【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第43話「デアボリカちゃんは死亡フラグを立てることだけは一流だな」

「くそっ、私が謹慎だと……!? 私はサウザンドリーブズに無限の水資源をもたらした功労者だぞ!」

 

 自分の屋敷に押し込められたデアボリカは、ガリガリと親指の爪を噛みながら不当な扱いに対する抑えきれない憤りを口にしていた。

 

 ロングフィールド領から帰還したその足で、領主である母に『湧き水の宝珠』を献上したデアボリカ。

 これは望むだけの金子をもらえるはず、あわよくば次期領主の座も……!? と得意満面のニッコニコ笑顔でお褒めの言葉を期待した彼女だが、待っていたのはこめかみに盛大な青筋を浮かべてのブチギレまくりの叱責であった。

 

 

「この馬鹿娘が! お前はこの街を火の海に変えるところだったのだぞ! この街に住まう3000人の命と財産が、お前一人の目先の欲のせいで灰に変わるのだ! お前風情の軽い首に、それだけの価値があるとでも思うのか! ここからお前が踏みにじろうとしている彼女らの営みをつぶさに見るがいいわ!」

 

 

 巨躯を誇るギガンティアはデアボリカの首をひっつかむと、領館のバルコニーから突き落とさんばかりの勢いで半身を乗り出させ、眼下の街並みを見せつけた。

 母の憤激と勢いで投げ捨てられるのではないかという恐怖に、小心者のデアボリカは顔を真っ青にして震え上がったものだ。

 

 デアボリカがロングフィールド領で何をしでかしたのかはゴールドン翁を通じてとっくの昔にギガンティアに伝わっており、あまつさえ闇ギルドとの内戦一歩手前にまで発展していた。余談だが、飛来したドラゴンに衛兵が迅速に対応できたのは、そもそも闇ギルドとの武力抗争に備えて兵士を動員していたためである。

 本人は知らずとはいえ、雄士がゴールドンにデアボリカの助命を頼まなければ、本当に街を火の海に変える事態になりかねなかった。

 

 ギガンティアがデアボリカをとりあえず自宅に謹慎させておいたのは、当然彼女の身柄を押さえるためである。いざとなればデアボリカの首を差し出して内乱を回避するという選択肢も用意しておかねばならなかった。仮に命を助けるとしても、何らかの処罰を与えなくてはならないだろう。

 いわば額にぺたりと「差し押さえ」と赤札を貼り付けられている状況なのだ。差し押さえられているのは彼女自身の命である。

 

 こうなることを予想できなかったのかという話だが、そもそもデアボリカはゴールドンの権力や、闇ギルドの戦力を舐めてかかっていた。

 

 所詮は陽のあたる道を歩けないスラムの犯罪者、反乱を起こされても自分の育てた冒険者ギルドや衛兵たちの敵ではないのは誰の目にも明らか。自分が何をしても、ゴールドンは泣き寝入りするほかない。あるいは二束三文の慰謝料でも払って黙らせればいい。そう思っているから、ゴールドンの面子を潰すような真似をしでかしたのである。

 その戦力分析自体は確かに正しい。闇ギルドの構成員が正面から冒険者や衛兵と戦っても、絶対に太刀打ちはできない。内戦になっても、最終的には領主側が勝つ。

 

 問題はその決着がつく前に発生する犠牲だ。闇ギルドは街に遠慮なく放火するだろうし、一般人への略奪や虐殺も容赦なく行われるだろう。

 これがクーデターであれば衛兵隊に勝利しなくてはならないが、闇ギルドの目的は信頼を裏切られたことへの報復である。都市をめちゃくちゃにできればそれで目的は達せられるのだ。なんなら衛兵と正面から戦う必要すらない。ゲリラ戦に徹して放火して回るだけで十分だ。

 

 さらにそうなった場合、王都や周辺の貴族からの覚えも悪くなる。あの都市の政府は犯罪者を制御することすらできない無能であるというレッテルが貼られることになる。

 

 だから領主側は、闇ギルドとは絶対に戦ってはいけないのだ。兵が強い弱いの問題ではない。開戦してしまった時点で、政治的に負けているのである。ギガンティアがゴールドン翁には逆らうなと娘たちに言い聞かせた理由がそれだ。

 

 そういう理屈を説教されて、ようやくデアボリカは自分が何をしたのかを理解した。

 政治家を目指す人間なら言われなくても理解(わか)れよという話だったのだが、今はそれは置こう。

 

 こうしてデアボリカは外出を禁じられ、自分の屋敷に留め置かれることになった。

 これだけのことをしでかしたのだから、さすがのデアボリカも反省する

 

「それはそれとして、無限の水資源をもたらした私の功績への報酬はもらわねばな……」

 

 わけがなかった。

 残念ながら、デアボリカはそれしきのことで我が身を省みるような殊勝なタマではない。

 いや、彼女なりに一応反省はしているのだ。

 

 ゴールドン翁の顔に泥を塗ったこと。

 確かにゴールドンを舐めていた。決して戦ってはいけない相手だとわかっていれば、彼を敵に回すようなことはしなかっただろう。

 反省しよう、次からはゴールドンと闇ギルドには徹底的に媚びまくろう。

 

 ローズ伯爵を脅迫したこと。

 ロングフィールド家がサウザンドリーブズに攻め入る口実を作るところだった。

 反省しよう、次からは相手に有利な交渉材料を与えるような脅迫はしない。もっと上手に脅迫して儲けるように頑張ろう。

 

 本当にドブカスみたいな人格してるなお前。

 詐欺師はどれだけ失敗してももっと上手に嘘を吐こうと思うだけであって、善人になど決してなりえないのだった。

 ギガンティアもいっそ一思いにゴールドンにこいつの首を差し出した方が後顧の憂いがなくてよほど気が楽だろうに、それをしないあたり大概甘いと言うべきか。

 腹を痛めて産んだ娘を一思いに殺せないのは母として当然だが、そんな母親の甘さがデアボリカをこんな人格に育ててしまったともいえる。そもそも娘に悪魔みたいな女(デアボリカ)なんて名前を付けるのが悪いのだが。

 

 さて、そんなデアボリカの目下の心配事は冒険者ギルドだ。

 10日ほど留守にしていた間の報告を聞かなくてはならないし、人事や経営にまつわる決裁事項も山積みになっているはず。

 自分がいない間の代役は従兄のウェズに任せているが、冒険者稼業には不測の事態はつきものだ。突然のスタンピードや凶暴なモンスターの出現などがありうる。そうした事件が起きた場合、やはり自分が前面に立って指示を出さねばなるまい。

 何しろサウザンドリーブズの冒険者ギルドはデアボリカが一から育て上げただけに、自分がいなければ回らないという自負がデアボリカにはあった。

 

 

 しかし一番の心配事は、成績優秀者には雄士を婿としてくれてやると言ったことについて。

 半年の間、雄士の半裸を覗き部屋で散々見せびらかして競争を煽っておきながら、「あいつは聖者だとわかったからやっぱあげらんねえわ」と反故にしたのである。

 これには冒険者たちがめちゃめちゃ荒れた。当たり前だ。

 半年間を過ごすうちに雄士の人となりは冒険者たちの間に知れ渡っている。

 

・生唾モノのめっちゃエロい腹筋をしてて、チンポもかなりでかい。

・たまにこっちのオッパイをチラチラ見ている。クールな顔しているが女の体に興味があるらしい。昼はおとなしく、夜は淫乱とか女に都合が良すぎるでしょ。

・衛兵に弁当を差し入れているのを見た。実は料理もできるらしい。きっと相当いい育ちをしているに違いない。

・子供好き。狩場でスラムの子供と一緒にいるときがある。娘を可愛がるパパになりそう。

・世間知らず。エロい嘘を吹き込んでもそのまま信じそう。毎朝裸エプロンで妻を起こすのが夫の仕事とか教えてやりてえ……ゲヘヘ。

 

 相変わらず頭が煮えきったシコ猿思考の冒険者たちだが、彼女たちの脳内ではお婿さんになった雄士とのラブラブハッピー新婚妊娠ライフのシミュレーションが進んでいたのだ。

 自分の預金をチェックして、妊娠と産休の間ちゃんと生活できるか綿密な計算を立てる者までいる始末である。その全員が結婚式の初夜に確実に孕んで10か月後に産む予定を立てていた。お前がパパになるんだよ!

 

 それをいきなり反故にされて、冒険者たちは怒り心頭であった。

 ただ信頼を裏切られたというだけではない。

 

 私の人生シミュレーションをどうしてくれる!という怒りだ。

 現代日本で言うならば20代の間付き合っていた男が、30代になったら別の彼女ができたからと別れ話を切り出してきたような切実な感情が混じっていた。

 競争していた期間は半年なのでそこまでダメージもでかくないはずなのだが、この世界はそもそも男が少なく、結婚できる女は中流階級以上に限られる。

 

 つまり元々の生まれが良くない冒険者たちにとって、結婚できたという時点で勝ち組入り確定なのだ。

 この世界のおとぎ話のハッピーエンドは「こうして彼女はイケメンのお婿さんを手に入れ、子供をガンガン産みまくって幸せに暮らしました」がテンプレなのである。

 

 雄士以外にも男はいるとはいえ、生まれが良くない彼女たちが結婚できる相手などそうそういるものではない。そもそも年頃の男は家に押し込められているので出会いがない。

 なんとなれば、年頃の男が気さくに挨拶してくれるというだけでめちゃめちゃハッピーというレベルなのである。しかも細マッチョなうえに自分のエロさに無自覚で、腹筋も胸筋も上腕二頭筋も無造作に放り出してくれる存在そのものがエロの塊。

 下位ランクの冒険者なら、雄士を眺めたり気軽に一言二言を交わせるだけでこのギルドに所属しててよかったと噛みしめるほど。

 

 ここまで言えばもうお分かりだろうが、冒険者たちにとって雄士は今の自分で結婚できうる唯一の男なのである。だからこそ争奪戦は過熱し、冒険者たちは互いを激しくライバル視した。

 

 そして全員がハードなスケジュールで詰め込まれた討伐依頼でめちゃめちゃに疲弊したところで、「やっぱなし」の一言。

 本気でデアボリカを八つ裂きにしてやろうかとか、みんなで雄士をさらってどっか別の都市に駆け落ちしようかと企む者が現れるほどの荒れようだった。

 なにせ冒険者たちは今でこそ市民としてお行儀よくしているが、元はと言えばごろつき同然の流れ者なのだ。元来の気性が荒いし、そこまで市民としての立場に執着がない者もいる。

 

 それが何とか流血なしで収まったのは、ひとつは雄士が『聖者』という宗教的な神聖性を持っていたから。大ブリシャブ帝国人には神の教えが染みついているため、『聖者』は純潔を保つため結婚できないというデアボリカの言い訳を受け入れざるを得なかった。

 本心では絶対受け入れたくないと思っていても、それ以上ゴネれば神の敵として社会的に抹殺されかれないため、矛を収めるしかないのだ。

 

 やったねデアボリカ、言い訳成功で大勝利だよ!

 ちなみに雄士はアイリーン・ウルスナと結婚する予定だとまだ誰にも言っていないのだが、これを冒険者たちに知られたらデアボリカはどうなっちゃうんでしょうね。

 

 理由のもうひとつは、冒険者ギルドの成績1位を獲得したパーティが「それならしょうがない」と言い出したため。

 アステールとモイラという双子の姉妹によるパーティで、凄まじい東奔西走ぶりで依頼をこなし続け、たった二人でほかのパーティに大差をつける仕事ぶりを見せた。一か月前の時点でもはや彼女たちの優勝は揺るぎないものとなっており、それを他のパーティも認めざるをえなかったほどだ。

 そんな彼女たちがおとなしく諦めることを受け入れたのだから、他のパーティの冒険者たちもそれ以上はゴネることができなかった。

 

 仕方なく冒険者たちはデアボリカが支給したボーナスという名の賠償金を受け取り、酒場や娼館で憂さを晴らしたのだった。

 

 それが3週間前の話だ。

 雄士が聖者であることを発表してからロングフィールド領に旅立つまでの2週間の準備期間、デアボリカは冒険者の前から姿を隠して逃げ続けた。顔を合わせるのが気まずいというのもあったし、さすがに生命の危機を感じていたからだ。本当にビビリである。

 そしてロングフィールド領でのあれこれが1週間。

 

 3週間というもの完全に現場にノータッチでいたデアボリカは、そろそろ不安を抱いていた。

 自分が作り上げた組織に……正確に言えば組織を作り上げた自分の手腕には盤石の自信をもってはいるが、冒険者たちの中には怒りが収まらず離反する者が出ていてもおかしくはない。

 代行のウェズは有能な人材だが所詮は男だし、気の荒い女冒険者たちを抑えきれるとは思えない。

 冒険者たちをごろつきの身から拾い上げ、実際に現場に出て有能な指揮官ぶりを示してきた自分だからこそ、収まるものも収まるというもの。

 

「やはり私がいないと冒険者ギルドはダメだな」

 

 デアボリカは呟いて、ふうっと葉巻をふかした。

 うん、上物の煙草はやはり違う。

 頭上に昇っていく紫煙がアイボリー製の高い天井へと届くのを眺めながら、デアボリカは心を落ち着けた。

 

 この屋敷も、思えば彼女自身の才覚で建てられたもの。

 ギルドマスターとして得た収益のうち多くを費やし、自ら設計に口を出して建てた自慢の屋敷だ。自分で言うのもなんだが、執務室や寝室、庭、大広間だけでなく、廊下や階段まで彼女の美的センスを詰め込んだ傑作だ。

 広さも何十人でも暮らせるだけの面積がある。その屋敷に、デアボリカはたった一人で住んでいた。もちろん使用人はいるが、彼女たちは基本的には通いであって住み込みではない。

 

 「私も屋敷を建てたのだが、一人は寂しくて困るよ。これほどの屋敷を独り占めできるという贅沢を味わえるのは悪くないけどね」

 

 というのがデアボリカが自分の屋敷を自慢するときの定型句であり、もちろん寂しいなんてこれっぽっちも思っていない。本音は(自分のセンスが詰め込まれた広い屋敷を自分だけで独り占めできて最っ高ぉぉぉぉーーーーっ!!!)である。

 

 20歳そこそこにして自分の稼ぎでこれほどの屋敷を建てる者など、貴族であったとしてもどれだけいるだろうか。確かに貴族の娘に生まれたからこそ仕事への初期投資はできたが、屋敷に費やした巨額の富は紛れもなく自分の力だけで稼ぎ出したもの。

 

(うん、やはり私はすごい! 経営の天才だ!)

 

 デアボリカはニヤニヤと口元を緩ませた。

 母親にこっぴどく叱られてやや自信を失いかけてはいたが、自分には確かな才覚がある。それが自分の芯だ。自分の手腕への信頼こそが、デアボリカの精神を形作っている。それが否定されない限り、デアボリカはどれだけ失敗しても折れることはないだろう。

 

 それに宝珠をサウザンドリーブズへもたらしたという功績は、母であっても否定することはできないはず。

 確かにゴールドンへの対処で下手は打った。しかし、だからといって功績をなかったものとすることはできないはず。

 

 母からの報奨金があれば、あの憎らしい医者への口封じの金を支払える。

 ドラゴンが本当に馬車の賠償金を持ってくるかはわからないが、自分には雄士という無限の富を産むカードがある。仮にドラゴンがあのまま逃げたとしても、雄士をうまく使えば貴族からいくらでも治療費を引き出せるだろう。

 そして自分の才覚の象徴でもある、冒険者ギルドという堅実な富をもたらす軍事力。

 

 素晴らしい。やはり私はこんな田舎の城塞都市で歯車として終わる存在ではない。

 いずれ必ず、中央議会へ進出して議員として栄光を掴むべきだ。

 

 そう内心で独り言ちてから、にわかにデアボリカは首を傾げた。

 

「……それにしてもウェズ君が遅いな。報告に来いと言ったのに、何をしているんだ」

 

 自分が不在の間の報告をさせるために、代行を務めていたウェズを呼びつけていたのだ。しかし指定した時刻から2時間が過ぎても、ウェズはまだ顔を見せない。

 謹慎を食らっている身でギルドに足を運ぶわけにもいかず、デアボリカはイライラとした顔で葉巻をふかした。

 

 そこにドアをノックする音がして、使用人が声をかけてくる。

 

「デアボリカ様。ウェンズディ(ウェズ)様がお見えです」

 

「ああ、やっと来たのか。早く通してくれ」

 

「それが……姉君様もご一緒で。あと、聖者様も」

 

「は?」

 

 そして10分後。

 デアボリカは現実を突き付けられた。

 

 

「領主代行の権限により、本日をもってデアボリカ・ホットテイストから冒険者ギルドのマスターの地位を剥奪しますね~」

 

「えっ」

 

「聞こえませんでしたか? 貴女は罷免(クビ)です♥」

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