【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
ビリビリと大気を震わせるドラゴンの咆哮によって冒険者たちは戦意を砕かれ、その場にへたり込みそうになるのを堪えるので精いっぱいだった。
やはりあの咆哮には何か恐怖心を煽るような、魔法的な効果があるのだろう。巨大怪獣に吠えられたらそりゃ怖いは怖いけど、恐怖で動けなくなったりはしないもんね。パニックになって一目散に逃げるのが普通の対応なんじゃないかな。
問題はその咆哮が僕にはなんというか……こう……。
『謝れ! 謝れって言ってんの! ねっ! ボクの遊びの邪魔をしてごめんなさいって力いっぱい謝らなきゃ許さないぞー!』
「くっ……! なんて威圧感だ……! 膝から力が抜けていく……!」
「ダメだ、気をしっかり持て! 動けなくなったらそれこそ終わりだぞ!」
歯を食いしばって恐怖に抵抗しようとするリーダーさんとウルスナ。
えっ、何これシュール系コント……? と思ったけど、さすがに冒険者たちの必死の形相を見れば、本人たちは大真面目であることがわかる。
つまりあのドラゴンの声が子供の声に聞こえているのは僕だけだということだ。それも思いっきり生意気そうなクソガキの。さすがに子供の声に聞こえてるなら、こんな強大な敵に立ち向かってる最中みたいな緊張感にはならないよね。いや、強大な敵であることには違いなさそうなんだけど。
ちなみに僕が恐怖で動けなくなるってことはないようだ。確かに恐怖は感じてはいるんだけど、それはビルほどもある怪獣が明らかな敵意をもってこちらを威嚇している状況そのものに対してであって、超常的な効果は感じない。【精神耐性】の効果で恐怖による行動不能が無効化されているとみた。
じゃあなんで僕にはドラゴンの言葉が聞こえているのか、だけど……。
あ、いや待てよ。そういえばここに転生する前に【異世界語会話】を取得したはずだ。あれのおかげで誰とでも日本語で言葉が通じるから、僕はてっきりこの異世界には単一の言語しかないのかなと思ってたけど、よくよく考えたらそんなことあるわけないよね。
現代の地球には数千種類の言語があるのだから、この異世界もそうあるはず。もっと細かく言えば、ひとつの国ですら地方や文化によって方言が存在しているだろう。
確か伯爵様は僕が「
しかし僕はスラムの人たちとも言葉が通じている。ということは、僕は同じ日本語で話しているつもりだったけど、相手には最も馴染みのある言語に聞こえていたということになるね。
それと同じで、僕の脳はドラゴンの咆哮を言語として認識して自動的に翻訳したのだろう。
しかし、なんでドラゴンに限ってモンスターの言葉がわかるのかは謎だ。大角ウサギの言葉とかただの鳴き声にしか聞こえないんだよね。一定以上の知能を持つモンスターじゃないと翻訳されないのかな。
……いや、そんな考察をしている場合じゃないか。
これは絶体絶命のピンチだよ。絵面だけ見たら今にもドラゴンに丸焼きにされて食われる直前だ。
ただ、ドラゴンの目的がわからないんだよね。さっきから謝れって繰り返してるけど、これ「ごめんね☆」って言ったらそれで済む話なのかな? 人間の場合だと、謝れって言ってきてる奴の目的は慰謝料や賠償金、要するにお金目当てだよね。
日本にいた頃、僕のおじいちゃんが言ってたよ。
「いいかい、雄坊。大人になってから謝れって言われても簡単に頭を下げちゃいけないよ。
大人にとって謝るということは『全面的に自分の非を認め、いいなりになります』という意味なんだ。本当に自分が悪いならともかく、男は難癖をつけられて簡単に謝ったりしちゃいけないのさ。
でも性欲に負けて女の子押し倒して赤ちゃんできちゃったら、諦めて相手の親に土下座して認知しような」
あのときは最後の方の意味がわからなかったけど、すごくいい言葉だと思ったよ。おじいちゃんはおばあちゃんにシメられてたけど。
さて、このドラゴンは明らかに難癖付けて謝らせようとしてきてるわけだけど、これは素直に謝っていいものなのかねえ。……これは僕が決める話じゃなさそうだな。ここは決定権を持つ人に訊いてみるか。
「デアボリカ、あのドラゴンはこっちに謝罪を要求しているっぽい! どうする!?」
「は? お前何を言っているんだ……?」
馬車の中で体育座りになって、ガタガタと自分の肩を抱きしめて震えているデアボリカに判断を委ねたところ、理解できないものを見る目をされた。くっ、デアボリカは相当恐怖にやられて正常な判断ができないようだ!
「だから、あのドラゴンが誠心誠意謝れって言ってるよ」
「お……お前、恐怖で頭がおかしくなったのか……? 怖いのは分かるが、しっかりしろ!」
僕の肩を痛いくらいの力で握り締めたデアボリカは、がくがくと僕を揺さぶってくる。くっ……! デアボリカは混乱しているようだ!
仕方ない、もう少し細かく説明しよう。
「実は僕はドラゴンの言葉がわかるんだ。それによると、あいつは狩りごっこ? というのの邪魔をされたと思っているようで、すごく怒ってる。それで僕たちに謝罪を要求しているんだけど、どうしよう? ってことを言いたかったんだ」
「最初からそう言えよ!? ドラゴンの言葉がお前にわかるわけないだろ!? 狩りごっこってなんだよ!? ああああ、何からツッコめばいいんだああああああ!?」
「やはり恐怖で混乱しているのか……! 気をしっかり持つんだ!」
「お前に言われたくねえええええ!!」
ぜえぜえと荒い息を吐くデアボリカは、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
しかし叫んだことで恐怖が幾分か薄れたのか、その瞳には理性が戻って来ているように思える。よし、いい兆候だな。
「こいつにドラゴンの言葉を理解できるはずが……いや、だがこいつ病気を治す意味不明な力持ってるし。そういうこともあるのか……?」
デアボリカはぶつぶつと呟いてから、僕に視線を戻した。
「狩りごっこ……というのは、さっきのスタンピードのことか? あのドラゴンがウサギを追いかけて狩りをしていたところ、我々にウサギを倒されてしまったから怒っている、と?」
「僕に訊かれても困るけど、そういうことなんじゃない? 他に解釈のしようもないし」
ドラゴンのごはんにしてはちょっとサイズ感が違いすぎる気もするけど、30匹もいれば数でカバーできるのかな。それとも小腹を満たす程度の遊びの狩りだから狩りごっこって言ってるんだろうか。
「で、どうするの? 要求通り謝って許してもらう? それとも、戦う?」
「た、た、た、戦って勝てるわけあるかっ!」
馬車の物陰からあいつを指差してみると、デアボリカは大慌てで僕の腕に飛びついて無理やり手を下ろしてきた。声も上ずってるし、万が一にも敵対感情を持っていると思われたくないと言わんばかりだ。
おいおいガール、さっきまでの有能指揮官ぶりはどこ行ったのさ。
「さっきの攻撃魔法とかすごかったじゃん。あれを魔術師3人がかりでぶっぱしたらなんとかなるんじゃないの?」
するとデアボリカはこいつは何もわかってないとばかりとこめかみに手を置き、やれやれと頭を振った。
「なるものか! 魔法の威力は彼我の魔力差に大きく左右されるものなのだ。そしてドラゴンの魔力は人間のそれとは比較にならないほど高い。いかに私が将来を嘱望される超有能魔術師といえど、致命傷を与えられるとは思えん……。
あれと勝負ができる魔力量となると、我が国全土を見渡しても国王陛下くらいのものだろう。まあ、説明したところで魔力を持たないお前にはわからないだろうがな」
「いや、わかるよ。身をもって知ってるからね」
「またその場の勢いで適当なことを言いやがって……」
「つまり魔力が高いと魔法防御力も高くて、僕みたいに魔力がゴミカスならどんな魔法でもかすっただけで死ぬってことだよね?」
「そうだが! いや、本当にそうだから、いいから黙って座っててくれるか!? ドラゴンのブレスは攻撃魔法のようなものだ、お前など簡単に消し飛ぶぞ! お前は私の言うことを聞いて、馬車でいい子にしてろ!」
むう、戦力外通告されてしまった。
あー……どうしたもんかなあ。これ勝手なことしたら怒られるやつ?
要は以前大角ウサギにやったみたいに【インフルエンサー】でドラゴンの魔力を1にしてやれば、あいつも僕と同じゴミカスワールドの住人になるから簡単に勝てるわけなんだけど。でもこれ口にしても信じてくれるかなあ。
一応提案だけしてみるか。
「僕に任せてくれたら奴をめちゃめちゃ弱らせて、君たちをドラゴンスレイヤーにしてあげられるんだけど……どう?」
「本当に適当なこと言うのやめろ! 万一ドラゴンが人間の言葉を理解できたらどうする!?」
だめだ、説得できる気がしない。
このまま馬車から出てドラゴン弱らせてもいいけど、勝手なことするなって言われてるしなあ。
仕方ない。僕は戦闘に関しては門外漢だし、ここはプロに任せるほかないか。
『さっきから微かにボクたちの言葉が聞こえるけど、この中に誰かいるのー? あっ、もしかして赤ちゃんを誘拐してる悪者だな! 誘拐犯め、次の族長たるこのボクが許さないぞー!』
「うおっ!?」
突然馬車ががくん!と大きく揺れ、体全体が宙に放り出されたような浮遊感に包まれる。いや、違う! これは本当に空中に持ち上げられてるんだ……この馬車が、ドラゴンによって!
……いや、まずいぞ。この馬車、冒険者が使うものだから大きな荷物を載せられるように後部に大きく搬入口が開いてるんだ。このまま縦に持ち上げられたら……!
嫌な予感は的中し、そのまま馬車はドラゴンの手で縦向きにされ、僕たちは搬入口から放り出されそうになる。
「ユージィ!?」
アイリーンの悲鳴が下の方から聞こえてくる。
咄嗟に僕とデアボリカは座席にしがみつき、懸垂でぶら下がっているような態勢を取って搬入口からの転落を免れた。
しかし、それがドラゴンの癪に障ったようだ。
『このっ、出て来い出て来い!』
子供が筒に入ったポテチを出そうとするように、馬車が縦向きにフリフリと振られている。くそっ、子供がやるなら可愛いけど、怪獣にやられるとただの脅威だ! こういうのはモンスターパニック映画だけにしてくれよな。
段々座席にしがみ付く手が痺れてきたし、振動で今にも振り落とされそう。かといってこのまま地面に叩き付けられたら……。地面までは5メートルほど、ドラゴンが馬車を振り下ろす勢いが乗れば、最悪即死しかねない。そうでなくても確実に大怪我を負うはずだ。
「う、うう……! もう……手が……!」
僕の横で座席にしがみ付いていたデアボリカが悲鳴を上げる。
「こ、このおっ! ユージィを放せ!」
「アイリーン!? ……ちいっ、お前ばかりにいいカッコさせるかよ!」
下の方からはアイリーンとウルスナの声が聞こえてくる。
「ま、待て……いや、やむを得ない! みんな、ギルマスとユージィを助けろ!」
続いてリーダーさんの声と、刃物を抜く音。
これは……アイリーンたちが僕たちを助けようと、ドラゴンに攻撃を始めた?
いや、それはまずい! 彼女たちの気持ちは嬉しいけど、ドラゴンが馬車を放り出したら僕たちは大怪我だぞ。
『いてっ。あーもう、雑魚どもがチクチク刺してきてうっとうしいなあ。めんどくさいや、この馬車ぶつけて潰しちゃおっか。よーし、1人潰すごとに1点だ! 何点取れるかなー、きゃはは!』
やっべえこと言い出しやがった。その言動が本気である証拠に、馬車がさらに上方へと持ち上げられているのを感じる。
……こうなったら出しゃばらせてもらう。
「ちょっと待て! この馬車にはドラゴンの子供が乗ってるぞ!」
『なんだってー?』
よし、興味を引けたようだ。馬車の中からはドラゴンの姿は見えないが、僕が張り上げた声に奴が反応している声が聞こえる。
「そんなに乱暴に扱っていいのか? 子供が放り出されたら、大怪我しちゃうぞ!」
『確かにそうだね、小さい子は大切にしなきゃ。ただでさえ数が少ないんだから』
「よし、馬車をゆっくり丁寧に地面に下ろすんだ」
『んー? でもなんでボクが誘拐犯なんかの言うこと聞かなきゃいけないのさー。なんか腹立ってきちゃったぞー』
クソガキがよぉ……。
いや、落ち着け落ち着け。大人になって交渉するんだ。
「じゃあ子供は振り落とされちゃうけど、それでいいんだね?」
『む。それは困るな』
「ユ、ユウジ……。お前、本当にドラゴンと話してるのか? あっちは喉鳴らしてるだけに聞こえるが……」
デアボリカが信じられないといった表情を向けてくるが、今は相手をしてる余裕がない。
「それなら馬車を地面に下ろすしかないね。ほら、ゆっくり静かに。羽を扱うように丁寧に丁寧に、馬車を水平にしてから地面に下ろすんだ」
『ちぇっ、なんか腹立つー』
そう言いながらも、ドラゴンは僕たちの乗った馬車を水平にしてくれる。
よしよし。
命がけの懸垂から解放されたデアボリカは、九死に一生を得たとばかりに汗びっしょりで座席に座り込んでいる。でも残念、まだ全然助かってないんだなーこれが。
僕はデアボリカにこの後のことを耳打ちすると、腕をもみほぐした。あー痛え、腕が吊りそうだったよ。まあ吊られてたのは僕の体のほうだが。
ややあって、どすんと馬車が揺れる感覚。どうやら地面に戻してくれたらしい。
声がやけに上の方から聞こえるけど、アイリーンたちに脚を攻撃されるのが嫌で空中に飛び上がっているのかな。
『ほら、地面に下ろしたぞ。赤ちゃんを解放しろ、誘拐魔めー』
そう言ってドラゴンは僕たちに降りるよう促してくる。
さてさて、どうなるかなあ。
僕とデアボリカが連れ立って馬車から降りると、ドラゴンは小さく小首を傾げた。本当にこきゅと首を傾げているからシュールだ。
『赤ちゃんはどうしたー? お前らが赤ちゃんが乗ってるって言ったんだぞ、早く出せよー』
「ああ、悪いけど嘘を吐いた。子供なんて最初から乗ってないよ」
僕がしれっと言ってやると、ドラゴンは『嘘つけ!』と叫びながら地面を滑空し、馬車をかっさらっていく。おお、すごい風圧。立ってるのがやっとだよまったく。
ドラゴンは万華鏡を覗き込むように、搬入口から馬車の中を見つめる。やがて隅々まで調べて他に誰も乗っていないと納得したようだ。怒りに任せて馬車が地面に叩き付けられ、車体が大きくひしゃげた。外れた車輪がくわんくわんと地面に揺れているのが、馬車の断末魔のように思える。
ギロリと凶悪なドラゴンの面相が、僕に向けられる。
『ボクを騙したな! 偉大なレッドドラゴンのこのボクを、人間ごときが!』
「も、申し訳ございませんっ! どうか、どうか命ばかりは……!!」
僕が言ったんじゃないよ。
その場にずざーっとスライディングするかのように平伏したのはデアボリカだった。
おいおい、さっき耳打ちしたのと段取りが違うよ。
僕が「ごめーんね☆ ほら、謝ってやったぞ。満足したか?」とでも煽ってやってブレス攻撃を誘い、デアボリカの障壁魔法で受け止めた隙に、全員で攻撃しようって言ったはずなのになあ。僕の完璧な作戦がお気に召さなかったのだろうか。
抗議の声を上げようと口を開いた瞬間、デアボリカは「黙れッ!」と絶叫してきた。
「ドラゴン様のこの偉大なるお姿を見て、歯向かおうなどと考える方がどうかしているんだ! ほら、お前たちも武器を捨てろ!
まこと申し訳ございませんドラゴン様! 貴方様のような高貴な存在を、私ども虫けらが拝謁できる機会をいただけただけでも僥倖でございます!! ほら、お前ら武器を捨てろ! 捨てろったら!」
冒険者たちへの叱咤を挟みつつ、デアボリカは平伏したままへっへっと卑屈な笑みを浮かべてドラゴンを褒め称えた。
「ややっ! もしや貴方様の麗しいご体色、まさかこのブリシャブ島の化身とまで称えられた高邁無比なるドラゴンの王者、レッドドラゴン様では!?
どうか自然に平伏してしまう我が身をお許しください! 貴方様のように尊き御方の御威光、目が潰れてしまいます! あーっいけない! 目が、目が灼かれてしまう!
私めの脳に貴方のご雄姿が焼き付いて、生涯忘れえない栄光の記憶となってしまいますうぅぅ!」
い……卑しい……!
異世界転生してスラムの物乞いとかも見てきたけど、今のこいつがぶっちぎりでみっともない!
冒険者たちが白い眼を向ける中、デアボリカはプライドの欠片もなく手もみをして、媚びへつらった美辞麗句を口にしている。やがて冒険者たちは一人、また一人と武器をその場に投げ捨てた。
……まあ、こんなギルマスを救おうと武器をとったのが馬鹿らしくなるよね。アイリーンとウルスナだけは武器を捨てておらず、油断なくドラゴンへ鋭い視線を向けているが。
恐ろしいことに、ドラゴンはデアボリカのお世辞に満更でもないようだ。
「然り……。我こそ
人間の言葉喋れるんやないかい。
ドラゴンは聞く者の腹の底まで深く響くような、轟きにも似た声を発している。なんだよその物々しい口調。お前の素の口調なんてこちとらとっくに知ってるんだが?
デアボリカは「へへーーっ!」と地面に這いつくばったまま、僕のズボンの裾をしきりにくいくいと引っ張っている。僕にも頭を下げろってか。
……あっ、そうか。いきなりへつらい始めたと思ったら、さてはこいつ僕がコミュニケーション取ってたのを見て、媚びが通じる相手だと判断したな?
さっきまでは言葉が通じない強大なモンスターだと思ってたから震えてるだけだったけど、コミュニケーションが取れる相手とわかったからご機嫌取りに出た、と。
お前……お前さあ……。それでいいのか、冒険者ギルドの長が。
「ああ、どうかこの者の不遜をお許しください! この通り、こいつは彼我の戦力差を理解できるアリほどの知能すらない哀れな存在なのです! 生きているのが罪と言えるほどの愚昧さ! だからこそ偉大なる貴方様をたばかろうなどと、身の程もわきまえぬことをしでかしたのです!
ですが偉大なる貴方様ならば、きっとお許しいただけるはず! このような愚物をも寛大な心でお許しいただけることこそ、王者たる者に相応しいものと愚考いたしますればっ! どうか私の命だけでもお見逃しを!!」
僕の命乞いをしてくれるのか見捨てるのかはっきりしろ。
「Grr……よかろう……。よくよく見ればほんのわずかな魔力すらも持たぬ卑小な存在……。我のごとき者が怒りを向けるほどの存在ではない……。汝が我に代わり、我が威光を知らしめておくのだ……」
「ははーーーーーっ!!」
そして勝手に僕を処する方向で合意するんじゃない。
あと人を魔力だけで判断するんじゃねえよ、魔力ハラスメントか?
……やべえ。
このドラゴン、次の族長って自己紹介したよね? 大丈夫かよドラゴン族。
デアボリカが中央議会で権力を握るとの同じくらい将来が不安になってきたぞ。
僕はデアボリカが2人に増殖したかのような悪寒に背筋を震わせた。
毒気を抜かれた僕が見守っている中で、何やら意気投合したらしいドラゴンとデアボリカはきゃっきゃと楽しそうにお話しを続けている。お話しと言っても、デアボリカがドラゴンをひたすらヨイショして、自尊心を満たされたドラゴンがうむうむと頷いているだけなのだが。
やがてドラゴンはむふーっと鼻から蒸気を噴き出すと、深く頷いた。
「人間の中にも汝のように道理を弁えた存在がいるようだ……。我は認識を改めよう……」
「なんと有り難いお言葉……! 叶うならば貴方様の股肱の臣としてお仕えしたいと存じます! しかし私は所詮、脆弱にして非才な人間の身……。高邁無辺たること限りなきドラゴン様に付き従うことなどできません! どうかこの身の不徳をお許しください!」
いや、お前はこのままドラゴンについていってもやってけると思うよ。太鼓持ちやるのに戦闘力も政治力も関係ないし。
「Grr……許そう……。我が威光を深く胸に刻み、小さき者どもに我が偉大さを語り継ぐがいい……」
「ははーーーっ! 私はここに生涯の目的を賜りましてございます!」
お前の生涯の目的は議員になることちゃうんか。
そろそろこの茶番もお開きかな。
そんな空気が漂い始めたとき、ドラゴンが不意にクンクンと鼻を鳴らした。
「……先ほどから気になっておる……。水の精霊の魔力が香る……。汝、何か持っているな……? 宝の気配がするぞ……」
ギクーッ!となったデアボリカは唇の端を引き攣らせ、冒険者たちに視線を送ったが、当然のように無視されている。
おい、待てよ。まさか。
デアボリカは観念したように懐から布袋を取り出すと、震える手でそれを頭上に捧げ持った。
「さ、さすがは偉大なるレッドドラゴン様……。こちらは『湧き水の宝珠』と呼ばれる、無尽蔵に水が湧き出ると伝わるアイテムでございます」
「うむ……。それは人間の手には余る代物だ……。我が宝物庫のひとつに加えてやろう……。安心せよ。人の世にあれば無用の争いを生むが、我が管理しておれば何も案ずることはない……」
デアボリカは顔を伏せてぎゅっと唇を噛む。そして次に顔を上げたとき、そこにあったのは眉をたわめた卑屈な笑みだった。
「こ……光栄の至りでございます……」
あー、なるほどね。
そういうことをするわけだ。
いい加減にしろよ、人様が大事にしてたものを目の前で好き放題しやがって。
どんな育ちをしたら、こんな他人の痛みがわからないアホになるのか。
この場で丸く収めたように見えても、どうせ次も別の場所で、僕たち以外の誰かを相手に同じことを繰り返すに決まっている。
そんなに他人の痛みがわからないというのなら。
「親に代わって躾けてやるよ、クソ竜」