【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
大ブリシャブ帝国において、領主の屋敷である領館は単に住居を意味しない。領館とはその領地における行政府であり役所でもある。
中世において領主とは市長であり、警察署長であり、裁判所長であり、立法機関の王であり、軍隊の主であり……多くの肩書を一身に背負っている存在だ。
もちろん何から何まで一人でこなせるような超人なんているわけないから、内務や軍務をこなしてくれる者を代わりに立てるのだが、名目上はすべての権利と責任は領主に帰属している。
さて、城塞都市サウザンドリーブズにある領館の執務室では、今まさに領主が憂鬱そうに溜息を吐いていた。
女性としてはかなりの大柄で、180センチ近くもある。年齢は40代も半ば、この世界ではそろそろ壮年を過ぎつつある。
蜂蜜を固めたような髪を束ねて腰まで伸ばしており、顔立ちは女丈夫の体躯にそぐわない細面。
彼女の三女とよく似た理知的な顔立ちだが、その表情は深い苦悩を浮かべていた。
名をギガンティア=ホットテイストという。
ここに雄士がいたら「デカ盛り辛口サンドイッチ」という副音声に吹き出しかけたかもしれない。
ギガンティアの苦々しい視線は、執務室の机の上に置かれた青い宝玉に注がれている。先ほどから彼女はこの宝玉を疎ましそうに睨み続けていた。
そこに、執務室の扉を叩く音が響く。
「母上様、お呼びでしょうか」
「アンゼリカか。入るがいい」
ギガンティアの許しを得て、執務室のドアが開く。
入ってきたのは赤みがかった金髪を持つ、20代後半の女性だった。サラサラのロングヘアが印象的で、背の丈は中肉中背だが、顔立ちは明らかにギガンティアのパーツを受け継いでいる。
美しい髪には自然と光沢が浮かんでおり、照明の光を反射して天使の輪のように見えた。
彼女はアンゼリカ=ホットテイスト。
ギガンティアの第一子で、サウザンドリーブズの次期継承位第一位にあたる。つまりデアボリカの姉であり、その顔立ちもやはり似ているのだが、眼光鋭い妹に比べておっとりと優しそうな雰囲気をまとっていた。
妹が“
ギガンティアが部屋の隅に置かれた椅子に目配せすると、アンゼリカはそれを机の前まで運んできて腰かける。
単に娘をねぎらおうという意味ではない。顔を寄せ合っての密談をしたい、という意図が言外にあった。
「昨日、デアボリカがロングフィールド領から戻ったのは知っているな?」
「ええ、もちろん。レッドドラゴンさんを従えての派手な帰還でしたものね。市民はその噂でもちきりだったようで。どうやってドラゴンさんなんて手なづけたんでしょう、すごく興味をそそられますね」
「それも頭が痛い話だが、今はいい。あいつがドラゴンを使役する手段を得たというなら話は別だが、解放されるなり空の彼方へ逃げ去っていったそうだからな。それよりももっと頭の痛い話がある」
そう言いながら、ギガンティアは机の上の宝玉を忌々しそうに見やった。
アンゼリカが、まあと両手を合わせてニコニコと微笑む。
「これはまた、綺麗な宝玉ですねえ」
「そうだろう。ロングフィールド家の家宝で“湧き水の宝珠”という。……デアボリカがロングフィールド伯爵を脅迫してせしめてきたものだよ。配下の聖者に手を付けようとしたところに踏み込んで脅し取ったんだそうだ」
「…………」
アンゼリカの表情筋が笑顔から微動だにしなくなったのを見て、ギガンティアは頭痛の種を分かち合う相手が出たことにふっと苦笑を浮かべた。
「我が娘ながらネズミのように肝っ玉が小さい奴だと思っていたが、まさか伯爵様を脅迫するほどの度胸があったとはな。いやはや、娘の成長とは親の予想を超えるものだ。
さて、プライドを傷つけられた伯爵様が怒って我が領地に報復を仕掛けてきたら、どう責任を取るつもりだったのやら。
勝つ算段があったのか、欲に目が眩んで後先考えていなかったのか。お前、どっちだと思う?」
「後者でしょうねえ。デアボリカちゃんには戦略眼なんてありませんから」
「だろうな。まあ、伯爵様を怒らせるくらいで済めば良かったのだが。あいつめ、もっと始末に負えない相手の虎の尾を踏みおった」
「ええと、どなたのでしょうか?
……いえ、そもそもあの子はどうやってロングフィールド家と接触を? あの子の使える伝手は冒険者ギルドくらいでしょうけど、ギルドの横のつながりを使っても伯爵様にまでつながりませんよね」
「ゴールドン翁だよ」
母の言葉に、アンゼリカは眉をひそめた。
その名前はサウザンドリーブズを支配する一家にとって、相容れないものだったからだ。
どこからか流れ着いたと思ったらいつの間にやらスラムの奥に根を張り、貧民たちにパンとスープを配って手なづけ、絶大な支持を得るに至った闇ギルドの親玉。
このサウザンドリーブズのもう一人の支配者。
スラムごと掃討しようと試みたこともあったが、裏ルートを使って得た強力な武器やマジックアイテムで武装しており、その武力はホットテイスト家を凌駕していた。彼らを力づくで排除しようとすれば、ホットテイスト家も多大な出血を強いられるだろう。
タチが悪いことに金融業を通じてこの都市の表部分にも根を張っており、商人や鍛冶ギルドへの影響力も握っている。
今日サウザンドリーブズが地方都市ながら好景気にあり、商業的な繁栄を謳歌しているのは彼らの影響あってのことだ。
幸いなことに彼らは表社会の支配には興味がないらしく、ゴールドン翁はホットテイスト家に直接の接触を取ってくることはなかった。
また、ゴールドン翁は近年脚を悪くしており、病状の悪化と共に精神も弱っているため、もう長くはないだろうという噂もあった。
だからギガンティアはゴールドン翁の逝去を待って、スラムの大掃除をしようと考えていたのだが……。
「デアボリカの配下に加わった聖者とやらが、ゴールドンの脚を治してしまったらしい。それで見違えるように元気になったゴールドンが、デアボリカに接触してな。
聖者を他の貴族に売り込んではどうかと勧めて、翁の伝手でロングフィールド家に治療に行ったのだと」
アンゼリカは母の言葉をなんとも形容しがたい表情で受け止めた。端的に言えば銀河をバックにポカーンと口を開く猫のネットミームのような顔をしていた。宇宙猫、異世界に立つ。
ギガンティアは雄士のことをトップシークレット扱いにしていて、次期後継者のアンゼリカもまだ事情を知らされていなかったのだ。
「すみません、ちょっと理解が追い付きません……。聖者さんとはなんです?
3週間前でしたっけ、天使様が降臨して市民さんの病気を治して、調子づいた市民さんたちが暴動を起こすところだったいう意味不明な報告を聞きましたが……。
その天使様と同一人物ですか? なんでそんな人物がデアボリカちゃんの配下なんかに?」
「わからん。デアボリカを問い詰めたが、自分が発掘した冒険者だ、何も心配はいらない。自分に任せてくれればサウザンドリーブズに未曽有の発展をもたらしてみせるとの一点張りでな。……多分、あいつ自身もよくわかってないんだろうと思う。そういう顔をしていた」
「……さすが、デアボリカちゃんは大物ですねえ。私なら他の貴族家がサウザンドリーブズを陥れるために送り込んできた諜報員さんか何かだと疑うところですよぉ」
「むしろ諜報員かペテン師に騙されているならよかったのだがな。どうも病気を治す力を持っているのは本当らしい。で、デアボリカはゴールドン翁の紹介で、そいつを連れてロングフィールド家に治療に行った。そして美人局を働いて、宝玉を脅し取った」
母の言葉に、アンゼリカの顔色がさっと青ざめる。
「では虎さんの尾というのは……」
「そうだ。伯爵様は寛大にも許してくれたが、ゴールドン翁はカンカンだよ。自分の紹介で派遣した者が無礼を働いたのだからな。
昨日、本人が私のところまでやって来たよ。『自分の顔に泥を塗ったデアボリカ嬢は、近いうちに不幸に見舞われることになるだろう。もちろん貴方も娘は可愛いだろうが、こちらも看板を守らなくてはならない。庇われるようなら、お互いに血を流す覚悟はしていただく』とな」
それは事実上の宣戦布告だった。
ゴールドンは「デアボリカの命を差し出すか、闇ギルドと内戦するかのどちらかを選べ」と告げているのだ。
問題の根本は、デアボリカが闇ギルドの看板に泥を塗ったことにある。
ローズ伯爵は許してくれたが、そんなことはもはや関係ない。闇ギルドの信頼を傷つけた以上は、報復としてデアボリカの命を奪わねばならないのだ。
たとえゴールドン本人が内戦など望んでいなくても、そうしなくては彼の配下が納得しない。舐められたら殺すしかないのだ。
今回の一連の騒動でデアボリカが犯した最大の失敗。それは紹介者のゴールドンの面子と勢力規模を軽んじたことだった。
よもやゴールドンもそれなりの才子と評したデアボリカが、よりにもよって自分を軽んじて舐め腐った真似をするとは思ってもみなかった。まさかそこまで目先のことしか見えない小物だったとは……。
血の気の多い彼の娘たちは、当然この知らせを聞くなり激発し、領主一族に報復を!と叫び始めた。ゴールドンとしては嫌々ながら、内乱を止めるためにデアボリカの首を差し出してくれ……と声明を出したというわけである。
問題はそれを領主が受け入れるかどうか。その返答次第では、サウザンドリーブズは街を二分する凄惨な内戦によって、火の海に没するだろう。
「裏社会に身を落としても、ゴールドン侯はまったく公正な方だ。黙ってデアボリカを暗殺することもできたのに、わざわざこちらに警告まで送ってくれたのだからな。おかげで余計に多くの血が流れるわけだが」
「は、母上。まさかデアボリカちゃんを差し出すわけではありませんよね? 抗戦なさるのでしょう!?」
殺気立って詰め寄る長女の様子を見て、ギガンティアは内心で小さく溜息を吐いた。
アンゼリカは優しい子だが、為政者としては甘いところがある。領地を守るために身内を切り捨てることができない。しかしその性格から市民たちに慕われていることも確かだ。
デアボリカは目先の計算は得意だが、人の心がわからない。保身のために身内を切り捨てる非情さを持つが、それを隠さないから配下から信頼もされないだろう。
足して二で割ればちょうどよかっただろうに、ままならないものだ。
「落ち着け、アンゼリカ。先ほどゴールドン翁から急使が届いた。デアボリカへの制裁は撤回するとのことだ。例の聖者が助命嘆願をしてくれたらしい。おかげでデアボリカも、内戦に巻き込まれる市民も命拾いをしたというわけだな」
「そ、そうなんですか。よかったぁ……」
アンゼリカはほっと胸を撫で下ろす。その豊かに実ったバストが、安堵の息と共に大きく揺れた。
ギガンティアはそんな娘を見ながら、さてどうかなと胸中で呟いた。
聖者の助命嘆願で、デアボリカは命を救われた。それはつまり、闇ギルドの構成員たちは「聖者様が助けてほしいというなら仕方ない」と納得したということだ。
それは聖者が闇ギルドに対して、ある意味では盟主であるゴールドン以上の影響力を持っているということではないのか。
そんな存在がデアボリカの配下にいて、他に制御する人物がいないというこの状況は、もしかするととんでもなく危険なのではなかろうか……とギガンティアは考えている。
しかも衛兵隊からは、ドラゴンは聖者に始終怯えている様子だったとも、聖者が一喝するとドラゴンは命からがら逃げて行ったとも報告が上がっているのだ。
つまり聖者とやらは、ドラゴン以上に危険な戦闘力を持つということではないか。
ギガンティアは一層ひどくなる頭痛を堪えながら、机の上の宝珠に目をやった。
褒めて褒めて!と言わんばかりの自慢げな態度でこの戦利品を献上してきたデアボリカの顔を思い返すと、娘のあまりのアホさに目まいまで覚えるほどだった。
褒美に金貨50枚ほどを欲しがっていたので、そうかそうかとにこやかに頷いたのち、とりあえず宝玉を没収して謹慎処分にしている。どうせロクなことに使わないのだ。
「デアボリカは、まったく……。口を開けば栄達だ、出世だ、爵位だなどとほざきおって。
この地方都市の領主程度が最も恵まれた立ち位置だと何故わからんのだ。無駄に地位や金があっても、苦労するだけなのだぞ。贅沢しすぎなければ食うにも困らん。現状で満足しておくのが一番利口だというのに。
こんな宝珠も我々には必要ない。水を無尽蔵に生み出すと言っていたが、こんなもの周囲の貴族から狙われるだけだろうが」
「……でも母上様、デアボリカちゃんもこの街をもっと良くしたいと思っているんですよ。デアボリカちゃんが荒くれ者さんたちをまとめ上げたから、治安もすごく良くなったし、モンスターさんにも困らなくなったじゃないですか」
「確かに、その功績は認めるがな……」
アンゼリカの言う通り、冒険者ギルドのギルドマスターとして、デアボリカの経営手腕は大したものだった。
数年前までサウザンドリーブズにあった冒険者ギルドは形ばかりのもので、周囲の村落からはモンスターに襲われて困っている、なんとかしてほしいという嘆願が寄せられていた。
また、地方から流れてきた傭兵くずれなどの荒くれ者が都市内に入り込んで暴れており、そちらも大きな問題になっていたのだ。
それが、冒険者ギルドを任せてほしいと言い出した当時15歳のデアボリカに一任してからは、ぴたりと問題が収まった。
荒くれ者たちを冒険者としてスカウトし、他の都市の冒険者ギルドと連携してネットワークを構築し、魔物たちを討伐して人類の生存圏を押し広げた。都市と都市を結ぶ街道を整備して、定期的なパトロールを行い、隊商の行き来を活発化した。
本人の魔力の素養も高く、魔術のセンスにも秀でていたので、荒事自慢の冒険者たちが一目置かざるを得ないほどの実力を持っていたのも大きい。
経営者、魔術師、指揮官とそれぞれ求められる資質が異なる役割をすべてこなせる人物などそうはいない。この範囲において、デアボリカは本当に稀有で有能な才人なのだ。
本人が一番望んでいる政治家や為政者としてのセンスが壊滅的なだけで。
ともあれ、ギガンティアにとってデアボリカは切り捨てがたい存在だった。腹を痛めて産んだ我が子でもあるし、冒険者ギルドという治安組織を維持するには必要不可欠だ。
彼女がもたらした安寧と利益の貴重さを思えば、密かに闇ギルドと接触して密輸に手を染めていることを見ない振りをしてやってもいいくらいには、彼女のことを買っている。
しかし、ここ一か月のデアボリカの行いは少々目に余る。
宝珠も聖者も闇ギルドも、本当に厄介だ。一介の地方領主の手には負えない。それこそこんな問題は大貴族に任せておけばいいのだ。
ギガンティアの願いは今日も明日も明後日も、この都市で昨日までと変わらない安寧が永遠に続いていくことである。過度な繁栄など、災厄をもたらすだけだ。
だから本音を言えば、こんな宝珠などどこかに捨ててしまいたかったし、聖者は今すぐ追放したいし、闇ギルドは別の都市に拠点を築いてほしいと思っている。
しかしそれを見越したように、ローズ伯爵は早馬で礼状を送りつけてきた。
貴族特有の婉曲表現でゴテゴテと修飾されていたが、内容を要約するとこうだ。
『デアボリカ嬢と聖者様には大変お世話になりました。おかげで家人の病も治り、健やかな日々を取り戻すことができました。
不躾な息子が聖者様を引き留めようとしましたが、聖者様たっての意向でそちらの都市に戻ったと聞いています。さぞかしそちらは素晴らしい善政を敷かれているのでしょうね。私も見習いたいものです。
さて、デアボリカ嬢のご希望で家宝の“湧き水の宝珠”をお譲りしましたが、私の不手際で由来を記した覚書を付属するのを忘れておりました。
確かに私たちの家に伝わっていた家宝であることの証明ともなるものですので、どうか宝珠と一緒に大切に保存してください。
聖者様は私たちの家にとっての大恩人です。どうかくれぐれも、彼が安全で満ち足りた日々を過ごせるようにお願い申し上げます。もし必要なものがありましたら当家からの援助をしても構いませんので、お気軽にお申し付けください。
最後に、彼を当家に寄越してくれたゴールドン元侯爵にも大変感謝しているとお伝えいただけますと幸いです』
書き方は丁寧だが、これは『聖者様になんかあったらタダじゃおかねえぞ。宝珠のことも改めてお前に告げたから、お前が責任もって預かっておけよ。あとゴールドンと揉め事を起こすんじゃねえぞ』と圧力をかけているに等しい。
この手紙によって、ギガンティアは宝珠と聖者を手元に置くほかなくなった。
書状1枚で完全に手綱を握るやり口に、権威の使い方を熟知している高位貴族とはこういうものかと、田舎領主に過ぎないギガンティアは舌を巻く思いだった。
ともあれ、こうなった以上ギガンティアはできることをやるしかない。
「アンゼリカ、お前には聖者の後見人を命じる。彼が今後何かをしようとするたびに、相談に乗るように。この件については、私の全権を委任する」
「……しかし、聖者さんはデアボリカちゃんの配下なのでは? 私が横入りしちゃっていいものなんでしょうか」
「デアボリカには任せられないからお前に命じているのだ」
少しでもデアボリカを信じたのがバカだった。
その結果がこの宝珠と、闇ギルドとの一触即発の状況だ。このままデアボリカの好きにさせていては、次にどんな惨状がもたらされるかわかったものではない。
「いいか、デアボリカが聖者を利用して身の丈に合わないことを企んでいたら絶対に止めろ。そのためにあらゆる手を使って聖者に取り入り、奴からの信頼を勝ち取るのだ。デアボリカは隠し事が得意でも、聖者はそうではあるまい」
「それはデアボリカちゃんを疑うみたいで、ちょっと気が引けますね……。家族なんですから、お腹を割って話し合えばデアボリカちゃんも素直に話してくれるのでは?」
そんなわけねーだろ。お前の妹はマジモンのドクズだぞ。
基本的には優秀だが、妹可愛さに少々目が曇っているところがある長女にギガンティアはこめかみを押さえた。
本当にこの天然ちゃんが後継者で大丈夫だろうか。
「アンゼリカ、お前の働きにサウザンドリーブズの安寧がかかっているのだぞ。都市の平和のため、心を鬼にしてかかるように。そもそも仕事自体は聖者に親身に接するだけだ、親切はお前の得意技だろう」
「この街の平和が……! わかりました! 市民のみなさんが幸せに繁栄を享受してくれることこそ、私の望みですから!」
ふんすっと鼻を鳴らす愛娘と、今後一切使うつもりもない宝珠へ交互に視線を向けて、ギガンティアは内心で深い溜め息を吐く。
自分が引退した後は、この娘がサウザンドリーブズを率いていくだろう。そのとき、自分が愛したこの街は、昨日と変わらない安寧に包まれているだろうか。
ああ、そうだ。未来といえば……。
「話は変わるが、お前ももう結婚してから10年になるな。いつになったら孫の顔を見せてくれるのだ? よもや夫婦生活がうまく行っていないのではなかろうな」
「……頑張ってます。夫も週に一度はお勤めをこなしてくれていますし」
アンゼリカの困ったような笑顔に、ギガンティアは眉根を寄せた。
「週に一度とは……少なくないか? 私の若い頃は毎日のように夫を組み敷いたものだぞ。おかげで子宝にも恵まれた、お前たちももっと頑張れ」
そのおかげでお父様は早死にしましたけどね……という言葉を、アンゼリカは笑顔の下に飲み込んだ。
まあ、幸いにも彼女の父はデカ女フェチだったようで、毎朝げっそりとしていたが割と幸せそうではあった。少なくも愛はあっただろう。
それを考えると、自分の夫婦生活は……そこまで幸せでもないかもしれない。
週に1度の性交渉は貴族の義務であり、彼女たち夫婦は義務を“規則正しく履行”しているといえた。
卑俗な言い方をすれば、“燃えない”ということだ。
他のジェントリから迎えた7歳上の夫は淡泊だし、アンゼリカも既に枯れが見え始めた夫とのセックスをそこまで望んでもいない。
そもそもが母から宛がわれた夫だから婿に迎えただけの政略結婚なのだ。アンゼリカにとって性交渉は義務以外の何物でもない。
現在は紳士的な物腰のイケオジなのだが、アンゼリカの心に火が点くことはなかった。おじ様趣味の
「お前だけが頼りなのだ。下の妹は結婚するつもりのない奴と、間違っても継承権を与えてはいけない奴だからな。
この際、お前の子であれば種は問わん。10年も子ができないのなら、婿殿の実家も強くは言えぬからな。これはと思う男がいたら、種をもらってもいいぞ」
「……そうですねえ。そんな子がいたら、考えておきますね」
「うむ、後継者問題をはやく解決してくれ。ホットテイスト家のために」
「はい、頑張ります。すべてはサウザンドリーブズの皆さんのために」
そうしてアンゼリカは終始、困ったような笑顔を浮かべたまま母の下を辞去したのだった。
最後に不穏なフラグ立ててんじゃねえよ。