【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第19話「鋼メンタルで手を出さないよう我慢し抜く」

 ようやく20人近くの男性たちの治療を終えた僕たちは、お屋敷の客間に通されることとなった。どうやら正式な客として認められたようで、しばらくはここで寝起きすることになっている。

 というのもデアボリカが1週間ほど経過観察期間を設けてほしいと言っているからだ。確かに体から病原体が排出されきるまでは完治したとは言えないのだが、別に僕がそばについている必要はない。遠く離れていても【インフルエンサー】で与えたスキルの効果は消えないため、サウザンドリーブズの街に帰ってしまっても問題はないはずだ。ただ、今回恩を着せたことをネタに何やら伯爵様へ“商談”を持ち掛けたいらしい。それをまとめるための時間を稼ぐために、梅毒の治療を口実にしたいようだ。

 

 ちなみにカタログを熟読して【インフルエンサー】の仕様を調べたところ、どうやら有効期間というものは設定されていないようだ。基本的には僕が自分の意思で効果を解除するまで持続する。

 例外は僕が【インフルエンサー】で対象に影響を与えたことを忘れてしまった場合だ。この場合は自動的に効果は解除される。推測だけど、“自分の意思で解除”するためには前提として対象に効果がかかっていることを覚えている必要があり、この前提を満たせなくなった時点で効果が失われるという処理になっているのだろう。

 既に300人以上にかけてるのに覚えていられるわけねーだろ! と思ったのだが、「あの日に大体何人程度にかけたっけな」くらいの記憶でも維持されるようだ。日記をつけて定期的に読み返しておけば問題ないだろう。

 とはいえ【薬毒耐性】をかけっぱだと一生酒で酔うことができなくなるし、【疾病耐性】が維持され続けると仕事が減った医者が激怒するだろうから、効果は順次適当なところで解除するつもりだ。あ、冒険者にかけた【薬毒耐性】は即日解除してるよ。冒険中に大怪我したとき、ポーション効かなくて死んだら申し訳ないってレベルじゃないからね。

 

 さて、客間に通されて早々、僕はいきなりデアボリカに胸倉をつかまれた。

 

「貴様ぁ~! 勝手なことしやがって……!」

 

「君が言ったのは『治療に必要なこと以外は口を開くな』だろ? 治療に必要だったから僕がやりとりしたんだよ。何も間違ってないじゃないか。治療はちゃんと成功して、伯爵様も満足する結果に落ち着いただろ?」

 

「日ごとに生意気になるな、こいつ……! こっちはお前ごと殺されるのかとヒヤヒヤさせられたのだがね!」

 

「大体、治療しに来てるんだからお前がやりとり全部こなすなんてできるわけないんだよ。デアボリカには病気の知識がないだろ」

 

 胸倉をつかまれた手を振り払うと、デアボリカはぐぬぬ……と唸り声をあげた。

 セールスマンが医療ロボットを売り込みに行ったら、ロボットが顧客とのやりとりを全部済ませちゃって立つ瀬がないといったところか。

 

「まあ、お前の“商談”とやらには僕は関わらないから、あとはご自由に。患者の様子を1日1回見る以外のことをする気はないよ」

 

 そう言って僕はベッドにごろんと横になった。

 この客間は僕一人にあてがわれたもので、デアボリカと冒険者たちは別の客間で寝ることになっている。男女別室にするのは当然とはいえ、仮にも貴族のデアボリカが冒険者と一緒の部屋というあたりに伯爵様からの評価が滲み出ていて、内心ちょっと笑える。

 これで帰ってくれるかなと思っていたら、デアボリカは一瞬だけ客間の入り口を見やると、寝転がる僕の耳元に顔を近づけてきた。

 

「おい、これだけは守れ。お前、絶対にアイリーンにもウルスナにも手を出すなよ。もちろん他の冒険者の女どもにも」

 

「どうして?」

 

「聖者として一生貞潔を守っているって伯爵に言っただろうが」

 

 なるほど、確かにそれはそうだ。デアボリカが勝手に言ったんだけどね。

 とはいえこれ以上デアボリカのメンツを潰すのもまずいか。仮にも貴族で、冒険者の元締めだ。僕みたいなクソ雑魚冒険者は魔法一発で消し飛ばせるだろうし、そうしたとしても大したお咎めを受けることもないだろう。

 

「それに、アイリーンもウルスナもこれからの人間だ。あいつらはまだ何者にもなれていない。冒険者としてこれから飛躍しようという未完の大器なんだ。そこに色恋沙汰で妊娠、ということになったらどうなる?」

 

 真面目な顔で口を開くデアボリカに、僕は体を起こして向き直った。デアボリカは僕の瞳を覗き込みながら、言葉を続ける。

 

「あいつらは未熟なまま子供を背負って生きることになる。今のあいつらに、子供を育てながら金を稼ぐだけの余裕があると思うか? いわんや、モンスターと戦う危険な職業だぞ。下手すれば母子ともに共倒れ、あるいは孤児院に子供を捨てるかだ。今のあいつらの誘惑に乗ったところで、不幸な結末しか待っていないんだよ」

 

「確かに……」

 

 この世界は決してイージーな世界ではない。食料不足、貧富格差、寒さ、モンスターの存在、不衛生な環境、蔓延する疫病、貞操逆転と、シビアな条件ばかりだ。少し脚を踏み外せば、一瞬で死の危険に直面することになる。

 

「私はギルドマスターとして、冒険者たちを不幸な運命から守らなくてはならない。だからこうして釘を刺しているんだ。わかってくれるな?」

 

「ああ、わかったよ」

 

 ズル賢く性悪でプライドが高くどさくさに紛れてエロ衣装を着せる心底しょうもない女だと思っていたが、デアボリカにもこんな一面があったのか。

 

「よかった」

 

 そう言って微かに頬を緩ませるデアボリカの顔には、確かにギルドマスターとしての使命感と責任感が宿っているように、僕には思えたのだった。

 

 

 

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 伯爵様から夕食に誘われた僕だが、マナーを知らない不調法者が同席しても不快な思いをさせてしまうだけということで、固辞することにした。

 

「その通りだぜユージーン。お前はまったく正しいっ! ブリシャブ貴族のテーブルマナーってさあ、ひたすら黙って飯を食うんだよ。音を立てるのは相手に失礼とかいってさあ。フォークやナイフ使うのに物音立てちゃダメ、スープすする音も立てちゃダメ、味の感想なんてもってのほか! 厳格派が流行ってからそれがマナーになったらしいんだけど、そんなんじゃ一緒に飯食う意味がねえよなあ。これだから新教はダメなんだよ。やっぱ晩飯はシャルスメル流だ、賑やかに楽しく食うのが一番だぜ。なあ、お前もそう思うだろ?」

 

 ワインを手酌でグラスに注ぎ、カパカパと飲み干しながらウルスナは機嫌よさそうに笑った。

 

「大分酔ってるね、ウルスナ」

 

「あぁん? 酔ってねえよぉ。こんなの水だよ、水。俺を酔わせようと思ったら、火酒をストレートで10杯持って来いってんだ」

 

 場所は伯爵邸の中庭、僕とウルスナは椅子に腰かけて酒を飲み交わしていた。

 客室で暇を持て余していたら、ウルスナがどっから調達したのかよさげなワイン瓶を手に、月を肴に一杯やろうぜと声を掛けてきたのだ。

 お前デアボリカからウルスナに手を出すなって言われたばかりやろがいとは思うけど、何せ暇だったんだよ。やることがなさすぎる。部屋に本棚はあったんだけど、僕は文字が読めないしね。まあ酒飲んで駄弁る程度ならセーフでしょ。

 

「やっぱ人間として生まれたからにはさあ、美味い飯食って美味い酒しこたま飲みてえよな。我慢我慢で何の人生かってんだ。ユージーンも飯はうまい方がいいだろ?」

 

「それはまあ確かにね」

 

「だよなぁ! ユージーンは話がわかるよぉ。この国のやつらは新教徒ばっかで、心の底からは馴染めねえんだよなあ。そこへ行くとユージーンはえらい! 俺の気持ちをわかってくれてる!」

 

 ウルスナと話すのは楽しい。ガラが悪くて短絡的だけど、悪友感がある。話していると元の世界の友人たちを思い出すのだ。自然に猥談やバカ話ができて、まるで同性の悪友が体だけ美少女になったような感じ。話の内容だけ聞けば完全に元の世界の男だ。

 ただまあ……。誰が聞いてるかわからない中庭で、堂々と新教の悪口言うのはやめてほしい。僕、今は新教の聖者ってことになってるんだぞ。うかつに同意できないような話題をこすってくるんじゃない。僕だってちょっとは他人の目というのを学んだのだ。

 

「本当にユージーンはいい奴だよ。なんというか、女と話してるような気分になるんだよな。他の男と話すときと違って、何も気を遣わなくていいからすげえ心を許せるわけ」

 

 内心どきりとするが、【精神耐性】のおかげで動揺は顔に出ていないはずだ。

 

「はいはい」

 

 僕はグラスを傾け、ワインを口に流し込んだ。

 なかなかうまい。この世界の食べ物は基本的に品種改良も進んでないので現代日本に比べると味が落ちるのだが、ワインやウイスキーに関しては日本より上と感じる。中世とはいえ、そこは本場の味だからなんだろうね。

 

「あ~? 冗談だと思ってるだろ~?」

 

「いや、そんなことないよ。僕だってウルスナは気が置けない飲み友達だと思うし」

 

 ときどきオッパイ見せつけてからかってくること以外はね。

 僕がそうやって流すと、ウルスナはおもむろに僕の手首を握って、顔を近づけてきた。

 

「俺は本気だぞ」

 

「……ウルスナ?」

 

 酔っている雰囲気が欠片もないウルスナの真顔が、鼻が触れるほどの距離にあった。

 サラサラとした手触りの彼女の金髪が、僕の頬をかすかに撫でる。

 

「お前が欲しい、ユージーン」

 

「またまたそうやって、僕をからかって」

 

「マジだ。お前が好きなんだ」

 

 まいったな。デアボリカに手を出すなと言われたばかりなのに。

 僕ははぁ、とわざとらしい溜息を吐いてみせる。

 

「じゃあ聞くけど、僕のどこが好きなの?」

 

 体がエロいからとか黒髪が珍しいからとか病気治せるからとか言われたら、頬にビンタの一発でもくれてやろうと思いながら訊いてみる。

 するとウルスナは言った。

 

「性格だよ。誰に対しても態度を変えずに、自分を貫いてるところが心底痺れるんだ」

 

 なるほど……?

 

「それはつまり、空気が読めないということなのでは……?」

 

 明らかな欠点じゃん。【精神耐性】のせいで距離感バグってるんじゃん。そんなところに何の魅力を見出したんだよお前は。

 しかしウルスナは、頭を振って僕の言葉を否定する。

 

「いいや、違う。お前は読めないんじゃなくて読まないんだ。貴族が相手でも一歩も譲らない。……今日の伯爵とのやりとり、一部始終見てたよ。お前は伯爵にどれだけ威圧されても、自分を貫いてたよな。挙句には頭までしばいて、本当に痛快だったよ」

 

「……どうやって覗いたの?」

 

 あの場には伯爵様と僕とデアボリカしかいなかったはずだけど。

 するとウルスナは片目をつぶりながら、人差し指で上方向を指差した。

 

「貴族の屋敷には隠し通路がつきものだからな。気の利いたスカウト(密偵)なら、天井裏くらい潜り込めるさ」

 

「なるほどね」

 

 ウルスナはじりっと僕に距離を詰め直して、僕の手首をつかむ手に力を込めた。

 

「俺は子供の頃から、汚いものばかり見てきた。小さかった俺を虐める大人が、より強い奴にぺこぺこ頭を下げて、さらに上の奴には卑屈な笑みを浮かべて媚びへつらう。故郷だけじゃない、この島に来てからもずっとそんなのばっかりだ。それが世の中の仕組みだとわかっていても、心底みっともねえくだらねえって思ってたよ」

 

 ボカロ曲とか好きそうですね。

 

「だけどお前は違った。お前だけだ、ユージーン。この薄汚れた世界でお前だけが綺麗だった。どんな相手でも曲がらずに自分のままでいるお前が、とても美しく思えるんだ」

 

 いやぁ、本当は僕も権力者に媚びへつらって安全に生きていきたいんだけどなぁ。【精神耐性】のせいで媚びるべき場面とやり方がわからなくなってるだけなんだよね。今はたまたまうまくいっちゃってるだけで、絶対この生き方って寿命削ってると思うよ。

 そんな困惑する僕の黒髪を、ウルスナは大切そうに撫でながら呟いた。

 

「お前みたいな男、他にいねえよ。お前といたら一生退屈しないだろうな。おもしれー男……」

 

 ん!? 僕、“おもしれー女”扱いされてるってこと!?

 

『僕、異世界転移して冒険者ギルドに入っただけの、自分に自信が持てない自他と共に認める地味男! そんな僕に冒険者ギルドいちのイケメン俺様女子がアプローチかけてきちゃった! こんな何の取り柄のない地味男にイケメン女子が寄ってくるなんてどうなってんの~!?』

 ……妹が持ってたラブコメ少女漫画にそんなシチュエーションあったね。俺様系男子に食うだけ食われてボロボロになって捨てられるのかと思いきや、なんか俺様系がぞっこん惚れ込んで必死に所有権主張しまくる感じのやつ。溺愛系っていうんだっけ? まあ少女漫画の主人公だから、ヒロインは地味女といいつつ相当な美少女なんだけど。お前それ地味女って思ってるのお前だけやぞ。

 

 

≪説明しよう!

 この世界の美意識では、雄士はすっごいエロい体つきしてるエキゾチックな東洋人である! 地味男だと思ってるのお前だけやぞ!≫

 

 

 ふーむ。ウルスナが溺愛系か試してみるか。

 僕は軽く小首を傾げると、薄く微笑んでみせた。

 

「僕、独占欲強くてワガママだよ? 彼女が他の男を抱いてるなんて我慢できないんだ。これまで誰を抱いてきたかはともかく、これから一生僕だけを抱くって約束できる?」

 

 ごくっ……。ウルスナが喉を鳴らす音が聞こえた。

 え、何その反応。これから男遊びできないことがそんなに辛かった?

 

 

≪説明しよう!

 清純系だと思って迫った聖女が、不意に「私、独占欲強くてワガママなの。これから一生、私に振り回される人生になっちゃうけど、それでもいいの?」と妖艶な笑顔を浮かべてきて、思わぬ悪女ぶりに心の奥底のマゾ心がキュンとなっちゃった状態である!≫

 

 

「ああ、いいぜ。これからお前以外の男は抱かねえ。俺の人生はお前のものだ。だから……」

 

 字面だけ見たらBL小説みたいなセリフだな。

 僕がそんな場違いなことを思っていると……。

 

 ウルスナは突然僕を抱き寄せると、その唇を奪った。

 情熱的に彼女の舌先が僕の唇をノックし、全身をギュッと力強く抱きしめられる。

 やがて彼女が唇を話すと、舌先でつながった銀の糸が月の光を浴びて輝いていた。

 

「俺の男になれよ、ユージーン」

 

 

 不意にガシャンと何かが砕ける音がして、僕はそちらに振り向く。

 そこにはワイン瓶とグラスごとトレーを取り落としたアイリーンの姿があった。

 えっ……何この状況。

 

 ワナワナと青い顔で震えるアイリーン。

 このままショックを受けて、涙ながらに逃げ去るのが少女漫画のお約束だよね。そして僕はそれを追いかけていく、と。

 

「ユージィから離れろ、ウルスナ」

 

 アイリーンは瞳にかつてないほどの殺意を浮かべ、ドスのきいた声を絞り出していた。

 ああ、そうだったわ。これ貞操逆転世界だわ。

 

 

≪説明しよう!

 俺様系チャラ男にヒロインの唇を奪われたのを目にしたショタが、チャラ男にブチ切れる少年漫画的シーンである! たとえショタであろうと、惚れた女を手に入れたいなら涙を浮かべて逃げるなんて女々しい選択肢はない! 女を巡って男と男の対決が、ここに始まる!≫

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