【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「おぎゃーーーー!! おぎゃーーーー!!!」
「はいはい、お腹空いたんだね。ミルク温めるからちょっと待ってな」
「ぎゃああああああん! ぎゃああああああああん!!!」
「はいはい、おしめか。今換えてやるからな」
こんにちわ、保育士ユージィです。
僕は今、我が子の育児に追われています。
まあ大変だよ、この子たち人をこき使うことにまったく遠慮がないからね。
お腹が空いた、うんちした、オムツが蒸れて気持ち悪いは生理的要求だから仕方ないにしても、夜中目が覚めて真っ暗だから怖い、とかなんか寂しいとか、何でもない時でも人を呼びつけるからね。どないせえっちゅうねん。
なお、アイリーンもウルスナもアミィさんも、育児面ではあまり助けてはくれません。
オッパイをあげるのはやってくれるけど、おっかなびっくりの危なっかしい手つきで子供を抱き上げるので、見てるこっちがヒヤヒヤすることがあるよ。
子供を抱っこするというのに不慣れなようだ。
どうも育児は男性の仕事であって、女性は外で働いてお金を稼いでくれば義務は果たしている……という考えが根底にあるらしい。女性が育児なんかするのは女々しい、という感じ。
あー……。
一瞬前時代的な考え方だと思ったけど、よく考えたらここ中近世のヨーロッパみたいな世界だしね。そりゃ前時代なのは当然だわ。
まあ戦前の日本でも雷親父というか、父親は一家の柱、外で金を稼いでくるのが仕事、子育てや家事なんかの雑務は女房にやらせて当然みたいな価値観が根付いていたからね。
それが貞操逆転してるんだから、そりゃこうなるよ。
ちなみに僕は育児や家事に何のためらいもないよ。
どうも、イクメンユージィと呼んでください。
毎日暇を持て余したおじいちゃんにしょっちゅう面倒をみてもらってたからね、男性だろうが女性だろうが手の空いてる人がやればいいんじゃないって思ってる。
「むしろこの子たちが一番可愛い時期に抱いてやらなくていいの? 満足した時に屈託のない笑顔を見せてくれるの今だけだよ? もう少し育ったらイヤイヤ期に入って、親にされることは何でもかんでも反発してずっと不機嫌になるんだから」
僕がそう言うと、アイリーンとウルスナは顔を見合わせて、おずおずと我が子を抱っこした。
子供たちは抱かれたときの安定感が気に食わなかったのか、一瞬不機嫌そうな顔をしたけど、お母さんの匂いと体温が気持ち良かったのか、すぐ安らいだ表情になる。
「よしよし……ふふっ。アイラは元気いっぱいだね」
「レオは可愛いなあ。きっと大きくなったら女の子が放っておかないぞ」
2人は抱いても子供が暴れないと見るや、嬉しそうに我が子の寝顔を見つめた。
女子たるものが子供に愛情をかけるなど女々しいって価値観があるから遠慮してただけで、本当は抱いてみたかったようだ。
まあ2人の手つきを見てるこっちは、内心落とさないかハラハラしてるんだけど。なんでそんな危なっかしいんだよ、重心はもっと赤ちゃんによせないと……。
そう思っていると、アミィさんがそっと耳打ちしてきた。
「まあちょっとくらい不器用なのは勘弁してやれ。アイリーンもウルスナも、実の親から愛情をかけられた思い出がないんだよ。だから我が子にどう接していいのかわからないんだ」
……あー。そうか。
アイリーンは孤児院育ちだし、ウルスナも赤ん坊の頃に辺境伯家に預けられて、養親からの愛情を受けずに育ったっていうもんな……。
そう言われちゃこっちも何も言えないよ。
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ちなみに子供の名前はアイリーンの娘がアイラ、ウルスナの息子がレオと名付けられた。
僕は一切関与してないよ、お嫁さんが名前を付けたんだ。
アイラはアイリーンが孤児院時代に呼ばれていた愛称から名付けられたようだ。ほら、海外って親と同じ名前を子供につけて、ナントカJr.って呼んだりするじゃない。あのノリだ。
レオはライオンの古い呼び方なんだって。
猛々しくていいねと思ったんだけど、「男の子につけるにはちょっと勇壮すぎない?」「ああ、もうちょっと可愛らしい方が女受けするんじゃないか」とアイリーンとアミィさんは駄目だししていた。
貞操逆転してるから、男性の名前は可愛らしくあるべきってのがこの世界の常識らしい。いつものことだけど、頭おかしくなりそう。
だけどウルスナは僕にちらっと視線を向けながら、
「いいんだよ。パパの“雄士”だってすごく勇壮な意味なんだろ? それにこの子は新世代で、男女比1:1って話じゃないか。なら勇壮な名前なのは、すごく“らしい”よな?」
と言ってくれた。アイリーンもアミィさんも納得してくれたよ。
そうかあ……僕の名前にちなんでるのか。
「えへへ、勇敢な名前の男性同士、仲良くやろうぜ」
そう言っておくるみを覗き込むと、
『くちゅん! お姉ちゃん、どこー? 寂しいよ! うぇーーーん!!』
「……はいはい」
親の心子知らずだな……。
べったりと顔に唾を飛ばされながら、僕は我が子をあやすのだった。
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ウルスナは男の子でも雄々しくあれ!という願いを込めてレオという名前を付けたようだが、どうにもこの子はお姉ちゃんにべったりなんだよな。
ちょっぴり気弱で、自分が弟であることに満足しているらしく、何でもかんでもお姉ちゃんであるアイラに順番を譲る。
おもちゃをアイラに取られてもニコニコ笑ってる。
お乳の出が悪いアイリーン(まあ、貧乳だからね……)に代わってウルスナがオッパイをくれるときがあるんだけど、実母からの授乳ですらまずアイリーンに吸わせるくらいだ。
何でも姉に譲っているので将来がちょっと不安ではあるが……。
もしかしたら、何でも先に姉に経験させておけば、2番手の自分は安全だと思っている腹黒ボーイである可能性もあるな。まあ、その場合はしたたかでよろしい。
対してアイラはすっごくおてんばだ。
この世界では女の子は元気で活発なほど女らしくていい!という価値観があるようだが、まさにアイラは絵に描いたような元気っ子である。
好奇心も強く、見慣れないものを見かけたら何でもかんでも触ろうとするので、親としてはヒヤヒヤする。ウチはストーブとか結構危ないもの置いてあるからね。
何をするにも自分が最初でなければ気が済まない、ファーストペンギンの申し子のような子だ。
母親のアイリーンも活発な子だけど、なんだかんだウルスナやアミィさんに譲って自分は3番手に収まるような妹気質でもあるからね。
その点で言えば、アイリーンの活発さだけを抜き出して純粋化させたような存在と言えるのかもしれない。
ちなみにこの子を産んだアイリーンは「それでこそ長女だよ!」と満足げだ。
女性が強いこの世界では、長女というのは兄弟全員のリーダーであるべきという思想があるらしい。その観点で言えば、アイラはぴったりの性格なんだって。
一方、ウルスナはレオを溺愛している。
当初こそどう扱っていいか計りかねている節があったけど、一か月もする頃には外から帰ってくると必ず子供へのお土産を買ってくるようになった。
「ほらレオ、クマさんだぞー。がおー。俺様とレオ、どっちが強いか勝負だー!!」
『うー?(ママ、何やってるの?)』
『うあー!(強そう! 貸してレオ、あたしのが強いんだから!)』
『ううー(いいよ。お姉ちゃんが先に触って)』
「あっこらアイラ、まずレオに抱かせてから……!」
クマのぬいぐるみを横からさらおうとするアイラと、姉に譲ろうとするレオ、まずレオに抱かせようとするウルスナが何やらごちゃごちゃやっている。
おもちゃ箱は、毎日のようにウルスナが買ってくるおもちゃでもうぎゅうぎゅうだ。
そんなに買ってきても、生後一か月の赤ん坊にはようわからんと何度も言っているのだが……。
それでもウルスナは
「もう少し大きくなったらすぐ遊ぶようになるさ! 俺が小さい頃はおもちゃに囲まれてたぞ、大きくなったときおもちゃがないと寂しいだろ! それにレオもアイラも賢いし、他の子どもより先に遊び方覚えるかもしれねえ!」
と言い張り、おもちゃを買い与え続けている。
どうも親に愛されたことはないけど、おもちゃは義姉のおさがりがいっぱいあった幼少期のせいで、変な価値観を持っている気がする。
そこに親バカが加わり、子供におもちゃを買い与えるのがよい親の証!って思ってるんじゃなかろうか。
別におもちゃなんかないならないで、適当に遊びを見出すのが子供なんだけどな。
まあ、子供を可愛いと思ってるのなら何よりだ。
なお、アイラもレオも、産まれた直後は禿げててサルみたいな顔してたけど、すぐに髪も生えて人間っぽい顔立ちになってきた。
アイラは赤毛で目鼻だちがくっきりした気の強そうな感じ。親のアイリーンにすっごくよく似ている。
レオは金髪碧眼でちょっと気が弱そうだが、親の贔屓目抜きで、こりゃ大きくなったらマジでモテモテだろうな……と予感させる美形だ。将来のあだ名は“王子様”じゃなかろうか。本当に王族の血を引いてるんだけどね。
この子たちはどんな大人になるんだろうなあ……。
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『びえーん!!(お腹すいたー! オッパイほしいー!! ママどこー!!)』
『うあーん! うあーん!!(お姉ちゃんが泣いてるから僕も泣くー! うえーん!!)』
「はいはい、ごはんね。今日はアイリーンはお乳が出ないし、ウルスナも仕事で留守だから、哺乳瓶で我慢して。レオもお姉ちゃんが泣いてるからって便乗しないの」
まあ大人になったらどうなる以前に、毎日に追われてそれどころじゃないのだが。
本当にこの子たちよく泣くわー。
みんながベビーシッター雇えばいいって言ってた理由が、よくわかったわ。
子供の世話なんて一人で見るもんじゃないよマジで。一人でも手を焼くのに、それが2人もいるんだもん。うるささ2倍だぜ。
そりゃ世のお母さんは育児ノイローゼになるわ。
金切り声で泣き喚くわ、夜中でも目を覚ましたらギャン泣きするわ、夫は育児は女の仕事だろ俺は仕事で疲れてるんだって協力してくれないわ。地獄だよ。
貞操逆転しているので、その苦労が僕に降りかかってくる。
「よしよし、満腹になったらゲップしようなー。背中をトントントン……よし、ゲップできたな。美味しかったかい?」
『うあー(よきにはからえ。満腹になったから寝るのー)』
『うー(僕もおなかいっぱーい。お姉ちゃんとお昼寝するー)』
と言っても、僕はなんともないんですけどね。
これはおそらく【精神耐性】の仕業だろう。
【精神耐性】は“他者からの精神的影響を受けづらくなる”という効果を持っているため、どれだけ赤ん坊が金切り声で泣こうが、真夜中に泣き声で起こされようが、まるでへっちゃらなのだ。ストレスは一切感じない。
これまで僕の共感性を破壊して散々人間関係をズタズタにしてきたチートだが、これに救われてきたのも確かだ。そして今、僕はこのチートを取っててよかったと深く感じているよ。
可愛い我が子を憎いなんて思わずに済む、これ以上幸せなことはないでしょ。
まあそれ以外にも、可能な限り手抜きはさせてもらっているが。
たとえば今日のこの子たちのご飯、スキムミルク。
これも錬金術師のアルシェさんに作ってもらった。
あの人本当に、言えば何でも作ってくれるな。やっぱドラえもんなんじゃないの?
僕がスキムミルク作れない?って聞いたら、
「……これが作れれば、仕事で忙しい女性が授乳のために家に帰る必要がなくなります。男性だけで子育てができるようになり、仕事の効率が桁違いに跳ね上がる……。御使い様、貴方はまさに救世主なのでは……!?」
なーんて大げさなこと言われたけど。
いや、ちょろっとアイデア伝えただけで実際に作ってくる方がよほどすごいでしょ。
それに僕は先に答え知ってるだけだからね。アイデア考えた人のふんどし借りてるだけだよ。
そうそう、哺乳瓶も一緒に作ってもらったんだ。
乳首部分の天然ゴムが手に入らないって話だったから、ドラパパに頼んで新大陸までひとっ飛び樹液を調達してもらったんだよ。ついでにスキムミルクの原料になるヤギのお乳も、ドラゴンの牧場から分けてもらった。
これはすごい発明だから、ぜひ幾つか分けてほしいってドラパパに頼まれたので、アルシェさんを紹介して彼女が余分に作ったものを融通してもらうことにしたよ。
工場を作って大々的に生産とか、これで世界がまた一つ変わるとか、なんかごちゃごちゃとした話をしてたみたいだけど、僕は我が子の分さえ確保できればそれでいいから聞き流した。後はそっちで適当にやってくれ。
僕にもパテント料を払うって話だったけど、もうお金は充分持ってるから断ったよ。次に子供が生まれるときにも、哺乳瓶作ってくれればそれでいいや。
後は洗濯板も作ってもらった。
板にデコボコの溝を彫って、ごしごしと擦り付けて汚れを落とすやつだね。
いやさあ、この世界って洗濯板も洗剤もまだないんだよ。そんで子供のおしっこを発酵させたものを洗剤にして、たらいに入れてひたすら踏むのが洗濯の風景なんだ。
うげーって感じだよね。ひたすら踏むのはともかく、おしっこって。そんな汚いおむつを我が子に着けさせたくないよ。
というわけでこれもアルシェさんにお願いして作ってもらった。
まあ板に溝を彫るだけの単純な構造だから、アルシェさんの手を煩わせる必要もなかったかもだけど。
海水からアルカリ剤作って石鹸に加工する方法をアルシェさんに教えたら、石鹸とセットで作ってくれることになったんだよ。これでも理系だし、WEB小説読みだからね。石鹸の作り方くらいは知ってるんだ。
本当は全自動洗濯機が欲しかったんだけど、それはまだ無理そうだったからね。洗濯板で我慢するしかないけど、子供のおむつを洗濯するくらいならこれで十分でしょ。
ちなみにどういう経緯かわからないけど、この洗濯板と石鹸の存在はすぐにアンゼリカさんにバレた。
アンゼリカさんもアイリーンやウルスナと同時期に妊娠してて、赤ちゃんとウチに遊びに来てこれからはママ友として仲良くやっていきましょうね~って奥さんたちと和やかに話してたんだけど、急に僕の方を向いて
「ところでアルシェと面白いものを作っているそうですね。洗濯板と石鹸は、今後サウザンドリーブズの特産品にします。異論はありませんよね?」
なんて言ってきた。
目が笑ってなかったんだけど、アンゼリカさん綺麗好きだからなあ。やっぱおしっこで洗濯するのが我慢できなかったのかな?
もちろん僕に異論なんてないよ。
むしろ洗濯板が壊れたときにすぐスペアが手に入るなんて願ってもない話だ。石鹸も消耗品だからいくらでも欲しいからね。
「もちろんだよ、どんどん作って! いちいちアルシェさんの手を煩わせるのもどうかな~って思ってたんだ。あ、パテント料とか一切いらないから、好きに作っていいよ!」
「……言っておいてなんですが……貴方、自分の発明の価値を本当にわかってます……?」
子供たちをウリウリとくすぐりながら言うと、アンゼリカさんは何故か呆然としたようにこちらを見た。
アミィさんがその肩を叩き、無言で首を横に振ると、
「ああ、そうですね……。そういう方ですもんね……」
なんて納得してたけど。どういう方なんだよ、失礼だな。
僕は健康的で文化的な生活を子孫に送って欲しいだけの種付けお兄さんだぞ。
子供たちが幸せに過ごしてほしい、それを夢見ない種族・種付けおじさんはいないよ。もしセックスしか頭にない種付けおじさんがいたら、それは偽物だと断言できる。
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もっとも、子育てを自分一人でやったわけじゃないよ。
僕の体はひとつ、子供たちは2人。そりゃ手が足りないときはある。
そこで役立ってくれたのがドラコだ。
お嫁さんたちとやっぱりベビーシッターを雇わないと回らないんじゃないか……?って話をしているとき、
「じゃあ僕がやるよ! 僕だってオスなんだ。子育てはオスの仕事だからね。僕は族長になるから家庭には入らないかもしれないけど、子育てくらいは知っておきたい!」
なんて言い出した。
もちろん、僕は最初は反対したよ。
だって10歳の子供が赤ん坊の世話をするなんて、そんなのヤングケアラーもいいところじゃないか。
『ママは小学4年生』なんてアニメが昔あったらしいけど、小学4年生の女の子が子育てするアニメなんて、令和に放送したら大問題になるよ。
「そんなのダメに決まってるだろ。僕はお前をヤングケアラーにするために預かったわけじゃない。人間らしい価値観を知ってもらうためだ。子供は外で遊ぶのが仕事だよ」
「でも人間もオスが子育てするんだろ? じゃあ育児も人間を知る勉強になるじゃないか。それに大人になったとき、子育てひとつもできないオスになったら恥ずかしいよ。お嫁さんも子育てができないなら、誰が子供を育てるのさ」
「くっ……! いっちょ前に論理武装を……!?」
「ふふふ……。先生に学んだのさ……!!」
結局睨み合う僕たちに「まあそこまで言うならやらせてみたらどうだ?」とウルスナが介入してきたので、ドラコの希望通り赤ちゃんの世話を任せてみることになった。
そして。
「おぎゃあああーー!!(ごはんーーーーー!!!)」
「はいはい! 今行くよ!」
「ぎゃああああああん!!(おしっこーーーーー!!!)」
「あわわわ! ええと、ご飯!? おもらし!? どっち!?」
「うぎゃああああああん!!(起きたー! 誰かいないのー!? 寂しいーー!!)」
「ああっ、折角寝てくれたと思ったのに……!! はいはいはい、どうしたのー!?」
「だー! だー!(おうまさんごっこしたーい! そこに四つん這いになれよ)」
「ええ? 何を要求されてるの……!?」
案の定、すぐにドラコはぐったりとなった。
魂が口から抜けたように虚ろな瞳をするドラコに、僕は溜息を吐く。
「ほら見ろ。やっぱ無理じゃないか」
「パ……パワフルすぎる……! 先生、よくこれに耐えられるね!?」
「だって僕は子供たちが何言ってるかわかるもん」
もし何で泣いてるのかわからなかったら、それこそ僕も辛かったと思うよ?
だって僕は共感性欠如してるからね。子供たちがなんで泣いてるか理解できない。
でも【異世界語会話】のお陰で、ある程度要求がわかるからね。
まあなまじこれがあるばかりに、喃語でも僕に何が言いたいか伝わってしまうため、言葉を覚えるのが遅くなるんじゃないか……という懸念はあるけど。
「いや、言葉がわかったらなおさら辛くない? 親は子供の召使じゃないぞ!?」
「赤ん坊のうちはいくらワガママ言ってもいいよ。どうせそのうちイヤイヤ期に入ったら、今度は何しても反発されるようになるんだから。まあ、それも喜ぶべき成長だね」
「……子供を育てるのって、大変なんだな……」
ドラコはそう小さく呟くと、すっと瞳から一筋の涙を流した。
「……? ドラコ? 泣いてるのか?」
えっ、なんで泣いてるの? そんなに育児辛かった? やっぱ手伝ってもらうのやめる?
混乱する僕をよそに、ドラコは小さく肩を震わせる。
「人間の子供を育てるのはこんなに大変なんだ……。そして僕が滅ぼした村にも、小さな子供がいた……。その子たちも、親が大変な思いをして育てていたはずなんだ……。それを、僕は面白半分にモンスターをけしかけて……つ、潰してしまった……」
ドラコはわなわなと掌を振るわせて、涙を流す。見つめる掌に、ぼたぼたと雫がこぼれる。
ああ……。
ドラコは昔、悪戯半分に人間相手に狩りごっこなんてしていた。
強者であるドラゴンは、弱者である人間を好きにしていいと思っていた。そのことを言っているのか……。
「僕は……僕は、なんてことを……。どうやってあの人たちに償えばいい? どうすれば僕はしてしまったことを謝れるんだ? 僕は……」
「ドラコ……」
見守るアミィさんが心配そうに声を掛ける。
僕はそんなドラコを見おろし、言った。
「いや無理だよ。今更悔やんだって償えるわけないじゃん。お前は一生その罪を背負っていくしかないんだよ、甘えんな」
「!」
「ユウジ!!」
アミィさんは憤懣やるかたないって感じで声を上げるが。
いや、どうしたの? だってそうじゃん。
「ドラコが僕の子供を見て、かけがえのない命だったって気付いても、奪った命は生き返ったりしないでしょ。もし死後も魂があるとして、その人たちが今の赤ん坊抱いてるドラコ見たら、『俺たちを殺しておいて何をしおらしいこと言ってんだ!』って罵倒すると思うよ。僕の子供と村人たちはまったくの別人だもの。僕の子供にいくら尽くしても、村人の魂が救われるわけないでしょ」
「……! ……!!」
僕が一言紡ぐたびに、ドラコは鞭打たれたかのようにビクンと体を震わせる。
「それは……そうだが……。だがドラコはまだ子供なんだぞ。もう少し言いようってものが」
「子供だろうが大人だろうが関係ないよ。だって怪獣に襲われて死んだって事実は変わらないもの。ドラコが改心しようが、今後何しようが、起きてしまったことは覆せない。死んだ人は生き返らないし、潰した村は再生しない。ドラコはもう、殺した人々に償う方法はないんだ」
僕の言葉に、ドラコとアミィさんは口をつぐむ。
……どうしたの? 僕は当たり前のこと言ってるだけなんだけど。
死んじゃった人はどうしようもないじゃん。
死後の世界があるかなんて知らないけど……というか僕にとってはある意味ここが死後の世界なんだけど、いくら反省したところで殺した人に償う方法はないよ。僕が村人の立場なら、絶対に許さねえって思うだろうし。
ただまあ、ひとつ付け加えるとすれば……。
「でもドラコが反省してるっていうなら、もう二度と同じことをしないことはできる。ドラゴンの同胞が同じ遊びをしようとしたとき、止めることもできる。殺された人たちと同じ思いをする人が二度と出ないよう、食い止める。次期族長であるドラコには、それだけの力がある」
「あ……」
「死んだ人に償うことはできない。だけど世界に償うことはできるよ。もしドラコが自分の行動を反省しているなら、ドラゴンの王様になればいい。ドラゴンが人間を殺して弄ぶことを許さない、そういう王様に。償うとしたらそこだろ」
「うん……。うん……!!」
僕の言葉にドラコは目尻を拭い、真っ赤な目で何度も頷く。
その瞳には強い意思が宿っているように思えた。
いや、僕は共感性が死んでるから、ドラコがどう思ってるかなんて実際のところわからんけど。勝手にそう思っただけだよ。
「僕、やるよ……! ちゃんとした族長になる!!」
「ユウジ……。さすがはこの子の先生だな」
「ん? ああ」
ドラコはキッとした目つきになったし、アミィさんは感心したように腕組みしているけど、僕は思ってること言っただけなんだよな。
力ある者には責任が伴うなんて言葉があるけど、僕はクソ雑魚だし、自分の行動に責任を取るつもりなんかサラサラないからね。
ドラゴンが人間を襲わないならそれに越したことはないんじゃない? ドラパパも人間と仲良くしたがってたし。……って思っただけだよ。
まあいいか、なんかドラコが背筋に金属の糸が入ったようにしゃんとした感じになったし。結果オーライでしょ。
「……びえええええええ!!!(おしっこーー!!)」
「あ、アイラどうしたの!? お腹空いたの? 違う?」
「ほぎゃああああああああ!!(お姉ちゃんを泣かせたーー!!)」
「あああ、レオまで! よ、よしよーし! こわくないこわくない!」
起きてぐずり出した子供たちを、ドラコが慌てて抱き上げる。
まあ子守りと将来優しい王様になることになんの関係があるのかは知らんが……。
それでもここで経験することのすべてが、何かしらお前のためになるといいな。
そう思いながら、僕はアイラを受け取るためにドラコに手を伸ばすのだった。
「はいはい、おしっこしただけだよ。レオはつられて泣いてるだけだ。ドラコ、レオをあやして機嫌取っといてくれ」
「う、うん!」
ドラコはそれからも精いっぱい子供たちの面倒をみた。
ミルクをあげ、おしめを換え、お馬になって床を駆け、寂しいときは添い寝してやり、力任せにぐいぐい尻尾を引っ張られても涙目で窘めるにとどめた。
そして9か月後。
辛抱の甲斐あってか、子供たちが一番最初に覚えた言葉はパパでもママでもなく、「どあこ!」だった。
アイリーンもウルスナもなんで私じゃないの……?と不服そうな顔をしていたけど。
「どあこー。おんまー!(ドラコ、お馬さんごっこしましょ)」
「どあこー! どあこー!(ドラコ、お姉ちゃんの次は僕だよ!)」
「はいはい、順番だよ」
子供たちをその背に乗せながら、将来のドラゴンの王様は嬉しそうに笑うのだった。