【書籍版1巻2/20発売】貞操逆転ハードモード異世界を鋼メンタル冒険者が生き抜く   作:風見ひなた(TS団大首領)

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第82話「やれ討つな デボ子渾身の 命乞い」

「いや、本日はお日柄もよく……。母上様とアンゼ姉様におかれましては、貴重なお時間をとっていただきまして大変恐縮です」

 

 領主の屋敷の応接間で、デアボリカは実の母と姉に向かってしきりに揉み手しながら、へこへこと頭を下げた。

 彼女の前に座るギガンティアとアンゼリカは、そんなデアボリカの卑屈極まりない態度を眉一つ動かさずに見つめている。内心ではこいつまた何かやりやがったなと思っているが。デアボリカが卑屈な態度をとるときは、大体何かやらかしたときなのだった。

 

「それで? 今度は何の尻拭いをしてほしいのだ」

 

 ギガンティアの言葉に、デアボリカはハンカチで額を拭う。

 

「ええとですね、実はこの度吉報がありまして。アミィ姉様になんと縁談が」

 

「アミィの婚約の話ならもうウェズからの書簡で知っている。お前が詳細を説明しに来るということもな。その話なのだろう?」

 

「なんだ、ご存じなんじゃないですか~。お人が悪いなぁ~、もぉ~」

 

 デアボリカはエヘヘと愛想笑いしながら、一層額に浮かんでくる脂汗を拭った。

 ウェズの手回しのおかげで話は早くなった。早くはなったが。

 つまり先ほどから眉一つ動かさずに真顔でこちらを見つめ続けているアンゼリカも事情を知っているということだ。何の感情も窺い知れないアンゼリカの瞳に、デアボリカはきゅうっと胃が軋む音が聞こえた気がした。

 

「実はですね、この度私が発掘した聖者のユウジという男が是非ともアミィ姉様と婚姻を結びたいと言い出しまして。まあこれが無教養で無調法、貴族に対してまるで身の程を弁えることを知らない愚かな男なのですが、どうしてもアミィ姉様と結婚したい、ひいてはこの私に仲介してくれないかと泣いて土下座して頼むので、仕方なくホットテイスト家の末席に連なる名誉を与えてやろうと思ったからでして。これが結構役には立つ男で、病を治すことにかけては右に出る者がおりませんので、一族に加えておけばいずれ何かの役には立つのでは愚考いたしまして」

 

 ぺらぺらと景気よくデタラメを口にするデアボリカの言葉に、ギガンティアがふうむと顎に手を置きながら頷く。一方、アンゼリカは瞬き一つせずにじっとデアボリカの顔を見つめ続けている。またデアボリカの胃が軋む音がした。

 

 ……負けるなデアボリカ! まだ私の命運は尽きていない! この場をしのぎ切ればきっと再起の道が開けるんだから!

 デアボリカは必死に自分を叱咤し、萎えそうな心を奮い立たせながら保身塗れのでまかせをペラ回した。

 

「……というわけで、一時期はこのような得体のしれない東洋人が栄光あるホットテイスト家に入り込むなど言語道断!と判断いたしまして、私めが秘密裏に諦めるように動いていたのですが。そう、お家のためを思って私めが働いていたのですが! この度ユウジとアミィ姉様の互いを想い合う姿に心打たれ、またユウジを迎えることが家の利益になると判断いたしましたので、こうして仲介に赴いた所存でございます~!」

 

「なるほどな」

 

 ギガンティアはデアボリカの言葉に重々しく頷きを返す。

 

「忠勤ご苦労なことだ」

 

「滅相もない! そのお言葉だけでありがたきこと、私の苦労も報われるというものです!」

 

「ときに、ウェズからの報告ではお前が勝手にホットテイスト家の代表ヅラをして独断でアミィを手酷く裏切ったと書かれていたが?」

 

「…………」

 

 デアボリカはさっと顔を伏せ、ハンカチで額を拭う。

 くそっ、ウェズ君め。私を陥れようと、あることないことを母上のお耳に入れるとは……!

 あることあることしか書かれてない完全な自業自得であることを棚に置いて、デアボリカはぐぬぬとほぞを噛んだ。ここが踏ん張りどころだ……!

 パッと顔を上げたデアボリカの顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

 

「それは考え方の相違です! 私がやったことは、完全にお家の利益を考えてのこと! 結果的にアミィ姉様には悪いことをしてしまいましたが、私の忠誠心にいささかの曇りもございません!」

 

「そうか。じゃあ何故動く前に私に報告をしなかった?」

 

「…………」

 

「ホットテイスト家の当主は私だが? 近年私の体調が優れないためアンゼリカに代行をさせてはいるが、どちらかには報告をするべきだったな? 何故報告しなかった。お前には何の決定権も与えた覚えはないぞ。いかなる理由を持ってホットテイスト家の代表者のような振る舞いをした?」

 

 椅子に座ってなお堂々とした巨躯を誇る母は、傲然たる態度で末の娘を睨みつける。

 デアボリカはすりすりすり!と摩擦で火でも起こせるのではないかという勢いで両手を揉み合わせた。ここで一句。やれ打つな 蠅が手を擦る 足を擦る。見事なまでの命乞い仕草だった。

 

「誤解です母上様! このような些事で母上様やアンゼ姉様のお心を煩わせるまでもないと思っただけのこと! 貴族であれば十人が十人、あのような怪しい東洋人を婿に迎えるなどありえないと判断します、これは当然のことです! そう、私はお家のために当たり前のことをしただけのこと!」

 

「……」

 

 こいつここで殺しちゃおっかなあという目でギガンティアは娘を見たが、やめた。

 殺すのが面倒くさかったからである。命の価値が低すぎると、殺す手間の方が勝って命拾いすることもあるのだった。

 あと一応これでも20年近く育ててきた娘でもあるし、情が湧かないわけでもないし。

 

「どんな病も治す聖者か……ふーむ」

 

「かの者はロングフィールド伯爵家からも評価を受けている人材です! 伯爵家と縁を繋げることは、必ずやサウザンドリーブズのためにもなります!」

 

「……ううむ」

 

 勢い込んで雄士を売り込むデアボリカの言葉に、ギガンティアは渋い顔をする。

 デアボリカはここぞとばかりに雄士を……ひいては彼を発掘した自分を売り込もうとしているが、実のところ逆効果だ。

 母は素性不明の東洋人である雄士を迎え入れるデメリットと、ロングフィールド家と縁を結べるメリットを天秤にかけているのだろうとデアボリカは推測しているが、実際にギガンティアが考えていたのは「伯爵家と縁を結ぶのめんどくさいな」という一点だった。

 

 ギガンティアの理想とは、サウザンドリーブズにただ変化なく平穏な日々が続くことだ。昨日と同じ明日が続いてくれさえすればいいのだ。衰退は論外だが、発展も必要ない。そこそこに豊かで気苦労がない、そんな退屈で平穏な日々が永遠に続いてくれることこそが望みだ。

 伯爵家と縁を結びなどしたら、それが崩れかねない。だから渋っているのである。

 

 アンゼリカは母の理想を知っているが、デアボリカはこれを知らない。明かされるほど母から信用されていない。まったく正しい判断であった。

 

「しかしまあ……ウチには今、医者がいないからな。病を治せる者は必要か。なあ?」

 

 ギガンティアから視線を送られたアンゼリカは、能面のような無表情な顔から一転してニコニコの朗らかな笑みを浮かべた。

 

「ええ、そうですね~。私がめっ、しちゃいましたから~」

 

「まったく、代行とはいえ勝手が過ぎるぞ。招致にもかなり金がかかったというのに」

 

 めっと言いながらチョイと指を動かすアンゼリカに、ギガンティアは苦笑を返す。

 雄士が見たらこのお姉さん可愛いなあという感想を抱くに違いない、お茶目な仕草だった。しかしデアボリカは姉の言葉に、ゾッと背筋を震わせる。

 

「……医者を? では彼女はもう……」

 

「もういないわよ~? だって置いておけないじゃない。貴族家の一員を脅迫する人なんて」

 

 目を細めながら両の手を合わせ、アンゼリカはコロコロと末の妹に笑みを送った。

 

「だからデアボリカちゃんは安心していいわよ~。もう彼女がユウジ君を異端審問にかけろなんて手紙を王都に送ることもないし、そうしてほしくなかったらお金を寄越せなんて貴女が脅迫されることもないの~。ウフフ、これでもう安心ね~?」

 

「は……はははは……そうですね」

 

 そもそもデアボリカが雄士をロングフィールド家に売り込んだのは、件の医者から脅迫を受けて多額の口止め料を要求されたからだ。さらにデアボリカを天使を詐称させた黒幕として告発するとも脅されていた。

 だからこそデアボリカは、ローズ伯爵を脅迫するなどという身の丈にも合わない危ない橋を渡ったのだ。

 

 それがデアボリカの知らないうちに姉の手によって解決していた。

 医者と連絡が取れなくなって不審には思っていたのだ。だが、冒険者を恐れて屋敷から一歩も出られず、手駒だった全裸忍者にも縁を切られたデアボリカには、直接会うことも密偵を送って確かめることもできなくなっていた。

 

 しかし、それを知ったデアボリカの心に浮かぶのは安堵ではなく、戦慄だった。

 

「あの……本当に? 本当に彼女を(めっ)してしまったのですか?」

 

「そうよ~。彼女の存在はこの都市にとって何のプラスにもならないもの~。風邪ひとつ治せない医者でも気休めになるならおいてあげてもいいけど、ユウジ君を害そうとするなら生かしてはおけない。彼は本当に病を治せる人だもの、どちらを残すか比べるべくもないわよね~?」

 

 ごくり、とデアボリカの喉が鳴る。

 アンゼリカが医者を始末した本当の理由は、医者が貴族家に造反を企んだためではない。

 医者は雄士を排除しようとしたせいで、アンゼリカの不興を買ったのだ。

 つまりアンゼリカは医者が王都に構築している貴族や宗教関係者とのネットワークを丸ごと敵に回す覚悟をしている。それはそうしてもいいと考えるほどに、アンゼリカの中で雄士の存在が大きくなっているということで。

 

「それで」

 

 アンゼリカはニコッと天使のような穏やかな笑みを浮かべて、訊いた。

 

 

「デアボリカちゃんはあのときどう思ったのかな?」

 

「な、何をでしょうか」

 

「とぼけちゃって~。この前一緒にお酒を飲んだわよね~。そのとき、打ち明け話もしたわよね~? あのとき、アミィちゃんがユウジ君をどう思っているのか、デアボリカちゃんは知ってたのよね~? それで私の言葉を聞いて、どう思ったのかと聞いているの」

 

 デアボリカの背中は、びっしょりと冷たい汗で濡れぼそっていた。

 なんならこの場でおもらし水遁をかましそうなほど尿道も切羽詰まっていたが、そっちは鋼の意思で耐えた。

 

「さぞ滑稽だったでしょうね~。ウフフフフフ、私ったらおっかしいんだ~。あははははー。どうしたの? 笑いなさいよ。心の中で嘲笑っていたのでしょう?」

 

「……いえ、その……」

 

 まったく笑ってない瞳で見据えてくる姉に、デアボリカの胃がきゅうーっと音を立てた。胃液をブチ撒けたい気分だが、多分そうした場合この部屋にブチ撒けられるのはデアボリカの鮮血であろう。

 

「……アンゼリカ?」

 

 かねて見ないほど殺意と怒りを溢れさせている娘の姿に、ギガンティアは眉をひそめた。

 領主である彼女といえど、まさか天使のごとき公正さを至上命題として生きている長女が、次女の婚約者に横恋慕しているなどとは知る由もない。いや、普段のアンゼリカをよく知る母親であるからこそ、信じられないだろう。

 

 このままでは姉の殺意だけで心臓が止まると察したデアボリカは、救いを求めるように母親に視線を移した。

 

「か、母様! いかがでしょう、アミィ姉様とユウジの結婚をお認めになりますか?」

 

「ふむ。まあいいだろう。アミィも生涯独身でいさせるわけにはいかないからな。どこぞの商家なりから行き遅れた男でも連れてこれないかと思っていたから、自分で相手を見つけてきてくれたなら手間も省けるというものだ」

 

 ギガンティアの言葉に、デアボリカはほーっと胸を撫で下ろした。これで命運がつながった。

 ギガンティアとアンゼリカの両者と話をする場を設けた最大の理由がこれだ。

 

 公正さを旨としているアンゼリカは、自分の領主代行という立場を遵守しようとしている。であるならば、本来の領主であるギガンティアの意向には絶対に逆らわない。

 たとえ本心でどう思っていようが、ギガンティアさえ説得してしまえばアンゼリカは怒りを収めて婚約に同意するに違いない。デアボリカはそう踏んでこの席を用意したのだ。まったく小賢しい計算だけは得意なのだった。

 

「ふふ、それにしても婿の方から頼み込んで結婚したがるとはな。あの奥手なアミィもなかなかやるではないか。私もなかなか婿が見つからなかったものだが、相手の方からぜひ私と結婚してほしいと押しかけてきてな。いやはや、血は争えないものだ」

 

 滔々と自分ののろけ話など始めた母親を置いて、デアボリカは勝ち誇るようにアンゼリカへと視線を送る。

 

「さあ、どうですアンゼ姉様! もちろん認めてくださいますよね、母上もこうおっしゃっていることですし!」

 

「……ええ~。もちろんよ~。私は常に公正だから~」

 

 アンゼリカはにこっと微笑むと、歌うように口を開く。

 

「私はアミィちゃんとユウジ君の結婚を、認め……認め……」

 

 そこでアンゼリカは言いかけた言葉を中断させると、小刻みに頭を左右に震わせた。

 まるで論理矛盾を起こして延々エラーを吐き続けるロボットみたいな動きだった。

 

「ああああああああああああああ!!! 正しい! 正しい! ここでアミィちゃんとユウジくんの幸せな結婚を祝福するのが姉として正しい! お母様の判断に追随するのが領主代行として正しい! 正しい! 正しい! 正しい!! なのになんで! なんで!! なんでなんでなんで!! 補充を! 補充して心を落ち着かせないと!」

 

 アンゼリカは発作的に布を取り出すと、それを口と鼻に押し当ててスゥーハァーと深呼吸を始めた。

 こうすると最近のアンゼリカの心は平静を取り戻すのだ。

 何かいけないクスリでもやってんのかという絵面だが、いたって合法的な行為である。

 

 ちなみにこの布の正体は、かつてユウジが脱ぎ捨てた半ズボンをハンカチサイズに仕立て直したものであった(未洗濯)。

 言うほど合法か?

 

「ね……姉様……?」

 

「……うふふ~」

 

 ユウジの匂いを鼻腔内いっぱいに吸い込んだことでキマったアンゼリカから視線を引き剥がし、デアボリカは乾いた笑い声をあげる。

 

「え、ええと……では母様、婚約を認めるということで進めていいですよね?」

 

「う、うむ……。異存はない」

 

 チラチラと長女に見てはならないものを見るような視線を送りながら、ギガンティアは頷きを返す。

 

 こうしてアミィの婚約は、とりあえず親からの許可を得られたのだった。

 後で絶対揉めるゾ。

 

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