【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第50話「鋼メンタルでQOLを上げ抜く」

「いってらっしゃい! お仕事頑張ってね!」

 

「ああ、行ってくるぜ」

 

「いっぱい稼いでくるからね!」

 

 どこにでもあるような新婚家庭の朝のお見送りの風景だね。

 もっとも、エプロン姿で見送るのは男である僕だし、照れ臭そうに腕を振って応えるのは女性のウルスナとアイリーンだ。ついでに言えばお仕事に送り出される側が2人もいるね。

 

 現代日本だと主夫……いや、2人の女を食い物にしてるヒモかな? と思うような光景だけど、これが大ブリシャブ帝国の中流家庭のスタンダードだ。つくづくへんてこな世界だなあ。

 

 いってらっしゃい、という言葉をかけられたウルスナとアイリーンが、拳を握りしめてぐうっ……!と噛みしめるような顔をしていたけど、あれはなんなんだろうね。

 

 

 さて、2人は冒険者のお仕事に出かけちゃったので、僕は暇になってしまった。

 主夫業に精を出すのもいいけど、ここはひとつQOL向上計画を推進するとしようか。デアボリカの屋敷に間借りさせてもらうことになって、一気に住居面でのクオリティは爆上がりしたんだけど、僕はこんなもんじゃ満足できないよ。

 なにせ現代日本人だからね。快適を追い求めることには病的な執着を抱いているのだ。

 とりあえず気温問題をどうにかしたいね。今のままだと暖房器具が明らかにきつい。真冬の北海道で暖炉で過ごすしかない状況を考えると、本州育ちとしては身震いがするよ。

 

 いや、見た目はすごくいいんだけどね。海外の絵本とか洋画とかで冬は家族みんなで暖炉の前に集まって過ごす、みたいな絵面あるでしょ? あれ、いいよね。一家団欒って感じがある。僕も大家族の生まれだから、家族みんなで仲良く過ごすのが当たり前の文化として染みついてるんだよね。

 

 でも実際の暖炉って、熱効率的にすごくよろしくないんだ。薪を燃やすときの煙を排出するために煙突があるわけだけど、温められた空気がかなりの割合でそのまま煙突を伝って外に出ちゃうんだよ。だから部屋を暖めるのに時間がかかる。みんなが暖炉の前に集まっているのは、暖炉の周囲しか温かくないからなんだ。

 それに煙や煤が全部煙突から出るわけじゃないから段々と煙たくなる。一酸化炭素中毒にもなるから定期的に換気が必要だし、そのたびに寒い思いをしないといけないわけだ。エアコンに慣れ切った身にはきっついよこれ。

 

 そんなわけでこの問題をどうにかするべく、専門家に頼ることにしました。

 具体的にはラジエーターの図面を引いて、錬金術師のところに持ち込んで作ってもらおうって感じ。

 

 ラジエーターは知ってる? パイプを幾重にも折り畳んだ束にして、そこに液体を流すことで熱伝導によって周囲の気温に影響を与える装置のことだよ。

 日本だと水冷式エンジンとか、パソコンのクーラーとして使われてるね。

 

 実は現在の海外ではこのラジエーターがかなりメジャーな暖房器具なんだ。パイプの中に温水を流すことで、煙を出すことなく効率的に部屋を暖めることができるよ。EU諸国では二酸化炭素問題への取り組みから、暖炉やストーブなんかは使わなくなっているそうだ。

 

 ラジエーターを使えば、非効率性や煙の問題は解消できる。

 屋敷の中にボイラー室を作り、そこから各部屋にパイプを引いて、ボイラー室から温水を流せばいいんだ。これなら簡単に屋敷中をぽかぽかにできるよ。

 もちろんボイラー室は煙がすごいことになるから換気が必要だけど、各部屋には何の影響もない。セントラルヒーティングってやつだね。

 

 他にも欲しいものはいろいろあるけど、まずはこれを作ってもらって、冬をぬくぬくと乗り切ろう!

 

 

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 そんなわけで僕は錬金術師のアトリエにやってきました。

 錬金術師さんへの紹介状はアンゼリカさんに書いてもらったよ。作ってもらいたい道具があるので直接注文したい、と言ったら快く引き受けてくれた。

 

 相手に干渉はされたくないと言いつつ、頼るだけ頼っちゃうのはダブスタだよなあと思うけど、アンゼリカさんが困ってることがあったらなんでも頼ってね~♪と言ってるし、頼るとなんか嬉しそうなのでまあいいか……と。

 実際、彼女に頼れないとすごく困るしね。

 

 ちなみに護衛は衛兵の皆さんが持ち回りで引き受けてくれることになった。僕の都合に公務員を付き合わせるのはちょっと恐縮だけど、どうやら僕はこの都市においてVIPだとみなされているらしい。

 外出したいという旨を屋敷の使用人に伝えたら、護衛付きの迎えの馬車を呼んできてくれたよ。

 

「なんかごめんなさい。他の仕事もあったよね?」

 

 馬車から降りるときに、今日の護衛のアミィさんが手を差し伸べてくれたので、僕はその手を握り返しながら詫びを入れた。

 なんか僕の側が紳士にエスコートされる貴婦人みたいな行為をされてるのが余計に申し訳ない。

 

 僕の言葉を聞いたアミィさんは、目をぱちくりさせると軽く笑った。

 

「なに、気にすることはない。これも仕事だよ。今日は内勤だったからな。書類をめくっているよりも、こうして君の手を取っている方が護り甲斐もある」

 

「そう? じゃあお言葉に甘えちゃうけど」

 

「それに君は私に弁当を作ってくれる唯一の人だからな。君のためなら火の中水の中、どんな苦労とて軽いものさ」

 

「ふふっ、大げさだなあアミィさんは」

 

「大げさなものか。私の本心だよ」

 

 大げさだよ、お弁当なんてそこらの屋台でも買えるだろうに。

 そんなに僕の作るサンドイッチが気に入ってるのかな。キッチンも手に入れたし、また差し入れるか。先日のドラっ子騒動のときにいち早く駆けつけてくれたお礼もしなきゃだしね。

 

 ちなみに今日のアミィさんは鎧姿ではなく、普通の服を着ている。黒い皮のジャケットにパンツルックだ。なんだか黒服のボディーガードって雰囲気を出していて、女性にこういう表現をするのもなんだけど、すごく頼りがいがありそうだ。

 なお、胸は豊かに実り、ジャケットを大きく押し上げている。桃色と金色が入り混じったような色合いのロングヘアをポニーテールにしていて、そうしたギャップが魅力的な人だ。いつもは全身鎧を着てるから、この人の女性らしさに気付かなかったよ。

 

 いや、新婚早々に他の女性に魅力を感じてるのはあの2人への裏切りだな……いかんいかん。自戒しなきゃ。

 

 それにしてもこの服カッコいいな。結構頑丈そうだし、仕立てがよさそうだ。僕もお金が入ったことだし、着古しのよれよれの服から新調しようかな?

 後で仕立て屋さんを紹介してもらおっと。

 

 おっと、話がそれた。

 今日ここに来た本題を果たさなきゃね。

 

「ごめんくださーい」

 

「ふわーい、どうぞー……御使い様!?」

 

 どこか寝ぼけた眼で扉を開けてくれたボサボサ髪の女性は、僕を一目見るなり大きく瞳孔を拡げ、慌ててドアを閉めた。

 えっ、なんで閉めるの?

 

「あの……」

 

「ちょ、ちょっとお待ちを! 今御使い様にお見せできる姿をしておりませんので! ……ああっ、部屋も散らかり倒して……! す、すみません! 今掃除しますので10分……いえ、30分……1時間……3時間……そ、その! 半日ほどいただければ!」

 

「いや……掃除とかしなくていいですよ。錬金術師の仕事場なんて散らかっていて当然でしょうし」

 

 半日なんて待ってられない。こっちも忙しいんだ。

 それに相手の姿なんて僕は全然気にしないよ。

 こっちは全裸で街を飛び回る露出狂忍者とだって会話ができる人間だぞ。

 

 僕がドアノブに手をかけて無理やり入ろうとすると、アミィさんがそっと手を重ねて首を横に振った。

 

「先ぶれを出していたのに支度をしていない向こうに非がある。だが、身なりを整える時間くらいは待ってやれ」

 

「どんな格好でも僕は気にしないけど」

 

「あちらが気にするのさ」

 

 そうかぁ。僕、またやっちゃってるのか。

 共感性がないって本当に厄介だね。

 

 結局30分ほど待って、僕は錬金術師さんのアトリエに足を踏み入れた。

 

「ど、どうも……こんな汚いところに聖者様の御美足を踏ませるのは大変恐縮ですが」

 

 しっかりと髪に櫛を通し、目の下の隈を消して、綺麗な白衣に袖を通した錬金術師さんはしきりに低姿勢で僕を迎えてくれる。

 いや、この世界って貞操逆転してるけど、女性の化粧文化はしっかり存在するんだよね。逆に男性は化粧とかしなくてもどうこう言われない。不思議だなぁ。

 まあ僕にしたら可愛い子や美人さんばかり目にできて保養になるからありがたいけど。

 

 アルシェ=ケルミアと名乗った錬金術師さんは、ふわふわとした銀色の髪をセミロングにした、上品そうな顔立ちをした二十代前半の女性だった。瞳はやや怜悧な細目で、片眼鏡が知的なおしゃれ感を演出していた。胸はスリムだけど、それもまた知的さを醸し出すアクセントだ。いかにも優秀な研究員って感じがあるね。

 うん、この人は頼りになりそうだぞ。さすがはアンゼリカさんが紹介してくれる人材だけある。

 まあさっきまでボサボサの髪で目の下に隈を作った眠そうな瞳をしてたけど、そこには触れないでおこう。

 

「その……お久しぶりです。このような鄙びた場所においでいただかなくても、お呼びいただけたらこちらからうかがいましたのに」

 

「いえ、こちらが作ってほしいものがあるとお願いする側なので……というか、どこかでお会いしましたっけ?」

 

 僕がそう言うと、アルシェさんはずーんと落ち込んだ顔で肩を落とした。

 

「あ……いえ。ははは……私なんかが御使い様の記憶に残るなんて、おこがましいですよね……。なんか己惚れちゃって、ああ……恥ずかしい……」

 

「す、すみません。僕、ちょっと他人への興味が薄いので。どこでお会いしたんでしたっけ?」

 

 本当にすぐこっちの人の顔忘れるんだよ僕。

 逆に、何故か日本で会った人の顔はずっと鮮明に覚えている。顔だけじゃなくて、見聞きしたことは何でもすぐ思い出せるんだ。ラジエーターの構造も昔教科書で見たから、簡単に図面にできたよ。

 よくわからないけど、なんかのスキルの影響なのかなあ?

 

「あの……御使い様が街の人を治したときに、お手伝いさせていただいた……。あ、いえすみません。私なんかがお手伝いだなんて烏滸がましいことを」

 

「……ユウジ君、忘れたのかい? 君が私に保護を求めてきたときに、一番近くにいた御仁だよ」

 

「……あー。あーあーあー! 思い出した!」

 

 そうだ。街の人を治療したときについてきた集団の先頭にいて、みんなを指揮してくれた人だ。僕がおろおろしてる中でもてきぱきと仕事してくれた。なんだか暴動が起きてパニックになったときにはぐれてしまったけど、あのときは本当に助かった。

 

「その節はどうも! 大変お世話になりました!」

 

「あ、いえそんな。私なんかがお役に立てていれば……えへへ」

 

 ふわふわの髪の毛に手を差し込んで照れながら、アルシェさんは猫背になっていた背筋をシャキッと伸ばした。顔立ちも心なしか毅然とした感じになってる。

 あ、この自信ありげな感じは確かに覚えがあるぞ。

 さっきまでなんかすごいへにゃっとしてたから、余計に記憶の中の姿と一致しなかったんだ。

 テンションの落差が激しい人なのかもしれないな。

 

「改めて私のアトリエへようこそ。本日はお役所からの依頼ということだけ先触れでうかがっておりましたので、御使い様をお迎えする用意が整っておらず大変失礼いたしました」

 

 キリッとした顔でハキハキと挨拶を口にしてくれるアルシェさん。

 うん、やっぱりデキる人って感じだ。

 

「いえいえ、こちらこそ突然お伺いして申し訳ないです。実は貴方がこの街で一番の錬金術師だとうかがって、作っていただきたいものがあるんです」

 

「私のような若輩者が街一番だなんて、過分なお言葉です。ですが、そう評価されたからには全力を尽くしましょう。それで、どのようなものをご依頼に?」

 

「はい、これなんですけど」

 

 僕はカバンの中から図面を取り出すと、机の上に広げてみせた。

 

「これはラジエーターという暖房器具です。こうして何重にも折り曲げたパイプに温水を流すことで、輻射熱を放出して部屋を暖かくできるんですよ。ほら、ここに別の部屋にボイラーがありますよね。ここで湯を沸かして、パイプに送り込む仕組みなんです。このパイプを屋敷中に張り巡らせることで、冬でも暖かく過ごしたいんですよ。これ、いつぐらいにできそうですか?」

 

「…………」

 

 アルシェさんは無言で図面に目を落とし続けている。

 

「…………」

 

 横から身を乗り出したアミィさんも、一言も発さないまま図面を眺めているようだ。

 

 うーん。

 僕はこの国の文字を書けないので、ちょっと判読に時間が掛かっているのかな。僕もそろそろ文字を学ばないといけない頃合いかもしれない。やっぱり人に図面を見せるのに、説明がないと難しいよね。まあそこは口頭で説明すればいいとして。

 

「あ、そうそう。もし余裕があればでいいんですけど、冷蔵庫も作ってほしいんですよ」

 

 僕は別の図面を取り出すと、机の上の余ったスペースに広げた。

 

 今回作ってほしいのは、いわゆる氷式冷蔵庫、冷蔵箱とも呼ばれるものだ。

 知ってるかな。電気式冷蔵庫が普及する前は、冷蔵庫って氷で冷やしてたんだよ。僕のおばあちゃんが古いものを大事に取っておく趣味があったので、実家の蔵で見たんだけどね。

 ひいひいおばあちゃんの時代くらいには、毎日氷屋さんが交換用の氷を売り歩いていたんだって。これなら電気のないこの世界でも作れるね。

 

 木製のタンスみたいな見た目をしていて、上下に扉がついている。上側の扉には氷を入れて、下の扉に入れたものを冷蔵保存する仕組みだよ。

 扉の裏側は鉛なんかの金属で覆われていて、金属と木材の間にはコルクやおがくずを詰めているんだ。

 

「こうすることで空気の層を作り、冷たい空気を箱の中に閉じ込めることができます。こうやって物が腐るのを防ぐ仕組みなんですよ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「ははーん、その顔はこんな寒い国なら冬場にこんなものを作らなくても食材は痛みにくいだろうと思っていますね?」

 

 うんうん、わかるわかる。

 僕も昔は雪国に住んでいれば食物は腐らないし、冷蔵庫っているの?って思ってたからね。

 

「でもこの国の冬場だと、寒すぎて食材が凍っちゃうじゃないですか。この箱に入れておけば外気を遮断できるので、食材が凍るのを防ぎ、いつでもおいしい料理を作れちゃうんですよ」

 

「………………」

 

「………………」

 

 やっぱり冷蔵庫は大発明だよ。戦後の三種の神器に数えられただけのことはある。

 一年を通じておいしいご飯を食べられる快適な生活には必要不可欠だ。

 今年の冬は我慢するとしても、暖かくなる春までには用意しておきたいね。

 

「あ、予算のことは心配しないでください。僕、結構稼げるのでいくらでも出しますよ」

 

 いやー、いい人材を紹介してもらっちゃったな。

 WEB小説あるあるだよね。仕組みを説明するだけでなんでも作ってくれちゃう職人さんって。

 問おう! 貴女が僕のドラえもんか!?

 

「それで工期と予算の見積もりなんですが、いくらほどかかりそうですか?」

 

「む……」

 

「む?」

 

 アルシェさんは片眼鏡をずり落ちさせながら、涙目でこの上なくへにょった。

 

「無理ですぅ……。浅学菲才な私なんかには、何が何だかまるで理解できませぇん……」

 

 ドラえもんじゃなかった。

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