【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
この話の前に33話が入ります。
それまでセクハラしてからかう程度だった雄士に、だいぶ重たい好意を向けるようになったウルスナ。
ウルスナが雄士に向ける感情を決定的なものとしたきっかけは、ロングフィールド伯爵家での治療だった。
ローズ伯爵からの威圧を散々に受け、言外に処刑まで匂わされながら、それを正面から受け止めて一喝した雄士。しかもどさくさに紛れて伯爵の額をぴしゃりと打つというファインプレーまで披露した。
天井裏に潜んで一部始終を窺っていたウルスナは、その痛快ぶりに笑い声を抑えるのに必死だった。あとパンツの中がぐしょぐしょだった。
どんな権威にも自分を曲げず、決して媚びず、正面からそれを受け止めながら、相手のためを思いやる。
それはかつてウルスナが令嬢であった頃に目指していた、シャルスメル貴族として最も尊ばれるべき……そして現実には存在しえない理想像だった。
そんなウルスナにとって最も眩しく映る精神が、男性の形をとってそこにいた。それを目の当たりにして、どうして彼を求めずにいられようか。
欲しい。絶対に彼が欲しい。
彼の子を孕み、ともに産み育てたい。末永く一緒に暮らし、その末期を看取りたい。
自分の子宮に子種を受けるなら、彼のものがいい。
年老いた雄士が迎える最期の瞬間、瞼に映るのは自分でありたい。
彼の今後の人生のすべてのシーンで、隣に自分が寄り添っていたい。
超重力でも発生したのかというくらいの、質量がクソでかい感情だった。
その決意と欲情は一週間後、恐ろしいドラゴンにさえも一歩も引かず、打ち負かす姿を見てさらに燃え盛るものとなるが、今は置こう。
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そんなウルスナの恋路を唯一阻む者がいた。
ちびっこいくせに負けん気の強いルーキー、アイリーンである。
正直、ウルスナはギルド上位陣など物の数ではないとみなしていた。確かに自分より実績はあるが、素質で負けているとは思っていない。いずれ時間と経験を重ねれば、自分も彼女らを超える実績を積み上げられるだろう。
何より、彼女らには雄士への熱意が足りない。執着、と言い換えてもいい。彼女らが欲しいのはエロい体をした男とその子種であって、雄士でなくてもいいのだ。同じような条件の男なら誰だって満足するだろう。
あれほどの好条件の男が他にいるかはともかくとして。
ウルスナは何かを成すとき、最後にものを言うのは執着心だと考えている。同じだけの力量を持つもの同士がぶつかったとき、執着心が強い方が必ず最後に勝つ。
騎士としての修練の経験から、ウルスナはそう学んだ。それは剣術や槍術での話ではあったが、恋愛であっても同じことだろう。
彼女たち上位陣の誰をとっても、雄士への執念は自分が勝っているとウルスナは確信している。ウルスナにはいざとなれば冒険者として積み上げてきたすべてを、雄士のために捨てる覚悟すらある。しかし彼女らにそれはできまい。だから彼女らには決して負ける気がしない。
だがアイリーンは別だ。あの子の執念は自分にも決して劣らない。
認めるのは癪だが、その素質も決して悪くない。スラム育ちの貧民という出自からすれば異常なことだが、高位貴族である自分にも伍する魔力とセンスを持っている。まあウルスナ自身も養子ではあったのだが、わざわざ血を残したいというからにはそう悪い血統ではないはずだ。
そんなアイリーンも、あるときまではウルスナにとっては歯牙にもかけない路傍の石でしかなかった。執着心は確かに認める、生意気だが才能があるのも認める。しかしウルスナと比べればロクな教育も受けていない貧民あがりだ。最終的に雄士の隣にいるのは自分に決まっている。
ウルスナがそう考える最大の理由は、“育った文化のレベル”だ。
おとぎ話には貧しい少年が王女様に見初められ、お婿さんになって幸せに暮らしましたというものがいくらでも転がっている。物語はそこでめでたしめでたしで終わるが、仮にその先が描かれているとしたら、最終的には破局しただろうとウルスナは思っている。
貧民育ちには教養がないからだ。
食事を手づかみで食べ、くちゃくちゃと口の中を見せて咀嚼し、食事中に馬鹿笑いをする。それを忌避するマナーを規範として身に着けていない。それを貴族が見たらどう思うかという思考ができない。
人間は同程度の教養を持たない相手と一緒に暮らすことを不快と感じるようにできているのだ。
若い頃はロマンスに頭を焼かれ、性欲に下半身を滾らせているから、相手の顔や体さえよければ気にならないだろうが、やがて落ち着いてくると相手の無教養というのは必ず鼻につくようになってくる。
自分と雄士は大丈夫。雄士はどういう社会や家庭で育ったのか不明だが、最低限のテーブルマナーをしっかり身に着けているし、こちらの会話に当意即妙に返すセンスもある。なんとシャルスメル語で語りかけても、平然と返してくるのだ。
まるで女友達と話しているかのような快活さと、ユーモアに富んだ知性。貴族社会で育った自分でも時折感心させられる、底知れないほどに深い教養。なのに時折世間知らずで頓珍漢なことをする純粋さがあり、そこがまたギャップを感じて惹き付けられる。
こんなに一緒にいて居心地がいい相手はそういるものではない。きっと雄士も自分のことを同じように思っていてくれているはずだ。
きっと自分と雄士はどれだけ時間が経ち、やがて性欲がいらない年齢になっても、友達のような夫婦としてずっと一緒にいられる。
だがアイリーンと雄士はどうか。おそらくずっと一緒にはいられないだろう。
スラム育ちのアイリーンには教養がまったく足りない。この生意気なガキがもし雄士と付き合えたとしても、遠からず破局する。
最期まで連れ添うことは決してない。最後に笑うのは間違いなく自分だ。
ウルスナはそう確信していた。
伯爵家に宿泊した最初の日、みんなで夕食を囲んだ場で、その未来予測は崩れ去った。
その日出された食事はローストビーフだった。
本来は雄士とデアボリカが伯爵家の家族に招かれて供されるはずだったが、雄士が「自分はテーブルマナーも知らない不調法者なので、きっと気を悪くさせてしまうから」と固辞したため、では御付きの皆さんとどうぞと客室に運ばれてきたのだ。
雄士とデアボリカは案の定、きちんとフォークとナイフを使って切り分けて口に運んでいた。ウルスナは雄士の手つきを横目で窺いながら、小さくうなずいた。
そして周囲をぐるりと見渡し……目を止めた。
「アイリーン、どこでナイフの使い方を学んだ?」
能面のような無表情で尋ねるウルスナに、アイリーンは手にしたナイフとフォークを置くと、ナプキンで唇についたソースを拭い、中のものを飲み下してから口を開いた。
「えっ……ああ、これ? 師匠に教わったんだよ。普段はいいけど、もしお貴族様のところで食事することがあったら恥をかくからって」
「ほう。師匠とは、アイリーンに魔力の使い方を教えてくれたというスラムの老人だね? マナーまで教えてくれたのか」
肉をもぐもぐしながら、アイリーンのパーティのリーダーが尋ねる。
この理知的な魔術師でさえ、ローストビーフを手づかみにして直接かぶりついて食していた。アイリーンのパーティにも、ウルスナのパーティにも、肉を切り分けて口に運んでいる者はいない。
「ははは、気にすることはないよ。どうせ我々はマナーなんてわかりゃしないんだ。アイリーンも好きにしたまえよ」
ただアイリーンとウルスナだけが、ナイフとフォークを使って肉を切り分けていた。
「うん、でも……あたしがちゃんと食べられないと、ユージィが恥ずかしいかなって」
そう視線を送られた雄士は、不思議そうに小首を傾げている。
「? アイリーンがマナー通りに食べられないと、なんで僕が恥ずかしいの?」
「い、今じゃなくていつかの話! こういうの、ずっとしっかりしてないと忘れちゃうってお師匠が言ってたの! だからずっとしっかりして、いつかユージィが恥ずかしくないようにしてるの!」
「ふうん……?」
雄士はよくわからないといった顔で首を傾げている。
そしてその光景を見ながら、ウルスナは確信した。
アイリーンこそは恐るべき敵だ。
師匠から最低限の教養を教わっており、雄士に強い執着を抱いている。
この半年間で雄士の周囲を見る限り、こいつ以上に障害になる相手はいない。
何やら雄士に敵対的な言動をとっていたが、行きの馬車の中でわだかまりを解消して以来、すごい勢いで接近している。
昨晩の宿屋でぬいぐるみのように後ろ抱きしながら「アイリーンってなんかすごいいい匂いがするね」と首筋をクンクンされていたのを見たときは、思わず激高して引きはがそうと飛びかかるところだった。
もう一刻の猶予もならない。
この伯爵家に滞在している間にモノにしよう。
伯爵家だと人目が心配ではあるが、今晩酒にでも誘ってガンガンに迫って、無理やりにでもベッドに連れ込もう。
そして彼の子供を孕んで、既成事実で強引にゲットする。
ユージーンの子供を孕むのは、わたくしですわ……!
そう決意を固めるウルスナの横顔を、アイリーンはじっと見ていた。
(こいつ、ユージィを見て発情してる……! もう一刻の猶予もならない、あたしがユージィを守る! 手始めに今晩お酒に誘って、ガンガンに迫る!
そしてあたしがユージィの赤ちゃんを妊娠して、幸せに暮らすの……!)
シコ猿はシコ猿を知る……!