【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く 作:風見ひなた(TS団大首領)
というわけで、ドラっ子改めドラコを弟子として引き取ることになった。
「ではな、息子よ! 先生の言いつけはちゃんと聞くのだぞ! くれぐれも勝手に戻ってきてはならんぞ、追い返すからな!」
「ちょっと待ってよパパ、本当に置いてくの!? パパーーーーーーッ!?」
ドラパパは僕に息子を押し付けると、悠々と去っていったよ。
サウザンドリーブズの人間を混乱させないようにと、都市から離れたところまで人間の姿で移動して、そこから巨大な黒竜に変化して悠々と飛び立った。
あの人そういう気遣いはできるのに、なんで子供の教育には失敗するのか……。まあ、父親ひとりがマトモでも周囲にいる他の全員がおかしければダメなのか。
「あ、あああ……本当に行っちゃった……」
ドラパパを見送りに僕たちと一緒に都市の外までやってきたドラコは、みるみる小さくなる黒竜の姿を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
さすがになんかちょっと可哀想になるな……。
というか、これ本当に母親を説得できてるんだろうか?
話を聞く限り、どうもドラパパの独断で息子を連れて来て、そのまま僕に預けているような気がするんだけど。
つまりドラコは父親の命令を無視してドラゴンの集落に戻っても問題ないんじゃないかなあ。
まあ言わないけどね。
元鞘に戻ったところでこいつが甘やかされたダメドラゴンに育つだけだし。
教育費は後日持ってくるという話だったので、別にドラコが帰ろうが帰るまいが僕が損をするわけじゃないんだけどさ。
なんかこう……嫌じゃない?
ああいう立派な風格を持った大人の男に、「期待したけどダメだったか」って思われるのはすごく悔しい。
僕は自分のことハタチになったばかりの未熟者だと思ってるけど、いつかはひとかどの男になりたいって意識はある。大人の男に期待外れなヤツだと思われたくないんだ。日本にいたときは、ずっとそう思ってた。
この世界は基本的に情けない男が多いというか、男の社会的地位が低い。もっと言うと、男が社会に進出することを望まれていない。
ここは多数派で魔力も高い女によって男が家庭に押し込められた世界で、立派な男、尊敬できる男を見かけることは稀だ。人間ではゴールドンのおじいちゃんくらいじゃないかな。歳をとって若干萎びちゃってるけど。
ドラパパはこの世界に来て初めて見た、立派な風格の壮年の男なんだよ。
教育者としては問題があるけど、ああいう
だからなんとかして彼の期待には応えたいんだけど……。
涙目でプルプル震えているドラコを見やり、僕はふーむと唸った。
「……なあ、何か僕に教わりたいことあるか? 算数くらいなら教えてやれるけど」
「お前ごときに教わることなんかあるわけないだろ! バーカ!」
ドラコはぴゅーっと離れて樹の陰に隠れてしまった。べーっと舌を出しながら、こっちを威嚇している。うーん、こりゃ骨が折れそうだぞ。
……まあ、教わる気がないならほっとけとも言われてるけどさ。
こいつをドラパパみたいな立派な男に育てて、ドラパパをあっと言わせたいんだよな。とはいえ本人にやる気がないならどうしようもないし。
さて、どうしたもんかなぁ。
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そんなこんなで、ドラコを交えての新生活がスタートした。
蜜月楼は引き払って、デアボリカの屋敷に戻って来たよ。
まあそりゃね……さすがに娼館暮らしに子供を連れて行くのは教育に悪すぎるし。マトモな暮らしをしなきゃダメでしょ。
アレスさんたちはすごく名残惜しそうだったけど、フリーパスがあるのでヤリたくなったらお嫁さんを連れて泊まりにいけばいいよね。
で、お嫁さんの反応なんだけど……。
ウルスナはまだまだイチャつきたりなかったらしく、不服そうな顔をしていた。あと半月くらいは爛れた日々を過ごしたかったようだ。
それに蜜月楼は高級なお酒も飲み放題、黙っててもルームサービスでご馳走が出てくるからね。飲んべえなウルスナにとっては天国だったろう。
彼女は基本的に享楽的な性格をしているので、肉欲も食欲も酒欲も満たされる生活が性に合っているらしい。
元は高潔な姫騎士様だったのに、堕落しすぎじゃないかと思わなくもないが……。まあ姫騎士なんて堕ちてなんぼだからね!
そしてアイリーンだが……。
「ほら、朝だよ! 起きた起きた!」
朝っぱらからカーンカーンと鐘を鳴らして廊下を歩き、屋敷の住人を起こして回っている。
住人といっても僕は日の出とともに起き出して朝ご飯を作ってるから、ウルスナとドラコ、あとついでにデアボリカだね。
「ウルスナ、お酒臭いよ! また夜更かしして飲んでたでしょ!」
「ううう~。頭いてえ……。アイリーン、その鐘やめてくれよ。二日酔いに響く……」
「ウルスナは飲みすぎなの! さっさと顔を洗ってシャキッとしてよ!」
とか。
「ほら、ドラコも起きて! 朝ごはんだよ!」
「うう~。うるさいなぁ……後で食べるからほっといてよぉ」
「だーめ! ご飯はみんなで囲んで食べるのがここのルールなの!」
「くそっ、下賤な人間め……」
とか。
「朝からうるさいぞ! おちおち眠れないじゃないか!」
「あ、デアボリカは寝てていいよ」
「!?」
とか。
まあともかく、自発的に僕と同じ時間に起きて、朝の自主鍛錬をして、朝ごはんができた頃を見計らってみんなを起こすようになった。
これには僕も驚いた。
なんせ蜜月楼にいたときはめちゃめちゃだらけていたからね。エッチしてないときは好きなだけ寝て、エッチしたりご飯食べたくなったら起き出してきて、僕に甘えるだけ甘えて疲れたらまた寝るみたいな。
食う寝るセックスを繰り返すだけのアニマルと化していたよ。
これ、多分ドラコが来たからなんだろうな。
アイリーンって子犬系の甘えん坊だけど、孤児院では一番上のお姉さんだったらしい。規則正しい生活をして、小さい子の面倒を見るのが習慣として染みついているんだ。
蜜月楼では自分が一番下で、年上の僕とウルスナに甘えられる立場だったから、好き放題に欲求を満たして自堕落な生活をしていたけど、年下のドラコが来たことで孤児院にいたときのしっかり者に戻ったってことだね。年下にみっともない姿を見せたくないらしい。
正直、これについてはドラコを預かったメリットを感じられる部分だ。
アイリーンにとってだらだらと堕落した生活と、規律とハリのある生活のどちらが幸せかは僕にはわからないけれど、世間的な評価としては後者の方がマトモな人間だろう。
またエッチ三昧をしたければ蜜月楼に遊びに行けばいいだけなんだから、ハレとケってことで切り替えればいいんじゃないかな。
で、肝心のドラコなんだけど。
「何これ」
「朝ごはんだけど?」
皿に盛られたイングランド式ブレックファーストを見たドラコは、パチパチと瞳をしばたたかせる。
「人間って、朝からこういうもの食べてるの……? あったかいパンに、肉に卵に……ドライグでもこんなの食べないよ。頭どうかしてるんじゃないの」
「ウチではいつも朝にこれを食べるんだよ!」
アイリーンはえっへんと胸を反らしている。
彼女が作ったわけではないのだが、僕が作った料理を自慢に思ってくれているのは、料理した側としても面映ゆいね。
昨夜、ドラコは割り当てられた自室でわんわん泣いてるうちに疲れて寝ちゃったみたいだから、これが人間の街に来て初めての食事ということになる。さぞかしお腹も空いてるだろう。
ドラコは思ったよりも洗練されたマナーでフォークとナイフを使い、ベーコンエッグを口に運んだ。そこらへんはちゃんと教育されているみたいだな。
「どう? どう?」
キラキラした瞳で見つめてくるアイリーンに、ドラコはフンと鼻を鳴らした。
「……ま、吐き出すほどまずくはないかな。もちろんドライグの料理に比べたら、天と地ほどの差があるけど。下等な人間にしてはまともな料理人がいるようだね」
「すっごくおいしいでしょ! これ、ユージィが作ったんだよ!」
「げっ」
ドラコはぎょっとした顔で僕に視線を向けると、口元を引き攣らせた。
「これ、お前が作ったのか!?」
「そうだよ。朝一番に起きて作ったんだ、しっかり食えよ」
「もういらない! お前の施しなんて受けないからな!」
フォークをテーブルに叩き付けるように置いて、ツンッと顔を反らすドラコ。ふぅん、そういう態度取るんだ?
「まあ食わなくてもいいけど、昼までは他の食い物は出さないぞ? お前が実家でどんな生活をしてたか知らないが、僕は三食ちゃんと食わない奴におやつは出さない主義だ。勝手にキッチンに入ったら叩き出すからな」
僕がそう言うと、ドラコはむすっとした顔で頬を膨らませた。
はいはい、オスガキがそんな顔しても僕は可愛いなんて思わないぞ。女の子なら甘くしてやってもいいけど、男には厳しいんだ僕は。
「ほっとけよ。人様に飯を作ってもらって礼のひとつも言えないガキに、ちやほやしてやる必要なんかねえって」
ウルスナがパンをちぎりながらそんなことを言うと、ドラコはキッと彼女を睨みつけた。だが、ウルスナはその視線を意に介さず、平然と食事を続けている。
ドラコとの初遭遇のときもそうだったけど、ウルスナとアイリーンって結構ドラゴンの威圧に耐性があるのかな。思えば他の冒険者は武器を取り落としてビビってたけど、この2人は戦う姿勢を崩していなかった気がする。
まあ、ビビって接されてもドラコが調子に乗るだけだからありがたいか。
「お前がいらないんなら、これはデアボリカにでも食べさせるか」
席を立ってドラコの前に置かれた皿を取り上げると、奴はあ……と声を上げそうになって、必死にぷいっと顔を反らす。
「なあ、私の扱いおかしくないか!? なんで私が『食べないなら飼い犬にあげちゃうけど、いいの?』みたいな当てつけに使われてるんだ!?」
長いテーブルの端っこに座って僕たちの食事風景を見ていた
なんでいるんだろ。
「おい、その目はやめろ! ここ! 私の屋敷! 朝食食堂食べる当然!」
僕とウルスナとアイリーンの視線を受けたデアボリカは、バンッとテーブルを叩いた。
そしてメイドに作らせた自分の朝食の皿をずいっとドラコの前に押し出すと、媚びた笑顔で手をスリスリと揉み合わせる。
「ささ、ドラコ様。どうぞ私めの朝食をお召し上がりください。こんなドラゴン様の偉大さを理解しない下民の料理など口にされることはありませんよ。これこそが正しく貴い者の朝食でございますよぉ~」
その猫撫で声に、アイリーンとウルスナは口元を引き攣らせる。
「うわっ」
「キッショ……! おい、ダーリンが作ってくれた最高の朝飯がまずくなるだろ、どうしてくれるんだ!」
「ふん、何とでも言え。ささ、ドラコ様どうぞどうぞ~っ」
こいつ、さてはドラコに取り入る機会が欲しくてこの場に同席したのか……。
困るんだよなぁ。せっかく甘やかす同族から引き離そうと預かったのに、こいつに甘やかされちゃ同じじゃないか。
ドラコはデアボリカに勧められた皿をじっと見つめた。
「ああ……うん、そうだね。普通の朝ごはんってこういうのだよね……」
その瞳は、目の前の冷え切った料理と同じくらいの温度をしていた。
……料理番のメイドさんの名誉のために言っておくと、悪くはないんだと思うよ。少なくとも平民が食べる料理とは比較にならないくらいの豪華さだ。
ただ、そもそも朝から火を使って料理をする文化がないんだよ。だから昨夜の晩飯の残りの肉とか、冷たい燻製ニシンとか、焼いてから時間の経ったパンと固いチーズとか、そういうのが中心になる。
ドラコはもう一度僕が手にするホカホカの湯気を立てる皿を見ると、ぐう~っとお腹を鳴らした。まあどっちを食べたいかは一目瞭然だよね。育ち盛りの子供が無理しやがって。
僕はドラコの前に皿を置き直すと、ぽんっと細い肩を叩いた。
「仕方ないな。ちゃんと残さず最後まで完食するなら食わせてやる。どうする?」
「……フン。残すのももったいない。食ってやるから感謝しろ」
そう言って、ドラコはバクバクバクとすごい勢いで料理をかきこみ始めた。マナーになんか構ってられないって感じ。どうも僕の気が変わって、また取り上げられる前に食べちゃうつもりのようだ。
味が気に入ったかは……まあ、夢中で食べてる姿から想像がつくよね。
「腹立つなぁ、このガキ……」
ウルスナは反抗的なドラコの態度が気に入らないようで、イライラした顔でパンをブチッと噛みちぎっている。僕が軽く見られてることに怒ってくれているみたいで、ちょっと嬉しい。
「ふふっ。ユージィのご飯、おいしいよね」
アイリーンは何が嬉しいのかニコニコと笑顔を浮かべながら、同じようにバクバクとプレートを空にしていた。アイリーンはいつもおいしいおいしいって言いながらすごい勢いで食べるから、料理の作り甲斐があるね。
「なあ、無言でスルーされたんだが!?」
犬はちょっと黙っててくれないか?
なんかドラコが食べてる姿を羨ましそうに見てるけど、そんなに僕の料理が食べたいのかな。
こうなったら4人分も5人分も同じだし、別にデボ子の分のご飯も作ってやってもいいんだけどね。それでメイドさんの仕事がなくなって、失職されたら寝覚めが悪い。
後でメイドさんにイングランド式ブレックファーストのレシピを教えてあげるか。
僕はバクバクと料理をかっこみ続けるドラコの正面に座り直す。自分でも驚くことに、ふっと小さな笑いが出た。
「ま、食え。子供はしっかり食って体を作ることが仕事だ。何をするにしても、そんな細っこい体じゃ話にならないからな」
「フンッ、何を偉そうに。言っておくけど、こんな粗末な料理ごときでボクを懐柔できると思うなよ。こんなの、ドライグの料理の前じゃてんで大したことないんだからな!」
口元をケチャップで赤く染めながら、ドラゴンの子供はがるると牙を剥いて威嚇してくる。その左手は皿を、右手にはフォークをしっかりと握りしめていた。
まったく、可愛げのないガキだ。
ケチャップが気に入ったようだし、昼飯はオムライスでも作ってやるかな。