【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第25話「鋼メンタルで伯爵家の息子と語り抜く」

「…………」

 

「…………」

 

 河原へ続く林道を、ジャニスと2人で歩いて行く道すがら。

 僕の後ろについたジャニスは、一言も発しないままついてきていた。

 時折、枯れ枝を踏み折るパキリという音が響く以外は、まったくの無言だ。

 

 ううむ、気まずい……。

 僕って陰キャだから、自分から話を振るの苦手なんだよね。なんかずけずけと話して上手くいってるように見えるけど、あれは相手の反応をガン無視して自分が言いたいことをまくしたててるだけであって。世間話で盛り上がるのとかすごい苦手なんだよなあ。

 ジャニスも同じ気質なんだろうか。いや、そっちの方が僕を始末するタイミングを見計らってるとかよりマシかな。

 なんか話題、話題……。

 

「おや?」

 

 話題にできるようなものがないかと林の中を見回しながら歩いていると、枯れ木の下にピンクと白のコントラストが眩しい何かを発見した。あれはベニテングダケじゃないか、かなりでっかいぞ。海外の絵本で妖精が腰かけているような見事な育ち具合だ。

 

 日本でも自生しているベニテングダケは、いわずとしれた幻覚作用のある毒キノコだ。イボテン酸という成分が中毒をもたらすのだが、これがアミノ酸の一種でめちゃめちゃウマいらしい。日本にいたときから一度は食べてみたいと思っていたけど、さすがに毒とわかってるものを口にするのは……と断念していた。

 しかし今の僕には【薬毒耐性】があるから、キノコの毒も無効化できるはずだ。降ってわいた絶好の機会だ、ぜひ持ち帰って食べてみたい。

 

 ただ、ジャニスがこのキノコの毒性を知っていた場合、仲良くなるどころかドン引きされる可能性がある。念のため知ってるか聞いてみようかな。

 

「ねえジャニス、あのキノコなんだけど……」

 

 僕が指差した瞬間、ジャニスの瞳がギラリと輝いた。

 

「あれはハエトリタケですね! 見事な大きさです! 聖者様はあのキノコの毒性をご存じですよね? ええ、その通り! 可愛らしい見た目ですが、食べると幻覚や腹痛を催す危険なキノコです! とてもおいしいそうですが、食べてはいけません! ですがあのキノコの煮汁はハエが好み、なおかつ汁に触れたハエは死んでしまうため、ハエを駆除するのに有用なのです! さすがは聖者様。毒キノコにも詳しいのですね! キノコは何がお好きですか? 私はフェアリーリングを作るコムラサキシメジが一番神秘的だと思っていて……」

 

 僕まだ何も言ってないよ。

 ぽかんとして見ていると、ジャニスはハッと我に返って、恥ずかしそうに俯いた。

 

「……すみません……。調子に乗ってしまいました……」

 

「ああ、えっと……キノコが好きなの?」

 

「は、はい……。聖者様のような万物に深い造詣をお持ちの方の前でお恥ずかしいですが……」

 

「いや、別に何でも知ってるわけじゃないんだけど。あと聖者様、じゃなくて兄貴だってば」

 

 なんか噂話に尾ひれがついてとんでもない知恵者みたいに扱われてない?

 実像がバレたらすごいがっかりされるだろうから、やめてほしいんだけどなあ。

 まあともかく、ジャニスが好きなものを知れたのはよかった。話のとっかかりになるかもしれない。

 キノコ、キノコねえ。……どう話を拡げればいいんだ、これ。

 僕がうんうんと悩んでいると、ジャニスの方から話を続けてくれた。

 

「あの、兄貴が庭園に植わっているキャベツやトマトを大規模栽培したらいいって、父様に提案してくださったんですよね?」

 

「うん、そうだよ。野菜は体にいいのに、食べないなんてもったいないからね」

 

 そう言いながら、ジャニスがお肉過激派で野菜を育てようとする僕を殺そうとしてたらどうしようと考える。

 が、それは杞憂だったらしい。

 

「その通りです! 僕も前々から、あれを栽培しないのはもったいないと思っていたんです! なのに誰に相談しても、野菜なんて動物やモンスターが食べるものだとか、伯爵家の一員がそんなゲテモノを食べるなんてみっともないとか、相手にしてもらえなくて。それにトマト、あれをみんな毒だと思ってるんですよ。ちょっと青臭いけど、食べられるのに! そりゃ野菜を育てる土地があるなら小麦や牧草を育てるべきだって理屈はわかりますが……」

 

「……食べてみたんだ?」

 

「はい、庭園にある植物は明らかに毒があるとされるもの以外は一通り……」

 

 ジャニスは恥ずかしそうに顔を赤らめた。食いしん坊だと思われると感じたのだろうか?

 

「どうして口にしようと思ったの?」

 

 まさか伯爵家の子息が飢えていたわけでもないだろう。

 するとジャニスは、もじもじしながら答えた。

 

「まだ人に知られてない薬効や毒性がある植物があるんじゃないかと思って……。お医者様が勧める療法って、私はなんだか信じられなくて。巷で魔女って呼ばれてる薬師が調合する薬の方が、まだ効きそうだと思うんです。だから、私の手でいい薬を作れないかなと……」

 

 医者と治療薬か。

 なるほど、つまり。

 

「伯爵様やミドラーさんの梅毒に効く薬を作りたかった、と」

 

 僕の言葉にジャニスは目を見開き、苦笑いを浮かべた。その表情は、ミドラー氏が見せる困ったような笑顔によく似ていた。

 

「さすがは兄貴、御見通しなんですね。そうです、きっかけはそうでした。梅毒は兄貴が先に治してくれましたけどね……。薬の知識なんてまるで持ってない私じゃ、薬なんて作れるわけがなかったんです」

 

 いやあ、わからないよ?

 だって梅毒に効く薬は抗生物質だけど、抗生物質の元祖のペニシリンはブドウ球菌を培養する実験の最中にうっかり青カビが生えちゃったことから発見されたわけだし。どんな素人であれ、まずは試してみることから始まるんじゃないかなあ。

 

「それでジャニスは、植物をいろいろ調べるうちにキノコ好きになったってこと?」

 

「あはは……キノコも好きですけど、本当は植物全般が好きなんです。観察すれば観察するほど、いろんな魅力があることに気づいてきて」

 

 ジャニスは口に出そうか出すまいか迷ったような顔をして、結局言葉を続けた。

 

「私は植物学者になりたいんです。……おかしいですよね、男が学者なんて」

 

「なんで? 全然おかしくないけど」

 

 僕が小首を傾げると、ジャニスは意外な言葉を聞いたというように目を丸くした。

 

「……え、だって。男は子供を育てるもので、家の外に出るなんて……。男性の学者様が書いた本なんて、見たこともないし……」

 

「出たけりゃ出りゃいいじゃん。女より男の方が魔力が少ないから戦争は女の仕事、ってのは僕も聞いたけどさ。学術研究に男も女も関係ないでしょ、頭の出来なんて性別で変わんないよ」

 

「でも、フィールドワーク中に危険なモンスターに出くわすかも……」

 

「じゃあ冒険者雇えばいいよ。戦闘は女冒険者に任せて、植物観察してりゃいい」

 

 まあ、もっとも先ほど見た魔法を見る限り、ジャニスも十分戦えそうだけどなあ。自動車と同じ速度で走れる奴は、ウチの冒険者でもあんまりいないんじゃないのかな。伯爵級の貴族にしては魔力が少ないのかもしれないけど。

 

 ジャニスはぽかんとした顔になって黙り込んでしまう。

 なんだろ。これまでの思い込みが砕かれて呆然としてるのかなあ?

 そう思いながら様子を見ていると、ジャニスはどよんと落ち込んだ表情になった。

 

「……いえ、やっぱり駄目です。男だてらに学者になりたいなんて……。そんなことが許されるわけがない」

 

 ふーむ。行き掛けの駄賃だ、こうなったらとことんお悩み相談に乗ってやるか。

 どしたん、話聞こか。

 

「どうして許されないと思うの?」

 

「だって、母様はちゃんとした後継者を作ろうと、毎日身を削っているんです。本当は父様ともっと仲良くしたいだろうに、新しい妾をもらって、挙句には梅毒にかかってしまって。そんな母様を放って、植物学者になりたいだなんてワガママを言えるわけがない」

 

「ワガママか。ジャニスはそう思うんだ」

 

「ワガママ以外のなんだと言うんです。そもそもが貴族の子弟が好きなように身の振り方を決めるなんて、そんな自由が許されるわけがない。貴族の男は政略結婚で嫁ぎ、家と家との関係を結ぶためにいるんです。男として生まれてきた時点で、私は出来損ないなんだ。せめてもの義務は果たさなくては……」

 

「出来損ないは言いすぎじゃない?」

 

「いいえ、私は出来損ないです! 私が女に生まれてさえいれば、母様は20人もの子供を産もうとする必要もなかった! 私が家を継げない出来損ないだから、母様を苦しめているんです……!」

 

 樹に頭からもたれかかったジャニスは、ぶるぶると肩を震わせながら幹に拳をぶつけ、嗚咽を漏らす。

 

 はあー。僕は深い溜息を吐いた。

 ったく、黙って聞いてりゃ……どうしてこの一家はこうなのか。

 

「あのさあ、ジャニス。僕は君たち一家には会話が足りてないと思うよ」

 

「……どういう意味です?」

 

「互いのことを思いやってるのに、言葉にしてないから伝わんないって言ってんの」

 

 まあ【精神耐性】で共感性が死んでる僕が言うなという話なのだが、だからこそ当事者には見えないものが見えてくることもある。僕は他人から受ける印象に囚われにくいからね。

 何から指摘するべきかな……。とりあえず大前提からいくか。

 

「ジャニスは勘違いしてる。植物学者になりたいことと、伯爵様をこれ以上苦しめないこと。両方達成できる方法があるだろ?」

 

「そんな方法……あるわけが……」

 

「君がロングフィールド家の嫡子になればいいんだよ。伯爵家の跡継ぎになって、植物学者にもなる。両方やっちゃえばいいんだ。それがたったひとつの冴えたやり方だよ」

 

 するとジャニスはぽかんとした表情になり、直後にぶんぶんと頭を振った。

 

「そんな馬鹿な……! 男が跡継ぎになるなんて!」

 

「なれないの? そんなことないでしょ」

 

 西洋史は全然知らないけど、断絶しそうなら男が継ぐのはままあることじゃないのかな。戦国日本だって井伊直虎とか、一時的に当主になった女性がいたし。

 

「確かに、今の国王陛下も男性ではありますけど……」

 

「へえー、この国の王様って男なんだ」

 

「え、知らなかったんですか……?」

 

「うん」

 

 別に知らなくても生きていけるし……。

 デアボリカもなんか僕を政治の知識から遠ざけようとしてる感じがするんだよね。僕は黙って治療ロボットやっとけってことかな。まあ、政治の話なんて知ったところで面倒に巻き込まれる予感しかしないから、望むところではあるんだけど。

 

「王様が男なら、なおのこと問題ないじゃん。一番上のトップがそうなんだから、外様がぐちぐち口を挟むなって話だよ」

 

「は、はあ……」

 

「んでさ、伯爵家を継承したら植物の研究をすりゃいいんだよ。な、これなら伯爵様は心労から解放されるし、ジャニスは植物学者になれる。万事解決だろ?」

 

「……しかし、仮にそうなったとしても、伯爵家の当主と植物学者を両立できるとはとても思えません……」

 

「そうかなあ? じゃあ聞くけど、貴族の当主で学者をやってた人っていないの? むしろお金を持ってる貴族こそ、学者向きだと思うんだけど」

 

「……いえ、いますね。貴族が学者のパトロンになるケースが多いですけど、まれに貴族と学者を両方こなす人が……」

 

 だよね。水戸黄門で有名な徳川光圀だって、副将軍やりながら自分で史書の編纂とか植物図鑑書いてたりしたはずだし。さすがに諸国漫遊して世直しする暇はなかったらしいけど。

 

「じゃあジャニスもそうすればいいよ。まあちょーっと大変だろうけど、やりたいことをやり通したいなら、苦労するのも仕方ないよね! そうだろ?」

 

「はい……でも……」

 

 ジャニスは少し明るい顔になったが、すぐにまたどよんとして頭を振った。

 

「やはり無理です。母様が後継者と認めてくれるわけがない。母様は厳格な方です。私のような出来損ないは、とてもでもありませんが……」

 

「伯爵様がどんな答えを出すのかは、お前が決めることじゃねえだろ」

 

 チッ。

 僕がわざとらしく舌打ちしてみせると、ジャニスは弾かれたように顔を上げた。

 

「え……」

 

「相談もしてないのに、お前が勝手に伯爵様の言葉を決めるな。先に返事を想像して委縮するな。まずは伯爵様に、お前が何を考えているのかを伝えろ。伯爵様の体が心配でもうこれ以上無理をしてほしくないから、自分が嫡子になって伯爵様を支えたい。植物が大好きで、どうしても学者になりたい。お前がどんなことを考えているのか、何を望んでいるのか、思いの丈を打ち明けてみろ。落ち込むのはそれが拒絶されてからだろ」

 

 ジャニスはハッとした表情になって、両拳をギュッと握り締めた。自分が勝手に思い込んでいたことに気づいてくれたらしい。

 我ながらどの口が言うんだって説教だけど、それが他人の役に立つんならどんどん口にするべきだと思うよ。この一家が幸せになるためなら、僕は鋼メンタルで羞恥心に耐え抜く。

 僕はぽんとジャニスの肩を叩き、小さく笑って見せた。

 

「大丈夫だよ、そんなに気負うな。少なくともミドラーさんは、ジャニスが後継者になりたいといえば、必ず応援してくれるよ」

 

「父様が……?」

 

 ミドラー氏は、昨日僕に『私の後も、息子が貴方のお力になることを祈っています』と言ってジャニスを紹介した。

 ジャニスを政略結婚で婿に出すつもりなら、こんなことは言わない。ジャニスがロングフィールド家を出てしまえば、外様の人間になってしまうからだ。ということは、ミドラー氏の言葉の意味は、『伯爵家を継いだ息子と末永く仲良くしてほしい』と解釈できる。少なくともミドラー氏は、ジャニスには後継者として十分な器があると認めているのだ。後の問題は、ジャニスに家を継ぐつもりがあるかどうかだけ。

 ジャニスを説得することまで僕に期待していたのかは定かではないが、この際だからサービスしちゃおう。

 

「それから、ジャニスは伯爵様をすごい厳しい人だとか、自分には一切期待してないと思っているかもしれないけど、絶対そんなことないよ? むしろ伯爵様は情がすごく深い人だと思うし、ジャニスのことを大事にしてるはずだ」

 

「そうでしょうか? でも、私は母様から後継者としての勉強をしろなど、これまで一言も言われたことがありません。それは私に失望しているから……」

 

「違うだろ。大事だから後継者になれって言わなかったんだよ。じゃあ仮にジャニスに子供の頃から後継者になるための勉強をしろって言っておいて、その後女の子が生まれたらどうするんだよ。その子を嫡子にせざるを得なくなるわけだし、そうなったら傷つくのはジャニスだろ」

 

「そんな……母様が……」

 

「さっきも言ったけど、伯爵様の言葉を勝手に想像して委縮するなよ。伯爵様は、お前に失望してるなんて言ったのか? お前のことが嫌いだなんて一度でも言ったのかよ」

 

「いえ……そんなことはありません。母様を勝手に怖れていたのは、私でした……」

 

 だろうなあ。あの伯爵様だもんなあ。

 あー……この際、とことんいこう。これも言っちゃうか。

 

「そもそも伯爵様はお優しい方だろ。勝手に医者を殺した家臣を庇って、自分が命じて処刑したと言い張るくらいに」

 

「……!? なぜ、それを……」

 

 僕の言葉に、ジャニスは真っ青な顔を向ける。

 ビンゴ。これは憶測に過ぎなかったけど、ジャニスの反応から正しいとわかった。

 

 伯爵様は厳格な見た目に反して、とても心優しい人だ。

 そう考えたきっかけは、言わずもがな妾にした男たち全員が梅毒にかかっていたこと。それは彼女が全員をしっかり養って、愛情を注いでいるということなのではないか、と僕は考えた。

 

 さらにミドラー氏との会話では、期待外れの婿だったはずのミドラー氏を離縁せず、彼との子供を数人産んでいるという情報も出てきた。他のお妾さんとの世間話で伯爵様の評判を聞いたけど、彼女を畏怖する言葉は出てきても、彼女を悪く言う者はひとりもいなかった。本当に伯爵様が気分次第で配下を殺すような暴君であれば、用済みの夫や妾なんてとっとと離縁しているはず。でもそうはなっていない。逆だ。

 彼女は周囲の人々から慕われている、極めて愛情深く心優しい人なのだ。

 それこそ自分に美人局を仕掛けたデアボリカを、恩があるからと見逃すくらいに。

 

 貴族としてはいっそ甘いと言ってしまってもいいだろう。

 こうした態度は心ある家臣からは慕われるだろうが、邪心を抱く者からはナメられるものだ。

 

 その態度は、医師の増長を招いただろう。

 「水垢離して頭から氷水を被り、神に罪の許しを乞え」など、為政者を恐れているのなら到底口に出せるようなことではない。何を言っても伯爵様から罰せられることはないと思っていたはずだ。

 

 一方、伯爵様がどれほど心と体を痛めながら20人もの子供を産み、その1人1人の死に悲しみを覚えていたかを、彼女に仕えてきた家臣たちが知らないわけがない。伯爵様の悲痛な行為を“罪”と吐き捨て、苦しみに鞭を打たんとする医師の暴言を、どうして聞き流すことができようか。

 伯爵様は許したが、家臣は許さなかった。そういうことなんじゃないかな。

 

 問題はその後の始末だ。

 家臣が医師を勝手に殺したとなれば、これは殺人事件だ。犯人は刑罰を受けねばならない。おそらく家臣は自分が殺したと自首して裁きを待ったのかもしれないが、伯爵様としては自分のために義憤を燃やし、代わりに怒ってくれた家臣を罰することができなかった。だから自分が家臣に命じて、無礼打ちに処したことにした。自分が身代わりになれば、家臣は罪を免れる。……あるいは家臣ではなく、夫か妾の誰かだったのかもしれない。

 

 しかし困ったことに、伯爵様は「家臣の医師を癇癪で無礼打ちする暴君」という風評を背負わざるを得なくなった。真相がバレてしまえば、大切な身内を罰しないといけなくなってしまう。だから必要以上に厳格な仮面を被って、外部の貴族に接した。

 それが昨日の治療をするときにやたらと傲岸な態度をとっていた理由だ。木っ端貴族の三女が、バカみたいなエロ衣装を着た自称聖者を連れてやってきたのだ。間違いなく詐欺師だと思っただろうし、それならなおさらに厳しい態度を取らねばならない。医師の件を引き合いにして脅してきたのは、「今正直に詐欺だと白状すれば見逃してやる」という威嚇だったんだろうね。

 

 以上、聖者ユージィの推理劇場でした。

 

「どうかな、我ながら説得力のある推理だと思ったんだけど……」

 

「……聖者様には隠し事なんてできませんね。その通りです」

 

 ジャニスは苦笑を浮かべて、僕の言葉を肯定する。

 ひょっとして僕って名探偵の素質とかあるんだろうか。……いや、ちょっと考えればわかることかな。

 

「兄貴、どうかこのことは……」

 

「ああ、もちろん誰にも言う気はないよ。僕も伯爵様のこと好きだし」

 

「え……?」

 

 ジャニスの顔に、にわかに陰が差す。

 え、何……?

 僕が戸惑っている間にも、ジャニスは今にも目尻から涙を零しそうな目つきでじっと僕の顔を見つめている。僕、なんか変なこと言った?

 ……1分ほど考えてから、僕は咳払いした。

 

「男女としてじゃないよ? ミドラーさんやジャニスも含めて、君たち一家に好意を抱いてるって意味だよ」

 

「あ、ああ。なるほど、よかった……」

 

 やっべー、ここまで来て大事故になるところだった。

 【精神耐性】マジで怖いよ、勘違いさせてもいったん考えないと何がおかしいのか気付けないもん。

 

「まあ、なんだ。とりあえず伯爵様に相談してごらんよ。彼女は、愛する息子の本気の言葉を無下にするような方じゃないと僕は思う。それに今なら、植物学者を目指したいと説得するのにうってつけの好材料もあるだろ?」

 

「えっと……。あ、待ってください。自分で考えたいです」

 

「おっけー」

 

 いい兆候だ。ジャニスの瞳に輝きが宿っているのがわかる。

 表情からこれまでの気弱な印象が薄まっている。

 もう言われるがままの彼じゃない。

 ジャニスは目標に向かって歩み出す決意をした。これが、最初の一歩だ。

 

「……野菜の栽培。栽培法を確立するまで僕が手元で試験栽培をする。植物に関する知識が統治に有用だと示せば、母様も僕が領主と学者を同時に目指すことを認めてくれるかもしれない」

 

「そう、それだ。できたじゃないか、ジャニス。自分で考えるんだよ。当主様ってのは、誰に命令されなくても、自分で考えるのが仕事だ。君にはその素質があるって、ミドラーさんはわかってたんだと僕は思うよ」

 

「父様……」

 

 ジャニスは胸の前で拳を握り、感極まったように瞳を閉じる。

 

 ……これできっと、ロングフィールド家は大丈夫だろう。

 

 

 

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 あ、お風呂は入ったよ。

 やっぱいいよね、温かいお風呂……。

 

 ソウルメイツが炎魔法で石をまとめて熱したんだけど、なんかもう人間火炎放射器かよって勢いで炎を噴いてた。これ、もうほとんど生体兵器じゃないの? 僕たちが屋敷に入るときに武器を取り上げられたけど、あれ無意味だろ。その気になれば魔法で簡単に殺せるもんよ。まあ礼儀という意味はあるか……。

 

 途中で水に入れた石からどんどん熱が出てすごい熱くなったりしたので、僕はその度に水を出してもらって微調整していた。鍋奉行ならぬ風呂奉行だね。

 あと、ジャニスを始め伯爵様の子息たちには【疾病耐性】を付与しておいた。ソウルメイトたちは症状が消えたとはいえ、まだ梅毒菌が体内に残留してるからね。万が一にもお湯を介して感染しないように予防しておかないと。

 

「はあー……これは気持ちいいですな~」

 

「運動した後にかいた汗が綺麗さっぱり流されて、すっきりしますわ」

 

「貴君、なんかすごい勢いで垢剥がしてますが……よろしいので?」

 

「兄貴が垢はない方が病気にならないとおっしゃっているので平気さ! 実は前々からきったねえなあと思ってたんだよ。これでせいせいするぜ!」

 

「あ、実は俺も……!」

 

「感動だ、体から酸っぱい臭いがしない! 自分の体臭でむせなくて済む……!」

 

 感想が切実すぎるだろ……。どんだけ我慢してたんだよ。

 嫌だなあと思っても垢をためないといけないあたり、同調圧力ってこわいね。

 

 しかし、こう……なんだなあ。

 

「おっ? なんか腹が締まってきたんじゃな~い?」

 

「そういう君こそ、肩幅広くなってるよ」

 

「それ、タッチだ♪」

 

「もー。やめてくれよ~」

 

 キャッキャウフフ。

 え、何これは。オッサンたちが腹や肩を触り合ったりしてるんだけど。

 大変お見苦しい光景なんだけど、誰も違和感覚えてないの?

 現代日本の銭湯って、男同士はソーシャルディスタンスを極端に保ちたがるよね。男の裸なんて汚い、俺はあえて近づきたくもないしそっちも近づくな、みたいな。

 しかしこの世界ではなんか距離がやたらと近い。一体何なんだ。

 

 

≪説明しよう!

 女湯で「ちょっとおっぱい大きくなったんじゃない? それっ♪」「もー、やめてよ~」と女の子たちがじゃれ合うシーンである! この世界では男の裸にはすごい価値があることになっているので、男たちも互いを忌避しないのだ! 我々の世界で暮らす皆様方には、地獄のような光景をお見せして大変申し訳ない!≫

 

 

「兄貴……お背中流しますね♪」

 

 地獄絵図に戦慄していると、ジャニスがそっと僕の首筋に手を伸ばしてきた。

 ……ジャニスの気配が極めて近い。背中から彼の体温を感じるほどに。

 

「待て、ジャニス。兄貴と呼ばせてはいるが、僕にはそのケはないんだ」

 

「ケ? 毛なら生えてるじゃないですか。うわあ……兄貴の、すっごく大きいですね……♪ 竿も玉も、私の倍くらいある……。憧れちゃうなあ……」

 

 やめろ、僕のモノを見て感嘆の声を上げるんじゃない。なんだその反応。

 男はモノの大きさで負けたと思ったら、タオルで股間を隠してすごすごと去るのが普通だろ!? なんで大はしゃぎなんだ!? おかしいだろ!

 なんかソウルメイツたちがわらわらと集まって来たし! やめろ、拝むな! 頬を赤らめるな! ご神体扱いするな、異端だぞ! 偶像崇拝するんじゃない!

 

『おお……偉大なりビッグブラザー……!』

 

「やめろーーーーーッ!! 兄貴(ビッグブラザー)はそういう意味じゃないッ!!」

 

 

 

 何やらすごく懐いたジャニスに隅々まで体を洗われた僕は、死んだ魚のような目で屋敷に戻ったのだった……。【精神耐性】と【苦痛耐性】を貫通してくるとは、おそるべし……。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

※冒険者たちの反応をダイジェストでお届けします。

 

 

「ユージィが伯爵家の男の人たちとお風呂に――!?」

 

 冒険者の間に、衝撃が走る――!

 

「くっ、こうしちゃいられねえ!」

 

「おい、待て。貴様らどこに行くつもりだ。いいから客室で座っていろ」

 

「離せ! ユージーンの裸を伯爵や護衛の奴らに見られるだろうが!」

 

「そうだよ! ユージィの裸はあたしのものなんだから!」

 

「あぁん!? ユージーンは俺のものだ!」

 

「やるかぁ!? フシャーーーッ!」

 

「おい。いいから座ってろ、これ以上伯爵家との間に問題を起こすな!」

 

(自分の美人局で伯爵家にケンカを売っといて……!?)

 

 デアボリカの厚顔無恥ぶりに、戦慄が走る――!

 

「あて身」

 

「ぐふっ」

 

「ナイス、ウルスナ! 今だけは褒めてあげる!」

 

「よし、急ぐぞ! 庭園だ!」

 

 シコ猿ヒロインズ、覗きに走る――!

 

 

「おっと、お客人。どこに行かれるのかな? 悪いがここは通行止めだ。客室に戻っていたまえ」

 

「お前は……警備隊長!」

 

「通して! ユージィの裸が他の人に見られちゃう! そんなの絶対許せないんだから!」

 

「いや、お前らみたいなのから貴人を守るために私がいるのだが。ともあれここから先は敬虔で善良なご夫人だけの憩いの場だ。――私たちは入れない」

 

「油断するな、アイリーン! こいつ……できるぞ!」

 

『うおおおおおおおおお!』

 

 浴場裏にて冒険者と警備兵の拳戟が走る――!

 

 

「ふ、若さに似合わずやるものだ。よい()()()()であった……そういうことにしておいてやろう。両家の友好のためにもな」

 

「くっ……強い。殴り合いが長引いて結局見られなかったか……!」

 

「せ、せめて……残り湯だけでも……!」

 

「残り湯は梅毒のもとが混入している可能性があるから、絶対に再利用などせず速やかに処分するようにと聖者様に固く言われているぞ。スライムに吸わせて浄化するから近づくなよ」

 

「くっ! ユージィが用意周到すぎる……!」

 

「いや……我が家の女連中も欲しがってたが、垢だらけで絶対危険だぞあの水……真っ黒だったし」

 

「! み、見ろ! あれは……!」

 

「!? ユージィが見知らぬ男の子と手をつないで歩いてる!」

 

「あれは我が家のジャニス様ではないか。ほ、ほう……聖者様と仲良さげに指を絡ませて……。湯上りで上気した頬が紅く染まって、なんとも……じゅるっ、ぐふふふ……」

 

「この隊長って……。ま、まあいいか。微笑ましいものも見られたしな、アイリーン。……アイリーン?」

 

「はぁ……はぁ……。あたしのユージィが見知らぬ男とあんなに仲良さげに……。その位置はあたしのものなのに……指を絡めて歩くのもまだしたことないのに……。でも相手は男の子だし……でも、でも……あたしの方が先に……! ああっ、脳が、脳が壊れるぅ……!」

 

 アイリーン、目が血走る――!

 

「お前……その年齢(トシ)で、なんて厄介な性癖(ヘキ)を抱えて……!」

 

 そもそも雄士の裸は覗き部屋ですさまじい回数見られているし、自分もシコっているが、アイリーンの脳を守るためにウルスナは口をつぐんだ。共に死線をくぐった戦友(とも)へのささやかな敬意であった……!

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