【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
ゴトゴトゴト。
馬車に揺られながら、僕たちはサウザンドリーブズへの帰途に就いていた。
僕の左右にはアイリーンとウルスナ。毎晩同じベッドで寝ていたので、もうすっかり横にいるのが当たり前みたいになっている。ロングフィールド家の屋敷では日中ブートキャンプ活動をしたり、ジャニスの資料作りを手伝ったりしていたので、顔を合わせるのは夜寝るときだけだったけども。
寝るときといえば、初日はベッドがやたら生臭くなってたりしたんだけど、2日目からはそんなことなかったんだよね。相変わらずベッドは寝汗で濡れてはいたけど、変な臭いはしなかった。やっぱりお風呂に入ったのがよかったのかな? 2日目の朝はアイリーンとウルスナが僕をちょっと怖がってるような気もしたんだけど、今は僕の隣にいるしあれは気のせいだったんだろう。
ちなみに冒険者たちは日中デアボリカの護衛をしていたと、寝る前に2人から聞かされていた。いつ伯爵家の兵に襲われるかわからなかったので、気が休まる暇もなかったという。
本当に、よく殺されなかったよね……。
伯爵様が温厚な人じゃなかったら絶対ヤバかったよあれ。僕がいろいろとロングフィールド家のために骨を折ってたせいもあるんだろうけど。
そんなデアボリカだが、今は僕の正面に座って『湧き水の宝珠』が入った布袋を抱きしめている。時折袋の中身を覗いては、ニマニマとほくそ笑んでいるのが最高にキモい。
「……随分と浮かれてるね」
思わず皮肉を口にしてしまうが、うかれポンチな今のデアボリカには通じていないようだ。
「当然だろう? あの無限の水源と言われる『湧き水の宝珠』だぞ! サウザンドリーブズは泥で川の水が汚染されていて、農業用水にまで手が回っていないからな。これがあれば我々の都市の食料自給率は跳ね上がることだろう!」
食料自給率ねえ。そういえばあの街ではウサギ肉とパンしか食ってないもんな。あんな食生活では筋肉がしぼむんじゃないかと恐々としてたんだけど、何故か僕の体は半年前に転移してきたときから変わってない。
……そういえば僕が転移するときとった【継承】ってチート、『あなたは今世の人格と能力を一切失わない』って書いてあったな。もしかして肉体の状態が転移したときのまま変わらないってことなのか? まさか老化もしないとかじゃないよね。不老不死とかならもっとコイン必要だろうし、さすがに加齢はすると思うんだけど。
何喰っても食あたりしないし、筋肉がしぼんだりもしないと考えると、割と悪食な食生活でも生きていくことはできそうだな。
現代日本出身者からするとできるだけおいしいものを食べて生きていきたくはあるから、デアボリカが食糧問題に取り組むのは悪い話ではない。
「デアボリカにも地元を良くしたいという気持ちはあったんだね」
郷土愛が強いあまりに、他の都市から財を奪おうと企んでいるというのなら、まあわからなくもない。経済はゼロサムゲームだから、自分が得をしたいなら他人は損してもらうほかない。ただ、僕を聖者として売り込む対価としてお金やアイテムをもらおうというのなら、相手も病気を治してもらえるのでWIN-WINの関係であると言えるね。それなら僕も手伝ってもいいかなと思えるのだが。
「地元を良くする? まあ、過程としてはそうなるだろうな」
おっと、雲行きが怪しくなってきましたよ。
「お前も今回の旅では私のために見えないところで働いてくれていたようだから、計画の一部を話しておこうか。私はこんな田舎の都市に骨を埋めるつもりなどない。私の目標は中央議会への進出だ」
「議会って何?」
「お前は本当に何も知らないんだな。この国の君主は国王だが、実質に政治を主導しているのは議会だ。国王が何をしたくとも、議員たちの賛同を得なくては何もできんのだよ。つまりこの国を本当に統治しているのは議員ということになる」
へえー。日本と似てるね。君主は天皇陛下、議会は衆議院って感じ? 天皇陛下は君臨しているけど統治はしないし、実質的なトップは宰相である総理大臣に委ねているからね。
「おっと、未開の東洋人には、大ブリシャブ帝国が誇る世界最先端の統治システムの理解は難しかったかな?」
「いや、理解してるよ。続けて?」
隣に座るアイリーンは興味なさそうに欠伸してるし、ウルスナはなんかピリピリした感じでデアボリカを睨んでるけど。ウルスナはなんで機嫌悪いの?
「私の目的は中央議会の議員となることだ。そのための土台作りとして、私はサウザンドリーブズを発展させ、掌握しなくてはならない。こうしてロングフィールド家に恩を売って定期的な
ふーん、なるほどね。そういう奸計だったのか。
まあそれはいいや。別にデアボリカが出世しようが何しようが、僕はあちこちの都市に連れて行ってもらえればそれでいいからね。言うなれば全国行脚
ロングフィールド家から宝玉を奪ったことだけは内心イラついてるけどね。
でもさあ、ひとつ気になるんだけど。
「デアボリカは議員になって何がしたいの?」
「何が……とは?」
デアボリカはまるで理解の埒外の言葉を聞いたかのように眉根を寄せた。
「何のために議員を目指すのかって話だよ。この国のシステムを変えたいとか、腐敗を根絶したいとか、貧富の格差を解消して貧民を救いたいとか。そういう政策はないの?」
「ハッ、何を言うかと思えば。話を聞いていなかったのか? 議員はこの国におけるトップだ。国王ですらも議員の顔色を窺わなければ政治ができんのだぞ。国で最高の権力を握る、これ以上の目的などあるか? 所詮は政策など、権力を振りかざして私益を貪るための方便にすぎんのだよ」
「つまり議員になること自体が目的と」
「そういうことだ」
なるほど。典型的な権力にしがみつく政治屋ムーブだね。
「デアボリカは政治家向いてないからやめた方がいいと思うよ」
「お前本当に失礼だな!? この場で手打ちにしてやろうか!?」
いやー、モットーがない政治家って人を不幸にするだけだと思うんだけど。
とはいえ、政治家を目指す人間なんて誰も同じようなもんか。こういう社会にしたいって理想を抱いてる政治家なんてそうそういないよね。現代日本の政治家が腐敗しきっちゃっただけかもしれないけど。
いっそジャニスあたりが政治家になって、国主導で農業改革を推し進める法案とか出してくれるなら、僕は喜んで彼の手助けをするんだけどなあ。
デアボリカの器だと、官僚になってサウザンドリーブズを豊かにするくらいがせいぜいだと思うし、その方が住民にも喜ばれてオールハッピーじゃないかな。
「そういえば、都市を豊かにするためとはいっても、今回みたいな美人局とか僕は二度と協力しないよ。命がいくらあっても足りやしない。エロ衣装も着ないからな」
「お前は私の配下だぞ? お前に拒否権など……」
「そういうこと言うなら、ロングフィールドに引っ越してもいいけど? ジャニスからぜひ右腕にって勧誘されたし」
けろりと言ってやると、デアボリカは目を剥いて立ち上がった。
「なんだと!? 冗談は休み休み言え、何故お前なんかを……。さては私に代わって聖者を各地に売り込もうという腹か!」
「何故って、農業のノウハウや料理のレシピをタダで教えてあげたからじゃない?」
もちろん個人的な友情で結びついている方が大きいけど、デアボリカに言っても理解できないだろうしなあ。
「……どうして金を取らなかった!? というか、お前にそんな知識があったなんて今初めて聞いたが!?」
「タダで教えたかったからだし、お前に訊かれもしなかったし」
デアボリカは馬車の後方を振り返ると、わちゃわちゃと地団太を踏んだ。
「あーっ、くそおっ! そんなことならもっと吹っ掛けておけばよかった! 今からでも来た道を戻って交渉をやり直せんか!?」
「やめときなよみっともない」
「お前が! 言うなッッ!! というか、私にも知識を教えろ! 何を知ってるか残さず吐けッ!!」
「おやおや? 偉大なる大ブリシャブ帝国の技術は世界最先端なのでは? 東洋の未開の文明に膝を折るなんてことありませんよね?」
「ぶはははははははは!!」
僕が嫌味を言ってやると、ウルスナは耐えかねたというように爆笑した。
バンバンと膝を叩き、目尻から涙まで流している。
「ユージーン、お前もうサイコー! あーおかしい!」
そう笑いながら肩を抱いてきたかと思ったら、反対側に座っていたアイリーンが唇を尖らせながらその手をはたいた。
「おさわりNG!」
「あんだよアイリーン、羨ましかったらお前も逆の肩抱けばいいじゃねえか」
「羨ましくなんかないもん!」
ウルスナにからかわれたアイリーンが、ぷいっとそっぽを向く。
……なんかこの2人、ちょっと仲良くなった?
一週間前は殴り合ってたこと考えると、大分丸くなってる気がする。ただ、なんか友達関係というよりは、休戦中というか。むしろ共犯で何かバカなことやってる男子特有の馴れ馴れしさというか……。まあ僕も共感性死んでるから、アテにはならないんだけどね。
アイリーンの背中がかまってほしそうだったので、なんとなく頭をよしよししておいた。嫌そうに頭を振って抵抗するが、やがて大人しくなってされるがままになる。こいつ最初は猫っぽいと思ってたけど、むしろ犬だな。天国のペロを思い出す。よーしよしよし。
「ぐぎぎぎぎぎ……!」
ウルスナが割って入ったことで拳の振り下ろし先を見失ったデアボリカは、すごい勢いで歯噛みしている。
現代知識ねえ。全部教えろって言われても何から教えればって感じだし。そもそもデアボリカに知識を与えると絶対にロクなことにならない気がするんだよな。既に病気を治す聖人を自由にできる時点で暴走しちゃってるもん。
うまいこと御していかないとな。ジャニスの誘いを断ってまでデアボリカの下に残ると決めたのは、僕の知らない場所へ連れて行ってもらいたいからだ。いわば冒険ツアーの案内人の役を期待しているので、妙な暴走をされると困る。
それにしても、なんだかんだ行きと違って会話が弾む感じになってよかったよ。
行きの馬車ではウルスナとアイリーンが超険悪だったし、僕は大体リーダーさんとだけ話してたもんな。
そのリーダーさんは、今は馬車の上部座席に座って見張りを務めている。この馬車は屋根の上に座席が設けられていて、そこから見張りや狙撃ができるようになってるんだよ。何かあったら天窓を開いて警告してくれることになっているけど、今のところ何ともない。
街道沿いは付近の都市の冒険者ギルドや衛兵が巡回していて、モンスター側も「あの石畳の近くは人間の縄張りだから、近づいたら攻撃される」って認識しているそうだ。逆に言えばそのルールを理解できるだけの知能と、それを仲間に伝えるだけのコミュニケーション能力を持っているわけで、それはもう明らかにただの動物じゃないよね。おっかないなあ。
今は棲み分けができているけど、やがて人間の文明が進歩して都市が広がり、僕たちの世界みたいに都市と都市の間にぎっしりと建築物が並ぶような時代になったらどうなるんだろうね。土地を巡って、人間とモンスターの大戦争が始まるんだろうか? あまり考えたくもないね。そういう時代を目にすることはなさそうなのが救いだよ。
差し当たって、街道を旅する上での脅威は盗賊かな。
こっちはむしろ旅人を狙って街道をうろうろしてるらしいから、モンスターよりも危険だ。デアボリカが冒険者たちを雇ったのも、こっちを警戒してのことらしい。
僕のイメージでは盗賊って軽装備でダガーをちらつかせてるような弱っちい連中なんだけど、実際は仕事がなくて暇な傭兵とか、ギルドに隠れて悪事をしてる冒険者とか、闇ギルドという犯罪結社とかだったりするらしい。
襲撃に魔法をバリバリ使ってくるし、戦争仕込みの剣術を持ってたりする。魔法に巻き込まれたら僕なんてひとたまりもないね、くわばらくわばら。
ただ、盗賊は大体隊商なんかを獲物に狙うもので、冒険者ギルドの看板を掲げた馬車を襲うような根性を持ったやつは滅多にいないそうだ。馬車に見張りを立てている時点で、こっちはお前らを返り討ちにする用意があるぞって言ってるようなもんだからね。
そんなわけでモンスターからも盗賊からも安全な馬車の旅というわけだ。
帰り道も何事もなく、無事にサウザンドリーブズにたどり着いた。
……とはいかなかった。
馬車の揺れにも慣れてウトウトしてきた矢先、突然天窓からドンドンと足踏みする音が響いてきたのだ。
その瞬間、同じく僕にもたれかかっていたウルスナとアイリーンが弾かれるように頭を上げ、それぞれの得物を握り締める。
他の冒険者たちも同様だ。もちろん、ギルマスであるデアボリカも。
「報告を!」
デアボリカの声に応えて、屋根側から天窓が開かれる。
リーダーさんは青い顔をしながら、進行中の脅威を告げた。
「大角ウサギを初めとするウサギモンスターの集団が、凄まじい勢いでこちらへ向かってきます! 数は30頭以上!
デアボリカが背負った連鎖爆弾が起爆しました。
※感想で疑問が多かったので解説
雄士がまだデアボリカの下についているのは未知の場所に連れて行ってくれると思っているからです。
デアボリカに軽んじられていることについては、【精神耐性】のため他人の悪意にまるでノーダメージで、まったく気にしてません。他人から見れば何故か理不尽な不遇に耐えてるように見えるので、この点も【精神耐性】のデメリットといえます。
なお、伯爵家から宝玉を脅し取ったことにだけはムカついています。
デアボリカは雄士が伯爵家でどんなことをしていたのかまるで興味持ってないので、伯爵家からどれだけ価値ある人材と評価されているのか全然理解してません。
自分が取り立ててやらなければ今もドブさらいしてるのがお似合いの医療ロボットくらいに思ってます。
他人を見下す悪癖のせいで評価がなかなか更新されません。
もう立場逆転してるのにね。かわいそ。