庭で創業記念パーティが開かれることになったデアボリカさん、コメントをどうぞ。
「……また儲け損ねた!? ちくしょおおおおおおおおおお! なんで私に声を掛けないんだ!? 私が副社長として儲けさせてやるのに!!」
はい、絶対横領をしでかして一年以内にリコールされること確実のデアボリカさんのお言葉でした。
お前なんか副社長にするわけねーだろ。完全に情報シャットアウトして事を進めたウルスナの勝ちだわ。
なんとか投稿が間に合った。