【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
アパルトメントの前に到着した馬車には、既にウェズ君が乗り込んでいた。
以前に乗ったギルド所有の馬車とは違い、4人しか乗れないような狭い馬車だがこれが普通のサイズらしい。まあ現代の乗用車もそうだもんね。
僕は彼の対面に座る。
「ええと……なんか急なことだけど。とりあえずギルドマスター就任おめでとう、でいいのかな?」
そう祝福の言葉をかけると、ウェズ君は苦笑ともため息ともつかないほろ苦い笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。大して喜ばしい話でもないのですが」
「なんか嬉しそうじゃないね」
共感性が死んでる僕でもその程度の機微はわかるよ。
「まあ、厄介ごとを押し付けられたに等しいですからね。しかも上司からポジションを奪う下剋上という形で。さすがに後味が悪い」
「あれ、ウェズ君が望んでギルドマスターの座を掴んだわけじゃないんだ」
全裸忍者はこれからはウェズ様の時代ですぜヘッヘッヘッみたいに喜んでたから、てっきりウェズ君が冒険者たちを唆してデアボリカに下剋上を決めたのだとばかり思ってたんだけど。
「違いますよ。デアボリカはもう信用できないから、お前がギルドマスターをやれって領主代行から強要されましてね。私がこの1か月ほどデアボリカに代わってギルマスの仕事を引き受けていたんですが、それができるならお前がギルマスを引き継いでも大丈夫だろうって言われたという次第です」
「……領主ってそんな権限があるんだ? 冒険者ギルドってデアボリカが立ち上げた組織じゃないの? いわば民間企業だよね」
「それはそうなんですが、街の防衛の一翼を担う武装組織ですからね。ほぼ官営と言って差し支えありません。デアボリカも領主の娘という立場がなければ、立ち上げることはできなかったでしょう。運営資金も政府から補助金を引っ張ってます」
なるほど、モンスター対策専用の自衛隊みたいなもんか。
そりゃ政府からトップの首を挿げ替えろって言われたら抗えないわな。
「それでそんな憂鬱な顔してるんだ……」
「ええ、鬱ですよ。これでますますこの街に縛り付けられる。秘書という立場ならまだ街の外に出る機会もあったでしょうが、ギルマスともなるとね」
ウェズ君は前から街の外に出られる立場になりたいってぼやいてたからなあ。たまにピクニックで街を一望できる高台に行くたびに、この街を出て自由に旅がしたいって夢を聞かされていた。そんなウェズ君の慰めになればと、僕は冒険から帰るたびにどんなことがあったかを語っていたのだ。
貴族に生まれるってことはいいことばかりじゃないね。ロングフィールド家に関わった今だと、余計にそう思うよ。
まあ自由がないのは貧乏人だってそうなのだけど。みんな立場や金銭問題に縛られて、自由に旅なんてできないからね。
それにこの世界は、モンスターや他の街の軍隊に備えてどの都市も城壁でガチガチに固めていて、その外には危険なモンスターがひしめいている。イノシシみたいなでっかいウサギとか、気まぐれに人間狩りを愉しむドラゴンとかね。
街の外に自由に出られるなんてのは、この時代だと商人か冒険者くらいのものだろう。
一応城壁の外にテントを張って暮らしてる流民ってのもいるけど、あれは主に村を追放された犯罪者や税から逃げてきた人たちらしい。モラルもよろしくないし、モンスターに襲われても誰も助けない。人間扱いされていない人たちだ。
「男を見つけるとテントにかっさらって集団レイプしてくるから、絡まれそうになったらこの警報魔道具を鳴らせ。街の近くなら私が駆けつけてやる」って衛兵のアミィさんがわざわざ専用のアラームを持たせてくれるくらいだ。おかげで「僕に近づいていいんですか? これ鳴らしますよ」ってアラームを見せてニヤリと笑うだけで、流民たちが逃げていく。いや、本当にアミィ様様だよ。お弁当を差し入れただけでこんな厚遇してくれるなんて。また作ってあげなきゃなあ。
≪説明しよう!
こいつは自分を客観的に見れていないが、ハタから見ると「変質者さんにアラームを見せつけてニヤニヤするメスガキムーブ」である!
もちろんいつかわからせてやる……! と流民たち(全員女)は余計にムラムラして、累計1万回にもなるオナニー回数に寄与した!≫
まあそれはともかく、ウェズ君がアンニュイな理由は理解できた。
とはいえ、僕にしてあげられることはなさそうなんだよね。ウェズ君とロングフィールド領に駆け落ち……なんてわけにもいかないし。ジャニスたちに迷惑がかかっちゃうし、僕も婚約者を得たばかりだからなあ。
そんなことを考えていると、僕の顔を見ていたウェズ君が小さな笑みを浮かべた。
「いいんですよ、ユウジ君。これは私の生まれ持っての宿命です。貴族に生まれた者はその身の血の一滴までがその土地の財。でなければ、領民から税を取って生きることに正当性がない。領民の血税で生かされている者が、領民のために報いることこそ、ブリシャブ貴族の誇りというものです。私はそれを受け入れていますから」
「ウェズ君……」
その笑顔には儚さが浮かんでいたが、同時に揺るぎない強さも感じられた。
ならば、何も言うまい。僕が余計な口出しをすることは、ウェズ君の誇りを傷つけることになる。男のやせ我慢にケチをつけるような無粋な男にはなりたくない。
だからせめて、これからもウェズ君に冒険談を語り続けようと思う。この街から出られない彼のために、僕が見聞きしたものを余さず伝える。それが僕の友情の示し方だ。
僕がそんなことを考えていると、ウェズ君は思い出したように口を開いた。
「ああ、そうそう……。君の後見人も代わります。これまではデアボリカが君を後見していましたが、彼女の失脚に合わせてお姉さんのアンゼリカが担当することになりました」
「え、そうなんだ。っていうか、デアボリカ個人で後見してたの? 僕はてっきり冒険者ギルドが身分を保証してくれていたんだと思ってたんだけど」
っていうか、デアボリカが以前そんなこと言ってたよね。冒険者ギルドが目を光らせてるからお前は街を歩いてても女に無理やり襲われたりしないんだぞとか。
「ああ、デアボリカは自分=冒険者ギルドだと考えてる節がありましたからね……。あれはデアボリカが自分の手足となるギルドを操っていたからで、都市政府の認識としては貴方の後見人はデアボリカです。だからこそロングフィールド領に診療に行くなんていう、冒険者の本来の仕事とはかけ離れた行為が許されたわけで」
「え、じゃあこれからは他の都市に自由に行ったりできなくなるの?」
それは困るな。それじゃ冒険者ギルドに所属する意味がない。
デアボリカがこれからもいろんな場所に連れて行ってくれると思ったからこそ、僕はジャニスの勧誘を断ってこの街に残ったんだよ。
「それを含めて、これから話し合うんですよ。あ、ちなみに私にギルマスなんて厄介な椅子を押し付けてきたのもそのアンゼリカです。これからする話し合いの進行役は彼女が務めます」
「デアボリカのお姉さんか……。あのデアボリカの姉ってことは、もっと悪辣な人なの?」
どうしよう。不安と同時にすっごい気になってきたぞ。
あのデアボリカより邪悪ってどんな人だよ。もはや人じゃなくて邪神じゃんね。
するとウェズ君は苦笑を浮かべて、首を小さく横に振った。
「いや……善性の人物ですよ。
「えっ。デアボリカの母ちゃんって、そんなまともな名前つけられたの? なんでそれで下の娘に【悪魔ちゃん】みたいな名前つけたの?」
僕の言葉にウェズ君はぶふっと吹き出し、お腹を抱えてうずくまった。
なんかすっごい笑ってるんだけど。そんな面白いこと言ったかなあ。
「い、いや失礼。そういうことを面と向かって指摘する人を見たことがなかったので」
ああ、領主批判を堂々とする奴がいないのか。うーん、領主って絶対的な権力持ってんだなあ。
「上の娘2人がうまく育ったからでしょうね。それで子育てに自信をつけて、今度は悪魔のような狡知で自領に貢献する娘に育ってほしいと思って名付けたようです」
「ああ……なるほど。生まれてきたのはズル賢いだけで肝っ玉がミクロサイズのセコい小悪魔だったと。それはかわいそうに」
「ぶふーーーっ」
さっきからウェズ君がめちゃめちゃツボってる。
これはもしや、これまで散々腹の中で抱えてきた不満を僕がザクザク指摘してるんじゃなかろうか。
なんかウェズ君って、ギルドの受付でもいつも他から離れて一人でいたし。僕の他に愚痴を吐けるような友達はいるのかちょっと心配だな。まあ、受付やってる男はウェズ君以外は僕のことを良く思ってなさそうだから、あんな連中とは付き合わなくていいと思うけど。人の住所勝手に漏らすし。
「し、失礼……。ま、まあそういう経緯があったわけです」
「そうかぁ。デアボリカとは正反対の善良な人ねぇ」
それならまあ、こっちの言い分も聞いてくれる余地があるのかな。
とはいえデアボリカを失脚させたり、ウェズ君に面倒なポジションを押し付けたり、聞く限りだとあんま甘い人って感じはしないかな。そこんとこどうなんだろ。
まあ会えばわかるか。
「善性ではありますが……彼女にはあまり気を許さない方がいいですよ」
クールに眼鏡を光らせるウェズ君に、僕は首を傾げた。
「なんで? いい人なんだよね?」
「それはそうですが……個人としては善性でも、彼女は貴族です。常に他人に優しい結果になるとは限りませんから」
「ふうん?」
わかったようなわからないような。でもローズ伯爵は優しい人だったけど、部下の罪を被って傲慢にふるまってたし、貴族ってそういうものなのかもしれないな。
「それと……言いづらいことですが、変質者です」
「変質者? それは……」
僕はごくりと唾を飲んだ。
「全裸で他人の家の窓に張り付いてくる忍者に匹敵するくらい?」
「人類の外れ値と比べないでください!? ソレと比べたら誰だって真人間ですよ! いや、忍者と言われて思いあたるのが一人しかいませんが、それってマインのことですよね? あの人そんな変態的な行為を貴方にしたんですか!?」
「ウェズ君はされなかったの?」
「されたらメッセンジャーに選びませんよ! 完全に姿を消して声だけで話しかけてました! ごめんなさい、本当に申し訳ない! アレに伝言を頼んだのは私の落ち度です!」
「あいつが僕以外に全裸を見せないって言ってたのマジだったのか……」
そんな気持ち悪い純情を見せられても、好感度なんて微塵も上がらんのだが。
いやごめん、嘘だわ。美人の裸見られて嬉しくないわけないわ。
でもオラ、見ろ! って見せつけてくるよりは、恥じらいながらチラッと見せてくれた方が嬉しかったかなー。恥じらいはエロにおける最高のスパイスだよ。
物陰で赤らんだ顔で僕にだけスカートたくしあげて見せてくれるような彼女が欲しい。彼女は既にいるから、今度頼んでみようかな。
「はぁ……デアボリカの実力主義にも困ったものです。そんな変質者を雇ってたなんて、ギルドの品位が下がる」
「このギルドにそもそも品位なんてありませーん。全員元が社会のはみだし者なんだから」
「なんだとぉ……」
思わず低い声で唸り返しながら、力なくうなだれるウェズ君。
「いや、それはそうですね。はみだし者だからこそ、こんな危険な仕事を引き受けたわけで。ただ、少なくとも全裸で街中を徘徊することだけは辞めさせないと」
「あ、それは大丈夫だよ。全裸で街をうろつくような変態とは結婚してあげないって言ったら、明日から服を着るって約束してくれたから」
「そうですか、それなら……え? そんなこと言ったんですか?」
「うん。それが何か?」
きょとんとする僕に、ウェズ君は眉をしかめる。
「それって服を着たら結婚してあげるって言ったのと同じでは……」
「いや、さすがにそんな勘違いはしないでしょ。だって服を着るなんて人間として当たり前のことだよ、むしろそこが人倫のスタートラインだよ。好感度マイナスからゼロになっただけで、むしろ前科ある分まだマイナスだよ? まともな人間ならそんな発想はしないでしょ」
「まともな人間じゃないから全裸でうろついていたのでは……? いや、まあいいです。私から釘を刺しておきます」
額を押さえながら首を振るウェズ君に、僕は憐みの眼差しを向けた。
「かわいそうに。あんな変態が構成員にいる組織の長になってしまったウェズ君には心底同情するよ……」
「私はそんな変態に付きまとわれている貴方に心底同情しているのですが」
両想いだね、僕たち。
「しかし、変質者のデアボリカのお姉さんか……。一体どんな人なんだろう」
その疑問は、デアボリカの屋敷についてすぐに氷解することになった。
「まあ! まあまあまあ! 君がユウジ君ですかぁ~! わぁー、若いですねぇ~! 染めてないツヤツヤの黒髪とか初めて見ました! かわいいな~! 私のこと、お姉ちゃんって呼んでいいですよぉ~!」
デアボリカとよく似た顔立ちの20代後半の女性が部屋に入ってくるなり、歓声を上げながら僕を抱きしめてきたのだ。
デアボリカよりもさらに豊満な巨乳に顔を埋もれさせ、むにゅむにゅとした柔らかで暴力的な感触で押し包んでくる。
うひょー、これはたまらんね。ウルスナやアイリーンには申し訳ないけど、これは不可抗力! なにせ向こうの方が力が強いし、おっぱいの誘惑に勝てる男はそういないからね!
「アンゼ姉さん! その破廉恥な行為を今すぐやめて、ユウジを離してください!」
後ろからウェズ君の険しい声色が聞こえてくる。
くっ、友情に厚いのは嬉しいが、今だけは余計なことを……。
「えー、私は可愛がってるだけですよ~? あっ、もしかして嫉妬してくれてるのかな? ウェズ君もぎゅーってしてあげましょうか?」
「御免被ります! 私はただ、誰彼構わず抱き着くような行為を今すぐやめろと言っているのです。まったく、変質的な……! 貴族の風上にもおけません」
「ええ~、こんなに可愛いのに~。私がこの子の後見人になるんですから、ちょっとくらいカワイイカワイイしてもいいじゃないですか~」
「後見人だからこそ余計に問題でしょう! 権力に任せて好きにしているということです、今すぐ放しなさい!」
「は~い」
そう言って、アンゼリカさんはしぶしぶ僕から身を離した。
ああ、おっぱいが行ってしまう……。
デアボリカよりも背が高く、優しそうな垂れ目をして、1メートルを超えてそうなバストをしたお姉さんは、僕ににこっと笑顔を送った。
「初めまして~。私がアンゼリカです。貴方の新しい後見人ですよ~。どうぞお姉ちゃんって呼んでくださいね~」
わーい! 抱き着き癖のあるお姉さんだ!
ギャルゲーとかラブコメによくいる典型的なお姉ちゃんキャラだな!
こんな人とお近づきになれるなんて、今後の人生さらに希望が持てるぜ!
≪説明しよう!
これは我々の世界において、『若くて美人の女の子と見るや上着を脱ぎ捨てて、たくましい胸板でハグするような変態行為』にあたる!
しかも貴族の権力を笠に着て、「お前はなかなか可愛いな。よし、俺が兄になってやろう。俺の胸の中で存分に甘えるがいい」などと強制してくるぞ!
これを気持ち悪い変質者と呼ばずして何と呼ぼうか!?≫