【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第42話「ゴールドン翁の憂鬱」

 天上の快楽によって極楽を巡る地獄からなんとか息を吹き返したゴールドンは、少し休みますと告げて雄士を別室へと遠ざけた。

 たかがマッサージと思っていたのに、腕2本だけで人間をああも狂わせるとは……。

 さすがは御使い様と言わざるを得ない。彼のすることを人の尺度で測ろうとすること自体が間違っていたのだろう。

 

「さて……」

 

 ゴールドンがパンパンと手を打つと、壁のように偽装されていた隠し扉が開く。

 扉の向こうからぞろぞろと応接室に入ってきたのは、20人近くに及ぶ女性たちだった。下は12歳から上は23歳まで、いずれもゴールドンの血を引く娘や孫たちだ。この日雄士が応接室に入ってからの行動や言動は、すべて彼女たちによって監視されていた。

 その目的は……もちろん、雄士がゴールドンに危害を加えるのではないかと警戒するものではない。

 

 部屋着のままソファに腰かけて係累たちを見据えるゴールドンの眼光は鋭く、先ほど雄士に接していたときの好々爺と同一人物とは思えない。

 しかし彼女らにとっては、この威厳ある佇まいこそが子供の頃から見知った姿だった。

 

 目的のためならば身内であっても容赦なく切り捨てる、非情で冷徹な一族の長。

 そうでなくては、侯爵の座を追われた男性がほんの10年程度で犯罪結社の王に上り詰めることなどできなかっただろう。

 

「あれが御使い様だ。どうだ、彼に興味を持った者はいるか?」

 

 女性たちはわずかに目配せをしあうと、そのほとんどがしゅばばばっと我先に手を挙げる。

 興味を持つ、とはつまるところ、彼の子を孕んでもいいという意味だ。

 正直に言って全員がめっちゃ孕みたかった。尊敬する祖父の恩人であり、奇跡というほかない能力を持っており、何よりとんでもなくエロい体をしている。祖父とか奇跡とかなくてもめっちゃヤリたい。

 

 現代日本でいえば、大人気グラビアアイドルの写真を見せられて「この娘とセックスして孕ませてみたい? 責任は取らなくていいよ」と聞かれたら、大体の男は最終的に頷くだろう。そういうレベルの問いかけであった。

 わざわざそんなことを聞くということは、本当にワンチャンある……!? ということで、全員目を血走らせながら我先に挙手した次第である。

 

 ゴールドンはうむと頷くと、言葉を変えた。

 

「では、彼の妻になってもいいと思う者は?」

 

 娘たちの半分ほどが手を下ろした。

 責任を取らないといけないなら、さすがにちょっと考えるのであった。

 さっきの会話を聞く限り、相当な奇人だし。一生一緒に過ごすとなると現実的な判断であきらめる者もいる。もちろんタナボタで結婚できる!?と余計に鼻息を荒くする者もいたが。

 

「……儂も今日初めて聞いたことだが、彼には結婚を考えている女がいるらしい。男としては何とも珍しいことだが、複数の妻がいてもいいそうだ。むしろ歓迎とまでおっしゃっていた。今なら儂の力で、お前たちの中から誰かを妻としてねじ込むこともできるだろう。ただし……」

 

 ジロリ、とゴールドンが娘たちの顔を見やる。

 

「彼の妻になるのなら、闇ギルドからは出て行ってもらう。今後一切、裏社会に関わることは許さん。どうだ、それでもいいという者はいるか?」

 

 ……手を挙げる女性は誰もいなかった。

 翁は小さく溜息を吐く。

 

「そうか。誰もおらんか」

 

「……お爺様、どうして闇ギルドを辞めなくてはならないのですか?」

 

 まだ幼い孫娘の言葉に、ゴールドンは頭を振る。

 

「御使い様は光の道を歩まれる御方だ。その隣にいる妻の手が穢れているなど、許されることではない。

 無論、お前たちが手を穢したのは、家族と闇ギルドの同胞たちのためだということは儂もよく知っておる。そのうえで、新しい伴侶のためにこれまでの家族とは縁を切り、陽の差す道へ出ていく覚悟のある者はいるかと聞いたのだ」

 

「お言葉ですがお父様」

 

 ゴールドンの言葉に、娘の一人が口を開く。

 

「私たちは同胞たちと固い絆で結ばれています。聖者と名高い殿方に惹かれないわけではありませんが、男一人のために同胞との絆を裏切る者など貴方の娘にいようはずがありません」

 

「そうです! 私たちはどこまでも姉妹と一緒です、たとえ地獄の果てまでも!」

 

「私たちを試したつもりでしょうが、そうはいきません! 私たちの絆は永遠です!」

 

「せっかくここまで出世したんだ、諦められるかよ!」

 

「あんなエロい男諦めるのもったいないけど、ここまで手を汚しておいて、今更すべてを捨てて男一人を選ぶなんてできるわけねえだろ……! どんなに汚れていようと、俺は姉妹の手を離さねえ!」

 

「それにマッサージひとつでお爺様を鬼イカせする男とか怖いし……」

 

「うん……あんなのされたら死んじゃうよ……」

 

 後半2人分の言葉は聞かなかったことにして、ゴールドンは頷いた。

 

「わかった。お前たちがそう言うのなら、儂は何も言わぬ。この話はこれまでだ。もう二度と御使い様との縁談は口にせぬ。代わりに、お前たちも彼に決して色目を使ってはならぬぞ」

 

 その言葉に決意に満ちた顔で大きく頷きを返し、互いの絆を確かめ合う娘たち。

 

「う、うう……! ギルドの地位は捨てたくないけど妊娠はしたい! 娘に死にもの狂いで得た地位を継がせたいよぉ……! 優秀な雄の無責任精子ほしいよぉ……! バキバキ腹筋オスに力いっぱいハグされてつよつよ神聖子種注いでほしかった……!」

 

「気持ちはわかる、わかるぞ……。だけどもう決まったことだ、口にするんじゃない」

 

「汚れた野心を捨てられなかった私たちに、聖者様の子種で孕む資格はないのよ……!」

 

 パワーワードを連呼して慰め合う娘たちを横目に、ゴールドンは内心で溜息を吐いていた。

 

 

 爵位を追われた元侯爵が男だてらに犯罪に手を染め、家族と共に裏社会をさまよい、かつてのコネと残された資金を元に必死に食いつなぎ……気が付けば犯罪結社のドンとして君臨する。

 

 口にするのは簡単なサクセスストーリーだが、その道のりに残してきた足跡のすべてはおぞましい血の色に染まっていた。

 良心を悪魔に売り捌き、裏切り、裏切られ、ときには身内を切り捨て、誰もが耳塞ぎ目を逸らしたくなるような鬼畜の所業を重ねてきた。

 罪もない者を麻薬漬けにし、村を略奪して男をさらって売春窟の苦界に堕とし、敵対する組織を赤子に至るまで根絶やしにした。

 家族を食わせるために始めたことのはずが、いずれ組織のために家族をも殺すことになり、何のために悪事に手を染めたのかと眠れぬ夜を過ごしたこともある。

 

 そしてその果てに、それが自分の業だと受け入れた。

 思えば貴族であった頃から、後ろ暗いことに手を染めてきた。犯罪結社を率いるようになって、その程度がよりひどくなっただけ。自分は、結局のところ権力欲と殺人から逃れられないのだろう。それが自分という男の宿命なのだ。

 

 だから病で脚が動かなくなり、次第に精神が衰えていく中で、これは罰だと受け入れられた。どんな医者にも治せなくても仕方がない。天は自分の業を赦さなかったのだと。

 

 しかし……御使いは彼を赦した。

 

 最初はとても信じられなかった。自分は罪深いことを重ねてきた。自分のような者が天に赦されていいわけがないと。

 そして、彼は人を信じていなかった。結局は人間というものは誰もが罪の塊であり、薄皮一枚を被って綺麗ぶっているだけなのだと。

 彼は貧しき人のために寄付をすることもあったが、それは周囲の歓心を買うためであり、また自分と同じ苦境に堕ちた者へ施すことで己を慰める行為に過ぎなかった。

 

 だが、御使いは寛大で潔白だった。その行いに私欲なく、誰であろうと区別なく人を癒し、貧しき者からむしらず、人の幸せのために尽くそうとしていた。

 言葉を何度も交わす中で、彼はその言葉の中に一切の偽りがないことを感じ取っていた。

 

 やがてゴールドンは思った。

 この御使いとの出会いは、天が自分に与えた最後の改悛の機会ではないかと。

 彼の手伝いをすることこそが、罪にまみれた人生を歩んできた自分の罪を濯ぎ、清い状態で天に帰るための唯一の方法なのではないかと……そう考えたのだ。

 

 自分が組織のためと称して罪を重ねるのは、そのように生まれついているから仕方がない。

 しかし雄士のためにすることだけは利益を考えず、私財を投げ打ってでも叶えたいとゴールドンは思っている。

 

 そして、そんな御使いの隣に自分の娘や孫を添えることは、先行き短いであろう自分の代わりに彼と歩んでほしいという自己投影であり、血塗られた日陰の道から誰か1人だけでも逃がしてやりたいという親心でもあった。

 

 だが……娘たちはそれを拒絶した。

 

(儂らは日陰に長くいすぎた。闇の中を生き抜く力は手に入れたが、陽の当たる道を歩く強さはいつのまにか失っていたのだな……)

 

 それも仕方あるまい。

 散々人から貪っておいて、今更その罪から逃れようなどムシのいい話だったのだ。

 自分の血族はこのまま闇に生き、いつの日か闇の中に(たお)れるだろう。そういう宿命なのだ。

 それに……。

 

(これで良かったのだ。御使い様はお優しい、我々が窮地に陥ることがあれば、きっと妻の係累に救いの手を差し伸べようとするだろう。そのとき万が一にも御使い様の手が穢れるなど、儂には耐えられぬ)

 

 御使いを自分たちの争いに巻き込まずに済んだこと、それを今後の心の慰みにして残りの人生を生きていこう。

 そんなことを考えながら、ゴールドンは雄士の下へと向かう。

 

 さて、御使い様はどんな女性を選ばれたのか。

 きっと彼に相応しい、穢れなく清楚な女性か、彼をいかなる魔の手からも守れるような勇敢な騎士だろう。あるいは物語に出てくるような、魔王に立ち向かう勇者のような少女かもしれない。

 

「あ、ゴールドンさん! 紹介します、彼女たちが僕の婚約者です」

 

 ゴールドンが部屋に入ってくるのを見た雄士は、満面の笑みを浮かべて護衛の女性たちを紹介した。

 そのうちの片方が、ども……とぎこちない仕草で小さく頭を下げる。

 

 足元が突然音を立てて崩れるかのような衝撃を受け、ゴールドンの頭は真っ白になった。

 目の前の光景がとても信じられない。

 老いが迫ってきた目を何度も擦るが、彼女の姿は消えることはなかった。

 

 それはかつて若かりし日、海を越えて隣国のシャルスメル王国へと渡ったゴールドンが、その宮廷で謁見した姿……。

 シャルスメル建国以来最も偉大なる王にして、今現在も歴代の王の中で最も権勢を誇る、王の中の王と呼ばれた輝かしき威光の化身。

 そして海峡を挟んでシャルスメルと長らく争い続けてきた大ブリシャブ帝国にとって、不倶戴天の怨敵。

 

「た……太陽王……!?」

 

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