【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
1月から7月にかけての半年間はあっという間に過ぎて行った。
何があったかって? いや、別に何もなかったよ。
ただアイリーンとウルスナの出産予定日が7月だから、そのためにオムツを用意したりベビーベッドを組み立てたり、産婆さんを予約したりと、準備に忙殺されていただけだ。
さらに加えて僕の聖者としての仕事、つまり病気の治療もあったからね。
スラムに呼ばれたり街の金持ちを診たり、はたまた別の領地のお貴族様に呼ばれて出張したりと、かなり忙しく方々を走り回された。
貴族領には僕に加えてアミィさんとドラコが同行してくれて。そこではいろいろな出会いもあった……はずなんだけど、正直あまり記憶には残ってないな。
そんなことよりサウザンドリーブズに残してきた身重のアイリーンやウルスナが心配で仕方なかったからね。
だから行きも帰りもドラコに頼んでドラゴンの背中に乗せてもらって、超特急で帰って来たよ。大体日帰りだ。
お貴族様からは大層感謝されて、是非数日間ゆっくりと滞在してください、この機会に聖者様とよしみを結びたい……なんて言われたけどね。
知らん! そんなことよりお嫁さんとベビーが大事だ!
僕は生粋の種付けお兄さんだぞ、子供を孕んでくれたお嫁さんと、生まれて来る可愛い赤ちゃんの方が大事に決まってるだろ!
お腹を大きくしたお嫁さんを一日でも見ないと気が狂うので、パパっと治療したら治療費貰ってすぐ帰って来たよ。
「も、もったいねええええ!! 高位貴族との縁が! カネヅルが!! 私に任せればこれをネタに後々まで金を引っ張れるのにいいいいいい!!! 弱みを握ってこっちに有利な貿易協定を結ぶことだってできるのにいいいいい!!!」
土産話を聞いたデボ子は、もんどりうって悶え苦しんでいた。
そういうアコギなことを言い出すだろうから、アンゼリカさんが用事を作っては全力でデボ子がついていかないよう排除してるんだよね。そして事実、僕にかこつけて高位貴族から金を毟ろうと企んでいたわけだが。
「次は! 次こそは私を交渉役に! へへへ、ユウジ様お靴に泥がついていますよ! この私めが拭って差し上げます!!」
屋敷の廊下でハンカチを手に這いつくばるデボ子に、僕はこいつプライドないのか?と疑いの目を向けた。
いや、ないな。聞くまでもなかった。
「嫌だよ、なんでお前を連れてかなきゃいけないんだ。これ以上貴族とのコネも必要ないよ、ロングフィールド家っていうバックがもういるんだから」
「そんなことを言うのか!? 貴様とロングフィールド家の縁を結んでやったのは誰だと思っている! すべて私がいたからだろう! その恩を忘れて仇で返そうってのか! この恩知らずめ!!」
「お前がしたのは美人局だけだろ……。なんならロングフィールド家に賠償金でも払いたいくらいだよ。お前の財布から」
「……畜生! ちょっと伯爵家の嫁さんもらったからっていい気になりやがって! 覚えてろ!」
デボ子は冴えない捨て台詞を吐いて逃げ出した!
懲りないやっちゃなあ……。
そんな感じで毎日が過ぎていく。
僕にとっては変わり映えのしない、安定した日々だね。
サウザンドリーブズの人たちも最初はドラコを見るたびに恐慌状態に陥っていたけど、最近は「聖者様がまたドラゴンに乗って帰って来たよ」「へー」と世間話のネタにもならないくらいだ。
最近では僕とドラコを象った銅像を作って、街のシンボルにしようって案まで出る始末だ。人間は慣れる生き物なんだね。
まあ、僕の忙しさなんてどうでもいいことだよ。
むしろ出産を3か月後に控えてるのに、起業しちゃったウルスナの忙しさったらない。
売り子がちゃんと仕事してるかや工場がちゃんと回ってるかを見回り、レモンや砂糖の仕入れ先(ドラゴン)と商談し、経理帳簿に目を通し、新しく社員になりたいって人の面接を行い、そりゃもう毎日が大忙しだ。
正直子供を産んでから数年して、育児がある程度落ち着いてきてから起業した方がいいんじゃないって提案したくらいだよ。
「いや、ビジネスチャンスは待ってくれない。冷蔵箱を考案する奴が他に現れないとも限らないし、レモネードブームもいつ終わるかわかったもんじゃねえ。これは今だから儲かる商売なんだ、機会を逃がすわけにはいかない」
僕の提案に、ウルスナはゆっくりと首を横に振った。
まあ、そうなんだけどね。
だって冷蔵箱って元々僕のアイデアじゃなくて、どっかの発明家のアイデアだもん。地球で閃いた人がいたんなら、この世界でもきっと同じようにいつか誰かが閃くよ。僕は本来誰かが思いつくであろう内容を、先んじて知っているだけだ。
ウルスナはそれにな、と呟きながらへへっと笑った。
「俺、今すっごくエネルギッシュな気分なんだ。居ても立ってもいられねえ、無限のエネルギーが湧いてきやがる! お前は今は赤ちゃん産むことに専念してなんて言うけどよ、ただ黙ってガキを産むまで待つなんてできねえよ! 生まれて来る子供だって、金持ちの家に生まれてきた方が嬉しいに決まってるしな! まあ俺に任せとけよ!」
……うん。この世界の妊婦のパワフルさときたら想像を絶するものがある。
妊娠したら赤ちゃんを守るためにすごく元気になるとは聞いてたけど、それ力仕事だけじゃなかったんだね。毎日バリバリ働いて、まるで疲れた気配がない。24時間戦えそうなイメージすらある。昭和のサラリーマンかな。
僕からすれば妊婦さんは無条件で大切にしなきゃってイメージなんだけど、むしろ今が一番元気に働ける時期なんだから邪魔するなって叱られてしまうのだ。
アイリーンもすごく元気で、元々あちこち飛び回る子ザルみたいなやんちゃな子だったのが、さらにじっとしていられなくなった。
庭の樹にロープをひっかけてターザンごっこをしたり、でっかいブランコを作って遊んだり、お前はアルプスの少女ハイジのオープニングか。この野生児が伯爵家令嬢と言っても、誰も信じるまい。
僕はお腹の子に万が一のことがないかとヒヤヒヤして見守っているんだけど、同じように見ているアミィさんは「ハハ、妊婦だからって暴れすぎだろ」と笑うばかりだ。誰も気にした素振りがない。
どうやらこの世界では妊婦さんがやんちゃするのは当然、むしろちょっとくらい暴れた方が元気な赤ちゃんが生まれると本気で信じられているようだ。
カルチャーギャップが過ぎるだろ……。いつも思うけど、本当に同じ人間なの?
「ユージーン、お前こそ毎日飛び回って疲れてないか? 出産前の大事な時期なんだ、体は大事にしなきゃだめだぞ。お前は俺の子供を育てることだけ考えてくれればいいからな」
「う、うん……」
それ本来僕のセリフなんですけどねえ!?と思いながら、僕はウルスナの言葉に頷いた。
ちなみに赤ちゃんを育てるのは男性の仕事である。
男性の仕事は料理、洗濯、掃除、育児と相場が決まっているようだ。
女性は子供を産んだ後、授乳以外はあまり育児をしないらしい。女性の仕事は外で働いて生活費を稼ぐことなんだって。
ウルスナは社長業、アイリーンは伯爵家の仕事をしているけど、子供を産んだら即座に仕事を再開してバリバリ働くつもりでいるらしい。
それじゃいろいろ育児に支障を来たすんじゃ……と思うが、この国ではベビーシッター文化が盛んだ。ちょっとでも裕福な家ではベビーシッターを雇い、赤ちゃんの世話をさせるのが当たり前なんだって。
だから育児に不慣れな男性も、安心して子育てができる……そうだ。
海外ではベビーシッターが普通と聞くけど、日本育ちの僕には正直耳慣れない制度なんだよな……。
やっぱり僕は日本人なので、自分の子供は自分の手で育てたい。
そう言うと、お嫁さんズからは不思議なものを見るような目で見られた。
「ユージィ、それはさすがに無理じゃない? ユージィも忙しい身なのに、この上子育てまでなんて、過労死しちゃうよ」
「そうだよ。育児なんて一人でするもんじゃないぞ。使える人手があるんならどんどん使えばいいじゃないか。俺も稼ぐし、それくらいの蓄えはあるだろ?」
「ユウジ、お前の世界ではどうだったか知らないが、この世界ではベビーシッターを雇うのは当たり前のことだぞ。むしろ貴族に連なる者が人を雇うのはステータスだし、雇用を作り出すことで社会に貢献しているんだ」
カ、カルチャーギャップ……!
とはいえ、核家族化が進んだ日本が特殊なだけで、育児は一人でするもんじゃないってのは確かにその通りなのかもしれない。
だってお母さんとか大体育児ノイローゼでぐったりしてるし、元気な人は親に育児を分担してもらえてたりするし。
僕の家もいとこが大勢同居してたけど、元々お母さん世代が姉妹ばかりで、それが独立せずに親の家に留まった結果そうなったんだよ。姉妹が手伝ってくれるから子育ては楽だったと聞いてる。
まあおかげで僕の家は地元じゃ女郎蜘蛛の家とか呼ばれてたけどね。あの家に住む姉妹に惚れられたら、家に引きずり込まれて婿養子にされるって恐れられてたよ。
地元の名士の一族のはずなんだけどな……お祖母ちゃんが当主の座を継ぐまでは。どうしてこうなった。
まあともかく、僕はどうしても自分で子育てしたかったので、子供が生まれたら診療や発明は控えめにすることにした。
貴族からは「金ならいくらでも払います、是非診てください!」なんて言われてるけど、僕はお金よりも家族の幸せの方が大事だからなあ。
すぐさま命に関わる病気なら別だけど、そうでないなら医者に診てもらえばいいんじゃないだろうか。どうせ貴族なら医者の一人や二人抱えてるでしょ?
それにほら、僕があんまりぱぱーっと治しちゃうと、医者の仕事がなくなるというか……。このサウザンドリーブズでも、僕が人を軽く治しすぎちゃうせいで、ホットテイスト家に雇われてた医者がどこかに出奔しちゃったんだって。
まあそいつはデボ子を脅迫して、僕が聖者を名乗ってるって触れ回られたくなかったら示談金を寄越せなんて言ってたらしいから、ロクでもない詐欺師まがいの輩だと思うけどね。
それを知ったアンゼリカさんは激怒して、こんな人は当家には必要ないと追い出しちゃったらしいよ。僕が市民をお安く治療してるから、医者がいなくなっても何の影響も出てはいないんだけどね。
ともかく、人からあまり恨みを買うもんじゃないよ。それが詐欺師であってもね。
≪説明しよう!
こいつはわかったようなことを言ってるが、何もわかってない!
この時代は地球でいえば18世紀初頭、医学はまだまだ未発達で、フローレンス・ナイチンゲールにあたる人物も生まれておらず、衛生観念すら存在しない!
まだ病気は
つまり現代の地球出身の雄士からすれば、この時代の医者はめちゃくちゃな迷信を振りかざす詐欺師同然の輩なのだ!
にも関わらず、雄士はそこらへんをまるで認識していない! 下手に“疾病耐性”があるせいで、ドブさらいをしても病気ひとつしたことがないのだ!
病気になったら基本治らず、自然治癒に任せるしかないこの世界において、雄士の存在はまさにチートオブチートなのだが、自身の価値をさっぱり理解しないまま、ここまで来てしまっていた!≫
まあともかく、僕は子供が生まれたら精いっぱい面倒をみるつもりだ。
男性だから育児に参加しないとか、そんな考えは一切持ってないから抵抗もないんだよね。そもそもおじいちゃんが働いておらず、仕事ひとつせずに暇を持て余していたもんだから、小さい頃はよくおじいちゃんに構ってもらったもんだ。懐かしいなあ。
お父さんからは、「ごらん雄士。あれが女房に腰使うだけで毎日働きもせずのんべんだらりと生きてる、ヒモという生き物だよ。男として最低の人種だ。雄士はああならないように、ちゃんと働いて生きるんだよ」と言われたけどね。
まあ……僕は一応働いてるし、ヒモではないんじゃないかな……。お嫁さんに腰を使うのは大好きだけどね。おじいちゃんの血だなあ。
そんなことを考えていると、どこからともなく遠吠えが聞こえて来た。
ああ、もうすぐ日暮れか。晩御飯の支度しなきゃ。
僕はエプロンを身に着けると、遠吠えの主のためにキッチンへと向かう。
今日の献立は何にしようかな。
遠吠えでお腹が空いてるだろうし、多少食いでがあるもの……うん、肉だな。ポークカツレツでも用意してやるか。
デアボリカの屋敷の庭の一角に設けられた雑木林。
葉も次第に紅く染まりゆく木々の中で、一際立派な樹。
かつては神木とも呼ばれていたその樹は、わざわざデアボリカが遠方から取り寄せて植樹した、荘厳さを感じさせずにはいられない佇まいだ。
今、その樹には景観をぶち壊すブランコが備え付けられていた。
アイリーンの仕業である。
妊婦になってエネルギーを持て余したアイリーンは、屋敷の庭に手を加えて、自分専用のアスレチックに変えてしまったのだ。
毎日木に登ったり、枝から枝に飛び移ったり、そりゃもうやりたい放題である。
まあアイリーン専用と言いつつ、ドラコもご相伴に預かっていたりはするが、基本的にはアイリーンのストレス解消のために使われていた。
この庭を造るためにも多額の資産を投じたデアボリカは当然この狼藉に抗議したが、すげなく却下された。
「どうせ資金を着服してこさえた汚い金で造ったんでしょ。そんなに言うならアンゼリカさんに裁判してもらう? 当然資金の出所ははっきりさせてもらうけど」
雄士のこの血も涙もない言葉により、デアボリカは泣く泣く訴えを諦めるしかなかった。
具体的には下卑た笑みを浮かべながら手もみして
「いえいえ、とんでもない。是非アイリーン様の好きなようにしてくだせえ、庭も伯爵令嬢様のセンスで弄っていただいて、さぞ喜んでいると思いますぜ。へへへ、だからそれだけはご勘弁を……」
とすごすご引っ込んだ。屈辱である。
まあデアボリカのことはどうでもいい。
ともかく屋敷の先住民の合意も得られたので、アイリーンは好き放題やれた。
今、アイリーンは神木の枝に登り、ちょうど上り始めた月を見て気持ちよく遠吠えをしている。
「わんわん! アオーーーーン!!」
力を持て余すあまり、完全に野生に帰っていた。本当に王族の血を引いているのかお前は。
あるいはナーロッパ各地に今も残る狼女伝説とは、アイリーンと同じように力を持て余した妊婦が野生に帰った結果なのかもしれない。
神木の下ではドラコが震えながらアイリーンを見上げている。
「あ、アイリーンお姉ちゃんが本当に狼になっちゃった……! 先生が『女は狼なのさ気を付けなさい』って歌ってたけど、本当だったんだ……!」
それは雄士が紅白で披露した歌である。おじいちゃんっ子なので選曲センスが古いのだった。
そんなドラコの視線は物ともせず、アイリーンは我が世の春とばかりに遠吠えを繰り返している。
狼の世界ではそれは何かを伝えようとする際のサインであるが、アイリーンには特に遠吠えを聞かせたい相手はいない。ひとつ意味があるとするなら、それは勝利宣言であった。
アイリーンはひとしきり満足するまで遠吠えをすると、大分膨らんできたお腹にそっと手を置いた。そして優しい瞳をして、その中の命に語り掛ける。
「赤ちゃん、見える? これがママの見ている景色だよ。ママは勝ったよ。スラム出身の貧乏人に過ぎなかったママは、いっぱしの貴族になって、貴方を何不自由ない身分で産んであげられる。それもこれも、パパが与えてくれたものなんだ。ありがとう、ユージィ。大好きだよ」
そしてアイリーンは高所からの絶景を瞳に刻み込むと、また勝利宣言を繰り返すのだった。
「アオーーーーーーーーーーーーーーン!!!」
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さて、そんなこんなで“その日”がやって来た。
アイリーンとウルスナはほぼ同時に産気づいたのである。
二人が親戚だという話は聞いていたけど、何も一緒に産気づかなくてもよかったのに。
あるいは種を仕込んだのが同時だったかもしれないけど。3Pしたときに孕んだのかな……。あのとき? いや、あのときか……?
ともあれ、こうなってしまっては男性にできることなどない。
貞操逆転世界であろうと、赤ちゃんを産むのは女性の仕事だ。こればかりは例外はない。
ついでに言うと産婆さんも女性だ。出産のことは赤ちゃんを産める性別が一番よくわかってるからね。
僕ができることなんて、アイリーンとウルスナが出産のために籠った部屋の前でウロウロと歩き回って時間を潰すことくらいだ。
「ユウジ、狼狽えすぎだろう。座って落ち着いたらどうだ?」
アミィさんは苦笑してそんなことを言うけど。
「これが落ち着いていられないよ! 僕の子が生まれようとしてるんだよ!?」
「赤ちゃんなんて男がどう思っていようと、勝手に生まれてくるものさ」
くっ……アミィさんはわかってない!
僕は種付けお兄さんなんだよ!
種付けお兄さんの仕事が種を付けることだとすれば、赤ちゃんが生まれてくるときは仕事が結果として現れる瞬間! それに興味を持てずして、何が種付けお兄さんだ!
どうしてそんな簡単なことがわからないんだ……!?
≪説明しよう!
狂人の理屈なんて、常人が理解できるわけがないからである!!≫
そして2人が扉の向こうに消えてから数時間後。
不意に扉の向こうから、オギャアオギャアとけたたましい鳴き声が響いてきた。
産まれた……!!
今すぐにでも中に入りたいけど、鋼のメンタルでその衝動を押さえつける。
赤ちゃんが生まれた瞬間なんて、一番の鉄火場に決まってるもんな。
産湯に浸からせたり、へその緒を切ったり、忙しいに決まってる。ましてやそれが2人同時と来た。僕みたいな何の役にも立たない男性が、のこのこ顔を出しちゃいけないよ。
「無事に産まれたようだな。2人分の泣き声がする」
「うん……。本当に、よかった……」
アミィさんの言葉に、僕はへにゃりと笑い返す。
あー……なんか泣きそうだ。アイリーンとウルスナを今すぐ抱きしめたい気分。
そして僕の赤ちゃんを産んでくれて、本当にありがとうと心からの感謝を伝えたい。
「もう入っていいよ」
待つことさらに二時間ほど。
産婆さんに促され、僕はようやく二人のいる部屋に足を踏み入れた。
アイリーンとウルスナは僕を見て、薄く微笑みを浮かべる。
よかった……二人とも、大分疲れているようだけど、健康みたいだ。
特にアイリーンは心配した。アイリーンのお母さんは、アイリーンをこの世に産み落とすのと引き換えに命を落としたっていうからな……。
まあお嫁さんズには普段から“疾病耐性”を付与しているから、産褥熱ってやつになることはないはずだけどね。
単純に赤ちゃんを産むだけの体力がない場合もあるから、それは心配していたんだ。
だからアイリーンには庭を改造して、好きなだけ体力をつける必要があったんですね。
「ユージィ、見て。元気な女の子だよ」
「俺のは男の子だ。どうだ、可愛いだろ?」
疲れ切った顔で額に汗を浮かべる二人に、僕は頷く。
元気な女の子と可愛い男の子か……。貞操逆転世界ならではの価値観だよね。
実際には生まれたばかりの赤ちゃんってサルみたいな顔をしていて、客観的には可愛いも可愛くないもないんだけども。ここからしばらくすると、人間らしく可愛くなっていくんだよね。人間って不思議だ。
それはそれとして、僕と二人の愛の結晶が可愛くないわけがない。
産まれてくれただけで百点満点だ。産んでくれた二人には千点をあげる。
僕は丁寧な手つきで二人から赤ちゃんを受け取ると、まだ眼も開かないだろう我が子に、にこりと微笑んで見せる。
「こんにちわ、パパだよ。生まれてくれてありがとうね」
すると赤ちゃんたちはわずかに身じろぎをして、不思議そうに小さな瞳で僕を見つめ返した。
『ぱぱ……? なにそれ? 産んでくれたままならわかるけど』
『ありがとーってなあに?』
!?!?!?
「今の聞いた!? 赤ちゃんが喋ったよ!?」
慌ててアイリーンとウルスナを振り返るも、二人とも怪訝な顔でこちらを見るばかりだ。
「え? 『うあー』って言ったようにしか見えなかったけど」
「どんな天才児でも、赤ん坊が喋るわけないだろ。子供が生まれて嬉しいのはわかるが、しっかりしてくれよパパ」
ええ……?
でも確かに今、言葉を発したぞ……?
あ、そうか! “異世界語会話”!!
あれは相手が人間でなくても、ゴブリンやドラゴンといった知的生命体であれば通用するチートだ。
ましてや人間であれば、チートが通用しないわけがない。
赤ん坊の喃語であろうと、それが知的生命体の発した言語であれば、僕の耳はそれを言語として認識する……!?
呆然と我が子を見つめる僕の横で、突然ごとっと重い物が落ちる音がした。
もう! なんだよ、今大事なところなのに! 我が子が初めての言葉を喋った歴史的瞬間なんだぞ!(生後二時間)
「ユ、ユウジ……。なんだ、その箱は……?」
「箱?」
振り向くと、そこには自動販売機が出現していた。
あれ……? 呼んだ覚えはないぞ……?
というか、随分見ていなかった気がする。なんせこの半年呼び出すこともなかったからね。
だってチートを買わなくても困ることないもん。チートなんて買わなくなって、もう今あるもので十分生きていけるし。
だから今も自動販売機に用事なんてないのだが。なんで呼び出してもいないものが勝手に……。
ぽかんと見つめる僕の前で、自動販売機はにわかにピカピカと眩くモニターを明滅させ、けたたましい合成音声を鳴り響かせた。
『ありがとうございます! 実績<新世代魔族誕生>を達成しました! その子供たちは生まれつき魔力を持ちながら、魔族の呪いに冒されていない初めての人類となります!!』
「……は?」