【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第18話「鋼メンタルで聖者様を演じ抜く」

 目的の都市に到着して、宿屋で一泊した翌日。

 僕たちはデアボリカに連れられて、都市を治めているロングフィールド伯爵の屋敷にお邪魔することになった。

 もう時刻も日暮れごろなんだけど、それなら昨日到着してすぐに行ってもよかったんじゃないかなあ。……ということを宿屋で口にしたら、デアボリカは呆れたような顔で僕を見た。

 

「馬鹿かお前は。相手は伯爵だぞ、先触れの使者は送っていたとはいえ、到着を伝えてすぐに面会できるわけがないだろう。これでも早い方だぞ、先方が急ぎ診察してほしいと時間を取ってくれたのだからな。身分差を考えれば、一週間以上待たされてもおかしくないくらいだ」

 

「ほへー。貴族様って忙しいんスね。僕はてっきり仕事を部下に押し付けてウサギ狩りに忙しいのかと思ってましたよ」

 

「……貴様、本当に伯爵相手にそういうこと口にするのやめろよ。私とウェズ以外の貴族相手には、必要なこと以外一切口を開くな。余計なこと言って不興を買ったら本当に殺してやるからな」

 

「はいはい」

 

 別に僕だって貴族相手に親交を深めたいわけじゃないしね。

 なんか後ろでウルスナが口元を押さえてプルプル震えてるんだけど、なんかツボに入ったんだろうか。最近ウルスナのことがよくわからなくなったよ。

 

「それと、これに着替えろ。お前の“仕事着”だ」

 

 そう言ってデアボリカが渡してきたのは、何やらだぼっとした服だった。

 あ、これは世界史に疎い僕でも見たことがあるぞ。確か古代ローマ帝国でえらい議員さんが着てた服だよね。ファンタジー作品に時々出てくるやつだ。たしかトーガっていうんだっけ?

 

「昨日の夜も言ったが、もう一度確認しておくぞ。これからお前の肩書は“聖者”だ。誰かに経歴を訊かれたら、東洋からはるばる巡礼の旅をしてきたが、大ブリシャブ島に来たときに神から癒しの力を授かったと答えろ。それ以上詳しく語る必要はない」

 

「この衣装は? なんか動きにくそうなんだけど」

 

「その衣装は古代ロマン帝国で議員が着ていたもののレプリカだよ。お前の私物のボロい服で伯爵に面会させるわけにもいかんのでな。かといって旧教の司祭のようなゴテゴテした服もNGだ。ウチは新教国なのでな。宗教色を排したうえで伝統ある衣装を探したら、そういう感じになった。時代遅れだがエキゾチックな感じが出ているだろう? ナーロッパ人は古代ロマン王国に憧れがあるから、そういう服だとハッタリが利くんだ」

 

「要するに遠いご先祖様の国の偉い人が着ていた服、ってこと?」

 

「そういうことだ。とりあえず着替えてこい」

 

 なんで東洋人が古代ローマ帝国の議員の服を着るんだよ、文化的にめちゃめちゃやんけ……と思わなくもないが、まあ確かに半年着古したTシャツとジーンズや、こっち来て買ったツギハギだらけの服よりは見苦しくはないか。そう判断した僕は、自分の部屋に戻って着替えてみる。ん? これどう着るんだ? この服ヒダヒダが多すぎだろ、本当にこれで合ってんのかな。

 ……いや、ちょっと待て。なんかこれそもそも布が少なくない? どうあがいても胸元が大きく開いてて右胸の乳首が見えそうになるんだけど。

 

「なあデアボリカ、これって着方合ってる? なんか布が足りてないよ」

 

 そう言いながらデアボリカたちがいる部屋に戻ると、女性陣は絶句した顔でこちらを見つめてきた。

 

『……エッロ!!!』

 

「今日ほどこの世界の感覚との食い違いを感じたことないわ」

 

 ウルスナたちは食い入るように僕を見つめているし、アイリーンは真っ赤になりながら鼻を指でつまんで視線をそらしている。あ、こっち見た。またそむけた。超チラ見してる。

 なんなの。もうわけがわからん。

 このだぼだぼでヒダヒダのくせに胸元だけ開きまくった服がエロい?

 何がこいつらの琴線を刺激してんのか、誰か説明してくれよ。

 

 

≪説明しよう!

 古代の伝統と神聖さを兼ね備えつつも、セクシーさをも醸し出しているかつてないファッションである!

 具体的に言うと星座の名前を冠した聖闘士たちを束ねる女神の女の子が着てる、胸元ガッツリ開いた白いドレスのようなインパクトを与えている! しかも職人技によって裾はぴったりと脚に吸い付き、腰から下のラインが浮き出ているぞ! 股間の形もくっきりだ!≫

 

 

「なかなか似合っている。大急ぎで仕立てさせたにしてはいい出来だ」

 

 うむうむと頷くデアボリカ。

 要するにこの服、お前のセンスってことか。

 

「僕は一生お前と分かり合える気がしなくなったよ」

 

「今更気付いたのか? 私はとっくにお前の理解を諦めているぞ」

 

「というかさ、何でわざわざエロいデザインにしたの? 普通のトーガでよかったでしょ」

 

 するとデアボリカは不思議そうに首を傾げた。

 

「何を言っているんだ。神聖な人物というのはそういう際どい服を着るものだと、昔から相場が決まっているだろう?」

 

「…………」

 

 あ、そうか。この世界、貞操逆転したナーロッパだったわ。なるほどね……。

 

 

≪説明しよう!

 我々の世界のごく普通のファンタジーに登場する聖職者や聖女は、すっごい際どいエロ衣装を当たり前のような顔で着ているものである! そのうえで男女の価値観が入れ替わっているので、聖職者の男性や聖者はすっごく際どいエロ衣装が当たり前なのだ! 逆に女性の聖職者はがっちりと着込んでいるぞ!

 ちなみに先ほどからデアボリカは雄士を“聖女”に相当する“聖男”と呼んでいるのだが、雄士の脳が異常な日本語を拒絶しているので【異世界語会話】スキルが融通を利かせて“聖者”と翻訳しているのだ!≫

 

 

 ソシャゲで「この聖女キャラのハイレグの食い込みエッグwww そのスケベさで聖女は無理でしょwww」って笑ってた僕が、まさかエロ衣装を着て聖者を名乗る日が来ようとはね……。これも因果応報というものなのかなあ。

 

 

 

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「お初にお目にかかります。ウエスト・エセックスの都市サウザンドリーブズを治めております領主、ギガンティア・ホットテイストの三女、デアボリカにございます。この度はお目通りの機会をいただき、誠に幸甚の至りに存じます」

 

「遠路はるばるよくいらっしゃった、デアボリカ嬢。ロングフィールド伯爵家の当主、ローズである。この新たな知遇を得る機会に恵まれたこと、今日の良き日を神に感謝しよう」

 

 伯爵の屋敷に招かれたデアボリカと僕は、応接間に通されていた。冒険者たちは伯爵の家来に武器を預けて、隣の部屋に待機している。屋敷内は武器持ち込み厳禁なんだって。

 座ったままの伯爵に対して、デアボリカはカーテシーで深々と頭を下げている。もうその態度から身分差を感じられるね。デアボリカも貴族とはいえ、一都市と周囲の村だけを治める無爵のジェントリの三女。片や相手は複数の領地を治める伯爵家の当主だ。国内有数の大企業の社長さんと、ド田舎でだけ有名な中小企業の課長くらいのえげつない差があるよ。っていうか、やっぱり知人じゃないじゃん。初対面だろこれ。

 

 ちなみに僕はデアボリカの後ろに控えて、片膝をついたまま頭を下げている。勝手に顔を上げて相手を見たら不敬なんだって。なんかこの異世界、息苦しいね。ナーロッパなんだから「おっす、伯爵のオッサン! よろしくな!」「元気がいい奴だな気に入ったぞワハハハ!」くらいフランクでいいじゃんね。

 デアボリカが言うには、この世界の貴族ってメンツが超重要なので舐められたら即座に殺しにくるらしいよ。鎌倉武士かな?

 僕も殺されたくないので、黙っておくけどね。貴族にタメ口きいた代償に命取られたら大損だもんよ。

 

「ときに、そこにいる者が……」

 

「はい。東洋より訪れた病魔払いの聖者、ユウジでございます」

 

「面を上げよ。特に差し許す」

 

 デアボリカに目配せされ、僕は顔を上げる。言葉は発さず、ただ視線を向けるだけだ。何が相手の逆鱗に触れるかわかんないからね。沈黙は金ってやつだ。

 伯爵様はまあそうだろうなと思ったけど、女性だった。30代半ばほどの御年で、鳥の羽をまとめた扇子で口元を隠している。ふーん、上級貴族の女性の嗜みって奴かな。顔はよく見えないけど、目の形はまあまあ整ってるし美形なんじゃないかな。

 ……ん? なんか、鼻のところに赤いものが見えたような。まさかなあ。

 もっとよく確かめたいけど、あんまり見たら失礼なんだろうな。

 

 伯爵様は僕にじっと視線を注ぎながら、扇子をわずかに揺らした。

 

「立ってみせよ」

 

 僕は無言で頷いて、その場に直立した。……なんか挨拶でもすべきなのかなあ。でも余計なこと言うなって言われたし、だまっとこ。外国人だし、多少不躾でも言葉がよくわからないんでーとかでごまかせるやろ。

 

「ほう……美しい体をしておるな。その方、これまで何人に抱かれてきた? 東方人であろう、路銀を得るために体を売ることもあったのではないか?」

 

 えーっ。何このオバハン。

 普通そういうこと初対面の人に聞くかねえ。「おっす伯爵のオッサン!」よりもある意味で失礼だろこれ。

 っていうか、これどう答えればいいの? デアボリカとの打ち合わせになかったよこんなやり取り。そう思っていると、デアボリカが口を開いた。

 

「伯爵様、この者はまだ女を知りません。神より特別な力を授けられる者は清い体でなくてはならぬことは、預言者様の故事でご存じの通りです。女に抱かれればその力を失ってしまうかもしれませんので、生涯にわたって純潔を誓っております」

 

 オイオイオイ。僕、生涯童貞を誓ってることにされちゃったよ。

 確かにこのままいい出会いがなかったら、童貞ボーナス維持して来世行くかもだけど。

 

「ふうむ、そうか。何とも、もったいない体つきをしておるのう……」

 

 そう言って、伯爵は僕の胸元や布地に浮き出た股間を食い入るように見つめてくる。うおっ、すげえ悪寒……。

 ……いや、なるほどね。これ、僕は対等な人間として見られてないね? 外国人なんて奴隷程度にしか思ってないから、どれだけ不躾に見てもいいだろってことか。感じ悪いなあ、この国の貴族ってみんなこんなのなのか? デアボリカでも随分マシな部類なんだなあ。

 ……あー、これ無理。さすがに嫌悪感が勝ったわ。とっとと治して帰るべ。

 

「早速診察に入らせていただいてもよろしいですか?」

 

 デアボリカがオイ出しゃばるな! って視線を送って来たけど、ガン無視する。

 

「なんだ、話せたのか? 随分と流暢だ。しかも上流言語(ポッシュ)ではないか、どこで学んだ?」

 

 ポッシュってなんじゃい。僕はずっと日本語しか喋ってないぞ。まあいいや、話合わせとこ。

 

「治療のために勉強する必要がありましたので」

 

「そうか。どこぞの医者から医学の心得と共に言葉を盗み取ったのか?」

 

「いいえ。しかしどんな病気でも治せますよ」

 

「ハハハハハ! 下等な東洋人(サル)風情が、世界の最先端たる我が大ブリシャブ帝国の医者が屈した病を治すとうそぶくか! 面白いな!」

 

 全然面白くなさそうな顔して言うじゃん。今にもキレそうだよ伯爵様。

 

「僕に治せないと思われるのなら、何故お声がけなさったので?」

 

「古い知人が十数年ぶりに声を掛けてきたのでな、義理を果たしただけさ。ペテン師を紹介してきたなら、その首を送りつけてやろうかと思っているがね」

 

 古い知人? デアボリカのことじゃないな、それは。

 なんか僕の知らないところでいろいろ動いてる気がするが、まあいいや。僕の知ったこっちゃないね。

 

「そうですか、結構なことです。首の配送料は払わずに済みますね」

 

「フン、サルの中にもユーモアを解する者がいるとはおどろいた」

 

 そう言って、伯爵は扇子を下ろして素顔を見せた。

 

「この醜い顔を見たからには、もはやその不埒な胴体は屋敷から出られぬぞ。出たいのならば首だけで出るがいい」

 

 あー、なるほどね。

 伯爵の顔を見た僕は合点がいった。この症状は2週間ほど前に見たばかりだ。

 

「梅毒ですか」

 

「……なんだ、やはり医者ではないか」

 

 鼻から下にいくつもの赤いできものを浮かばせた伯爵は、赤黒く爛れて裂けた唇を歪めた。デアボリカの街で診た魔導士さんよりも随分と症状が進行している。

 

「不治の病だそうだな。我が家の医者もいろいろと手を施したが、最終的に匙を投げたよ。こうなったのは我が身の罪を神が罰せられたからだそうだ。治りたければ全裸で湖に浸かり、頭から氷水を何度も被り、苦しみの中で神に許しを請えなどとぬかしおった。馬鹿馬鹿しい。二度と世迷いごとを囀らぬよう、首をちょん切ってやったよ」

 

「罪を犯した、という点だけは正しいでしょうけどね。それは性病ですよ」

 

「貴種の女として生まれた義務を果たしただけだとも。次に家を継ぐ者の(かまど)となることが何の罪に問われようものか」

 

「決まった相手とだけ子供を作ってればそうでしょうね」

 

「フン……。それで、治せるのか?」

 

「治りますよ。同じ病気をつい二週間前に治したばかりです」

 

「……デタラメをぬかすな。東洋人ごときが大ブリシャブの医学に勝てるはずが……」

 

「あーもう、ガタガタうるさいな! 患者は大人しく言うことを聞け、治してほしいんだろ! いいから黙ってそこに座ってろ!」

 

「…………」

 

 実のない話ばかりで全然治療が進まないので、結局強い言葉を浴びせかけて黙らせた。デアボリカが真っ青になってるのが視界の隅に映ったけど、知ったこっちゃない。何がキーワードになって(逆鱗に触れて)こっちを殺そうとするかわからない相手と延々爆弾ゲームを続けるほど、僕は命に余裕がないんだ。まだキレて強引に話を進めた方が生き残る目があるってもんだよ。

 イキリ転生者で結構、こっちを舐めてくる相手に礼儀を尽くす必要なんかないね。何が伯爵様だ、こちとら聖者様だぞ。いと神聖なる神の聖名(みな)において言葉を慎め(黙りやがれ)

 

 伯爵様が面食らって黙り込んだのをいいことに、僕は強引に診療の儀式を続けることにする。

 懐から取り出したるカッコいい三角錐のボトルは、秘伝の聖水だ。

 

「聖水にて病魔を弱らせます。これまでの罪を思い、神に許しを乞われよ」

 

 そう告げて、伯爵様の頭にぽたぽたと垂らしていく。

 この聖水は魔力の満ちる満月の夜、清めたる至聖所にて月の光を浴びせ、聖者が一晩をかけて祈りを捧げ続けることで聖別された、世界にひとつしかないとても貴重な品……という設定である。実際にはただの井戸水だ。

 僕が聖水を伯爵様の顔全体に塗り拡げると、彼女は観念したのか神聖さを感じたのか、瞳を閉じて大人しく祈り始めた。

 

 本当は治療なんて一目見るだけでできちゃうんだけどね。

 なんかデアボリカが貴族相手に金を取るなら、もっと仰々しくてもっともらしい儀式じゃないとダメだって言うので、こんな無意味な工程を挟むことになった。

 この世界の宗教についてはデアボリカから教えてもらったけど、そもそもこの国の国教って新教でしょ? 旧教のゴテゴテとした儀式だらけの権威主義と拝金主義が嫌になったから、国ごと新教に鞍替えしたんじゃないの? なのにやっぱり金持ちは余計な儀式をありがたがってるってどういうこと?

 めちゃめちゃ矛盾してる気がするけど、結局は教会(たにん)が偉そうなのが許せないだけで、自分はこんなに金と権威を持ってるって示す行為はやりたくて仕方ないんだろうね。

 

「続いて聖句を唱え、病魔を追い出します」

 

 僕はこの世界の聖書の中の、預言者が悪魔を追い出すシーンの文章を暗唱する。

 これはデアボリカに読んでもらったものを丸暗記した。こう見えて記憶力は悪くないからね、これくらいはできるよ。本物の聖職者と違って何の効果もないだろうけど。門前の小僧習わぬ経を読むってやつだね。

 

「そして預言者はおっしゃいました。去れ、悪魔よ。この者を悩ますことはまかりならぬ……」

 

 あ、やべ。この先忘れたわ。

 あー……。

 

「じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ、くうねるところにすむところ……」

 

「……それは? 聞き慣れない聖句だが……」

 

「僕の故郷の東洋に伝わる、とてもありがたい聖句です」

 

「なるほど」

 

 なるほどじゃないが。

 まあ御利益のある言葉をたくさん並べたものらしいから、ありがたいものではあるんじゃないかなあ。落語のネタだけどね。

 

「ぱいぽぱいぽ、ぱいぽのしゅーりんがん、しゅーりんがんのぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーの……」

 

「なあ、それはブリシャブ語ではどういう意味が……」

 

「ちょうきゅうめいのちょうすけーーー!!!」

 

 僕は余計なことを訊かれる前にすぱーん! と伯爵様の額を叩いた。

 よっしゃ、どさくさ紛れにお貴族様の頭しばいたらスカッとしたわ!

 

「ちょ、おま……」

 

「はい、これできれいさっぱり治りました! ご快癒おめでとうございます!」

 

 デアボリカに被せて大声を出し、病気が治ったことを教えてやる。

 

「…………」

 

 伯爵様は自分の全身に視線を向けてから、震える手で手袋を外した。

 その指にイボのひとつもないことを見てから、おもむろに銀のベルを手に取る。

 

「誰か、誰かおらぬか。今すぐに鏡を持ってまいれ!」

 

 呼び鈴を聞きつけたメイドが、大慌てで手鏡を持ってきた。

 ……この世界のメイドって、男の仕事なんだな……。執事服を着ているのが救いだ。これでフリフリのメイド服を着たむくつけき男が出てきたら、僕は反射的に眼球を抉り出していただろう。いや、【苦痛耐性】があるから耐えられてしまうのかもしれないが。

 

 手鏡を覗き込んだ伯爵様の瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。ひとしきり自分の顔を見つめていた彼女は、やがてしとどに濡れた鏡面をテーブルに伏せ、僕の手を取る。

 伯爵様は僕の手を強く強く握りながら、顔を伏せた。

 

「貴君には失礼なことを幾度も口にして、申し訳なかった。貴君の容姿を見て、到底治せるわけがない。煽情的な格好をしたペテン師だと判断してしまった。ゴールドン翁の厚情を踏みにじったのは、我が身の不明であった」

 

 おい! やっぱりこの格好、逆効果じゃねえか!

 そりゃそうだよな、SSR演出で出てきたエロいカッコした痴女に「貴方を癒します~」とか言われたら、オナサポでもしてくれんの? って思うわ。

 くそっ、デアボリカめ。こいつもしかして僕にスケベな格好させて辱めたかっただけじゃねえだろうな。ムッツリヤクザかぁ?

 

「しかし貴君は度重なる侮辱を呑み込み、真摯に診療してくれた。その寛大さ、貴君はまことの徳を備えし聖者であるに違いない。どうかこの身を許し給え」

 

「神の聖名において、貴方の罪は許されました。今後は貞潔を心がけてください」

 

「ありがたきお言葉、重々骨身に沁みました」

 

 よかったよかった。決死の覚悟でキレたけど、内心この後どうしようかなと思ってたぜ。

 ……っていうか僕の言葉の意味、本当にわかってるよね? 一応噛み砕いて説明しておくか。

 

「これで梅毒の症状は消えましたけど、まだ貴方の体には病の元があります。次第に排泄物に混じって体から出ていくはずですけど、性交したら相手にうつす可能性がありますから、本当に当面はセックスを控えてくださいね」

 

「ああ、わかっている。では聖者殿、次の治療をお願いしたいのだが」

 

「……次の?」

 

「入って参れ!」

 

 伯爵様がパンパンと手を打ち鳴らすと、部屋の奥のドアが開いて男たちが入って来た。仕立てのいい上等な紳士服を着こなしている者から、執事服の者、料理人や庭師と思しき者まで、その全員が顔に赤黒いできものをこさえるか、鼻から下を覆う仮面を付けていた。

 それも5人や10人なんて生易しいものではない。その数、実に20人近く……!

 

「私の夫や妾だ。この者たちの治療も頼むぞ。私だけが治っても、夜伽の相手に困ってしまうからのう! もちろん治療費ははずむぞ、ハッハッハ!」

 

 僕が思わず後ずさって伯爵様に握られた手を尻で拭ってしまったのは、決して責められないと思う。視界の端でデアボリカもドン引きして頬を引きつらせてるからな。

 伯爵様から性病をうつされた彼らに罪はない。罪はないが。

 

 こ、このオバハン、えんがちょ……!




地名は47種類の候補からダイスで決めたので特に意味はないです。
ないってば。
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