【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「今、なんと言った? 小さき者よ……」
おいおいドラゴンさん、余裕ぶった振る舞いをしようとしてるけど器の小ささが隠しきれていませんぜ。器量に比べて図体がでかすぎてよく聞き取れなかったっていうのなら、もう一度言ってやろう。
「親の代わりに僕が躾けてやるって言ったんだ。ロクな教育も受けずに体と態度だけデカくなりやがって、このままじゃ見苦しいことこの上ないからな」
「ユ、ユウジ! 貴様っ! 私の苦労を……! ち、違うんですドラゴン様! これはこいつが言ってるだけで、私はこんな奴とはまったく関係なくっ……!」
必死に弁解しようとするデアボリカを制して、僕は空中に浮かぶドラゴンを顎でしゃくった。
「こんな奴にゴマをする必要なんかないよ。所詮は親から与えられた力にあぐらをかいて、弱い者いじめして喜んでるガキだ。竜王の子供だかなんだか知らないが、そんなに誇れるような力があるなら、自分より強い奴に挑めばいいじゃないか。
なのに自分より弱い奴をネチネチ虐めて自尊心を満たしてるなんて、偉大な親に比べて自分を情けないと思わないのか? それとも人間ごときに言われなきゃ自覚もできないでくのぼうか、お前?」
「お、お前ぇ……!!」
ドラゴンは怒りのあまり言葉を失い、口をパクパクさせている。ただその開いた口からは揺らぐ
デアボリカは頭を抱えながらドラゴンと僕を交互に見ており、冒険者たちも顔色を蒼白にさせている。ただひとり、ウルスナだけがヒュウ♪と口笛を吹いた。
まあ僕も神様から与えられたチートで好き放題してるという意味では、親から受け継いだ力と地位で調子に乗ってるドラゴンに何か言えた口ではないのだけど。でも、少なくとも僕は弱い者いじめはしてないからね。いや……。
「僕がお前を懲らしめてやると、弱い者いじめになっちゃうのかな?」
僕がニヤッと笑顔を作ってやると、ついに奴の臨界点を越えたらしい。
「――万死に値するぞ!!」
空中から口を大きく開くドラゴン。
その口の中には膨大な量の熱が集まり、赤熱するその魔力は眩い光となって僕に向けられている。なるほど、さっき魔導士さんが見せてくれたレーザーはこいつのブレスを元ネタにしてるってわけか。
「そ、総員障壁を展開……!」
遅まきながらにデアボリカがリーダーさんたちにバリアを展開するように指示を出しているが、多分間に合わないだろう。さっきの岩を隆起させる障壁でも結構な長さの詠唱が必要だったし。
そこへ行くとこのドラゴンはこんな短時間で圧倒的な威力のブレスを用意できるわけで、確かに人間とドラゴンの間には魔力量に隔絶した開きがあるのだろう。
「くたばれェェェェエッ!」
ドラゴンがその大顎から光のブレスを吐こうとした瞬間……。
【インフルエンサー】-【魔力】。
そっと囁いてやろう。
「
途端、ドラゴンの口の中に集まっていた光が霧散した。
口から洩れたのは地面をも溶かすほどの威力のレーザーではなく、ぷすんとなんとも弱弱しい蒸気だけ。
「な……?」
ドラゴンは凶悪な面相の瞳をぱちくちさせ、自分の喉を押さえている。
そして次の瞬間、奴はふらっと空中で姿勢を崩した。
「ああああああ……ッ!? ま、魔力が……! ボクの力がない……ッ!?」
もがきながら悲鳴を上げ、ドラゴンの体は急速に高度を落としていく。
なるほどね、あんな翼で宙に浮いていられるわけないもんな。魔力を使って体を浮かせて、飛んでいるように見せていたというわけか。完全に空気力学に違反していた存在は魔力という万能の免罪符を失い、今物理法則のくびきにとらわれようとしていた。
「ぎゃあああああああッ!?」
何十トンもあるだろう大質量の物体が地面に叩き付けられ、地面が派手に揺れる。
唐突に魔力を失って地面に墜ちた空の王者を、冒険者たちは言葉もなく見守っていた。
地面に叩き付けられてもさすがドラゴンというべきか、目立った外傷はないようだ。だが体にうまく力が入らないのか、地面に墜ちてからもジタバタと大きくもがいている。うかつには近づけなさそうだ。
ドラゴンはもがきながら僕を見つけると、爛々と怒りに燃える瞳で睨み付けてきた。片手でなんとか身を起こし、今にも食い殺さんばかりの殺気を向けてきている。
「ボ、ボクに何をした……! ボクの魔力をどこにやった!?」
「君の魔力は封じた。もうブレスも吐けないし、空も飛べないね」
「魔封じの魔法!? そんな馬鹿な、あり得ない……! ドラゴンの魔力を封じるほどの魔法なんて、人間が行使するには膨大な魔力と大規模な詠唱が必要になるはず……。ましてやお前みたいな魔力の欠片もない人間が……」
「そうだね。つまり今のお前と同じだ。お前は魔力の欠片もない地這いトカゲになり下がったんだよ。飛べなくなった気分はどうだ、元・空の王子様?」
「があああああああああああっ!!」
ドラゴンは突然上体を起こし、大きく腕を振り上げた。
「舐めるなあっ! お前さえ殺せば、魔封じなんて解けるだろうがっ!」
なるほどね、魔力はなくなってもその巨体からの怪力だけで充分な脅威だ。
その爪がかすれば、僕は一瞬で八つ裂きにされるだろう。
「ユージィ!?」
「ユージーン!」
アイリーンとウルスナが咄嗟に飛びついてきて、僕を回避させようと……あるいは身代わりになろうとする。大丈夫だよ、そんな必要はない。でもありがとうね。
僕は地面に押し倒されながら、それでも視線を腕を振り下ろそうとするドラゴンから離さなかった。
【インフルエンサー】-【腕力】。
【インフルエンサー】-【体力】。
ずしん、と轟音を立てて地面に埋まったのは、力を失ったドラゴンの腕だった。
僕のフィジカルを上書きされたドラゴンは、見えない力で地面に縫い付けられたように身動きひとつ取れなくなる。
そりゃね、僕は結構鍛えてる方だけど、それでも数十トンもある巨体を支える力なんてないからね。巨大怪獣のフィジカルを人間のものにしたら、自重で動けなくなるに決まってるよね。
「ち……力が……入らない……!?」
「どうにも暴れるのが好きなようだから、腕力と体力も人間並みにしてあげたよ。これで弱い者の気持ちを学ぶといい」
呆然とドラゴンを見ているアイリーンとウルスナの腕をぽんぽんと叩いて離してもらい、僕はゆっくりと身を起こした。
「ぎ、ぎゃあああああああ! 痛い! 痛いよぉ! 体がギシギシする! た、助けて……! 助けてよぉ!」
ドラゴンは身も世もなく泣き喚き、痛みを訴えている。
もう尊大な口調を維持する余裕もないようだ。
「……痛み? ああそうか、自重で潰れてるからダメージが入ってるのか。それは考えてなかったな……まあいいや」
「よ、よくないっ! よくないよっ、助けて! 痛い、痛いよぉ! うわぁぁぁぁん!! 許してよぉぉぉ!」
「嫌だね。力を戻してやったら、僕を殺そうとするだろう?」
「……しないよっ! 殺さないから助けてよぉ!! つ、潰れる! 潰れるっ……! うわぁぁぁぁぁん!! 助けてよぉ、ママァ! パパァ!!」
図体だけでかい子供みたいなやつだと思ってたら、親に助けを求め始めましたよこいつ。少々哀れを誘う悲鳴だが、許してやる必要もないな。そもそも許してやったら確実にこっちの命を狙ってくるだろうし。反省させるにはまだまだ痛みが足りない。
「まあ多少体が潰れても、ポーションなら持ってるから大丈夫だよ。体に直接注いでやれば効果てきめんだ」
「ユ、ユージィ君……。それは一刻を争う緊急時に
リーダーさんが横からそんなことを言ってくる。
へえー、そうなんだ。まあ僕には直接投与しか効かないから、それしか使い方がないんだけど。
「ドラゴンもこんだけ体が大きいんだから、それくらい耐えられるでしょ。へーきへーき、僕はいつもそうやって使ってるよ」
ドラゴンが僕を見る目が、恐怖に彩られたように見えた。ついでに冒険者たちの顔が引きつっているように見える。気のせいかな。共感性が死んでるからわからないや。
「こ、こいつ……本当に頭がおかしい……!!」
失礼な奴だな。僕はちょっと【精神耐性】で共感性を失い、【苦痛耐性】で拷問じみた激痛にも耐えられるだけのごく普通の人間だよ。いや、それはもうごく普通の人間ではないな。我ながらちょっとしたモンスターだわ。
「まあなんだ。その痛みは自重で体が崩壊してるせいだから、身の丈に合わない図体になった自分を恨むしかないね。人間サイズなら平気だったんだろうけど」
僕がそう言ってやると、ドラゴンは何やら観念したかのように目をつぶった。
「も、もうだめだ……」
その瞬間、ドラゴンの姿がかき消えた。
10メートル以上もあった巨体が突然消失し、僕は思わず目をぱちくりさせる。
え、何? もしかして死んだ?
……いや、そんなわけはなかった。
ドラゴンは確かに生きていた。一瞬でサイズを変えたから消えたように見えただけで。
「はぁ……! はぁ……!」
少し離れたところに、奴はぺたんとへたりこんでいた。
両手で自分の体を抱きしめるように身を縮こませ、腰まで伸びた深紅の髪を汗でびっしょりと濡らしている。服は純白で、キルトという古代ギリシャの人が着ていた民族衣装に似ていた。体はいたるところ擦り傷でボロボロだ。
人間ではない証拠に、その額からは2本の小さな角が突き出ている。お尻には爬虫類のような赤い尻尾が飛び出していた。
「さ、寒い……寒いよぉ……。体から力が消えてる……。火の精霊の力を借りられないのが、こんなに寒いなんて……」
楽器を奏でるようなソプラノの声が、今はガタガタと震えている。
そう、ドラゴンは10歳ほどの子供に変わっていた。
ドラゴンをやっつけたら可愛い人間の姿に変わるという、ファンタジーあるあるのパターンだ……!
ただし性別はオスだった。
「なんだ、男か」
じゃあ容赦しなくていいな。
≪説明しよう!
ハイファンタジー系WEB小説のお約束、人間形態になれる強いモンスターである! 何故か多くの場合はロリ美少女になる! ただしここは貞操逆転世界なのでショタだった!≫
そもそもモンスターを安易に擬人化させるパターンが僕は大嫌いなんだよね。モンスターとして登場したのなら最後までモンスターであれよ! 可愛さで媚びるな! 邪悪を貫いて潔く死ねや、それがモンスターの本懐だろうが!
いや、この場合改心させなきゃいけないから邪悪を貫かれても困るのか。
でもなぁ……男かぁ。テンション下がるわぁ。
せめてロリ美少女でおめめウルウルさせて命乞いしてくるなら、思わず躊躇もするだろうけど。
僕は震えているドラっ子に近づくと、顎の下から頬をむんずと握って無理やり立たせた。
「おい、子供に化けて油断を誘おうたってそうはいかないぞ。残忍なモンスターめ」
「ち、違うよぉ……。これがボクのもうひとつの姿だよぉ。
へえー。そういう生態なの?
僕がデアボリカに視線を向けると、彼女は困惑したように小首を傾げた。
「知らないって言ってるが」
「だ、だって人間には秘密だから……。竜人の姿になれると知られたら舐められるし……」
「じゃあそれも言っちゃいけなかったんじゃないのか?」
「あっ……!」
ドラっ子は慌てて口に手を置くと、あわわと肩を震わせた。あざとい仕草しやがって。
「こ、これは緊急避難だから。ボクが死んだらドライグにとって大きな損失だもの、仕方ないんだよ」
「お前みたいなアホが次の族長になる方が、ドラゴンにとっては不幸だろ」
僕の冷静な指摘に、ドラっ子はむーっと頬を膨らませる。
「だ、誰がアホだっ! ボクはレッドドラゴンだぞ! しかも男だ、とても貴重で偉いんだ! 1000年に一度の奇跡、ドライグの生きる秘宝って言われてるんだぞ!」
なるほどね、そうやって誰からもチヤホヤされた結果こんなアホに育ったわけだ。
しかし、子供じみた奴だと思ってたら本当に子供だったとは……。
さて、どうしてやろうか。
あ、一応みんなに聞いておこうかな。
「今ならこいつ簡単に殺せるけど、どう? みんなドラゴンスレイヤーの称号欲しい?」
「ひっ……!?」
顔を真っ青にしてガタガタ震えるドラっ子を前に、冒険者たちは困惑もあらわに顔を見合わせる。
「なにっ、ドラゴンスレイヤー!?」
ただ一人デアボリカだけは瞳を輝かせていたが、お前には聞いてない。ちょっと座ってろ。
冒険者たちは悩んだのちに、口々にこう言った。
「……無抵抗な男の子を殺すなんて、ちょっと……」
「人間の言葉喋る人型の生き物を殺すのはパスだ。あたしらは冒険者であって、殺人鬼じゃない」
「男の子を殺すなんて世界の損失だぜ、絶対にNG」
「子供を殺す趣味はありません」
「私たちを見損なってくれるな、ユージ君。力を失ったドラゴンを殺して、どうしてドラゴンスレイヤーなどと名乗れようか。それは誇りを胸に抱き、恐るべき脅威と戦った英雄を称えるための称号だ。卑怯者の称号であってはならない」
よし、満場一致で殺さない方向だな。
どうにも皆さんお優しいことで。僕はそんな彼女たちが大好きだ。
じゃあこういう感じにするか。
僕はドラっ子の顎をぐいっと持ち上げると、そのエメラルドのような色合いの瞳を覗き込んだ。
「みんなが殺さないでくれって言ってるから、命は勘弁してやる」
「えっ……! ゆ、許してくれるんだな! そうだよな、ボクは貴重で偉いもんな!」
その瞳が一転して、希望に輝く。
僕は頷き、彼の言葉を肯定した。
「ああ、殺さない。お前はここで解放してやる。魔力も腕力も失ったまま、荒野を生き抜け」
「は……?」
「お前には弱い者の痛みがわからない。だから弱者の立場になって、その痛みを知るといい。一族の長が弱い者の気持ちを理解できないなんて、不幸なことだもんな」
希望に輝いた瞳が、あっという間にその色を失う。
ドラっ子はガタガタと肩を震わせながら、僕を見上げた。
「し、死ぬ。こんな非力な体で、魔力もなしで生き抜けるわけがないだろ……!? 大角ウサギにだって負けるよ、こんなの……!」
「武器さえあれば勝てるぞ? 僕は半年間大角ウサギを狩って生き延びてきたが」
僕のフィジカルを移植してるんだから、槍と盾を作ればいけるいける。
敏捷性とかタフネスはいじってないから、むしろ僕よりアドバンテージあるだろ。
「なに、安心しなよ。僕も鬼じゃないからね。魔力もいずれは返してあげるよ。そうだなあ……50年くらいはそのままでいてもらおうかな」
ドラゴンの寿命ならそれくらい余裕だろ?
そう考えての提案だったけど、ドラっ子は顔色をますます青くさせる。
「ご、50年!? そんなの一生と同じじゃないか! ボク、おじいちゃんになっちゃうよ!」
「オーバーだなぁ。なんせドラゴン様だし1000年くらい生きるんだろ? 50年くらい大したことないじゃないか」
「そんなわけないだろ!? ドライグを何だと思ってるの!? せいぜい70年くらいしか生きられないよ!」
そうなの? とデアボリカに視線を送るが、やはり肩を竦めるだけだ。
「いや、わからん。ドラゴンの生態はまったく知られておらんのだ。どこかの山に巣を作り、時折城や街を襲って財宝を貯め込んでいるということしか……」
へえー。
しかし寿命が70年となると、それこそ人間と大して変わらないような……。
いや、待てよ?
「……ひとつ聞かせてもらうけど、“狩りごっこ”ってなんだ?」
「え、あ、その……聞いてたの……?」
途端に歯切れが悪そうに、ドラっ子は目を伏せながら指をもじもじさせた。
可愛い仕草をしても僕は騙されないぞ。
「狩りの対象はウサギじゃないよな? ウサギの肉を目当てで追いかけてたなら、それは“狩り”であって“ごっこ”じゃない。言ってみろ、何を真似た“ごっこ”だ?」
「……ええと、その……」
「狩りの対象を当ててやろうか。“人間”だろ?」
「……ぁぅ……」
冒険者たちの視線が、無力な子供を見るものから
針の
あるとき、ドラゴン族の隠れ里から散歩に抜け出したドラっ子は、人間の貴族が狩りをしているのを見つけた。人間は馬にまたがってウサギを追いかけていた。狩猟犬が指し示す方向に向かって馬を走らせ、銃を撃って仕留めるのだ。
これは面白そうな遊びだ! ドラっ子は目を輝かせ、自分でもやってみたいと思った。だけど彼は馬も犬も持っていない。それにドラゴンにとっては、ウサギは狩りの獲物としてはあまりにも小さすぎる。
そこで彼はアレンジを加えた。馬の代わりは自慢の翼がある。じゃあ狩猟犬の代わりは? そう、スタンピードだ。手ごろなモンスターの群れを襲って逃げ散らせることでスタンピード状態に陥らせ、人間の集落に襲い掛からせるのだ。それが彼なりに人間の貴族の狩りを模した“狩りごっこ”の正体。
スタンピードによる被害の一部は、このドラゴンが原因だった。
やっぱり邪悪なんじゃないかこのクソ竜。
そして、僕には心当たりがあった。
モンスターをけしかけ、人間に襲い掛からせるファンタジー定番の存在。
そう、スキルによってその存在が示唆されていた謎の種族……!
今、僕の名推理が冴え渡る。
「お前は……“魔族”だな?」
「……は?」