【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第15話「鋼メンタルで申し開きをやり抜く」

「キイイイイイイエエエエエエエエエエッ!!!」

 

 ギルドハウス内に響き渡る、怪鳥が叫ぶような威嚇音。

 え、何? 何?

 突然のことに僕がオロオロしていると、すごい勢いで人型サイズの影が飛びかかり、どんっと僕を床の上に押し倒した。

 影は僕の胸倉をひっつかみ、血走った形相で瞳を覗き込んでくる。こ、怖い……。

 

「ユ、ウ、ジィィィィィッ!! 貴様あああああああッッ!!」

 

「……あ、もしかしてギルマスさん? どうしたの?」

 

 ドスの利いた声色だったが、それでようやく僕の上に乗っかっている怪物がギルドマスターのデアボリカさんだと認識できた。なんか今日、目力すごいですねと挨拶しようかと思ったけど、問答無用で殺される気がしたのでやめた。たまには僕も空気が読めるようだ。

 

「どうしたもこうしたもあるかッ!! 何のつもりだ!? どうして民衆を扇動した!? 旗印にギルドの紋章まで使いやがって、私を陥れたいのか!?」

 

「いや、それは誤解があるよ。僕は民衆を扇動なんかしてない、民衆が勝手に盛り上がっちゃっただけだよ。冒険者ギルドの看板だって、商売に使っていいって許可を出したのはそっちじゃないか。僕はただ、みんなの病気を治してあげる商売をしただけだよ」

 

 我ながら理路整然と説明できたな、ヨシ! こういうときは【精神耐性】がありがたいね。ハードモード異世界を旅するならぜひお供にどうぞ。人間関係は破綻するけど。

 あ、人間関係が破綻したからこうなってるのか。こりゃ参ったね。

 どうでもいいけど、デアボリカさんって思ったより肉感が柔らかいな。髪の毛もいい匂いがする。やっぱりお貴族様は食べてるものが違うからかな? それともお風呂に頻繁に入ってるのかも。……なんてことを考える余裕すらあるくらいだ。

 

 デアボリカさんは人を殺す直前のヤクザのような目つきで僕をじっと睨みつけている。こっわ、おしっこチビりそう。【精神耐性】様様だわ。

 

「いくらだ?」

 

「何が?」

 

「いくらで、誰を診療した?」

 

「銀貨5枚で、身分問わず誰でも。最低でも300人は診たかな。あ、売り上げの20%って今納める? 正直銀貨じゃらじゃらで重くってさ」

 

「質問されたことにだけ答えろ、ブチ殺すぞ貴様」

 

「はい」

 

 僕は口をつぐんだ。ブチ殺すぞって警告してくるってことは、今のところ僕を殺すつもりはないということだな。よしよし。

 

「お前……お前……。私たち領主一族が、わざわざ高い金を払って医者を誘致していることを知ってるか? お前がそんなことをしたら医者がどんな反応をするか、わからなかったのか?」

 

「初耳だね。治療術士は怪我しか治せないっていうから、病気と毒は治してもいいのかと思ってた。でも貧乏な人たちは医者が治してくれないって嘆いてたし、お医者さん足りてないんじゃない? じゃあ手が足りないところは僕が治して稼いでもいいよね」

 

「わざと差をつけているのだ! 裕福な者に優越感を与えるために、貧乏人には医療サービスを制限する! 当たり前の理屈だろうが! そもそもスラムの連中は市民ですらない! 我々貴族が誘致した医師が、市民ではない連中を見る義理がどこにある!」

 

「僕がそんな医者のメンツを考慮してやる義理もないよ」

 

「医者を誘致した私たち一族のメンツが潰れるだろうが! 大体お前は冒険者ギルドの看板を背負って商売しただろう。冒険者ギルドの長は当主一家の三女たるこの私だ! なら、私の顔に泥を塗ってはいけないことはわかるな? そういうことだ!」

 

「なるほど、そういうことか。理解した」

 

 最初からそう言ってくれたらよかったのにね。

 いや、商売を始めるにあたって事業計画を説明しなかった僕にも落ち度があるか。

 

「わかった、今回は僕が悪い。そういうことでいいよ」

 

「……お前に次回があると思っているのか?」

 

「ないの? まさかどんな病気でも治せる人材、活用せずに潰しちゃう気? そんなもったいない選択肢なんて存在しないでしょ」

 

 僕がにっこりと微笑みかけると、デアボリカさんは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちした。

 

「……今、貴様という人間がどういう奴なのかわかったぞ。貴様は知能の高い異常者だ。為政者にとって一番手に余る類の人間だよ。よくも今まで馬鹿を装ってくれたな」

 

「過分なご評価をどうも」

 

 いや、僕は自分のことをバカだと思ってるんだけどね。異世界転生に憧れて体を鍛えるとか、我ながらどうかしてると思うよ。加えて【精神耐性】が悪さしてるせいで、日本にいたときよりもさらに頭がおかしくなってる自覚がある。周囲の反応に鈍くなってるし、興味のないことを覚えられなくなったんだよね……。

 でも相手が高評価してくれるなら乗っとかないと損でしょ、命掛かってるし。

 それにさすがに銀貨1500枚簡単に稼げたり、反乱の旗頭に祀り上げようとされたら、いくら鈍感な僕だって自分が思ったより価値のある人材だって気付くよ。

 

「では頑張って僕を使いこなしてくださいね」

 

「……お前、我が従兄と親友だったな。最悪だよ、あいつが2人に増えた気分だ……」

 

 ケラケラと場違いな笑い声が聞こえると思ったら、ウェズ君がいつもの受付に座って腹を抱えていた。なんかいい空気吸ってそうだね。僕も自分が渦中ど真ん中にいるんじゃなかったら横に座って観戦してたいんだけどなー。

 

「それで、差し当たってこの状況をどうするの?」

 

 僕は窓の外に視線を向ける。群衆たちは今にもギルドの門を突き破って侵入しようと包囲を狭めていた。このままだと確実に血を見るだろう。

 デアボリカさんはすらりとした腕を組み、ふうと小さく息を吐いた。

 

「どうにかする前に、ひとつだけ答えたまえ。貴様、天使だと自称したか?」

 

「いや、まったく。なんかみんなから勝手にそう呼ばれた」

 

 正確にはスラムのおじいちゃんには神様に力をもらった、とは言った。だけど御使いなんかじゃないとも言ったからセーフだろう。……セーフだよね?

 

「そうか。なら喜べ、命脈がつながったぞ」

 

「天使だって自称したらアウトだったわけ?」

 

「その場合は殺している。どれだけ有用だろうが、生かす選択肢はない」

 

 おっと、危機一髪ポイントだったかぁ。

 まあ天使でございなんて僕が自称するわけないけどね。

 

 さてどうするのかなと僕が眺めていると、デアボリカさんはこっちに向かって顎をしゃくった。

 

「じゃあお前、ちょっとここから出てあいつらに『ごめんなさい、実は詐欺でした。病気が治った人たちは僕が雇ったサクラです。お金は返すので許してください』って言ってきたまえ」

 

「え?」

 

「え、じゃない。お前が作り上げた天使という虚像は、お前自身が否定してぶっ壊してやるしかない。こういうのは他人がいくら言っても無駄だよ。我々があれは偽物だと主張しても、奴らは自分たちの信仰対象を貶されたと思って余計に頑固になる。お前自身が偽物だと認めるのが一番効くのだよ」

 

 僕は殺気立った群衆とデアボリカさんの顔の間で何度も視線を往復させた。

 

「……あの人たちの前に出るの? 僕が? いや、死ぬ死ぬ。死ぬって」

 

「責任を取りたまえ、ユウジ君。ギルドの看板を背負って商売をしたのは君だよ」

 

「でも、ギルドの看板を貸したのはそもそもそっちで……」

 

「『わかった、今回は僕が悪い。そういうことでいいよ』。君がさっきそう言ったが?」

 

「……」

 

 そのときの僕の表情は、心底苦いものだっただろう。

 覚えてろよデアボリカ。いつかその得意そうな顔を泣きっ面にしてやるからな。

 

 

 

 案の定というかなんというか、「詐欺でした! ごめーんね☆」と告白しても、なかなか人々は納得しなかった。

 そりゃそうだ、だって実際に病気が治ってしまっているんだもの。病気が治った人は僕がデアボリカに強制されて詐欺だと言わされていると主張するし、まだ治療を受けていない人は他の人だけずるい! 自分も治して! と怒る。そりゃそうなるよね。

 

 だから僕は群衆の中にいた、ほんの軽度の風邪とか、二日酔いの人たちの【疾病耐性】と【薬毒耐性】を解除してみた。案の定彼女たちは途端に具合が悪くなったらしく、「詐欺だ!」と騒ぎ始める。

 それはそのはずで、スキルで耐性を与えて症状がなくなったとはいえ、まだ体の中には病原体やアルコール分解物が残存しているはずなんだよ。そこで耐性を除去すると、再び体内の病毒にやられて症状が出るというわけだ。僕のスキルで病気を完全に治療するには、体内の病原体が体の外に排出されるまで待ってから解除するという手順が必要だろう。

 症状がなくなったと喜んでくれた人たちには本当に申し訳ないけど、命には別状がないはずだから勘弁してほしい。こっちも命がかかってるんだ……。

 

 しかし、こちらの目論見通り詐欺だ! 金返せ! と騒ぐ派閥と、そんなことはない天使様は言わされているだけだと主張する派閥で、群衆は一触即発の雰囲気になってきた。

 参ったなあ……。全員の耐性を解除すれば一斉に詐欺派に傾くだろうけど、そんなことはしたくない。涙を流して感謝してくれた重病の人たちをぬか喜びにさせてしまうし、病苦を再び与えることになる。スラムにはどうも結核と思しき症状の人たちがたくさんいたから、彼女たちを病気に戻したらパンデミックが起こる危険性もある。

 デアボリカに視線を向けてみるも、どうやら彼女にもいいカードはないようだ。

 どうしたら……そう思ったときだった。

 

「皆の者、もういいではないか。御使い様はご自分には病を治す力などないと言っておられるのだ。彼から恩を受けた者たちよ、我らはその言葉を信じて引き上げようではないか」

 

 群衆の中にあって、凛としたよく通る声だった。

 この声には耳を傾けなければならないと、我知らずそう思ってしまうような力を秘めた声色。老いた声帯から出てくるとは信じられないほど威厳に満ちた、しかし深い人生の経験を積まなければ作り出せないような、そんな声。

 一人の老人男性が、混乱する群衆たちに語り掛けていた。

 

「ふ、ふざけるな! ジジイはすっこんでな! おいお前たち、こんな老いぼれの話なんて聞くことはねえ!」

 

 群衆の中から、老人に声が飛ぶ。

 彼はそちらの方向に向けて一瞥を送るも、老人を罵倒した声の主は群衆の中に埋もれたまま出てこない。

 

「もういいだろう。十分に施しを受けただろう。無償の施しに甘えて、我も我もとよってたかって貪り尽くす。それはあまりにあさましく、恥知らずだ。貧しきとはいえ、心まで獣になってはならない。御使い様は賤しき者も主は見守っておられると言っておられた。それでもう十分として、満ち足りることを知るべきではないか」

 

「ジジイは脚を治してもらっただろうが! 自分だけ良い目を見て、俺たちには我慢しろってのか! 天使様の施しは万民に平等なんだろ! じゃあこの街の全員が病気知らずにならないと公平じゃないよなあ! それを期待させて裏切ったんだから、冒険者ギルドとお貴族様には報復しなきゃいけないよなあ! そうだろ!?」

 

 しん……と静寂が広がる。

 やがてひとり、またひとりと、群衆たちが視線を向けたのは老人の方だった。誰も扇動者を支持しようとはしない。当たり前のことだった。扇動者は臆病者なのだ。群衆の中に隠れ、周囲を扇動することしかしない恥知らず。そんな卑怯者が他人を裏切者と罵ったところで、誰の心に響くというのか。

 

 次いで響いた老人の声は、憐れむような色を帯びていた。

 

「いったい、御使い様のお姿に何を見ていたのだ。御使い様がこの街にもたらしたのは、病苦からの救済だけではない。苦しむ者たちのために与えられる、無償の愛であろうが。彼の姿に何も感じなかったのか。自分も彼のように人に親切でありたいとは思わなかったのか。その惻隠(そくいん)*1の心を感じられないのなら、お前の人生は暮らしぶりだけではなく心まで貧しいものではないか」

 

 誰もが老人の演説に聞き入っていた。

 もはや扇動者からは反論などなく、仮に反論があったとしても誰も聞く耳などもたなかっただろう。

 老人は手を広げると、このように話を締めくくった。

 

「さあ、家に帰ろう皆の者。御使い様がもはや病苦を癒されなくとも、悲しむことはない。私たちは御使い様から、隣人を思いやることを学んだ。それを我らの何よりの宝としよう。困っている隣人がいたら、銀貨5枚をもらって助けよう。自分が困っているときは、隣人に銀貨5枚を与えて、助けられればよい。我らはこれより、互いに支え合い、助け合いながら生きていくことを誇りとしようではないか」

 

 

 

 ……人々は先ほどまでの狂乱が嘘のように、おとなしく家路へと戻っていく。

 

 僕が一仕事終えたおじいちゃんに頭を下げると、彼はパチリとウインクを返して静かに去って行った。意外と茶目っ気のある仕草に、僕はなんだかおかしくなる。

 

 彼の演説の内容を頭の中に思い出しながら、僕はああ、と手を打った。

 

「僕の後ろをみんなが真似してついてきたのって、そういうことか……」

 

 あの人のように他人に親切でありたいと。誰もがそう思ったからこそ、今回の騒動は血を見ることなく解決できたわけだ。

 僕自身はお金欲しさが動機だったので、なんとも面映ゆい。そして、【精神耐性】によってそんなこともわからなくなってしまっていることもまた、恥ずかしかった。

 

「ユウジ君、どうしました? さっきからニコニコと嬉しそうに」

 

 ……そうか。僕、今は作り笑顔以外で笑ってるのか。

 後ろから近付いてきたウェズ君に、僕は答えた。

 

「改めて思っただけだよ。おじいちゃんには親切にしといて良かったなって」

*1
他人への憐れみや同情のこと

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