【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
リイダからパーティの合併について聞かされてから、ウルスナは少し考えたいと言い残して冒険者ギルドを後にした。
そんなウルスナの背中とリイダの顔の間で何度も視線と往復させるアイリーン。やがてリイダが苦笑と共にひとつ頷いたのを見てから、アイリーンは彼女に頭を下げ、ウルスナの背中を追って街路に出た。
ウルスナはまだギルドからそれほど離れてはおらず、ゆっくりと歩みを進めている。もしかしたら自分を待っていてくれたのかな、という考えがちらりとアイリーンの頭をよぎる。いかがわしいお店が並ぶ中にある蜜月楼は、アイリーン一人で戻るには少々ハードルが高いだろう。
アイリーンは子犬が群れの先輩の後ろを追いかけるように、小走りにウルスナに並ぶと人懐っこい笑みを浮かべる。
「ね、びっくりしちゃったね、ウルスナ! まさか3日いないだけでこんなことになってるなんて」
「ああ」
「もしかして怒ってたりする?」
「いや……こっちが勝手に留守にしたんだ。どうなっていようと仕方ねえ」
ウルスナはアイリーンに視線を向けず、つかつかと歩きながら口を開く。心なしか歩調が速くなっていた。
不機嫌だから会話をしたくないのか、それとも話を聞いてほしいのか。ウルスナが抱いている感情がどちらなのか判断できず、アイリーンは内心で困惑しながらも、顔に笑みを貼り付けて語り掛け続ける。
自分ならこんなとき、きっと誰かに話を聞いてほしいはずだもん。きっとウルスナだってそうだよね。
「なんかびっくりしたけど、これからあたしたちパーティメンバーだね!」
アイリーンの言葉に応えず、むっすりと黙り込むウルスナ。
黙っていると本当に高貴な顔立ちになるウルスナに少しだけ見惚れながら、アイリーンは口を回し続ける。
「大丈夫だよ! ウルスナから見たら頼りないかもしれないけど、あたしたちのパーティはみんなすごいんだよ。きっとすぐにウルスナも認めてくれるくらい強くなるから、心配いらないよ」
アイリーンは両手の拳を握りしめると、ふんすっとガッツポーズをとってみせる。
もちろんとびっきりの笑顔付きだ。
「ね、だから一緒に頑張ろうね、ウルスナ!」
「……はぁ」
ウルスナはため息を吐くと、おもむろに脚を止めた。その動きについていけなかったアイリーンがつんのめりかかったので、腕をつかんで引き寄せてやる。
「おいおい、何やってんだお前は」
「えへへ……転びそうになっちゃった」
そう言って笑顔を向けてくるアイリーンに、ウルスナは口元を引き結ぶ。
無邪気に信頼をぶつけてくる相手は、ウルスナのこれまでの人生で出会ったことがない人種だった。その仕草に若干意気を削がれながら、ウルスナは告げる。
「……あのな、アイリーン。お前に言っておくことがあるんだが……」
ウルスナがそう口を開きかけたとき。
「おう、待ちなそこの2人。ちょっとツラ貸してもらおうか」
雑踏を割って現れた10人ほどの女冒険者たちが、ウルスナとアイリーンの前に立ちはだかった。
いずれも冒険者ギルドのメンバーなら知らぬ者がない、ランキング上位の腕利きたち。その誰もが剣呑な視線をウルスナとアイリーンに向けている。
そして彼女らの陣頭に立つのは、身長190センチほどもある偉丈夫の冒険者。丸太のように太い四肢と割れた腹筋、1メートル越えの爆乳に、顔には泣く子も黙る戦傷。一度見れば忘れないであろう威容の持ち主。彼女こそ、ギルド内序列ナンバー2を誇る戦士、カルラだった。
以前、雄士に仲間の梅毒を治療してもらった冒険者である。あのときは別の名前で書いてたが、諸事情につき今後はカルラという名前ということでよろしくお願いします。
「あん? なんだおめーら」
話の腰を折られて鼻白むウルスナに、冒険者たちは殺気の混じった視線を向ける。
そんな彼女たちを代表して、カルラがずいっと前に出た。
「おう、ウルスナよぉ。ちっと仁義を
「なんだよ仁義って。まるで覚えがねえな、こっちは取り込み中なんだ。話があるなら後にしてくれねえか?」
ウルスナがシッシッと犬でも追い払うかのように手を振ると、冒険者たちは目を逆立てながら口々に罵声を上げた。
「なんだてめえ、その舐め腐った態度はぁ! 中堅風情が上位にとる態度かよ!」
「あたいのユージーに横から手を出しやがって! 結婚だぁ!? ふざけんじゃねえぞ!」
「たとえ世の中が認めても、ウチが許さねーし! そんな結婚無効だ、無効!」
言葉に露骨な殺意を乗せて叩きつけてくる上位陣の剣幕に、アイリーンが思わずびくっと後じさる。
そんな彼女を背後にかばいながら、ウルスナはフンと鼻を鳴らした。
「なんで俺たちの結婚に、お前らみたいな無関係のやつらの許可が必要なんだよ。お前らには関係ない話だろ、すっこんでな」
「そうはいかねえんだよウルスナ」
カルラは腕を組みながら、じろりとウルスナに視線を送る。
「あのな、アタシらはギルマスがランキング上位にユージィを婿にくれるっていうから、半年もの間、体に鞭打って
カルラの言葉に、背後の冒険者たちがうんうんと頷く。
「それもこれも、ひとえにユージィを婿に欲しかったからだ。俺たちみたいな社会のはみ出し者には、いくら努力してギルド内で成り上がろうと、婿になりたいなんて男は現れねえからな。なのにデアボリカの野郎、半年もそうやって俺たちをこき使っておきながら、あっさりと約束を破りやがった。『彼は聖者だとわかったから、お前たちの婿にすることはできない。悪いが諦めてくれ』なんて抜かしやがってよ。詫びにボーナスを寄越しやがったが、金の問題じゃねえだろうが」
「そうだそうだ!」
「あの悪魔を血祭りにあげろ!」
「絶対に逃がすな!」
「……まあ、全員がくたびれ損ならまだいいさ。ある意味平等ってやつだもんな。だがよ」
カルラはギロリと
「てめえらと結婚ってのはどういうことだ、オイ! 上位争いに食い込みもしねえ、これまでだらだらやってた中堅と、ポッと出の新人が掠め取っていくのはおかしいよなあ! おいアイリーン、アタシはお前に目をかけてたんだぞ! よくも抜け駆けしてくれたよなあ! 内心でアタシをバカにしてたのか!? 無駄な努力をご苦労さんってかぁ、ええ!?」
「えっ……そんな、違……」
眼を見開きながら指を突き付けてくるカルラの怒声に、アイリーンがおろおろと震える。
一方、ウルスナは涼しい顔で圧倒的な上位者の言葉を正面から受けとめていた。
「抜け駆けね……本当にそう思ってるのか?」
「なんだてめえ、その態度は!?」
「抜け駆け以外の何だってのよ! 上位陣が淑女協定を結んでるのを無視して……!」
ウルスナの態度に怒りを煽られた冒険者たちが喚き声をあげる。
そんな彼女らに視線を向けてから、カルラは言葉を続けた。
「なあ、ウルスナ、アイリーン。お前らがユージィに粉をかけてたことは知ってたぜ。だが、それは見逃してやってたんだ。お情けってやつだよ。所詮お前らがユージィを抱くことなんかないんだ。セクハラや周囲をちょろつくくらいの夢は見させてやってもいいだろうってな。だがなぁ……それで本当にモノにしちまったら話が違ェだろうが! ええ!? アタシらのメンツと努力をどうしてくれんだテメエらよぉ!!」
ウルスナは小さくため息を吐きながら、煩わしさそうに口を開く。
「で? あんたらはどうすりゃ満足なんだ?」
途端、冒険者たちは我先に要望を口にし始める。
「あたしらにもユージーを抱かせろ!」
「子種くれ! 子種!」
「結婚とまでは言わん、一夜だけでいいから! な!?」
「拙者、ユージーとギルマスがイチャイチャしてるところを至近距離で鑑賞したいでござる。拙者は風景に同化して空気になりながらそれを見守るでござるよ……!」
なんか上級者が混じっていたが、その要望はこの際関係ないのではなかろうか。全裸忍者は普通に忍術で隠れて鑑賞してろ。
ともかく90%は性欲まみれの聞くに堪えない汚言だった。
ウルスナはもう一度ため息を吐くと、心底からの軽蔑を隠さない視線を向ける。
「バ~~~~ッカじゃねえの!?」
「あぁん!?」
「もう一度言ってみろよドサンピンがぁ!!」
「ブチ転がして二度とユージーの前に出れない顔にしてやるぞスベタァ!!」
「何度でも言ってやるぜ。てめえら揃いも揃って根性なしの大バカ女だ」
ウルスナは腕を組みながら、フンと鼻を鳴らした。
「努力だぁ? お前らが男をモノにするために何をしてきたってんだよ。ただデアボリカの口先三寸に乗っかって、モンスター倒してただけだろ。お前らユージーンとどんだけ話したことがあるんだよ。あいつの趣味知ってるか? 好物の料理は? 好きな色は? 何をプレゼントされたら喜ぶかわかるか? 知ってるなら言ってみせろよ、さあ!」
「う……」
「何が淑女協定だ。男を口説き落とすのが怖くて、逃げに回ったヘタレの集まりだろうが。俺に言わせりゃ、お前ら全員順位が高いだけが取り柄の弱虫だ。俺は違うぜ。セクハラだってなんだっていいから会話して、自分を印象付けて、名前と顔を覚えてもらった。人に好きになってもらいたいなら、まず自分を知ってもらわないと始まらねえだろうが」
そう言いながら、ウルスナは背後で震えていたアイリーンの肩に両手を置き、ずいっと前に突き出した。
「このアイリーンだってそうだ!」
「は、はえっ!?」
「こいつは嫌われてもいいって捨て身の覚悟で、とにかく毎日話し掛けにいった! 確かに不器用にもほどがあるが、そのガッツは本物だ! こいつは大した奴だ、俺は尊敬してる! 少なくともお前らの中の誰よりも、アイリーンは勇気のある女だ!」
「ウルスナ……?」
見上げてくるアイリーンの頭をくしゃっと撫でて、ウルスナは冒険者たちを睥睨する。
「お前らの中で、自分にはこいつより勇気のあるって言える奴はいるのか? 男に好きになってもらうために、自分をアピールしようって行動したやつはいねえのか?」
気まずそうに口ごもる女冒険者たちに、ウルスナは鼻を鳴らした。
「いねえのなら……悪いが、お前らは最初から恋愛レースに参加すらしてねえぜ。だからお前たちにはこの結婚に口を出す権利はない。デアボリカの策略なんて関係なく、俺とアイリーンはユージーンの心を射止めにいった。ユージーンはそれを受け入れてくれた。だから俺たちはあいつと結ばれた、ただそれだけの話だ。お前らはお前らで、別のいい男を探しに行くんだな」
「そ、そんな言い分が通るか……!」
「あたしら上位陣にそんな啖呵切って、ギルドにいられると思うなよ……!」
するとウルスナはへっと笑い、そう口にした冒険者に顔を向けた。
「ああいいぜ、ユージーンが手に入るのなら俺は冒険者なんか辞めたっていい。俺にとってあいつより大切なものなんて他にないんだ。大切なもののために他のすべてを投げ捨てるのには慣れてるんでな」
「減らず口を! 中堅風情がイキリやがって、身の程をわからせてやるぜ!」
「おお? やるかぁ!?」
殺気立つ冒険者たちと、アイリーンを後ろに突き飛ばしながらファイティングポーズをとって相対するウルスナ。
一触即発の空気が流れる中……
「やめろ!!」
ビリビリと空気を震わせるその叫びに、その場の全員がごくりと唾を飲み込む。
水を打ったように静まり返る通りの中央で、カルラは深いため息を吐いた。
「もうやめろ。ウルスナが正しい。男の心を取りに行くのを面倒くさがって、デアボリカの甘言に乗ったアタシたちが悪いんだ。そんな奴に男を夫に迎える資格はない」
「でも、カルラ……」
「でも、じゃない。これ以上、見苦しい振る舞いで女を下げるな。ユージィのことは諦めろ、アタシらには上等すぎる男だったんだ」
そう口にしてから、カルラは視線を正面に向ける。
ファイティングポーズを取りながらただじっと見つめ返してくるウルスナと、その横で僅かに震えながらも戦う構えをとっているアイリーン。
そんな2人を視界に収めながら、カルラは小さな笑みを浮かべた。
「こいつらを見ろ。夫の貞操を守るために、10人以上の格上の冒険者と命懸けで戦うつもりでいる。いい女どもだ。これくらいいい女じゃなきゃ、あの男との釣り合いは取れねえだろ?」
「……」
その言葉に、肩を落として消沈する冒険者たち。カルラは彼女たちの肩をバンバンと叩いて回ると、カラカラと笑った。
「おら、酒場行くぞ酒場! やけ酒だ! 今夜は朝まで飲み続けるぞ!」
「うっす……」
「それ、カルラ姐さんの奢りでいいっすよね?」
「んん……まあいいか。奢っちゃる! 貯金はたんまりあるんでな。銀貨5枚じゃ安すぎたぜ」
「銀貨5枚? なんの話っすか、そのはした金?」
「へっ、世界一重い借りの値段さ。なんでもねえよ、行くぞおめーら!」
カルラは冒険者たちの首にぶっとい腕を回すと、ゲラゲラと景気のいい笑い声をあげる。
「カルラさん……」
その背中に声をかけるアイリーンとは視線を合わさず、ただ大きく右手を振ると、カルラは冒険者たちを引き連れて去っていった。
残されたアイリーンとウルスナは、夕日に照らされて小さくなっていくその大きな背中を見送る。
「……あの人、本当に怒ってたのかな。それとも、不満を抱えてる上位の人たちの鬱憤を晴らすために、怒ってるふりをしてるだけだったのかな」
「どうかな。そんな気もするが、あいつ自身も苛立ってたようにも思う。ともかく、これで上位陣の怒りは一旦収まるだろうし、カルラには感謝しておかないとな」
「うん。って、それより!」
アイリーンはウルスナの顔を見上げながら、身を乗り出した。
「冒険者辞めるってホントなの!? ただの売り言葉に買い言葉だよね!?」
「ああ……その話をするつもりが、変なちょっかいが入っちまったな」
ウルスナはひとつ咳払いすると、小さく頷いた。
「本気だ。今すぐじゃないが、俺はいずれ冒険者を引退するつもりでいる」
「え、でも……別に上位の人たちの怒りも収まったし、辞めなくたって……」
「あいつらのことは関係ない。数日前から……デアボリカの屋敷に引っ越す前くらいから考えてたことなんだ。それが今日の話し合いで決心がついた」
「今日の話し合いで……?」
「ああ。正直、ずっと気にはなってた。俺がユージーンとの結婚目当てで頑張ってることで、仲間に負担をかけてないか。だらだらと中堅でその日暮らしするのが性に合ってるような連中を、俺の我がままで振り回していいのかってな。でも、あいつらはあいつらでちゃんと身の振り方を考えてた。あいつらは、俺がいなくてもやっていける。それがわかったから、俺も安心してパーティを離れられる」
ウルスナは人差し指を立てる。
「なあ、アイリーン。お前、このまま冒険者暮らしをしてて本当に持参金を払えると思うか?」
「え……。それは、その……」
口ごもるアイリーンに、ウルスナは小さなため息を漏らす。
「俺は無理だと思う。ユージーンはなんとか稼ぎを抑えることで持参金の額を下げようとしてるみたいだが、アンゼリカがそうはさせないだろう。富裕層の治療を斡旋してくるだろうから、どうしたって持参金の額は下がらない。冒険者じゃ数年がかりになるぞ。それも上位陣に食い込んでから数年かけてようやく稼げる額だ」
「じゃあウルスナは冒険者を辞めて、どうやって稼ぐの? 何かお店屋さんでもするの? パン屋さんやお花屋さんとか?」
アイリーンの可愛らしい発想に、ウルスナは小さく噴き出す。
「フフ……。そうしてもいいが、それでも時間がかかるな。もうちょっとデカい商売をしないと無理だろうな」
「大きなこと……? 具体的に何するの?」
「それがまだ見つかってない。何かいい商売の種があればな……」
その言葉に、アイリーンはほっと安堵の息を吐いた。
アイリーンにとってその類の言葉は聞き慣れたものだった。孤児院の仲間たちがよく「あたしは将来ビッグな商売をして、こんなスラム出てってやるんだ!」などと口にしていたからだ。その言葉を口にした者が、本当に大成した例をアイリーンは知らない。
正直、心のどこかで恐れているのだ。
雄士とウルスナが、自分ごときでは到底手の届かないようなところに行ってしまうことを。
「じゃあ、それまでは一緒のパーティだね」
「そうなるな。まあ腰かけにはなるが、その時が来るまではよろしく頼む。……というか」
ウルスナは言葉を切ると、アイリーンを見下ろす。
「お前の方こそ、持参金のことどう考えてるんだ。本当に冒険者の稼ぎでどうにかするつもりでいるのか?」
「が、頑張る! あたし、一流の冒険者めざすよ!」
「うーむ。……お前が結婚したいとまで言うのは、正直ちょっと予想外だったがな。てっきりユージーンの子種だけもらえればいい、という感じかと思ったが」
「あ、あたしも正直最初はそうして、一人で子供を育てるつもりだったけど……」
アイリーンはもじもじと両手の人差し指を絡ませながら、顔を夕陽の色に染めた。
「ユージィが結婚してくれるって言うから、このチャンス逃す手はないなって思ったし……。毎日ずっと見ていたいの、お兄さんの顔。あの人の笑顔を守りたいの。あの人が毎日笑顔でいてくれるなら、あたしはこの身のすべてを捧げても構わない」
「……」
「だから持参金でも何でも稼いでみせるよ。たとえどれだけ体に鞭打つことになっても。お兄さんのためであれば、あたしはどんな苦労も耐えられる」
「……ったく」
ウルスナはコリコリと頭を掻く。
「お前はバカだなあ。何も考えてませんってのと一緒じゃねえか」
「あー! 何だよー、あたしは本気なんだぞ!」
「ああ、本気なんだろうな。お前はバカだ。鋼の筋が通ったバカだ。大した奴だよ。尊敬に値する」
ククッと笑うウルスナの表情に、アイリーンは眉を寄せる。
「何それ、褒めてるの?」
「褒めてるよ、当たり前だろう」
だからこそ、とウルスナは内心で呟く。
こんな一途な娘が、ボロボロに擦り切れるのを見るのは忍びありません。これから妊娠に出産だって待っているでしょうに。母子共にズタボロになどさせませんわよ。
私の名に懸けて、この美しい夕陽を曇らせるものですか。
「ま、安心しろ。もしお前の努力でどうにかならなくなっても、お前一人なら持参金を都合する手段は考えてある」
「え。そんな手があるの? あ、でもウルスナは……」
「残念ながら俺には使えない手でな。これはお前にしか使えない、とびっきりの奥の手さ。まあしがらみがいろいろ生えてくるから、できれば使わない方がいいが」
「うん、あたし頑張る! 自分で何とかしてみせるもん!」
「ま、その意気やよしってとこだな」
ウルスナは頷くと、アイリーンと同じように顔を夕陽の色に染めながら口を開いた。
「これだけは忘れないで。わたくしと貴方は、これからはパーティメンバー。だけど、それ以前に
その言葉に、アイリーンは一瞬きょとんとした顔になる。
やがてその意味が理解できてくると、彼女はぱあっと顔を輝かせた。
満面の笑みを浮かべながらウルスナの手を握る。
「もちろん! えへへ、
「……随分嬉しそうですね?」
「うん! ずっと憧れてたの! 家族! あたしの家族だ! えへへ~!」
にまにまと相好を崩してだらしない笑みを浮かべるアイリーンに、ウルスナは瞳を閉じる。
きっと孤児院育ちのこの娘にとって、家族という言葉は憧れの対象だったのだろう。
自分にとって、家族とは決して温かみのある存在ではなかったけれど。
今口にした『家族』も、
だけど、願わくば。
いつかわたくしたちの『家族』という言葉が、いつか同じ温もりを持つ
「……帰りましょうか。私たちの夫のところに」
「うん!」
そして2人は蜜月楼への帰途につく。まるで姉妹のように仲睦まじく並んで歩きながら。
暮れなずむ夕方の暖かな光が、静かに2人を照らしていた。
カルラ「お前らの旦那に受けた恩は返したぜ」