【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第32話「鋼メンタルで空の旅を楽しみ抜く」

 どうも。僕たちは今、空の旅を楽しんでおります。

 

 工夫がされているとはいえ、やはり揺れがきつい陸の旅とは違って空路は快適ですね。馬車の搬入口から覗く眼下の景色の見晴らしはいいし、風は涼しいしで思わずヤッホーと叫びたくなる気分の良さです。

 いつドラゴンが僕たちの乗っている馬車を取り落とすかわからないということを除けば。

 

「おい、絶対に落とすなよ。落としたらまた魔力封じて、道連れにしてやるからな」

 

「わ、わかってるよぅ……」

 

 馬車の外に向かって声を掛けると、ドラっ子は露骨に怯えた様子で返してきた。

 

 ……なんだか知らないがドラっ子が突然降伏してきたので、とりあえず僕たちは和解していた。

 正直僕はこれから荒野の3人旅暮らし編を始めて、その中でドラっ子とデアボリカの性根を叩き直していくプランを立てていたので拍子抜けだった。そんなに僕と暮らすのが嫌だったんだろうか? まあ手間が省けていいんだけど。

 

 しかしドラっ子が非を認めたとはいえ、はいそうですかと帰してやるわけにはいかない。とりあえず壊れた馬車の代わりに、僕たちをサウザンドリーブズまで送ってもらうことにした。

 こいつが馬車を地面に叩き付けたせいで、車体は歪んでしまったし車輪も外れてしまっている。修理しても元に戻るかわからない大損害だった。

 

 しかも馬車を引いていた馬は気絶から目を覚ますなりドラゴンに怯え切って、パニックを起こす始末だ。

 暴れまくって手が付けられないので、【精神耐性】を付与しておいた。他の生き物に【精神耐性】を付与するのは初めてだったけど、効果はバッチリですぐ大人しくなった。

 なんか落ち着き過ぎて悟りを開いた仏様みたいな瞳をしてたけど。これ本当に生物が取得しても大丈夫なスキルなのかな。

 今はドラっ子に抱えられたまま、涅槃寂静色即是空といった境地で静かにしている。

 

 さっきまで敵対していたドラっ子に命を委ねるなんて本当はやりたくなかったんだけどね。馬車と馬をそのまま捨てていくわけにもいかないし、仕方ない。

 

 ドラっ子は僕のことを魔封じを始め強力な魔法を使いこなし、かつ魔力の気配を完全に遮断している強大な超越者だとでも思っているのか、やたら怯えているので脅しつけると素直に言うことを聞いた。本当はクソ雑魚なのにね。

 

 それよりも馬車の中の空気がやたら悪いのはどういうことだろうか。

 今は上部座席にいた冒険者たちと御者さんを含めて全員が歪んだ車体の中に引っ込んでいるのだが、誰も僕と目を合わせてくれない。

 

 アイリーンとウルスナは相変わらず僕の横にぴったりとくっついているのだが、他の人たちからは露骨に距離を置かれている。特にリーダーさんともう一人の魔導士は、僕から一番遠い席に座ってそっぽを向いていた。

 行きの道ではあんなにお話ししてくれたのに、いきなり邪険にされるの寂しいじゃん……。

 

「えっと、リーダーさん。僕、何かしましたっけ?」

 

「あ……いや、そういうわけではない。気にしないでくれ……」

 

 わからないときは訊いてみるに限る。そう思って僕が声を掛けると、リーダーさんは目を合わせないまま歯切れの悪い言葉を返してきた。

 うーむ?

 僕が内心で首を傾げていると、隣に座ったウルスナが苦笑を浮かべる。

 

「勘弁してやれ、ユージーン。怖がるなっていう方が無理だぜ、特に魔術士ならな」

 

 ……はて? えーと……?

 

 あー……いや、そうか。僕が持っている魔封じの力を恐れているってことか。

 そりゃそうだよね。冒険者でしかも魔術士となれば、高い魔力は命綱だもんね。

 それを一瞬で無力化してくる相手がすぐそばにいて、気分次第でいつでも能力を発動してくるとなれば心穏やかではいられないか。

 現代日本で言えば弾が込められた銃を抜き身でぶら下げてる相手と同じ車内にいるようなもんだもんね。

 

 もっともそれは、これまでの強力な魔術師である彼女たちとクソ雑魚の僕の関係を裏返しにしただけではあるんだけど……。僕は【精神耐性】で彼女たちへの恐怖をおくびにも出してないからね。

 実のところ、みんなへの恐怖をずっと感じてはいるんだよ。

 嫌だなあ、僕ってそんなことも読み取れないくらい共感性死んでるのか。

 

「すまないな、ユージィ君。私もまだまだ修行が足りないようだ」

 

「いえ、仕方ないです。気にしてませんよ」

 

 苦笑を漏らすリーダーさんに、僕は小さく頷きを返す。

 

「というか……あなたたちはよく平気ね?」

 

 ウルスナの仲間の魔術士が、僕にぴったりとくっつくアイリーンとウルスナに視線を向ける。僕を直視しないのは、視線を合わせたらまずいと思っているからだろうか。

 アイリーンとウルスナはきょとんと顔を見合わせてから、小さく笑った。

 

「大丈夫だよ、ユージィは理由もなく仲間を攻撃したりなんてしないもん」

 

「だな。こいつに攻撃されるなら、相応の非があるってことだぜ」

 

 えっ……なんかあったかい……。

 思わずトゥンクしちゃうじゃん。

 僕が2人からの信頼に胸のときめきを感じていると、真向かいに座ったデアボリカが不機嫌そうに睨み付けてきた。

 

「私はこいつに攻撃されたんだが!? こいつは仲間を攻撃してくる奴だが!?」

 

「アンタには相応の非があるだろ」

 

 どうでもよさそうに呟きを返すウルスナに、デアボリカはむきーと肩を怒らせる。しかし毛布にくるまりながら身を縮こまらせ、全身で『湧き水の宝珠』が入った布袋を抱きかかえている姿はなんか子供っぽい。

 なんで毛布にくるまっているかというと、さっき僕に泣きながら命乞いしたときにおしっこちびっちゃっていたからで、今は替えの下着の上から毛布を被っている。

 なんかこいつ幼児退行起こしてない?

 

「私は都市の発展のために尽力してるだけだぞ!」

 

「はいはい、えらいねー」

 

 子供に対するようにあしらってやると、デアボリカは地団太を踏んだ。

 

「くそっ、今日のことは忘れないからな! 覚えてろよ!」

 

「助けてもらったのに、なんでこんな偉そうなんだろ? ユージィがいないと死んでたのに」

 

 ぼそっと呟いたアイリーンは、デアボリカに睨み返されてすかさず目をそらした。

 

 僕としては、実のところデアボリカに対しての溜飲は下がってるんだよね。そりゃ確かに伯爵様を脅してミドラーさんの婿入り道具の宝珠を奪ったことには苛ついていたけど。

 おしっこちびりながら「お願いしましゅ、許してくだしゃい! 魔力返ちてえええ!」って鼻水擦り付けてすがりついてくる姿を見せられたら、もう十分スッキリしたなって。

 

 むしろあそこまでの醜態をさらしておきながら、喉元過ぎればあっさり熱さを忘れて高圧的な態度を取ってくる根性には、ある意味で敬意すら感じている。多分ただのアホなんだろうけど。

 なんかアホすぎて逆に愛しさすら感じてきたよ。見た目がクール系知的美少女なのにこの幼い言動というギャップもちょっと琴線に触れるものがある。

 

 なので、宝珠も返してやった。散々プライド砕かれてまで手に入れた戦利品だし、持たせてやってもいいかなと思ったのだ。

 

「お、あれってサウザンドリーブズじゃない? なあデアボリカ、あれそうだよな?」

 

 搬入口に目を向けた僕は、城壁に囲まれた街並みを見つけてデアボリカの毛布をクイクイと引っ張った。

 

「ひっ……! ひ、引っ張るな! お、お前……命綱もなしでよく立ち上がったりできるな……! 落ちたら助からんぞ!」

 

「なんだよ、冒険者のくせに肝が小さいな……」

 

 デアボリカは恐る恐る立ち上がると、座席にしがみつきながら眼下に広がる景色を確かめている。

 この世界の人にとっては高所からの風景ってそんなに怖いものなのかね? まあ高層ビルも飛行機もないもんな。それともデアボリカがビビリなだけか。

 

「この世界って、空を飛ぶ魔法とかないの? ホウキに乗ってひょいひょーいって」

 

「あるにはあるが、あまり一般的ではないな。旅に使おうとする者もいるが、鳥のモンスターやグリフォン、ドラゴンといった怪物に襲われると言われていて、基本的には戒められている」

 

 リーダーさんの言葉に、僕はへーと頭上に視線を向けた。

 

「……旅人を襲うの、お前?」

 

「そ、空はドライグの領域だぞ! 地面を這う生き物が上がってきたら侵略じゃないか!」

 

「襲ったんだ?」

 

「ヒッ……ぼ、ボクはやってないですぅ! 空を移動する旅人とか見たことないもん……!」

 

 慌てて弁解を始めるドラっ子の言葉に、僕は小さく溜息を吐いた。

 どうもこの世界だと、ライト兄弟が飛行機を飛ばしてもすぐにモンスターが撃墜に来そうだな。まだまだ先のことになるとは思うけど、航空技術の普及には問題が多そうだ。

 

 僕たちがそんな会話をしている横で、デアボリカは眼下の風景に目を凝らしている。

 

「……うん、あの森や湖の位置は地図と一致しているな。あれはサウザンドリーブズに間違いないぞ」

 

「なるほど。聞いてたかドラっ子、あそこの市門前に降ろしてくれ」

 

「はいはい……」

 

 いや、短い旅路だったな。

 ドラっ子に乗ってから1時間も経ってないんじゃないか?

 ……それはそうか。サウザンドリーブズからロングフィールドまで120km離れているとしても、ドラっ子が時速120kmで飛べば1時間で着くわけだもんな。搬入口から風が吹き込んできて寒いからゆっくり飛べと言ってこれだから、ドラっ子が本気を出せばもっともっと速いのかもしれない。

 ジャンボジェット機って時速900kmくらいだっけ? 叶うならドラゴンと競争させてみたいね。

 

 それにしても高いところから見る景色っていいよね。一応僕も恐怖を感じてないわけではないんだけど、【精神耐性】の恩恵で脚が竦むことはないよ。

 今の僕なら、30階建てのビルの間で鉄骨渡りをしてもスイスイいけるだろう。死への恐怖が一部マヒしていることが良いことなのか悪いことなのかはさておいて。

 

 ……おや? なんか街の家々から人が飛び出してきて、こっち見てるような? おっ、指差してる指差してる。注目を浴びるのも悪い気分じゃないね。ウェズ君とかどっかにいたりしないかな……?

 

「ヤッホー!!」

 

 僕が身を乗り出して街の人たちにブンブンと手を振ると、遠目にも僕に気づいてくれた人がいたようで同じく手を振り返してくれる。

 ……おや? なんか口に手を当てて崩れ落ちてる人がいるようだけど。どうしたんだろ。

 

 あっ、衛兵の人たちが集まって来たぞ。なんか弓矢を持ってるように見えるけど。なんか魔法陣展開してる魔導士とかもいない?

 

「ねえデアボリカ、なんか人が集まってるけど何してるんだろ?」

 

「ギャーーーーッ!? 迎撃されそうになってるーーーっ!?」

 

 デアボリカの悲鳴と同時に、冒険者たちが青い顔で立ち上がる。

 

「やべえ! ドラゴンの襲撃と思われてる!」

 

「おい、みんなで身を乗り出して手を振って敵意がないって示せ!」

 

「白旗だ! シーツとかで白旗を作って搬入口から見せろ!」

 

「ひーーっ!? 風であおられて飛ばされそうになるんだけどーーっ!?」

 

「風魔法で地上に声を届けろ! なんとか連絡をつなげるんだ!」

 

「あっ……衛兵長が『ドラゴンがデアボリカ様と聖者様が乗った馬車を人質にしている、飛行魔法の使い手で決死隊を募り救出しろ』って命令してる……」

 

「無害! 私たちは無害だから!!」

 

「あ、なんかホウキに乗ったのがいっぱい上がって来た。生意気だなあ。あいつら焼いてもいい?」

 

「やめろーーーーーっ!!」

 

 

 

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 衛兵たちが馬車の中に強行救出作戦を試みてくるという一幕があったものの、なんとか誤解を解いて僕たちは市門の前に降りることができた。

 

「まさかドラゴンを従えて帰ってくるとは……ユウジはいつも私を驚かせるなあ」

 

「僕も乗り込んできたアミィさんの迫力にはびっくりしたよ」

 

 救出部隊の先頭に立って馬車に突入してきたアミィさんは、今は僕の横に立ってドラっ子を見上げている。

 「そいつは私の弁当を作ってくれる男だーッ!」って叫びながら、鬼気迫る表情でホウキごと馬車に突っ込んできたときは、あまりの殺気に【精神耐性】を貫通して心臓が止まるかと思ったよ。

 

 あ、ホウキっていうのは飛行装置の通称で、ブースターと座席が付いた乗り物だ。僕としてはホウキよりもエアロバイクと言った方がしっくりくる形状だけどね。

 衛兵はこれに乗って空中戦ができるんだって。ワイバーンとかの空飛ぶ敵と戦うときに使うらしいよ。

 

 いや、すごいね衛兵って……。テロリストにハイジャックされた航空機に突入する特殊部隊ばりの迫力があったよ。市門の警備や街のパトロールをしてる姿しか見たことなかったけど、こんなことできたんだね。結構戦力高いのかもしれない。

 

 ……そりゃそうか、冒険者が暴れたときに取り押さえるのは衛兵なんだから、弱いわけがないよね。

 創作物だと大体冒険者が最強だけど、衛兵の方が強くないと社会が不安定になっちゃうよ。無法者が暴れだしたら誰も止められないなんて、市民の目からしたらおっかなすぎる。

 

 それにしてもアミィさんとは縁があるなあ。僕が心配で真っ先に駆けつけてくれた……なんて自意識過剰だろうけど。助けに来てくれた気持ちがありがたいよね。僕のお弁当を気に入ってくれてるみたいだし、また作って差し入れにいこう。

 

「しかもドラゴンの王と呼ばれるレッドドラゴンとはな……これはますます市民からの聖者人気が大変なことになりそうだ」

 

「なんで? 僕、何もしてないけど」

 

 アミィさんははあっと溜息を吐くと、人差し指でぺちっと僕の額を軽く小突いた。

 

「ユウジ、これからは絶対に一人で街を歩いちゃいけないぞ。護衛を連れて歩くようにしなさい。本当は外出なんてしない方がいいし、外出するにもボックス型の馬車に乗って身を隠した方がいいけど、そうもいかないだろうからな……」

 

「うん……あ、そうだ」

 

 馬車と言えば……。

 僕は役目は果たしたとばかりにそそくさと飛び立とうとしていたドラっ子の背中に声を掛けた。

 

「おい待て、まだ帰るな」

 

「ええ……? 言われたとおりに送り届けたじゃない。このドライグの高貴な血を持つボクが、馬車の代わりをするなんて屈辱まで受け入れたんだよ? この上に何を望むの?」

 

「弁償だよ弁償。壊した馬車の修理費を支払ってもらう」

 

「……いくら?」

 

 ドラゴン形態でも分かるほど渋い顔をするドラっ子。

 僕がデアボリカに視線を向けると、彼女はフンッと鼻を鳴らした。

 

「金貨180枚だ。ビタ一文まからんぞ!」

 

 この国にビタ銭なんてないだろうに、この翻訳スキルどうなってんだろうな。

 

「ええ、高いよ!? 金貨180枚だなんてボクが持ってるわけないだろ! ボクの弱みにつけこんでボッてない!?」

 

「ボッてない、私は180枚で職人に発注したんだぞ!」

 

「それは発注費だろ! 修理費ならもう少し安くなるんじゃないの?」

 

「もうこの馬車は使い物にならないんだ、作り直しだろ! 大体お前が壊さなければ、すぐにユウジを次の売り込み先に連れていけたんだ! その機会損失を計上したらもっと被害総額は増えるんだぞ!」

 

「知らないよそんなの、そっちの都合だろ!」

 

 デアボリカとドラっ子はぎゃいぎゃいと怒鳴り合っている。

 こいつら、なんでこう息が合ってるんだろう。アミィさんはドラゴンと唾を飛ばして交渉しているデアボリカに目を丸くしているが……まあ内実と経緯知らなきゃそうだよね。

 僕はわざとらしく咳払いすると、じろっとドラっ子に視線を向けた。

 

「おい、お前は自分の非を認めただろ。それは相手の要求を言いなりに受け入れるということだ。みっともないことをせずに、自分の言葉の責任を取れ」

 

「わ、わかったよぅ……。でもボク、本当に金貨180枚なんて持ってないよ」

 

「ドラゴンって宝物を集めてるんだろ? さっきも宝珠をコレクションに加えるって言ってたじゃないか」

 

「う……。たしかに綺麗なマジックアイテムは好きだけど……。お金は毎月のお小遣いしか持ってないよ」

 

 【悲報】ドラゴンの王子、お小遣い制!

 

 ドラゴンのくせに小学生みたいだな。いや、実際小学生ぐらいの歳なのか?

 うーん、こういう場合は……。

 

「じゃあ親に弁償してもらうしかないだろ。洗いざらい話して立て替えてもらえ」

 

 親を巻き込んでしまうことにした。

 さすがにどんなに甘い親だろうと、息子がこんな巨額の負債を背負って帰ってきたら説教のひとつもするだろう……という目論見だ。

 本来親が叱らないといけなかった話だからね、これ。ドラゴンが人間のお金なんて持ってるのかは謎だけど、払えないならマジックアイテムでも融通してもらうよう交渉しようかな。

 そんな僕の提案に、ドラっ子はガタガタと震えだす。

 

「えぇ……!? に、人間に負けただなんて言えと……!? そんな恥を親に晒せって言うの!? ひ、人でなし! ボクのプライドも未来も真っ暗だよぉ!」

 

 目を丸くするドラっ子に、僕はことさら淡々と告げてやる。

 

「実際今まさに負けてるだろうが。いいか、絶対払えよ。払わないならこっちからお前らの里に乗り込んで取り立てにいくからな。返事は?」

 

「ヒッ……! わ、わかりました……」

 

 ドラっ子はぶるりと身を震わせると、話は終わったとばかりに空に飛びあがった。

 もう一秒でもここにいたくないという態度だけど……。念押ししておくか。

 

「言っておくが、一族を連れて復讐に来ようなんて考えるなよ」

 

「…………」

 

 無言で返すドラっ子。やっぱ企んでたな、こいつ。

 僕は冷たい口調で、最後の一押しをくれてやる。

 

「僕は同時に何人だって、一瞬で魔力を封じられる。一族郎党全員で地這いトカゲとして暮らしていきたければそうするんだな。……行け!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ~~!!」

 

 大慌てで空の彼方にすっ飛んでいくドラっ子。

 その影があっという間に小さくなっていくのを、僕は内心の疲れと共に見送ったのだった。まったく、慣れないことはするもんじゃないね……。

 

 

 

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【数百年後、地方新聞のコラム欄より】

 

 

 以前このコラムにて天使にまつわる伝説について紹介したが、実はこの街には聖者の竜退治という伝説も残されている。

 

 奇しくも天使伝説と同じく中世末期、ブリシャブ島は悪竜によって困らされていた。現在でこそ私たち人類の一員と認められているドライグ族だが、当時は山岳地帯に暮らす少数民族であり、たびたびドラゴンの姿で人間の街や村を襲っていたのだ。

 ドラゴンを言葉も通じない恐ろしいモンスターと考えていた人々は、その被害を甘んじて受け入れるしかなかった。

 

 そんなある日、ひとりの青年がドラゴンを従えてこの街を訪れるという事件が起きた。

 青年はこの街に暮らしていた住民であり、馬車に乗って旅に出たが、途中でドラゴンに馬車を壊されてしまった。

 

 そこで彼はドラゴンを退治して、馬の代わりに馬車を運ばせた。

 ドラゴンは青年が乗った馬車を大事に抱えて空を飛び、その様はまるで忠実な犬のようだったと伝わっている。

 

 青年がいかにしてドラゴンを退治したのかは定かではないが、人々は彼を聖者と称え、主より授かった聖なる言葉によってドラゴンの魔力を封じて言うことを聞かせたに違いないと噂したという。

 

 街の住民はこれまで散々暴れたドラゴンにトドメを刺すように訴えたが、聖者はドラゴンに二度と人間を襲わないことを誓わせたうえで解放した。人々は聖者の寛容さに心を打たれ、復讐に囚われていた自分たちの心の狭さを恥じたという。

 ドラゴンはその誓いを守り、これ以降はドラゴンが人里を襲うことはなくなったとされている。

 

 この伝説は正教に伝わる聖ゲオルギウスの竜退治と酷似しており、多くの専門家からは新教を広める際に新たな英雄を欲した当時の宗教家たちが、正教からエピソードを拝借したものだと考えられている。

 しかし実際にこの年代以前にはブリシャブ島のみならずナーロッパ各地でドラゴンが人里を襲っていた痕跡があり、それがこの伝説が広まったであろう時期以降はぴたりと見られなくなっていることを指摘する研究者もいる。

 伝説の真偽については未だ論争が絶えない。

 

 この伝説はこの街よりもむしろ、ドラゴンの脅威にさらされていた他の街や村で受け入れられ、『赤いドラゴンの背中に乗って旅する聖者』というモチーフはのちに数々の芸術家によって絵画や彫像となって残されることになった。

 当時はドラゴンとは邪悪な悪魔の化身だと考えられていたため、それを調伏して従える聖者の像は火事避けや旅の安全を祈る魔除けとして広まったのである。

 

 当時に作られた『ドラゴンに乗って旅する聖者』を描くいくつかの芸術品には、ドラゴンもまたどこか楽しそうに見える表情を浮かべているものも存在する。

 この伝説は商取引を通じて遠く離れた異国にも伝わったのか、このモチーフを用いた絵画や骨董品などが海外で発見されることがあり、今を生きる人々の興味を刺激してやまない。




ここまででいったん一区切りとなります。
次回更新まで書き溜めますので、できればお気に入りしてお待ちいただければと思います。
面白いと思っていただけたら、評価の方も何卒よろしくお願いいたします!

あ、デアボリカの連鎖爆発はまだこれからですので楽しみに待っててね。
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