【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第51話「鋼メンタルでアイリーンの脳を破壊し抜く」

「あのぅ、すみません御使い様。初歩的なことからお尋ねしたいのですが」

 

 思いっきりヘタレモードに入ったアルシェさんが、怜悧な相貌を思いっきり情けなさそうな色に染めながら恐る恐る手を挙げた。

 

 おっ、これは「私はこの分野では初心者なのですが」って謙遜しながら、思いっきり鋭い質問でぶん殴ってくるやつだね。僕も理系だから、院生の先輩が発表会でこうやってボコボコにされてるのを見てきたよ。僕もいずれはああやって理詰めで殴られるんだろうなあ……と覚悟してたけど、まさか異世界でそうなるとは。

 まあいいや、どんとこい。知りうる限りの付け焼刃知識で迎え撃つよ。

 

「温かい水をパイプに流すと、どうして部屋が暖かくなるのですか……?」

 

「それは輻射熱のおかげです」

 

「輻射熱……?」

 

 僕は輻射熱というのは、物体から遠赤外線なんかの熱線として放出される熱のことだと説明した。詳しいことはここでは省略するよ。長々と語ると眠くなるからね。

 

「それと、その……ボイラーというのは?」

 

「水を温める装置です。要するに水を薪で沸かすでっかい窯ですよ。ほら、こういう感じで薪で水を蒸発するまで沸かして、その水蒸気でパイプに通した水を温めることで絶えず温かいお湯を循環させることができるんです」

 

 僕は図面を指さしながら、ボイラーの仕組みについて説明する。

 ボイラーにもいろいろあるけど、これは単純に水を温めるタイプの一番原始的なボイラーだね。蒸気機関の動力ならいざしらず、水を温めるだけならこれくらいの単純な構造のもので十分だろう。製作難易度も大して高くはないはずだ。

 

「それと、冷蔵庫……ですか? どうして冷気が箱の中にあると、物が腐りにくくなるのです?」

 

「えっ? それは寒いと細菌なんかの微生物の活動が抑えられるからですけど……」

 

「細……菌……?」

 

「微生物という目に見えないほど小さな生き物の一種です」

 

 横で聞いていたアミィさんが、眉を寄せながらアルシェさんに声を掛けた。

 

「……わかるか? 私はまったく聞いたこともない言葉が連呼されているが」

 

「いえ……まるでわかりません……」

 

「お前、王都の大学を卒業しているんだよな?」

 

「大学でもこんな学問は研究されていませんよ! 一体どこの国で研究されているんですか、こんな概念!?」

 

 アルシェさんがふわふわした銀髪に両手を突っ込み、わしゃわしゃとかき回しながら悲鳴を上げた。

 

「それならユウジが言っていることは適当だと?」

 

「いえ……それにしては図面が精緻すぎます。明らかにこういう構造にすればどういう効果になるのかを確信して描かれています。だけど、どうしてそういうことになるのか、ちっともわかりません……! 私たちにとって完全に未知の理論で引かれた図面です! み、御使い様……! これは御使い様が研究された理論なのですか!? まさか貴方は神の使いであるだけでなく、賢者と呼ばれるに値する方なのでは……!」

 

 おっと? なんか風向きがおかしくなってきたぞ。

 いや、別にそうです僕が考えましたって言っちゃってもいいんだけどね。

 WEB小説でも現代知識チートで俺が考えましたってイキる転生者とかよく見るしさ。

 

 でも、僕はあまり嘘って吐きたくないんだ。おばあちゃんから「誠実に生きて、お嫁さんだけを愛する人になりなさい」って躾けられて育ったからね。

 おじいちゃんと違って人生に役立つテクニックを教えてはくれなかったけど、おばあちゃんは人の道というものを教えてくれた。それに背く生き方はしたくないかな。

 

 それに発明は偉人と呼ばれるようなとんでもなく頭がいい人が、人生のほとんどを費やしてようやくたどり着いた苦労の結晶だよ。それを異世界とはいえ、結果だけかっさらって自分の手柄ですなんて偉そうな顔をするなんて、僕にはできないよ。

 

 なのでここは正直に答えておこう。

 

「いえ、これは僕の国では当たり前に普及している知識です。僕は賢者だなんて呼ばれるような人間じゃないですよ。それはこの知識を考えた人に与えられるべき称号です」

 

「……!? 私たちの国の最先端たる学府よりも、既に50年……いえ、100年は進んだ学問が普及している国が、東方の地にあるというのですか!?」

 

「それは驚いたな。大ブリシャブ帝国こそは世界一先進的な国だとばかり思っていたが……。これは未開人への啓蒙を名目に侵略活動なんてしている場合なのかな。うかうかしていると、ユウジの故国に負けやしないか?」

 

 悲鳴を上げるアルシェさんと、どこか面白そうに顎をさするアミィさん。

 そっかあ、そういえば大ブリシャブ帝国って侵略行為上等の帝国主義の国だっけ。

 

「それは大丈夫だと思いますよ。僕の故郷は絶対に他国を侵略しないことを宣言してるし、今は鎖国中で海外との接触を断っているはずなので」

 

 この世界の文明の成熟度からして、今って大体西暦1600年代くらいでしょ? それなら江戸幕府は鎖国の真っ最中だもんね。まあこの世界に日本があればだけど。多分あると思うんだよなー、ファンタジー世界だし。

 

 僕の言葉に、アルシェさんはほっとしたような、まだまだ油断できないというような顔をした。

 

「そうですか……。私たちの国が御使い様の国と争わないことを祈るばかりです。それにしても、大ブリシャブ帝国よりも技術の進んだ国が存在していたなんて……」

 

 なんというか、深く語らないことで結果的に嘘をついてしまっているような気もするが……まあいいか。推定日本が甘く見られないに越したこともないし。

 「実は僕は異世界人で、この世界の僕の故郷に似た国は技術的に立ち遅れてます」なんて馬鹿正直に言ったところで、僕の正気を疑われるうえに推定日本が攻め落としやすい国と思われて侵略されるかもしれないもんね。

 

「それで、この図面のまま作ってくれればいいだけなんですけど……できますか?」

 

 僕が改めて問うと、アルシェさんはなんというか、ものすごく苦悩に満ちた顔をした。

 

「図面からそのまま作るだけなら……できるでしょうけど……。でもそれはなんとも不名誉で……」

 

「?」

 

 何をためらっているんだろう。単に図面のまま組めばいいだけでしょ?

 僕にはパーツを作ってくれる鍛冶師とかの職人とのツテがないから無理だけど、アルシェさんなら軽くできるんじゃないのかなあ。

 僕がそんなことを考えていると、アミィさんがため息を吐いた。

 

「研究者の端くれとして、自分の理解も及ばないようなものをそのまま作ってくれ、お前は理解なんてしなくていい……と言われていることにプライドが傷ついているのさ」

 

「あー」

 

 なるほどね。また共感性がなくて失敗してたか。

 いやぁ、アミィさんがいてくれて助かったなあ。僕に足りない部分をばっちり埋めてくれている。

 

 言われてみれば確かに、研究者としてのプライドってあるよね。

 それにちゃんと仕組みを理解してくれていた方が、実際のモノづくりをするときにも細部を適切に作り込めるはずだ。

 

「わかりました! 僕に任せてください!」

 

 僕はどんっと自分の胸を叩いた。

 

「僕がアルシェさんのわからないところを全部説明します! なんでも聞いてください!」

 

「え……ええ!? よ、よろしいのですか!? その……知識に見合うだけのものをお支払いできないかと思いますが……!?」

 

 目をぱちくりさせるアルシェさんに、こっちも目をぱちくりだよ。

 別に何かもらうようなことじゃないでしょ。

 

 僕がそう思っていると、アミィさんが胡乱なものを見るような眼をこちらに向けてきた。

 

「……それは巨額の金が動くような知識じゃないのか? いいのか、そんなものを他国の人間に教えてしまって」

 

「別に授業料なんていらないよ。僕が作ってもらいたいものの製作に必要な知識なんだから」

 

「いや、授業料というか……。国家予算が動くレベルの知識のような気がするが」

 

「大げさだなあ。ラジエーターの知識が広まっても温かく過ごせるご家庭が増えるだけだし、冷蔵庫の知識も広まるほどみんなが幸せになるでしょ。結構なことじゃないか」

 

 まあもしこの異世界に何らかの影響を及ぼしたとしても、現代日本には何の影響もないしね。さすがに日本に残してきた家族に何らかの影響を及ぼす可能性があるっていうなら僕も慎重になるけど。

 あ、でも念には念を入れておこうか。

 

「あ、ラジエーターと冷蔵庫の量産に成功できたら、全部アルシェさんの発明ってことにしていいよ」

 

 これで僕の保身は完璧だ。

 発明の権利を譲られたアルシェさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で大慌てだけど。

 

「……は!? いや、そんな……。先生に知識を授けられておきながら、その手柄まで自分のものにするような恥知らずなこと、できるわけがありませんよ! それにこの知識は先生の故国のもののはず……!」

 

「ああ、いいよいいよ。僕の故国は鎖国してるし海外に興味ないんだ。僕もこれを作って有名人になろうだなんて思ってないし。僕は自分の家にラジエーターと冷蔵庫があって、その恩恵を受けられればそれで満足なんだよ」

 

 これはアンゼリカさんから学んだ処世術だ。

 実際、御使いやら天使やらと言われて街の人から顔を覚えられてえらい目にあってるからね。このうえ発明家だなんて言われたくないよ。どんな厄介ごとになるかわかったもんじゃない。いらない手柄は他人になすりつけてしまおう。

 

「さ、それじゃ授業を始めようか。わからないことがあったら何でも聞いてくれ!」

 

 

 

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 雄士が錬金術師のアトリエで熱弁を振るうこと半日。

 そして夕闇迫る頃、デアボリカの屋敷の入り口には帰宅したアイリーンの姿があった。

 

 アイリーンはどこか落ち着かない様子で、屋敷の門を見つめる。

 門が醸し出す威容に気圧されており、なかなかそこをくぐる踏ん切りがつかないでいた。

 

 朝出かける瞬間には気づかなかったが、門を出た瞬間に彼女は自分が場違いな存在だとわかってしまったのだ。

 デアボリカの屋敷は高級住宅街にあり、周囲の住民はみな豪商だとか企業家だとか、はたまた領主一族の血縁だとか、みな社会で成功を収めている者ばかり。

 対して自分はといえば、スラム育ちの一介の冒険者に過ぎない。今でこそ市民階級にはなれたが、それでも本来なら貧しい彼女が足を踏み入れる機会などない地区だった。

 

 本当に自分はこんなところにいていいのだろうか。

 ふとすれば周囲の人間から虫けらを見るような目で見られているような気がして、アイリーンはどうにも心細い気分になってしまうのだ。

 

「なにぼーっと突っ立ってんだ、お前?」

 

「ウルスナ……」

 

 背後から声を掛けられて、アイリーンは振り向く。

 その顔を見て、ウルスナはすんっと鼻を鳴らした。

 

「またシケたツラしてやがんな、クソガキ。こちとらいい酒を買ってユージーンと一杯やることを楽しみに帰ってきてんだ。しょぼくれた顔見せんじゃねえよ、酒がまずくなるだろ」

 

 そう言いながらウルスナは肩で風を切るように堂々と、門をくぐっていく。

 

「……何やってんだ、お前もとっとと中に入れよ」

 

「う、うん」

 

 その背中を見ながら、アイリーンはウルスナについて門をくぐった。

 

 ウルスナはすごい。アイリーンはそう思う。

 雄士を取り合ってケンカしていたときは持ち前の負けん気が前面に出ていて気付かなかったが、ウルスナはいつだって堂々としている。

 

 今だってそうだ。決して上等とはいえない服装をしているのに、「俺は好きでこの服装をしているだけだが、何か文句でもあるか?」とでも言わんばかりの態度なのだ。そしてそれをまるで不自然と感じさせない。まるで生まれついての貴種が、あえて傾奇者の風体をしているような。周囲が自然と頭を下げたくなるような雰囲気がある。

 

 自分はどうしてこんな人と張り合えていたんだろう。自分なんか生まれも賤しくて、冒険者としても駆け出しで、とても人間の格が釣り合っているようには思えないのに。

 自分なんて、ここにはいない方が……。

 

「そんなつまらねえ顔をして俺の後ろを歩くんじゃねえよ」

 

「え」

 

 ウルスナはアイリーンに一瞥もくれないまま、背中の彼女に声を掛ける。その足取りはよどみなく、まるで屋敷の主のように悠然としたままで。

 

「お前は俺と互角に殴り合っただろうが。お前がしょぼくれた顔をしてたら、互角の俺まで格が下がるんだよ」

 

「ウルスナ……」

 

「シャキッとしてろ。今のお前は大したことがないクソガキだが、いずれ大成する。そう自分に言い聞かせろ。俺はそうしてきた」

 

「……うん」

 

 まさかウルスナからそんな言葉を掛けられるとは思ってもみなかった。

 雄士に付きまとう邪魔なクソガキだ、とっととどこかへ消えてほしい。そんな評価しか得られていないと思っていた。

 

 そこでようやくウルスナが脚を止め、振り返る。

 

「それにお前を選んだ男は、こんな田舎の成金の住処ごとき、何とも思っちゃいねえよ。だからお前も堂々としてろ。俺もお前も、ユージーンの妻なんだ。あいつがケロッとした顔でここで暮らすんなら、妻のお前も同じように振る舞っとけ」

 

 その顔は夕日の色に染まっていた。

 

「なんだよ、それ」

 

 アイリーンは思わずくすっと笑みを漏らす。

 その笑顔を見て、ウルスナは頬を小さく掻いて笑い返した。

 ふと、その視線をアイリーンの手に握られた包みに向ける。何やら可愛らしいラッピングが施された、特別なものという雰囲気があった。

 

「……そいつは?」

 

「あ、これ? 砂時計だよ。ユージィにあげようと思って、さっき小物屋さんで買ってきたの」

 

「なんで砂時計をあいつに?」

 

「これがあれば、お料理の時間を測るのに便利でしょ」

 

 そう言って、アイリーンはあどけない笑みを浮かべながら包みを撫でた。

 

「朝、ユージィがおいしいごはん作ってくれたじゃない。だからお礼をしたいけど、あたしはお料理とか全然手伝えなくて。だからせめて、ユージィの助けになるものを用意したいなって思ったの。それで、改めておいしいご飯をありがとうって伝えたくて」

 

「…………」

 

 ウルスナは目を細めると、ふうっとため息を吐いた。

 

 なるほど。

 これが細やかな心遣いというものだ。自分にはそれが欠けている。

 野卑なチンピラに身をやつしているからというだけではない。

 騎士としての教育を受け、他人から奉仕されることが当然のものとして身に染みている自分には、人に感謝を伝えるという繊細さを持ち合わせていない。

 そしてその繊細さは、夫婦が末永くうまく暮らしていくために必要になるだろう。

 

「お前はすごいな」

 

「え? どうしたの、急に」

 

 目をぱちくりとさせるアイリーンに、ウルスナは目を向けた。

 アイリーンは大したやつだ。貧しい育ちながら、優しさと繊細さを胸に宿している。

 自分がもし貴族でなく、孤児として生まれついたなら、こうして他人を気に掛けるような育ち方をできただろうか。

 アイリーンはその問いの答えを自らに求めることなく、踵を返して玄関をくぐった。

 

「ふん。ユージーンを共有するのがお前で良かったと思っただけさ」

 

「あ、待ってよ! なんなのさ、もう!」

 

 

 

 

「……あれ? ユージーンは?」

 

 玄関を開ければすぐにエプロン姿の夫がやって来て、「おかえり! 晩御飯できてるよ!」と出迎えてくれると思っていたウルスナは、肩透かしを受けた。

 

「あら、お帰りなさいまし。お二人揃って帰宅とは、仲良しですねえ」

 

 代わりにやって来た中年の女性メイドが、彼女たちに声を掛ける。

 

「……ユージーンは?」

 

「旦那様でしたら、まだお帰りになられてませんよ」

 

「まだって……どこに行ったんだよ」

 

「朝から錬金術師のアトリエに行くと仰って外出されてます」

 

「ふ、ふう~ん。ちなみにそれって女性?」

 

「それはそうでしょう。この国で学問を修めている人は女性ばかりですもの」

 

 

 バキャッ。

 

 異音に目を向けると、アイリーンが据わった目で手の中の包みを握り潰していた。

 さらさらと音を立てて、着色された砂が零れ出ている。

 目の前のメイドが、ひっと怯えた声をあげた。

 

「ふうん……新婚なのに別の女の家に行ってるんだ。あたしたちに手も付けずに、別の女の家で半日も過ごしてるんだ……」

 

「……お、落ち着け、アイリーン。まだそういう関係だと決まったわけじゃない」

 

 隣で瞬間的に魔力を膨れ上がらせるアイリーンを、ウルスナはやや及び腰で宥めようとした。

 それにしてもなんて魔力だ。この魔力量、俺の全力にも匹敵する。こいつがしっかりと戦闘技術を身に着ければ、あるいは魔術戦闘式を解禁した俺すらも……。

 

 それはそうと、何やらハァハァと瞳が憎悪や嫉妬以外の興奮に潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。

 

「落ち着いてなんかいられないよ! 錬金術師なんて学問を追求するあまり性癖が歪んだ変態ばかりに決まってるんだ!」

 

 性癖が歪んだショタっ娘が言うと説得力がありますね。

 

「きっとあいつらはポーションの原料として必要だとか、聖者の肉体の調査の一環だとかもっともらしい理由をつけて、ユージィの精液を採取しようとするんだよ! 『ちゃんとこのコップの中に入るか見てあげましょう、さあ私の前でオナニーしてみてください』とか言ってユージィを騙そうとするんだよ!」

 

「いや……いくらユージーンでもそんな騙され方はしねえだろ」

 

「それかユージィの無知に付け込んで手コキしたり、あまつさえ『錬金術に最も求められるのは効率です。なので一番効率的に搾精できる生セックスをしましょう』とか言ったりして! あああああああ! 許せないよおおおおお! あたしもまだ手しか握ってないのに! 脳みそ壊れるうううううう!!」

 

 頭を抱えて絶叫するアイリーン。

 見てもいない錬金術師に憎悪をぶつけながら、明らかに性的興奮を得ていた。

 かわいそうに、性癖がこじれ切っている。これも全部どこかの聖者がいけないんだ。

 

「落ち着け! お前は処女を拗らせてるからそんなに頭がおかしいんだ。わかった、ユージーンを連れ帰ったら、今日こそ初夜にしよう!」

 

「初夜!?」

 

 ぴたりとアイリーンの動きが止まる。

 

「脱童貞だ。俺たちであいつの童貞をいただく。そうすりゃお前も誰かに先を越されたって発狂することはなくなるだろ」

 

「本当!? あたしが一番でいいの!?」

 

「いや、やっぱり俺が最初がいいな。お前は二番目だ」

 

「しゃあああああああ!」

 

 瞬間的に飛びかかってきたアイリーンの拳を、ウルスナが素早くいなす。

 

「なんだよ! お前は誰かに一番乗りを奪われた方が興奮するんだろ!」

 

「それはそうだけど、乙女として譲れない部分なの!」

 

「え、本当にそうなんですの……?」

 

「あのさぁ! 大好きなダーリンの一番になれなかったという事実は、生涯あたしの胸に消えない疵を残すでしょ! そんなの絶対許せないよねぇ!」

 

「くっ……やはり俺たちは相容れねえのか!」

 

 ポカポカというにはあまりにも殺意の高いキャットファイトを繰り広げ始める2人。

 そんな処女(どうてい)シコ猿たちに向ける中年メイド(既婚)の視線はあまりにも生温かった。

 

「……早く迎えに行かないと、本当に錬金術師に取られても知りませんよ」

 

「そうだった! 急ぐぞアイリーン! 途中で馬車を拾って駆けつける!」

 

「あっ、待ってよウルスナ!」

 

 大慌てで屋敷を飛び出していく2人の背中を眺めながら、メイドははぁっとため息を吐くのだった。

 

「これはまた、賑やかな職場になりそうですね」




アイリーンは犠牲になったのだ。
小難しい科学の話をバカエロで相殺する、その犠牲にな……。
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