【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第28話「鋼メンタルで冒険者たちの死闘を応援し抜く」

 この世界の多くのモンスターは、基本的に縄張りに入らない限り人間を襲わない。

 

 特に動物から変異したモンスターは、凶暴化こそしているものの元の動物の習性を維持しており、群れを作って縄張りの中で暮らしている。

 もちろん群れから追い出されたはぐれオスが新たな縄張りを作ろうと外に出て、そこでかち合った人間の集落を襲うというケースもあり、そういった場合はモンスター駆除業者こと冒険者の出番となる。

 大角ウサギなんかも群れを作って暮らすタイプのモンスターだが、強いオスのリーダーがメスを独り占めするので、弱いオスはつがいを得られず単独でウロウロしている。僕やスラムの子供たちが狩っていたのはそういった個体だ。どこの世界も弱者男性に厳しいね……。

 

 この世界にはどうやら魔物を率いて世界征服を企む魔王とか、魔王討伐のために旅をする勇者みたいなド定番の存在はいないらしい。魔王ってどこにいるの? って訊かれたウェズ君がぽかんとしてたからね。

 

 だから魔族の指揮官に率いられたモンスターが群れをなして人間の都市を襲うようなこともない。仮にそんな世界だったとしたら、モンスターと戦うのは冒険者みたいな駆除業者じゃなくて、軍隊の仕事だっただろうね。中世の地球がそうだったように、この世界での人間の最大の敵は同じ人間、もしくは疫病だ。

 動物から変異したモンスターはあくまでも凶暴で手ごわい動物にすぎず、不用意に縄張りに立ち入りさえしなければ脅威にはなりえない。

 

 だが、それにも例外がある。

 それがしばしば発生するスタンピード(暴走)という現象だ。スタンピード状態に陥ったモンスターの集団は異常に興奮して理性を失い、どこまでも一直線に爆走し、目の前にあるものすべてを破壊しつくそうとする。

 その原因はダンジョンに収まりきらなくなったモンスターが新天地を求めているとか、群れが一定規模になると個体数調整のために海に向かって自殺を試みる習性があるとか、さまざまに言われているがはっきりしていない。単にいろんな種類の原因があるだけなのかもしれない。

 

 ただひとつ言えるのは、スタンピード状態に陥ったモンスターは自分の命を顧みずに暴れる破壊欲の権化であり、そのモンスターが数十匹の群れをなして一度に襲い掛かってくるという事実である。

 

 そして今、僕たちの馬車には、泥を巻き上げながら30匹以上の大角ウサギたちが突撃を試みようとしていた。

 

 以前、万一僕がスタンピードに出くわすことがあったらこうしろと言われた対処法は、「物陰に隠れるか大きな樹の上に登り、神に祈りを捧げて運よく通り過ぎてくれることを待て。神が聞き届けてくれれば助かるかもしれない」だ。

 逃げるのは論外、生命活動のリミッターが外れて爆走している野生生物から人間の足で逃れる方法はない。身を潜めるしか対処のしようがないのだ。たとえ大角ウサギであっても、スタンピード状態の危険度は数倍に跳ね上がる。

 

 だが、今回の場合は……。

 

「総員、聞け! これよりウサギどもを迎え撃つぞ!」

 

「了解!!」

 

 デアボリカが右手を巨大ウサギの群れに向けて号令を放つと、冒険者たちは異口同音に頷いた。

 

「剣士とスカウトは左右に分かれて奴らを挑発! 魔術師は馬車にこもって詠唱を開始! 奴らが左右に分断されたところを、攻撃魔法で各個撃破する! 馬車に身を潜めていれば、詠唱時の魔力反応を感知されにくくなるはずだ! 

 私は中央に向けて障壁を張り、直進を妨害して左右への分断を支援する! 囮部隊は戦線維持に拘泥せず、ヤバくなったら後退しろ! 質問がある者はいないな!? では、行動開始!!」

 

「イエス、マム!」

 

 デアボリカの号令に従って、冒険者たちはキビキビと動き始めた。

 アイリーンたち3名は左翼、ウルスナたち3名は右翼へと馬車から飛び出して移動。リーダーさんたち2人の魔術師は、馬車内で身をかがめて詠唱を開始する。

 2パーティ合同の即席チームだというのに、非常に連携が取れた動きだった。

 

 デアボリカの表情はかつて見たことがないほど毅然としており、まさに冒険者を束ねるリーダーと呼ぶにふさわしいものだった。ゲスい笑顔を浮かべて伯爵様にタカリを働いていた小悪党とはとても思えない。誰だよお前。

 魔術杖を両手に構えて詠唱を試みていたデアボリカの足元に、魔法陣が光芒を放ちながら浮かび上がる。その展開速度は、攻撃魔法を放とうとしている魔術師たちよりも格段に上だ。

 

「現れ出でよ、大地の巨人! タイタン・ウォール!!」

 

 そう叫びながらデアボリカが魔法陣の中心を杖で突くと、轟音と共に大角ウサギたちの先頭の地面が凄まじい勢いで盛り上がり、巨大な岩塊が天を衝かんばかりに姿を現した。その高さは3メートルほどで、避けきれなかった数匹の大角ウサギが空高く吹き飛ばされている。

 馬車という格好の破壊対象に角を突き刺すべく突進していた大角ウサギの群れだが、この大岩を前にしては迂回せざるを得ない。思わぬ障害物の出現に一瞬困惑した様子だったが、ウサギたちは脚を止めることなく、岩を境に左右に分かれて進撃する。

 

「オラッ、お前らの相手は俺たちだ! かかってこい!」

 

「かかってこーい!」

 

 そんなウサギたちを待ち構えていたのはウルスナとアイリーンの囮部隊だ。

 左右に分かれたとはいえ、大角ウサギは猪ほどのサイズがある。それが15匹ずつとして、人間3人で相手取るにはあまりにも無謀な光景に見えた。当の大角ウサギたちとしてもそう思えるのだろう、彼らは興奮した鳴き声を上げながら冒険者たちを貫かんと一層スピードを上げる。

 

「ピギィィィィィッ!!!」

 

「舐めんなウサ公ッ!!」

 

 ウルスナの叫びと共に、右翼の先頭を走るウサギが角を砕かれながら大きくのけぞった。彼女が放ったハイキックが、大角ウサギの鼻先を一閃したのだ。そんなウルスナを串刺しにしようと、動きを止めたのが好機とばかりに二番手のウサギが迫る。

 次の瞬間、女戦士が横なぎに繰り出したウォーハンマーが巨大ウサギの眉間にめり込み、哀れウサギは自らの突進力によって眼球が飛び出すほどの衝撃を受けて即死した。

 

 もう1人の剣士は大きな金属盾を構えて、ウサギたちの突進を身をもって受け止めている。ギリギリと砕けんばかりに奥歯を噛みしめているが、なんとか踏ん張れているようだ。その隙にウルスナは大角ウサギの群れの側面に回り込み、軽快なステップで自己主張することでターゲットを逸らしてタンク役の負担を軽減している。

 

 

「トルネードスマッシュ!!」

 

 左翼ではアイリーンの繰り出した剣技が竜巻を巻き起こし、ウサギ2匹をまとめて空中に跳ね上げていた。態勢を崩した隙を狙って、アイリーンの仲間が槍でウサギの胴体を刺し貫いている。

 

 こちらの隊も盾を持ったタンク役がいるが、こちらは中型盾で衝撃を耐える力は弱そうだ。その代わり右翼に比べてテクニカルで、ウサギの突進に合わせて下側から跳ね上げるように盾を繰り出すことで、大角が与える衝撃をいなしていた。パリィ重視の回避盾だ!

 タンク役がパリィした隙を狙って別のウサギが迫るが、そうはさせじとアイリーンが竜巻を起こして足を止め、槍使いがぶんぶんと槍を振り回して突進を躊躇させる。

 

 両翼とも冒険者たちは見事に連携し、大角ウサギたちの足止めを成功させていた。

 もう僕って半ば実況役になってる気がするけど、それにしても彼女たちの戦いぶりには舌を巻かざるを得ない。

 

 特にアイリーンの竜巻を起こす剣技は何なんだよ。あれが魔法剣ってやつなのだろうか? 軽やかなステップで突進を回避して、カウンターで蹴り技を繰り出しているウルスナの軽業も超人的だけど、アイリーンの剣技はもう完全に魔力なしの人間には不可能だ。

 これほど魔力を持たずに転生したことをうらめしく思ったことはないよ。あんな心躍る戦いぶりを見せつけられているのに、僕には何もできないなんて。

 

 いや、本当に何もできないわけではないが……

 僕は馬車の中から厳しい顔で戦況を見守っているデアボリカに、おそるおそる声を掛けた。

 

「デアボリカ、ちょっといい?」

 

「なんだ。質問なら手短にしろ、指揮の邪魔になる」

 

 僕の方を振り向きもせず、その視線は左右の囮部隊に注がれている。

 ……すごいね、完全にデキる指揮官の顔してるよ。さっきの詠唱の速さといい、もしかしてこいつ政治家としてはド無能でも、戦場指揮官としては優秀なんじゃ……。

 質問、質問か。

 

「えっと、何で逃げなかったの?」

 

 デアボリカなら臆病風に吹かれて、全速で逃げようとするかと思ったのに……とは口に出さない。

 彼女は小さく鼻を鳴らした。

 

「馬車の速度ではスタンピードから逃げきれん、立ち向かった方が生き残る目がある。それに、周辺地図によると奴らの直進方向には村落がある。我々が逃げれば、村が犠牲になってしまうからな。冒険者ギルドとして絶対にそんな選択肢を選んでたまるか」

 

 う、嘘だろ……!? デアボリカがこんなまともなこと言うか!?

 まさか影武者がすり替わっているんじゃ……!?

 驚愕に目を見開く僕を一瞥(いちべつ)もせず、デアボリカは言葉を続ける。

 

「別に村の連中が可哀想とかじゃないぞ。冒険者ギルドの協定で、一定の人数以上が移動しているときにスタンピードに出くわしたら掃討することになっているからな。ここで逃げたら後で問題になるというだけの話だ」

 

 あ、良かった。デアボリカはデアボリカだわ。

 でもしっかり義務を果たそうとしているところは高評価できるな。

 それで、本題なんだけど。

 

「あの、僕にも手伝えることが……」

 

「お前にできることなどない。いいから座って震えてろ」

 

「……はい」

 

 一蹴された僕は、すごすごと座席に戻る。

 僕もみんなの役に立ちたいけど……今は僕の言葉に耳を傾ける余裕もなさそうだ。勝手なことをすると怒られるだろうし、応援に徹することにしよう。命がかかってる鉄火場だからね、さすがに僕も独断行動はしないよ。

 

「みんながんばれー! ウルスナ、アイリーン、かっこいいぞー!」

 

 声を張り上げる僕に、冒険者たちはちらっと視線をこちらに向けたようだ。だがそれも一瞬で、彼女たちはすぐに視線を目の前の敵に戻す。まるで僕なんか見る価値もないって感じだなあ。

 ……はあ、我ながらみっともない。僕には口で応援するしかできないんだよなあ。

 こんな情けない男、彼女たちにがっかりされてやしないだろうか。

 

 

 

「うおおおおおおおおお!! いくぞお前ら!!」

 

「男が見てる! 男が見てる! 今、あたしたち最高に輝いてるよぉ!」

 

「かーーーっ! 一度でいいからこういう燃えるシチュで戦ってみたかったんだよなーっ! 冒険者やっててよかったー!」

 

「見てろユージーン! かっこいいところ見せてやるからな!!」

 

「あたしだってウルスナには絶対負けない! 一匹でも多く狩るんだから!」

 

 

≪説明しよう!

 戦闘力を持たない麗しの聖女に応援され、テンション爆上がりになる男性冒険者たちの図である! 

 冒険者の仕事は基本的にむさ苦しい女所帯の肉体労働であり、普段の戦闘に男っ気はまるでない! そんな彼女らにとって、かよわい異性を背後にかばいながら、彼の応援を受けて戦うことはヒロイズムをビンビンに刺激される夢のシチュエーションなのだ! 庇護する異性が弱くて美人であればあるほど、やる気が湧いてくるぞ!≫

 

 

 そうやって僕が応援に徹していると、デアボリカはようやくこちらに視線を注ぎ、小さく微笑んだ。

 

「ふ……大した応援だ。案ずるな、大角ウサギごときが何十匹いようが相手になるものか。地方都市のギルドといえど、私が見定めた冒険者たちの実力は随一だぞ。我々を倒したければ、ドラゴンでも連れてくることだ」

 

 そのとき、2人の魔術師の詠唱が止まった。

 

「詠唱完了! いつでも発動できます!」

 

「よし! おい、囮部隊! 広域魔法が飛ぶぞ、総員退避!」

 

 声を張り上げるデアボリカの号令を受け、前線の囮部隊が反応する。

 剣士とスカウトは手にした武器を振り回してウサギたちを怯ませ、その隙に盾を手にしたタンクを殿にして大きく距離を離しにかかる。

 

 ウサギたちは怒りの声を上げて追撃しようとするが、その足並みは揃っていない。両翼ともウサギたちに傷はつけたが、トドメは刺していなかったのだ。こうすることで無傷の個体と傷ついた個体で速度差が生まれ、追撃の足並みを崩すことに成功していた。

 

「ようやくかよ、待ちくたびれたぜ! 体に穴が空くかと思ったぞ!」

 

「へへ、初めてはユージーンの角で穴を空けてもらいたいんだよな?」

 

「うるせえバカ! 聞かれたらどうしてくれんだ!」

 

 ウォーハンマーを持った戦士にからかわれ、ウルスナが叫び返している。

 うせやろ? あいつ、あんな遊んでそうな顔して……。

 聞かなかったことにしよっと。

 

 そんな僕の横で、デアボリカが右手を大きく振った。

 

「今だ、発動せよ!」

 

「赤竜の焔よ、すべてを薙ぎ払え! ドラゴニックブレード!」

 

「氷獄より来たれ、死滅の風! コキュートスフリーズ!」

 

 その効果は圧巻だった。

 ウルスナの仲間が馬車の窓越しに放ったレーザーは横薙ぎにウサギの群れに襲い掛かり、光線に触れた大ウサギたちを次々と炭化させていく。触れた部分から赤熱したかと思うと一瞬で真っ黒に変わっていき、その鮮烈なまでの威力は薙ぎ斬ると表現するにふさわしい。

 

 一方リーダーさんが放った氷結魔法は、ウサギたちの足を地面に縫い付けた。ウサギたちは悲鳴を上げてもがくが、泥まみれの地面に張り付いた足を剥がすことができず、凍り付いた部分は脚から胴体へと徐々に広がっていく。間もなく、ウサギたちは絶望を顔に浮かべたまま、物言わぬ氷像と化した。

 

「ブレイク!」

 

 リーダーさんが杖で魔法陣の中央を突くと、氷像は派手に砕け、凍り付いた血がルビーのようにキラキラと陽の光の中に舞う。

 

 大ウサギたちのスタンピードは、こうして広域攻撃魔法の前に一瞬で掃討された。

 

「どうだね、我が精鋭冒険者たちは。大したものだろう?」

 

 不敵な笑顔を浮かべて感想を問うデアボリカ。

 そうだな、なんというか……。

 

「リーダーさんの殺し方、エグくね……?」

 

「そこぉ!?」

 

「ちょ、ちょっと待ちたまえ。人を猟奇殺人鬼みたいに言わないでくれ! 綺麗だろ、この魔法! キラキラって感じだっただろ!?」

 

 デアボリカのツッコミを遮るように、それまで得意そうな表情を浮かべていたリーダーさんが慌てた声を上げる。

 

 いやぁ、ウルスナの仲間の魔導士さんの方も大量の惨殺死体作ってるが、傷跡が焼け焦げているからそこまでスプラッタ感はないんだよね。

 

「リーダーさん、それやばいって。凍った血が赤い宝石みたいにキラキラ散るのは確かに綺麗だけど、氷が溶けた後に残るのは粉々になった血まみれの肉片じゃん……。しかも徐々に氷漬けにして絶望を味わわせるのもすっげえ怖いよ……」

 

「いや、溶けるまで長居しないから、私たちが見るのは綺麗な状態のままだろ? どうせ死体は野生生物が片付けるしクリーンじゃないか」

 

 やだこの人、言い訳もなんか怖い……。

 【精神耐性】で頭おかしくなってる僕とは別種のサイコ感があるよ。

 

「ほらー、リーダーやっぱりその魔法怖いって。ユージィもっと言ってやって。巻き込まれたらと思うと、文字通り血も凍る恐怖なんだよね」

 

 馬車まで戻って来たアイリーンが、僕の言葉にうんうんと頷いている。

 ちょっとこれからリーダーさんを見る目が変わりそう……。

 

「しかし、なんでスタンピードが起きたのだろうな。30匹以上の群れは確かに大規模ではあるが……」

 

 大角ウサギの死体を見ながら、デアボリカは首を傾げている。

 

「大方、草を食い尽くしちゃって新しい餌場を探してるうちに、なんか勢いがついて止まらなくなったとかじゃねーの?」

 

「その可能性もある。原因を探るのも一手だが……」

 

「ウサギが来た方向に向かってみますか?」

 

 冒険者ギルドが雇っている御者に問われたデアボリカは、首を横に振った。

 

「いや、そこまでする必要もあるまい。スタンピード自体は食い止めたのだから、それで十分だ。それより一刻も早く、宝玉をサウザンドリーブズに持ち帰りたいからな」

 

 そう言ってデアボリカは宝玉の入った布袋を抱きしめ、にへっと笑った。

 お前、そこは最後まで有能指揮官であれよ。

 まあデアボリカらしいといえばらしいのだが。

 

 そのときだ。

 突然空気がひび割れるかのような軋みを上げ、地面を揺るがさんばかりの大音量の何かが響き渡ったのは……。

 

「な、なんだ!?」

 

「そ、総員警戒!」

 

 冒険者たちは大慌てで馬車から飛び出し、僕も恐る恐る後に続く。

 そして、僕たちは見た。

 

 大いなる翼を中空に広げ、太陽を遮らんばかりに背にしたる雄大な威容。

 不遜なる様はあたかも地獄より来たるが如し。

 その凶爪の鋭きこと鷹も及ばず、その凶相の醜きこと蜥蜴に勝り、その凶奏の咆哮は獅子をも超ゆる。

 それはブリシャブ島の伝説に語られる、最も偉大で凶悪なるモンスターの王。

 

「ド、ド、ドラゴン……! それもブリシャブ島の化身とも呼ばれる最高位種、レッドドラゴンだ……!」

 

 デアボリカはガチガチと奥歯を鳴らし、その威容を見上げた。

 距離があるから小さくは見えているが、おそらく全長10メートル近くはある。その体躯は全体的に禍々しい印象を与えるもので、顔はギザギザとした突起がいくつも隆起しており、胴体も鋭い棘に覆われているようだった。

 しかし何より恐ろしいのは、その瞳がまっすぐ馬車に向けて向けられていることだった。

 口元からはチロチロと青い炎が陽炎となって漂っており、明らかに怒っているようだ。

 

「ど、どうするギルマス……戦うのか」

 

「た、戦えるわけあるか! あんな化け物に人間がどう立ち向かうというんだ!」

 

 リーダーさんの問いにデアボリカが悲鳴を上げる。

 さすがの有能指揮官も、戦う前から士気を砕かれているか。

 

「そんなに強いの?」

 

「強いどころの騒ぎか! 歴史上でもドラゴンと戦って勝った者などそうはいない! 鱗のひとつも持って帰れれば英雄、勝てばドラゴンスレイヤーとして永久に名が残る……! あっ」

 

 そこでデアボリカは口元に手をあてると、魔術杖を投げ捨ててぺこぺこと頭を下げ始めた。

 

「ち、違うんですぅ。ドラゴン様に卑小な人間め如きが歯向かおうなんてするわけないじゃないですか……。ぶ、武器も捨てますので……」

 

 ドラゴンを前にして勝つだのドラゴンスレイヤーだの言ったのが気に障ると思ったようだ。勝てないと思った相手には心底へりくだるなこいつ。

 まあ確かにこれに勝てるかどうかなんて、考えるまでもないけど。

 

 10メートルってちょっとしたビルだよ。ティラノサウルスの全長が13メートルだそうだけど、あれは頭から尻尾までの長さだから、身を起こしていると全高10メートルくらい、ちょうどこのドラゴンくらいじゃないかな。

 大体3階建てのビルくらいはあるわけで、しかも空を飛んで口から数千度の炎を吐きそう。これはもうモンスターとかじゃなくて怪獣だよ。

 

 僕も巨大モンスターと戦うアクションゲームはいくつも遊んだけど、実際に巨大なモンスターを目の前にすると、人間が勝てるとはとても思えない。ビルほどの大きさの存在に人間が肉弾戦で立ち向かえると思う? そもそも挑もうと思う方がどうかしてるよ。

 

 そうして震えている人間たちを空中から見下ろし、ドラゴンはすうっと息を吸い込むと、もう一度衝撃波すら生み出す轟音をとどろかせた。

 僕はとっさに座席にしがみついたけど、そうじゃなければ今の衝撃で盛大に転ばされていただろう。馬車をひいていた馬たちと御者が泡を吹いて昏倒するのが見えた。デアボリカはガタガタと派手に震え、涙まで流して怯えている。

 ……今の声、恐怖を与える効果があったのか?

 

 ウルスナやリーダーさんは萎えそうになる脚を必死に堪え、武器を構えながら踏みとどまっている。経験の浅いアイリーンだけはへたりとその場に崩れ落ちているが、これを責めるのは酷だろう。

 

 ウルスナはごくり……と喉を鳴らしながら、赤竜に鋭い視線を向ける。

 

「噂に違わぬ化け物だな……。その魔力に満ちた咆哮を聞くだけで、どんな生き物でも腰が抜けて恐怖に震えるって話だが……。どうやら本当みたいだぜ」

 

「咆哮?」

 

「……鼓膜が破けちまったのか? さっきこいつが出しただろ、ギャオオオオオオンって」

 

 ウルスナたちにはそう聞こえたの?

 僕には違うように聞こえたけど。

 あ、また息を吸い込んだ。

 ウルスナは舌打ちをして、仲間たちに檄を飛ばす。

 

「お前ら、心を強く持て! 奴の咆哮が来る!!」

 

 あ、これこれ。みんな聞こえてないのかな。

 

 

『こいつら、ボクの狩りごっこを邪魔したなー! 絶対にゆるさないぞー! ほら、頭下げろよ! 今すぐボクに誠心誠意謝って!!』

 

 

 なんだこいつ。

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