【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
白い空間から出た僕は、気が付けばだだっぴろい原野に佇んでいた。
原野と言ってもやや傾斜のついたなだらかな丘陵のようになっており、地平線までが見渡せるといった感じではない。まあ日本でもよく見かけるような地形だ。
それよりも足元がボロボロのハゲ地になっているのが気になった。元は草原だったことはわかるんだけど、まともな背丈まで伸びている草がまるでない。どころかところどころに佇む樹はいずれも僕の腰くらいまで皮を剥かれており、無事な樹は1本もなかった。
近くに鹿の群れでもいるんだろうか? 増えすぎた草食獣の食害に遭った樹が、確かこんな感じになったはずだが。
ぶるっ……。
僕はわずかに身を震わせた。
日差しの強さからいって春くらいだろうと思うのだが、そよ風が結構冷たい。日本よりも緯度が高い土地なのかもしれない。
夏が近いからと半袖Tシャツにジーンズで外に出ていた僕には、ちょっとこたえる気温だ。ちなみに交通事故で死んだはずだが、着ている服には血痕も破けた跡もまったくついてなかった。そういうケアはしてくれるのか。
【疾病耐性】とやらを取ったのでそうそう風邪をひくことはないと思うのだが、寒いのは単純に不快なのでとっとと移動して人のいる場所に行きたい。それにここがどんな異世界なのかは知れないが、モンスターに出くわす可能性もある。今の僕はひのきの棒すら装備していない雑魚を越えた雑魚なのである。
四方を見渡したところ、遠くに大きな建物……らしきものが見えた。
とりあえずそこに向かって移動してみることにしよう。
黙々と歩き続けること10分ほど。
やがて僕は考え違いに気が付いた。
これは建物ではなかった。大きな壁だ。街をぐるりと高い壁が囲んでいるのである。
モンスターに対する備えか、他国の軍隊への対抗なのかは定かではないが、ともかく侵入者への防備はばっちりといった感じ。
街道に面した場所には大きな市門がそびえ立っており、門兵が侵入者へと目を光らせていた。というか門兵さん、女性なんだな……女性の雇用に理解のある世界なんだろうか?
「止まれ! 身分証か通行証を提示しろ」
キリッとした顔立ちの門兵に制止され、僕は思わず困惑を顔に出した。
まあこれが話が通じない兵士さんだった。
どうやら街に入るには市民の証になる身分証か、商人などに発行されている通行証が必要らしいのだが、当然この世界に来たばかりの僕はどちらも持っていない。
そんなものなくたって入れてくれればいいのに、身分証を提示できない不審者を街の中に入れるわけにはいけないの一点張りなのだ。
確かにその通りなんだけど、なーろっぱ中世なんだからそんなの厳格にしなくたっていいじゃんね。大体異世界転生の街なんて誰でもウェルカムって感じで入れてくれるし、なんなら王様にタメ口聞きながら頭軽くはたいても「ふぉっふぉっふぉっ、元気な若者じゃ気に入ったゾイ」とか言われて余計に厚遇してくれるもんなんじゃないの? それともそういうのっていわゆる主人公待遇ってやつで、僕みたいな凡人は初手で街の中に入れてももらえないハードモード異世界が分相応なんだろうか。
とにかく街の中に入れてもらえないと困る。とりあえず冒険者になって稼がないと僕は無一文だし、この気候でTシャツ一枚で野宿なんてしたら死んでしまいかねない。僕を見殺しにするつもりですか。
そういうことを必死に訴えたところ、門兵さんは額に手を置いて頭を振った。
「な、なんて話の通じない難民だ……! 頭がおかしいのか、こいつは?」
「難民じゃなくて異世界転生者なんですが」
「わけのわからないことを言うな! くそっ、こんなエロい体つきをした男がよりにもよって頭がおかしい難民とは……世も末だ。ええい、もういいからあっちに行け! 仕事の邪魔をするんじゃない、牢にぶち込まれたいのか!」
槍を振り上げて威嚇してくる門兵さんに、僕はぽんと手を叩いた。
「牢に入れられたらご飯もらえますか? ならそれでもいいです、とりあえず夜露をしのげる場所とご飯があれば今日のところは十分かなって」
「無敵かこいつ……? どんなメンタルしてるんだ……」
彼女の言う通り、今の僕は結構無敵なメンタルをしている自覚があった。
転生前の僕は結構気弱で何でも人に譲るところがあったのだが、どういうわけか非常にふてぶてしく出ることができている。
恐らくだが、これは【精神耐性】の恩恵ではなかろうか。説明文には他人からの精神への影響を受けにくくなる、とあったので、兵士さんの脅しにもまるで恐怖を覚えていない。ホームシックにならないように思って取ったスキルだけど、これは結構お得な買い物だったんじゃないだろうか?
しかしやりすぎるのも良くないだろう。
この世界は恐らく中世くらいの文明レベルだろうし、門兵さんがぶしつけな異世界人の一人や二人ざくーっと無礼討ちしたところでお咎めもないに違いない。僕は世界を救う勇者様ではないので、王様の頭をはたいたら処刑されるのだ。
「それで、牢屋に入れてくれるんですか?」
「……あのな、人間ひとり逮捕するのもタダじゃないんだよ。我々警備兵の予算をお前のような頭のおかしい難民に飯を食わせるために使わせてたまるか。頼むからどっか行ってくれ」
「いいんですか? 僕、一文無しですよ。このまま見捨てると飢え死にか凍死しますよ? (これから冒険者として大成する)僕を喪うことは世界の損失では?」
「……確かにむざむざと貴重な男を喪うのは惜しいが」
門兵さんがぼそりと小声で呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。
おやおや? この街、男手が必要と見た。戦争か何かで男が徴兵されて人手不足なのかもしれない。ここをうまく突けば潜り込めないだろうか。
「わかりました! 僕を通してくれたら、後で個人的にお礼に来ます!」
「いや、個人的にお礼とかそういう話をしてるんじゃなくてだな。私は規則の話をしているんだ。大体お礼って、お前無一文なんだろう。街に入ったとしてどうする気なんだ」
「働きます! 僕、健康な男なので! きっと仕事とかあると思いますから」
「仕事か……まあ確かにお前の器量なら夜の仕事には事欠かないだろうが」
そう呟いて、門兵さんは僕の頭のてっぺんから靴の先までじろじろと眺めた。
……ふふん? なるほど、ピンと来たぞ。
これは僕を街に入れても本当に危険がないのかと疑っている顔だな。
よし、そこまで言うなら……!
「たっぷりと見てください! 僕の人畜無害ぶりを!」
僕はおもむろにTシャツをたくし上げると、バッとその場に脱ぎ捨てて見せた。
門兵さんは一瞬ポカンとした顔になったかと思うと、真っ赤になって手で顔を隠してしまった。よほどびっくりしたのか、槍をその場に取り落としてしまっている。
「バッ……はあああああああああ!? お、お前こんなところで何を!?」
「えっ、僕が寸鉄帯びてない無害な人間だということを証明しようかと。なんならズボンとパンツも脱ぎましょうか?」
「い、いらんいらん! とっとと服を着ろ、人前で恥ずかしくないのかお前!?」
別に男が上半身裸になったところで何も恥ずかしくないけどなあ。
うーん、見苦しいものを見せてちょっと怒らせてしまっただろうか。
門兵さんは怒りで真っ赤に染まった顔を手で隠しながらも、指の間からチラチラとこちらを見ている。さすがはプロフェッショナルの兵隊さんだ、怒りと驚きで取り乱しながらも僕からまったく目を離さない……!
≪突然だが説明しよう!
これは我々の世界で言うと、突然入国管理局にやってきた不審な美女が堅物の検問官におっぱいを見せてあげるから通して♥と色仕掛けしてきた状況にあたる!
ちなみに門兵さんは25歳になるまでクソ真面目に職務をこなしてきた彼氏なし歴=年齢の堅物兵士である! いつもは二人一組だが、今日は相方が夫とデートで一人で仕事していた! そこに運悪くこの逆転痴女転生者がやってきたのだ。かわいそうに!≫
僕がTシャツを着直したのを見計らって、門兵さんは赤い顔のまま目を泳がせながら言った。
「……そ、その……本当に礼はしてくれるんだろうな?」
「! もちろんです、僕は人から受けた恩を忘れない男なので! きっと満足していただける分のお返しはします!」
「ま、満足……」
ごくり、と門兵さんが唾を飲み込むのが分かった。
……お腹空いてるのかな。金品じゃなくて美味しいものを渡した方が喜ばれるかもしれない。
いやー、親切な兵隊さんでよかったなぁ。
そう思ってみていると、兵隊さんはわざとらしく咳払いしてそっぽを向いた。
「と、年上をからかうんじゃない! 行くならさっさと行かないか」
「ありがとうございます!」
いやぁ、何でも言ってみるもんだなぁ。
僕は優しい門兵さんにぺこりと礼をすると、意気揚々と市門をくぐるのだった。
おっと、その前にこれは訊いておかないと。
「……あ、ところでギルドの場所ってご存じですか?」
「そんなことも知らないって、お前本当に何しに来たんだ……? 街娼ギルドならこの街の一番奥の裏通りだ。少々治安の悪い場所だから、チンピラに絡まれないように注意して行け」
「あはは、金もないのに娼婦なんて抱けませんよ。冒険者ギルドに決まってるじゃないですか」
僕が笑い返すと、門兵さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「冒険者ギルド……? それは何か依頼をしに来た、ということか?」
「いえ、僕が冒険者になるんですよ」
「……冒険、者……? お前が……?」
呆然と呟き返す門兵さん。うーん、僕ってそんなに頼りなく見えるのかなあ。
まあ確かにいくら筋トレしても筋肉が付かない貧弱なボーヤだけども。そりゃ日常的にモンスターと戦ってる兵隊さんから見れば現代日本の男子大学生なんて頼りなく見えるもんか。
よーし見てろよ、絶対冒険者として大成して見返してやるからな!
こうして冒険者ギルドの位置を聞き出した僕は、ぽかんとする門兵さんの視線を背に受けながら輝かしい第一歩を踏み出したのだった。