【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「ペット……ですか? 心外です、私はユウジ君を対等な人間として評価しているつもりなのですが~。だからこそ、こうして幸せに暮らせるようにいろいろと骨を折っているんですよ~?」
僕の発言に、アンゼリカさんは困ったように小首を傾げた。
お姉さんが頬に手を置いて眉根を寄せる仕草って、なんか可愛いね。
でも彼女が言ってる内容はあまり可愛くはない。そして彼女は自分の言動に無自覚のようだ。
さっきからアンゼリカさんの言動って、ペットの世話を焼く飼い主みたいなんだよね。
この人、ナチュラルに自分以外を見下している。それはきっと貴族という生まれと、自分の能力に対する自信からくるものなのだろう。
彼女にとってはほとんどの人間は庇護が必要な無力な存在で、自分が何もかも世話してやらなくては何もできないように思えているんだと思う。
為政者としてそれはそれで正しい姿勢だと思うよ。一人一人はいろいろ考えているのに、群れると途端に人任せの無能になるのが人間って生き物だからね。自分が世話してあげなきゃ!と率先して考えるリーダーは必要だ。それが常にみんなのために、と考えて行動できる無私の指導者なら言うことはない。
博愛精神にあふれた善性の指導者とか、まったく絵に描いたような出来過ぎの存在だよ。この街に住む多くの人にとっては理想的な指導者になるだろうね。
「でも僕には庇護は必要ないです。自分の食い扶持は自分で稼げるし、誰と結婚するかに口出しされるいわれもない。申し訳ないけどあれしろこれしろって言われると、無性に反抗したくなるタチなんです。自分の人生なんだから、どうやって生きるかは自分で考えさせてくれませんか」
ウサギにも負けかけるクソ雑魚に庇護が必要ないわけないだろ! と自分でも思うのだけど、ここまでチヤホヤと環境を整えてもらうのは違うんだよね。
同じ快適な環境でも、自分の力で勝ち得たものと、ただ他人から与えられただけのものでは価値が全然違うというか。そしてそれを得るためにすべきだった努力や苦労をスキップされてしまうのが惜しいというか。
そう、一言で言うと“もったいない”んだよ。
RPGでたとえればラスボスを倒すまでに60時間ほどかかるとして、その途中にはいろんな難所や強敵があって、ときには理不尽な行動されて全滅したり、レベル上げ作業をしないといけないかもしれない。コントローラーを投げ出したくなったり、クソゲーって悪態をつくかもしれない。それが醍醐味なんだよ。
じゃあセーブデータ改造していきなりLVカンスト、城を出たらすぐラスボスがいて、一撃で倒せてしまうとして。「ほらエンディングだぞ、泣けよ」って言われて感動できるか? 俺TUEEEE、最強!!って楽しめる人もいるだろう。でも僕は無理だ。何も楽しくない。
僕は今、苦労がしたいんだ。成り上がって幸せになる“過程”を楽しみたい。
せっかくおじいちゃんのいない世界に放り出されたんだ。おじいちゃんのことは大好きだし、あの人の言うとおりにしていればいいだけの人生は楽だったけども。一人異世界の荒野に放り出されて好きに生きる権利をもらったのだから、当面は自分の好きに生きて、苦労をしたい。
苦労して悩んで試行錯誤する、冒険にはそうした過程が必要だと思うんだ。
「それは非効率だと思うわ~。ユウジ君の能力は、適切に使えば多くの人を幸せにできるはずよ~。でもユウジ君だとコネもないし、知見も狭いでしょう? 私に任せてくれれば、ユウジ君の能力を正しく効率的に運用できるように取り計らえるのよ~」
「……ッ。だからそれは翼をもいで、自分のいいようにするのと何が違うのですか!」
アンゼリカさんの反論に、ウェズ君が吠える。
いつもは素直な従弟がどうして今日に限ってこんなに聞き分けが悪いのだろう、なんて思ってそうな顔で、アンゼリカさんは眉根を寄せた。
「全然違うわ~。自分のいいようにするというのは、そこのデアボリカちゃんみたいに他人を利用して私腹を肥やすことを言うのよ~?」
「ううっ」
テーブルの下からはみ出たデアボリカの脚が、ぶるっと震えた。
「私は違うわ。この街のみんなが幸せになれるように調整するのよ~。最も多くの市民さんが健康で幸せになり、ユウジ君は最高率でお金を稼げる。そして街のみんなが幸せになってくれれば、私も嬉しいの。それが一番の結果を生むのだから、それ以外の選択肢を考慮に入れる必要なんてないでしょ~?」
そう言って、アンゼリカさんはニコニコと笑顔を浮かべる。
この人すごいな。ひたすら正論でぶん殴ってくる。
恐ろしいことに、彼女には一切悪意がない。共感性が死んでる僕でも、彼女が本気でみんなの幸せを願っていることが伝わってくる。
だからウェズ君は反論ができない。大前提として彼もまたこの街を発展させるべき貴族だから、大義名分に反することを口にできないのだ。
それは貴族としての自分を否定することで、口にした瞬間貴族である資格を失う。ウェズ君は貴族の
さあ、次は僕が自分で自由を勝ち取る番だ。僕はすっと息を吸って、決定的な言葉を口にした。
「それに、デアボリカも何か勘違いしてるようでしたけど……別に僕は誰かの所有物ではないです。だからそもそも、貴方は僕に何の命令もできない。貴方が先ほどから言っていることはあくまで提案でしかない。僕が『嫌です』と言えばそれで終わりです。
僕が冒険者ギルドに在籍してデアボリカの言いなりになっていたのは、単にそれが僕にとって都合がよかったからです。何ならロングフィールド家からも指南役としてスカウトされてましたけど、それを蹴ってこの街に戻ってきました。まだ冒険者でいたいので」
僕の言葉に、アンゼリカさんとウェズ君がテーブルの下に隠れたデアボリカに目を向ける。視線を向けられたことに気付いたのか、デボ子の脚がまたぶるぶる震えた。
いや、今はこいつのことはどうでもいい。
「もし僕に治療してほしい人がいるなら、いくらでも診ましょう。でも、僕の希望するポジションはこの街専属の治療師ではなく、この街の冒険者ギルドの一員です。好きなときに好きな場所へ冒険に出て、そしてまたこの街に帰ってくる。そういった生活をするために、僕はサウザンドリーブズに戻ってきました。この街には僕の土産話を楽しみにしている親友がいますから」
そう言ってウェズ君に視線を向けると、彼は面映ゆそうに瞳を細めて見つめ返してきた。
「ユウジ君……」
さて、問題はアンゼリカさんにこの理屈が通じるかだ。
なかなかに独善的な人だから、難しいだろうな。どうしても無理なら、もうこの場でウェズ君をかっさらってロングフィールド領に亡命するしかないが。冒険の魅力を損なうので個人的には禁じ手にしようと思っているけど、最悪の場合【インフルエンサー】でアンゼリカさんを無力化すれば……。
僕がそんな感じで思考を巡らせている間、アンゼリカさんは瞳を閉じて黙り込んでいた。
やがておもむろに瞼を開き、頷く。
「正しい」
「え?」
ウェズ君が戸惑ったような声をあげる。
「ユウジ君の言葉は正しい。彼は誰かの所有物ではない。だから私は彼に公正に接するなら、その意思を尊重しなくてはいけない。私から干渉されたくないというのなら、そのようにしましょう」
「…………」
絶句するウェズ君に、アンゼリカさんは不思議そうに小首を傾げた。
「どうしたの~? ユウジ君が私から干渉されないことを望んでいたのよね? 思い通りになって万々歳でしょ~?」
「あ、いえ……。なんというか、あまりにもあっさりしているので驚いていて……」
「私は正しいと思ったことは認めますよ~。今回はユウジ君が正しくて、私が間違っていた。ただそれだけのことですから~」
そう言ってアンゼリカさんは、ニコニコと邪気のない笑顔を浮かべた。
うん、なんというか……なんだろう。
冷徹な機械に無邪気で可愛いガワを被せたような人だな……。
まあガワが可愛いお姉さんだから僕は嫌いじゃないよ。
ルッキズムうんぬんで僕を責める人もいるかもしれないけど、見た目が可愛い美人なら大体のことは許せてしまう。人間はそういう風にできているものだからね。
「ではユウジ君の希望としては、引き続き冒険者ギルドに所属するということでいいんですね~? その場合、収益の2割をギルドに納めないといけませんよ~? 何の役にも立たないギルドに2割も納めるなんてバカバカしいと思いますけどね~」
「ギ、ギルドもいろいろと役に立つようにします! 護衛をつけたり、冒険先の下調べをしたりとか……」
アンゼリカさんのちくちく言葉に、ウェズ君がやや怯みながら反論する。ウェズ君ってきちんと準備したことは完璧だけど、アドリブは超苦手って顔してるよね……。
「ふぅん、まあいいでしょう。どういう風に役に立ったのかは、ちゃんと報告書を出してくださいね~。ギルドがユウジ君の貢献に応えていないと判断した場合は、改めてお話を聞かせてもらいますからね~?」
「わ、わかりました」
てきぱきと話をまとめるなあ。
おっとりとした口調だけど、やっぱり相当頭が切れる人みたいだ。
「さて、干渉されたくないという要望通り、私からは定期的に患者を斡旋する以外何もしませんけど~。本当にそれでいいんですよね~? やっぱり何かしてほしいことがあるって言うのなら、今が最後のチャンスですよ~?」
そう言って、アンゼリカさんはちらっとこちらに視線を向けてくる。
へっ、男に二言はねえよ!
「異世界を生き抜くなんて自分の力でできらあっ!」って言っておいて、今更「え!? 自力でハードモード異世界を生き抜く!?」なんてびっくりした顔なんてするわけないだろ!
そんなの男がすたるってもんだよ!
……でもこの世界は貞操逆転しているし、僕は元の世界で女にあたるわけだから二言があってもいいよね!
男が一度切った啖呵を翻すなんて恥ずかしくて、元の世界では恥ずかしくて生きていられんごっ!ってなるけど、鋼メンタルでずうずうしくおねだりし抜いてみよう!
「えーと……じゃあ広い家に住みたいんですけど、何かいい物件ないですかね」
「広い家、ですか?」
「はい。今はアパルトメントに住んでるんですけど、新婚で3人が住むにはいくらなんでも狭くて……。それに簡単に他人が入ってこれるような防犯性の低さも危ないかなって」
「ああ……そうだね。それは確かに。ユウジ君や財産を狙って押し入ってくる不届き者が出ないとも限らないからね」
ウェズ君の言葉に、僕は軽く頷いた。
「いや、もう不届き者は出たんだよ。その娘とは婚約したんだけどね」
「何やってるの!? 本当に何やってるの君たち!?」
よく考えたら不法侵入してきたレイプ魔と婚約したので新居くださいって頭おかしいな。まあいいや。
僕の言葉に確かにセキュリティは必要だと思ったのか、アンゼリカさんも真顔で僕の言葉を聞いている。
「いいですよ~。間取りの希望とかあるかしら~?」
「セキュリティがある一戸建てで、それぞれ個室があって、3人でくつろげる居間と、料理するためのキッチンがあって、あと風呂とトイレは別がいいです」
ここぞとばかりに3LDK物件をおねだりしてみるよ。
いや、マジでこのチャンスを逃したらいい物件とか住めそうにないんだよね。人より稼いでるとはいえあくまでもそれは予定だし、僕の手元にある現金は住宅を買うには少ない。それに社会的信用も怪しい。聖者だ天使だと言われてるけど、実際は一冒険者だしね。
この街を支配してるお貴族様で次期当主というなら、いい物件の心当たりもあるんじゃなかろうか。もしくは、良心的な不動産屋さんとか紹介してくれないかな。
僕の言葉を聞いたアンゼリカさんは、ぱんっと掌を合わせた。
「お風呂ですか~! 珍しいですね~、ユウジ君もお風呂が好きなんですか~?」
「ええ、大好きです。できれば毎日入りたいくらいです」
「まあ~! キレイ好きで感心ですね~! そうですよね、お風呂は毎日入るべきですよ~! じゃないと汚いですもんねぇ」
おや、この人結構話が通じるぞ?
「ということは、アンゼリカさんも毎日お風呂に?」
「ええ~! 私もキレイ好きなので、毎日入ってますよ~。わぁ~どうしよう、初めて話が通じる人に出会えましたよ~!」
そう言って嬉しそうに笑うアンゼリカさんの桃色の髪はツヤツヤと輝いており、頭頂部にはランプの光に照らされて天使の輪のような光沢が浮かんでいた。
なるほどなー、やけに艶のいい髪だと思ったら毎日手入れしていたのか。
「はぁ……。アンゼ姉の潔癖症は深刻ですね。毎日どれだけ出費がかかっているのですか」
「ちゃんと街の外の泉の水を魔法で沸かして入ってますから、大した出費はありませんよ~」
「それでも手間じゃないですか。風呂なんて一週間に一度でも死にはしませんよ」
「やーだー! 3日も入らないと体から酸っぱい臭いがするもの~! 夫から嫌な臭いがすると抱くのも苦痛なのよ~!?」
ウェズ君の言葉に、アンゼリカさんはすごい拒絶反応を示している。
なるほど、毎日風呂に入りたいっていうのはこの世界では多大な出費をおしてでも風呂に入りたがる病的な潔癖症って扱いになるのか……。
でも僕の中ではアンゼリカさんへの親近感がすっごい高まったぞ。
やっぱり毎日お風呂入らないと気持ち悪いよね。
ウェズ君、悪いけどこの件についてだけはアンゼリカさんの味方だよ僕は。
「そうですよね、毎日お風呂入りたいですよね! なので水の調達が楽な物件だとありがたいんですが」
「うんうん、わかる~! 任せて、同じお風呂好きとしていい物件を探して……」
そこまで言って、アンゼリカさんはぽんっと掌を打ち鳴らした。
「そうだわ~、いい物件がちょうどあるじゃない♪ ユウジ君、今日からこの屋敷が貴方たちのおうちよ~」
「は!?」
がばっとすごい勢いでデアボリカがテーブルの下から顔を出し、アンゼリカさんに食って掛かる。
「な、何を勝手なことを! この屋敷は私の財産だぞ! なんでこんな奴を住ませないといけないんだ!」
「ええ~? だってデアボリカちゃん、前々から『いやー、私の屋敷は自分一人で住むには多少広すぎて、夜になると寂しくてねぇ。食客の一人や二人も住まわせてやってもいいが、なかなか私の眼鏡に適うほどの者もいなくて困ったものだよ』なんてボヤいてたじゃない~。せっかくだから住ませてあげたらどう~?」
すごいな、デアボリカのモノマネ完璧だよ。さすが姉妹。
マネされた側のデアボリカは、顔を真っ赤にして姉に噛みついている。
「ふ、ふざけないでくれ! この屋敷は私のものだぞ! 私が汗水垂らして稼いだ金で建てた、私だけの財産だ! アンゼ姉様にも都市政府にも、私の財産を好きにする権利なんてないはずだ!」
「あるわよ~?」
「えっ?」
「ねえデアボリカちゃん、このお屋敷ってお金かかってそうよね~? 本当に冒険者ギルドのマスターとしてのお給金だけで建てたの~?」
「…………」
咄嗟に目をそらして黙り込むデアボリカの肩に手を置いて、アンゼリカさんはにっこりとその瞳を覗き込んだ。
「闇ギルドと結託して、密輸に手を染めたのよね~?」
「……それは……その」
「それって本来はお母様に納められるはずの関税をポケットに入れたっていうことでしょ~? つまり元々このお屋敷は、お母様のお金を勝手に使って建てられたということに等しいのよ~。他の都市なら立場を悪用した領主への背任は死刑相当よね~?」
「…………………」
さっきまで顔を真っ赤にしていたデアボリカは、今や真っ青になって震えていた。
妹がガタガタと震える姿に何らかの可愛げを見出したのか、アンゼリカさんは正面からデボ子をぎゅっと抱きしめる。その表情には蕩けるような笑顔が浮かんでいた。
「安心して、デアボリカちゃん。貴方を処刑するなんて、お母様も私も望まないわ~。貴方が可愛いから、密輸の証拠を掴んでからもお小遣い稼ぎを見逃してあげたのよ~。だからデアボリカちゃんも、このお屋敷は都市政府のものだって認めて、ユウジ君たちを住まわせてあげるって言ってくれるわよね~?」
「は、はい……」
「じゃあ復唱して」
唐突に身を離し、真顔で顔を覗き込むアンゼリカさん。
彼女の圧に負けたデアボリカは、瞳の端に涙を潤ませながら、卑屈な笑みを浮かべた。
「こ、この屋敷は母上のお金で建てた、都市政府の所有物です。私はこの屋敷にユウジたちを住まわせることに同意します……」
「よくできました♪」
人間が最後に残った財産まですべて失って破滅する瞬間を、この目で見てしまった……。
ようやくデアボリカが底に到達しました。
雄士はフロムゲーとか好きな子。