【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
「ところで……アミィちゃん、恋人ができたんですって~? おめでとう~!」
アンゼリカからの祝福の言葉に、アミーティアはテレテレと頬を赤らめた。
「おや、誰から耳に入ったのですか? 話がきちんとまとまるまでは報告しないでおこうと思っていたのですが……」
「お弁当を作ってくれるんですって~? 家庭的でよい男の子を捕まえたのね~」
「はい。とてもおいしくて、手の込んだサンドイッチで……。好きな食材を伝えたら、それを見たこともないような方法で料理して、具材にしてくれるんです」
「愛されてるのね、羨ましいわ~」
「……はい。私にはもったいないようないい男です。それから日々の努力を惜しまず、雨の日も風の日も禁欲的にひとつのことに打ち込む姿が……とても共感できます。男性であれほど硬派な人間を見たことがありません」
アミーティアはウサギ狩りに向かう雄士の背中を市門から見送った日々を思い起こし、胸元でぎゅっと拳を握った。ただひたすらに武芸と職務に打ち込んむ人生を過ごしてきたアミーティアにとっては、彼の存在は性別こそ違えど同志のように思えたのだ。
互いの目的のために日々の努力を怠らず、狩りに向かう雄士の背中を見送り、ときに彼から弁当を差し入れられる半年間の日々。それは互いに応援しあう生活のように、アミーティアには思えていたのである。
最初は雄士の色香しか見ていなかったアミーティアは、いつしか雄士の内面に好意を抱いていたのだった。まあ、「お弁当を差し入れるなんて恋人しかしないことを度々してくれる」→「これはもう婚約者! プロポーズ秒読み!」といつの間にか認識を拗らせてしまったのだが。
アミーティアが大層に喜んでくれるのが嬉しいからと、何度もお弁当で餌付けしたり、好物まで聞いて料理する雄士の側が大体悪い。本人的は苦手な食材がないか確認したら、結果的に好物を教えられたというだけなのだが。
「それに、無学な男なのかと思っていたら、びっくりするほど頭も良くて……。知れば知るほど、彼の知らなかったところが見えてきて、彼のことをもっと好きになってきたんです」
「あらあら~」
アンゼリカはにこにこと妹の微笑ましい話に相槌を打つ。
「本当にその子のことが好きなのね~。それでそれで? ほかに、どんなところが好きなの?」
「あ……。体も……その……」
常にもなく赤くなる妹に、アンゼリカはあらあらと微笑む。
「結構エッチな体つきをしてるとか?」
「は、はい……」
そりゃ体目当てに通行許可出しちゃったくらいだもんな。
ちなみにアミーティアが雄士を通したのは、正式な通行許可を発行してのものだ。でなければ、毎日市門を通って狩場に出かけたりなどできない。
流民だった雄士に独断で通行許可を与えても誰からも文句を言われないのは、アミーティアが領主一家の娘であり、いずれは衛兵長に就任するからでもあった。
「うふふ、アミィちゃんも隅に置けないわね~」
コロコロと笑うアンゼリカに、アミーティアはますます小さくなる。
「でも、お姉ちゃん嬉しいわ~。最近ちょっと表情が柔らかくなったと思ったら、恋をしたからだったのね~。やっぱり恋をすると人は変わるのね~」
……その言葉が、アミーティアには少し引っかかった。
唐突な姉の変調、もしやその原因は……。
「姉上、違っていたらお叱りいただきたいのですが……。もしや、姉上も恋をなさっているのでは……?」
アンゼリカはぴたりと動きを止め、小さなため息と共に顔を伏せる。
時間にして5分ほど。それはアミーティアにはとてつもなく長い時間に感じられた。
ただ無言で姉の顔を見つめてくるアミーティアに、アンゼリアはついに根負けした。
「……さすが妹ね。隠せないか~」
アンゼリカは力なく笑みを浮かべると、唇に細やかな人差し指を置いた。
「誰にも内緒よ~」
「では……義兄上以外の方に懸想を?」
頬を染めながらこくりと頷く姉に、アミーティアはまさかと内心で呟いた。
貴族がパートナー以外と恋に落ちることは珍しいことではない。何しろ貴族の結婚はほぼ政略結婚と決まっている。結婚は家同士のビジネスパートナー契約のためにするものなのだ。
無論、形の上の結婚から愛が生まれればそれが一番なのだが、人の心はなかなかそううまくもいかない。ロングフィールド家はレアケースなのだ。
だから貴族の女性はとりあえず嫡子となる第一子だけは頑張って夫との間に作るが、それ以降は愛人との間に庶子を産むというケースも多い。夫婦間で互いに愛人を作っている家もよくあり、“結婚は義務、恋愛は愛人とするもの”という言葉も生まれるほどだった。
まあこの世界の男は性欲が薄いので、大体は妻に放置されてる夫を奥様がいらないなら私がいただきますよゲヘヘなんて間女が掠め取って愛人関係に持ち込んだりするのだが。それが家来への褒美として成立したりするあたり、貴族社会は複雑怪奇である。
それが貴族社会の常識ではあるのだが、まさかこの全自動都市発展マシーンのような姉が恋に落ちるとは。アミーティアには驚天動地と言っていいほどの衝撃だった。
「あ、姉上を惚れさせるとは……相手は一体どんな御仁なのです?」
「あのね……お調子者なんだけど、キザなことをぽんぽん口にする口説き上手で……私のことを世界で唯一、本当に理解してくれる方なの~。これだけ心が通じ合ってるのだから、この恋は運命だと思うのよ~」
世界で唯一の理解者ときたか。うーむ、我が姉が完全に誑かされている。アミィは内心で舌打ちした。
それにしてもキザな口説き上手とは。相手は随分とナンパな男のようだ。まったく自分の好みではないな。
やっぱり私の婚約者のように、奥手で心優しく……毎日ウサギ狩りやドブさらいに精を出しても弱音一つ吐かない、実直な働き者。そういう己の信条を体で語る、硬派な男こそ男として至上なのだ。
もしかするとアンゼリカはそのナンパ男に騙されているのでは、とすら思う。
「その男、一度私の前に連れてきてもらえませんか。自分の目で姉上にふさわしい男か見定めたい」
「ええと、それは……」
アミーティアの言葉に口ごもるアンゼリカ。
何故即答しない? いや、まさか。この姉に限って、本当にありえないとは思うが。
「……既婚者なのですか、その男は?」
「…………」
こくりと頷くアンゼリカに、アミーティアは口元を引きつらせた。
「い、いけません。いけませんよ姉上! 愛人契約が許されるのは片方が独身の場合のみです! 既婚者同士の関係は不倫です、絶対に許されません! 姉上ともあろう方が何をおっしゃっているのですか!」
「わかってる! わかってるわよ、そんなこと! でも、好きになっちゃったんだもの! 彼だって、私のことを求めてくれてるに違いないの!」
ガリガリと包帯を掻きむしりながら、アンゼリカが叫ぶ。
治癒魔法で塞いだばかりの傷が開き、包帯を赤く染めた。先ほどデアボリカの前で狂乱したとき、砕けたガラスで付いてしまった傷跡だった。
アンゼリカは壊れてしまっている。アミーティアは、そう判断せざるを得なかった。
これまで街の発展だけを望み、人々の幸福のために我が身を捧げてきたアンゼリカ。まるで機械仕掛けの天使のような人が、自分の恋心という私欲を抱いてしまった。
ただ街のために奉仕する姉の後ろ姿を見続けてきたアミーティアにとって、それは大きな衝撃だった。
しかし……。考えようによっては、むしろ何の私欲もなく他人に奉仕するためだけに生きる存在は既に人として壊れているのではないか?
人間であるからには、何らかの私欲があって当然なのだ。誰だって後ろ暗いことのひとつやふたつはあって当然。職務に謹厳実直なアミーティアですら、色欲に負けて通行許可を与えてしまったことがあるのだから。
そう考えれば、アンゼリカは27年を生きてきて、ようやく人間らしい一面を持てたと言えるのではなかろうか。これまでずっと他人のために奉仕し続けてきたのだから、何かひとつくらい報われることがあってもいいじゃないか。
「わかりました、姉上。私は姉上の恋を応援しますよ」
「……本当? いいの、アミィちゃん……」
「ええ。他ならぬ実の姉のためですから」
周囲から後ろ指をさされる恋であることには違いないだろうが、せめて自分だけは応援してやりたい。
「ありがと~! アミィちゃん、大好きよ~!」
「ふふ……そう強く抱きしめないでください」
子供の頃のようにぎゅっと顔を抱きしめられ、アミーティアは苦笑を浮かべた。
それにしても、この姉をこんなにも壊してしまった男はどんな奴なのだろうか。
姉に人間味を与えてくれたことは感謝しているが、まっとうな道をただ歩いていた姉の道を踏み外させたことが憎らしくもある。
これで姉を誑かしている外道であれば、この手で処分せねばなるまい。
「ただ姉上、ひとつだけ約束してください。いずれ私にその男を紹介すると」
「ええ~、いいわよ~。じゃあアミィちゃんも今度付き合ってる男の子を紹介してね~」
「もちろんです」
ニコニコと笑みを浮かべるアンゼリカに、アミィはふふっと内心で笑みを浮かべた。
(もしもそれがユウジだって言ったら、姉上はどんな顔をするかな)
(もしもそれがユウジちゃんだって言ったら、アミィちゃんはどんな顔をするかしら~)
2人はお互いにふふふと笑みを浮かべると、顔を見合わせ合った。
「姉上、私の婚約者がいくら素敵な男だといっても、盗らないでくださいね」
「ふふっ、アミィちゃんも彼が素敵すぎて横恋慕なんてしちゃだめよ~。もういい人がいるんだから~」
うふふ。ふふふ。ふふふふふ……!!
お前ら三姉妹は時限爆弾メーカーか何かなのか?